異世界審査員132.大恐慌その2

18.11.21

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

アメリカの大恐慌とか日本の昭和恐慌の本を読むと、とんでもない出来事だったということが分かる。そんな大恐慌を未然に防ぐとか、衝撃を緩和することができるのかとなると、できそうな気がする。
そんなことを言えば、1990年代のバブル崩壊に続く日本の失われた20年を防ぐことができたのかと言われそうだ。後知恵とか言われそうだが、それは可能だったろう。そのためには1993年に財務省の連中を総入れ替えすれば良かったのではなかろうか。
麻生太郎









簡単に思えるが、2018年時点、消費税アップなんてボケを語っているのが財務省と麻生さんだから、進歩がない。今の閉塞感を打ち破るには、そういったお門違い・勘違いの方々を、ゴミ袋に入れて東京湾に捨てれば簡単に解決するのではないか。
もっとも船橋の漁師から、東京湾にごみを捨てるなと苦情が来るかもしれない(注1)
オット、消費税を下げろよ
そうすれば日本再生はアッというまだ。
さもなければ失われた20年どころか、日本を未来永劫 失ってしまうぞ、麻生さん!

大恐慌もハーモニーと言えば上品、穏やかだが、悪いことと悪いことが共振というか重なって更に悪い方に行ってしまったためではないかと思う。もし経済の諸要素とそれらの相互関係を認識し、適切な施策を打てば普通の不況程度で終わったように思える。まあ神ならぬ人の身、そうはできないのだろうけど。

1926年10月某日

プロジェクト「大恐慌」が走り出して10日ほど経った。プロジェクトのメンバーは日本があった異世界で1929年に起きた世界恐慌について、分担を決めて調べている(注2)
そして毎日1時間弱、前日以降に調べたこと、気付いたことなどをコーヒーや紅茶を飲み、クッキーをつまみながらお互いに話すことにしている。皆が座った机の一端に大きなモニターを置いて、必要な場合そこにグラフなどを表示して議論する。

幸子伊丹清田伊関堀川コーヒーカップ
幸子伊丹清田伊関堀川


清田
「私は皇国大学を出て、7年前に農商務省に入省しました。そういえば昨年に農商務省から商工省が分離しましたね。農商務省に2年ほどいて、その後政策研究所に異動になりました。
研究所に来てすぐに異世界の文書にアクセスすることが許されたので、興味本位でいろいろ読みました。そのとき大恐慌を知り、だいぶ勉強しました」
伊関
「私は異世界の情報にタッチできたのは今回からです。
まだかじったばかりですが、大恐慌と言っても国によってまったく様相が違いますね。ですからその対応策は国によって全く異なるように思います」
幸子
「そうなのよ、アメリカで始まった恐慌が世界に広まったというけど、インフルエンザが広まったというのとはわけが違うわ。
アメリカは株式相場のバブル崩壊と農地劣化でしょう。日本は関東大震災とか東北冷害の影響が大きかった。他の国はまた条件が違う」
堀川
「冷害で東北凶作になり娘を売るようになったといいますが、冷害は過去から5年に1度の間隔で起きています。それがなぜそのときだけひどかったのか、それが不思議です」
伊関
「戦争が起きると好況になり、戦争が終わると戦後不況になる。これは中国との戦争、ロシアとの戦争、欧州大戦でも同じです。
その戦争景気の波と定期的に起きる冷害やその他の組み合わせで、谷と谷がちょうど重なると恐慌になるんじゃないのかな?」
堀川
「その他の要素ってなんですか?」
清田
「例えば技術革新もある。欧州大戦以降、南米の食肉が冷凍技術の発展によって欧州へ輸出されるようになった。その結果、アメリカの食肉と南米産が競合するようになった。だから技術的な進歩も経済への衝撃はある」
堀川
「食品も戦争を引き起こすのですね」
幸子
「金本位制に復帰したこともありますね」
清田
「そうですね。向こうの世界では欧州大戦後に金本位制に戻る時期が国によって違い、タイミングの良し悪しがさまざまでした。そういうことが混乱を増幅したのでしょう」
堀川
「じゃあ、要素をリストアップして、それぞれの影響を予測し、それを緩和するか、発生時期をずらすということを考えればいいのかしら」
伊丹
「100年後の世界だって経済学は学問ではないといわれているんだ。有効な経済施策が簡単にできるとは思わない。
しかし仮にできたとして、この国の大恐慌による影響をなくすと、外国のダメージを大きくすることになるかもしれない。そこまででなくても、外国が経済的に混乱していて、この国がまったくのノーダメージであるなら恨まれることは間違いない」
幸子
「あなたの話はなにを言っているのかわからないわ」
伊丹
「我が国だけが恐慌を回避して良いのか、ある程度恐慌にもまれた方が外国とのバランスで良いのかなということだ」
伊関
「ああ、わかります。この国が大恐慌の影響をまったく受けずに諸外国が経済的ダメージを受けたとき、単純に我が国は良かったねとはいえませんね。間違いなく恨まれますよ。それが戦争のきっかけになるかもしれない」
伊丹
「それだけじゃなくて、もし我が国が無傷ですめば、困難になると神風が吹くなんて勘違いする輩が現れると困るからね」



10月某日

幸子
「前回は要素を棚卸してそれぞれ調査をしようという話でした。成果を話してもらえますか?」
堀川
「それじゃ私から、過去の気候と凶作のことです。
稲の作況指数は日照、気温、降水量の関数と言われます。とりあえず20世紀の気温と凶作の関係です(注3)
グラフで黄色に染めたところが凶作の年です。言いましたように気温以外の要素もあるので、気温が低いから即凶作というわけではありませんし、その逆もあります」

気温推移と凶作 寒暖計

ご注意: 縦軸は絶対値ではなく、偏差で表されている。気象庁の解説によると、日本各地の気温の偏差を集計したものであるから気温は絶対値では表せないとある。
つまりグラフから1910年代の豊作時よりも20世紀末は気温が高いのに凶作になっているとは言えないということだ。

伊関
「おいおい、100年先の気温や凶作が分かるのかい?」
幸子
「異世界での今後の100年でしょう。この世界では今まではあっても、これからは私たちの活動によって変化するから、10年くらいはともかくそれ以降は当てにならないわ」
堀川
「今問題になっている東北冷害は1930代の連続した凶作ですね」
清田
「ええと、この世界では冷害が1931年で、アメリカの恐慌が1927年に起きる。異世界の歴史ではアメリカの恐慌が1929年に起こる。つまり恐慌が冷害より早くか遅くかで経済がどう変化するかだな」
堀川
「もうひとつあります。日本の世界では1930年当時の産業構造というか生産高内訳ですが、農業が24%、工業が38%、商業が37%でした(注4)それに対してこの世界では、それぞれ18%、42%、40%となっています」
清田
「日本の世界よりこちらでは第二次第三次産業の発展によって、農業の占める割合が25%減ったから、影響も25%減るということか」
伊関
「でも食料がなければ食べられないわけだよ。作況指数が80なら、お金があっても8割しか食べらず飢饉になるのは変わらないよ」
清田
「いやいや、この国の食料自給は元々100%ではない(注5)
それから全国的に作況指数80の凶作となると過去最大の天明の飢饉とか天保の飢饉のときくらいだ(注6)1930年代の日本の作況指数は東北では酷かったが国全体では90くらいだ」

ちなみに: 1993年の冷害による凶作では日本全国の作況指数が74、東北全体では56という第二次世界大戦後最悪の凶作となった。江戸時代なら間違いなく大飢饉である。
なぜ今の世で大凶作になったかというと、ブランド米・おいしい米優先で冷害に弱い種類が多くなったこと、減反政策などが被害を拡大した。当時タイにいて天明の飢饉よりひどい凶作を知らずにのうのうとしていた私は恥ずかしい。

幸子
「ということは食料の緊急輸入ができて、食糧管理制度が機能すれば飢饉は起きないの?」
堀川
「そう思います。仮に異世界と同じく東北冷害と大恐慌が起きても、そのダメージは25%減かどうかはともかく、少ないのは間違いありません。娘を身売りする代わりに工場で働けばいいのです」
幸子
「工場の就職口があればですね」
伊関
「それに関連するので次は私が・・・
我が国の恐慌への流れをまとめました。図の上の方が異世界日本の経過で、下の方がこの国の場合です」

大恐慌経過模式図

清田
「見ただけで伊関君の言いたいことが分かるよ」
伊関
「でしょう? まず欧州大戦終結による戦後恐慌が起きていません。まあ株式相場が過熱気味だったのが冷えましたが、倒産続出とか成金が自殺とか大量の失業者なんて事態は起きていません。
それから関東大震災は起きましたが、犠牲者も被災者も少なく、震災恐慌と呼ばれるような事態は起きていません。少なくてもここまでは事実です。
で、今1926年ですから、いわゆる金融恐慌が起きなければならないのですが、起きる気配はありません」
堀川
「そうなった違いは何ですか?」
清田
「堀川さんがさっき言ったことじゃないか」
堀川
「えっ?」
清田
「我が国が当時の日本に比べて工業が発達してきたということだ。
日本は欧州大戦中にアジアや参戦国に対して、繊維製品や簡易な機械製品を大量に輸出していた。おかげで外貨を稼いで景気が良かったわけだ。
しかし戦争が終わると戦場になった国や参戦国は、だんだん復興してきて日本より品質の良い製品を作り出す。当時の日本の製品は品質が低く輸出できなくなってしまった。
ところがこの世界では我が国は工業水準が高くなったおかげで、輸出競争力が高く欧州の企業が復旧しても我が国の製品は売れている」
伊関
「それどころではなく欧州が復興のための機械や電気製品を我が国から買っている。むしろ我が国の独り勝ちで問題になりそうだ。誰かの黒字は誰かの赤字だからね」
幸子
「伊関さんがまとめてくれたチャートによると、これからアメリカで大恐慌が起きても、我が国は無縁でいられるということになるのかしら?」
伊関
「無縁ではいられませんよ。問題はアメリカ発の不況がどのような形で我が国に押し寄せるかですね」
伊丹
「こちらがダメージを受けなくても輸出先が不景気ならどうにもならない」
伊関
「我が国がどうなるかだけでなく、他国がどういう政策をとるかの影響が大きいです」
清田
「列強がブロック経済をとれば、鉄鉱石、石油、石炭などがどうなるか」
伊丹
「幸子、ブルネイはどうなんだ?」
幸子
石油やぐら 「そういえば、石油発見は・・・1929年でしたね。とはいえ既にいつからでも採掘できる体制です。向こうの史実と時期が違っても問題はないでしょう。
ならば、今年でも来年でも我が国が不況になりそうなときに・・・景気浮揚とか国民意識高揚に必要なときに実行したらいいわけで」
伊丹
「ブルネイとの条約締結が必要だな。時期の選定が重要と・・・」



10月某日

幸子
「来週は第1回目の中野さんへの報告をしなければならない。今日は一応のまとめといきたいわ」
清田
「異世界と同じインプットであれば経済が破綻することはなさそうです。ただ不確定要因がいくつかありますね。ひとつは満州で満州事変あるいはノモンハン事件に相当することが起きるかですか。もうひとつは国内で経済不安によってクーデターあるいは政治的な暴動が起きるか」
伊関
「経済が悪化しないとクーデターは起きないんじゃないですか」
清田
「経済が何パーセント悪化するとクーデターが起きるというわけじゃない。社会不安は実体経済とは無関係だろうし、軍部が不満を持てば起きる可能性がある」
伊丹
「私は特段恐慌が起きなくてもこのまま好景気が続くとは思えない。何事もなくても、経済そのものが一定期間好況が続くと不況になるという仕掛けがあるんじゃないかと思う」
堀川
「伊丹さんのおっしゃる懸念も分かる気がしますが、どんなイメージでしょうか?」
伊丹
「マイクを持っているとスピーカーからピーと音が出て止まらなくなった経験があるでしょう。あんなことが経済でも起きて、一定時間以上は安定状態を保てないんじゃないかな(注7)
この国はもう15年近く好景気が続いている。だから今すぐにも景気悪化ということがあるかもしれない」
清田
「確かに・・・その懸念は分かりますが、どうでしょう」
幸子
「まあ欧州大戦後の低調期、大震災後の混乱もありましたし、15年継続したとは言えませんよ。
ともかく伊関さんは、その大恐慌のフローチャートのブラッシュアップと、現在までの戦後恐慌、銀行恐慌、震災恐慌に該当する状態の調査まとめをしてちょうだい。
堀川さんは東北冷害の状況とその対応案をまとめる。
清田さんはアメリカの不況が来た場合の影響を幾案か考えて、
あなたは不況をそのまま受け入れた場合と、対応策をとったときの、国内の影響具合、そして諸外国への影響と我が国への対応を考えて、
私は金本位制への復活についてまとめます」
伊丹
「中野さんへの報告の際には、高橋閣下のご同席をお願いしたい。今は衆議院議員をされているが、一旦事が起きた暁には財相か首相に就くのは間違いない。早い時点で想定される事態と我々の見解を説明しておきたい」
幸子
「今の時点で高橋閣下に参画してもらった方がいいのかどうか、中野さんに相談します」



10月某日

出席者はプロジェクトのメンバーと中野所長そして高橋閣下である。
幸子が概要の説明をすると、すぐに中野が発言する。

中野
「また随分と仕事が早いね。そして結論が楽観的だ。恐慌そのものは手を打たなくて良い、まして我が国がダメージを受けないことを対外的に示すことはまずいのでむしろ少しは混乱が生じた方が良いとは、驚くというか呆れるというか」
幸子
「何もしなくても良いとは申していません。大きなダメージは受けないと申しました。そしてそうするためには状況に応じて適切な施策をとる必要があります」
高橋是清
「確かに現在までの経過は伊丹さんから説明を受けた通りだ。過去いつでもどこでも起きている戦後不況は話題にも上がらなかった。
そして経済学者や新聞の経済記者も、なぜこの国で戦後不況が起きないのかという研究論文も記事も書いてない。この事態が変だと考えた人がいないのもおかしい」
中野
「こうなったのは技術革新のおかげですか?」
幸子
「基本的に国力、つまり工業技術、道路、農業用水などが良くなってきたからです。一言で言えば簡単ですが、それはものすごく広い範囲での底上げによるものですね」
高橋是清
「確かにな、製造技術もあるだろう。しかしインフルエンザによる死者を減らしたことも、水道の普及など衛生状態の改善によって病気を減らしたことも、産業力向上に大きく貢献したはずだ。
だがもちろんそればかりではない。政策研究所が過去15年間手を打ってきたことが、実ったということだ。種々の兵器開発とそれに伴う機械工業や電子産業の発達などは中野さんの功績だ」
中野
「戦後不況は分かりましたが、震災不況は?」
高橋是清
「わしは震災不況が起きるだろうと見ておった。だが現実はご存じの通りで、むしろ震災は発展のきっかけとなった。あげくに有象無象の会社が産まれて官公庁の仕事をしようとなり、悪いところを選別するために内務省が品質保証の認証という制度まで始めたくらいだ」
伊丹
「えっ、そういうためでしたか。確かに悪いところをはじく手段であれば認証制度は妥当な方法でしょうね。
私はこの国の産業発展のために導入したと考えておりまして、その効果はないと反対でした。良くすることと良いところを選ぶ手法は違いますから」
高橋是清
「おっと、これにも伊丹さんが関わっていたのか」
中野
「高橋閣下はこの報告が妥当とお考えなのですか?」
高橋是清
「概ねは・・・・もちろん政府の役割は甚大だ。外国が不景気になれば輸出は止まる。それに金本位制もどうするかだな。
ともかく異世界の日本より有利な状況であっても、下手すれば経済恐慌に突入するのは間違いない。何もしないのではなく、上手くいくように手を打つことは必要だ。例えば凶作に備えて、農業指導とか、農業から工業へ就職するようもっていくとか・・」
幸子
「私たちも何もしなくて良いと報告したわけではありません。
報告の下の句というか対策ですが、基本的にブロック経済をとるしかありません。国内市場が小さいですから、台湾や南洋を含めて財貨を回して経済を維持するしかありません」
清田
「それにしてもイギリスとかフランスの植民地に比べたら規模は1割ですよ」
高橋是清
「異世界の日本は満州も含めてと考えたが、それはうまくいかなかった」
幸子
「当時、満州はまだ開発途上もいいところでしたから。
南洋は統治してもう8年経ちました。刈り取りの時期ですよ」
中野
「とはいえ、台湾と南洋だけでは規模が小さい。まして南洋はたかだか人口10万だ、その規模でなにができるのか」
幸子
「ブルネイでの石油採掘はそろそろ始めてもよろしいかと思います」
中野
「なるほど、それがあったな。
ただブルネイを除けば、市場としても小さく、産物としても砂糖とか水産など限定的だ」
幸子
「端的に言ってブロック経済だけでクローズするのは無理です。しかし世界経済が回り始めるまで我が国と委任統治領だけで食いつなぐしかないのではありませんか。異世界の日本に比べれば石油があり、技術レベルが高い、それなら経済はある程度回るのではないでしょうか。
我が国が破綻しない限り戦争には進まないでしょう」
中野
「ノモンハンというか満州での戦争が起きればどうなるだろう?」
伊丹
「これは大恐慌以上に不確定要素が多いですね」
中野
「君たちの個人的意見があれば聞かせてほしい」
清田
東アジア地図 「アメリカもソ連も経済危機になれば動くしかないでしょう。
大恐慌発生が1927年なら、土地を失ったアメリカの農民は1929年か1930年頃から満州に入植するのではないですかね。
となるとアメリカは石原莞爾と同じく満州事変を起こす。もちろんソ連は黙っていないでしょう。満州事変の直後にノモンハンという流れですか」
伊丹
「向こうの世界より歴史が10年早まることになるのか」
中野
「アメリカは既に20万人も満州に入植しているから、撤退という選択肢はないね。ソ連がちょっかいを出せば即防衛戦になるだろう」
幸子
「満州でアメリカとソ連が戦うことになったとき、我が国がアメリカへ軍需物資の提供するだけならよろしいですが、参戦を要求されるとどうなりますか」
高橋是清
「軍事同盟はないが、イギリスがどう動くか? いずれにしてもこの国のすぐそばだ、関係ないとは言えないね。ましてアメリカが撤退すれば次は我が国だ。ドミノ倒しは必然だよ」
伊丹
「参戦するにしても、直接戦闘はしない方がよろしいでしょう。勝ったところで分け前がもらえるわけでもなし、またもらったところで扱いに困ります。我が国の商人たちも我が国は地勢的に大陸に進出するのではなく、大洋と港湾を支配すべきという考えを理解して来たのではないでしょうか」
中野
「ランドパワーではなくシーパワーか。地政学的には優等生の回答だな」
伊丹
「もし参戦を求められたなら、我が国の秘密兵器である高高度からの偵察といった支援をすることでいかがでしょうか」
中野
「大震災時の哨戒機だな。あれからもう3年経っているが、性能的に陳腐化していないのだろうか?」
伊丹
「定かではありませんが、カンナの予言ではノモンハン事件は1930年に起きるそうです。 97戦 となるとあと4年。川西に性能向上を指示しても間に合うでしょう(注8)
それに空戦主体でしょうから、アメリカから戦闘機や爆撃機の提供を求められるかもしれません。これも準備しておかねばなりません。それはそのまま我が国の防衛につながります。
おっと飛行機だけでなく戦車と対戦車砲も必須です。それに弾薬と補給部隊、ともかく大量消費の国家総力戦を覚悟しておかないとなりませんね」
中野
「今現在の陸海軍の保有機では不足か?」
伊丹
「まったく不足でしょう。ノモンハンで戦ったのは日本軍400機、ソ連軍900機と言われています。もっともソ連は大量の飛行機を保有していたのですが、戦闘空域が狭いから出さなかったとか」
中野
「現在の我が国の飛行機全部合わせて300機くらいか」
高橋是清
「総力戦か・・・こりゃ軍事費は嵩むな」
伊丹
「閣下、異世界の日本は工業水準も低く、資源もなく、しかも同盟国もなく、いやいや陸軍だけでノモンハンを戦ったのですから、この世界では向こうよりはるかに良い成果を出さなくちゃおかしいですよ」
中野
「とはいえ、日本はノモンハンでは損切をした。こちらの世界ではアメリカが徹底的に戦うなら、我が国も一緒に戦わざるを得ず、そのための投資は底なしだぞ」
伊丹
「もう一つ問題があります。アメリカがソ連を叩きすぎると共産主義国家が崩壊する可能性があります(注9)崩壊まで至らずとも弱体化すると、ナチスドイツは西ではなく東に侵攻するでしょう。そのとき歴史がどのように動くのか?
こりゃもう向こうの世界は参考になりませんね」
高橋是清
「どちらにしても永遠に戦争はなくならないね」

うそ800 本日の予定
このあと数回、大恐慌とノモンハン事件でつないだのち、やはり国力は技術力だということになり、伊丹が包括的な技術力向上に努める、そして最終的に品質保証が重要で認証制度の発展に尽くすというお話で終わりたいと思っております。そうしないと異世界審査員の名に反します。もしISOMS関係者がお読みであってもご満足いただけるでしょうし、
とはいえ、どうなりますか?

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注1
東京湾の漁業権は横浜、袖ケ浦より奥は船橋漁業組合しか漁業権がありません。この漁協のメインは東京湾のスズキです。 スズキ
スズキの漁獲高は千葉県が全国一、県民として誇らしいことです。
日本財団「沿岸域管理モデルの構築」

注2
世界恐慌といっても世界的規模の経済恐慌の一般的呼称であり、1929年に起きたものだけではない。クリミア戦争後の1857年に起きたもの、1929年に起きたものなどがある。1929年に起きたものを一般にGreat Depression(大恐慌)と呼ぶ。

注3
注4
内閣府ウェブサイト 経済企画庁平成12年度年次経済報告「第2−序ー2表 経済構造の変化」

注5
江戸時代は凶作であろうと、他の藩から調達が自由でなく、その意味で食料自給率100%だった。
お米 明治になって政府が全国の産米の状況を把握したところ、消費より多いことが判明し、コメの輸出を始めた。明治21年(1888)から3%程度の米を輸出した。しかし1900年以降は米の輸入国となり、以降食料自給率が100%になることはなかった。また戦前の日本は食料自給率向上を積極的に図ることもなかった。食料自給率が100%になったのは、台湾・朝鮮の移入米によって達せられた一時期だけである。ある物しか食えないという状態を自給率100%と呼ぶのかは疑問であるが?
「戦後日本における食料需給政策の展開過程とその性格」北原克宣、2010

注6
注7
日本における最長の好景気は第14循環の73カ月(2002〜2009)とされている。いざなぎ景気が57カ月(1965〜1970)で第2位。

注8
この時代は航空機の発達が著しく、開発期間は概ね2年程度であった。当然、陳腐化するのも早く数年間で引退した。現代のように開発に10年とかそれ以上かかり、数十年運用されるのと時代が違う。

注9
スターリンはノモンハンで敗れればソ連が崩壊すると真剣に考えていたという。だから日本にとっては偶発的な地域紛争だったが、ソ連にとっては国家存亡の危機ととらえ、総力戦をかけてきた。そして日本がノモンハンから手を引いたことでソ連が西側に侵攻する余裕ができたとされている。
万が一、日本がノモンハンでもう一押ししていれば、ドイツが即東進しソ連は崩壊していたかもしれない。


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