20.06.29
私のウェブサイトは過疎どころか限界集落、人口ならぬ訪問者が減る一方だ。たまにお便りなどいただくと、うれしさのあまり天まで登る気持ちになる。
6月某日、S様よりお便りをいただきました。昨年末に発行された「ISO14001の規格と審査がしっかりわかる教科書」という本は、まっとうなのか、参考になるかというご質問で、「おばQ氏のご意見をいただきたい」とのこと。
いやあ、私を頼りにしてくれる方もいることに感動一入であった。
注:「ひとしお」とは「ひときわ」とか「一層」という意味であることは知っていた。
今キーボードを叩いて変換キーを押すと、「一入」と出た。「いち」、「いれる」と書いてひとしおと読むと初めて知った。驚きであった。
さて、依頼されたからには読書感想文を返さなければならない。正直言って読んだ記憶がない。
アマゾンでみると、お値段が1780円+税である。中古本は出品されていない。
書名 | 著者 | ★出版社★ | ISBN | 初版 | 価格 |
ISO14001の規格と審査が しっかりわかる教科書 | 福西義晴 | 技術評論社 | 4297108992 | 2019/11/20 | 1780円 |
ISOなんてマイナーな分野の本は、あまり売れないから中古が出ることはめったにない。
わざわざ買うのはお金がもったいない。住んでいるところと近隣の市の図書館にないかと検索するとあった。住んでいる市または働いている市の図書館の利用はもちろんだが、今はそれに隣接する市の図書館の利用もできるのだ。ただし借りられる冊数とか日数などに制限のあるところもある。
おっとどこに行っても電車賃は片道せいぜい300円だから買うよりは安い。
コロナ休館も終わったから、暇つぶしを兼ねて電車で二駅乗って行った。
図書館再開当時は入口のところに机が横に並べてあり、職員に図書館利用カードを示して予約本を受け取るという形態だったが、規制が緩くなった今は書庫まで入れるが、マスク着用厳守は変わらない。書庫への出入りの際はアルコール消毒、みな手で触るから厳戒状態である。
さてと読み始めたら、なんだか既視感がある。まあISO14001の入門書なんてみな似たようなものだ。そう思いつつ200ページの最後まで読んだ。自分が詳しい分野の本だからサクサク読める。1時間半で読み終わった。
やはりどうも一度読んだ記憶があるので本棚を探したがない。私はくだらない本はすぐに捨ててしまう。本棚も狭いし、屑本を置いとくと目にするたびにがっかりするからね。古本で売るなんて面倒なことができる男ではない。
気になって我がウェブサイト「うそ800」の書評をみたら、なんと昨年末に書いていた。読むと、わざわざ大枚2000円を払って買って読んで失敗したと書いている。幸い今回は図書館から借りたから、ただで済んでよかったと自分を慰めた。図書館までの電車賃は、フィットネスクラブに通う定期券が使えるから支出はない。それよりもなによりも、S様に返事するには再読しなければ無責任だろう。
ともかく読んだ感想は前回と全く変わらず、ゴミでしかないという結論である。
時が経っても考えが変わらないことに感心するのか、進歩がない男だとがっかりするのか、どちらか自分もわからない。とはいえゴミが半年で宝石になることはないだろう。
ともかく再読した感想を簡単に書こう。
こまごました間違いとか勘違いはどうでもいい。ともかく総論は、読んでも役に立たないのではなく読んではいけないものだということ。それを改めて伝えなければならないと思った。
この本の大きな問題点はいくもあるが、思いつくままに挙げる。
- まず著者が環境管理をしたことがないように思える。
もちろんISO14001規格はよく読んでいるのだろうが、実際の会社において規格がどのように展開されているのか、言い換えると過去からISO規格要求など実行している企業がほとんどであるわけだが、具体的にどの要求事項に該当する仕事なり文書なりがどんなものかということを、まったくわかっていない。
- 「マネジメントシステムを構築しましょう」(p.32)
マネジメントシステムがない会社があるのか? 私は師について学んだことはないと語っているが、実際には複数のISOTC委員、認証機関の社長、取締役などのご教示をいただいてきた。トラブルが起きると自分がいくら考えても問題解決に至らないことも多い。だから面識がある方に強引に会って、いろいろとご教示をいただいた。支援していただいた方々には感謝しかない。
そういったレベルの方々は、マネジメントシステム構築なんて言葉を使わない。カルタ取りと言った方もいたし、逆引きと言った方もいた。要はISO規格があるからやらなければならないのではなく、ISO規格にあることは過去よりしていたはずだ。それを探すのだという発想である。
我が同志ぶらっくたいがぁ氏は、ISO規格通りしなければならないという発想を天動説、現状から始まるアプローチを地動説と呼んだ。
ネーミングは異なれど、言っていることは同じだ。ISO認証のために新たにすることはまったくない。会社が過去よりしていることを抜き出して説明しようというスタンスである。
勘違いはないだろうけど、ISO認証のために会社があるのではない。ISO認証は会社のビジネス推進のための手段でしかない。
- 「環境にかかわる法規制を調べましょう」(p.114)
会社で実際に仕事をしていれば、ISO規格にあるからしなければならないという発想になるわけがない。10年も会社で仕事していれば、自分の会社の仕事の流れは、頭に入っているだろう。会社の業務や製品にかかわる法律を調べろとあれば、自分の会社では具体的にどうしているか考えるだろう。細かい手順はともかく、新物質や新設備を導入するときは安衛法で、安全性、有害性などを評価しなければならない。誰が? 当然、総括安全衛生管理者や安全管理者や衛生管理者、産業医など。
あなたも薬品や設備の使用や導入伺をしたことがあるだろう。そこで安全性、有害性、資格者の要否、表示、手順書の作成の要否、記録の要否、届け出の要否などを審査するはずだ。違法たっぷりのブラック企業でなければ。
新製品を出す場合も同じだ。使用材料の規制、物理的安全つまり転倒角度や突起や穴の大きさ、電気安全、リサイクル義務、そういったことを確認し記録を残しているはずだ。
過去より、ISO規格に書いてあること、法規制を調べたりそれに対応する社内手順を決めて実行していたのではないですか?
- ISO規格を理解しているのか?
著者はISO規格を良く読んでいるのだろうと前に書いたが、実はそうとは思えない。
書いてあることをそのまんま受け取り、規格が絶対だと考えているのではないか。
これは前に書いたこととは違う。著者はISOMS規格を手順書あるいは手順のあらましを決めたものと受け取っているのではないだろうか?
残念ながらISOMS規格は手順書ではなく、仕様書である。「こうであれ」と書いているが、「どうするか」は書いてない。だから「○○しなければならない」と規格にあるからと、「○○します」と書いても意味がない。どのように○○を実現するかを考えなければならないのだ。その方法は会社や状況によってすべてユニークなものになるだろう。
ユニークとは同じものが一つもないことである。会社に見合った方法を考え、その手順を決めることは手間が大変だ。コンサルとはそういう仕事をすることだ。
コンサル業務を標準化することは、コンサルタント及びコンサル会社にとっては良いことかもしれないが、顧客にとっては悪いことである。
- 書いてあることが20年、いや30年古い
文書体系図がある。(p.139)これは私の記憶では1990年頃にイギリスで品質マニュアルの説明書に使われた図のはずだ。
その後、それは体系の概念であり具体的な図を示すことは誤解を招くとして使われなくなったはずだ。
その後30年、多くのコンサルが文書階層を浅くしたり深くしたり、体系は三角形ではなく四角形だとか見当違いのことを叫んでいる。
この書中で「文書体系の例」と記載はあるが、例というか概念であることを明記するか、拘るなと強調すべきだろう。いやこんなものを掲載しないほうが良いだろう。
- 環境側面のイメージ図(p.66)
私はこの図を見ても、まったくわからない。環境側面をしっかりと理解させないとISO14001は理解できない。もっと懇切丁寧に、読者が「完璧にわかったぞ」と思うくらい説明しないとならない。
半可通だと「有益な環境側面」なんて思想に洗脳されてしまう。そうならないように教え込まないといけない。
まさか著者が環境側面を理解していないなんてことはないだろうと思うが?
- 「ISO9000において『マネジメント』は、『組織を指揮し、管理するための調整された活動』と定義されており、『方針や目標を立てて、目標を達成するために活動すること』と説明されています。(JISQ9000:2015の3.3.3)」とある。(p.23)
本当だろうか? JISQ9000:2015を見てみよう。
これはその通りだ。
では『マネジメント』は『方針や目標を立てて、目標を達成するために活動すること』という説明があるだろうか?
何度も全文検索して探したが、該当する記述はない。
最も近いのは3.3.3注記1の「マネジメントには、方針及び目標の確立、並びにその目標を達成するためのプロセスが含まれることがある」だった。
他の7か所は全く関係ない。
なぜ拘るのかといえば、マネジメントとは直接仕事をすることではなく、仕事を管理することなのだ。それは定義にある通りだ。その説明として「(前略)活動すること」になるはずがない。ちょっとしたことではあるが、大きな違いだ。そんなワンフレーズでおかしく感じてしまう。
まあそれ以前に、元々この書に書いてある「説明」はないのはどうしてなのだ?
- 環境目標の説明がまったくおかしい(p.121)
まあ、コンサルや審査員が書いている本の多くは間違えているのだが、だからと言ってこの本も間違えてよいわけではない。
環境目標とは何ぞやとなれば、環境方針を展開したもの、あるいは環境方針を実現するものである。
これは暴言でも何でもない。そうISO規格に書いてあるじゃないか。
目標は方針を展開したものであり実現するためのものである。環境側面やらなんやらは付加条件に過ぎないのだ。
実際の審査で「環境目標は環境側面から選ぶ」なんて語る審査員がいるが、奴らはISO規格を読んだことがないのか? そんなことは少しもISO規格に書いてない。そもそも方針は経営者の専決事項だ。
- 「環境目標の取組みを事業プロセスの中で行うこと、すなわち事業プロセスに統合する」(p.123)
環境目標の考え方が逆なのだ
私は下級管理者だった。とはいえ部下は200名以上いた。その任に就く前に特に教育を受けた覚えはない。ただひたすら、先輩というか前任者の仕事をその下で何年も眺めていた。彼はものごとをすべて単純に分解しそれを処理していくというタイプだった。複雑なものをそのまま解決しようとすると手におえないが、細かくするといつの間にか片付いているという感じだった。
方針展開も同じで、品質も生産性も安全も小集団活動も同じものだという認識だった。上がいう種々の方針をそのまま展開したら、身動きが取れなくなる。だからこの部門でしなくちゃならないことはA項目、B項目、C項目と決める。それ以外はしないという発想だった。当然、自分も各現場も、ひたすらABCを実行しそれ以外はなにもしなかった。
品質改善はどうなっているかというフォローが来れば、ABCに展開していると説明し、生産性向上は、棚残削減は、安全は、小集団は……などなどすべてに対してABCに展開して活動していると説明しきった。
仕事というのはそういうものだろうと思う。ISO9001のための仕事が存在したり、ISO14001のための活動が存在したりするのはおかしいというか、支離滅裂だ。もちろん防災のための活動もないし、安全のための活動もない。あるのは職場の今年のテーマが数項目あるだけ。
そうでない会社があるなら、だいぶ無駄が多そうだ。
- そういう発想からすると、認識(p.130)、コミュニケーション(p.132)その他のすべての項番も独立したものではなく、仕事を進めるためという観点ではまとまった一つのものに過ぎない。
会社の仕事はジグソーパズルと同じく過不足なくできている。
元々1987年にISO9001初版が現れた時、たくさんの項番があったが、あれは単に切り口を示したに過ぎないと私は解釈していた。仕事というのはシームレスであり、区切りをつけることなど不可能だ。部署別にしてもプロセスで分けても、分けようがないのが事実。だからISO規格でも「リスク及び機会への取組み」と「支援」に縦軸と横軸に分けてわかりやすくしているに過ぎない。
まあ、それは便宜上というか要求規格だから良い悪いはない。しかしシステムとはこうあるべきと解説する本では、ISO規格の区分ありきという発想の説明では会社にとって役に立たない方法である。ISO認証しました。でも二重帳簿です、ダブルスタンダードです、という30年前の仕組みを作るだけになる。お疲れ様である。
- 「マネジメントレビュー」(p.43)も、「内部監査」(p.167)も同じ発想である。会社から考えれば、過去よりしている種々の会議をマネジメントレビューに充てるとか、業務監査を内部監査そのものであるとするのが正統派であろう。
まとめである。
理由があってすぐさまにISO認証しなければならない!という状況なら、この本を手本に行動するのもあるかもしれない。そして認証するだけなら、この本に従っても可能だろう。
だけどその結果、会社の無駄をなくすとかチョンボ発生を防ぐか、いやいや日々の仕事がやりやすくなるかというと、そういう効果は全く期待できない。むしろ仕事がやりにくくなる、繁文縟礼になる、会社の規模に見合わず三菱重工とか日立製作所なみの文書がそろうという効果(?)が期待できるだろう。
認証を契機に、会社をよくしたい、無駄を省こう、そういう発想の人は手に取ってはいけない。そういう目的に最適な参考書は私の知る限りBV社の方が書いたものしか思い当たらない。ISO14001の25年にわたる歴史でこれより良い本は存在しないことを保証する。
これには1996年版対応と2004年版対応がある。いずれも今は入手困難だ。
書名 | 著者 | ★出版社★ | ISBN | 初版 | 価格 |
環境マネジメントシステムの 構築と認証の手引き(2004対応) | 土屋 通世 | システム規格社 | 4901476068 | 2004/12/17 | 1714円 |
環境マネジメントシステムの 構築と認証の手引き | 土屋 通世 原田 伸夫 | システム規格社 | 4901476025 | 2000/08/01 | 円 |
ということでS様、お問い合わせへの回答は、これでよろしいでしょうか?
本日の嫌味
前回と今回を合わせると1万3千字になる。この本は概算で10万字である。本文の1割以上ものコメントを書くほど熟読した私に、著者は感謝してほしい。
いや、正直言うと全文200ページのうち、初めの100ページくらいはまじめに読んだが、あとは馬鹿らしくなって流し読みしましたけど……
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