異世界審査員174.バトルオブブリテンその3

19.05.20

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

1931年6月7日

ドイツ・ソ連連合の大規模な攻撃が大敗に終わってから半月が経った。バトルオブブリテンはたった1日で終わってしまったのだろうか?
デッキチェア 今はもうイギリス本土に飛来するドイツ軍の飛行機もなく、イギリスの空軍基地ではデッキチェアに座って、お茶を飲んだり居眠りしているパイロットを見かけるだけだ。敵基地を飛行機が離陸するのを早期警戒管制機が監視しているから、もしドイツ空軍機が来ることがあっても十分余裕をもって上空で待ち構えることができる。だから緊急発進(スクランブル)もない。
大陸ではソ連が種々兵器を本国からオランダやフランスの海沿いの地域へ輸送しているほかには、目立った軍事行動はない。とりあえずヨーロッパの地続きの国は抑えたということか。ドイツはベネルクス三国とフランスの統治に、ソ連はポーランドなど東欧の共産体制化に忙しいのだろう。


6月10日

空軍戦闘機軍団司令部
オペレーショナル・リサーチ・セクション(沿岸司令部CCORS)
ダウディング大将、ブラックスミス少将、ブラケット博士、バート中佐、さくら、丸橋司令がいる。

ヒュー・ダウディング空軍大将
「昨日、偵察機が撮影した写真の中に大量の小型飛行機が写っていた。スパイからの報告ではいくつかの工場でこの小型飛行機の生産をしているという。
今日は、これが何かというのが議題だ?」
V1号
ブラックスミス少将
「飛行機にしてはかなり小さいですね。大きさは長さ10m、幅はその半分くらい……空挺作戦用のグラインダーですかね?」
バート王子
「グライダーにしてはコックピットらしきものは見えないな」
ブラックスミス少将
「写真に写っていないだけかもしれん」
丸橋司令
「パラシュート降下に比べてグライダーはメリットがあるのですか?」
ブラックスミス少将
「風任せでなく目指す地点に降りられることかな」
丸橋司令
「パラシュート兵なら輸送機に数十人乗せられますが、そのグライダーなら二三機しか吊るせないような気がします。それに金がかかりすぎるでしょう」
さくら
「あのう……それはグライダーではなく爆弾ではありませんか。爆撃機から投下するのでなく、翼とエンジンがあって自力で飛行するように見えます」
ブラケット博士
「プロペラがないようだけど?」
さくら
「背中についているのはジェットエンジンじゃないですか」
バート王子
「ジェットエンジンが実用化されたとは聞いてないなあ〜」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「どうして爆弾だと思うのかね?」
さくら
「航空戦では大敗した、でもイギリスの基地や工場を爆撃したいという制約と要求から考えると、自分で飛んでいく爆弾があれば良いとなりませんか?」
ブラケット博士
「推理か、プリンセスは探偵になれるよ。これからミス・ホームズと呼ぼう」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「プリンセス、それが飛行爆弾だとすると、どういう対策が考えられる?」
さくら
「なによりも製造拠点と発射場を攻撃すること。それから飛行中に撃墜すること。最後の対策として防空壕への避難でしょう」
ブラックスミス少将
「諜報機関に詳しく情報収集をさせましょう。重大なことかもしれない」

さくらは写真を見て即座にV1であることは分かったが、それを説明することはできなかった。V1なら高速戦闘機と対空砲火が有効だが、撃ち漏らしが出るのは避けられない。どうしたものか。
まもなく毎晩100発飛んできて、10発はロンドン市中に落ちますよとは言えない。


6月14日

ブラックスミス少将
「先日の小型飛行機のようなものは、プリンセスの言う通り飛行爆弾だった。オーストリアの山麓で実験しているとスパイから報告があった。発射は爆撃機からと地上の発射装置からの両方を検討しているそうだ」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「仕様はどんなものかな?」
ブラックスミス少将
「時速600キロ、航続距離250キロ、爆弾は850キロという」
ブラケット博士
「それはすごい、爆撃機より早く、最も大きな爆弾と同じとは。我が軍の主力爆撃機モスキートの搭載量が1.8トンだよ。このような簡素な飛行爆弾で用が足せれば高価な有人爆撃機はいらなくなってしまう」
バート王子
「エンジンはやはりジェットエンジンだったのですか?」
ブラックスミス少将
「これもプリンセスが言った通りだった。ただジェットエンジンといっても、パルスジェットといい、簡易なもので寿命が短く性能も限定的で飛行機には使えないらしい。その代わり高速が出せる。
でも航続距離が250キロとは少し短いかな」
ブラケット博士
「飛行機と違い片道で済みます。カレーの海岸から発射すれば、ロンドンはもちろん我国の主要地区はすべて射程内です」
バート王子
「時速600キロならスピットファイアで撃墜できますかね?」
ブラケット博士
「無人の飛行機だから回避行動はしないだろう。でも最新型のスピットファイアでも時速650キロだ。50キロの速度差では追いかけるのは難しい(注1)扶桑国の戦闘機はどうだろう?」
丸橋司令
「我国の戦闘機もやっと600を超える程度だ。とても追いつけない」
ブラケット博士
「レーダーで見つけたら地上から機関銃で弾幕を張るしかないか…」
バート王子
「それも飛行高度次第です。1,000や1,500ならともかく、高度3,000になると機関銃では届きません(注2)高射砲では弾幕とはいかないし」
対空砲火

ブラックスミス少将
「機関銃の射程内でも無理だろう。600キロで飛行するのを目視で照準しても当たらないよ。将来レーダーと連動した機関銃が現れれば可能だろうけど」
さくら
「相手が無人の飛行機で避難行動がとれないなら、以前使った空中爆弾が使えるかもしれませんね」
ブラケット博士
「飛行機のように編隊を組んでいれば良いが、発射方法が分からないが、もし一つの発射台から1発ずつ発射するのであれば、そうとう間隔があるだろう」
さくら
「そうか……」
ブラケット博士
「この飛行爆弾の使い方ですが、これだけを発射することもあるでしょうし、これを多数発射すると同時に通常の爆撃機や戦闘機も飛んで来るという可能性もありますね」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「なるほど、防衛側の力を分散させるか……しかしそういうことを考えると、飛行爆弾の速度を下げた方が良さそうだ。というのは飛行爆弾の要撃ができないなら、飛行爆弾を無視して有人機を攻撃するだろうからね」
ブラケット博士
「なるほど、閣下もオペレーションズリサーチ的お考えになりましたね」
バート王子
「無人機なら夜間に打ち上げた方が良さそうですね」
ブラケット博士
「昼と夜の違いでどういうメリット・デメリットがあるのだろう?」
バート王子
「夜は要撃が難しい。というのは夜間一人乗りの戦闘機では目標を発見するのも難しい。とはいえ、二人乗りの戦闘機はスピードが遅い。とても600キロの飛行爆弾に追いつけません。」
ブラケット博士
「その場合、夜間は要撃するのを諦めてしまう選択にならないか?」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「ともかく、今ここで新たな攻撃手段を現れたこと、それに対抗する防空手段の開発が必要なことは明らかだ。ダウディングシステムも無用の長物か…」

CCORS(沿岸司令部オペレーショナル・リサーチ・セクション)ではこの新しい飛行爆弾の撃墜手段を研究をすることになる。なし崩しにさくらもバート中佐もメンバーに取り込まれてしまう。
そしてまた、陸軍の再編成が進み、再びフランス上陸を目指すようになった。とはいえ、こちらもフランス上空で空中戦できる航続距離の長い戦闘機の開発、ソ連軍の戦車を上回る戦車の開発が必須であり、それはまだ道が遠い。


7月2日20:00

もう7月だ。だいぶ前にさくらが養父 中野と話し合ったとき、5月頃には結婚と言われたが、物事はとてもそんなに速くは進まない。ましてやドイツ軍の新兵器 飛行爆弾の攻撃がいつあるのか分からない状況で、その対策も見えず、個人的にも国家としても結婚式どころではない。

イギリスは北国だから夏は日没が遅い。7月2日は日没が午後9時半である(注3)午後8時の今は、まだ十分に明るい。
仕事帰りの人がパブで飲んでいる。ガヤガヤという軽い騒音が突然、バババババという奇妙な音に上書きされた。皆一瞬静かになったがまたすぐに騒ぎが戻った。
それから十秒後、ものすごい音がして、パブのあった石造りの建物はきれいに更地に、いや瓦礫の山になっていた。
更に数分後、そこから数百メートル離れたところでも大きな爆発が起きた。


7月2日21:00
空軍戦闘機軍団司令部
オペレーショナル・リサーチ・セクション(CCORS)
ダウディング大将、ブラックスミス少将、ブラケット博士、バート中佐、さくら、丸橋司令がいる。

ヒュー・ダウディング空軍大将
「つい先ほど、ロンドン市内で飛行爆弾と思われるものが5発落ちた。うち1発は不発で機体を回収することができた。不発とはいえ機体は完璧に壊れていて調査は難航しそうだ」
ブラケット博士
「警戒管制機とレーダーでは発見できなかったのですか?」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「我国の地上レーダーでは目標が小さかったため、発見したもののノイズと判断して報告されなかった。
一方、早期警戒管制機はカレーの海岸近くから発進したのを見つけた。しかし飛行開始から時速600キロを超える速さで飛んできた。通常の飛行機は戦闘時以外巡航速度で飛ぶのが普通だ。メッサーシュミットでせいぜい400km/h(注4)ユンカースJu87で300km/hだ。そんなわけで、何かの異常現象と考えて要撃指示が遅れた。飛翔時から全工程を600キロ以上で飛んで来るのを見つけたならシステム異常と考えてもしかたない」
ブラックスミス少将
「初めてだから判断を誤ったのは仕方がないとして、仮に要撃指示をしていたら撃墜できたのだろうか?」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「正直言って、できなかったと思う。時速600キロでカレー(フランスの海岸の町)からロンドンまで直進すれば150キロだから15分、ドーバー(イギリスの海岸の町)の空軍基地上空を通るのは飛行爆弾発射後5分だ。スクランブルしても高度3000まで5分では上昇できない(注5)発見しても要撃できなければ意味がない
それと正確には分からないが、600キロをはるかに超えた速さだった。となると最高速度650キロのスピットファイアでは追い付けない」
バート王子
「現有の兵器では対応が困難なら、それに対応するためにダウディングシステムの改善が必要です」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「とりあえず射程内の発射基地を爆撃することかな?」
ブラケット博士
「射程が250キロといったね、我国の主要地域から250キロでヨーロッパに線を引いたら、オランダとベルギーの半分、フランスはパリまで入ってしまう。ああ、言いたいのは現実的じゃないってことだ」
みな黙ってしまう……


7月2日23:00(グリニッジ標準時)
7月3日08:00(扶桑国標準時)

イギリス領事館でさくらは養父 中野、伊丹と話していた。

さくら
「V1への対抗手段はないかしら?」
伊丹
「日本の世界ではスピットファイアによる要撃がメインだったらしい。ただし向こうの世界でV1が発射されたのは第二次世界大戦末期で、そのときはスピットファイアも後期型があり700キロ近くでた。そしてその頃にはホーカーテンペストも実用化されたそうだ。
他にも阻塞気球(注6)とか対空砲火もある」
さくら
「問題がいくつかあります。ひとつは発見から到着まで15分では要撃に時間が足りません。
それから攻撃方法がありません。防空壕も従来より強化が必要です」
中野
「伊丹さんのいた21世紀ではどんな防衛策が考えられますか?」
伊丹
「私も専門家じゃないですから詳しくありません。戦闘機の機関砲、ミサイルなどですか」
中野
「ミサイルとは何ですか?」
伊丹
「打ち上げ花火のようなもので火薬の弾頭を付けて飛ばすのをロケット弾と言います。しかし単に飛ばすだけではなかなか当たりませんから、目標に向かって軌道修正するものをミサイルといいます」
中野
「ほう、そういう兵器があるのですね」
伊丹
「実用化されたのは1940年以降でしょう。ドイツがV2でイギリス本土を攻撃したのが嚆矢ですかね」
さくら
「大変! 忘れていたけどV1が予定より早ければ、V2もまもなく打ち上げられるのね!」
伊丹
「その恐れはある。となるとV2だけでなくドイツが原爆を完成するかもしれない。第一次世界大戦の新兵器は、飛行機、戦車、潜水艦、毒ガスだったが、第二次世界大戦の新兵器といえばなにになるのだろう、原爆、空母、ジェット機、レーダーや近接信管など電子機器だろうか?」
中野
「そういったことへの対応を予め考えておかねばならないな」
さくら
「お養父様、伊丹おじ様をイギリスに派遣してもらえませんか。その理由は技術的な問題が多々発生しています。例えばV1迎撃の方法など、私には考えられませんし、ここで情報やアイデアを教えていただいても、ブラケット博士やダウディング大将に説明することもできません」
中野
「言っていることは分かる。とはいえ、こちらでも伊丹さんは重要人物なのだ。それにそちらに行くとしても簡単ではない。行くのにふた月もかかる」
さくら
「派遣団への種々品目の供給のために週に1便飛行艇が飛んでいます。それに乗ってきていただければ2日ですし……もちろん、それに乗ってきたといって、このまま来ていただければ……」
中野
「なるほど、戻るときもその言い訳が通じるのか、ならば伊丹さん行ってくれるか? 向こうのさくらの相手は技術者のようだから話は通じるのではないかね」

ということで伊丹は数日後、イギリスに飛んだ。いやドアをくぐっただけだ。飛行艇の乗員には乗客として乗ってきたと丸橋司令に証言してもらう。


7月5日

空軍戦闘機軍団司令部
オペレーショナル・リサーチ・セクション(CCORS)
いつものメンバーの他に、新たに伊丹夫妻が加わった。幸子も好奇心満開でさくらのお相手を見に来たのだ。
今日は挨拶と共に、伊丹は話をさせてもらうことにした。

伊丹
「さくらから声掛けがあり、扶桑国からアドバイザーとして派遣された。といって押しかけアドバイザーだから皆さんの私への信用と期待次第で私のできることは決まる。
まず初めに私の考えていることを述べて、具体的な皆さんの相談事、つまりドイツの新兵器対策などの話を承りたい。
お断りしておくが私は電子工学の専門家であるが、機械工学は一通りの知識はあるが設計などはできない。ただ技術や兵器のロードマップというか流れは理解しているつもりだ。
先の欧州大戦の新兵器は、飛行機、戦車、潜水艦そして毒ガスと言われる。では新たな欧州大戦でどんな新兵器が現れるのかということを考えてみたい。というのはドイツの飛行爆弾が現れたからその対策をしよう、ソ連がカチューシャというロケット弾を使ったぞ、それではその対策を、核爆弾が現れた……そんな対応では慌てるだけで息が切れてしまう。
核兵器 そのためには兵器のロードマップつまり陸海空においていつ頃どんな兵器が現れるかということを予測し、敵より早くそれを開発し、同時にその対策を用意しておくことだ。追いかけるのではなく自らが道を拓いていく。
誰でもわかることは科学と工学の接近、そして新発見・新発明が兵器として実現するまでの時間がどんどん短くなっている。科学と工学は明確に異なる概念であり、今までは科学を工学より上位にみなしていたという現実があると思う。しかし戦争ではそんな思い込みとか決めつけは通じない。新しい理屈が発見されれば、それを実用化しようとするのは必然だ。そして現実の問題を解決するためには科学の力を必要とする。
核エネルギーが考えられたのはほんの少し前だが、今はそのエネルギーを爆弾に使おうという研究が進められている」

聴講者がざわざわとする。

伊丹
「私が核兵器のことを言ったから驚いたのかもしれない。しかし機密など世に存在しない。皆さんが機密だと考えていても私は公表された論文やニュースだけでどんな新兵器が開発されているか、現れるかを予測している。
さて、さくらからドイツの飛行爆弾、ドイツでの呼称はV1だそうなので、これからV1と呼ぶことにする。というのは今V2が研究されているという。
ああ、さくらからV1の対処法を相談された。それから話を始めたい」

伊丹は形態的に今までにないまったく新しい兵器が現れるということはないだろう。というのは潜水艦や飛行機などすべての領域について先の欧州大戦で出尽くしたといえるから。唯一この戦争では宇宙空間を通過する兵器が出現する。
しかしその他の兵器も欧州大戦と同じではない。すべての兵器は新しい技術、特に電子工学を利用したものになる。
そんな話を30分ほどすると一旦話を終えて、質問を受ける。

ヒュー・ダウディング空軍大将
「伊丹さんは極めて兵器の歴史や開発に詳しいことが分かる。それは諜報機関の情報によらず理論的な考察で至ったのか?」
伊丹
「そもそも私は外国の兵器開発情報に疎い。どの国が何を研究しているかなど知らない」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「ほう……天才ですな」
バート王子
「伊丹さん、喫緊の課題であるV1の対策をどうすべきかですが…」
伊丹
「まずお断りしておきますが、私が素晴らしい回答を持っているわけではないし、扶桑国がマジックのように新兵器を出せるわけもない。他力本願でなくみんなで考えなければならない。
但しその方向ははっきりしている。いくつかの方法がある。とりあえず今手持ちの兵器でできることをすること、次に既にある技術で対策すること、新しい技術を考えること。
当然、すべてをしなければならない」
ブラケット博士
「手持ちの兵器とおっしゃったが、今の手持ちの兵器では手が打てそうにない」
伊丹
「そんなことはありません。空軍の飛行場周囲には阻塞気球(そさいききゅう)を上げていると思う。都市から見てV1が飛んで来る方角に何段階か阻塞気球を上げその間をロープなどで蜘蛛の巣のようにしておくことができる」
バート王子
「それをすればどれくらいの割で防げますか?」
伊丹
「知りませんね。とにかく効果がありそうと考えたらトライするチャレンジ精神が必要でしょう。それは一般市民を勇気づけることにもなるでしょう。
話を戻すと、戦闘機用のロケット弾は過去より開発していると思う」
ヒュー・ダウディング空軍大将
「誰かから聞いたのか?」
伊丹
「そんなものどこだって誰だって研究しているでしょう。ともかくそういうものをスピットファイアに積んで攻撃してみるのも必要だ」
バート王子
「スピットファイアで銃撃するのが最も手っ取り早いが」
伊丹
「速度差がほとんどないから上方や側面から接近する攻撃はできず、真後ろから追撃することになる。距離300で銃撃してV1が爆発すればその破片は相当広がるはずで、そこにスピットファイアが突っ込んだら巻き込まれてしまうだろう。だから後方から機関銃の射程で攻撃するのはだめだ。
それから当然だがV1の生産工場の爆撃、発射場所を特定して発射装置が固定なら簡単だが、可動式であれば最初の発射を検出したら現場に急行して爆撃する、飛行機から空中発射するものもあるらしいので、フランスやオランダから大型機が飛び立ったら要撃機を出す」
バート王子
「そんな……それほど完璧には手を打てませんよ」
伊丹
「それは分かる。しかしすべての可能性を考え、トライしなければならない。ブレインストーミング(注7)というのを知りませんか?」
ブラケット博士
「ブレインストーミング? なんですか、それ?」
伊丹
「参ったね、こりゃ。ええと問題解決のために制約や先入観を取り払い、自由に発想してアイデアをたくさん出す、そして実行可能な手段を考える方法です」
ブラケット博士
「伊丹さんはおひとりでブレインストーミングをしているということですな?」
伊丹
「そうです。絶対確実にできることだけを発言しても前進はありません」
バート王子
「要するに我々は死に物狂いで考えなければならないですね」
伊丹
「そうです、でもその方法論はあるのです」
ブラケット博士
「いや、今までの伊丹さんのお話だけでも、いくつものアイデアを頂きました。これって後で論文とか書いてもよろしいですか?」
伊丹
「お好きなように、私は思いついたことを無責任に語りますからよく検討してくださいね」


<<前の話 次の話>>目次


注1
実際はスピットファイアも要撃に出たらしいが、最新鋭で最高速度700km/hのホーカーテンペストしか有効な要撃はできなかったらしい。 ホーカーテンペスト なお機関銃による攻撃だけでなく、戦闘機の翼でV1の翼をつついたり、V1の翼に近づけることによって風圧でV1を揺らして失速墜落させるという方法も取ったという。
ホーカーテンペストは1944年1月運用開始でスピットファイアの後継機種になる。そしてすぐにジェットエンジンのグロスターミーティアに代わる。なお、グロスターミーティアはメッサーシュミットMe262にわずか数週間遅れた世界第二のジェット戦闘機だ。

注2
V1のスペックは飛行高度3000m速度640km/hとなっているが、実際には高度600〜1200m、速度も550キロ程度だったらしい。ところがこのV1の飛ぶ高度は、当時のイギリスの対空機関銃よりも高く、高射砲よりも低く、ちょうど対空兵器のはざまだったらしい。
参考:V-1 flying bomb

注3
注4
メッサーシュミットBf109の巡航速度はウイキや書籍によって250〜545km/hなど多々ある。
純粋に経済的に考えると、エンジンの原理から言ってレシプロエンジンは最高出力よりかなり下で効率が最大になる。
しかし軍用機の場合の巡航速度とは経済的に燃料消費が少なく航続距離がMAXになる速度をいうのではなく、戦闘に入るのに備えた速度であって、戦いの条件や高度によって異なるのだそうです。

注5
スピットファイアの上昇率は地上で11m/s、3000mまで270秒、4分半かかる。実際にはV1の高度は1000m程度だったらしいが、そのときでも100秒かかるから発見してからスクランブルではきびしい。

注6
阻塞気球(そさいききゅう)とは概ね1500m以下の低空からの飛行機の攻撃を妨げるために基地の周辺や侵入路に地上からケーブルでつないであげておく気球。各国で使われたがイギリスではたびたびドイツ空軍の空襲を受けたので多用した。日本のようにB29のような8000mとか1万からの高空爆撃抑止には使えない。

注7
ブレインストーミングは1941年に考えられたという。広く知られたのは1942年に本にしてから。
参考:Brainstorming


異世界審査員物語にもどる
うそ800の目次にもどる