異世界審査員87.品質保証その12

18.05.31

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは
1960年代、私が社会人になった頃、品質管理という仕事は先端技術(管理手法だって技術だろう)のように思われていた。工業高校でも「これからは検査ではない、品質管理だ」なんて教えられた記憶がある。だがそんなことはない。半世紀以上経った今でも、検査はあいも変わらず重要な仕事である。ひょっとしてあのときの先生方が品質管理を理解していなかったという可能性も大きい。なにしろ当時の工業高校の先生は、戦闘機のプロペラを設計していたとか魚雷を設計していたなんていう技術士官崩れが多かった。彼らが品質管理を習ったことがないことは間違いない。
さて、品質保証という言葉を、仕事で聞くようになったのは1970年代後半だ。当時の品質管理課長が「これからは品質管理じゃない、品質保証だ」なんて会議のたびに熱く語っていた。
当時の勤め先は大手家電メーカーの下請け仕事をしていて、品質保証協定書を結び品質保証をしっかりやれと言われていたが、検査も品質管理も重要だったのはもちろんだ。
品質管理をしても検査が重要であるように、品質保証をしても品質管理が重要であるのは自明である。そもそも検査・品質管理・品質保証と分けられるわけでもないし、分ける意味があるわけでもない。製造業の本分は良い品を安く早く作ることに努めることであり、そのための方法論を区別したり、比較したりする意味はまったくない。
いや、待ってくれ。検査、品質管理、品質保証は対比されるものではなく、それらはひとつのものの部分の名称ではないのかな?


1922年になった。伊丹夫婦がこの世界に来て11年が過ぎた。伊丹も幸子も日々全力で働いているが、表面的には暮らしぶりはいつも変わらない。伊丹は企業や官庁からの依頼を受けて改善を指導したり講演したり、幸子は政策研究所に勤めて仕事をこなす。

今日、伊丹は砲兵工廠の南武中将から呼び出しを受けた。伊丹一人でなく、工藤社長と藤原の三人である。
そうそう、南武は今なんと中将である。そして砲兵工廠の事実上の最高責任者だ。大出世したものだと伊丹は思う。10年前、伊丹が初めて南武に会ったときは少佐だった。士官学校を出ても将官になるのは数パーセントだろう。
軍人の定年は階級で決まるから、伊丹の知り合いの軍人はどんどん退役している。

もちろん南武は好運とかコネで将官まで昇進したのではない。38式歩兵銃や自動小銃の開発、そしてここ10年間は機関銃の開発に関わり、それぞれにおいてしっかりと成果を出してきた。更には技術的なことだけでなく、工廠の従業員の雇用の確保、そのために陸軍が開発した小火器を海軍で採用してもらうとか、はては輸出まで企画し推進してきた経営的発想と実行力があればこそだ(注1)

三人が南武の部屋に伺うと南部はニコニコして迎い入れた。

南武中将
「お久ぶりですね、本日はご足労ありがとうございます。私の悪いところですが順調なときは会いもせず、困ったときの神頼みですよ。最近また悩むところがあり、皆さんとお話すればなにかアイデアを頂けるだろうと思いましてね。しばし付き合ってください」
工藤社長
「閣下は今、戦車の開発ですか? それとも機関銃でしょうか?」
南武中将
「戦車のほうは名前だけ。関わっているのは機関銃です。とはいえ今は自分の手を汚すこともありません。悲しいことです」
工藤社長
「先の欧州大戦は機関銃が主役で、マシンガンウォーと呼ばれたそうですね」
南武中将
「なんでも欧州大戦ではドイツ軍もイギリス軍も戦死者を出しても指揮官は責任を問われなかったが、機関銃を1丁でも喪失すると責任を問われたとか。人より機関銃が大事という我々に理解できない時代になったようだ」
伊丹
「閣下のお話ぶりでは機関銃の開発で、なにか壁にぶつかっているのでしょうか?」
南武中将
「なんというか、こんなことをいうとおかしく聞こえるが・・・例えば新しいなにかを開発していたら、部品がない、技術がない、計測器がない、あるのは不明点と問題点というのが普通だよね」
工藤社長
「私もそういう経験をさんざんしてきました」
南武中将
「私もだ。しかし最近はちょっと違う、おかしいのだよ」
工藤社長
「といいますと?」
南武中将
「申したように今は次期機関銃を開発中だ。当然、口径はどうする、射程は、発射速度はと決定すべき仕様やそれを実現するための検討項目は多々あるが、どんなものを企画しても取り立てて問題なくものができてしまうのだ」
工藤社長藤原「はあ?」
南武中将
「機関銃の場合、部品が市販されているなんてことはない。部品だけでなく、計測器や工作機械も新規開発が必要だった。しかし今は計測器にしても工作機械にしても新たに開発しなければならないというものがない。こういった仕様で作ろうと設計すると、問題なく作れてしまうのが現実で、それが不思議なのだ」
工藤社長
「それは工業のレベルが上がって、必要なものが手に入り、期待する通りに作れるようになったのでしょう」
南武中将
「そうそう、そういうことだろう。もう7・8年前になるかな、自動小銃を量産するとき、大阪の工廠では、図面公差で物を作るという発想がなく問題が多発したことがあったね」
藤原
「覚えております。あのときは私も大阪に行って指導しました」
南武中将
「今振り返るとあんな問題がなぜ起きたのか不思議に思える。今は砲兵工廠の職工なら図面が読めるのが当たり前だ。読めるというのは図面記号を知っているということではなく、図面を見たら公差や仕上げから加工手順や使う刃物が頭に浮かぶことだが、一人前ならそれが当たり前だ。勘と度胸と経験でなんて、もうはるか昔のことになった」
藤原
「閣下、私の想像ですが閣下の疑問というか壁というかは、そのように技術レベルが上がったけれど、新しいデザインとか発想が浮かばないということでしょうか?」
南武中将
「そうそう、藤原さん、全くそんな感じです。ご存じのように向こうの世界から100年後の機関銃とか弾薬とか入手して検討している。
ブローニング13ミリ機銃 ところがですよ、向こうの世界では21世紀になっても、20ミリ機関銃はエリコンの後継、13ミリはブローニングの後継が使われている。それらのオリジナルは欧州戦争時に現れたのです(注2)
藤原
「言われて見るとそうですね。エリコン20ミリは世界中で使われました。日本陸軍でも軍艦でも飛行機でも。ゼロ戦の20ミリ機関砲もエリコンのコピーですね」
南武中将
「ブローニングの13ミリも、第二次世界大戦では世界中で連合国も枢軸国側も使った。そしてそれ以降も若干改良はあったものの100年も使われ続けている。
もう機関銃というのは欧州戦争で完成してしまったのかもしれんな」
工藤社長
「しかし、閣下、それがなぜ壁なのですか?」
南武中将
「時と共にどんどんと発明があり改良されてすごいものになっていくのなら、ワシも100年後のものを参考に、それ以上のものを造ろうという意欲が湧く。しかし飽和してしまうならあまり先進的なものを造ってはいけないのかという気がしてきたのだよ」
伊丹
「なるほど、閣下のお考えを理解できたのかどうか自信はありませんが、完成された機関銃を作り上げてしまえば、それは当然外国にも知られるでしょうし、その結果、優位性はいっときでしかなく、その後はどんぐりの背比べということになりますか」
南武中将
「そうそう、だから外国の状況を常にウオッチしていて、最先端から遅れない程度について行けばいいという気がしてきた」
伊丹
「それは機関銃以外もそうですかね。飛行機も向こうの歴史を10年とか20年とか先取りして低翼単葉のものを造るとしますと、この場合は機関銃と違い諸外国がそれを真似して、その結果、更なる軍事競争になってしまう」
南武中将
AR15 「それをワシも思っているのだ。もう何年も前になるが伊丹さんが自動小銃を持ってきてくれたことがある。あのとき私は本当に驚いた。完全に時代が違う画期的なものだったからね。
だが技術とか科学は高きから低きに流れるし、相互作用でどんどんと進化してしまう。自分が進めば敵対するところも進む。それは終わりのない軍拡競争だ。つまり、あまり軍事技術は進まない方が良いのかもしれん」
工藤社長
「それじゃどうすればいいんですか? 下手をするとこの国は欧米の植民地になってしまいますよ」
南武中将
「工藤社長、もう扶桑国も技術が上がり製品競争力もついてきた。植民地になる心配はないんじゃないか。欧米よりも先んじていなくても、遅れていなければよいような気がする」
工藤社長
「現実をみれば、中国の東シナ海・南シナ海それに黄海沿岸は、ほとんど植民地と租借地になってしまいました。朝鮮だって名目は独立国ですが、ロシア、イギリスそしてアメリカの資本が入り込み実質は植民地です」
南武中将
「扶桑国の植民地化を防ぐのは軍拡ではなく、国力だと思う。つまり我々がやるべきことは工廠の技術を民間に広めて、国全体の工業力をアップしていくことという気がする。もちろん伊丹さんたちが来る前に比べれば進歩しているが、一般の民間企業は工廠のレベルまでは至っていない。
砲兵工廠とか海軍工廠だけでなく、民間の工業力を向上させないといけない。さっき欲しいものが市場で手に入るようになったと言ったが、もっともっとというか、あらゆる機械要素とか材料が市場で手に入るようにならないと・・
そうなれば、一旦事あれば民間企業が武器弾薬を製造できる。ワシが砲兵工廠の雇用確保で悩むようなことはなくなる」
伊丹
「私もそう思います。それが国力でしょう」
南武中将
「思い出したよ、昔、伊丹さんと飲んだ時そういう話をされていたね」
工藤社長
「ええと・・・それが閣下のお考えというか、悩み事はなんですかね?」
南武中将
「新式機関銃を開発することが重要ではない、この段階まで来たなら兵器開発よりも国全体の工業力をアップすべきだ、そのために具体的にどうすべきかということだ」
伊丹
「そのお気持ちは分かります。見方を変えて10年という短期間でここまで向上したのはどうしてなのかと考えたらいかかですか」
南武中将
「そうだな。ずっと以前、伊丹さんは品質向上には、固有技術、働く人の士気、管理技術が3本柱だと言ったね」
伊丹
「それは品質向上の要素ですが、業界レベルを向上させる要素といえるかどうか」
工藤社長
「我々が砲兵工廠の改善に何をしたかと思い返すと・・・」
藤原
「まずは工作機械の更新がありました。私が来た当時はラインシャフトのベルト掛けの機械でしたが、工作機械はどんどん近代化され今はすべてモーター直結のものになりました」
工藤社長
「更新された機械は精度が高く剛性が高く重切削ができ、高速で高精度の加工ができるようになった。それから刃物を職工が作り研磨するのではなく、専門部署を置いて標準化しそれを使うようにした」
藤原
「職工の教育もあります。技能だけでなく仕事の考え方とか仕事に向き合う意識付けとかもありましたね」
伊丹
「加工は現物当りから寸法基準に変えた。そのために測定器を整備した。ノギス、マイクロメーター、ダイヤルゲージ、ブロックゲージ、投影機その他もろもろ
そして設計でも製造でも寸法公差という考えを植え付けた」
工藤社長
「加工だけでなく、材料の成分や熱処理の温度を測定できるようになってバラツキを排し均質なものを作れるようになりましたね」
伊丹
「必然的に発生する計算のために計算尺や計算機の普及、そして数値を把握する習慣により変化への気づきや改善の糧となった。また文書のコピーが容易になり、情報の周知徹底が可能にまた転記ミスや計算ミスの排除ができた」
南武中将
「うーん、そうなるとなにかひとつということではなく、総合的な改善が技術向上をもたらしたということか。
となると今やるべきことは民間の設備の更新や技術技能の向上になる。軍縮の今、民間に投資させ有能な職工を雇用してもらうにはどうしたものか」
伊丹
「軍縮で軍関係の仕事は減りますが、民需が伸びればしぜんと民間企業も高度な技術者・技能者を必要とするでしょう」
南武中将
「伊丹さんの話を聞くと、なにも心配いらないように聞こえるが」
伊丹
「何もする必要がないという意味ではありません。民需を増やすことが必要です。内需が小さくて輸出に頼っては外国の景気に左右されてしまいます。
アメリカでは元々開拓者が銃器を必要としたので、銃器製造者がたくさんいた。やがて自動車が現れて、それにより大量生産とか標準化も進んだ」
南武中将
「この国では機械といっても人力車くらいしかなかったからな。これから工業力を高めていくにはどんな商品というか需要があれば良いのか」
工藤社長
「人々が自動車を買わなくても、バスに乗るという需要が増えたり汽車旅行が増えたりすれば産業は伸びますね」
藤原
「一番機械化をすべきものは農業じゃないかな。機械化といっても大がかりではなく、動力脱穀機とか小型トラックとかいろいろありますね」
伊丹
「先ほど南武閣下は必要なものが市場で手に入るようになったとおっしゃった。それはそういう部品が必要となったからです。市場の形成は、供給よりも需要が先ですからね。これから基本的なねじなどだけでなく、様々な機械要素の需要が増えていけば、供給されるようになります。そのための技術も進みます」
工藤社長
「そういえば金型鍛造とか型鋳造という分野では、まだこの国は遅れています。閣下がおっしゃった市場で手に入るようになった部品というのは民間で需要があり製造方法が簡単なものだけではないのですか」
伊丹
「そうそう型鍛造の業者に頼むため新潟まで行きました。我が国で強化しなければならない技術分野はまだまだあります」
藤原
「キャブレターはアンチモンでしか作れないと聞いているけど、アルミダイキャストで作るようにならないと(注3)精密なアルミダイキャストができるようになれば、キャブばかりでなく飛行機や自動車のエンジンも重量を半減できる。それはとりもなおさず性能向上、燃費改善だ。
その他、溶接にしても不活性ガスや炭酸ガスで覆うとか、性能向上のために開発しなければならないことはきりがありません(注4)
工藤社長
「考えると、やらなければならないことはきりがありませんね」
南武中将
「ワシがすべきことはそういう技術分野を研究し実用化するということか」
工藤社長
「今出たテーマはすべて固有技術ですが、工業レベルを上げるという観点では、我々がメインとしている管理技術はどうなんでしょうね」
藤原
「先ほど南武閣下は、固有技術、士気、管理技術のみっつをあげたが、それぞれの寄与というか、功績というのはどんなものですかね?」
南武中将
「それらは比較できるものじゃなくて順序があるのではないか。なにもなくても今すぐできるのは創意工夫だろう。そしてできるなら機械というかハードの更新、更には生産方式の見直しとなるだろう。最後にそれを定着し継続するために品質保証となる。管理技術というのはそういう基礎があってのことではないかな。どうかね?」
伊丹
「私の世界のことですが、半導体・・・真空管のようなものですが、その不良を減らすのに実験計画を立て、一瞬にして不良を半減したという田口博士の伝説がありますね」
南武中将
「ええと、つまりそれは?」
伊丹
「管理技術はすごいぞということを言いたかったのでしょうね、まあ伝説ですよ伝説(注5)
工藤社長
「数学が実務に使われるようになると、試行錯誤でなく試作や実験する方法を決めることができるようになるのですか?」
伊丹
「そこまでいかなくても、現場において平均値の差の検定とか寄与率などを日常使うようになれば、改善や費用削減に大きな力になるでしょう。
そういえば今工廠では管理に標準偏差を使っていると聞きます。あまり難しい手法を採用するのではなく、そのような簡単なことから始めて有効性を認識するのが良いと思います」
南武中将
「バラツキを理解するには標準偏差が有効だという話を聞いたな(注6)
だがそういう活動は不良対策や改善には効果があっても、新規開発においてはどうなのだろう?」
伊丹
「開発時の実験方法や分析には使えるでしょうけど、アイデアとか発想ということはまた別の手法を考えないといけません。おっともちろん管理技術も大事ですよ」
南武中将
「ともかくレベルアップのためには、何か一つすればよいというわけではないのだな」
伊丹
「堤防の一番低いところから洪水が起きるのと同じですよ。堤防の一部だけを高くしても意味がありません。言い換えると、これは品質保証だとか、これは品質管理だというのは単なる言葉の上だけのこと、品質を良くしようとか改善しようとするときにそんな言葉でする実施が制限されるわけはありません。改善には考え付くあらゆることを試さなくてはなりません。ただ大きく言って、固有技術、管理技術があるというだけのこと」
南武中将
「うーむ、」
工藤社長
「閣下、どうかなされましたか?」
南武中将
「もうここでは現場を離れてしまい、張り合いがないんだよ。そんなわけでワシは今年引退するつもりだった。これからは半分趣味で機関銃の開発をライフワークにしようかと思っていた。
しかし皆さんの話を聞いて気が変わった。ライフワークは機関銃ではなく、さまざまな技術開発だな」
工藤社長
「技術開発となると、個人のライフワークではできそうありません。やるなら工廠にいるしかありませんね」
南武中将
「いやいや、工廠にいてもできるのは管理だけだ。個人で研究所を作りお金を集め研究者を集め、成果を出して利益も出す。それが私の老後だ」

うそ800 本日の本音
品質保証マンセーな人がいるのですよ。いやいやマネジメントシステムマンセーな人さえいます。アイソス誌などでは、マネジメントシステムがあれば他に何もいらないと叫んでいる人もいます。
そんなこたあない💢 製造業であれサービス業であれ、その本分は良い品質のものを安く早く提供することであり、そのための方法論を区別したり、比較する意味はまったくない。

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注1
実在の南部麒次郎を武器設計者よりも政商とする人や書籍が多い。真実は分からないが、100年前の軍縮時、工廠の職工の散逸を防ぐために、武器以外の生産や陸軍の兵器を海軍へ売り込んだり、はては輸出を推進したのは、工廠の技術や生産力を維持するためという経営者のセンスがあってこそだろう。
彼は陸軍幼年学校から陸軍士官学校に入りトントンと出世したのではない。貧乏で丁稚奉公してから中学校に行き陸軍士官学校に入ったという経歴の持ち主で、そういう体験から経営センスを身に付けたのではないか。

注2
エリコン20o機銃が完成したのは1935年、ブローニング12.7ミリ機銃が完成したのは1933年であるが、それらの元となったのは第一次世界大戦で使われた機関銃だ。そしてエリコンやブローニングが優秀と知られて、それぞれライセンス生産や無断コピーが世界中で行われた。日本でもエリコンはゼロ戦に、ブローニングは隼や後期のゼロ戦に積まれた。残念ながら日本のコピー品はあまり性能が良くなかった。それは材質も加工精度も劣っていたからという。
その後もエリコンやブローニングは改良が続けられ、21世紀の現代でも使われている。 ブローニング13ミリ機銃
なお稀にブラウニングと記されることもある。同じスペルでも詩人の名はブラウニングと訳されているし、発音としてはブラウニングなのだろうが、日本では銃器の場合はブローニングと表記するのが慣例である。

注3
昔はアルミの精密鋳物ができなかったために、複雑な形状をしているキャブレターは鋳造性の良いアンチモンで作られた。そのために非常にもろく壊れやすく、軍隊でキャブに触れるのは下士官以上だったと支那事変(1937)に自動車部隊の運転手として参戦したオヤジに聞かされた。つまり当時 兵であったオヤジはキャブの修理ができなかったわけだ。
アンチモンは湯(溶けた金属のこと)の流れが良いので、活字をはじめ細かな鋳物を作るのに使われたが、毒性があるので使用されなくなった。

注4
溶接とはつなぎ合わせる金属と間に埋める金属を溶かし合わせるのであるが、溶解した金属は酸化しやすく、これを防ぐために溶けた金属を不活性ガスで覆うことが考えられた。しかしアイデアはあっても実用は困難だった。炭酸ガスアーク溶接の特許は1926年だが、実用化は1950年以降である。サブマージ溶接、ティグ溶接、ミグ溶接が実用化されたのは第二次大戦時である。
今当たり前に使われている技術が100年前にあったらすごいことができただろう。

注5
田口博士がベル研でフォトリソグラフィで作る穴径のバラツキを押さえて一躍名を上げたと言われるが、その原典を見つけられなかった。伝説ではないかという気もする。

注6
標準偏差が唱えられたのはそんな昔ではなく、1893年ピアソンだった。実務に使われるようになったのはこの頃だろう。


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