異世界審査員71.品質保証その6

18.03.29

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは
ここ数回、扶桑国と世界のできごとの説明に使ってしまった。
第一次大戦の飛行機
いや、無策な逸脱や単純な無駄ではない。20世紀初めの重大な出来事である第一次大戦やインフルエンザ流行、そして新兵器の出現、武器弾薬の品質の要求といったことが、直接間接に製造業に影響を与えたこと、その結果、標準化、計測器の発展、品質管理、品質保証といった背景にあったということである。
これから、本題の品質保証の話に戻り、いかにして品質保証という考えに至るのか、品質保証要求事項とはどのように考えられたのかという、品質保証の黎明期以前の原始時代の物語が始まる。


1919年7月 東京砲兵工廠の一室である。
南武少将
ワシも将官になった
藤田少佐、南武少将そして伊丹が話をしている。そう、今や南武少佐は少将になり、藤田大尉は少佐になっていた。南武は同期より二階級上、藤田は同期よりも1階級上に昇進していた(注1)そして木越中佐は既に退役していた。噂では故郷の佐倉で農業をしているという。
南武が少将に昇進したのは武器開発の功績だけでなく、海軍への売り込み更には中国に輸出を図るなど武器ビジネスを推進したことによると言われている。まもなく彼は退役して武器製造会社を創立してのちに政商と呼ばれるようになる。
藤田少佐の方はそういった本来職務以外のビジネスや怪しげな山師的活動とは無縁である。清廉潔白というよりも、そういう才覚がないのだろう。藤田少佐の未来は皇国大学か陸軍大学校の教授くらいしか思い浮かばない。いや、どちらが悪いとか能がないというのではなく、いろいろな人がいるということだ。

南武少将
「欧州大戦も終わった。さまざまな新兵器が登場して、戦いの様相は10年前のロシアとの戦争とは様変わりしてしまった。小銃の撃ち合いなんて、刺身のツマのようなものになった。欧州大戦の教訓をいかに生かすかがこれからの課題だな」
藤田少佐
「大砲でも小銃でも大量消費というかとにかく数を撃ちましたね。狙って撃つのではなく弾幕で押していくって感じですね」
南武少将
「だいぶ前、伊丹さんから、これからの戦争は小銃の撃ち合いではなく、大砲と機関銃の戦いだと言われたが、まったくそのとおりになった。なにかの報告書で見たが、欧州大戦の戦死者の7割は大砲、それに対して小銃は5%くらいだったらしい(注2)
伊丹
「昔の話を覚えていただけて恐縮です」
藤田少佐
「ということはもう小銃には力を入れなくてよいということですか?」
南武少将
「そうはいわんが主たる武器ではなくなったな。これからは開発の全力を機関銃や新兵器、戦車とか飛行機に注がねばならん」
藤田少佐
「私の職場は小銃専門ですから、それじゃもうお役御免ですか」
南武少将
「何を言っておる。お前んところでは小銃を作るなんて決まりはない。機関銃も作らねばならんし、あるいは飛行機や戦車の製造をどうするのか」
伊丹
「何を作るにも同じではないですか。機械加工の技術と技能、工程計画、作業管理ですね」
藤田少佐
「伊丹さんの言いたいのは我々が真に力があれば機関銃であろうと飛行機であろうと作れるということですか」
伊丹
「もちろん作るものによって固有の技術とか工作機械というものはあるでしょう。でもなにを作るにも機械加工は基本であり必須です」
藤田少佐
「なるほど、ということは小銃の製造は外注に出して、我々はより高い技術技能を必要とする物を作らなければならないということか」
伊丹
「おっと外注に出すと言っても、委託先に現在の所内と同等の技術技能を育成した暁でなければなりませんよ」
藤田少佐
「そこんところが引っ掛かるのですが・・我々は苦労して技術技能を築いてきたわけです。それを一般企業に教えるのは秘密漏洩というだけでなく、ものすごい損失だと思います」
南武少将
「それについてワシもいろいろ考えていることがある。
欧州大戦が終わって、今まで毎月10万発も作っていた砲弾も信管も生産がゼロになった。38式歩兵銃の輸出も終わり、74式自動銃も陸軍向けの生産はまもなく終わるだろう。ということは砲兵工廠の仕事はがた減りする」
藤田少佐
「職工の雇用も減るのですか?」
南武少将
「今この工場だけでなく東京工廠管轄下の工場を合わせると、3万人から4万人くらいいる。それを1万以下、ひょっとしたら数千人まで減らさないとならない」
藤田少佐
「私もそれを心配しています。銃器製造の工員を養成するのは時間がかかりますから」
南武少将
「砲兵工廠を解雇になった職工が、外で仕事を見つけることは困難ではない。いや、腕のいい職工は引く手あまただ。問題は今後一旦事あったとき工廠を去った職工を集めるのが非常に難しい。実を言ってワシが海軍に売り込んだり輸出を図ったのは、工廠の仕事を確保し職工を維持したいのだ」
伊丹
「ちょっと待ってください、銃器製造には特別な技術技能がいるのですか」
藤田少佐
「と言いますと?」
伊丹
「例えば今藤田少佐のところで働いている職工の技能が、職工の持つべき当たり前のレベルと考えられませんか。つまり世の中の工員のレベルが低いから、砲兵工廠で仕事させようとしてもすぐには使い物にならない。しかし世の中の職工のレベルが高ければ、いつでも砲兵工廠の仕事ができるのではないですか」
藤田少佐
「確かに、図面の読み方、刃物の選択、機械を扱う技能を考えると、武器も一般品も違いはありませんね。もちろん工作機械も工廠並みのものを揃える必要がありますが」
伊丹
「砲兵工廠の設備も技術も職工の腕も、世界水準になったと思います。しかし正直言いまして扶桑国の工業レベルは、欧米に比べてまだ数十年遅れています。砲兵工廠の技術技能を民間に広めれば、この国の製造業の水準がどんどん上がっていくでしょう」
藤田少佐
「先ほど私は工廠の技術技能を民間に広めるのは損失と申しましたが、伊丹さんは砲兵工廠の技術技能を外に教えることは、良いことだとおっしゃるのですか?」
伊丹
「良いことだと思いますよ。みなさんは扶桑国を守ることが最終目的です。それは戦争のための武器弾薬を供給することもあるし、この国の産業レベルを向上させ国力増強させることもあると思います」
藤田少佐
「でも、それは直接の職掌ではありません。税金で育成した職工が民間に流れたら税金の無駄使いです」
南武少将
「職工を育成するのは時間もお金もかかるからね」
伊丹
「ちょっと変なことが頭に浮かびました。科学的管理法というのを聞いたことがあるでしょう。仕事を標準化すれば育成が短期間にでき、誰の仕事も均一になるというのが狙いだったのですが」
藤田少佐
「ええ、それが?」
伊丹
「なぜ科学的管理法が発生したか、広まったかということです」
南武少将
「ほう、そう言われるとそういうことは知りませんな」
伊丹
「アメリカ国民は元々欧州からの移民です。彼らは新大陸で農業をして豊かになりたいとやって来ました。しかし農業を始めるにも元手がいります。そのためにとりあえず東部の都市で工員をします。ある程度お金を貯めると工員を辞めて中西部の農地を買い農業を始めます」
藤田少佐
「つまり職工の移動が激しくて、採用した人をすぐに戦力にするために、科学的管理法が考えられたということですか?(注3)
伊丹
「その通り。じゃあ南武少将、今の工廠の状況を踏まえるとどうでしょう?」
南武少将
「なるほど、工廠の仕事を標準化しそれに基づいて教育訓練し短期間でベテランにする仕組みを考えるべきということか」
伊丹
「もちろん世の中のレベルが上がれば工廠の仕事を外に出してもすぐに作れるようになる」
南武少将
「そういう風にしないと外国と戦えないということだ」
伊丹
「そうです。戦うと言っても戦争だけではなく、工業製品の競争もあります。戦争なら講和すれば戦いは終わりですが、ビジネスの戦いは終わりがなく休みもない」
藤田少佐
「なるほど・・」
ルノーFT17軽戦車
ルノーFT17軽戦車
南武少将
「関連するが、だいぶ前に伊丹さんから異世界の戦車の情報をもらって研究していたが、まだ戦車を試作するまでに至っていない。欧州大戦が終わりイギリスとフランスから戦車を購入して製造を研究している」
藤田少佐
「見通しはどうですか」
南武少将
「非常に難しい」
藤田少佐
「なにがむずかしいのでしょうか? 車体、キャタピラー、砲、機関銃、防弾などいろいろあると思いますが」
南武少将
「すべてが難しいといえばそうなのだが、小銃のような小物と違い仕掛けが大きい。システムというのか、多種多様な要素が組み合わさっている。例えばエンジン、車体、防弾の研究、戦車砲は野砲と違う要求がされる。反動の軽減、狭いところで装弾できること、榴弾よりも貫通力、いろいろあるものだ。エンジンもしかり車体もしかり。それぞれの技術者、技能者を育成していかねばならない。
そしてもうひとつ重要なのは1台作ればいいのではなく、同じものを何十台何百台と作ることだ」
藤田少佐
「大量生産ですか。当然互換性も重要ですね」
南武少将
「そうだ、自動小銃のときは部品点数が30とか40だった。それでも完全互換を実現するには大変だった。戦車となると部品点数は数千、いや1万にはなるだろう」
伊丹
「これからの兵器はますます複雑になりますね。ですから戦車を丸ごと砲兵工廠で作るのは不可能でしょう」
藤田少佐
「と言いますと?」
伊丹
「この国の工業力を向上させ、部品の図面を渡せばどこでも作れるという状況にしなければならない。そのためには砲兵工廠の技術技能を広めて、一般製品、鍋釜を作ってほしいわけです。砲兵工廠の技術技能を広めても誰も損はしません」
南武少将
「伊丹さんの言いたいことは、世の工業水準が上がれば職工を集めるとか訓練するという心配はいらないということか」
伊丹
「そう思います。アメリカで自動車はものすごい勢いで増えています。自動車はエンジンも車体も車輪もガラスも、いや座席の布地を作るのも技術の塊です。自動車を大量に作っている国は技術が高まるでしょう。武器を作ることだけに高い技術があればいいという考えでは国として進歩がありません」
南武少将
「実を言って、欧州大戦では両軍とも大砲と機関銃が主たる武器だった。我が国でもいろいろな大砲や機関銃を輸入した。国内で製造しようと構造を調べて納得しても、それをコピー生産できないのだよ」
藤田少佐
「どうしてですか?」
南武少将
「加工精度がでないのだ」
藤田少佐
「ええ!私どもは伊丹さんや藤原さんの指導を受けてそうとう精度が上がってきたと思います」
南武少将
「確かに小銃について言えば精度が上がってきている。そうでなければ自動小銃は作れない。しかし機関銃とか大砲になると、部品が数センチではなく数十センチとか数メートルのものを精度良く作る必要がある。それは単純なことではない。作る品物に見合った工作機械、測定器、標準器が必要となる。
ノギスとかマイクロメーターも15センチ程度ではなく、1メートルとか2メートルを測定できるものが必要となり、基準となるブロックゲージも必要となる」
藤田少佐
「なるほど、長いものを削るには大きな旋盤、型削り盤じゃなく平削り盤・・」
南武少将
「機関銃ならまだ構造は簡単だ。自動車や戦車のエンジンとなると、それだけで数百か千くらいの部品が必要となる」
伊丹
「砲兵工廠でエンジンを作り車体を作りキャタピラーを作る技術を全部開発し製造するのは困難です。
だから我が国でも自動車産業を興さねばなりません。自動車の大量生産が行われていれば、それを戦車や飛行機に転用するのは簡単です」
南武少将
「扶桑国にはまだフォードなどと比較できる自動車会社がない。ワシは少し前渡米して見学してきた。流れ作業というのか、人も機械も動かないで、作る自動車が前工程から自動で送られてきて、自分が担当の作業をすると次の工程に進んでいく。あれを見て我が国が後進国だと実感した」
伊丹
「嘆いても仕方ありません。必要なこと、足りないことをひとつひとつ進めていくしかありません。いったい何が足りないのですか?」
南武少将
「まず当然ながら今ある戦車と同じものを作ってもしょうがない。欧州大戦では対戦車ライフルという口径が12ミリくらいの大きなライフル銃が使われた。人間が持って撃つ対戦車ライフルでも、板厚10ミリくらいの鉄板を貫通するそうだ。これからはそんなもんじゃなくて、もっと口径が大きく速射できる専用の対戦車砲というのが現れるだろう。そうなると戦車は50ミリとか70ミリくらいの砲弾をはじき返さないと存在意義がない。そなると戦車は大型化、重量化する。その結果エンジンも履帯も頑丈でないとならず・・むずかしいなあ」
伊丹
「自動小銃を作るとき、工作機械や測定器のレベルアップをしました。エンジンのような動くものを作るにはもっと精度を上げなければならないなら、それに対応するしかないでしょう。そしてそれは我が国の工業レベルを引き上げるでしょう。
いずれにしてもこれからの武器を開発するには、必要なリソース、つまり人、もの、金は膨大なものになります。そうなるとこれからの武器は標準化を図り種類を少なく、同じものを大量に作るようにしなければなりません」
南武少将
「そうなんだよ。海軍の機関銃と陸軍の機関銃が違い、弾丸も違う現状では作ることだけでなく補給も修理も大変だ。実はね、ワシが陸軍の機関銃を海軍にも売り込んでいるのはそういう狙いもあるのだ」
伊丹
「それについては伺っております。少将閣下は有名ですから是非とも頑張っていただきたい」
南武少将
「自動小銃は1種類で陸海共通化し、機関銃も口径の種類を少なくしこれも陸軍、軍艦、飛行機で流用するようにしないといかん」
伊丹
「大砲でも機関銃でも守備範囲がありますよね。例えば800m以下を担当する機銃、800から1500を担当する機銃、1500から3000を担当する機銃、3000から8000までというふうに、有効射程にすき間がないようにすることが必要です(注4)
守備範囲 旧軍の対空兵器の守備範囲
(「たんたんたたた」より)
受持ち兵器有効高さ
0高射砲(高角砲)3000〜0000
01500〜3000
025mm機銃0800〜1500
013mm機銃0000〜8000

*を受持つ兵器がないのが問題だという。
南武少将
「なるほど、」
伊丹
「もちろん標準化することが目的になってしまってはいけません。それに狙撃銃や市街戦でのサブマシンガンなども必要でしょう」
南武少将
「ワシ一人で悩んでもしょうがない。大きなシステムなんだから政策研究所に取りまとめしてもらおうか。ワシは砲煩兵器だけ考えることにして」


1919年8月 政策研究所の会議室である。
メンバーは中野中佐、吉沢課長、兼安中佐、そして伊丹と工藤がいる。

工藤社長
「つまり自動車の量産体制を作れというご依頼ですか? これはまた乱暴というか丸投げというか」
吉沢課長
「これから複雑な機械の大量生産が必要となる。飛行機、自動車、戦車、民生もあって一番量産が期待できるのは自動車だ。向こうの世界から自動車工場を一つ持ってこれないか」
伊丹
「それはかなり無茶な話ですね」
中野中佐
「なぜ難しいのですか?」
伊丹
「まず21世紀の日本の自動車工場はすべてを作っているわけじゃありません。主要な部品というか部品を組み立てた部分組み立て状態まで子会社や下請けで作らせて、それを集めて完成品にするというイメージでしょうか」
中野中佐
「なるほど、そうすると下請けまで持ってこないとダメか」
伊丹
「それともうひとつ、現代は量産です。日産数百台かそれ以上という規模になります。それ以下であると採算割れしてしまいます。でもこちらで必要とするのはせいぜい日産十台から数十台規模だと思います。
そしてまた21世紀の自動化されロボットがメインの工場でもだめでしょうし、作る車もモノコックではなくシャーシーの上に積み上げていく構造ですし・・とすると21世紀の工場ではなく1960年前の工場となりますか」
工藤社長
「昨年1918年の国内生産台数はトラック100台くらいでしょう(注5)仮に毎日50台作っても買ってくれる人がいるのですか?」
伊丹
「以前、中古車を入手したとき60年代の軽自動車がありましたね。ああいったものをコピーして作れませんかね。あるいはシャーシー構造でトラックを作った方がいいのか」
兼安中佐
「向こうから自動車製造の技術者を呼べませんか?」
伊丹
「あのね、向こうの世界から医療技術も電子機器もエンジンも持ってきているわけですよ。他力本願は止めましょう。
おんぶに抱っこでなく、皆さんが努力することがあるんじゃないですか。ものづくりに頭を絞り汗を流しましょうや。それがこの世界のリーダーになる礎となるのではないですかね。
あまりズルをしたり棚ぼたを期待してはいけません」

うそ800 本日の流れ
人間易きに流れるといいますが、文中も未来から工場を持ってこいなんて言い出します。少し前は異世界から医者を呼べとか、
いけません、私も易きに流れて・・・

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注1
実在の人物は実際の昇進に合わせた。
南部(この物語では南武)が少将になったのは1918年49歳のとき、他に比べてきわめて昇進が早かった。

注2
第一次大戦の戦死者の割合は次のようであった。
種 類割 合
大 砲74%
機関銃10%
小 銃6%
手榴弾1〜2%
毒ガス1.7%
白兵戦0.1%

「第一次世界大戦」木村靖二、ちくま新書、2014
但し一覧表になっていないのであちこちから数字を拾った。矛盾があるのはしかたがない。

注3
「科学的管理法」F.W.テーラー、1961、産能大学出版部

注4
「たんたんたたた」兵頭二八、光人社、2009、p.263

注5

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