学校でも会社でも環境は大事ですとか、環境保護に努めようなんて所属員に語っている。なんでかっていうと、環境教育等促進法(正式名称:環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律)なんてのがあるんですよ、あなた知ってましたか?
しかも学校で子供たちに教えるだけでなく、家庭、職場、地域でも環境教育を行うんですって、全体主義国家みたいで怖いわ、奥様!
とはいえ酒飲み運転をしちゃだめだと法律があり罰則もあり、そして事故が多発していて処罰されている人も多いのに、酒飲み運転が減らない日本です。そんな国で環境教育をするぞ!と言っても皆さん気にもしないようです。
ともかく世の中には環境保護のボランティアも多いし、会社などでも同志を募って様々な活動をしているようです。
本日は環境保護とはなにをするのか考えてみます。
いろいろあって玉石混交、人様に見せるようなものとも思われない。
しかしこれらを読んで私は大いに驚いたのです。
だって10年前私が直接見聞した環境保護活動とは、次のようなことばかりでした。
関東某県で江戸時代の田園風景を復活させようと、圃場整備した田を昔ながらの6畳間くらいの不定形な形にしようという公務員に会ったことがある。
江戸時代の田園風景を再現すると、いかなるメリットがあるのかわかりません。観光客を呼ぶにはインパクトが弱いし、それに価値を見出す人が何人いるものか? 農作業に手間がかかる分は補助金でも出すのか?
実は彼女、江戸時代の文学を読んでその風景を再現したいと語っていました。
里山保全と称して、ボランティアで山の下刈りをしていた同僚がいた。私も誘われたが丁寧にお断りした。
私は農家ではなかったが一族の故か毎年駆り出され、体中が埃だらけになって下刈りをしてました。ヘトヘトになって帰ってくるとまずは風呂に入りたいのですが、家内は家に入る前に体を洗えと厳しいお言葉。
都会に出てきてそんなことから放免されたと思っていたから、自ら地獄に飛び込む気はありません。
まず里山というなら常日頃活用しているはずです。利用しない山は里山じゃありません。誰も通らない道を維持しようとか、誰も薪も拾わない草も刈らないから下刈りしようとする発想がまずおかしい。利用しない山を見た目きれいに維持しようという発想がありえないでしょう。
家内の実家は数反歩の田んぼとやはり数反歩の桑畑で蚕を作り、数反歩のリンゴ畑を作っていました。
日本のように多雨な地域では、数年放置したら、もう人間が入れるような状態ではありません。里山は下草とか薪など利用するからこそ、その状態を維持しているのです。
ボランティア活動で強制的に維持するのは里山ではなく盆栽です。
そもそも里山という言葉は江戸時代になかったそうです。江戸時代の錦絵、浮世絵には山が林に覆われているものがめったにありません。当時は草刈り場でした。明治に入り農村の田畑の外側を囲んでいた草地の利用価値が下がり、放置されると森林化して、こんどはその森林を利用しようとした結果、里山という状態になった。そしてエネルギー事情が変わり薪など利用しなくなったので奥山化しているというのが現在の姿です
私が今のマンションに住んで12年になります。その頃、近くで別のマンション建設反対運動が過熱していました。反対運動をしているのは隣接する既存のマンションの住民たちでした。その主張は景観が悪くなるとか、日当たりが悪くなるとかいってましたね。
でも以前から住んでいる人に聞くと、反対している人たちが住んでいるマンションはほんの数年前に建てられたそうで、そのときは元から木造平屋住宅に住んでいる人たちが日当たりが悪くなると反対運動があったそうです。
日照権がそこなわれるという反対運動を無視して建てたマンションに住んでいて、自分たちの南側により高いマンションを建てると日当たりが悪くなると反対するのは、倫理観以前に頭がおかしいんじゃないかと言ってました。昔はそういうのを頭おかしいでなく行儀が悪い
ちなみに私の住んでいるマンションはそのような反対運動はなかったそうですし、地形的に南側に高い建物ができる可能性はなく幸せです。
某大手企業の環境部門の方と知り合いになりましたが、彼は東京にトンボを呼び戻そうとその会社の複数の工場にビオトープを作っていました。不思議でならないのは会社でビオトープを作るお仕事をしていて給料がもらえるのですね。いや皮肉ではありません、単純に驚きです。
どんなプロジェクトでも会社が決めることですが、トンボ保護に株主は賛成しているのでしょうか?
いくらなんでも定款にはないよね(笑)
ともかく2010年頃の環境保護活動といえばそんなものばかりでしたね。周りから見て「わあ!すごい」「あなたは高尚なお仕事しているのね」と思われるようなことばかり。
あるいは環境とは自分とはちょっと離れていて、遠くから見るものとか、人間の手が加わっていないとか、神がおつくりになられたママの姿というニュアンスだったのでしょうか?
純粋に家庭内の省エネを考えようとか、ごみの分別はいかにあるべきか、オフィスにおける環境保護はどうあるべきか、なんてことを考えていた団体なんて聞いたことがありません。
10年前を振り返れば、見た目だけ、カッコだけ、気分だけというキノコ🍄ばかりだった環境保護活動が、地味ではあるが地についた意味ある活動になっていてよかったと思う。
歩みは遅いが少しずつ良くなってきている。
余談だが、環境活動はさまざまな面で向上している。
1990年代半ばの各社の環境報告書などをご覧になったことがあるだろうか? 昔々、25年も前の環境報告書といえば数字などない。書いてあるのは夢と思い込みだけ。当時GRIとか環境省のガイドラインなどはなかったが、だれが見ても報告書にはほど遠いものだった。
あの頃は東証一部上場企業といえど、己の環境負荷など把握していなかったに違いない。しかしながら環境報告書を出すのは流行というか、一流企業の条件みたいなもの。あるだけの情報でなんとか胡麻化そうとしたのだろう。努力は認める。😄
しかしそれから数年後、2000年頃になると電力量とか水使用量とか数字を載せて比較できるような形になった。乞食の子でも3年経てばみっつになるというが、まさしくその通りだ。
もちろんその背景にはPRTR法
また廃棄物処理法が変わり、特管産廃以外の通常の産廃にもマニフェスト伝票
その他いろいろあったが、環境保護意識が高まったというよりも、法の規制が細かくなり、企業は対応せざるを得なくなり、その結果 環境報告書に数字が書けるようになっただけとも言える。
そんな例はいくつもある。エコプロ展が始まったのは1999年であった。私はその頃 田舎の工場で環境だけでなく設備管理とか計測器管理をしていたが、関心があったのでエコプロ展を見に上京した。
展示を見て呆れました。もう学芸会か夏休みの宿題展示かと……
それでも製品を通じて環境配慮をするんだという意欲はわかりました。まあ黎明期ということで許してあげましょう。
それが2005年頃になると、ファクターXとか、アセスメントなども形になってきた。そして2010年を過ぎるともうエコプロ展は不要になったなあ〜と感じました。
どんな制度や行事も寿命があります。寿命と言ってまずければ一般化されるとか内部化されるとか当たり前になるということでしょう。
環境に良い製品ですというのは、今までなかった時に言う言葉です。それが当たり前になれば環境に良いというまでもない。言えば恥ずかしいとなります。
それは環境保護も同じでしょう。もちろん環境報告書も同じ。もう当たり前のことであり、わざわざどうこう言うこともない。株主総会に配るにしても、環境報告書と題するまでもなく企業経歴書の中に1章を設けるとか、あるいはCSR報告と組み合わせるとか、年に一度の行事ではなくネットで常時最新データを公開するとか、そういう形になるでしょう。
環境保護に努めようといわずとも、そういう価値観が一般的になる、人々が無意識にルールを守り、行動することで必要十分だろうと考えます。
本日の言い訳
最初はタイトルを「環境保護を進めよう」にしようかと思ったが、調べると過去に二度書いている。(その1)(その2)
注1 |
「草地と日本人」須賀 丈ほか、築地書館、2012 「森林飽和」太田猛夫、NHK出版、2012 「自然との共生というウソ」高橋 敬一、祥伝社新書、2009 | 注2 |
いまどき行儀が悪いというのを聞いたことがないので調べた。 広辞苑第2版(1955)で「行儀」で一番先に出てくるのは1.行為の規則、儀式、2.立ち居振る舞いの作法で、最後に3.行為、ふるまいがある。 私が子供のころは、慣習や決まり事を守らない行いを行儀が悪いと言ったが、最近は具体的な食べ方が見苦しいとか騒がしいことに限定して使われるようだ。 |
注3 |
PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)は1999年制定された。しかし市民が知る権利というか情報公開を目的としてそれ以前から1都1道6県においてPRTR条例または要綱が制定されている。 | 注4 |
産業廃棄物の流れを把握するために廃棄物を出すたびに受託者(廃棄物処理業者)に渡すたびにマニフェスト票を交付する法規制がある。制度ができた1990年から特別管理産業廃棄物のみに交付義務があったが、不法投棄などを防ぐために自治体が産業廃棄物についても交付を義務付けるなど上積みされ、1997年からすべての産業廃棄物を引き渡す際に交付義務が定められた。 但し法規制の前に、各県において上乗せ的に、産業廃棄物にもマニフェスト伝票の発行を義務付けたり、産廃削減のための計画を作らせたりしていた。 前記、PRTR法も同様であるが、日本の環境規制は国家レベルではなく、自治体が必要から独自規制をはじめ、それが全国的になることが多い。大物である公害防止管理者というのは、東京都が制度化したのが法規制となった。 |