異世界審査員80.震災プロジェクトその3

18.04.30

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

1921年お正月の三日の伊丹邸である。8畳を二つぶち抜いた部屋にいつものメンバーというか、高橋大臣、後藤議員、中野中佐、吉沢中佐、米山中佐、兼安中佐、石原大尉、そしてなぜか工藤社長とさくらがいる。年始なのか新年会なのか単なる飲み会なのか分らない。
高橋是清 後藤新平

中野中佐

吉沢課長 米山中佐 兼安中佐

石原莞爾

伊丹

幸子

工藤社長 さくら
高橋 後藤 中野 吉沢 米山 兼安 石原 伊丹 幸子 工藤 さくら
いつものように飲んで語り合いというか議論をしている。悪酔いする人がいないのが幸いである。

中野中佐
「欧州大戦後の不況はあまり目立つことはなかったようだね、あれは兼安君の成果か?」
兼安中佐
「いえいえ、正直申しまして具体的には何もしていないのです。
戦後不況が話題にさえ上らなかったのは、基本的に扶桑国が体力をつけてきたからでしょう。このところ欧州の産業が回復してきましたが、我が国の繊維類も機械類も輸出は減っておりません」
中野中佐
「それはつまり技術の向上というですか?」
お酒
吉沢課長
「鉱工業生産指数は順調に伸びてますね(注1)
米山中佐
「生産増加は技術向上とイコールではないでしょう」
兼安中佐
「国産できるまで技術が向上しただけでなく、それを買える購買力がついたということでしょうね」
吉沢中佐
「昨年の我が国の自動車生産台数はなんと5,000台になりました。一昨年の生産台数が300とか400台でしたからすごいものです。今年は2万とか3万になるでしょう(注2)

注:史実では1922年頃の日本の自動車生産台数は100台程度であった。

工藤社長

「吉沢中佐、自動車の生産工場はまるごと向こうの世界から持ってきたことを忘れちゃいけませんよ」

吉沢中佐

「忘れてませんよ。そして持ってきたのは工藤さんだってことも」
高橋是清
「生産しているのはほとんどがトラックか?」
吉沢中佐
「ほとんどトラックですが、バスのボディを載せたり消防ポンプを載せたりといろいろあります」
中野中佐
「消防車と言えば、東京府の消防車は何台くらいになったのか」
米山中佐
「昨年末で200台になったと聞きます」
中野中佐
「消防車は何台あればいいんだろう?」
幸子
「一般に都市消防には、人口一万人あたり1台から1.2台のポンプ車が必要といいます(注3)
中野中佐
「東京府の人口は今大体400万人か(注4)とすると消防車は400から480台必要となる。まだまだ足らんな」
米山中佐
「自動車は200台ですが、自動車ではなく手押し台車にエンジン付きポンプを載せたのも合わせると300台はありますから、それなりになってきたと思います」
中野中佐
「向こうの世界の関東大震災では、電気系統と水道系統が破損しましたから、水供給も考えなければなりません」
後藤新平
「考えるだけでなく手を打ってほしい」
米山中佐
「もちろんです。例えば隅田川にポンプ付きの舟艇を配備しております。ホースで川から200m先のポンプ車に送水できます」
後藤新平
「200mか、その先はどうする?」
米山中佐
「ポンプ車には1・2トンの水を積んでますがそれが尽きて消火栓も使えないなら、江戸火消しと同じく破壊消火しかありません」
後藤新平
「なんとかならんのか」
中野中佐
「人間にはできることとできないことがありますからね・・・」

数瞬、会話が止まった。

兼安中佐
「先ほどの景気の話ですが、防災のための道路や橋などの公共事業が盛んで、不況になっていないのかもしれません」
吉沢中佐
「好景気が国債による公共事業のおかげならあとでツケが回るね」
高橋是清
「そうとも言えるが、欧州大戦による好景気で、ロシアの戦争の対外負債を返済して今は債権国だ。当面は大震災に備えて財政赤字になってもよかろう」
中野中佐
「債権国になってもそれを使わなければ、国も国民も潤わないということですか」
高橋是清
「金は使わなければ意味がありません。帳簿上で黒字でも豊かとは言えません。お金は使うから豊かな暮らしができる。
要は身のほど以上に使ってはいけないということです」
ドル箱
石原莞爾
「世界恐慌は起きないということでしょうか」
高橋是清
「国内と世界を分けて考えないといけない。扶桑国は欧州大戦のときもそれ以降も、景気は過熱せず冷えすぎず良い所を推移していると思う。
アメリカは最近穀物類の輸出が減ってきたようだ。アメリカはこれから不況に入るのかな? アメリカが不況になれば全世界に波及するだろう。欧州大戦以降、全世界の生産に占めるアメリカの割合が増えたからね」
幸子
「アメリカの景気は戦時中にオーバーヒートしたようですが、あと6年くらいは好況が続きますよ。というのは欧州が本格的に回復するには10年かかるでしょう」
高橋是清
「となると10年後が恐ろしいね。歴史通り大恐慌になるのかどうか」
後藤新平
「世界恐慌になれば、我が国だけ安泰でいられることもないだろうなあ〜」
中野中佐
「石原君、南洋の経営はどうですか?」
熱帯だよ
石原莞爾
「私も現地に行ったのは二三度ですが、南洋と言っても実はひとくくりできるようなものではなく多様でして・・・服装にしても腰巻だけのところもあり、シャツを着ているところもあり。人種から宗教から言葉まで違います。当然価値観が違います。
ブルネイやマリアナ諸島は既に貨幣経済です。そういった地域では価値観も勤労という観念も我々と共通です。しかし貨幣経済以前のバナナを採り魚を獲る自給自足社会もあり、そこでは働きなさいといっても意味が通じません。
そして・・」
中野中佐
「そして?」
石原莞爾
「貨幣経済にすることが良いことなのか悪いことなのか・・・
働いてお金を得て生活するのと、ヤシの木陰でハンモックに寝そべって、腹が減ったら魚を獲って暮らすのとどちらがいいとも言えません」
高橋是清
「我々が働くのは、働かなければ食えないからだ。庭や海で食べ物が手に入るならワシは働かないだろうねえ〜」
石原莞爾
「飢饉もなく、恐慌もなく、衣食住に困らず楽園そのものですね」
高橋是清
「犯罪はないのかね?」
石原莞爾
「犯罪は結構あります。ただし暮らしが暮らしですから、詐欺とか偽造とか横領なんて知能犯はありません。また窃盗や強盗は貧富の差がなければ発生しません。
実は一番多い犯罪は南洋群島酒類取締規則違反、要するに密造酒製造と、それに伴う脱税です。といっても、元々税金という概念がありません。我が国だって、ヤマタノオロチを酔わすためにアシナヅチとテナヅチが酒を造ったとき、酒税はなかったでしょう(注5)
後藤新平
「なるほどなあ〜」
高橋是清
「税とは国家運営の原資だ。政府を必要としていないなら税を払う意味がない。ということは何をするために税を取るのかということになる」
中野中佐
「貨幣経済でないというのが想像できないが・・・」
石原莞爾
「まず財産と言えるものがありません。いつもバナナが食べられるなら蓄えるという発想がありません。それに蓄えることもできません。
ですから富の蓄積もなく時間が推移しても経済成長もない。我々の感覚では極貧です。でも欲求不満がないという意味では豊かでしょうね。
南洋の人たちを西洋的な意味で豊かにするということであれば、貨幣経済化にドライブをかけるべきでしょうけど、私にはそうは思えないのです」
高橋是清
「幸子さんの世界では南洋はどうなっているのかね?」
幸子
「初めは石原さんがおっしゃった通りの状況でしたが、最終的には貨幣経済に飲みこまれてしまいます」
石原莞爾
「なぜ今はそうならないのでしょうか?」
幸子
「まだ物質的豊かさを知らないからでしょう。だんだんと人と物の移動がさかんになり、映画や実物を見ると、価値観のパラダイムシフトが起きるでしょう。20年もしないで(注6)
石原莞爾
「そうなるのが良いのか悪いのか」
中野中佐
「確かに悩ましい。だが統治する側としては物質欲を持ってくれれば楽になる。価値観を共有するわけだから」
米山中佐
「働かなくても良いなら現状でいいんじゃないか。
笑い話にあったけど、浮浪者に金持ちが言うんだ。働きなさい。そしてお金を貯めなさい。そうすれば何もしないで暮らせるって。そうすると浮浪者が俺は今でも何もしないで暮らしているって言う」
高橋是清
「だがちょっとした病気やけがで死ぬのを当然と割り切れるのかね。特に異文化なら助かると知ったときに」
伊丹
「私の世界に「キリンヤガ(注7)という小説があります。そこでは科学技術を拒否して、古い文化で暮らしている人たちがいます。しかし最初にそれを選択した人たちはそれを良しと考えていても、世代交代が進むにつれて結局は物質文明になってしまうのです」
幸子
「やはり物質文明は清貧よりも正しいということでしょうか?」
高橋是清
「うーん、善悪ではないんじゃないかな。ワシは普遍性かと思う」
後藤新平
「大臣、普遍性と言いますと?」
高橋是清
「誰にでも分かりやすく好まれることだろう。ハンバーガーというものをご存じでしょうか?」
さくら
「丸いパンにハンバーグをはさんだものでしょう」
高橋是清
「そうじゃ、そうじゃ。ワシが半世紀前アメリカに初めて行ったときに、ハンバーグというものはあったが、ハンバーガーというものはなかった。
10数年前、ロシアとの戦争で戦時公債を募るためにイギリスに渡ったとき、ハンバーガーというものを食べた。最初に食べたときから美味いと感じた。大多数がそう感じたのだろう。だからあっという間に欧州にも広まった」
ハンバーガー
後藤新平
「おっしゃる意味が?」
高橋是清
「食べ物には普遍的に好まれるものもあり、そうでないのもあるということだ。
扶桑国の食べ物でも寿司やすき焼きはアメリカでも広まりつつある。しかしクサヤはだめだろうね」
さくら
「ここだってクサヤがダメな人は多いですよ」
高橋是清
「似たようなものに朝鮮にキムチという食べ物がある。この臭いが独特で、好き嫌いがある。要するに誰にでも分かりやすく魅力的なのが普遍性だ。
そして物質文明というのは普遍性がある。南洋の文化は、熱帯でかつ生活水準が低いレベルでのみ継続できるという制約がある」
石原莞爾
「普遍性のある文化は広まり、そうでない文化は時と共に滅んでいくということですか」
高橋是清
「良し悪しではなく、大勢には抗えないだろうねえ〜」
吉沢中佐
「それを言えばこの国も同じですよ。我々は扶桑国の国力を増して欧米に負けないようにしたい。しかしそれは過去からの扶桑文化を壊すことでもある」
兼安中佐
「海軍でも一昔前までの連中は、勘と経験と度胸で大砲を撃っていた。だが見えない敵を電気装置で見つけて計算尺で計算して撃つ時代になると付いていけず辞めるのも多い。ある意味、しかたないんだろうなあ〜」
後藤新平
「それは普遍性とは違うだろう。時代の進歩、技術の進歩に追いつけないだけだ。ワシも今のように医者になる制度が確立する前に医者になった人間だ。だから学問はない。人を救おうという気持ちだけで技術も知識もない医師は、取り残されるしかないのだよ」
工藤社長
「私どもコンサルタントの仕事とは、働いている人の価値観を変えることだと認識しています。ただそれを普遍性でとらえることには違和感がありますね」
兼安中佐
「と言いますと?」
工藤社長
「高橋大臣が例に挙げたキムチとハンバーガーは普遍性、まあ嗜好の差といえるかもしれない。しかし技術革新とか生産方式は嗜好の違いではなく、生存競争です。選択できるものでもなく共存する余地もない」
高橋是清
「確かに・・・生産性を上げなければ淘汰されてしまう」
吉沢中佐
「刀鍛冶が精魂込めて鍛えた刀を何年も修行をした侍が使おうと、数時間の講習を受けた若者が小銃を撃てば勝敗は決まってしまう。時代の進歩が見えない人間はそれまでなのだ」
兼安中佐
「でもね吉沢さん、刀を持つ侍が鉄砲を持つ敵に「飛び道具卑怯なり」と言っても、その昔刀を持った者は棍棒しかない者からやはり卑怯者と言われたはずです。要するに昔は良かったという者は、時代遅れではなく、自分が強者だった時代を懐かしんでいるにすぎません」

しばしの沈黙の後中野中佐が声を出した。

中野中佐
「吉沢中佐、所在地検出はうまい方法がありましたか?」
吉沢中佐
「なかなか難しいです」
さくら
「所在地検出とは何ですか?」
伊丹
「スマホのGPSのように自分がどこにいるかを知る方法だよ」
さくら
「なるほど、携帯電話のようにたくさんの基地局を設けるのは難しいし、ましてやほとんど火災で燃えてしまう中に基地局を置くわけにはいかないし」
吉沢中佐
「おやおや、お嬢さんは私が何をしたいのか分かっちゃったのですか」
さくら
「スマホと同じ方法とか形式に囚われないで考えたらいかがでしょう。
ノモンハンの本を読んだことがありますけど、ロシアの飛行機は無線機が付いてなくて、命令を伝えるのに兵隊が地上に白い布で大きな印を作って伝達したそうです(注8)
ソ連機
ノモンハンで戦ったソ連機
工藤社長
「ハハハ、それはまた原始的な」
さくら
「あっ私が言いたいのは、虚心坦懐に目的を達する方法を考えよということです」
石原莞爾
「戦場でそれを考え付いた人は、ものすごく頭がいいと思います。戦場は混乱しなにもかも不足している状況です。今あるものをうまく使って戦わなくてはなりません。我々もそのスマホとやらをイメージするのではなく、今の技術でできることを考えないと」
さくら
「話を戻しますけど・・・飛行機は北緯とか東経とか知りたいわけではないでしょう。知りたいのは自分と基地そして消火現場との位置関係だけのはず。それなら被災しない所に電波探知機(レーダー)を置いて、そのレーダーが把握した飛行機の所在を伝えれば間に合いませんか」
米山中佐
「その位置情報を飛行機や地上部隊はどういう風に受け取るのか?」
さくら
「飛行機の記号とか消火隊の記号を表示した画面を画像にして発信する。飛行機や消火隊はそれを表示するだけです。
手っ取り早くするなら、向こうの世界からタブレットを持ってくればいい。GPSとか面倒なことを考えず単に1枚の絵を送りそれを表示するだけ。拡大縮小だけなら受信側でできるでしょう」
吉沢中佐
「それなら今すぐにできそうだな」
伊丹
「おいおい、なんでもかんでも向こうの世界頼みでは・・・」
さくら
「あーら小父様、いいじゃないですか。それとも小父様が素晴らしい回答をお持ちとでも。
そうだ指揮本部には50インチのモニターを持ってきて、火災状況と消火隊の位置情報を表示したらいいですよね」
伊丹
「多数の移動体があると各機の特定をどうするか。それに飛行機だけでなく消防車とか小隊の所在もあるでしょう」
吉沢中佐
「それぞれが特定の信号を出すという手もありますね。飛行機が最大で120機、消火隊が200小隊、戦車やブルドーザーが200台、数は多いが不可能じゃない」
さくら
「データ処理に時間がかかるなら、位置表示を更新する間隔を長くしていいんじゃないですか。飛行機は速いから1秒程度の間隔で位置を更新して、車両は数秒間隔でも十分かもしれない」
吉沢中佐
「飛行機は1秒で50m、自動車なら1秒10m、それなら十分かな。そうすれば負荷はだいぶ減るね」
兼安中佐
「タブレットならカラー表示できるから、飛行機は青、消防車は緑、燃えている所は赤、燃え尽きたところは灰色とかできるね。そんな表示なら一目瞭然だね」
吉沢中佐
「潜水艦戦のとき、そんな裏技を使っても良かったならもっとすごいことができたのに、あのときは陰極線管もマグネトロンも我々が作ったんだぜ」
中野中佐
「簡単にできては吉沢さんも面白くないだろう。今回もひとひねり頼むよ。
しかしそれにつけてもさくらさんが是非とも欲しいねえ〜。娘にもしたいし政策研究所のスタッフとしても欲しい」
さくら
「アハハハ、危ないところ助けていただいたご恩は忘れませんけど、ご遠慮します。それに今年から大学生になります。合格したらですけど」
吉沢中佐
「お嬢さん、飛行機と飛行機、飛行機と基地、地上部隊と地上部隊、地上部隊と指令所など多様な連絡が必要ですが、うまいアイデアはありませんかね」
石原莞爾
「私も発言していいですか」
吉沢中佐
「アイデアがあるかね」
石原莞爾
「通信する相手によって周波数を変えたらどうですかね。飛行機と地上の消防隊は高い周波数、飛行機と飛行場、地上部隊と指揮所は中間の周波数、指揮所と飛行場は低い周波数」
吉沢中佐
「そりゃ向こうの世界からVHF無線機を持ってくる前提だね(注9)
兼安中佐
「いいねえ〜、空と陸の直協作戦、消防だけじゃなく戦闘に使えるよ」
米山中佐
「飛行機同士、消防隊同士の連絡が混信しないか?」
吉沢中佐
「移動体ごとに一つの周波数を割り当てるんだ。基地側だけはすべての周波数の受信機を置く」
さくら
アマチュア無線 「数が必要なら向こうでアマチュア無線機を1000個くらい買ってきたらどうですか。中国製の安物なら1万円もしません。1000個で1000万円、こちらのお金で100両にもなりません。安物でも10キロ位は届きます。
それに144メガだけで200チャンネルあるから足りなくなりませんよ」
幸子
「ここには電波法なんてないから、アマ無線に拘ることなく出力も無制限よ」
伊丹
「オイオイ、何から何まで向こうから持ってくる他力本願では」
中野中佐
「まあ、手っ取り早いならそれでもいいか」
伊丹 伊丹は呆れたという顔で中野中佐を見る。
米山中佐
「無線機がたくさんあっても混信の根本的解決にはなりませんが」
伊丹
「FMなら弱肉強食で混線を気にしなくてもいい(注10)
さくら
「複数の情報を得るためにAMで混信した方がいいかもしれません」
後藤新平
「すまん、ワシが分かるように言ってほしいのだが・・・そういう仕組みを作れば、震災で火災が起きたとき、関係者は火災の全容を把握して消火活動を進めることができるということか?」
兼安中佐
「まさにその通りです。ただし全容を知ったところで、消火できるかどうかはまた別の話です」
石原莞爾
「悲観的なことを言いますが、避難できないことを知るだけかもしれない」
高橋是清
「そうならないようにするのが君たちの仕事だろう」

米山中佐と石原大尉は酔いつぶれて泊っていくことになった。その他の政策研究所の面々や高橋大臣が帰って、さくらは自分の部屋に引っ込んだ。
伊丹と幸子は居間でお茶を飲んでいる。

幸子
「今年も穏やかに過ぎればいいですが」
伊丹
「俺ももういい年になったし、これからどうしようかなと考えているんだ」
お茶
幸子
「あら、洋司は向こうに帰る気なの?
帰っても息子たちと同居はないし、介護付老人ホームにでも入るつもり」
伊丹
「まずは幸子がここに残るのかどうかを確認したいと思ってね」
幸子
「向こうに戻って孫守もないわ。それにもう小学校でしょう。もっとも二人目がいるか。
働けるだけ働いて、働くのに飽きたらこちらの田舎に引っ越しましょうか」
伊丹
「藤原さんは今年には仕事を辞めて、向こうに引っ込むつもりだ。彼の場合は元々、年金がもらえるまでのつなぎだったし、この世界にそれほど思い入れもないようだ」
幸子
「藤原さんは新しいことへチャレンジしないから、いつかは教えることがなくなってしまうのね。既にこちらで教えることがなくなったのかもしれないわ」
伊丹
「そんな感じだね。ともかくこちらで老後の生活費は稼いだろうから、当初の目的は果たしたしもう十分という気持ちだろう」
幸子
「私は、当面の難関、関東大震災、大恐慌、515事件など第二次大戦までの20年をこの世界で頑張りたいと思う。向こうの世界にいるより、こちらのほうが世のため人のために役立てると思う」
伊丹
「それだけの時間が経てば、向こうの世界も大変革があるだろうね。中国の世界覇権かアメリカがどうなるのか・・・俺もこちらの世界の方が面白いし思い入れがあるよ。それに幸子の言うように世の中に貢献できると思う」

そんな二人の会話を、ふすまの外でさくらが立ち聞きしていた。

うそ800 本日の計画
さあて、これから第三者認証まで一気呵成に・・・

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注1
明治から現代まで連続した指標があるのかと調べたら、実質国民所得というものがあった。
第一次大戦で大きく伸びたのが見える。しかし戦後すぐに峠を下った。あれが上がったままで推移していたらすごいと思う。
しかしこのような100数十年に及ぶ変化を見ても、20世紀末のバブル崩壊とはすごいことだったのだと感じる。まさに太平洋戦争に匹敵する変化だ。バブル崩壊をもたらした大蔵省官僚は極刑に値する。

注2
注3
注4
注5
古事記に出てくるお話である。スサノオノミコトが高天原を追放され地上に降りると、美しい娘を間に老夫婦が泣いていた。その夫婦がアシナヅチとテナヅチであり、娘はのちにスサノオノミコトの妻になるクシナダヒメである。美しい娘は怪獣ヤマタノオロチに生贄として差し出さなければならないのだ。それを聞いたスサノオノミコトは老夫婦に酒を造らせ、それでヤマタノオロチを酔わせて退治する。

注6
ブータンは「世界で一番幸せな国」と言われているが、その根拠は「自分は幸せ」と考えている人が一番多いからだ。だが外国の情報が入るにつれて、最近では物質的欲望が強まってきているという。
豊かでなくても、自分が豊かでないと知らなければ幸せだ。というのは幸せは絶対値ではなく相対的だから。いくら貧しくても豊かさを知らなければ貧しいとは思わず、いくら豊かでも自分より豊かな人がいれば貧しいと感じる。

注7
「キリンヤガ」マイク・レズニック、早川書房、1999

注8
「ノモンハン航空戦全史」D・ネディアルコフ、芙蓉書房、2010

注9
20世紀初めは、長波、中波、短波と呼ばれるものまでしか実用されていない。当時は高い周波数は作り出す(発振)のも増幅するのも技術的に難しかった。いや1970年代後半にフェーズロックループ(PLL)が現れる前は、無駄ばかり多いC級増幅を繰り返して高い周波数を得ていた。時代の進歩はものすごい。
アンテナとは電波を発信したり受信するものだから、波長と共振関係にある必要がある。そのため通常アンテナの長さは、波長の長さ、その半分、4半分が多い。短縮コンデンサーとか延長コイルという方法もあるが、省略。
第二次世界大戦のとき日本軍が使用した航空機用無線機は波長30〜60mの短波でアンテナは5m位であった。
飛行機や自動車あるいは人が手に持つとき、実用的にはアンテナは3m以下、つまり波長10メートル以下のVHFにする必要があるだろう。波長が短くなると遠くまで届かないが、見通し距離(見える範囲)は十分だ。

 お勧め本「新 上級ハムになる本」丹羽一夫、CQ出版、2006

呼び名記号波長周波数用途特徴
長波LF1〜10km30〜300kHz船舶無線安定した通信
遠くまで届く
中波MF0.1〜1km0.3〜3MHzAM放送昼と夜で飛びが変わる
短波HF10〜100m3〜30MHz短波放送、
アマチュア無線
気象や季節で飛びが変わる
超短波VHF1〜10m30〜300MHzFM放送、業務用
ラジコン
見通し距離しか届かない
極超短波UFH0.1〜1m0.3〜3G携帯電話、地デジ
GPS、電子レンジ
アンテナ小さい。
見通し距離しか届かない
センチメートル波SHF1〜10cm3〜30GBS,CS,短距離のみ
ミリ波EHF1〜10mm30〜300G衛星通信・簡易無線短距離のみ

注10
変調方法には振幅(AM)、周波数(FM)、位相(PM)の三つあるが、実は周波数変調と位相変調は同じものである。
振幅変調は近い周波数だと混じって混信が起きるが、周波数変調は強い方のみが受信され弱い方は無視される。これを俗にFMの弱肉強食という。



外資社員様からお便りを頂きました(2018.05.01)
おばQさま、いつもの細かい突っ込みで恐縮ですが、気になったので。

>注10  変調方法には振幅(AM)、周波数(FM)、位相(PM)の三つあるが、実は周波数変調と位相変調は同じものである
振幅によらないという意味でおっしゃったと思いますが、この表現は、誤解を受けると思います。FMとPMは異なりますし、技術的にも難易度が大いに違います。
モデル化のため、条件を簡略化します。
FM(周波数変調)は、ある時間単位で、電波の振幅は一定で2種の周波数の波:100MHZと300MHZで情報を伝達します。
100MHZを0、300MHZを1とすれば、これでデジタル通信が可能。 ポケベルやGPSも基本原理は同じ。
検波はアナログフィルタで可能なので、コンデンサ、コイル、抵抗の電気回路で当時の技術でもなんとかなりそうです。
PM 言い換えるとPSK(Phase shift keying)は、振幅も周波数も一定で、位相をずらす方法。
例として1GHZの波長を、位相を、45度、135度、225度、315度と45度ずつ変えれば、00,01,10、11という2ビット通信が送れます。
現代の技術ではデジタルによる位相検波をしており携帯電話に利用、この原理ができたので、デジタルの携帯電話が可能になりました。 
ちなみにデジタルTV放送等では、FMとPMを組み合わせたQAM(Quadrature amplitude modulation)を使っております。

電波(RF)そのものの発展は、この時代からは実はほとんどなくて、変調技術しか発展していないのですね。
振幅によらない点では周波数変調と位相変調も違いはないのですが、技術的なハードルが多いに違います。
FMまでは、アナログ回路で可能なので、この時代の技術でも頑張れます。
PMとQAMを実現するには、マイコンのような高速演算素子がないと難しいのだと思います。
そして小型化には、デジタルLSIに加えて、アナログLSIが必要です。
アナログLSIの発展の歴史は、携帯端末の小型化の歴史そのもので、ショルダーバックから、片手サイズまでは10年以上かかっています。

外資社員様、毎度ありがとうございます。
実を申し上げますと、突っ込んでくるだろうと思っておりました。長い付き合いですからそのくらいは予測します。
まず、逃げですが「実は」と修飾語を入れております。「実は」の意味は「事実を言えば」のことだそうですが、実質的にはという意味もあると思います。
昔、無線局開設申請をしたとき・・と言ってもたいそうなことではなく単にアマチュア無線を始める届出のことですが・・メーカーカタログを見て設備仕様を「微分回路→位相変調」という風に書いた記憶があります。カタログにあったからだけではありませんが、位相変調と周波数変調は微分したものと元の信号の関係にあると記憶しています。当時のトランシーバーは真っ向勝負で周波数変調するのではなく、信号を一旦微分回路を通して位相変調していました。そのほうが回路が簡単だったのでしょうか。そこはわかりません。
まあ、そんなことを踏まえて「実は周波数変調と位相変調は同じもの」と書きました。真理からの逸脱を許さないストリクト(シビアではなく)な外資社員様の逆鱗に触れたなら、それは申し訳ございません。私のレベルでは実質的に同じと思っただけです。
最近のトランシーバーはどうだろうと八重洲やアルインコを眺めましたら、なんとチャイナ製の安物を除き、すべてアナログからデジタルに変身していました。アナログはもう過去のものです。
私がアマ無線の免許証を受けたのはいつだったのかと引き出しを探しましたら、昭和57年11月28日付け、第2級アマチュア無線技士、免許証番号IAGI147とありました。あれから36年(電信級取得はそれより数年前)、私も歳をとったと実感しました。免許証の写真はセピア色どころかもうエクトプラズムレベルです。

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