異世界審査員99.1923年5月

18.07.12

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

お話を書くために、東京の地形の移り変わりを調べようといろいろ本を読んだ。皇居というか江戸城の変遷とか、銀座とか水道橋の当たりの変遷や土木工事について書いたものも古地図も多々ある。だけど江東区、葛飾区、江戸川区の変遷を書いたものはあまりない。あってもせいぜい深川それも富岡八幡宮あたりだけだ。
どうしてなのかなと思っていたが、ある本に江戸というのは両国よりも西側を言うのだとあった。そもそも両国とは、武蔵国と下総国のふたつの国にまたがっていたから両国なんだそうだ。だから現代でも江戸の町の移り変わりを研究したり本を書いたりしている人は、隅田川の東は江戸だと認識していないのだ。彼らは江戸の歴史を書いているのであって、東京の歴史ではないのだろう。
言われてみればなるほどと思うが、言われるまでは知らなかった。
葛飾区というのがあるが、元々は下総の国の葛飾郡だったのがだんだん開けてきて江戸に含まれるようになり、武蔵の国に入ったらしい。しかし東京以外にも葛飾と名が付くところはいくつもある。今も千葉県や茨木県、埼玉県に残る葛飾の住民は、江戸に入らなかったのを残念に思っているのだろうか?
そういえば、浦安に住んだ女の子が「東京都浦安市」と履歴書に書くマンガがあった。そこまでするのはみじめったらしいぞ、


5月7日
岩屋
岩屋
お忘れになっ
た方はこちら
3月末に伊丹と工藤の姪、ゆきが新しくつながった世界に初めて行った。その後、伊丹とゆきは何度も行き来して情報収集を行った。その一カ月間の調査結果を、今日中野部長へ報告している。
部屋には中野部長を中心に、幸子、工藤社長、伊丹、ゆき、そして岩屋がいた。
岩屋はながらく栃木工場の責任者をしていたが、事業撤退に伴い中野が政策研究所に呼んだのである。彼も今では髪もグレーというよりも白に近くなっていた。

伊丹
「まず国名は敷島国といいます。基本的に扶桑国と日本国の歴史をなぞっているようです。みなさん関心がおありなのは過去の戦争とか政治体制でしょう。
徳川時代まではほとんど似たようなものです。明治になって中国との戦争で勝って台湾を得て、その後のロシアとの戦争で負けて千島列島を取られ、更に大陸の足掛かりを失いました。そしてアメリカとイギリスの資本が満州に入り込みます。そのあたりは扶桑国の世界と似たようなものです。
欧州大戦では経過がいろいろと違いましたが、結果としてドイツの敗北で終わりました。欧州大戦の後に南洋が敷島国の委任統治領となったのは同じです」
中野部長
「その次が重大だな」
伊丹
「そうです。1939年に満州ノモンハンにソ連軍が侵攻し、アメリカ軍が入植者を守るため防衛戦争を始めます。その直後にドイツはポーランドに侵攻して、これにフランスやイギリスが戦います。ところがここから日本の世界と違い、ドイツとソ連は独ソ相互防衛条約を結んで、東はソ連、西ではドイツが戦います。これが第二次大戦になります。
ソ連軍の侵攻を恐れた敷島国は、アメリカと軍事同盟を結んでソ連軍と戦います。東部戦線は、アリューシャン列島、カムチャッカ半島、千島列島、樺太、シベリア、満州まで及びます(注1)代わりに太平洋で戦闘はありません」
岩屋
「なるほど、そういう流れの歴史も存在するんだ」
中野部長
「しかし、それもまた苦労が多そうだな」
伊丹
「東はノモンハン、西はドイツのポーランド侵攻から始まった戦争は長引き、1947年に勝ち負けつかず講和となりました。ただ戦いの結果、国境線はだいぶ変わりました。敷島国は千島列島を取り戻し、アメリカは満州と大陸の東海岸一帯、そして朝鮮を完全に支配下に収め領土としました。ソ連は太平洋岸の土地を失い、もちろん不凍港を失くします」
岩屋
「中国はどうなりました」
伊丹
「蒋介石が率いる中華民国がほぼ全域を制圧し、毛沢東共産軍をモンゴルやソ連に追いやります。蒋介石が頑張ったというよりも、アメリカと敷島国がソ連と戦ったためにソ連が中国の共産勢力支援ができなかったからです。
敷島国の世界の東アジア 成り行きで朝鮮・満州はアメリカのものになりましたが、蒋介石は残りをまとめて統治し、産業化を図ります。
そしてそれから冷たい戦争が始まりました。日本のいた世界と違い、この世界ではアメリカとイギリス・フランスを中心とした国際連合と、ドイツとソ連を中心とした国際同盟というふたつの国際機関が存在し、その二つが争っている感じです。
幸いというか敷島国は共産主義国家との間にアメリカ領と中国が存在するために直接の脅威を受けずに済んでいます。日本の世界で言えばフランスのような地勢ですね。ドイツがあるから共産圏と接しないメリットを享受した。おっと敷島国の世界では、ドイツとフランスは国境を接して一触即発状態です」
中野部長
「敷島国は連合国側なのですね」
伊丹
「そうです。日本国の世界と違い、国際同盟の経済規模が大きいこと、ドイツという先進国がついたことで、経済は破綻せず2023年現在までずっと東西の対立が続いています。今現在も、いつ熱い戦争になって核爆弾が飛び交うかという緊張状態にあります」
幸子
「ソ連もアメリカも直接国境を接してにらみ合って、大変ですね。日本の世界ではそういうところには必ず分断国家とか中立国を置いて、クッションにしたり代理戦争をさせたりして緊張が高まるのを防いでいたわけですが(注2)
伊丹
「向こうの世界では、いつかは熱い戦争になる可能性は高い」
中野部長
「それは我々の世界の未来なのだろうか?」
伊丹
「いや、第一次世界大戦のときからこの世界と流れが違いますからそうではないでしょう。
しかしこの世界でもこれからドイツとソ連が同盟を結び、お互いに裏切らなければそれに似た国際情勢になる可能性はありますね。それもまた嫌な世界です」
中野部長
「いろいろな世界があるけど、みんな仲良く暮らしましたという童話の世界はないということか」
伊丹
「残念ながら、そのようです」
中野部長
「それで向こうの一族との交渉はどうなったのかな?」
ゆき
「わたしから報告します。向こうの一族も今まで交渉があった世界と切れてしまい、あたらしい別の世界とつながるのを待っていたようです。そして貿易をしたいということでした」
中野部長
「向こうの技術はやはり進んでいるのですか?」
伊丹
「私がいた日本の2020年のレベルとあまり変わらないような感じです。但し同じ技術が存在するかというとそうではなく、例えば半導体を使った計算機ではなく、生物というか細胞を使った情報処理装置というのがあります」
幸子
「そんなことできるの?」
伊丹
「私もよく分かりません。ただ計算機って結局、どんな原理で動くものでも論理回路を組み合わせたらできるわけでしょう。動作スピードの違いはあるかもしれませんが。外部から見れば中身がどうあれ我々の世界のコンピューターと何ら変わらないと思います」
中野部長
「それがやはり一般人にも普及しているわけですか?」
伊丹
「はい。それで文章を書いたり、表計算したり、シミュレーションしたり、ゲームをしたり、まったく同じです」
岩屋
「社会そのものはどうですか? つまり一言で言って」
伊丹
「主義主張がどうあれ、社会が豊かになるにつれて人々の権利や自由が増してくるのは同じようです。性差別も少なく、政治も着るものも職業も自由になる。報道の自由は、同盟国側はかなり制限されていますが、連合国側は日本の世界と同じようです」
中野部長
「ということは、我々の存在が公にならなければ貿易とか交流をする価値は大きいということか」
伊丹
「そうですね。可能なら向こうの世界から技術を取り入れるべきと思います。学ぶべきことはたくさんあります」
ゆき
「ただですね」
中野部長
「何か問題があります?」
ゆき
「向こうの一族の意見ですが、この世界とのつながりは恒久的なものではなく一時的だというのです」
中野部長
「すぐにつながりが切れて、また別の世界につながるということか?」
ゆき
「そのようです。彼らはこういう経験は何度かあるようで、つながりがどうなるかわかるのです。安定なつながりでなければ貿易はしないという話でした」
岩屋
「まあ、我々も他力本願ではなく、自力でがんばらんといかんな」


今村博士大森博士
今村明恒博士大森房吉博士
5月11日
皇大の地震学者である大森教授と今村博士が、中野部長に相談があるとやって来た。
中野部長、後藤閣下、米山、幸子が会う。

大森博士
「今村が近く大地震が起きるというのだ。彼は10年程前にもそういう論文を発表し、新聞がそれを脚色して、今すぐ大地震が起きると煽ったものだから大騒ぎになったことがある。
また大地震が起きるぞというとオオカミ少年だと思われてしまう。しかし今回は絶対の自信があるというので、防災を検討されている皆さんに聞いてもらいたいのじゃ」
今村博士
「地震予知の技術はまだ確立されていません。我々は地震が起きてからその前に起きた異変を調べて、これが前兆だろうと推測しているだけです。ただそういうことを繰り返せばある程度予想は付くようになります。小さな地震の発生状況とか火山の様子、温泉の出具合とかいろいろなことを調べています。
そしてその結果、大きな地震が間もなく起きそうなのです」
中野部長
「過去の記録を調べると、関東地方では極めて大きな地震は50年から100年に一度、大きな地震まで含めれば20年に一度の割で起きている。ですから大地震がおきるぞと20年間言い続けていれば必ず当たるでしょう」

発生年名称などマグニチュード
1498.08.25明応地震(東海・東南海地震)8.2〜8.4
1605.12.16慶長地震7.9〜8.0
1615.06.01江戸で地震6.0
1628.07.11江戸で地震6.0
1633.01.21寛永小田原地震(相模・駿河・伊豆地震)7.0〜7.1
1635.01.23江戸で地震6.0
1649.06.21慶安武蔵地震7.1
1655.04.08房総沖地震
1677.10.09延宝房総沖地震(延宝地震)8.0
1683.05.23日光地震6.0〜6.5
1703.11.23元禄地震8.1〜8.5
1812.11.04神奈川地震6.7〜7.0
1854.11.04安政南海地震8.4
1855.11.11安政江戸地震5.6〜6.0
1880.02.22横浜地震7.0〜7.1
1894.06.20明治東京地震7.0
1909.03.13千葉県房総半島沖地震7.5
1922.04.26浦賀水道地震6.8
1923.09.01関東大震災7.9〜8.3

今村博士
「いえいえ、中野さん、そんないいかげんなことじゃありません。私の研究結果では、今年8月か9月に大地震が起きるように思えます」
中野部長
「それはまた具体的ですな。おおやけに発表するだけの確実さがあると?」
大森博士
「そこが問題じゃ。もし違えばとんでもない被害を与えることになる。そして大学や地震研究の信頼を損なう」
今村博士
「しかし、地震が起きた場合はそれどころではない被害を生みます」
中野部長
「今村先生、8月から9月というのはどれくらいの信頼がありますか。ああ、例えば8割とか9割という表現で言えばですが・・」
今村博士
「7割ないし8割というところですかね」
中野部長
「7月以前に起こる割合は?」
今村博士
「まずそれはないかと」
中野部長
「なるほど、それじゃ7月末まで待ちませんか。それまでひと月半、もう少し研究を進めていただきたい。
7月末になってもう一度話し合いをして、公表するか否かを決めたいと思います。そのときは政府発表という形を取りましょう」
大森博士
「なんと!政府として発表するのか」
中野部長
「大森先生もよろしくお願いします」
大森博士
「うーん、困ったぞ。ワシは7月初めから海外出張の予定じゃ。オーストラリアで地震の国際会議があるのだ」
中野部長
「致し方ありません。それじゃそれまで今村先生と研究をお願いします」

二人の学者が帰った後、政策研究所のメンバーは話し合いをする。

中野部長
「今までの大きな出来事で、向こうの世界とこちらの世界の時期的な一致具合はどれくらいだったろう?」
幸子
「明治帝崩御は向こうの世界より2週間早かったと思います。欧州戦争勃発は、はっきり覚えていますが、同じ日でした。終戦はどうだったでしょう?」
米山
「終戦というか停戦は向こうより2週間ほど遅かったかと思います。日本の世界では11月11日ですが、こちらは11月末だったはずです」
中野部長
「2週間は違うことがあったのか。とはいえ2週間で収まるかは分からない。もっと大きくずれる場合もあるだろう」
幸子
「中野部長、こう考えたらいかがですか? もう時間的に大きな対策は打てません。ですから今村先生たちの7月末までの研究結果次第で、おおよその発生日を公表してしまう。そしてそれに備えるしかないのではないですか」
後藤新平
「8月末と言われたときと9月末と言われたときの対応は、違うのかな?」
米山
「8月末と言われたら、8月末から9月初めという風に広報して、8月頭から学校休日とか避難所の設営などを開始することになるでしょう。また陸軍や海軍の移動、特に飛行機を震災を受けない基地への移動などを行います。
9月末となればそれに合わせることになります。
もちろん予測が外れることも多々あるでしょうけど、国民がその心構えを持てば予定より早く来てもトラブルは少ないかと」
後藤新平
「だが8月末と言っていて地震が起きなければ大混乱になりそうだ」
米山
「それを言ったら私たちが過去2年間してきたことも同じですよ。消防飛行機、軍隊に消火や宿営設備の装備、戦車部隊による建屋破壊訓練、無駄だと笑われるでしょう。それだけでなく貴重な国家予算を浪費したと追及されるかもしれない。それは覚悟の上じゃないですか」
中野部長
「よし、とにかく7月末まで待つことにしよう。
後藤閣下、話は変わるが加藤首相のお加減について、何か聞いておられますか?」
後藤新平
「正確なことは分からんが、だいぶ重体らしい。お酒が好きなお方なので、内臓を痛めておられたのだろうな。それがなにか?」
中野部長
「以前から後藤閣下の入閣は話題に上っておりまして、もし内閣改造になれば後藤閣下はここにはおれないと思いまして」
後藤新平
「ううむ・・・・そういうわけか。どうなるか、ひょっとして地震と同時に内閣が変わるということもあるかもしれぬな」

幸子と米山はどうなるかを知っているので目をそらした。




5月22日
ここは新世界技術事務所の会議室。工藤社長が大きな机一杯にたくさんの書類や帳票を広げてソロバンをはじいている。 工藤社長 やっと日本の世界からの撤退作戦が完了して、その収支を計算しているところだ。
栃木の工場撤退は元々所有者が砲兵工廠だから損はしていない。まあ撤退時の人手とか車両の手配など、細かいところまでは目が届かなかったから若干ロスが出たのはしかたない。
東京事務所は設立の際、政策研究所と向こうの一族で3分の1ずつ出資した。向こうの事務員の退職補償とか事務所、OA機器、オフィス什器などの賃貸解消の際、向こうの一族に儲けさせてしまったところがある。まあこちらの手が届くところではないからしょうがない。
それから軍や政策研究所とは別に、工藤の一族が独自に異世界間貿易をしており、ゴーイングコンサーンと考えていて若干甘いところがあった。そこらへんで損が出ている。これもまあ、しょうがない。諦めるところが多い。
工藤社長は持っていたボールペンを書類の山に放って頭の後ろで腕組みをした。〆るとなんだかんだで数百両(数千万円)の損失だろう。とはいえ過去からの累積黒字から見ればどうってことはない。ヤレヤレ

うそ800 本日思ったこと
中野部長も工藤社長も、別世界から技術や文化を取り入れることしか頭になさそうですが、文化を輸出するということは考えないものですかね?

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注1
第二次大戦中、日本は南洋と中国だけで戦ったのではない。アリューシャン列島のキスカ島、アッツ島などを占拠した。過去、アメリカが戦争で自国領土を外国に占領されたのは唯一ここだけである。またアメリカ本土が敵国に爆撃されたのは伊25搭載の水上機によるものだけだ。日本は決してみじめな戦いをしたわけではない。

注2
分断国家(分裂国家)とはドイツ、朝鮮、ベトナムなど二大強国が戦争などで占領したのち、衛星国としてそれぞれ独立させたもの。
台湾国旗 中国と台湾は別な勢力が占拠した結果、分断国家となった。しかし台湾は元々中国の民族でも文化でもないから、中国から逃げてきた軍事政権に乗っ取られたという解釈が適切かもしれない。



外資社員様からお便りを頂きました(2018.07.12)
いつも更新楽しみにしています。
文末の注1の記載「アメリカ本土が敵国に爆撃されたのは伊400搭載の水上機によるものだけだ。」
海底空母:伊400、401による壮大なの爆撃計画は、終戦で間に合わず中止されています。
本土を爆撃したのは、、「伊25」の搭載機による、オレゴン州への爆撃です。
残念ながら搭載:は小型の零式小型水上偵察機、使用したのは75kg爆弾で、森林に落ちて森林火災だったのは、風船爆弾と同じです。

外資社員様、誠に申し訳ございません!
知らないことは調べるのですが、思い込んでいましてチェックしませんでした。
以降、肝に銘じます
すみませんでした。

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