ISO14001の規格と審査がしっかりわかる教科書

19.12.02
この本を買ったのは「環境側面の今」を書くときに、最近発行されたこの本に気づき、急遽読む必要を感じたからだ。昔、安井至が「武田邦彦の著作は読まないで批判できる」と語ったが、私は彼と違い才能がないから読まずに他人の書物を論評することができない。
コタツ 定年退職者にとって大枚2000円は大きい。大金(?)を投じたからには、通り一遍でなくしゃぶりつくさないとならないのは自明である。ということで出したばかりのコタツに入ってしっかりと読みました。

正直言って読むのが辛かった。なぜかというと、怪しいことばかり書いてある本を読むという行為は、刑罰に等しい。じゃあ、読まなければいいじゃないかと言われそうだが、述べたように2000円を回収しなければ死んでも死にきれない。
でも正直言って100ページは真面目に読んだが、それ以降は流した。150ページ以降はパラパラとめくっただけというのが本当のところです。どう頑張っても、くだらない本を読むのは苦行です。

それだけの労苦をかけたのだからアウトプットを出さずにいられません。とはいえそういうことですから、出てくるのは論評よりも罵詈雑言になりそうです。
ともかく本日はこの本の読書感想文です。

書名著者出版社ISBN初版価格
ISO14001の規格と審査が
しっかりわかる教科書
福西義晴技術評論社42971089922019/11/201780円

まず読み始めて感じたのは、煙か霧で霞んでいるように感じたこと。いえ、私は白内障ではありませんよ。昨年でしたが老眼が進んで眼科に度数を測ってくれと行ったら、医者が「この歳で珍しく白内障の気配は全くないです」という。医者が白内障の検査に来たと勘違いしたのだ。いやいや、白内障でなくメガネの度数だというと、いまどきメガネの度を測ってもらいには眼医者に来ないそうだ。メガネ屋で十分だと言われて追い出された。
老眼鏡
おっと、かすんでいる話であった。なんというか精霊とかエルフとかが登場するファンタジー小説を読んでいるような感じだ。小説なら感情移入できれば良いが、実用本であるISO本がファンタジーはいけません。
なぜ霞んでいるとかファンタジーというのか、それは論理の積み重ねではなく、思いこみ、思い付き、想像の積み重ねなのです。タイトルが「しっかりわかる」とあるけれど、読んでみれば「まったくわからない」。

と書いてもわけが分からないだろうから、具体的に行く。そしてこまごましたおかしな点を挙げるときりも限りもないから……私はいつも本を読むとき、気になったところにポストイットを貼るのだが、この本を読んでいてポストイットを一束使ってしまった……大きな問題と思うことだけ書く。それに後半は飽きてきて真面目に読んでいない。
この本は約200ページで、最初の50ページはISO認証についての概説である。初めから大きな問題がある。

マネジメントシステム構築とはなんだろう
マネジメントシステムというとISO規格が定めるものという理解の人もいる。もちろんそれは間違いだ。もっとも英英辞典を見てもマネジメントシステムでひくと、ISOMS規格が出てくるのが多い。でも多数派が正しいということはない。そもそもISO規格の定義でも別にマネジメントシステムとはISO規格で定めるものとは言っていない(注1)

私は25年も前からマネジメントシステム構築なんてありえないと考えていた。組織を作れば、マネジメントシステムはその属性としてついてくる。サポーズ、マネジメントシステムがない組織を考えられるか? 考えられたなら、それは組織ではない(注2)

ところがISO認証のガイド本ではみな「マネジメントシステムを構築します」と語っている。私はそれはおかしい・間違いと思っていた。
いったいマネジメントシステム構築とはなんだろう?
だがそういう本を読んでみれば「ISO認証できる体制を作ること」をマネジメントシステム構築と表現すると記述していた。なるほど「環境側面」が、環境の側面でなく、ISO規格を翻訳したJIS規格の「決定する」が広辞苑の「決定する」という意味でないのと同じく、「マネジメントシステム構築」とは「マネジメントシステムを構築することではない」のだ。そういう意味に定義して使うなら納得する。

この本でも「受審のために組織はどういう手順で進めていけば良いのか(P.28)」とは書いている。その文言からは、他の大多数の本と同じく「マネジメントシステム構築」を認証活動ととらえていると思った。
ところが中の文章では「マネジメントシステム構築」とは文字通りマネジメントシステムを構築することとして話を進めている(p.32〜)。
この本の解説で取り上げている会社には、本社があったりエネルギー管理者がいたり法定管理者(注3)がいたりする。だから就業規則もない10名未満の小規模会社ではないことは間違いない。
それならば種々の法規制により複数の社内文書が要求されており、当然社内文書体系もあるはずだ。
しかしながらこの本では、従来からあるはずの文書体系やシステムの実態を踏まえて、認証のためになにをするかという現実的なアプローチの説明は一切ない!
奥付をみると著者は大企業経験者であるが、そういった企業のインフラ……まさにISO規格の「7章 支援」にあたる諸事をご存じないのか?
社内文書の整備されていない会社を想定しても、整備されている会社を想定しても、この本が語るアプローチであるはずはなく、どういう条件なら著者が語るプロセスになるのかわからない。現実離れしているなら、それはファンタジーに違いない。

お仕事について
著者は内部監査が非常に重要だと語る(p.57)。そして管理者による日常管理について全く言及していない。
現実をみれば内部監査で死亡診断書を書いても手遅れです。だから規格では「運用の計画及び管理」と「監視、測定、分析及び評価」があり、そこで日々の業務の指揮監督とフィードバックが重要だと書いてある。著者はこれについて全く論じていない。
考えてごらんなさい、手順を決めました、仕事を命じました。さてあなたが管理者なら何をしますか?
現状をみてフィードバックをかけて基準内に維持したり、目標を達成するために行動することでしょう。それはどんなインターバルでするのですか?
それは一定時間ごとの定期的じゃありません、常に現状を監視・把握して作業が定めた通り行われているか、計画通り物が作られているか、書類は適正か、決裁は適正か、売り上げは計画通りか、納品は予定通りか、そういうことを見ているはずです。それこそが管理者のお仕事です。
そういう当たり前のことを書いてない。その代わり内部監査が重要だと語る。内部監査がなくても業務は進みますが、日常管理がなくては業務は崩壊します。内部監査は単なる内部牽制です。しっかりしてください。

方針も上げましょうか、
この本では「方針を伝達しろ」と規格通り書いています(p.95)。そして認識でも方針を認識させろと書いています。小さいけど図にもあります(p.131)。
でも環境方針を伝達するとか、認識させるとはどういうことでしょうか?
ルイス・A・アレンは「方針とは反復的に起こる状況に適用される持続的な決定の事である。それは、繰り返し生ずる質問にたいする、不動の回答である」と語っている(注4)
方針を「伝達する」とか「認識させる」とは、仕事をするすべての人に、日々の仕事で方針に照らして考えさせ判断させ実行させることだ。どうも著者は言葉の意味を理解していないようだ。

私がモーレツ社員時代の前世紀の生き残りであることは認める。しかし時代が変ろうと、仕事に当たっては全身全霊を仕事に捧げることは要求される(注5)同時に反社会的なことや方針に反することはしてはいけないのだ。それを認識させなければ方針の伝達や認識の要求事項を満たさない。
著者はISO規格で「しなければならない」とあることを、形作れば良いと認識しているのかもしれない。認証のためならそれで良いのかもしれないが、企業においては意味がない。それが現実に理解され運用されなければならない。

企業文化について
これはマネジメントシステム構築やお仕事についての前に書くべきだったかもしれない。この本には企業文化を尊重する記述がない。
企業は一つの文明である。独自の歴史を持ち、それは独自の文化を作り上げてきた。俗に方言なんて言われるが、品質保証でも製造でもその会社独自の言葉使いがあり、仕事のやり方があり、価値観がある。世の中の価値観とあわないとか反社会的なことでは困るが、そういう独自文化はあって当然だしそれはその企業の目的とか環境下において発生し育まれてきた価値あることだと私は思う。そして当然それは提供する製品やサービスに反映され、我々顧客はその会社のカラーを購入の際の選択の一指標としている。
考え中

ISO認証するために、そういう企業文化を否定したり捨てさることはない。企業文化と国際規格を天秤にかければ企業文化が優先すると私は考える。
いやISO9001でも14001でも、今までの仕事の手順を生かして使えということが旧版までは序文にあった。残念ながら2015年版では共通テキストとやらでなくなった。

ともかくISO認証するために今までの企業文化を捨てる必要はない。
もちろんISO認証に対する考えは人さまざまである。私は認証とは従来からの企業文化を見せて、ISO要求以上であることを示すことに過ぎないと考えている。ISO規格に合わせて従来からの企業文化を向上させることと考えている人もいる。ISO認証を機会に従来からの企業文化を具体化・可視化しようと考えている人もいる。
しかしISO認証によって従来からの企業文化を、テンプレ通りのそこらへんに転がっている薄っぺらなものにすることとは絶対に違う。
この本を読んでいると、著者はどんな会社でも、こういう方法でやればISO認証することができる。企業文化? それおいしいの? と考えているとしか思えない。だから感情移入できないし読んでいて面白くないのだと思いいたった。

その他もろもろ
  1. 全員参加(p.92)
    現代は全員参加なんてできない時代です。一緒に仕事していても、考えは違う、価値観も違う、皮膚の色も違う、宗教も違う。共通なことは、同じ企業で働いているという一点しかありません。
    だからこそ、方針を「伝達する」とか「認識させる」ことが重要なのでしょう。
    なぜ規格の「環境マネジメントシステムの有効性に寄与するよう人々を指揮し,支援する」から著者が全員参加を連想したのかお聞きしたい。

  2. 環境側面の決定
    20年前に流行った点数方式を例示している(p.112)。今どきという気もするし、なおかつ本を見ただけでは使い方も何もわからない。要するにこの本を読んでも得られる情報がない。
    もしかすると著者が言いたいことは自分にコンサルを依頼しろということか?

  3. 順守義務(p.115)
    私は以前から事業所が関わる法律を調べるというのは、おかしいのではないかと考えている。そもそも環境法なんて本を買って素人がページをめくってもどいうしようもない。
    なによりも始めに過去から届けていたとか有資格者を置いているとか、そういうことを再確認すべきだろう。
    そしてインターネットや書籍で調べるなんて無駄なことをせずに、行政に相談しろと書くべきだ。

    気が付いたのだが、著者は規格に書いてある通りに作業を進めなければならないと考えているのか?
    規格に書いてあることはやらなくちゃならないということであって、実際の作業は並行したり前後が変わることもある。どんな仕事でもそうでしょう?

  4. 力量向上の必要性(p.129)
    規格には「力量向上」という要求はなく、意味がわからず悩んだ。
    規格で「向上」を使っているのはパフォーマンスだけだ。
    力量(competent)とは向上していくものなのか?、向上するものではなく仕事の種類や要素ごとに異なるものなのか?
    私は原文のニュアンスはわからないが、規格を読むと単に「できるようにしろ」ということで「向上しろ」とはない。

  5. コミュニケーション(p.133)
    書いていることが実務を知っているとは思えない。現実はもっと泥臭く、手足を使うことばかり。学生とかまったく知らない人は「そうなんだ」と感心するかもしれないけど……
    おっと、それはコミュニケーションに限らないけど。

  6. 写真や動画は記録しか該当しないように書いている(p.139)。
    そんなことありませんよ。ISO9001が日本上陸した1990年頃から、動画を手順書にした事例そしてその管理も取り上げられていた。
    いや、全然大したことじゃないけど、気になりました。


うそ800 本日のまとめ
どうも著者は現実の会社でISO認証したことがないようだ。いや、ISO認証なんて何度もしたと反論されるかもしれない。そうかもしれない。しかしそれなら過去からの会社の仕組みとか企業文化というものを大事にしないで、単にISO認証を目的として会社の本当の仕組みを無視した規格適合を目指したのだろうと推察する。
ハッキリ言う。会社の文化を大事にしないでISOのための文書とか記録とかルールを作ることは百害あって一利なしだ。その結果は表裏のルールの存在、二重管理に他ならない。
元からある真の会社の仕組み、企業文化を大事にしなければ無意味だ。
現実にはそういう現実と乖離したISO認証が多いのだろう。だからISO認証の価値がないのが現実、困ったことである。
そんなこといったい誰が広めているのだろうか……


うそ800 本日の独善
私が語っているのが真理なのか否か、それはわからない。
案外この本が語っているのが真理なのかもしれませんよ。
組織が具備すべきシステムは、組織の状況、活動、製品及びサービスの性質によって異なる(ISO14001の序文)のだから、そもそもが一律ではない。
ただこの本が提示するマネジメントシステムなるものは、どうみても非効率であり存在意義が分からない。認証するための形式だけの手順、誰も使わない文書があるなら、それは良いマネジメントシステムではない。
そしてそんなシステムを勧める書籍やアイデアは間違いに違いない。




元同僚からお便りを頂きました(2019.12.06)
先日、「ISO14001の規格と審査がしっかりわかる教科書」という本の論評を書いた。
古い友人というか元同僚からメールが来た。曰く「ちょっと悪く言いすぎだよ。本が出たばかりであれほど叩いたら失礼だ」とのこと。

こちらは事実を基に語っているので失礼もへったくれもないと思うが……とまあ、そこから考えたというか思い出したこと。
私の知り合いとか面識がある同業者でISO本を出した人は半ダースはいた。みな私に読んでくれといったが、ただで寄贈してくれた人はいなかった。ひどいもんだ、単に一部売れるだろうと私に宣伝しただけなのだろう。ともかく知り合いが出版したと聞けば、知り合いの誼とお金を出して買って読んだ。
感心する本はひとつもなかった。ある人の本にはいくつも間違いがったので、それを事細かく説明したメールを送った。
そいつは男らしい奴だったので、何も言わずに絶交された(笑
私は本を出してはいないが、ウェブサイトには彼らの書いたものの十倍どころか100倍も書いてきた。無料で読めてありがたいと感謝されなければならないが、そんなことは一度もない。もっとも自費出版で売れないよりも経済的損失は少ないけど、
思うことはたくさんある。
間違いは論外として、多くの人が書くものは規格解釈などであり、規格改定があればその存在価値がなくなってしまうものが多い。はっきりいって、それは悲しいじゃないか。
私は規格解釈とか解釈批判を多々書いている。しかし規格改定があれば即無価値になるようなことは書いたつもりはない。
規格要求はこういう背景があってあるのだ。しかし規格要求を満たすにはいろいろなことがある。A・B・C……。また誤訳とかを指摘するだけでなく、その悪影響とかを考察しているつもりだ。
そんなわけでいまだってISO14001の2004年版解説にも十二分の価値があると自負している。
だから!間違い本とか規格改定されると意味のなくなる本をみると、いささか気に入らないのである。


注1
「マネジメントシステム」の定義
ISO14001:2015 3.1.1 方針、目的及びその目的を達成するためのプロセスを確立するための、相互に関連する又は相互に作用する、組織の一連の要素

注2
「組織」の定義
ISO14001:2015 3.1.4 自らの目的を達成するため、責任、権限及び相互関係を伴う独自の機能をもつ、個人または人々の集まり。

注3
法定管理者とは法で定められている、統括安全衛生管理者(建設業なら100人以上、製造業なら300人以上)、安全管理者(50人以上)、衛生管理者(50人以上)、防火管理者(必要な要件は多々あるが、工場や事務所では50名以上)などをいう。

注4
「管理と組織」ルイス・A・アレン、ダイヤモンド社、1960.10.14
注5
これはブラック企業とか封建的とかではない。次のような規則は当然である。
  • 地方公務員法
    第30条 すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。
    第31条 職員は、条例の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。
    第32条 職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。
  • 国家公務員法
    若干表現は異なるが同等のことを定めている。
    第96条第1項 すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。
    第97条 職員は、政令の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。
    第98条 第1項 職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。
  • 厚生労働省 就業規則ひながた
    第10条 労働者は、職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行するとともに、会社の指示命令に従い、職務能率の向上及び職場秩序の維持に努めなければならない。


うそ800の目次にもどる
推薦する本の目次に戻る