*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
1928年 8月 扶桑国 皇帝執務室 皇帝、中野、高橋蔵相、伊丹夫婦がいる。 ![]() | |
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「今回の満州の対応について反省会といこう。いつも通り本音を語ってほしい。 まずは伊丹さんから」 |
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「まず考えも判断も行動も、短期的というか目の前の問題の対応に集中してしまったと思います。その原因は長期的なビジョンといいますか、国家百年の計がないためと思います」
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「長期的なビジョンがないとはどういう意味かね?」
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「今回はアメリカの利権を奪うという中華民国の動きに対して、アメリカから協力されたということが発端でした。ところが途中でソ連の利権を奪った中国へのソ連の報復の阻止と変わりました。 ともかくは中国の混乱が原因です。今まで我々は中国には関わらないという原則でしたが、関わらないといっても利権とか入植ということであって、中国がどうあるべきかを考え対策しなければならなかったはずです。 それは受動的なことでなく、我々が中国をどうするという意思をもって、関係諸国を動かすというと語弊がありますが、外交とか種々手段を講じて誘導していかねばならないということです。いってみれば操るというか」 |
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「発想としてはすごいですが、そんなこと可能ですか?」
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「中国をどうするというのは具体的には?」
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「目的は中国という地域が安定してくれることです。その方策は具体的とか詳細まで考えていませんが、例えば中国を英仏米で分割統治をさせるべしとか、中国をいくつかの国に分割して、それぞれに安定した政権を確立すると想定し、それを実現するため努力すべきでしょう」
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「すごい発想だね。もちろんあるべき姿とは我が国にとってメリットある姿なのだな?」
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「もちろんです。それは中国に留まりません。世界中というわけにはいきませんが、我が国の周辺地域、中国大陸、千島列島、東南アジア、オーストラリアなどは対象です」
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「いやはや、神の視点だな」
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「神になるつもりではありません。むしろ逆です。 我が国の地勢的な制約、資源、歴史などを考えると、覇権国になることは無理でしょう。我が儘にふるまえる覇権国でないなら、自国が周辺国から侵略されないよう、また独立した外交ができるようにすることを考えなければなりません。 そのためには経済はもちろん文化とか技術力を上げ国家のブランドを確立して、一目置かれる国にしなければなりません」 |
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「それは国家として当たり前のことじゃないかな」
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「もちろん当たり前というか、どの国も目指しています。ただ長期的な視点をもってそうなるよう努力している国があるかと言えば、ないように思います」
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「今回のことについて言えばどうすればよかったのですか?」
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「中国は辛亥革命から20年近く迷走しています。それに対して我が国は内戦を止めろとか治安維持を図れということを言ってこなかった。万が一、いやゆくゆく中国の混乱が我が国に飛び火することは分かり切っています。ならば中国とそれを侵略している国々にしっかり統治をしろと言わねばなりません」
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「確かに・・・我が国は大陸に食指を伸ばさないことを国是としたから、政治家も軍人も向こうが混乱になろうが難民が出ようが今まで気にしなかった」
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「うーむ、具体的にはどういう情報発信なり行動をとれば良かったのでしょう?」
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「私だって何も提言しなかったわけで同罪です。今考えると内乱を止めろとか治安の向上など中国に経済制裁とかできることをすべきだったと思います。 今回はソ連もアメリカもやっていることは同じです。我々は共産主義とソ連の膨張政策を嫌ってアメリカを支援したにすぎません。 そしてこんなことが起きるのは、今の中国を見れば当たり前です。今回の騒動は終わりではなく、また起きます」 |
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「なるほど・・」
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「私の世界では似たような状況で火の粉が降りかかるのを嫌って、中国に武力侵攻したのが日清戦争や日露戦争の始まりですわ」
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「いや清やロシアと戦ったのはこの世界も同じだ。幸子さんの世界と違い、負けてしまって大陸進出を放棄したというのが正しい」
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「そうではありますが、深入りすると私たちの世界の二の舞です」
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「中国が国内をまとめてまっとうな国になるか、他の国が統治するしかない。それを願うだけでなく、我々が動かなければならないというのは伊丹さんの言う通りだ」
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「世界は民族自決といいますが民族は己の国を持つべきという流れです。でも中国は独立国が崩壊に進んでいるようです。それは国民性なのか」
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「ともかく我が国は困ったと手をこまねいているのではなく、主体性をもって外国を動かしていかなければならないでしょう。私もこうあるべきというアイデアはありません。反省とおっしゃったので申しあげたわけです。本来なら行政機構が考えることですが、現実を踏まえれば政策研究所が計画すべきでしょう」
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「わかった。それは政策研究所の本務だろうね。 話を戻して、奥様が今回の反省と考えていることはどんなことでしょう?」 |
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1928年 8月● ● ● アメリカ戦争省 例によって、ホッブス大佐、グリーン少佐、それに石原とさくらがいる。 ![]() | |
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「いやあ、最初はどうなるのか見当もつかなかったがなんとかなった。しかし今まで準備していたことが当初の狙いとは違ったが有効に使えたし、その成果も出て面目を施したよ」
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「とはいうものの我が国の当初の狙いは達成できませんでしたね。それどころか我が国が得たものはなにもありません」
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「状況が変わったから仕方がない。ホワイトハウスも我々に苦情はない。後は政治的交渉に頑張ってもらう。 しかし扶桑国の空挺作戦、偵察機、無線機、対戦車砲など、我が国にない高度の兵器にはたまげたね。我が国としては早急な開発が課題だが、簡単とは思わない。技術導入か製品購入ということになるだろう」 |
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「売ってくれればですね」
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「ドクターは売ってくれないと考えているのか?」
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「私は個々の兵器を知っているわけではありませんが、すべて高度な科学技術で作られています。新兵器を売ることで兵器の情報が漏れることより、先進技術が漏れ技術競争力が失われることを懸念しているでしょうね。爆発した無線機も秘密を守るためでしょう」
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「貸与ということは可能だろうか?」
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「個人的見解ですが、それもないでしょう。兵器は戦場で破壊されたり鹵獲されたりはあたりまえです。ブラックボックスであってもいずれ秘密は漏れるでしょう。それに貸与を受けた方で解体調査をするでしょうし。 今回、貸与してもらえたのは、絶対に勝ってほしいことと、絶対に負けたり鹵獲されたりしないだろうと考えたからでしょうね」 |
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「我々は扶桑国の掌の上で踊らされたということか」
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「次回は液体窒素の中で分解をするとか |
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「以前話したことがあるが、昨年 ![]() ところが扶桑国に行ってみたら、扶桑国の技術向上はそういった管理技術でなく、固有技術の地道な研究開発によるものだという結論だった。 この報告書を読ませてもらったが、扶桑国は我が国より格段に進んでいる、早急に技術導入をせねばということが書かれてあった」 |
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「それは存じませんでした。それじゃ技術導入を交渉したのでしょうか?」
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「技術導入ではなく、中核となっている技術者を招聘しようとしたが、拒否された。向こうも技術流出を恐れているのだろう」
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「まあそうでしょうな。逆に考えれば我が国が最新技術を売ってくれと言われても売るわけがない」
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「我々にそんなものがあればだけどね。まあ、それは俺の仕事ではない。 ええと実は俺は今度、准将に昇進して戦争省長官の補佐官になる。 ドクターとさくらはどうする? もし希望するなら補佐官のスタッフとして雇用できると思う」 |
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「大佐と一緒に仕事ができて興味深い体験ができました。大佐には感謝しています。ただここに来て1年半経ちましたので新しい体験もしたいです。実を言いましていくつかの大学から教授としてお誘いを受けています。オペレーションリサーチか戦術シミュレーションの分野を提案されています。この仕事が一段落したのを機会に大学に戻ろうと思います」
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「なるほど、それがいい。いずれノモンハンで戦争が起きるかもしれんな。そのときはまたスタッフになってくれ。さくらはどうする?」
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「おかげさまで今年ドクターになれました。だけど残念ながら私には教員のお誘いなどきませんわ。それで一度国に帰ろうと思います。 国に帰れば父の力で大学教員の椅子は用意してもらえるでしょうけど、アメリカとはレベルが違いますからあまりうれしくありません。悩みます」 |
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「そのうちアメリカの大学からだってお誘いがいくさ。さくらには頭脳だけでなく家柄と美貌という武器がある」
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「次のセメスター(学期)にはこちらに戻り、教員の職を探すつもりです」
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「そのときは推薦状を書いてやるよ。戦争省補佐官の推薦状なら少しは価値があるだろう。 グリーン君はどうする。部隊に戻るのか、それとも民間企業に行くのか?」 |
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「いや、この仕事は指揮官とは違う面白さがあり、もう少し続けたいです。 それに大佐がおっしゃるようにノモンハンの戦いは必ず起きるでしょう。今から対策を考えておきます。そうそうドクターがノモンハンの戦争小説を書いてましたね」 |
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「あれはもちろん小説ですし、今回の戦いで状況も変わりました。しかし必ずソ連は侵入してきます。それは2年後の1930年ですね」
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「ほう、ドクターにはいつ勃発するかも分かるんだ。根拠を教えて欲しいね」
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「世の中の出来事は偶然とかランダムに起きているわけじゃありません。運命論というほど定まったものではありませんが、すべては因果関係にあります。 今回の戦いは中華民国の弱体化による無政府状態故に起きました。そして今回の結果はソ連が利権の喪失と影響力の低下、アメリカはその反対、扶桑国の第三国としての発言力が重みを増した、そういうことを数値化して数式を立てると答えは出ます。それが私の専門です」 ![]() ![]() * 実は1930年にノモンハン事件が起きるとは、未来から来たカンナが言ったことだ。
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「なるほど、その計算結果が2年後か、すごいね」
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「神に誓ってとまではいきません。現実は計算通りには行かないでしょう。いずれ正誤は2年後にわかります。 歴史学者は過ぎたことの因果を語りますが、私は因果から未来を予言したい。そうでなくちゃ価値がありません」 |
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「予言するだけでなく自分が実現したいんじゃないかな。君は科学者よりも作戦参謀が似合う気がする。いずれまた一緒に仕事をしたいものだ」
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1928年 9月● ● ● 政策研究所 中野と伊丹夫婦がいる。 ![]() | |
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「先日、皇帝との会議でいろいろご意見を伺ったが、これからやるべきことの意見交換をしたい」
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「まずは世界中と言えば大げさですが、最低限 先日申しましたこの国を取り巻く地域の情報収集体制確立が必要です」
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「情報がなければ始まらないというわけか」
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「そうです。情報収集といっても、いろいろな方法で行うことが必要です。公式な駐在武官による情報収集、非合法とはいいませんが非公式な諜報員の配置、我が国の報道機関を設置して情報やニュースを伝える、外国の報道機関を分析する機関、海上、空中からの定期的偵察・・」
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「オイオイ、公海ならともかく空中偵察は実行できないよ。高空を飛ぶ我国の飛行艇を攻撃する手段がなくても地上から目視されたら国際問題だ」
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「でも方法を考えて情報収集したいですね」
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「偵察衛星があればいいのにね」
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「人工衛星というのは30年以上も先に出現するのだろう」
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「あちらの世界とこちらの世界の歴史は違いますが、今から人工衛星を作ろうととりかかっても10年や15年はかかるでしょうね」
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「上空からの監視は必要なのか?」
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![]() | ![]() なければないで仕方ありませんが、我々が自由自在にこの世界を操ることは難しいでしょう。 上空からの監視が完璧なら建造中の艦船、軍隊の配置、演習などだけでなく、道路、建物、飛行場など国の状況すべてを把握できます。私の世界では地上に立つ人が持つ書類の文字まで読めたと言います」 |
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「信じられんな! あのさ、いずれノモンハンへソ連の侵攻があると思う。そういうものを事前に把握できるわけか?」
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「偵察衛星がなくても種々の情報を収集し分析すれば、ソ連が戦争の準備をしているということはわかるでしょう。しかし毎日あるいは常時、ソ連や満州を上空から偵察していれば鉄道もトラックも見えますから軍隊の移動などは手に取るようにわかりますね。当然戦闘中は上空から指揮できるわけで」
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「人工衛星を打ち上げるのにはどのような技術開発が必要なのか?」
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「うーん、簡単ではありませんね。まず重さ数百キロのものを宇宙に打ち上げるロケット開発があります。それから誘導技術、慣性航法とか制御のためのサーボモーターとそれを動かすコンピューター、姿勢制御のイオンエンジン、情報収集のためのデジタルカメラ、伝送システム、それらを動かす太陽電池、故障が起きても対応できるような冗長性や自己修復なども考えなければなりません。 どうみても10年はかかるでしょうね」 |
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「私の生きているうちは無理か」
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「中野さんが生きているうちには実現可能でしょうけど、ノモンハンには間に合いませんね」
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「それに開発には莫大な金がかかります。もちろんその技術は人工衛星だけでなく我が国の発展に寄与することは間違いありません。 ノモンハンとは別に人工衛星開発に取り掛かるという政策もありますね。 おっと、開発すべき科学技術はたくさんあります。プライオリティは十分に検討しなければあれもこれもはできません」 |
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「伊丹さん、科学技術の開発テーマをまとめてください。それと人工衛星開発の計画案を作っておいてください。でも実行は先の話ですね。その他にすることはありませんか?」
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「ええと、話を戻します。それから集めた情報を分析し、実施可能な作戦行動の結果をシミュレーションすることになります」
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「それは現在の体制でできるのか?」
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「コンピューターはあります。ただし国際政治力学とか戦争の勝敗のシミュレーションは一般化はできません。国ごと地域ごとの方程式を立てる人が要ります。それに力仕事ではなく才能が要りますね」
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「誰がいいのだ?」
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「さくらが適任です。彼女もドクターになったそうです」
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「アメリカにいたため、満州作戦ではコンピューターシミュレーションができなかったと嘆いていました。彼女にコンピューターをあずければ大喜びでしょう」
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「さくらはこれから何をするつもりなのか?」
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「おやおや、お父上がご存じないのですか? 今の仕事が一段落したので、軍の顧問を辞めて、一旦帰国するそうです。少し休養してからアメリカで大学教員の職を探したいとか」
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「皇国大学で教員にするか、ラドクリフのドクターなら教授でもよいだろう」
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「皇国大学では彼女が不満かもしれませんよ」
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「それならここで研究員をさせるというのもある。文官なら奏任官、武官なら佐官待遇なら文句あるまい」
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「さくらは官等 |
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「まあまあ、そのへんは戻ってきたとき話をしよう。ノモンハンの次には第二次世界大戦もあるのだろうろうし我々も手不足だ」
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注1 |
シーマ現象とは、日産が当時のクラウンを超える高級車としてシーマを発売したのが1988年、最初は誰もがそんな高級車買う人がいないと思っていました。ところが予想に反して大ベストセラーとなりました。高級車は売れるとか一般人も3ナンバーが持てるんだという驚きで「シーマ現象」と言われ流行語大賞となりました。今となってはバブルを表す形容詞でしょうか。 ![]() | |
液体窒素は1877年に初めて作られ、1895年頃から量産された。 ![]() | ||
注3 |