*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
1929年 4月 政策研究所 中野、伊丹、幸子がいる。 ![]() | |||||||
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「春になっても雪解けが遅い……今年は冷害かあ〜、しかし気温って平年と何度も違わないんだね」
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「平年よりも1度ちょっと低いくらいですかね | ||||||
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「私たちの仕事は実施可能な方法を考え提案することです。気象異常が現実だとしても、できることはいろいろあります」
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「まず食料の手当ですね。本土は冷夏で不作ですね。台湾も気温が低下しますが、こことは条件が違いまから平年並みでしょう。
![]() 過去の飢饉というのは冷害による収量減だけでなく、買い占めとか流通に支障があったためです。東北が冷害で作況指数が60とか70になっても、全国をならせば90くらいですから、減った1割をタイやベトナムなどから輸入するか、1年だけ1割は我慢するのもあります。 また今からでも馬鈴薯やサツマイモなど救荒食物の栽培奨励などできることはいろいろあります」 | ||||||
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「それは信用して良いのだな?」
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「もちろんです。そして大事なことは国民を混乱させないために情報公開、つまり気象予報、作況の予測、そして国の対策を国民に知らしめることです。情報がなく疑心暗鬼になると人々は冷静な判断ができず、心配を爆発させて騒動を起こすか逆に覇気をなくし身売りとか心中が多発するかもしれません」
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「方向は分かったが、農林省などと調整してもう少し裏付けを補強してほしい。そうだな2週間で何とかなるか」
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「承りました」
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1929年 6月● ● ● 政策研究所 中野、伊丹、幸子、岩屋、さくらがいる。 ![]() | |||||||
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「衛星写真と諜報員や大使館や向こうの報道などを分析して、既にスペインのフランコは反乱の準備は完了したようです」
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「決起日はいつ頃か?」
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「状況から見て来月7月は間違いありませんが、日にちまでは分かりません」
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「異常なしだっけ? 作戦開始の命令は。それを傍受するまではわからんか。 ドイツとソ連からの武器援助はどうなのだろう?」 | ||||||
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「衛星からと地上では鉄道と港湾を監視していますが、反乱決起時点では武器や兵員の派遣はなさそうです。反乱軍は数日で政府各機関を占拠できるともくろんでいるようです。 それが叶うなら外国からの支援を要請する必要がありません。どの国もタダで支援してくれるわけでなく、ひも付きですからね」 | ||||||
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「これからの流れで考えられるのはみっつです。 ひとつ、フランコが想定しているように数日で政府機関を抑えてクーデター終了 ひとつ、戦いが長引き、政府側、反乱側とも外国に支援を要請。ドイツとソ連からの支援がほぼ同時であれば更に長引きます ひとつ、二番目と同じですがドイツが速やかに軍隊を派遣すれば短期間で終結します」 | ||||||
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「ソ連の支援がドイツより早いのはナシで、反乱軍が負けるのもナシか?」
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「まず岩屋の伯父さまの話にあったように、まだドイツもソ連も動いていませんから、スペインに近いドイツからの支援が早いでしょう。 次の点、スペインの軍隊は装備が前近代です。小銃だけでなく、大砲も機関銃もありますが、戦車や飛行機は少数です。偵察とか奇襲攻撃はともかく、大規模な戦闘行動は無理でしょう。他方、一般市民といっても多くは徴兵され軍事訓練を受けています。この点では政府側・反乱側とも優劣はありません。 しかし武器弾薬の充実さは軍隊が上回ります。それよりももっと喫緊なのは食料でしょう。政府に付いた人たちの食料、医薬品などの補給はまず期待できません。その点軍隊の方が輜重はしっかりしています。ですから火ぶたを切れば間違いなく反乱側が勝ちます」 | ||||||
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「なるほど、ましてや都市に立て籠ったりすれば農産物の生産も滞る。戦いが長引けば一般市民はお手上げだな | ||||||
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「スペインの様子は監視下にあり動きあれば一刻も早く報告しますが、正直言ってこれが我国にいかなる関係があるのでしょう。そしてスペインが内戦状態になってもなにか対応が必要なのでしょうか?」
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「大きく言って二つあると思います。ひとつはソ連が勝ったとき、スペインは完全に共産化するでしょう。そうなると欧州の中に共産主義国家が誕生するわけで、欧州は不安定になります。他方、ドイツの援助によって反乱軍が勝てばドイツと政治的に近くなります。そして欧州で戦争が始まれば、スペインはドイツに呼応してフランスを攻撃するでしょう。 ドイツとソ連が支援しても勝敗がつかない場合、スペインは次の大戦では中立を維持する可能性が大です。これが一番良いかもしれません。 ともかくそういう外国の支援次第でスペインの方向が決まり、欧州の戦争に影響するでしょうし、ノモンハンにも影響すると思います」 | ||||||
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「なるほど、もうひとつは?」
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「ドイツとソ連はスペインの戦場で新兵器の実地試験をするつもりです。当然それらは次の戦争の主役です。これは可能な限り情報収集しなければなりません」
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「おばさま、もうひとつあります。ソ連とドイツの兵站や指揮・作戦、そして戦術について情報収集です」
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「なるほど、分かりました。人工衛星での監視、地上での諜報活動など一層力を入れます。 しかしそれは英仏あるいはアメリカも同じでしょうね。多数の国からスパイが来て収集合戦ですか」 | ||||||
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「でも人工衛星は私たちにしかないわ」
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「だといいけど。もしかしたらあれはドイツが打ち上げたもので、私たちが情報を盗んでいるのかもしれないわよ」
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「それはないと思うわ。だって通信に使われている高い周波数だって、ドイツ国内から発信されていないというでしょう。多分ですけど、カンナさんがしたことだと思うの」
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「さくら、仕事を頼みたい」
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「お父さま、なんでしょう?」
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「陛下と犬養首相の許可は得ている。というか彼らと話し合って決めたことだ。 スペイン情勢を石原からアメリカ戦争省に売り込めと言ってほしい」 | ||||||
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「おもしろそうですね。私もアメリカに行ってはいけないかしら?」
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「時間的に無理だな。それから陛下はさくらの出国を許可しない。もちろん石原に会うときは例の通り道を使うのだが、それで行けばアメリカで合法的な活動はできない」
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「了解しました。ところでお父さまが直接石原さんに伝えないわけは?」
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「俺が言えば、命令と受け取られてしまう。さくらが石原を焚きつけたくらいでちょうどいい」
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「おもしろくなりそうですね」
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1929年 6月● ● ● アメリカの扶桑国領事館 石原とさくらがいる。 ![]() | |||||||
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「これらがスペイン各地の航空写真、そしてソ連とドイツのもあるわ」
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![]() 石原は固まった。 さくらから航空写真と言った数百枚の写真は実は衛星写真だ。鮮明でしかも天然色である。それぞれ別途ある地図に数字が記載され、各写真には場所の番号と日付がある。 スペインのものは反乱軍の準備状況が写されている。ドイツとソ連の写真には、輸送を待つ戦車やトラックなどが写っている。 ![]() | |||||||
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「すごいものだ。これは例の哨戒機による撮影ですか?」
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「例の哨戒機ではありません。今はもっと高空を飛べる偵察機があるのです。それとカメラとフィルムの改良により総天然色が可能になりました」
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「こういう情報が得られるなら戦争は楽だ。今後も入手できるのですか?」
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「もちろん日々偵察しているわけですが、すべてをアメリカに提供できるかと言えばノウですね。今お渡ししたものはホッブス大佐、もといホッブス准将に提供しても構いません。というかお父さまからの指示は、石原さんからアメリカ軍高官に渡せというのです」
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「ほう、どういう意図ですか?」
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「政策研究所の検討結果、スペインの戦争の結果はノモンハンにフィードバックされる。そして兵器も戦術も応用されるだろうという見解です。我国としてはノモンハンでアメリカに緒戦で大勝してほしいのです」 ![]()
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「この世界の歴史は日本の世界よりも発生時期が早まっている。下手をするとスペイン内戦とノモンハン事件がそのまま第二次世界大戦につながるかもしれないのですね」
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「そう、だからノモンハン事件が長引いたりアメリカの負けで終わってほしくないのです」
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「なるほどソ連がノモンハンに侵入したら即叩いて追い返さないとだめと…… ちょっと待てよ、となると中国とアメリカの戦争も始まるということですか?」 | ||||||
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「可能性は大ですね。そうなれば多分アメリカは中国での戦いに我国を引き込むつもりです。それはありがたくありません。ですからソ連をすぐに追い返し、中国共産党とソ連が結託して強くならないようにしたい。中国で戦乱が起きて泥沼にならないよう、中華民国をなんとか継続させたいのです」
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「欧州で第二次世界大戦が始まれば、アメリカはそれにかかりきりになり、中国から手を引くかもしれない」
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「石原さん、今まで私たちが何のためにしてきたのか理解しているの!」
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「なんのためというと?」
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「アメリカが中国から手を引けないようにするためよ。だからこそアメリカの満州における利権を増やし入植者を増やし投資をさせ、手放すには惜しいものにしたの。今や入植者が50万もいる満州は放棄するには価値が大きすぎる。 仮に引き上げても、アメリカ経済が低迷しているから入植者に衣食住を確保ができない。しかも満州の農産物がゼロになるのだから、アメリカでは食も問題になる。ゆえに彼らは手を引けない」 | ||||||
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「なんと!さくらはそんなことを考えていたのか」
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「地政学的に考えて、扶桑国の最後の敵は、ソ連と中国です。我国に代わってそれと戦う国が必要です。私たちは慈善事業をしているわけじゃありません。アメリカの満州攻略の支援もすべてはそのためでしょう」
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「いやはや、私もまだ青い。さくらは恐ろしい謀略家だ」
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「というわけでね……」
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1929年 6月● ● ● 数日後、石原はアメリカの戦争省にホッブス准将に面会に行く。ここを訪れるのは1年ぶりだ。 ホッブス准将とミラー大佐が会ってくれた。 ミラー大佐は満州空挺作戦のとき連隊長だった。もちろん石原は面識がない。 ![]()
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「よう石原君、もう大学の先生は飽きたか? 君が望むならいつでも私の補佐官に雇うよ。そう言えばさくらはどうしているのかな?」
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「さくらが国に帰ったことはご存じと思います。今は彼女の父親、皇帝の相談役ですが、その下で働いています」
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「ほう、大学教員は諦めたのか」
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「なにしろ彼女はVIPですから外出もままならないそうです。 ええと彼女から伝言がありました。彼女の言葉は非公式な扶桑国の意志であるとご理解ください。まずはこれです」 | ||||||
![]() 石原はさくらから受け取った航空写真を箱ごと机上に置いた。 ![]() | |||||||
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「見ていいよね……おお、これはどこの基地の航空写真だ。鮮明でカラーだよ。写っている兵士の軍服まで分かるとはすごいね。ええと、この服装はイスパニアだな」
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「正解です。カナリア島の陸軍基地です。ご存じと思いますが、今ここにいるフランコ将軍はクーデターを起こす予定です。その基地の状況です」
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「その話は聞いているが、クーデター決起はいつ頃だね?」
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「来月上旬と思われます」
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「軍が決起すればあっという間に決着がつくかな?」
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「いいえ、政府が一般市民に武器を配れば戦いは長引くでしょう。更に政府と反乱軍双方に外国政府が支援しますから長期化しますよ」
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「それはともかく、さくらからの話とはなんだ?」
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「ソ連とドイツが双方について兵器と兵士の支援をする、それが次の戦争の予行演習になるから十分観察しろと言うことです」
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「スペイン軍のクーデターは我々も予想しているのは言うまでもない。二度目の欧州大戦はいつ始まる?」
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「その前に満州にソ連が侵攻します。そのときスペインと同じ兵器と戦術が使われるでしょう」
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「満州だって! 去年、ソ連は完敗して撤退したじゃないか」
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「彼らは決して負けを負けのままにしておきません。今度は近代的な兵器と戦術で攻めてくるでしょう」
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「ちょっと待てよ、石原……満州……君はあの「マンチュリア1930」を描いたドクター石原か?」
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「ご存じとは光栄です」
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「まさに予言者だね。戦争勃発の年も小説と同じだ。 あの小説と同じ展開になるのか?」 | ||||||
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「いや小説とは大きく変わるでしょう。 まずアメリカ軍は形ばかりの治安部隊ではなく、現在はれっきとした正規軍が2個師団います。それに飛行機も戦車も配備されている。 しかし同時にソ連も戦車も飛行機も最新型ですし、これから始まるスペイン内戦でのベテランを投入します。現代戦を経験した士官・兵士と未経験者では相当違うでしょう」 ![]() ベテラン(veteran)とは、someone who has been a soldier, sailor etc in a war であり、戦った経験がある兵士という意味。歴戦の兵士と訳す人もいるけど、歴戦とは幾たびも戦ったことだから、ちょっと違う。 ![]() | ||||||
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「我々だって欧州大戦に参戦したし、昨年ソ連軍と戦った」
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「欧州大戦の従軍者はほとんど退役したでしょう。そして昨年はわずか数日で本格的な戦争じゃない」
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「まあいい、それでノモンハンの戦いはどうなるのかな?」
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「アメリカの戦い方次第ですよ。さくらは緒戦でソ連軍を圧倒しないと長引くと言います。そして長引けばソ連と中国共産党が共同して中華民国を叩き、東アジアは一挙に不安定になる」
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「なるほど、さくらが言うのなら間違いないだろう。 ともかくスペインが一段落しないとソ連の侵入はないだろう。となると来年…そうだな暖かくなる6月か7月だろう。それまでにアメリカ軍を増強して、扶桑国との軍事同盟をなんとか形にしておくということか」 | ||||||
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「さくらとは何者ですか?」
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「扶桑国のお姫様で戦術の天才少女だ」
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「さくらの話では扶桑国は中国に深入りしたくないとのこと。アメリカに満州の戦いに引き込まれるのを懸念しています」
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「もし扶桑軍が中国で戦ってくれるなら、満州のアメリカ軍を欧州に持っていくか。そうしないために緒戦で撃退しなければということか」
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「その代わり、ノモンハンで戦闘が始まる前にこの写真のような情報提供をすること、戦闘時は満州事変と同じく常時高空を飛ぶ偵察機を配備し情報提供するとのことです」
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「まあ、それだけ支援を受ければ文句は言えんな。というかあまり扶桑国が活躍して、戦争が終わってから分け前を要求されるのも困る。既に満州は我国の穀倉地帯だ。手放すことはできん」
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「実を言って扶桑国が逃げ腰というわけではないのです。次の戦争ではドイツ軍がUボートを太平洋にも遊弋させて、
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「確かにそれはあるだろう。太平洋航路もそうだが、アメリカ大陸西岸の南北航路も重要だ。そこまでは扶桑国は面倒見てくれないだろう」
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「以上で連絡事項はおしまいです」
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「貴重な情報ありがとう。いただいた情報を内部で検討させてもらう。 石原君、またワシのところで働く気はないかね?」 | ||||||
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「一旦戦争が始まれば総力戦となり、学生も教員も戦闘や研究に駆り出されるでしょう。それまでは大学で講義していることにします。 さくらは向こうの方が研究できるから良いといいます。こちらに来れば庶民の暮らしができるのがうれしいようですが」 | ||||||
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「向こうの方が研究できるのか?」
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「ひとつにはその航空写真を始め情報が豊富にあること。もうひとつは微分解析機が発達していて、こちらでは理論だけで終わるところが、向こうでは解を出すところまでできるのです」
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「わかった。もし連絡できるなら、さくらがその気ならいつでも雇うと伝えてくれ。戦争が終わったらどこか有名大学の教授の席を斡旋するとな」
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「彼女は喜ぶでしょうけど、御父上と皇帝陛下はうれしくないでしょうね。可愛いお姫様を手放したくないのです」
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注1 | ||
注2 |
冷害といっても夏の低温と冬の低温は影響が違い、稲の生育している夏の影響が大きい。そして冷害といっても平均気温にすれば1度ないし2度の違いである。 もし年平均気温が6度も違えば氷河期だ。もちろん氷河期の場合は1年だけでなく長期にわたるわけだが。今騒がれている地球温暖化というのは1世紀で2℃上昇くらいの話である。 ・最近150年間の東北地方における米収量(作況指数)と夏の平均気温との関係 ・氷河時代の日本列島 ![]() | |
1939年1月、ソ連から支援を打ち切られた人民戦線側は武器弾薬・食料が尽き、バルセロナを脱出し食料を求めフランス国境に押し寄せた。 ![]() |