「技術の歴史」

2019.01.28
お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。

なぜこの本を読んだかというと、異世界審査員のお話を書くとき、ある機械が発明されたときの状況を知りたいとなり、ネットをググってこの書物の名前を見つけたからだ。図書館を当たったが、ない。アマゾンで探すと中古本があったので買った。1円だった。
中古本の価格は需要と供給で決まるのだろう。つまり今はこの本を読む人がいないと、需要がないのだろう。
それにしても半世紀以上前に定価1400円とは驚く。2016年の消費者物価指数は1956年の6倍だ。今この本を8000円と言われたら、手を出す人はいないのは間違いない。昔は本は高かったというべきか?

書名著者出版社ISBN初版価格
技術の歴史R.J. フォーブス岩波書店なし1956/12/101400円
入手時 1円

さて手に入ってすぐに読み始めたのだが、なかなか読み進まない。やっと読み終えたので、いつ買ったのかと思いアマゾンの注文履歴を見ると4か月前に購入していた。たった350ページのこの本を読むのに4カ月もかかったのに驚く。
私は同時に数冊を読む。家で読む本、電車の中で読む本、フィットネスクラブで時間が空いたとき読む本というふうに。というのは電車で頭を使う本は読み難い。だからどこで読み終えてもいい小説とか、ワンセクションが短いマニュアル本のようにものになる。専門書のように、読んでいてネットや別の本をリファレンスすることがあるものは家で読むしかない。アプリのマニュアルなどは、アプリを使っていてわからないときだけ開く。

この「技術の歴史」は電車向けであったが、なかなか読み進まないのだ。その理由はいくつもある。まず文章が冗長すぎる。現代の人、特に技術をかじった者には不要な参考情報とか背景説明が多すぎる。それから翻訳がへたで、専門語があり一語で済むのを、長ったらしい言い方をしたり、更に校正をしているとは思えないケアレスミスの連続、そんなことで文章が読みにくい。だから4カ月もかかった。
この本に書いてある情報を伝えるには、使用単語や文章表現を見直せば半分の200ページで済むだろう。ページ数が少ないことは悪いことではなく、無駄にページ数が多いことは罪だ。本の価値も価格も、ページ数でなく内容に比例する。論文だって同じだ、DNAが二重螺旋構造だとしたワトソンとクリックの1953年の論文は2ページしかない。

余談だが: もちろん論文が長ければ価値がないというわけではない。ヘンリー・キッシンジャーの博士論文はその膨大な長さから伝説となり、それ以降ハーヴァード大学では論文のページ数が制限されたとか、

半世紀も昔は、ページ数が多くて、堅苦しく分かりにくく書くのが好まれたのだろうか? そんな気もする。

自衛隊員募集
だが21世紀は、マニュアル本には挿絵が多いどころか、マニュアル全部がコミックになったものも多い。更には自衛隊員募集のポスターにも萌え絵が使われる時代だ。
今の時代なら専門書であっても、平易な文章で挿絵が多くすべきだ。分かりやすくしたり、イラストを入れることはレベル低下ではなく、テキストとして向上である。難しいことを分かりやすく誤解なく伝えるということは重要なことだ。それができない思想家・教育者は敬遠され名を残すことはできない。それは良いことだと思う。
私のウェブサイトはスクロールしていっても、いつも必ず一つ挿絵が入るようにしているつもりだ。


とまあ、はじめっから苦情を垂れ流したが、読んだ感想をひとことで言えば「読むまでもなかった」ということかな。
もちろんこの本は昔の本だ。原著が1950年、翻訳されたのが1956年である。そして原題は「Man the Maker」であり、「ものをつくる人」あるいは「製造者としての人」というニュアンスだろう。「技術の歴史」と考えて読むといささか期待外れであるのは確かだ。ともかくものすごく古い本で、書かれた内容が歴史であるのはもちろんだが、この本が予測していることも現代から見れば既に歴史である。

だが昔の本だから読む価値がないというのではない。私は技術史が好きで類似の本をたくさん読んだ。
例えば1924年に発行された「歯車の技術史」は「未曽有の技術革新の時代に、いまさら歯車の歴史でもあるまい」という言葉から始まるのだが、まったくそんなことはない。21世紀の今日でも、工業高校とか工学部の初年生に是非とも読ませるべき本だ。

1963年に発行された「製図の歴史」の中では形状許容差とかコンピューターを使った設計(CAD)を予想している。それらの予想は50年後の現実とは異なっているが、だからといって「製図の歴史」に価値がないというわけではなく、現実と違った予想も読む価値のある素晴らしい本である。

機械や装置は自然界のなにかに触発されて真似することから始まるだろう。しかし当然のことながらうまくいかない。問題を考え工夫を重ねある程度のレベルに達するが、更なる向上・理想の実現には科学的な解明がされなければならない。過去にはいかなるアプローチがされたのか、いかほど汗と涙が流されたのかということを実感する。そういう追体験をさせてくる本が価値ある本だと思う。

じゃあ、この「技術の歴史」はどうかとなると、そういう本ではない!
あまりにも多くの分野とものごとを網羅しようとして雑然としている。そしてまた著者は技術とか科学の語義とか差異について厳密ではない。それは訳者も問題にしている。
定義も語義もはっきりしていないのだから、「あいまいを敵にしては、神々の戦いもむなしい(アシモフの小説のタイトル)」のは当然で、まともな文脈になるわけがない。
読んで得たものと言えば、この本の中で取り上げているいくつもの発明発見に関するエピソードなどが参考になる(といっても詳細な描写ではなく更に出典の確認がいる)程度である。

原始人 例を挙げると石器時代や青銅器時代という区分はデンマークのクリスチャン・トムセンが発想したものであるが、これが当てはまるのは僅かな地域でありこの区分は多くの人に受け入れられなかったとある(p.12)。中学校では石器、青銅器、鉄器というのは金科玉条でそういう背景は習わなかった。縄文・弥生という我が国の古代を習った時、青銅器と鉄器時代の違いがあいまいで関連が理解できなかった思い出がある。
農耕革命についての解説は現代とだいぶ違うが、これはこの本が書かれてからの考古学の進歩によるものだろうか?

古代において科学と技術の違いは、技術が作ったものに命を与えるのが科学であったというお話は、お墓や仏壇の入魂式につながっているのかとなぜか納得した(p.40)。

ヨーロッパの中世は暗黒時代ではない(p.103)と力説している。それは今の時代では当たり前の認識であるが、この本が書かれた時代はそう語らなければならなかったということか?
リベラルアーツとは哲学・形而上学・神学に対する語であり、現在の定義とは違ったのだ。本来はリベラルアーツとは実学の意味だったらしい。ここで実学とは、幾何・代数・文法・論理学など仕事で使うものをいう。今リベラルアーツとは教養教育的な意味で使われるが、元々は全然違うのだ。

三大発明(羅針盤、火薬、活版印刷)は中国でなく、ヨーロッパで発明されたとしているが、出典がなく根拠分からない(p.106)。

ねじの標準化のことになると、他の書籍が描くこととだいぶ違う(p.180)。この本は漠然とした概念は書いているが、
ねじ
座金
それは常識人なら考え付くレベルであり、具体的な人名とか実施事項や年代の詳細になるとあいまいで、想像で書いている感じである。
それはねじに限らず蒸気機関や無線通信についても同様である。
はっきり言って役に立たない。

仕事を奴隷に換算しているところが散見される。
「1776年のアメリカ人は年間1人の使用人を2週間使っていたが、今日(1950)では60人の奴隷を使っているのである(p.881)」など
昔、1960年代のTIMELIFEなどでも「この仕事は奴隷に換算すると○人に当たる」なんて文章を見かけたが、欧米では半世紀前はそういう発想というか表現は一般的だったのだろうか?
奴隷を使ったことのない私にはその例えそのものが理解できない。

それと参ったなあ〜というのをもうひとつ、
漢字と仮名の使い分けがわからない。必要を「ひつよう」、真剣を「しんけん」など記していて、どういう意図でそのように記述したのか分らない。普通文章を読むのはひとつひとつの文字を認識して理解しているのでなく、熟語のを一つの塊としてパターン認識で意味が浮かんでくるもので、思いがけないところで『かな表記』があると一瞬読む流れが止まる。まさかそれを計算して翻訳しているのではないだろうけど。

濡れ落ち葉 本日の処方箋
この本は推薦しません。
でも暇つぶしとか眠れないときには重宝するでしょう。
なぜ推薦する本にリストアップしたのかというと、文章の校正・誤字脱字・主語述語の対応などに誤りがあると人間性も疑われるという反面教師にしようという、私自身への自戒であります。
それと読む価値がある本かどうか、読む前に予想することも大事です。先が短い人生ですから。



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