異世界審査員168.反攻作戦その2

19.04.25

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

架空戦記の物語では21世紀の兵器を第二次大戦とか中世に持っていって、勝った勝った(買った買った?)というお話がほとんどだ。
でも良く考えるとそんなにうまくいくはずがない。21世紀の兵器は21世紀の人でなければ使いこなせないだろう。中東のテロ組織でAK47は安いから10代前半の少年兵士に使わせるがRPGあたりになると子供には使えないというのを聞いた。体力的なことだけでなく、ある程度理屈が分からないと使えないのではないか。
AK47 同じくAK47なら戦国時代の兵士(侍)に使えても、戦車とか飛行機になれば無理なのは明白だ。数学や科学知識がなければ操作できるはずがない。
となると第二次大戦とか中世に21世紀の兵器を持っていくならそれを使う兵士も連れていかなければならない。さもなければ21世紀の兵器を魔法として、その使用方法を細かく魔法の書に書き表して使用方法を修業させなければならない。
未来から来た人だけが使うにしても、21世紀の砲煩兵器は大量に弾薬を消費するから、その補給をどうするのかというのが大問題になる。
また21世紀の無線機を第一次世界大戦時代の技術者が見たとき、半導体ダイオードは19世紀末に発明されたにしても、高密度のLSIを見てその延長にあるものと理解できるのか? 更に作る方法を考えるものだろうか? 最新技術が作ったと考えるよりも、魔法の石と考える可能性もある。ファンタジー小説で魔法の石で通信したりエネルギーを取り出したりするお話が多いが、それはあながちファンタジーではなく未開の人へ説明する便法なのではなかろうか。
アインシュタインが相対性理論を発表したのは1905年だったけど、当時はそう関心を呼ばず、アインシュタインがノーベル賞を受賞したのは相対性理論ではなく光電効果だった。相対性理論は進みすぎていたのだ。もっとも時代より進んでいないとノーベル賞がもらえないわけで……
冒頭に戻れば、21世紀の技術を過去において生かす、戦争や技術競争で使うためには、時代を大きく引き離しているものでなく、10年先のものを提供することが必要になる。その時代の必要性に見合った新技術を小出しにしていくのは結構骨だ。


1930年11月18日

ここはロンドンにあるイギリス海軍の研究所、研究所といっても実験とか試作などをする所ではなく、もっぱら理論・理屈を考える研究所である。戦争遂行のために、数学者とか技術者、高度な技能者などを集めて、兵器の開発と効果的な運用、戦術の評価、戦場での問題の解決などを考えている。
その一室、小さな会議室にブラケットとさくらそしてジョンソンがいる。
今日は先日さくらがこぼしたオペレーションズリサーチという言葉にブラケットが食いついたことから、そのことについての話をしている。

さくら
「というわけで、ほとんどの問題は数値化して方程式に表すことができます。もちろん簡単なものは代数方程式のこともあるでしょうし、微分方程式になることもあるでしょう。方程式をたてて解く、そういう手順になります」
ブラケット博士
「言っていることは分かった。しかし現実には微分方程式を解く方法がないから、カムなどを使った微分解析機で近似値を求めるしかないね」
さくら
「現実問題としてはそうなりますね。でも必ずしも方程式を解くまでの必要もないです。ただ考え方としては訳の分からないことを相手にしているのではなく、ちゃんとした理屈を考える、その理屈から式を立てて解を求める、そうすれば勘と度胸と経験より成功する確率は高くなります」
ブラケット博士
「わかった。現実をよく見て関係を把握する、可能なら定量化し方程式にしなければならない」
さくら
「必ずしも実験とか試行してデータを取らなくても、いろいろな方法があります。単純に因果関係から相関あるいは関数関係が見つかるかもしれない。あるいは代用特性を使うことで簡易な実験で済むかもしれない」
ブラケット博士
「なるほど、ランチェスターの論文などが参考になりますね(注1)
さくら
「ランチェスターはオペレーションズリサーチの嚆矢ですね。
しかし理屈を考えるまでないものもあります。過去の実績を分析すれば解が分かるものも多い。例えば対空砲火ですが、高射砲や機関銃それも口径によって担当する高度や距離があります。1000mしか届かない機関銃で2000mを飛ぶ飛行機を撃っても無駄。
今は飛んでいる飛行機を地上からの砲火で撃墜するのに、機関銃なら平均2万発くらい撃っているんじゃないかしら?」
ブラケット博士
「プリンセスは詳しいね。確かにそのくらいだ」
さくら
「2万発というのは飛行機を撃墜するために必要な弾数の確率的な数字じゃない。 対空機関銃 多分射程外を飛行しているものにも無駄弾を撃っていると思う。
思うんだけど射程外を飛んでいる飛行機を撃たないだけで、効率はものすごくアップする。もちろん景気良く撃って弾幕を張れば怖気づいて近づけないと考えているかもしれない。しかし幾度か戦闘を経験すれば、パイロットは弾が届くか届かないは分かりますよ」
ブラケット博士
「いや、おっしゃる通り」
さくら
「同じように爆雷の投射距離が数十mで爆発の有効範囲が20m程度なら、敵潜水艦が100m離れているとき爆雷を投射しても意味がありません。
そういうことをセオリーとして士官や兵士に伝えるのは重要です。」
ブラケット博士
「プリンセス、次回までに解決すべきテーマをリストし、我々も解決策を考えておくからその論評をしてもらいたい。
今喫緊の課題は、大西洋のUボート対策なんだが……船団のサイズとか速度を上げて逃げるのがいいのかジグザグに航行するのがいいのかとか」
さくら
「そういうのは実験しなくても過去の事例を調べただけでも多くのデータが得られますよ」


11月19日 空軍戦闘機軍団司令部

ダウディング大将と参謀や現場指揮官など10名くらいがいる。
訪問者はさくらとジョンソン

ヒュー・ダウディング空軍大将
「プリンセス、我々が今構築しようとしているのは、レーダー…知っているよな?…その情報と、各地の対空監視所、警察や消防や一般民間人からの通報、気象庁の天気予報、そういった情報を集めて、ドイツ空軍がどこを飛んでいるか、どこを攻撃する計画かを見極めて、手駒の戦闘機部隊の割り当てる防空指揮の一元化だ」
さくら
「なるほど、どこまで進んでいるのでしょう?」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「これはまったく新しいアイデアだと考えているが、さくらは驚きはしないのか?」
さくら
「だって我国が貴国に派遣している偵察機、私たち内部では早期警戒管制機と呼んでいますが、その偵察機はレーダー、それも高空監視用と低空監視用を備えています。そしてご存じのように高度1万を飛んでますから約400キロ彼方まで見えます。
見つけた飛行機を敵味方の識別を行い、最適な位置にいる味方の編隊に攻撃を割り当てします。それも単に敵の所在を示すだけでなく、どのような攻撃をするのか、その位置を確保するための飛行ルート・高度なども指示します」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「たまげたね。その戦闘機への指示はどのような方法で?」
士官
「閣下、ご存じなかったですか。扶桑国からこのような表示器を支給されており、戦闘機に取り付けています。
ただし今までの戦場はベネルックス三国とフランスでしたので、本土防衛の責任者である大将閣下のところへは報告されていなかったかもしれません」

士官は表示板を見せてそれにどのような情報が表示されるのか説明する。

ヒュー・ダウディング空軍大将
「ほう、ワシが知らない間にものすごく進歩しているんだ。となるとそういった考え方も仕組みも完成していて、もう考えるまでもないのか?」
さくら
「そうではありません。現行は偵察機自身が把握した情報だけに基づいています。閣下がおっしゃるように一般人や監視所からの情報も含めることで精度をあげるよう仕組みを拡大しブラッシュアップしていく必要があります。
そしてまた、これからは指令所からの一方的な情報の流れでなく、飛行機の銃弾や燃料の残量などを把握して、戦闘機へ帰還などの指示を出すべきです。それが戦闘機の損失を防いだり、稼働率を向上するでしょう」


11月20日

さくらとジョンソン

ジョンソン
「扶桑国はレーダーの技術支援してくれないだろうか?」
さくら
「そういうことになると私の権限外です。それと私はレーダーの技術的なことは知りません。戦術研究と違い、そういう技術支援は一人二人の技術者でできることでなく、製造工程など大規模になりますから国家間の交渉で詰めるべきでしょう」
ジョンソン
「話は変わるけど……さくらも聞いているかもしれないけど、ホッブス准将からさくらと結婚しろと勧められているのだよ」
さくら
「へえ、ホッブス准将も何を考えているのかしら。
それにジェイコブが私を好いているなんて全然思ってないでしょう。分かるわ
そして私も、正直ジェイコブにはときめかないのよね。最近は上から目線の言い方は少なくなったけど、お偉い貴族様のようで自分は動かず他人を顎で使おうとするのが嫌、
それに私はジェイコブと結婚すると身分が下がるわけだし、結婚を焦ってもいない。ほんとのことを言えば以前から複数の王室から嫁にという話があって選り取り見取りなの」
ジョンソン
「ほう、どこの王室かな?」
さくら
「国家機密ですよ。そもそもジェイコブと結婚するメリットがあるの?」
ジョンソン
「侯爵夫人ゆくゆくは公爵夫人になれる。我が家は領地も広いしお金持ちだ」
さくら
「王族が臣下に降嫁するのがなんでメリットなのよ。デメリットじゃないの。
それにお金か〜、今も不自由してません。欲しいものと言えばノーベル賞かな。
そんなことよりジェイコブは、レーダー改善がはかどっているのかな?」

 注:降嫁(こうか)とは皇族・王族の姫・皇女が臣下に嫁ぐこと

ジョンソン
「扶桑国は同盟国である我々にも見せてくれないんだ。主要部分のカバーは施錠してある。
ただ分かったことも多い。まず大きさから言って真空管類は非常に小さなサイズだろう。それと振動や気圧変化の激しい用途なのに真空管交換をしているところ見た者がいない。だから相当衝撃や使用環境の変化に強く寿命が長いものだ。どんな構造か想像つかない」
さくら
「ご注意申し上げておきますが、扶桑国の重要機密機器にはすべて自爆装置が付いているの。撃墜されたり正規でなくばらすと爆発する。ハッタリじゃないわ、2年前アメリカ軍に貸与した携帯用無線機をばらそうとした技術者3名が爆発で死亡したの」
ジョンソン
「ほう……アメリカは文句を言って来たのか?」
さくら
「とんでもない平謝りだったわ。貸与を受けている携帯用無線機を扶桑国に引き上げられたら大変だもの。
ともかく、人のものを眺めて真似するんじゃなくて、自分たちが考えて作るよう頑張るべきね」
ジョンソン
「そうだ、先日扶桑の偵察機がドイツ軍によって破壊されたな。あれを海底から引き上げるか」
さくら
「あれはとっくに我国の潜水夫によって爆破処理したわよ。あなたたちに調べられる前にね」


11月22日
空軍戦闘機軍団司令部
ダウディング大将と参謀や現場指揮官など10名くらいがいる。
訪問者はさくらとジョンソン

ヒュー・ダウディング空軍大将
「悪い話だ、アメリカと爆撃機貸与の交渉をしていたが拒否された」
ジョンソン
「それは悪い話ですね。アメリカは参戦しないということですか?」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「まだアメリカとドイツは険悪な状況じゃないからね。それに満州の危機はまだ続いていて、これからも攻撃される恐れがあるという。満州のアメリカ軍は地上部隊が弱体であること長距離砲がなく、抑止にも反撃にも爆撃機に頼るしかないという」
さくら
「このままでは欧州のイギリス軍が危険です。満州と同じく地上兵力が圧倒的に劣勢なら空爆しかありませんね」
ジョンソン
「さくら、アイデアはないかね?」
さくら
「アメリカではなく扶桑国に飛行艇の売却を持ちかけるとか」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「それは最初にやっている。扶桑国は売却できるものはアメリカに売ってしまったという返事だった」
さくら
「爆撃機が手に入らないなら代案を考えるしかありません。例えば扶桑国の偵察機が5機あるはずですから、それを爆装して重要拠点だけでも爆撃するのはいかがですか? もちろん貴国が決定できるわけでなく、私も命令権があるわけでない。貴国から派遣軍司令に要請するのです」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「5機しかない貴重な偵察機を危険に晒すのか……とはいえ50トンの積載量は魅力的だ。
いや待てよ、戦争中の今飛ばずに埃をかぶっている旅客機をかき集めて爆撃に使うことはできないか?」
さくら
「単に大型機というだけでなく、高空を高速で飛べるから爆撃が可能で被害も少なくできるのです。高度4000速度300キロ以下では敵戦闘機や対空砲火で目標までたどり着けません。護衛戦闘機も足が短く奥地まで随行はできないですし」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「プリンセスはすごいね、初めはお転婆なお姫様かと思っていたが、アメリカの一流大学のドクターというのは間違いない。しかしそうであっても回天の策はないのか」
さくら
「ちょっと前にジョンソンに言ったのですが、Uボートがアメリカの客船を攻撃すればアメリカを引き寄せられます」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「ルシタニア号よ、今一度か……(注2)


11月27日

さくらとジョンソン

ジョンソン
「さくらは何のために生きているんだ?」
さくら
「目的なんてないわ」
ジョンソン
「目的もなく虚無的に生きているわけか」
さくら
「冗談じゃないわ、その反対ね。この世に生まれたのは素晴らしいこと、まさに奇跡だわ。
であればさまざまなことを知り、世のため人のために尽くし、そして自分も楽しく暮らしたいと思う、そんなことかな。
ジョンソンこそ何のために生きているの?」
ジョンソン
「そりゃ第一義には子孫を残し、財産を維持し、家名をつなぐことだ」
さくら
「おやおや、動物と同じね」
ジョンソン
「それが貴族の義務だからな。もちろん上位概念として国が続くために貢献しなければならない。ノブレスオブリッジといえば聞こえはいいが、見方を変えればすべては国をつなぐためさ」
さくら
「名目は何であれ今目の前の戦いにおいて、あなたはあなたの職責であるレーダーの改善、少なくても我が扶桑国レベルのものを造らないと存在意義はないわ」
ジョンソン
「まったくお宅の技術には途方に暮れるよ。15年くらい前かな、ドイツのヒュルスマイヤーが電波を発信し反射波を受けて霧の中でも船が衝突しない装置を考案した。
我国は密かにそれを発展させてより長距離でより物が小さくても位置や距離を精度よく把握するものを研究していた。それをドーバー海峡沿いに設置してドイツ空軍が飛んで来るのを見つける仕組みを推進してきたのだが……扶桑国はそれを飛行機に載せて、しかももっと長距離かつ高精度というものを実用化していたとは、我々は周回遅れだったのか」
さくら
「周回遅れどころか2週くらい遅れているわ。我国は既に先の欧州大戦で実用化していたの」
ジョンソン
「えええ、15年前か、ヒュルスマイヤーと同じ頃?」
さくら
「おっと口が滑った、忘れてちょうだい」
ジョンソン
「そのとき真空管はどんなものがあったのだろう? 三極管が実用化されたのは1914年頃だけど、マグネトロンが作られたのは10年前だし、5極管ができたのはほんの二三年前だったはず…」
さくら
「今おっしゃったのは公開された年よ。貴国のレーダーだって機密で研究していたんでしょう。他の国だって同じ。どこの国だって隠れて開発しているはず。まあ、頑張るのね」


11月22日
空軍戦闘機軍団司令部

久しぶりにメンバーが集まった。
ヒュー・ダウディング空軍大将とパトリック・ブラケット博士そしてジョン・ヴェレカー大佐、そしてジョンソンとさくらである。

ヒュー・ダウディング空軍大将
「まだ報道されていないが、半日前北大西洋を航行中だった100隻規模の輸送船団がUボート群の攻撃を受けて17隻が沈んだ。その中にアメリカの貨客船があって、乗員乗客200名ほどが犠牲になった」
ジョンソン
「それは……アメリカ参戦の引き金になりますね」
ジョン・ヴェレカー大佐
「ルシタニアの第二幕か、まさかわざと……」
さくら
「うかつなことを言ってはいけません。ともかく大将閣下、例の爆撃機の件、再交渉のお願いを」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「分かった」
さくら
「これでソ連がどう動くのか……」
ジョンソン
「ソ連が? どういうこと?」
さくら
「ソ連は今までドイツにも英仏にもつかず、様子見だったでしょう。アメリカが参戦すれば勝ち馬に乗ろうとこちらに付くのかどうか……
でも満州で敵対しているアメリカと席を同じくするとも思えず……いや、アメリカがソ連と同席を拒否する可能性が高い」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「ワシがスターリンならどちらにも組せず、東欧を侵略するがね」
さくら
「事前に話をせずに東欧に攻め込んだら、ドイツは攻撃してきたと思うかもしれません。予め東欧の分割を話し合っておく必要があります。英仏はソ連が東欧侵攻をしても、文句をつける余裕もないでしょうけど」
ブラケット博士
「プリンセスはいろいろ考えているんだね、私はそんなことまで思いもしなかったよ」
ジョンソン
「ソ連がどちらに付くかによって、我々にどのような影響があるのかな?」
ジョン・ヴェレカー大佐
「スペイン内戦でわかったことだが、戦闘機はドイツが優れていたが、戦車はソ連がはるかに進んでいる。お互いに補強しあえばウィンウィンだろう」
さくら
「ソ連がこちら側に付けば、向こうはドイツ一国ですから短期間で終結することが期待されます。でもドイツとソ連が組めば、兵力も資源も倍増三倍増ですし、後背地が広いから攻撃の及ばないところで武器弾薬を製造しますから長引くでしょう。ウラルから東に工場を作れば数年間はこちらの手が届かないと思います」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「確かにロシア革命後の欧米による干渉も距離という防壁で防がれた。ロシアには冬将軍だけでなく距離将軍という味方がいるのだな」
さくら
「アメリカとソ連の関係だけではありません。扶桑国はアメリカと同盟しています。英仏とソ連が組めば、アメリカと扶桑国は手を引くかもしれない」
ジョン・ヴェレカー大佐
「うーん、どう進展するのだろう」


11月22日
アメリカ戦争省

ホッブス准将、ミラー大佐、石原が話をしている。

ホッブス准将
「アメリカの貨客船がUボートに沈められた。これが偶発なのかどうかだが」
ミラー大佐
「イギリスの輸送船団に入っていたなら、例え船首旗に星条旗を掲げていても、ドイツが敵船とみなすのはおかしくないでしょう。そもそも100隻も船団を組んでいるとき、星条旗があるかなんてチェックするわけがない」
石原莞爾
「まさかアメリカはこれを狙ってわざと……」
ホッブス准将
「おっと、ストップ。問題はこれで我が国も欧州の戦争に巻き込まれるということだな」
ミラー大佐
「閣下、そうなりますかね?」
ホッブス准将
「ワシが懸念しているのは満州の戦いがどうなるのかだ。ソ連がこれ幸いと満州に攻め入るのか、勝ち馬に乗ろうとドイツに宣戦布告するのか」
石原莞爾
「ソ連は欧州をドイツの好きにやらせて、ソ連は満州だけでなく中国も取ろうとするのではないですかね」
ホッブス准将
「中国はそれほど価値があるものなのか?」
石原莞爾
「中国は統一国家とは言えない状況です。そしてソ連はロシア時代から中国に触手を伸ばしていた。また東欧にしても寒さ厳しいことに変わりない。
中国を取れば、ソ連と地続きの太平洋への出口が得られるのですから、ソ連にとって中国の方が東欧やフィンランドより価値があるのは明白です。
それに過去数百年げんの支配を受けていたロシア民族として、中国を支配する意義は大きいでしょう」
ミラー大佐
「そんなに中国は重要かね?」
石原莞爾
「面積だけとらえても東欧・西欧合わせたのと同じですよ。まして石油も石炭も鉄鋼石も取れますからね」
ホッブス准将
「我々はどんな戦略をとるべきなのか。そして欧州の戦争に巻き込まれるとなるとどういう戦術をとるべきなのか」
石原莞爾
「想像ですが、イギリスから満州にある爆撃機を、欧州に回してほしいと言ってきているのでしょう」
ホッブス准将
「そうだ。それだけでなく満州に張り付いている10万の兵力を欧州に回すことになりそうだ」
ミラー大佐
「それじゃ満州はあっという間に蹂躙されますよ」
ホッブス准将
「満州だけでなく中国全域もだろう」
ミラー大佐
「西欧と東方を合わせた広さというなら、簡単にはいきませんよ」
石原莞爾
「中国全土を制圧しなくても、太平洋岸から200キロ幅の地域を制圧すれば、あとはどうでもいいんです。太平洋岸しか産業が発達していませんからね。
ともかくソ連の意図を理解しないと手が打てないですね」
ホッブス准将
「西に出るか東に出るかか?」
石原莞爾
「スターリンがどちらを取るか?」

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注1
ランチェスターが理論的にランチェスターの法則を導いて発表したのは1914年。1916年に本に著し、その後発生した第一次世界大戦での航空戦の損害からこの法則が検証されたという。しかしネットのさまざまなコンテンツにおいて、これらは前後して書かれているものが多く正しい時系列は分からない。

注2
アメリカは1823年にモンローが主張したアメリカは欧州の紛争に干渉しない、欧州もアメリカに干渉するなという趣旨から、第一次世界大戦(当時は欧州大戦と呼ばれた)に関わらない姿勢でいた。
1915年イギリスの客船ルシタニア号がUボートに沈められアメリカ人乗客が多数死亡したことにより国民感情が反ドイツとなり参戦することになる。
なお、モンロー主義とかモンロー宣言とも言われるが、特に文書などでそういった主張をしたわけではない。


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