マニュアルの迷信

19.11.21
マニュアルについて書くと昔のことが頭に浮かび、マニュアルに関する迷信というか妄信をいろいろ思い出す。巷に広まったマニュアルについての根拠ない誤解や亡説などを書いてみる。既に時代遅れになったものもあるし、今も信仰されているものもある。
ちょっと棚卸しをしてみよう。
*棚卸しとは在庫を把握することではない。人や物の欠点をあげつらうことだ。

マニュアルは最上位の文書である
これについては「最高位の文書その1」「その2」で書いた。
異議を頂けると嬉しい。大いに議論したいと思います。


マニュアルは教育資料である
品質マニュアルが社員の品質教育のテキストになるとは思えない。
その理由はなにか?
その教育を受ける人あるいはテキストを読む人の立場によって違うが、ISO対応の品質マニュアルが品質教育のテキストになるはずはない。
例えば営業マンにとって必要なのは品質管理マニュアルだろう。文書管理や記録管理、あるいはトレーサビリティについての知識を得ても、日々のビジネスにおいてすぐに使える武器になるとは思えない。その代わり開発時の信頼性評価や生産時の品質管理などはビジネスの場で役に立つだろう。
社外でインタビューを受ける経営者には、ISOのマニュアルより一段上の考え方が必要だ。方針の形式とか管理とかでなく、自分の考えをいかに社員に伝えるかを知る必要があり、実行することだ。
どうにもならないよ おっと、品質保証の担当者にはISOのマニュアルは役に立つかって? 品質保証担当にとっては、ISOのマニュアルはあまりにも曖昧模糊で役に立たない気がする。
となるとISOのマニュアルは、誰にとっても教育資料にはなりそうがない。


1ページに書かれたマニュアル
10年以上前だろうか、どこかの学校だかなんだか忘れたが、ISO14001認証のために作ったマニュアルがA3 1ページにまとめたというのが話題になった。今もそのマニュアルが存続しているかどうか私は知らない。
そのとき、それは邪道だとか、すばらしいとか様々な批評がされた。
覚えているのは次のような評価だった。
さて、あなたはそれをどう思うか?

私はマニュアルの要求事項を満たしているなら良し、そうでなければダメと考える。
マニュアルの要求仕様とは
b)マネジメントシステムについて確立され文書化された手順又はそれらを参照できる情報
c)マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述
  注:上記はISO9001:2008の要求からa)及び「品質」の語を除いたもの

一枚ものでも図表であっても分厚いドキュメントであっても、上記b)c)を満たせば2015年以前の要求、そしてそれは多くの認証機関がISO14001で要求したことと同じである、を満たすはずだ。
b)対応では規格要求事項ごとに対応する内部文書の識別はされているのだろうか?
内部文書がない場合、それに対応する手順を書ききっているのだろうか?
c)ISO規格は初めは要素対応であり、今はプロセスを基に作られている。しかし実際にはプロセスを支えるインフラつまり文書管理とか内部監査などがある。だからその相互関係はプロセスという切り口だけでは表せない。
そういった社内業務の関連を把握できるようになっているのか?
こんなもんです 私はb)c)を満たしているなら認証機関に提出するマニュアルとしては必要十分だと考える。とはいえ相互関係は二次元平面に記述できるほどシンプルではないから、結果として関連をどう表記するかという問題になり、実現は困難ではないかと思う。文字による場合は読み取ることが難しくなることもあるが、必要十分な表記は可能である。
おっと、今までの話をうっちゃるけど、その1枚もののマニュアルは誰のためのものなのか?
認証機関向けならどうかと思うし、学生向けのチラシならありかと思う。そもそも私は、昔からマニュアルの必要性を感じていない。ただ認証機関が欲しいというから書いていたにすぎない。だから認証機関が文句を言わないならそれでよしと思う。そういう意味で私は、認証機関次第だと考える。実際問題、認証機関以外にマニュアルに関心を持っている人などいない。


固有名詞だけ一括変換すれば……
もう10年くらい前になりますか、「わが社が販売する電子データ化されたマニュアルを、御社の固有名詞と一括変換すれば、すぐに御社のマニュアルができます」なんて語って販売していたコンサル会社がありました。
今でもあるのですか
マニュアルは御社の関係文書を参照するだけでなく、そこでしていることの概要を書くわけですから一括変化で済むとは思えません。相当箇所の語句の修正が発生するでしょう。それなら最初から書き下ろした方が早そうです。
もっとも私のように真面目に取り組む人はあまりいないので、このコンサルのやり方でもまあISO審査に合格するでしょうけど、


マニュアルに規格要求事項がすべて記載されていません
昔々、審査員研修ではマニュアル審査という科目があり、渡されたダミーのマニュアルにISO規格のshall「せねばならない」が全部あるかどうかをチェックする、簡単なお仕事の練習をしたものです。当時はマニュアルにすべてのshallが記載されていないとダメと教えていました。
今はどうなんでしょうね? ISO規格でマニュアルを要求していないのだからマニュアル審査そのものが成り立たないような気がしますが、きっとあるのでしょうね。

ちなみに: いまどきは審査員研修でどんなことを教えるのかとグローバルテクノを覗いたら、マニュアル審査というのはなくて、文書審査演習というのがありました。中身まではわかりません。

果たして規格要求ではマニュアルにどこまで書くことを要求しているのか?
「○○をせよ」あったとき「○○をする」と書けば良いのか?
実を言ってそういうマニュアルは多い。
「文書化した情報を作成及び更新する際、組織は、次の事項を確実にしなければならない(ISO9001:2015 7.5.2)」
  
「当社は文書化した情報を作成及び更新する際は、次の事項を確実にする」

まったくアホらしい。口が悪い人に「お前はバカか」といわれそうだ。
マニュアルが手順を文書化したもの(マニュアルの要求だ)なら、細かい5W1Hはなくても規格が「○○をせよ」と要求する手順の概要を書かねばならない。それは1行で済むようなことではなく、5W1Hをまともに書けば手順書(規定など)に等しいわけだ。
だからマニュアルに「○○をせよ」と要求された手順を書かずとも「それらを参照できる情報」、つまり「○○規定」の○○章にあると書けということだと理解する。
もっとも「いや、そうではない。参照できる情報は出典を参照できることでなく、実際の手順をサマリーしたものだ」という見解もあるかもしれない。しかしその論なら前述の「当社は文書化した情報を作成及び更新する際は、次の事項を確実にする」という返歌では対応できないわけで、その解釈は無理気味だ。


文書体系についての迷信
ISO規格発祥時に、下図を載せて解説した。この図を見て、文書体系は4段階であると頭に刻み込んだ認証機関の偉い人とか審査員とかコンサルとかが大勢いた。

文書体系図 そしてこの階層がベストとか決まりだとか発言した人々もいたし、階層は6段階がいい、いや7段階が良いと語る人もした。あるいは文書体系がピラミッドになるのはおかしい、矩形になるのが正しいと主張した人もいた。
傍から見ればそれらすべてがアホだとしか思えない。
ISOの文書には「これは文書を整理する(まとめる)典型的な方法である(This is a "typical" way to organize documents.)」と書いてありました。つまり「文書体系の典型」ではないのです。

違いが分からないって
会社にはたくさん文書があるでしょう。その階層を示したものではなく、それらを種類分けしてその関係を示したってだけなんです。
そう考えると一目瞭然でしょう。
ある会社は社内のルールを、規程(「きほど」と読む)、規定(「きさだ」と読む)、細則としていました。ある会社では規則、規程、細則でした。ある会社ではすべてを規則と呼んでいました……それが普通というか現実です。でもそんなことはどうでもいいとISOもしくは規格作成者は考えていたのです。そういうルールあるいは業務手順を決めたものを会社規定(procedure)と呼んだのです。
そしてまた製作図面もあるでしょうし技術基準もありますし、製造現場での作業手順書もあるでしょう。それを指示書(instruction)とか基準(standard)と呼んだのです。
そして払出伝票、監査報告書、議事録などスタティックなものを記録(record)と呼んだのです。
時が流れ、今ではprocedureとrecordを区別できないし区別することもないと変わりました。
あのとき7段階説を大声で主張した方は納得されたのでしょうか?
いやいや、文書と記録は識別しておかないとダメです。これは文書ですか? 記録ですか? と恐ろしい迫力で迫った審査員は、今その罪の意識にさいなまされ引きこもっているのでしょうか?
まあ、そんな真面目な審査員はいないとは思うけど……


すべてをマニュアルに書き込んで下位文書を作らないのが良い
まさに暴論である 、こんなばかなことを語る人は会社で働いたことがないに違いない。
もちろんどんな方法でも特定の状況下においては最善ということもある。
例えばその会社に今まで文書化されたものがなにもない場合であって、一刻も早くISO認証を得る必要があるときなら、私でも……いや私は絶対にお勧めしない。
そのようなマニュアルは役に立たないからだ。
まあ、日銭を稼がないと食えないコンサルなら……仕方がない、許す
私の独善とか独断ではない。そんな文書をどう使うのかと考えれば、全く意味のないことがわかるだろう。それさえ分からないならコンサルなどしてはいけない。

私に文句を言う前に、組織論がいかにして発達してきたのか、構造化という理屈はなんなのか、そう言うことについて本を10冊くらい読んでから文句を言ってほしい。


マニュアルは仕事に使うもの
これこそが最悪・最凶の迷信だろう。
理由 !?

先立つものは金

簡単だよ。私は過去20余年、多数のマニュアルを見てきたが、お金の処理に関して記載していたものは一つも見たことがない。しかし会社で仕事をするとはお金が動くこと、当然ISO規格の要求でお金が動かない仕事は一つもない。

じゃあ、マニュアルにそのお金の処理は書いてあるのか?
ともかくマニュアルは仕事に使えない。
使えなくてもいいのだ。マニュアルは認証機関のためのドキュメントだから。


2015年改定でマニュアルは不要になったというが、実際のところ規格要求はあまり変わっていない。要するにマニュアルという言葉がなくなっただけだ。
そして過去よりマニュアルの記載事項についての要求事項は一般審査員が考えていたようなご大層なことでもなかった。
ましてプロセスアプローチが審査の基本となった現在、マニュアルの存在意義というか必要性は薄れる一方である。

2000年頃、LRQA社の審査を受けた会社が、マニュアルを送る必要がないと言われて驚いていた。
それを聞いて私は、自分が監査なり審査をするときマニュアルが必要かどうか考えた。ISO第三者認証が現れる前の内部監査となると、顧客要求事項 "だけ"が対象だった。それはISOの要求事項と似ているものも多かったが似ていないものもあった。
計測器温度計
というかマネジメントシステムというよりも、実際の製品に沿った即物的な品質保証だったから、現場の環境管理といっても温湿度管理を決めているか? というものではなく、温度は顧客基準に入っているか否か、接地抵抗は顧客基準通りか、校正間隔は顧客指定通りしているかというように、具体的・即物的であった。
そういう要求事項であれば、チェックリストは顧客要求の横に点検結果と判定を記録できるような表を作ることになり、監査もそれに準じて行う。まさに項番順審査である。
このとき内部監査であればそれは監査のチェックリストであろうし、外部監査の場合は品質マニュアルと呼ぶものに等しくなる。
こういうケースではプロセスアプローチは不可ではないが、不向きであろう。つまり品質マニュアルとは、外部監査のものなのだ。

しかし外部監査でも、要求事項が即物的でないISOのマネジメントシステムとなると、審査すべき対象が接地抵抗とか構成期限でなく、コミュニケーションの良否とか是正処置の有効性となり、項番順でなく現場を多面的にみて、そこで得られた多数の証拠から適合・不適合を考えなければならない。つまり即物的なチェックリストでは不向きとなる。

ISO9001が登場したときから最新版に至るまで「品質システム要求事項は、技術的な規定要求事項にとって代わるものではない」と序文にある。ISO9001は初めは第三者認証を想定せずに二者間の取引における品質保証の要求事項限定だったのだ。
その後第三者認証がメインになろうとも、品質保証のしくみだけの要求事項であり、具体的なものではなかった。そういうものには、項番順審査は無理と分かりそれと同期して品質マニュアル要求はなくなったと私は読む。


うそ800 本日のまとめ
マニュアルそのものが、元々マネジメントシステム審査には不要なもので、要求事項は過渡期のゆらぎであった。
legible マニュアルが不要であるなら、その構造も中身の役割もすべて妄想、迷信だった。妄想を信じるのは迷信以外何物でもない。
いっとき迷信を信じることは恥ではない。もちろん過ちては則ち改むるに憚ること勿れである。
過去に迷信を信じ企業サイドに多大な迷惑をかけた多くの審査員たちよ、一人くらいは反省した者もあろう。
マニュアルに関してだけでなく、「私はlegibleを分かりやすいことだと思っていました」でもよい、私は謝罪を待っている。



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