異世界審査員86.品質保証その11

18.05.28

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは
「ものづくり」をちゃんとしようとすると、製品仕様だけでなく工作仕様を決めてそれを守らせるという品質保証という発想は妥当なものだと思う。では品質保証から品質監査が必要という命題は必然的に導き出されるのだろうか?
製品規格を満たしているかを検証するために検査が必要であるように、品質保証を満たしているかを検証するために品質監査が必要というのは理解できる。
ではそれを第三者に委託することはとなると、どんな製品サービスであろうと外注することは可能であるからそれは肯定されるだろう。
では、品質監査のみを受託する組織まあ会社が存在するのはと考えると、昔から特殊工程だけをする業者とか税務処理をする税理士が存在し、現在では総務とか人事とかを請け負う会社が存在するわけでこれもおかしくない。
ならば購入者から品質監査を依頼されなくても、供給者から品質監査を依頼されて行う業者(認証機関)の存在は自然なことなのだろうか?
上記の少しずつ変形してきたとき、そのどこかにおかしな点があるだろうか?


1921年も11月に入った。今年も大過なく終わりそうだ。来年1922年も向こうの歴史では大きな問題はなかったから、こちらでも起きないだろうと伊丹は思う。
今日、伊丹は砲兵工廠から呼ばれている。最近ここの仕事は請けていないが、品質保証の仕組みの見直しをしたいので相談に乗ってくれと言ってきた。さて、品質保証の仕組みを見直すとはどういうことだろう?
いつもの会議室でいつものメンバー、すなわち藤田少佐と黒田准尉と会う。

藤田少佐
「伊丹さん、お久しぶりですね」
伊丹
「お見限りされたようで、お宅から声がかからなくてはお邪魔する機会がありません」
藤田少佐
「まあまあ伊丹さん、本日はお願いというかご相談というか、
伊丹さんのご指導で品質保証、製造工程や検査での必要条件を定めてそれを遵守させるという考えでしたね。あの仕組みを導入したのは何年前になるだろうか?」
黒田准尉
「2年、いや3年になりますか・・・」
藤田少佐
「あの考え方を取引先というか購入先にも展開して品質保証協定書を取り交わすことによって、管理上の問題は各段に減りましたよ。品質保証は偉大です」
伊丹
「それは結構ですね。でも今回お呼び出しを頂いたのは、見直さなければならないとか聞きましたが」
黒田准尉
ボルト
「実はそれに関連していろいろな問題が・・」
藤田少佐
ベアリング 「おっと問題と言いましてもトラブルというのではなく、イシューという意味でして、
現在、工廠はすべての取引先に品質保証協定を要求しているわけではありません。ねじとかベアリングといったものは、既に標準品が市場で調達できます。また特段の技術・技能もいらず工程管理が問題にならないような作業とか部品については、品質保証を要求していません」
伊丹
「それは妥当でしょうね」
藤田少佐
「そうでしょう、そうでしょう。ところがまたいろいろと・・・
工廠の取引先の多くは工廠以外とも取引しています。そのとき工廠の品質監査を受けているというと高く評価されるようになってきているのです」
黒田准尉
「もっと具体的に言えば、ここと品質保証協定を結んでいる会社は新規顧客に売り込むとき品質が高いとみなされ、取引していても協定を結んでいない会社は新規顧客から工場審査や品質監査などを受けなければならないという差があるということです」
伊丹
「ほう、品質保証の効果が認識され、工廠の品質保証協定にそれほど価値というか、宣伝効果があるということですか。それはある意味すばらしい。指導した私としてもうれしいです」
藤田少佐
「単純に良いとは言えないのです。ええと、それで今まで品質保証協定を結んでいないところから、品質保証協定を結びたい、品質保証要求をしてほしいという話が来ています」
黒田准尉
「それもかなり強硬に要求されているのです」
伊丹
「はあ?」
藤田少佐
「我々としては必要もないのに品質保証協定を結んだり品質監査をしたりするのは、手間も費用もかかるだけです。それでそのような必要はないと回答しているのですが、彼らも軍の高官とか商工会議所のお偉いさんまで引っ張り出してきて、困っているのです」
伊丹
「なるほど、しかしどこかで聞いたような話ですな・・・」
黒田准尉
「そういう事例が他にありましたか?」
伊丹
「お二人は向こうの世界の存在をご存じですからお話します。
向こうの世界では1970年頃、つまりあと50年も後ですが、軍事とか通信など品質が重要な取引先では品質保証を要求しました。当然納入するためには、協定を結び品質監査で合格にならねばなりません。それで官公庁や大手企業の品質保証協定を結んでいることが、それ以外の取引先から見ても素晴らしい品質だと受け取られたのです(注1)
その結果おかしな方向に進んでしまい、取引する予定がないのに品質保証協定を結び、それを宣伝に使うという事例が多々ありました」
藤田少佐
「なるほど、我々と状況は違うけど、考え方は同じだ。その結果どうなったのですか?」
伊丹
「その経緯は錯綜して複雑ですが、1990年頃に購入者によるものではない第三者認証制度という仕組みが現れました」
藤田少佐
「第三者? 製造者が第1者、購入者が第2者、そうでないから第3者ですか?」
伊丹
「おっしゃる通り。その第3者が企業の品質管理(注2)の仕組みを調べて一定水準にあることを証するという商売を始めたのです」
黒田准尉
「しかし・・・我々は必要なことを品質保証協定に定め、それに基づいて品質監査をします。第3者となると何を基準にして品質監査をするのでしょうか?」
伊丹
「鋭いですね。これもいろいろ変遷がありました。大手企業とか官公庁の定めた品質保証協定を基にすることもありました。そのうち品質保証の国際規格が定められると、すぐにそれを基にするようになりました(注3)
黒田准尉
「品質保証の国際規格というものを知りませんが、たぶんいくつもの品質保証の要求事項の最大公約数をとったのでしょうね」
藤田少佐
「うーむ、それは意味がないのではないですかね。というのは、例えば我々は取引先に計測器の校正を要求するとき、 計測器 校正間隔が何か月、精度はこれこれとはっきりと示します。そうでなければ意味がありません。
ですから同じマイクロメーターでも仕事というか作る製品が異なれば、要求する精度は違います。あるいは特定の作業の従事者には、これこれの資格者であることと明記しています。
当然ですが無用なことは要求しません。ある品物の製造や検査に使う計測器の校正は半年で高い精度を求めることもあり、ある製品のときには校正間隔は1年で精度は低くて良いとか。
重要な部品のトレーサビリティは要求しますが、それ以外は不要です。
大手企業の品質保証協定とか国際規格を基にしてとおっしゃいましたが、そんなことができるとは思えません」

伊丹

「いやまさに藤田少佐のおっしゃる通りです。
品質保証要求事項は製品対応です。つまりこんなふうになるのかな?
要求項目要求事項
調達先への要求事項技術的要求事項図面/工作仕様/
品質保証要求事項一般的な品質保証要求事項
製品対応の品質保証要求事項

製品に関わらないのは、一般的な品質保証要求だけという気がしますね。
具体的な製品が定まっていないなら、製品対応の品質保証要求事項が定まるわけがありません(注4)

黒田准尉

「その図はちょっと・・・こうじゃありませんか。
要求項目要求事項
調達先への要求事項技術的要求事項図面/工作仕様
一般的な品質保証要求項目製品対応の品質保証要求

つまり伊丹さんの書かれたように共通なのは一般的な要求事項じゃなくて、要求項目ではないですかね。要求されたほうでも保管期限の決まっていない文書管理を求められてもお手上げですわ、アハハハハ」

伊丹
「ああ、そうか・・・確かにISO9001のrequirementsは細かな要求事項じゃなくて要求項目に過ぎないですね」
藤田少佐
「いずれにしても調達する製品が決まっていないとき品質保証要求事項など決まるはずがなく、ゆえに品質保証協定を結ぶことなどありえない」
黒田准尉
「そうは言っても工廠と品質保証協定を結んでいることにありがたみがあり、現実に我々は結んでくれと言われているわけで」
伊丹
「経緯はわかりました・・はて、どうしたものか」
黒田准尉
「少佐殿、発言してよろしいですか?」
藤田少佐
「おいおい、いつも言いたいことを言ってるじゃないか」
黒田准尉
「我々とは無関係などこかの会社に品質監査をさせたらどうでしょう? 我々が認めた人が、砲兵工廠の品質保証要求事項を使って品質監査をし、合格だったらそれを公表する」
藤田少佐
「さっき出た話だけど、我々は発注する部品によって計測器の校正とかトレーサビリティとか教育訓練などの内容を決めて要求しているわけだ。そこはどうするのだろう?」
黒田准尉
「先ほどの図表の中の「品質保証要求項目」だけを対象とするのです」
藤田少佐
「うーん、具体的には?」
黒田准尉

「例えばですね、計測器の校正なら
    供給者は次のことをしなければならない
  • 目的とする対象の測定に適切な方法・装置であること
  • 目的を確実に果たすために方法や装置を適切に維持すること
  • 測定が適切である証拠として文書化した情報を維持すること
  • 定められた間隔で又は使用前に、国家標準とトレーサブルな標準又は購入者から提示された基準品を用いて校正若しくは検証を行う。この記録を保持する。
  • 計測器は校正状態を明確に表示する
  • 計測器の校正又は検証結果を無効にするような調整、損傷又は劣化から保護すること
なんてしたらどうでしょう(注5)
藤田少佐
「えっ、計測器の校正の手順だけあれば良くて、間隔とか精度は決めないの?
それじゃ准尉、曖昧過ぎてなんの意味もない」
黒田准尉
「まあなにごとでも欲しがる人がいるなら、それを提供する商売はアリかもしれません」
藤田少佐
「監査基準がいいかげんじゃ監査結果に意味がない」
伊丹
「大事なことですが、その監査結果を砲兵工廠は認めるのですか? つまりその監査をする会社が合格としたところには、砲兵工廠は品質保証協定も結ばず品質監査もしないで取引を開始するということでよろしいのですか?」
藤田少佐
「そりゃ無理ですよ」
黒田准尉
「確かにこの監査基準で合格になっても砲兵工廠は取引できるとみなすことはできませんね、アハハハハ」
伊丹
「それなら第三者による監査は意味がないことになる」
藤田少佐
「ということは現状しかないということになるのかな」
伊丹
「話を戻しますと、先ほど申したように私の世界でいっとき第三者認証制度というものが流行しました。そして当初は多くの購入者が第三者認証制度を認めたのです。建前だけでなく、認証を受けた会社には品質保証を要求しない品質監査をしないということにしたのです。
でもまもなく第三者認証制度というものは最大公約数的なものであり、個々の取引には不向きだと気付いた。早い話が品質保証にならないと知ったわけです。
その結果、そういう制度がなくなったわけではありませんが、結局は以前の2者間の品質保証協定に戻ってしまったという感じですね」
藤田少佐
「なるほど、根幹は信用できるか否かということか」
伊丹
「そうなりますね。となるとそういうことに砲兵工廠が関わることはできないでしょう」
藤田少佐
「でも伊丹さん、今多くの会社だけでなく上官たちから検討せよと言われているわけで・・・その対策案はありませんか」
伊丹
「今までの話を要約して回答したらいかがですか。つまり砲兵工廠の品質保証要求事項は発注する品目による必要性から具体的に決定されるので、具体的な調達を始めないところと品質保証協定を結ぶことは不可能であること、また結ぶこと自体に意味のないこと、仮に一般的な品質保証協定を満たしたところで、具体的品目によって条件が付加されるので即取引ができることを意味しないこと」
藤田少佐
「了解しました。そのような方向で考えます」


11月14日、朝起きて新聞を読んでいて伊丹はギョッとした。11月13日高橋内閣成立とある。原敬が病気で辞任し、
高橋是清
高橋じゃよ
その後任として高橋是清が総理大臣に就任し、今までしていた大蔵大臣も兼務するという。
確かに向こうの世界でも高橋是清は総理大臣になったが、それは原敬が11月4日に暗殺されたといういきさつであった。この世界では原敬は暗殺されていない。それで高橋閣下が総理になるとは思ってもみなかった。そもそも欧州戦争終結以降、扶桑国は経済的にも不具合はないし国家財政もおかしくない。政治的にも社会的にも安定している。向こうの世界とは状況がまるっきり違う。原首相が辞めるとは思わなかった。
ともかくこれからは、高橋閣下は気軽に我が家には来られないだろう。
幸子に話すと、幸子は中野部長からいきさつを聞いてくるという。
朝餉ののち伊丹は会社に、幸子は政策研究所に出掛ける。今では二人ともそれぞれ自家用車通勤で、更に幸子は護衛付きだ。

今日は半蔵時計店訪問である。取引はないが、なぜか半蔵時計店の宇佐美事業部長からお誘いが来たのだ。

宇佐美
「伊丹さんの指導を受けてウチでも取引先に品質保証協定を要求するようになって、もう2年になります」
伊丹
「効果はありましたか?」
宇佐美
「ありますね、製品品質が上がったのかというとそこは何とも言えませんが、つまらないトラブルが減りました。発注数量や納期の間違い、良品・不良品の混入、図面や文書の版の間違い、そういったものが激減しましたね。製品品質より業務の品質が上がったという感じでしょうか」
伊丹
「製品の不良率はどうですか?」
宇佐美
「品質は継時的に向上してきました。でも品質保証と品質の因果関係は分かりません。
組み立て作業や機械加工方法の場合、変更前と変更後を比較すれば、変更が影響したか否かは分かりやすい。
しかし品質保証のような仕組みの変更前と後の違いというのは比較しにくい。なんというか漢方薬のようでして」
伊丹
「それはよく分かります。ところで今日のお話は?」
宇佐美
「申しましたように、うちと取引する会社とは品質保証協定を結んでいます。しかし最近では、ウチと取引する予定のない会社から品質保証協定を結んでほしいとか、定期的に品質監査をしてほしいという依頼があるのですよ」

伊丹は首をひねる。
砲兵工廠から聞いた話と同じだ。いまどきはそんなことが流行しているのだろうか?
そういえば1970年頃、日本興業銀行から融資が受けられたら立派な企業だという定評があった。それで融資が必要なくても審査してもらう、取引する予定がなくても審査してもらうという風潮があった。あれと似たようなものなのだろうか?

伊丹
「面白いお話ですね。それで・・」
宇佐美
「正直言って取引予定のない会社の仕組みや管理状況を見てやることもない。
とはいえ、これはビジネスにならないかなと思ったわけですよ」
伊丹
「なるほど、具体的にどのようなビジネスモデルをお考えですか?」
宇佐美
「ビジネスモデル? ああ提供する役務と収益の仕組みということですね。
その会社の仕組みと運用状況を監査して、そのレベルが一定水準にあることを確認したらその証明書の発行料金を頂くということですかね」
伊丹
「なるほど、そのとき御社にお金を払う狭義の顧客と、真に恩恵を受ける広義の顧客というものが考えられると思いますが、それぞれお宅の証明書をもらうと、どのようなご利益(ごりやく)があるわけですか?」
宇佐美
「狭義の顧客というと我々の監査を受ける企業ですな。私どもが発行した証明書を持つ会社は、一般社会から優れた会社とみなされるでしょう。それによって仕事も取りやすくなり、ブランドイメージが上がり起債とか求人も楽になる、つまり企業価値が増加します。
広義の顧客からみても同じことです。我々の発行した証明書を持つ会社の製品品質は素晴らしいという認識を持てば、購買活動においてその有無を確認するようになる。それは調達先の選定時に悪い会社を避けることができ、失敗や損出を防ぐことができる」
伊丹
「結構なお話に聞こえますね」
宇佐美
「お褒めに預かって恐縮です」
伊丹
「ところでその証明書を持つ会社が不具合品を出した場合、証明書を発行した御社はいかなる責任を負うのですか?」
宇佐美
「責任!? なぜ責任を負わなくちゃならないのですか?」
伊丹
「御社は依頼した会社の品質保証の仕組みを調べて水準以上か否かを判断し、以上であれば証明書を発行するわけですね。
生命保険とか火災保険で保険証書は、該当事項が発生したらお金を支払うことを明記した誓約書です。あるいは製品を買うと多くの場合「保証書」というものが付いてきます。それは購入後一定期間なら、無償修理、製品交換あるいは返金を約束した「金券」ですよね。
お宅が監査でお金をとるなら、その見返りはなんでしょう?」
宇佐美
「ちょっと待ってください。この商売の仕組み、ビジネスモデルと言いましたっけ、それはそういう責任を負うのですか?」
伊丹
「いや、その責任も御社が決めてよいと思います。でも監査するのにお金を取り、合格には証明書を発行し不合格なら発行しないという仕組みなら、証明書を発行された会社はその証明書になんらかの効用を期待するでしょうね」
宇佐美
「うーむ」
伊丹
「宇佐美さんが知り合いの就職の際に、身元保証人になったとしましょう。もしその人が、使い込みをしたり会社の備品を壊したりすれば、保証人がその損害を賠償することになります(注6)もちろん有限責任でしょうけど」
宇佐美
「伊丹さんはこの商売では、何かを保証しなければならないということですか?」
伊丹
「そもそも商売とは製品や役務と対価の交換です(注7)なにも提供しないけどお金をもらうでは商売じゃありません。喜捨といういんでしょうか。
ええとアメリカでは税理士とか会計士というのがあります(注8)扶桑国ではまだ法整備が遅れていて、税務代弁者と呼ばれる人が企業やお金持ちの税金計算と申告書作成をしています。今後そういった制度と資格を設けようという動きがあります。そういう資格者が提供する役務においてミスなどあれば責任問題、まあ費用を負担することになるでしょうね(注9)
宇佐美
「伊丹さんならどのようにすればよいと思います?」
伊丹
「私がそのビジネスモデルを考案したわけではありませんから、なんとも言いようありません。
とはいえ意見を申し上げると、まずビジネスモデルの設計において、提供するものが何かを明確にすべきでしょう。例えば品質の責任を持つか、会社の仕組みの評価に責任を持つのか」
宇佐美
「ええと、品質保証協定では品質そのものを決めていません。計測器の管理とか教育訓練とかを求めているだけです。となると製品が悪くても責任を負わなくてよい。計測器を校正しないために問題が起きたり、定められた人を従事させていなければ責任を負うことになる。それで良いですか?」
伊丹
「それも決まっていません。お宅が商売を始めるにあたりどこまでを対象にするか、そして問題があったときどこまで保証するかは御社が決めることでしょう。ええと、まったく結果責任を負わないと決めて商売を始めることもありですよ」
宇佐美
「ならば品質保証の仕組みを監査するが、不具合が起きても、いや監査にミスがあっても一切補償しないとしても問題ないわけですね?」
伊丹
「そういう商売もおかしくないでしょう。しかしそのときお客さんが付くかですが・・宇佐美さん、逆の立場で考えたらどうでしょう?」
宇佐美
「ええと、ウチの品質保証の仕組みを調べてくれるという人がいたら依頼するかということですか。調べて問題がなければ証明書がもらえると・・・しかし仮に監査の見逃しや指摘漏れがあって社内業務や市場で問題が起きる。そのとき一切責任を負わないとなると・・
ちょっと待ってください。責任と言っても先ほどの伊丹さんの言葉で言えば、狭義の顧客に対する責任と広義の顧客に対する責任が考えられます。広義の一般顧客の損害については責任を負わないとしても、狭義の顧客である監査を依頼した当社に対して補償するということはあるのでしょうか?」
伊丹
「それも決めようでしょうね。その場合でも御社のブランドイメージまで金額化するのか、過去の監査代金をお返しする程度か、責任のレベルもいろいろあるでしょうね」
宇佐美
「うーん、これは非常にクリティカルというかリスクの大きいビジネスのように思えてきました」
伊丹
「ちょっと違いますが、私どもはコンサルタントです。成果を出せなければお代は結構ですという商売をしております。宇佐美さんのところに最初お邪魔したときのことを覚えてらっしゃいますか?」
宇佐美
「ええと確か、コンサル料はアドバイスした商品が売れたら頂くと言われた覚えがあります」
伊丹
「あのとき商品が売れなくてもコンサル料を頂きますと言っても、何ら問題ありません。ただ御社のお仕事が取れるかどうかということです。正直言って我々は仕事に困っていたわけではありません。お宅の仕事が取れても取れなくても良かったのです。ただ我々の自負心からあのように申し出たのですよ、アハハハ
この監査ビジネスにおいて責任を一切負わないというのも結構ですが、それで客が付くかどうかです」
宇佐美
「それでは・・・・客が付かないでしょうね。
しかしどこまで責任を負うべきなんでしょうか?」
伊丹
「それは理屈ではなく商売上の判断です。将来お宅の監査が素晴らしいという評価が定着すれば強気の商売ができるでしょうし、価値がないと思われたらビジネスは終わりです。
私どもはあのとき御社に我々のコンサルの価値を立証したつもりです。しかしお宅は我々に頼らず社内で開発することを選んだ。それもまた見識ですね」
宇佐美

「ですよね〜、」

うそ800 本日のまとめ
さあ、いよいよ私が言いたいテーマに入ってまいりました。
二者間の品質保証は完璧に意義のあることでしょう。いや意義があろうがなかろうが、購入者の権利であります。そしてその効果は第二次世界大戦から実証されてきました。
じゃあ購入者の依頼を受けて供給者(私も古いねえ〜)の品質保証をチェックするのは意義があるのか?
更に購入者の依頼ではなく、供給者の依頼を受けて供給者の品質保証をチェックするのは意義があるのか?
これから考えていきましょう。

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注1
1980年代、NTTとかJRとか原発メーカーとの品質保証を結んでいる会社は素晴らしいとみなされていた。だが取引していない会社が品質保証を結ぶということはなかった。
EU統合前にEU域内に輸出するにはISO9000s認証が必須となった。ここで面白いことに、今までの品質保証協定の違いは、EUに輸出していなくてもISO認証を受けることができたことである。
当時働いていた会社では欧州に輸出するために1993年春にISO9002認証したが(この時審査員はイギリス人)、輸出はすぐに終わってしまった。そして翌年に審査に来た審査員(このときは日本人)から認証を止めたらといわれたが、認証していることに価値があると回答した覚えがある。ちょっと考えると(よく考えても同じだが)おかしいが、現実にはその会社の品質が優れているとみなされた。
自動車業界の品質保証規格でも、実際に取引していなくても認証している会社が多々あると聞く。

注2
品質管理にも広義、狭義がある。この場合は広義ととらえればおかしくない。昔々というほどではないが、1990年前は広義の品質管理とはQuality Managementの翻訳に充てられていた。

注3
ISO9001の1987年版は「設計・開発、製造、据付及び付帯サービスにおける品質保証モデル」(Model for Quality assurance in design/development, production, installation and servicing)というタイトルであった。

注4
ISO9001:1987版のときから共同監査(Joint audits 注1)という考えがあり、それは後のISO19011などにも残っている(注2)。私の経験ではISO9000sの要求事項を監査するのが認証機関で、顧客の品管が来て該当製品の工程監査とか立会検査をしていた。でもそれって無駄ばかりという気がする。
環境と品質といった複合審査(combined audit)ならともかく、品質の基本的事項と技術的事項を別個に監査するあるいは別チームが監査するという事態はまったくナンセンスとしか思えない。
 注1:ISO1011-3:1991 4.7
 注2:ISO19011:2002 3.1
ところでjoint auditが1990年代は「共同監査」と訳され、2000年代になって「合同監査」と訳されたのはなぜだろう? 国語辞典の共同と合同と、弁護士事務所などの共同事務所と合同事務所とか意味が異なるので、ISO翻訳ではそれなりに定義しているのかもしれないが、私には想像もつかない(ワケワカランという意味)。

注5
お分かりでしょうけど、この内容はISO9001:2015 7.1.5.1そのままです。
そしてこんな要求事項ではとても仕事を頼めない。購入者から見れば品質保証にはなりえないということだ。
私の経験だが1992年頃はISO9000s認証の要求があっても、更に購入者による製品対応でどのような管理をしているかを点検された。となるとISO認証はいかなる価値があるのかということに戻ってしまう。その回答を私は見たことがない。
正解は顧客自身であろうと代理人であろうと、その顧客の品質保証要求事項に基づき具体的実施事項の監査をする必要があるということではなかろうか。

注6
注7
Longman dictionaryより
【business】the activity of making money by producing or buying and selling goods, or providing services.
つまり「ものを製造や売買する、あるいはサービスの提供によってお金を得る活動」である。何も提供せずお金を得るのは募金とか乞食というのだろう。
ところで、英会話教室で私が働いてお金を稼ぐことを「get money」といったら、先生が「make money」だという。Make moneyというと日本語のイメージでは偽札を作ることのように思える。getとmakeの違いが分からない。

注8
税理士法は1927年制定、公認会計士法は1948年制定、この物語は1921年ですから、日本にも扶桑国にもまだない。でもアメリカでは税理士は1884年から、公認会計士は1917年から存在した。

注9
税理士が税金計算を間違えた場合、どうなるのかというのをググったら、不足分を支払うのは依頼者であっても、手続き上の費用などは税理士負担らしい。脱税と報道された場合の責任などは、最終的には裁判で決めるしかないようだ。



外資社員様からお便りを頂きました(2018.05.29)
おばQさま
震災対策も一段落、ついに認証ビジネスが出て来ました。
楽しみにしております。

例によって本質に関係ない細かいツッコミです。
85話:
11時450分; 11時45分の誤記

12時30分: 両国高校の記載がありますが、史実ならば「府立三中」
異世界なので、当然に問題ないのですけれど。

85話でお書きになったように、日本の民主化は戦前からで、大正デモクラシーの名は伊達では無いのです。
当時の話を聞くと、宇垣軍縮で 軍人は税金ドロボーと言われて、肩身が狭いので出勤には背広を着ていたと聞きます。
これって、戦後の自衛隊で始まった事ではないのですね。
行軍訓練中の陸軍が信号を守らないので、巡査が停止した「ゴーストップ事件」というのもあって、世論は「陸軍横暴」と感じて、警察側を応援しました。
震災時の戒厳令も、海外の事例を見ても当然の処置で、軍隊が治安を守る為には法的には必要な事項です。
裏返せば、そうしなければ治安行動が出来ないのが軍隊ですからね。

86話では、ついに認証ビジネスの萌芽が出て来ました。
これはISOに限らず、試験や認証が何を保証できるかは重要なテーマです。
基本としては試験手順の正しさや測定に対する正確さは当然の要求。
これに加えて、試験の合格から期待できる事が付加価値となります。
この部分の信頼性や価値は、試験機関だけで実現できず、受験する側の認識も重要になります。
判りやすい例は食物の産地表示で、サンプリングをする試験時は正しくても、毎日の材料が正しいかは、提供する側の意識にかかっています。
松坂牛と書いていて、同等の品質の但馬牛を出したら駄目なのか、れはブランドの価値をどう考えるかにもつながるのだと思います。

結局、認証だけで品質はおさえられず、認証は品質の一面しか表せないのだと思います。

ところで、先週は中国;シンセンに出張していました。
こちらのサイトにはアクセスできないのは反中認定なのかと思っていたら、SNSや個人ブログも駄目でした(笑)

外資社員様 毎度ありがとうございます。
正直、外資社員様からお便りをいただくと、内容が心配で動悸が激しくなります。

450分・・・相済みません、修正しました。
両国高校・・・チェックミスというか調べる根性が足りなかったですね。古い写真がネットにいくつかありましたがキャプションが現代名でしたので、当時もそうだったのだろうと思いこんでしまいました。

軍隊の権限について
私が付き合いがあったのは担当者レベルの公務員だけですが、良し悪しはともかく法律や市条例に則って定められたことはするし、それ以外はしないというのをはっきり感じていました。
そういう考えは軍隊も同じだと思います。国会で自衛隊を親の仇のように見ている人たちがいますが、自衛隊が指揮官や下級兵士が個人の考えや欲望で動くと思っているならまったくの間違い、勘違いです。
定められたことはする、定められていないことはしないと思います。もちろん犯罪は別として・・
満州事変はどうなのかと言われると、515事件と同様に処理しておけばよかったというだけではないかと思います。
震災三日目に戒厳令になったのですが、そうなる前提としていろいろな不具合があったからでしょう。東日本大震災でも、放置自動車とか建屋を破壊するとか法律がないから途方に暮れたお話はもうたくさん聞きました。
戒厳令というと拒否感があるでしょうから、非常事態法というのを早急に整備してほしいと思います。とはいえ、これも形になるには私の生きているうちは無理かもしれません。

認証ビジネス!
私はこれを書くがためにその舞台を作るのに何十万字も書いてきたわけですが(笑)これからグダグダと思考実験というか紙上実験というか書いていくつもりです。
とりあえずとして外資社員様への問題提起ですが、マネジメントシステム規格というのはあってもいいけど認証することが可能なのか、認証する意味があるのかということをひとつの論点としたいです。
外資社員様の挙げられたことは品質保証ということかと思います。品質保証なら品質保証規格はあって当然、その認証というのも規格次第ではあって良いと思います。
どうでしょうか?
このテーマについては認証機関のエライサンと議論した経験はありません。
実を言いまして、過去、規格解釈とか審査のマナーとか手法についてはそういった方々と大激論を重ねてきましたが、マネジメントシステム規格が存在可能か、マネジメントシステム認証が可能なのかということは議論したことはございません。現役時代は思いもつかなかったのだと思います。引退して客観視できるようになって気が付いたのだと思います。

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