ウェブサイト開設20周年

21.08.12

2021年8月14日にウェブサイト開設から満20年になる。いやあ長い間書き連ねてきたものだと我ながら感心する。個人や企業のブログやウェブサイトを見て歩くと、開設してから少しの間は週一くらいで更新していても、2〜3年も経つと更新頻度はがたっと減り、ひどいものは更新なし、つまり放置状態というものが少なくない。いやむしろそういうものが大多数である。

一流企業や官公庁のウェブサイトともなれば、日々更新、ウェブサイトのデザインも2年もすれば全く新しくしているのも珍しくないが、それはごく少数だ。
ひとりの個人が作り維持して、ほぼ毎週2回は更新して、20年続いているウェブサイトは日本でも数えるほどだろうと自負している……まあ、コンテンツの価値はともかく、


ものにはすべて寿命がある。会社の平均寿命はどれくらいかというと、会社(法人)は自然人と違い、必ず終わりがあるわけではない(注1)今登記されている会社が設立してからの平均年数は、37.5年(注2)また負債1000万以上の倒産企業が設立されてからの平均年数は23.3年(注3)という。

逆に見て、新たに設立された会社は何年くらい存続するのだろう?
何年と考えたでしょうか?
実は非常に短い。起業して一定年数まで存続するのを企業生存率という。企業生存率は時代とか景気動向によって大きく変わる。現時点の企業生存率は中小企業白書などで時々取り上げられる(毎年は載っていないようだ)。
それによると

企業生存率(2019(注4)
区分1年2年3年4年5年……10年
全体72.8%60.9%52.8%46.6%41.8%……26%
飲食店62.5%……36.4%……22.5%……8.4%
ベンチャー企業……………………15.0%……6.3%

今日会社を興して、1年後ビジネスを継続している会社は7割、10年後は4社に1社しか存在していないという恐ろしい事実だ。このデータを見れば100年企業なんて奇跡としか言いようがない。
飲食店はとんでもない数字だ! ベンチャー企業に至っては、まさにベンチャー(冒険)だ。
もし独立するなら、資金を確保し体制を整え、取引先を確保しておかねばならない。クビになったからとか、上役が気に食わないという程度の決断ではまずだめだ。


ウェブサイトの寿命といっても政府の統計はない。昨年ネットを調べときは、2〜4年だった(注5)
ともかく一個人がウェブサイトを20年も維持してきたのはすごいと思う。自分で自分をほめてあげたい。

人間の一生において20年は十分長い。オギャアと生まれた赤ちゃんが20年たてば立派な大人、 赤ちゃん 年寄り 大卒が入社して20年経てば有能なら課長、そうでなくても職場の重鎮になっている。
72歳の私にとっても20年は人生の28%ほぼ三分の一である。イヤハヤ

更に言えば、私がウェブサイトを開設した52歳から72歳まで生き残る文字通りの生存率は81%(注6)である。52歳が10人いれば、72歳まで生きるのは8人しかいない。幸い私はその8人に入れた。
ちなみに私がこれから10年間82歳まで生きる確率は67%であり、3人のうちの2人に入らないとこのウェブサイトは消滅する。92歳まで生きる確率は19%、宝くじに当たったことのない私には絶望的だ。

そもそもこのウェブサイトはDTI(ドリームトレインインターネット)というプロバイダで開設した。会社倒産時の平均年齢はひっくるめると前述の23.3年だが、業種によって大きく異なり情報通信産業の倒産時の平均年齢はたった14.5年である(注2)
バンザーイ DTIはスタート時は電機会社の子会社、それから電力会社の子会社となり、その後も電気通信会社間で何度も売買をされるなど激動の人生だったが、幸い設立27年目の今も存続している。それもたいしたことだ。
このウェブサイト20歳誕生日を祝うとともに、DTIが27歳になったことを祝わねばならない。DTIが続いていなければこのサイトの20歳はなかったのだから。


このウェブサイトを開設したいきさつを簡単に述べる。私の叔父二人は戦死している。私の親父や伯父・伯母たちがどんどん鬼籍に入りつつあり、子孫のいない叔父二人を祀る人がいないことを嘆き、国が戦死者を祀れ、首相は靖国神社を参拝せよとネットで叫んだことに起因する。

そのときは終戦から57年後であった。時は進みもう終戦から77年である。私の伯父・伯母はみな彼岸に逝ってしまい、私も生活のために田舎から都会に出てきて終の棲家もこちらになってしまった。もうお墓参りも簡単にはできない。しかも2019年からこちら新型コロナウイルス流行で親父とお袋の墓にさえお参りできていない。
とはいえもう首相の靖国参拝は無理だなと諦めの境地である。


時代はどんどん変わり、民主党なんていうサヨク政権ができ、そして崩壊した。東日本大震災も起きた。
ルーピー鉋音 枝野

中国が尖閣列島を掠め取ろうとする動きは活発化する一方だ。また韓国の反日の盛り上がりと、日本への誹謗中傷を世界中にまき散らしている。それに対抗するにも国民は危機意識が低い。

日本よしっかりせよと叫ぶのに疲れ、いっそ日本など滅んでしまえと思うこともある。勇気と希望が欲しい。


開設してから数年してから、自分の仕事であったISOMS規格の認証について、書くようになった。
私の仕事は環境管理であった。その半分は公害防止や廃棄物だが、半分はISO認証対応だった。そのISO審査とは法律やISO規格を基にした冷静で論理的な話し合いではなく、無知な審査員の思い込みや決めつけの非論理との応酬である。そしてそれは非対称戦争であった。なぜなら審査員は企業の担当者と同等と認識していない。なぜか審査員は上位者であり、全能・全権の神のようであった。

ウェブサイトを作ると、私はISOのトラブル対応質問や協力要請を受けるようになった。
おかしな審査員、おかしな認証機関に翻弄され、仕事のやり直し、無用な書類、不要な仕事の増加による会社の負担増、環境保護どころか環境に悪い規格解釈、要求される行動などバカバカしいめにあっているのは私だけでなかったのだ。それで私はISO審査の現状への反論を書くようになった。

嘘だとお思いなら…… 私の書いていることが大げさとか嘘とお思いのISO審査員や認証機関があるだろう。
では聞く
    許しません
  • スパイラルアップと語ったのは誰だ?
  • 環境法規制を知らずに審査していたのは誰だ?
  • 「私はISOTC委員より詳しい」と語ったのは誰だ?
  • 通勤を環境側面に含めないと不適合といった屑もいた。
  • 目的と目標二つの計画が必要なんて語っていたバカもいた。
  • 「環境目的は3年以上先でないと不適合」と語ったのは誰だ?
  • 「環境側面を点数で決めなければならない」と語ったのは誰だ?
  • 「目標は1年後の目標で、目的は3年後の目標」と語ったのは誰だ?
  • スパイラルアップの図がマニュアルにないと文句を言ったのは誰だ?
  • 有益な環境側面とはなんだ? それがないと不適合という根拠はなんだ?
  • 外部コミュニケーションとは環境報告書を出すことと語ったコンサルもいた。
「誰だ」と書いたが、私は名前を憶えているぞ。
納得いかない方はここから苦情メールをどうぞ 電子メール

日本のISO認証は規格を知らない認証機関と審査員によってまったくメチャクチャにされ、その結果、ISO認証制度は認証件数の減少により崩壊寸前である。
ISO審査 まあそれによって最終的に貧乏くじを引くのは認証制度であり、認証を受ける企業でもなく、社会でもない。自業自得というか自縄自縛というか。
企業サイドとしてはもうISO認証に対する考え方は決しただろう。あとは認証機関が勝手に滅んでくれというのが2021年の心境ではないか。
もう論じるに値しない、そんな感じだ。

もはやISO規格解釈とか認証制度を考えることもない。今の私は、政治についてはお花畑を揶揄すること、環境関係は地球温暖化を考えること、そんなことをウェブに書き綴っている。
ともかくウェブサイトを止める決断もできず、日々思うこと、世の中のおかしなことへの不満・問題提起を書き綴っている。まあそれもボケ防止になるか……

反論はおありでしょうが…… 過去20年(20年だよ)ISO認証制度がいかなる建設的な活動をしたのか私は知らない。毎年開催されるJAB主催のマネジメントシステムシンポジウムのテーマも結論も毎度どうどう周りの繰り返し。ISO認証の信頼性を疑われた時も、企業サイドに罪を転嫁してあとは知らぬふり。
その結果が今なのだ。
私に反論したくば頑張って認証件数を2006年当時に回復することだ。そしたら耳を貸そう。

始まりはともかく、伝統なり文物なりを大事に大事に維持して20年というのはハンパではない。
おっと維持とは大事にしまって保管しておくことではなく、日々具合の悪いところを直し、更に時代に合わなくなれば交換し、新しいコンテンツを付け加えることだ。
このウェブサイト20年間に付け加えられたコンテンツの推移は下表のとおりだ。

コンテンツ

2001年に開設してから2004年まではもっぱら靖国問題とか竹島、尖閣問題などの政治的なコンテンツがメインだった。開設初年は半年しかないが1コンテンツの文字数が2000字とか短いものが多かったのでけっこう書いた。2002年は転職や引っ越しで前半はほとんど書いてなく、数か月経って再開した。
その後、愛国の同志たちからISO認証での問題について相談を受けたのをきっかけに、だんだんと変質してきた。その結果ISOのオピニオンサイトとみなされるようになったと認識している。

仕事も山谷があり仕事が忙しい時期は更新が乏しかった。更新が減るとあっという間に訪問者が減る。まあ自分がチェックしているサイトやネット小説でも、更新が途絶えるとすぐにチェックを止める。皆さん同じでしょう。
2012引退後は週2回更新が定着した。

ちなみに…… 朝日新聞 朝日新聞 の「天声人語」は執筆者が2名交代、文字数603文字と決まっているそうだ。すると執筆者ひとりは1週間に 603×7÷2=2,110文字書いていることになる。
私の場合、病気とか特段の事情なき場合週2回、少ないと4,000字、多いと1万字以上ならせば毎週1万5千字は叩いている。ならば朝日新聞の論説委員の7倍の賃金を(以下略)

それにしても毎週書くことがないということが。 別にアイデア豊富とか知識があるわけでなく、世の中に言いたいことがたくさんあるのだ。
もっとも日本国憲法は主張をする権利を認めているがそれを聞く義務はなく、実際に聞いてくれる人がいるわけでもない。


ウェブサイトを維持するといっても簡単ではない。まず消耗品がいる。
マウス 信じられないかもしれないが、私にとってキーボードは消耗品である。数年前までは年に1個つぶしていた。ここ2年ほどはコンテンツの文字数を減らしたせいか1年半くらい持つようになった。
マウスも消耗品だが、これは普通にパソコンを使っている人と変わらないだろう。1年半というところ。パソコン本体はハードディスクが異音を出すようになると危ないから買い替えている。まあ4年ないし5年だ。

それにウェブサイトを維持しているプロバイダに払うお金がある。実は今住んでいるマンションは管理費に光回線が付いている。だから開設以来利用しているDTIはウェブサーバーを使うために最低料金のダイアルアップ契約とウェブサーバー代の月1000円である。
言い換えると、それ以外大して費用は掛からない。

実際にコンテンツを書くには、ネットとGoogle叔父さんだけでは間に合わず、本を買ったり論文を読んだりするので、その本題とか図書館や博物館への交通費などがかかる。
考えてみれば全くばかばかしいことですね(笑)


ウェブを維持していれば、訪問者を期待するのが人情です。だれが作ったウェブサイトでもアクセスカウンターがついてます。
いまどきはカウンターがない方が多いよなんて言ってはいけません。多くはカウンターのサイズをゼロにして表示させないでアクセス数だけ見ているのです。

ちなみに…… 今はSEOなんて言ってアクセス数を増やそうと、どこも必死に研究し対応しています。もちろん訪問者がどこから来たのか(ブックマークなのかどこのサイトのリンクからか)とか、自分のサイトに来てからもどんなふうにさまよったのかなどを調べています。当然アクセス数なんか把握しています。
実を言いまして数年前、私も訪問者がどこから来たのかとか、どんな風に歩き回ったのかなどを調べようとしましたが、その結果をどうするのかと考えて(笑)、止めてしまいました。
モノを売るとかお金儲けにつながるならともかく、趣味のウェブサイトでしゃかりきになることはありますまい。

ともかくどれくらい訪問者がいるのかとなりますが、祝祭日や曜日によって大きく変わります。それで年間訪問者数を見たのが次のグラフです。

アクセス数

注:縦方向はそれぞれのピーク時を100%として推移を比較できるようにした。

ウェブサイトアクセス数の変化を説明する。
2005年から2007年の間は前述したように仕事多忙につき更新が少なかったために、アクセスが少なかったと考えると、概ね「うそ800」のアクセス数はISO認証件数に比例していると思われる。
見てわかるようにアクセス数は、ISO認証件数と同様にピークを過ぎて減少中である。認証件数は今現在ピーク時のQMSが55%、EMSが63%、このウェブのアクセス数は48%といずれも減少著しい。
ウェブサイトアクセス数の減少は、認証件数が減るにつれて審査員も企業の関係者も減り更に関心もなくなり、アクセスが減ってきたと推測する。
2014年以降は認証件数減少よりも激しくアクセス数が減っているが、これは企業が認証を返上するには他社動向とか社内調整など手間がかかるのに対し、私のウェブサイトにアクセをやめるのはなんの差し障りもないから減少率が大きいのだろう。
ということはISO認証が増えないとアクセス数は減る一方で、回復する見込みもない。


さて、このウェブサイトの前途にいろいろ難問はあるが、眼前の問題は、ウェブサーバーの容量不足である。無料で50Mバイト、有料で50Mバイト合計100Mの契約で、これ以上の増量はできないそうだ。
現時点サーバーにあるファイルの合計は92.1Mバイトとなっている。毎年4.5Mくらいずつ増えているから、2023年にはパンクしてしまう。それが寿命か……

フリーのウェブサーバーを使えばよいじゃないかとおっしゃるな! このウェブサイトが20年も続いたのはお金を払っているからだ。フリーのサーバーは行雲流水、短命でいつ消えるかわからず引っ越し対応で大変だったでしょう。
いや、その前に面倒くさくて止めちゃいましたよ、


うそ800 本日は自画自賛

すごいぞ、ずごいぞってばかり書いてしまいました。まあ中身はともかく20年続いたことはすごいと思っています。
もっともこれだけの文章を書くなら、ネット小説でも書いたほうが良いとか、俳句でも勉強して載せたほうがいいという考えもあるかもしれませんね。
まあ腹膨るることのガス抜きでもありますから(笑)

お暇なら過去の開設記念日のコンテンツをご覧ください。
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注:文字色が暗い色はリンクしていません。




注1
現代の企業はジョイントベンチャーや特殊なイベント対応の企業を除いて永続することを目的としている。これは継続企業(Going concern)と呼ばれる。
なお特殊なイベント対応としては、PCBを処理している中間貯蔵・環境安全事業株式会社(元 日本環境安全事業株式会社)がある。PCB処理が終われば解散するはず。

注2
注3
注4
下記を参考にした。
起業・独立開業について
士業の学校
Synchro Food(2014-2016)

注5
注6



でるた様からお便りを頂きました(2021.08.12)
祝20周年
ウェブサイト開設20周年おめでとうございます‼
毎回楽しみに閲覧させていただいております。
これからも末永くお身体にお気を付けになって、本当の日本人の心とISOを発信していただきたく思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

でるた様 お便りありがとうございます。
ばかばかしいことしか書いておりませんが、ご訪問いただき感謝申し上げます。
元気ある限り頑張ります。
でるた様も新型コロナウイルスのでるた株に負けないよう頑張ってください。


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