異世界審査員159.オペレーションズ・リサーチその3

19.03.21

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

ノモンハン事件はなぜ起きたのかなんてのは愚問である。力ある国があり力ない国があるなら、必ず起きることに過ぎない。ソ連が満州を取ろうと考えて行動し、日本がなんとか食い止めたというだけ。そこに高邁な思想があったわけでなく、たまたま武器があったからにすぎない。
同じく中国がチベットを侵略するのにいかなる哲学的な意味もなく、北朝鮮が核ミサイルで日本を恫喝するのも単なる黒電話 ☎ 独裁者の欲求でしかない。ジャイアンがのび太をいじめるのと中国がチベットを侵略するのは、水が高きから低きに流れると同じこと。

殺人鬼 毛沢東
毛沢東
ヒトラー、フセイン、ポル・
ポト、ブッシュを人殺しと非
難する人がいる。
だけど一番多く人を殺したの
はこいつだ。その数 1千万と
も4千万とも言われる
じゃあ、力ある国が侵略するのを認めるのかといえば、認めるも認めないもなくそれが現実であり、阻止できるかできないかしかない。そしてもちろん誰もが生存権を放棄するつもりはなく、その結果衝突し力のある方が生き残るというのも当たり前の出来事でしかない。
個人の暴力を禁止し国家が秩序を維持するのが社会契約論であるが、国際契約論というのは成立していないのだ。
チベットが善で中国が悪ということもなく、チベットが弱者で中国が強者というだけだ。東南アジア諸国も台湾も日本も、誰もがチベットになりたくないから中国に対抗しようとしている。
これを理解できない人は、バビロニアの時代から21世紀に至るまで、いやスターウォーズの世界に至るまで、失望と恐怖と死が与えられるだろう。
争いを止める方法を考える前に、争いに負けない方法を考えなければならない。なにせ、あなたが戦うのを拒否しても相手が攻め込んでくるのは止まらない。

私の考えを否定したいなら、すばらしいアイデアを提案してほしい。おっと、憲法9条とか平和主義なんてのは、長い人間の歴史で妄想であることはCombat proofだよ、

* Combat proofとは「戦闘において実証済」という意味


1930年2月

さくら一座がノモンハン事件の対策の検討を始めて3カ月が経った。さくらは養父、高橋蔵相、退役した小笠原中将、それに岩屋と伊丹夫妻を入れて、今までの進捗を説明して意見を求めた。

お姿お名前職務
中野部長中野皇帝の従兄弟で皇帝顧問
さくらさくら中野の養子
高橋是清高橋是清大蔵大臣
小笠原中将小笠原退役将軍
岩屋岩屋秘密機関のボス
伊丹伊丹異世界日本から来た技術者
幸子幸子伊丹の妻

さくら
「というわけでメンバーからいろいろとアイデアが出ました。それらをコンピューターでシミュレーションした結果、分の悪いものを捨てまとめたものがこれです。皆さんのご意見をお聞きしたのです」
高橋是清
「いや、驚いた。ワシは過去の戦争にお金の面で関わってきたが、これほど多面的にそして深く検討したことなどなかったよ」
小笠原中将
「確かに攻撃兵器は向こうよりしょぼいが、偵察と情報伝達次第で優位になるね。ただ兵器とか戦術がアメリカに漏れるのは痛手だな。細かいことを伝えないで済むうまい方法がないものか」
岩屋
「ソ連の兵力の見積もりが正しいのかどうか、ちょっと信頼性が問題だ」
伊丹
「ノモンハン事件が起きるのを1931年と来年を仮定しているが、大丈夫か? 今年1930年に起きないとは言えないよ」
幸子
「嘘かほんとかカンナは1930年と言っていたね」
小笠原中将
「カンナとは誰ですか?」
岩屋
「予言者というか占い師というか」
さくら
「みなさんコメントありがとうございます。伊丹さんのご質問の時期ですが、人工衛星からのソ連の軍隊の状況、スペイン内戦の帰趨、ドイツとの関係などを考慮すると、今年はないという気がします」
中野部長
「気がするでは片づけられない。それと作戦行動開始を5月としているが、これもどうなんだろう。もっと早く行動開始する恐れはないのか?」

さくらは一瞬目の前が真っ暗というか、頭が真っ白になった。

さくら
「お父さま、おっしゃることは明日にも侵攻があるということですか?」
中野部長
「この仕事では常にあらゆる事態を想定しておかねばならない。政治や戦争はやり直しは聞かないんだ。
この春 雪解けしたらすぐということもあり得る。実を言って私は1930年の確率が高いと考えており、さくらの動きが遅いと懸念していた」
さくら
「すみません、考えが至りませんでした」
伊丹
「悩んでもしょうがない。来年でも今年でも、することに変わりはない。
さくらの案によると、飛行艇を爆撃機に改造すること、装輪式対戦車砲を用意する、戦闘機隊の編成と訓練、哨戒機による指揮の下の部隊行動訓練くらいじゃないのか」
中野部長
「伊丹さんはいつでも即断即決ですな。小笠原さん、元現場指揮官だった方としてほかに準備事項はなんでしょう?」
小笠原中将
「食料弾薬の備蓄はあるのか、中国大陸までの海上輸送と満州内の輸送手段の確保、戦いが夏と春秋では衣類もテントも違います」
高橋是清
「それと予算だ。先立つものがなければ兵隊や弾薬を輸送するお金も出ない」
岩屋
97式中戦車 「今年か来年か、春か夏かわからないでは手が打てません。時期を決めて準備しなければなりません。
時期が違っても輸送手段は変わりないかもしれませんが、開発中のチハ戦車を今年春に100台揃えろというのと来年春ではまったく条件が違います」
中野部長
「今年春でも対応できるのか?」
岩屋
「できるできないでなく、なんとかするしかないじゃないですか。
私はカンナの言葉を信じてはいませんが、気になって仕方ありません」
伊丹
「さくら、コンピューターシミュレーションでは発生確率はどうなんだ?」
さくら
「今年中の確率は1割程度、来年春が3割、夏が6割となっています」
伊丹
「なるほど、それなら来年と思ったのも理解できる。まあ未来は未定だけど」
中野部長
「岩屋君、今までの人工衛星から見た状況はどうだね?」
岩屋
「ソ連国内での戦車や飛行機の大きな移動はありません。諜報による情報でも大きな動きはありません。
ただ、ノモンハン事件とはソ連にとって、スペイン内戦への派兵と同等なのでしょう。あ、言いたいことはの国にとって大作戦じゃないということです」

ソ連軍の兵力 
項 目
史実のスペイン戦争
(1936/7〜1939/4)
史実のノモンハン事件
(1939/5〜9)
兵 員
軍事顧問(正規軍)  3,000名
国際旅団 義勇兵   40,000名
     医療関係者 20,000名
ソ連軍   70,000名
モンゴル軍  8,600名
飛行機634〜1000機900機
戦 車331〜362両438両
大 砲1034〜1895門542門

* 〜と範囲で示した数字は諸説あり。

史実のスペイン内戦派遣軍とノモンハン事件のソ連軍勢力はほとんど同じだ。そしてスペイン内戦が終わったのとノモンハン事件の開戦が一致している。実際にスペイン内戦に参戦した飛行士がノモンハン事件に参戦したそうだ。
スペイン内戦の派兵は、ノモンハン事件や第二次大戦の予行演習だったのだろう。


中野部長
「なるほど、ソ連にとってスペイン派兵が国家的事業じゃないように、ノモンハンの戦いも国家的規模のことじゃなく片手間仕事ということか。
我々にとっては飛行機1000機、戦車500台も動かすことは国家の大問題だ」
幸子
「中野様、我が国の経済規模は世界トップテンに入りますよ。我国は先進国であり列強だと自覚してくださいな」
中野部長
「そうは言っても7万もの兵を動かすことはそもそもできない。なにしろ陸軍は20万しかいないんだ(注1)その20万のうち6万は初年兵だ、実戦には使えない(注2)
我国じゃ1個師団(約1万人)動かすだけで、議会や新聞社から必要性を問われ予算を問題視される。共産主義国は独裁だから国家運営が楽でいいなあ〜。
ええと、この場は本来はさくらの召集で、さくらのチームのノモンハン事件検討結果の報告会であったのだが、ちょっとことが重大すぎる。
さくらの作戦案を基にして、それを今年の春、夏、来年の夏までに整えるにはどうするかという観点で見直さなければならないな」
さくら
「なにも3案全部考えることなく、今年の春までの対策を考えれば良いじゃないですか」
岩屋
「確かにそうだが……期限によって次善三善の策を考える必要があります」
中野部長
「大きな問題は何がある?」
岩屋
97戦 「まずチハ戦車です。生産は始まっていますが、100台はとても無理。何台揃うものでしょうか?
次に97戦ですが、昨年から生産していますが、やっと累計100機を超えたところです。ソ連のI-16は1,000機くらいはあるでしょうね。
対戦車砲だって数が揃うかどうか」
伊丹
「ちょっとお待ちください、ソ連が侵略するのは中国であり、防衛するのはアメリカです。我々が正面切って戦うわけではありません。ソ連が満州に攻め込んでくれば、まずアメリカが戦うわけです。
論点は、我々が今年春までに準備しなければならないというのではなく、アメリカに今年春までに準備しろと言うことです」
中野部長
「ああ、すまない、私も思い込みで我国が戦うとばかり……
問題をまとめると、まずアメリカと早急に協議しなければならないな。そして向こうがどう考えているのか、我々が何を支援するべきか、そんなことを詰めておきたい。
その前に、我国がどこまで介入するのか支援するのか決めておかないとならん」
高橋是清
「まずは時期の見当を付けてくれんか。ソ連が進出してくるというのは共通認識だ。しかし今年なのか来年なのか、あるいは遠い将来なのかということだ」
中野部長
「了解しました。
岩屋くん、ソ連の満州への進出時期だが大至急調査をまとめてほしい。さくらは作戦案を今年と来年の二通り作っておく。そうだなあ〜1週間以内だ。
それからさくら、来週でも石原君と協議したい。セッテングを頼む」



1930年3月
アメリカ戦争省

相手側はホッブス准将とミラー大佐、こちらは石原とさくらである。ミラー大佐とさくらは初対面である。
お姿お名前職務
ホッブス准将ホッブス准将戦争省長官の補佐官
ミラー大佐ミラー大佐ホッブス准将の副官
さくらさくら中野の養子
石原莞爾石原莞爾元扶桑国政策研究所
現在 アメリカの大学教授

ここまでくるのに、中野、石原、高橋蔵相、さくらの会談が何度かあり、それから石原がホッブス准将に扶桑国の外交官と秘密に会ってほしいというネゴをしてと、いろいろあったのだ。
今回 さくらは秘密の通路ではなく、サイパンまで扶桑国の定期航空路、グアムからハワイ、カリフォルニアを経由してワシントンまでアメリカの定期航空路を使ってきたのだ(注3)途中宿泊を含めて7日かかった。それでも船でくる4分の1の日数だ。さくらはお金のことは考えないことにした。なにしろ公務なのだ。
物理的に移動した理由は、正式に外交官として行くのだから、ちゃんと入国しろという養父の指示だった。

ホッブス准将
「外交官と聞いていたが、さくらだったとは……どうだい調子は」
さくら
「今は国家戦略のお手伝いですが、父にだいぶしごかれています」
ホッブス准将
「というと?」
さくら
「大学で国際政治や戦略を考えるのと、実際に国際交渉や戦争をするのは大違いだということです。人の命がかかっているのだから、文官も命を賭けて考えろと言われています」
ホッブス准将
「まあ……そうだろうなあ〜。俺も第一線を離れてだいぶ経つから、戦争の悲惨さを忘れてしまったかもしれん」
石原莞爾
「准将、本題です。
我国の偵察機と諜報機関の報告から、ソ連が満州侵攻を今年5月と推定します。
それでそれに対して貴国はいかなる対応をとるのか、我国はいかなる支援をすべきなのかを協議したい」
さくら
「これは非公式ですが、我国の政府と皇帝の意向を伝えるとともに、貴国の計画を知り、今後に反映したいということです」
ホッブス准将
「それはご苦労なことだ。我々の情報機関もソ連の満州侵攻はあると考えているが、今年はないと予想していた」
さくら
「我国の調査と分析から今年というのは間違いありません。日付までは特定できませんが、スペイン戦争が一段落してからと考えています。そして作戦行動ができるのは雪解けから初霜までと考え合わせると、ずばり今年5月下旬から9月下旬までと予測します」
ホッブス准将
「まず、さくらが予想するソ連の行動と対策を教えて欲しい」
さくら
「満州にモンゴルとの国境が食い込んでいるところがあります。侵入するにはそこが満州の都市部や農地に一番近いので、そこからかと思います」

ミラー大佐が机の上に地図を広げる。

満州の地図

ホッブス准将
「状況は分かった。だがその近辺には都市もないし軍事基地もなく、特段攻撃目標になるようなものはない」
さくら
「向こうは目標の有無を気にしないでしょう。単に国境を超えて前進基地を作り、そこが領土だと宣言するだけです。
但し、アメリカ農民の入植地は点在しています。戦いが始まれば被害が出ます。ソ連軍の越境が分かった時点で避難をしないと被害が出ます」
ホッブス准将
「なるほど、そしてどんどんと国境をこちらにずらしてくるわけだ」
さくら
「対応策として、向こうが国境を超えた瞬間に国際社会にソ連が無法に侵入してきたと広報し、直ちに反撃することです。ただ戦闘は国境線のこちら側で始めたいですね。こちらが向こうに侵入したと言われないように」
ホッブス准将
「具体的には?」
さくら
「春になったら扶桑国の偵察機が高空から24時間体制で監視し、侵入する前に把握します。もちろん貴国から満州上空の飛行許可を頂きたい。
次いで敵が侵入した後で兵力を展開する前に空爆によって撃破します。1昨年の戦いと違い、今回は大平原ですから大規模な戦車戦を仕掛けてくるでしょう。それに対しては対戦車砲を多数そろえておいて向こうの射程外から撃破します。緒戦で追い返します」
ホッブス准将
「話を聞くと簡単だ。ソ連の兵力はいかほどか?」
さくら
「兵力8万、戦闘機を主として飛行機が1,000機、戦車500両と見ています」
ホッブス准将
「スペイン派遣軍と同規模だな。最近の様子を見るとまもなくスペイン内戦が終結しそうだから、そのまま満州に持ってくるつもりか」
ミラー大佐
「ということは我国も同規模そろえないとなりませんね」
さくら
「でも兵器のレベルは向こうが上です。
我国も安全保障も関わりますから介入というか貴国を支援するつもりです。ただ直接兵力を派兵するではなく輸送などの支援と情報と武器弾薬の提供です」
ホッブス准将
「ありがたいことだ。ところで何を支援してくれるのか? そしてどう戦えと?」
さくら
「2年前に兵員輸送に使った飛行艇を爆撃機に改造します。それを100機貴国に売却します」
ホッブス准将
「へえ、100機だと、搭載量10トンとして1,000トンの爆弾を運べるのか。信じられん。1回爆撃しただけで戦争が終わってしまうじゃないか」
さくら
「ご冗談を、そんなに甘くありません。地上戦は避けられません。それに旗を揚げるのは歩兵と決まっています。
まず対戦車砲が必要です。ソ連の戦車に37mm対戦車砲ではドアノッカーでしかありません(注4)ソ連のBT-5戦車には口径45から57mmの対戦車砲が必要です。それをトラックに載せて常に敵戦車の射程外から攻撃したいのです」
ミラー大佐
「それは我国に強力な戦車がないからか?」
さくら
「そうです、貴国の主力戦車M2はソ連のBT-5に、戦車砲、速力、走破性に劣り、反面背が高く目立つだけで良いところがありません。
今回は戦場が大草原ですから、地形とか木立に隠れる戦法が使えません。まあ、それはお互い様ですから、遠くから戦車砲で撃つのが最善手です」
ホッブス准将
「37mmより大きい対戦車砲なんてあるのか?」
ミラー大佐
「イギリスの6ポンド戦車砲のライセンス生産を始めました。4月までには100や200は揃えられるでしょう」
ホッブス准将
P35 「対戦車砲はいいとして、戦闘機はどうするんだ。爆撃機の護衛、近接支援、敵戦闘機の排除、ソ連が1,000機ならこちらも1,000機必要だ、だが新鋭のP35は200機もない。
それ以前のものとなるとI-16にはとても対抗できない。スペインでI-16がBf109に一方的にやられた二の舞だ」
ミラー大佐
「扶桑国はI-16に対抗できる戦闘機を持っているのか? 今の時代 最低限で、全金属製、単葉、引き込み脚だ」
さくら
「我国では新型の97戦を生産始めたところです。全金属製の単葉機ですが、引き込み脚ではありません」
ミラー大佐
「いまどき固定脚の飛行機が新兵器か」

ミラー大佐がバカにしたので、さくらはミラー大佐を睨みつけた。
ちなみに史実のノモンハン事件では、固定脚の97戦が引き込み脚のI-16に圧勝した(注5)。

ホッブス准将
「現代の戦いを制するのは制空権だ。戦闘機が1000対200じゃ勝てない」
石原莞爾
「准将、落ち着いてください。まずこちらの爆撃機は高空から爆弾を投下しますから、戦闘機も高射砲も届きません」
ミラー大佐
「はあ? そんなことがあるのか?」
石原莞爾
「ご存じと思いますが、我国の飛行艇は高度1万を巡行できます」
ミラー大佐
「そんな……」
石原莞爾
「ですから爆撃機に護衛戦闘機は不要です。戦闘機は戦場の敵戦闘機排除だけに集中できます。
爆撃機は戦場から離れた大連とか旅順近くの海上か河川から出撃します。片道1000キロ、往復7時間ですか、ちょっと大変ですね」
ホッブス准将

「まさに戦略爆撃だ」

* 戦略爆撃とは単に遠距離飛行することではなく、戦場から離れた工場や油田などの施設や都市を爆撃すること。ホッブス准将の言葉は正確ではない。


さくら
「そして我国の偵察型の飛行艇が誘導しますから、夜でも曇で地上が見えなくても爆撃できます」
ミラー大佐
「その偵察用の飛行艇は扶桑国から飛んでくるのか?」
さくら
「そうです。片道1900キロ、往復3800キロ10時間以上、大飛行ですね。でもそれだけ飛んでも現地上空に8時間滞空できます。
もっとも偵察型の飛行艇は武装も爆弾もなしですけど」
ミラー大佐
「信じられない話だな。8時間滞空できて24時間現場上空にいるなら最低3機、実際には倍の6機なければ回らないはずだ」
さくら
「そういうシステムを作り上げたのです、すごいでしょう」
ホッブス准将
「ミラー君、引き込み脚でないからとバカにはできんぞ。
さくら、次はなんだっけ?」
さくら
「対戦車砲を載せたトラックですね。敵が戦車500両を一度に出してくるかどうかわかりませんが、まあこちらは対戦車砲を300門や400門は揃えておきたいですね」
ミラー大佐
「すごい数だ、そんなに必要なのか?」
さくら
「戦車代わりと思えば安いものです。
もちろん戦車もあるだけ用意したいですけど」
ホッブス准将
「やはり問題は戦闘機だ。戦闘機なしで対空機銃だけでなんとかならんか?
前回は対空機銃でほとんど片づけたな。あれは基本上空からの射撃管制のおかげだ。今回もあの方法で対処できないか?」
さくら
「過去の戦いから戦闘機に対抗するには戦闘機というのははっきりしているわ。
それに新戦術や新兵器が成功するのは、最初の一度だけって昔から決まってるのよ」
ホッブス准将
「じゃあ二度目以降はどうするんだ?」
さくら
「更に革新的な戦術を考えるか、昔ながらに泥臭く戦うしかありません」
ホッブス准将
「それじゃとにかく戦闘機をかき集める。とはいえまさかドイツがBf109を売らないだろうし、イギリスもフランスも……」
さくら
「飛んでないところを撃破するなら簡単ですけどね」
ホッブス准将
「どういうことだ?」
さくら
「ソ連の地上軍が越境したなら、それを受けて直ちに国境の向こうの飛行場を空爆する。それしかありません」
ミラー大佐
「敵地に侵入するのに護衛戦闘機なしでか?」
さくら
「先ほど申したように敵戦闘機も高射砲も届かない高空を飛びます」
ミラー大佐
「I-16の航続距離は700キロ、戦場滞空を30分として国境線から300キロ奥に飛行場があることになり、そうすると大連からの爆撃行は片道1,300キロくらいになる」
さくら
「それができる飛行機を売ると言っているでしょう。国境線を超えて飛行場まで十分戦闘行動半径です。ご心配なく」
ホッブス准将
「大連でなくハルピンあたりの河川を発着すれば、だいぶ近くなる。それでもソ連の飛行機には飛べる距離じゃない」
ミラー大佐
「閣下、それでも飛行距離が3分の1短縮されるだけです。ハルピンまで燃料弾薬を送ることを考えるとどうでしょうか? 二度手間になるだけかもしれません」
ホッブス准将
「そうか、どちらにしてもとんでもない爆撃行だね。何度も爆撃をしたら乗員は疲弊してしまう」
さくら
「それが戦争というものです」
ホッブス准将
「なるほど、戦争は金もかかるし命もかかる、でも敵が来たら戦うしかない」
さくら
「ところで、申し訳ないけど今までの話はタダではないの」
ホッブス准将
「そりゃそうだろう、見返りに何を要求するんだ?」
さくら
「飛行機売却はお金を頂くけど、それだけじゃなくて不可侵条約の締結」
ホッブス准将
「安全保障条約ではないのか?」
さくら
「条約の目的は明白よ、我国の科学技術が貴国に流れるわけで、それで攻撃されてはたまらない。それにまた貴国は外向きにアクティブだから、貴国が起こした戦争に巻き込まれたくない。我国は外向きでなく内向きが国是だから」
ホッブス准将
「内向きとはどういう意味かね?」
さくら
「文字通りよ。貴国の統治下にあるグアム島から、我国の統治下にあるサイパン島に急病人がでたからとひんぱんに医師派遣が要請されているのをご存じ?」
ホッブス准将
「はあ?」
さくら
「グアム島は水道もない、電気もない、病院もわずか。他方、サイパン島の原住民は、上下水道も電気も病院も学校もある。大学に行く人も多いし、死亡率も平均寿命も段違い。グアム島からサイパン島に移りたいという人は多いのよ。サイパン側が断っている状況です」
ホッブス准将
「内向きとは、国内を開発するということか」
さくら
「我国は国外の領土に興味がないから、アメリカは我国に脅威を感じないでしょう。でもアメリカがソ連に対抗するため満州に大兵力を置けば、同時に東にある列島にとっても脅威なわけ。
ということで不可侵条約締結について、大統領と国務長官それに有力議員に根回ししておいてほしい」
ホッブス准将
「さくらは学者より外交官向きだ、外交官になれ」
さくら
「あら、私の職業はお姫様ヨ」
ホッブス准将
「お姫様? そりゃ職業じゃなくて身分だろうが」
さくら
「お姫様の身分に生まれても、お姫様を職業とするかしないかの選択はあるの。恋愛や仕事で個人の幸せと求めることも可能。でも皇室外交とか政略結婚するのがお姫様という職業」
ホッブス准将
「なるほど、それじゃさくらは欧州の王室に釣書を送って婚活中か?」
さくら
「見損なわないで。何人もの欧州の王族からラブコールが来ていて、選り取り見取りよ。列強国の皇帝の姪でドクターで美人なんてめったにいないんだから」

* 正しくはさくらは皇帝の従兄弟の娘であるから、従姪である。
「従姪」は「じゅうてつ」あるいは「いとこめい」と読む。



うそ800 本日の予告
あと片手で終わるつもりです。

<<前の話 次の話>>目次


注1
日露戦争と太平洋戦争末期を除いて、明治から昭和まで旧日本軍の兵力は多くはない。
昔の日本は軍国主義だというが、それはわずか10年間だったこと。
日露戦争時を除いて昭和初めまで、陸軍はせいぜい20万人であった。今の自衛隊より少し多いくらいだ。もちろん人口が今の半分だから比率から言えば自衛隊の倍くらいにはなる。だが当時の外国に比べれば決して多くない。

主要な時期における陸軍軍人の数と人口比
西暦元号陸軍人員(千人)人口(千人)%備考
1872明治5年兵士1834,8000.05徴兵制施行
1894明治27年兵士兵士兵士12341,1400.30日清戦争
1900明治33年兵士兵士兵士15043,8400.34北清事変
1904明治37年 兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士90046,1301.95日露戦争
1912大正元年兵士兵士兵士兵士兵士22850,5800.45
1914大正3年兵士兵士兵士兵士兵士23152,0400.41
1919大正8年兵士兵士兵士兵士兵士26155,4700.47
1926昭和元年兵士兵士兵士兵士21360,2100.35宇垣軍縮
1932昭和7年兵士兵士兵士兵士兵士23465,8900.36515事件
1937昭和12年兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士兵士95070,0401.35日華事変
2017平成29年兵士兵士兵士151126,7500.12陸自のみ

注2
旧日本軍の平時の兵力は約31万。内訳は23万が陸軍、8万が海軍。陸軍の23万のうち下士官以上が8万で兵が15万、毎年徴兵されるのが7万5千で、2年で入れ替わる。
・参考:日本の軍人の数

注3
DC3 史実ではアメリカからフィリビンまでの航空路は1940年に開通していた。
この物語の時間は史実より10年近く進んでいるから、この物語の時は開通していたことにしよう。

注4
大砲の弾が戦車に当たってもノックするだけで損害を与えないこと。第二次大戦後期、日本の37mm対戦車砲がアメリカのシャーマンM4に効果がなかったことからドアノッカーと呼ばれた。

注5
引き込み脚か固定脚かというのは、単純に新旧とか技術力の違いではない。引き込み機構追加による重量増加と、固定脚の空気抵抗とのトレードオフでしかない。現代の攻撃機A10や旅客機では引き込み脚ではあるが、完全に引き込まれない形式も珍しくない。
同様に単葉機の時代になっても、旋回性能を追及した複葉の戦闘機もあった。現在も曲芸機には固定脚の複葉機が多い。
世界最初のジェット戦闘機Me262だって、プロペラのP-51に多数撃墜された。キルレシオが4:1(Me262の損害1機で、連合国機を4機撃墜)というが、これは爆撃機を含めての話で、戦闘機同士ならそんなに差はないだろう。要するに原理や形態が新しいから能力が高いわけではない。
Me262P51
世界初のジェット戦闘機Me262最優秀なプロペラ戦闘機と言われたP-51


異世界審査員物語にもどる
うそ800の目次にもどる