異世界審査員98.1923年3月

18.07.09

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

1923年3月1日
石原はアメリカのいくつかの大学から招聘された。もっとも待遇というか立ち位置が、留学生扱いから研究員とか講師とか、大学によってさまざまである。
石原は国際政治のシミュレーションを研究したいという希望をだし、それに対して今まで石原が研究してきたことの講座を持つ研究員として遇し、3年間で論文を3件出すことで修了時に博士号を出すというところがあり、石原はそれに乗った。
アイビーリーグと言われる大学で、それを聞いたさくらは羨ましいと本音をこぼした。中野は石原の決断を聞いてサバティカルだ、のんびりしてこいという。
熊田中尉
熊田中尉

満州問題の後任は、なんと昨年満州をさすらったとき、ガイドをしてくれた熊田中尉であった。中野部長が兼安と石原の話を聞いて使えると判断して、陸軍の諜報部門に手を回して政策研究所に呼んだそうだ。


3月8日
4月1日付けの辞令を受けた熊田中尉は帰国して政策研究所に挨拶に来た。今日は石原の仕事の引継ぎである。

熊田中尉
「石原さん、例の本読ませていただきました」
石原莞爾
「うわー、満州の専門家、熊田大先生にかかってはツッコミどころ満載でしょうね」
熊田中尉
「石原さんの意図を知っているので、多少の脚色は理解しています。ただ満州が理想郷のように描かれていますから、あれを信じた人が満州を獲得しようとか移住しようとするのは困りますね。そもそもそんな桃源郷なら中国人がはるか昔から住み着いているでしょうし、今中国は内戦と言っても、価値ある地域を放っておくはずがありません」
石原莞爾
「おっしゃる通りです。ただ国内向けとアメリカ向けと、全く異なる内容で本を書くわけにはいきません。そしてアメリカ人にはあそこを理想郷と信じて死守してもらわねばならんのです」
熊田中尉
「大草原を彷徨ったとき、乾燥地農業で地下水をくみ上げ灌漑することは、塩害を起こしそして地下水が枯渇して農地には寿命があると申したと思います」
石原莞爾
「そのお話は覚えています」
熊田中尉
「その寿命ですが、長くはありません。今1923年、まあいいところ1960年でしょう。それを過ぎれば土地は疲弊して、元の草原さえ復活できず砂漠化でしょう。誰であれ、あそこで農業すれば結末は悲劇ですね」
石原莞爾
「40年、そんな短期間なのですか?」
熊田中尉
井戸汲み用風車 「アメリカのオクラホマ、カンザス、コロラドなどの乾燥地に、19世紀末から20世紀初めにかけて多くの人が入植した。彼らはそれまで放牧地だった草地を開墾して、麦やサトウダイコンを作った。初めは多大な収穫を得て、すばらしい革新的アイデアともてはやされた。だけどそれは長続きしなかった。まだたった20年とか30年ですがもう末期です(注1)まだなんとかやってるけど、経済の悪化とか産業構造の変化でまもなく崩壊するでしょう」
石原莞爾
「はあ?自然環境と市場経済は関係ないと思いますが?」
熊田中尉
「うーん、なんというかなあ〜、例えばですが石油では確認埋蔵量という言葉を使います(注2)確認埋蔵量とは確認された埋蔵量ではありません。それは経済的に引合う埋蔵量のことです。石油を売った利益より掘り出すのに金がかかるなら、誰も石油を掘りません。誰も掘らないならないのと同じです。ですからその時の石油の相場によって確認埋蔵量は増減します。
それと同じく、乾燥地農業の崩壊といっても、あるとき突然収穫がゼロになって終わりというわけじゃありません。水、肥料、人件費、運賃などのコストと、収穫量、市場価格、補助金などのインカムによって、損益が決まる。短期間マイナスでも許されるだろうけど、事業が継続できなくなったときが終わりです」
石原莞爾
「なるほど、アメリカの乾燥地農業は、まだ続いているようだけど補助金などの動向によってどうなるか決まるというわけか」
熊田中尉
「アメリカ経済は欧州大戦が終わったところで今はイケイケドンドンですが、各国が復興してくれば穏やかにではなく急激に経済が落ち込むでしょう。そのとき壊滅するんじゃないですか(注3)満州も20年後とか30年後にはそうなるでしょう。
石原さん、そこを言わないと読んだ人は大きな間違いをしてしまう」
石原莞爾
「おっしゃることはわかります。とはいえ、それを言ってはアメリカ人が満州から手を引いてしまうかもしれない」
熊田中尉
「今、手を引くか、30年後に手を引くかの違いでしょう」
石原莞爾
「でも力のある国が満州を確保してないとソ連が侵出してくる」
熊田中尉
「ロシアは元々農業地帯が欲しいわけじゃない。奴らが欲しいのは不凍港であり太平洋の出口です。奴らはウクライナという穀倉地帯があるから、あそこで自分たちが農業する気はないだろう。欲しいのは土地じゃなくて地の利だよ」
石原莞爾
「彼らが不凍港を得ては我々が困る。なによりも共産主義を周辺地域に浸透させてくるだろう。
うーん、この問題に解はあるのかね?」
熊田中尉
「石原さんの後を継いで、それを考えるのが私の仕事なのでしょう」


3月13日
ここは政策研究所の震災対策プロジェクトである。

幸子
「後藤閣下、鎌倉とか藤沢ではこのところ毎晩のように、大砲を撃ったような大きな音が聞こえ、窓ガラスが割れんばかりに振動しているといいます。それと大島は以前より噴火が激しくなって、夜は噴火の火柱が見えるといいます(注4)
米山
「その他、三原山の噴火、三浦半島や房総半島で砂浜の減少、関東地方での地震の散発など警察や報道機関が異常現象を集めています。
向こうの世界の関東大震災の前兆と言われる現象と、こちらの異変を比較したところ、ほぼ同じ時期に同様なことが発生しています。となると同じ時期に地震が起きてもおかしくありません。」
後藤新平
「いよいよ具体的に対応する時期になったか」
米山
「そう考えます。8月か9月というのは間違いなさそうです。
それでですね、学校の夏休みの見直し、官公庁や企業の休日の見直しをした方が良いかと思うのですが」
後藤新平
「向こうの世界で地震が起きた9月1日は何曜日か?」
幸子
「土曜日です(注5)これを休みにすれば、地震発生が一日ずれても翌日が日曜日ですから休日になりますね。
なにか理由を付けて夏休みにつないで休日にしてしまったらどうでしょうか。そうすれば家族そろって避難することができ、学校からの避難というのはなくなります。企業も休みにしたら火災発生の危険が減るのではないでしょうか」
米山
「うーん、理由を公表できませんから、その良し悪しは微妙ですね。学校が休みになって皆が海山に遊びに行くようでは、むしろ被害が増えそうです。会社も誰もいなければ火災や爆発が起きたとき対応する人がいないから被害が増えるのではないですか?
それに軍隊まで休みになっては意味がありません」
幸子
「それじゃ学校は行事をするとかはどうでしょうか。8月31日は宿泊学習とかにして地震の影響のない千葉方面に行くとか」
米山
テント
「おいおい、下町だけに限定しても尋常小学校や高等小学校に通う子供は8万人くらいいる。それほどの人数を宿でも宿営でも泊めるなんてできませんよ」
幸子
「あら、どうせ地震が起きたら避難するなら、その前に避難すると考えれば同じことです。夏休みの最後の日にキャンプなんて楽しいじゃないですか」
米山
「9月1日に地震が起きる保証はありません」
後藤新平
「要検討だな」
幸子
「いずれにしろ、もう半年を切りましたから、行政とか軍隊の関連部門を集めて組織の見直し、指揮系統の明確化が必要と考えます」
後藤新平
「わかりもした。今日にでも中野部長に報告して、帝太子殿下隣席で関係部門を集めて打合せを持つようお話いたします」

コーヒー
3月18日
伊丹邸である。日曜日なので幸子はいつもより遅く起きて朝食を取ろうと食堂に来ると、さくらがコーヒーを飲んでいる。
幸子
「まあ!さくら、あなた一体何でここにいるの😠」
さくら
「えっ、春休みじゃないですか」
幸子
「ふざけているんじゃありません。みんな心配してるのよ。向こうの世界と行き来できなくなるかもしれないから、こちらに来ちゃダメって言ってるでしょう」
さくら
「ご心配頂きありがとうございます。実は最初に異変が起きてから、毎日ドアを開けてチェックしているの。悪い時でも4回トライすれば何とか来れます」
幸子
「ちょっと、毎日来ているって!それじゃ私が会ってなかっただけ?呆れた
さくらは一体何しに来ているの💢」
さくら
「だって石原さんとの打ち合わせとか、地震の前兆の調査とか、することがたくさんあるのよ」
幸子
「あなた、自分の人生をどう考えているの。もし元の世界に戻れなくなったらどうするの!」
さくら
「大丈夫、大丈夫。毎日何回トライすれば来れるか数えているの。日によって5回とか6回ということもあるけど、1回めで大丈夫な日もあるし、特に増えているようにも思えません」
幸子
「あなたも今年から4年生でしょう。自分の将来設計はちゃんとしているの?」
さくら
「ちゃんとしてますよ。卒業までの単位はほとんどとったから、今年はのんびりして来年は院に行きます」
幸子
「そう言いながら向こうに帰れなかったら泣くんでしょう」
さくら
「大丈夫ですって」

幸子とさくらがテーブルを叩いてぎゃんぎゃん騒いでいると伊丹が現れた。
伊丹
「おやおや仲の良いことで」
幸子
「あなた、聞いてよ、さくらは毎日来ているんですって。もし向こうの世界に帰れなくなったらどうするの!」
伊丹
「あのさ、それはとりあえずおいといて、幸子と相談したいのだけど、いいかな?
向こうの俺名義のものはすべて洋介(息子)に生前贈与するつもりだ。万が一、俺たちと連絡つかなくなったとき、奴らも失踪宣告とか遺産相続とかめんどくさいだろうし」
幸子
「それがいいですね。それで手続きはどうするの?」
伊丹
「幸子の二番目の兄が探偵をしてるだろう。あのビルには弁護士とか司法書士とか探偵とかばかり入っている。義兄に紹介してもらった弁護士に手続きを頼んでおいた。俺が向こうに行くと帰れなくなるかもしれないので、手続き完了したら向こうのカナハちゃんか知佳ちゃんが書類を受け取って工藤社長に連絡してもらうことにした。連中はドアを通らずに書類を投げ込むそうだ」
幸子
「あなたはもう洋介に会わないの? それでいいの?」
伊丹
「会って水盃でも交わすのか、俺はいいや。幸子が会いたいなら早いところ行って来いよ。
早くしないとまずいぞ、ドアを開けたときのつながる回数が減ってきている。そうとうつながりが弱くなってきているようだ」
幸子
「あら、さくらがつながり具合を調べたところ、あまり変わっていないそうよ」
伊丹
「そうかな? 工藤社長が中野さんから依頼されて、わざわざ人を頼んで向こうとこっちで24時間1時間ごとにドアを開閉して様子を見ているんだ。1月のつながり具合は7割くらいだったが、3月になって5割を切ったそうだ」
さくら
「そんなあ〜、すると私が試した程度ではダメなのか〜」
伊丹
「俺の考えだがつながりが変わってきたのは、この世界が本来よりも発達したからということではなくて、関東大震災の影響かなって思っているんだ」
幸子
「関東大震災が起きたら?」
伊丹
「永遠にサヨナラするような気がする」
幸子
「確かに、この世界の文明が発展しても、地球規模から見たらいかほどの影響もないでしょうねえ。飛行機が速く飛んだとか、原子爆弾が10年早く誕生しても惑星レベルではほとんど影響がないように思いますね」
さくら
「ということは、8月までは大丈夫ということね」
幸子
「まったくあなたは自分勝手なことしか考えられないの 💢」


3月22日
吉沢教授
吉沢教授
吉沢は横須賀軍港の埠頭にいた。数百メートル沖合に世界初の空母鳳翔が停泊している。空母と言っても排水量7500トン、全長168mと小さく、21世紀なら駆逐艦の大きさだ。
今日は鳳翔で三次元レーダーを試験するのに来ていた(注6)
この空母は発進には飛行機のエンジンにだけ頼っていて、カタパルトがない。吉沢は三次元レーダーよりもカタパルトをどうするかが重要だなと考えてしまう。

鳳翔

カタパルトとは簡単に言えば、飛行機を数秒で時速100キロくらいまで加速する仕事をするだけだ。但し単に馬鹿力を出せばよいのではなく、コントロールされた加速をする必要がある。方法はいろいろ考えられる。向こうの世界では火薬の爆発、フライホイール、蒸気圧などいろいろあった。とにかくそういう仕掛けで飛行機を加速しないと、離陸する際に空母は風上に向かって全速力で走らないとならないという制約を受けてしまう。
吉沢は政策研究所に来てからいろいろな仕事をしたが、コーデネイトとか調査などよりも、新しい機械を造る開発が好きだ。三次元レーダーが完了したら次はカタパルトの開発をさせてもらうように中野部長に話をしておこう。
彼の頭には関東大震災などなかった。


3月27日
新世界技術事務所の会議室である。工藤社長と伊丹、そして若い女性が真剣な顔をしている。

工藤社長
「こちらは私の一族で出入り口を作る能力のあるゆきという。実を言って俺の姪だ」
ゆき
「ゆきです。よろしくお願いいたします。どんなお仕事でしょう」
工藤社長
「今までつながっていた世界との連絡が不安定になってきた。その代わり別の世界とつながり始めている。始めているというのはときどき以前の世界、ときどき新しい別の世界につながるからだ」
ゆき
「その新しい世界を見てこいと言うことですね」
工藤社長
「そう。それとその世界にも我々と同じような一族がいると思う。それと連絡を取れないかということだ」
ゆき
「わかりました。行くのは私一人ですか?」
伊丹
「いや、私も一緒です。私は今までつながっていた世界から来た者です」
ゆき
「調査事項の詳細を教えてください」
工藤社長
「あまり考えてない。とりあえず向こうの世界の状況、つまり向こうの歴史とか国際情勢とか」
ゆき
「向こうの世界のお金とかありますか? そうでなければ何か換金できるものを持っていかないと」
伊丹
「前に迷い込んだ者がお札を手に入れました。数万円まあ1両の数分の一の値打ちです」
ゆき
「それだけあれば食べるのと飲み物くらいは何とかなりますね。それじゃ行きましょう」
工藤社長
「頼みます。最初はドアからあまり遠くに行かないでください」
伊丹
「大丈夫でしょう。でもその世界から戻れないと私は二重遭難ですね、アハハ」

覚悟を決めてドアを開けると、以前の世界の千葉の事務所だった。若干気が抜けてドアを閉める。

伊丹
「ゆきさん、今のは元の世界です。ドアを開けないと、どちらにつながったのかわかりません」
ゆき
「なるほど、」

三度目に新しい世界につながった。伊丹は工藤と目で挨拶して向こうに渡った。
街の通りに出ると千葉市といえばそうも思えるが、店の並びとか看板とかが違う。携帯電話会社にはAUの代わりに英雄電話、docomoの代わりにdocodemoという看板が付いている。
千葉駅はやはり出たところから歩いて数分のところにある。

ゆき
「私はまず我々と同じような一族がいるか探ってみます」
伊丹
「そういうことができるのですか?」
ゆき
「なんというか、人をみると感じる時があるのです」
伊丹
「でもこれだけ人がいるのですから簡単には出会いませんよね」
ゆき
「そうですね、でも人通りの多いところで1時間も立っていれば会いそうな気がします」
伊丹
「それじゃ私はこの世界の様子を探ってきますね。ここは鉄道の駅です。この辺りで2時間後に会いましょう。最初は長時間かけずに大体の様子を探って戻ります。あまり遅くなって工藤さんが気が狂うといけません」
ゆき
「アハハハ、こんなことは過去に何度もあり、調査に行って行方不明になる人は何人もいます。私たちが行方不明になっても、気が狂うわけありませんよ」

その言葉を聞いて伊丹は血の気が引いた。

駅の売店で新聞を買おうとしたが、そういうものを売っていない。見回すと新聞を手にしている人もいない。この世界では紙の新聞は消滅してしまったようだ。それでは今日は何年何日か分かる方法はないだろうか?

電波の強さ ポケットを探るとスマホが出てきた。とはいえこの世界のキャリアと契約しているわけではない。つながるわけはないと思いながらスイッチを入れると、WIFIのアンテナが立つ。
紙の新聞がなくなった世界なら、インターネットにつなぐのにキャリアと契約しなくても良いのかもしれない。Googleにアクセスしようとしたら「アドレスが見つかりませんでした」とでる。
googleがないなら以前は検索窓に入れたらIEは検索したはずだと、アドレスバーに「今日は何年何月何日」と入れてリターンする。
すぐにいくつもサーチ結果が並ぶ。一番上のリンクをクリックすると

和暦で何日?安久3年3月27日
西暦で何日?2023年3月27日
曜日月曜日
今日誕生日の有名人佐藤栄作、岸洋子、マライア・キャリー

とりあえず年月日は分かった。この世界の技術や文化は伊丹のいた世界と比べてどうなのだろうか? いや、歴史は同じだったのか? 世界の勢力構造はどうなっているのか?
調べなければならないことは多々ある。
とりあえず伊丹は駅ビルの中に書店を見つけたのでそこに入る。さくらがATMで引き出したのは1万円札で3枚だった。ゆきに2枚渡したので伊丹は1枚しか持っていない。しかし伊丹もキャッシュカードを持っているからATMから引き出しできるだろう。クレジットカードも使えるかもしれない。
そうなると元の世界の銀行口座を維持しないとダメだなと思う。いやいや、そうじゃなくてこちらの工藤のような一族に銀行口座を開いてもらえばいいじゃないか。その前に戸籍を入手しないとならないな・・そんなことが頭に浮かぶ。
ともかくその書店で中学生向けの歴史の参考書と世界地図帳、大人向けの「20世紀」と「歴史」がタイトルにある本を数冊買った。まだ残金は何千円かあるが、ATMが使えるかどうか確認のために5万ばかり引き出した。暗証番号もいつものままで、なんの異常もなく引き出せた。
ちょっと待てよ、ということは、この世界で伊丹洋司という名前の人がいて銀行口座を開いているというわけだ。とすると俺は窃盗だよ。ATMには監視カメラがいくつもあったから、あとで手配されるようなことになると困るなと思う。

あちこちウインドウショッピングしてゆきと別れたあたりに行ってみると、すぐに見つかった。もともと千葉駅も駅ビルも大きなものじゃない。

伊丹
「ゆきさん、どうですか、仲間は見つかりましたか?」
ゆき
「一人だけ、一族らしい感じの人がいました」
伊丹
「声をかけたのですか?」
ゆき
「いえ、声をかけなくてもなんていうか感覚でわかるんですよ。テレパシーみたいなもんですかね。それで私が別の世界から来たこと、こちらの代表者に会いたい旨伝えました。声でなく気持ちで。
するとわかった、連絡しておく。今度来たらまた会いたいということでした。この近くで働いているらしく、私がここに来ればいつでも会えるそうです」
伊丹
「そりゃよかった。どうしますか、飯でも食べていきますか。それともまっすぐ帰りますか?」
ゆき
「まっすぐ帰りましょう。伯父さんも心配しているでしょうから」

うそ800 本日のまとめ
単に関東大震災までの出来事を埋めております。細かく書くと大変なので

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注1
「映画「怒りのぶどう」を読む」より
「怒りの葡萄」でスタインベックは大恐慌に翻弄される農民の悲劇を書いている。しかし近年ではその悲劇は、小説や映画で描かれた小規模農家を囲い込んでいく大資本とか大恐慌による農産物の価格崩壊などでなく、乾燥地に不似合いな農業により表土が失われたために農業が継続できなかったことが大きいといわれている。乾燥地での農業は開始後の短期間は農産物を生み出すが、その後は砂漠化してしまうという。当時は知られていなかったことではあるが、スタインベックはエコロジー的な観点に気づかなかったと断じている。現代なら生態系を考慮せず、金儲けに走った人の悲劇として描かれたのか?

参考図書
「センテニアル」ジェームズ・ミッチナー、河出書房新社、1976
「大草原の小さな家」(原作)では乾燥地の農業がいかに厳しいかがくどいほど書かれている。

注2
確認埋蔵量を英語ではProved reservesといい、日本語直訳なら実証あるいは証明あるいは裏書された埋蔵量になる。何が実証されたのかといえば、存在ではなく商売になることがである。日本語で確認埋蔵量というのはなぜだろう。商売になることを確認したということなのか?

注3
上記、(注1)にも書いたが、乾燥地農業はとてもクリティカルで従来の農業の感覚ではやっていけない。耕作はセオリーに則り細かく管理していかなければならない。以下参考にした図書を示す。
  1. 「水危機、ほんとうの話」沖大幹、新潮社、2012
    乾燥地農業が非常に脆弱なことを述べている。
    ただこの著者は面白いというかユニークなことを語っている。それは石油でも鉄鉱石でも埋蔵量は有限であり、人間社会はそれを当然として成り立っている。ならば、地下水も有限であり、それを汲み上げて有限なしかも短期間だけ農業をすることはおかしくないという。
    焼畑農耕(移動農耕)と同じく地下水を求めて流浪の旅をするのが人間かもしれない。ただ焼畑なら10年もすれば土地が復活するだろうが、地下水が復活するにはその100倍の期間を要するだろう。
  2. 「センテニアル」ジェームズ・ミッチナー、河出書房新社、1976、第3巻p.893「13章 乾燥地」
    コロラドの草原に1911年入植した農民が1938年に一家心中の悲劇で終わる物語。ただその破滅は土地が疲弊したためではなく、限界地であるために豊作・凶作の揺れによるもの。良い年もあり悪い年もあり平均すればまあまあのようだが、悪い年に暮らしを維持できなければその時点でおしまいだ。数学でランダムウォークの一例にある「ギャンブラーの破産問題」と言われるもの。つまりこの勝負はイーブンでなく初めから負けることになっている。

    牛 文中、牧場主は言う。「我々が売っているものは草だ。牛は草を牛肉に変える機械に過ぎない。そしてこの地には草しか生えない」
    そして牧場主は牛を飼う事業を継続し、農民は農業の方が儲かると考えて破綻する。
    1960年代に観た西部劇の多く、例えば「シエーン」は、農民とそれを追い出そうとする牧場主の争いがテーマだったが、現実は生態系を無視する農民と持続可能を追及する牧場主の対決だったのかもしれない。

    7/11追記
    ホームステッド法と乾燥地農業は直接関係ないと思う。ホームステッド法が放牧と農業の紛争を増やしたかもしれないが、乾燥地農業が困難であることはホームステッド法の影響ではない。

注4
注5
注6
普通のレーダーは、周回するアンテナから電波を発信し反射波を受ける。この方法では方位と距離は分かるが、対象物の高度(上下角度)が分からない。三次元レーダーとは一つのレーダーで方位・距離・高度を把握できるようにしたもの。1950年頃から種々検討され60年代に実用化した。


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