学ぶ・教える08・生徒への要求

21.08.19

ものごとを学ぶとか教えるとき、その成果を達成する責任は教える側と学ぶ側双方にある。学ぶ者は学ぶ理由が趣味であれ業務命令であれ、決めた目標を期限までに達成する義務を持つ。同じく教える側も生徒が目標を期限までに達成するよう指導する義務を持つ。双方は協同して目標を達成しなければならない。
しかしながら往々にして目標も期限も不明確であることが多い。目標と期限は教える側が明確にして、学ぶ側に明示しなければならない。

注:「明確にする」とは通常「define」を使い、文書化することを意味する。ISO規格の考えは間違ってはいない。教育に限らずあらゆる業務にISO9001を適用できると私は考える。認証制度に価値があるかどうかは別問題だ。

趣味の場合、達成責任は学ぶ側にあると言われるかもしれないが、そうではない。そもそも学ぶ対象がいかなるものか分からないから学ぶのであって、生徒が目標を明確/具体的に言えるなら学ぶ必要がない。

ドローン 例えばドローンを自由に飛ばせるようになりたいと希望を持つ者がいたとする。本人が半年後にドローンでなにをするかというイメージがあっても、それを達成するにはさまざまなことがあるだろう。私はドローンを触ったことがないが、たぶんそのためには操縦だけでなく、構造、コントロールシステム、メンテナンス、法規制、ドローン飛行におけるマニア内の取り決めなど様々なことがあるだろう。

教える側は学ぶ側の顧客要求仕様を把握し、それを満たすことを検討しそれを計画に展開しなければならない。教育の実施要求が受講者以外からであっても、対応することは同じだ。
もちろん教育計画が定型化して反復利用できることもあるだろう。しかし例えば学校教育でも、その年の入学生のレベルや周囲の環境に合わせたアレンジは必要だ。


教育計画を策定しそれを受講者に提示すればそれは満たされるかとなると、足りないだろう。より具体的に細分化して適宜示していかなければならない。前述と同じだが、そもそも大きな目標や計画をブレークダウンできるなら既に習う必要がない。
ゆえにスタート時に実施詳細をすべて示しても目的を果たさない。人間は理解できないことを教えられてもノイズでしかない。

平泳ぎ 平泳ぎを習うとき平泳ぎとは何か、ルール、教習の進め方、日程、コツ、注意事項などを、まとめてぶつけられても消化できない。
平泳ぎ講習の最初に全体計画を渡したとして、それを見せて今日は計画のこの部分です、ここでは○○をします。では最初に……とならなければならない。
スポーツの教習だけでなく、学問でも技能でも同じだ。


さて本日のお題は「生徒への要求」である。
教える側が計画を立てそれに基づいて教育訓練を実施したとしても、受講者の熱意、努力がなければ達成できるはずがない。能力あるいは素質はないなりにそれに見合った教育計画を立てるのは教える側の責任である。

さて本日のお題は「生徒への要求」である。
教えることは教師だけではなしえない。受け手である生徒の協力もいる。

当然であるが、まず初めに生徒に何を要求するのかを教える側が明示しなければならない。
「今日は○○を教えます」とか「今日は○○ができるようになりましょう」あるいは「○○ができたらその人は終了です」でもよい。
要するに「○○を習得すること」と「それを達成するのは学ぶ側の責任である」ことを明示する。
同時に、授業/レッスン/実技指導においてその授業において教えること、達成することを明示することは教える者の責任である。


授業はその時間だけで完結するわけではない。事前勉強(予習)もあるだろうし見直し(復習)も必要だ。場合によっては生徒各自が練習する必要もある。
よって宿題というか自習すべき事項を提示することが必要だ。もちろんそれによって達成すべきレベルを明示することも必要である。

平泳ぎならでは「次回までに、各自で今日習ったキックを練習しておいてください」という。英会話教室なら「今日のレッスンの音声を20回聞きなさい」あるいは「暗記しなさい」でもよい。
もちろん予習として「平泳ぎの手のかきのu-tubeを見ておいてください」とか「次回はLesson 25を暗記してきてね」でもよい。


私のつまらない経験をあげる。以下を読まれてどんな思いをしますでしょうか?

数年前、英会話学校に通うようになった。その英会話教室ではオリジナルのテキストを作っていて、毎回そのなかのひとつのセクションの一人のパートを先生が読み他のパートを生徒が読んで会話の練習をした。
テキスト通り返さなければならない縛りはないが、まず初めて聞くセンテンスを聞いてすぐにリアクションできるわけがない。
先生が「先週の週末、御宿に行ったよ」といえば
生徒は「いいねえ〜、波の具合はどうだったの?」とか「僕も行きたかった」とかなんでもいいけど返して会話を続けなくてはならない。
だがまったくの予備知識がないとき英語で言われたら、ッ、ッとなるのがお決まりだ。

注:御宿おんじゅく町とは房総半島の東海岸にある町。東京オリンピック2020でサーフィンの会場となった一宮町東浪見から南に20キロほどのところにある。
漁港があり海女もいる。海水浴場も有名なところ。

その後、プリントされレールクリヤーホルダーにファイルされたテキストを生徒に配り解説して、その会話をできるようにする。レッスンが終わるとテキストは回収する。

注:こういったテキストは英会話教室の貴重な資産らしく、当初はコピーを生徒に渡さなかった。

だいぶ経ってから、その教室のウェブサイトに、各レベルのテキストの文章と音声がアップされるようになった。
私はテキストをプリントアウトして音声をダウンロードして聞いた。個々の会話は特段難しいものではなかった。テキスト作成に当たり、日本の英語教育を調べたのだろう。レベルの低いほうは中学校で習う単語、上のレベルでも高校で習う単語で作成されていた。
だがいくら使っている単語が習ったものでも、聞いたことのない会話を並みのスピードで話されるとエッとなるのは当然だ。

英語の能力でレベル分けされて例えばレベル2だとしても、その日のレッスンでどのセクションをやるのかは先生の気分次第である。
更にそこの売りはひとクラス1〜4名ということだったが、実際は同じレベルの生徒が4名未満のときは別のクラスを合わせて4名にしてレッスンをした。そのときは上下どちらのクラスのテキストを使うかわからない。すると自分が属するクラスとその上と下のクラス合わせて3つのテキストを暗記しなければならない。

私は覚えましたよ。高校を出てから50年経って、あれほど英語を書き写したり読んだりしたことはありませんでした。
まあその結果、先生の語りだすのを聞くと、あの会話だとわかり、そうすると次にどう返せばいいかと思い浮かぶわけです。おっと、発音とかは二の次です。

大問題が起きました。
年度が替わると各クラスのテキストが全面的に変わりました。またいちから覚えなおしです。いや、もう覚える気力はありませんでした。


「なんで英語やるの(注1)という本をご存じでしょうか? 著者 中津 燎子さんは1925年生れで、英語が使えたので終戦直後は占領軍の電話交換手になった。しかし英語が十分でなかったのでアメリカ人からバカにされ、負けてたまるかと英語を勉強したそうです。
毎晩、日系人の先生のレッスンを受けたそうですが、それは1冊のテキストを毎日冒頭から読ませて、中津さんがミスるとそこで冒頭に戻りまた読み始めるということだったそうです。
どれくらいの月日やったのかわかりませんが、とうとうミスなく最後まで読み終えたとき先生が「パーフェクト」といってレッスンを修了したそうです。

その後、中津さんは留学しアメリカで日本人と結婚し、帰国して知り合いから娘が留学するから英語を見てと言われ、娘さんの英語を聞くと英語らしいけどまったく理解できない。どんな英語教育を受けてきたのかと疑問を持って「なんで英語やるの」を書いたそうです。

話はそれますが、もし私も中津さんのように定められた教科書を覚えろと言われたら頑張る気もあったでしょうけど、逃げ水を相手には忍耐が続きません。

全体計画、目標、進捗という要素を満足している ところで中津さんの場合は、先生の与えた課題はいい加減に思えるかもしれませんが、全体計画、目標、進捗という要素を満足していると思います。最終目的地はこれだ、今はここだ、あとどれだけで修了できるかがビジブルです。
そしてそれを達成するのは学ぶ者の責任です。

中津さんへの教え方が荒っぽいと感じたかもしれません。しかし当時 中津さんは米軍基地で電話交換手をしていたわけで、下手な通訳以上の力量があったわけです。ですから教えるほうもそれを踏まえてのはずです。
私に本を一冊渡して毎晩読ませたって、前書きから一歩も進むはずがありません(キリッ


私は過去も現在も受けている習い事において宿題を出してほしいと願っている。だがほとんどはレッスンを真面目に受けていれば予習復習は不要ですという。そうは思わない。
平泳ぎなら例えば、次回まで毎日、手の動きに気を付けて25mプール10回往復、キックに注意して10回往復練習をしてくださいと言ってほしい。

英会話なら今日習ったことを次回まで毎日、ながら聞きでなく精神を集中して10回聞き、ディクテーションを10回、シャドーイングを10回しなさいと言ってほしい。
言われたことをやって到達できないなら教え方が悪いのだし、言われたことをしないで伸びないなら生徒が悪いということなら公明正大ではないか。


うそ800 本日の意図

本日書いたことを見て、スイミングスクールのコーチなら「私はいつもしているわ」英会話教室の先生なら「おお、私が考えていることと同じだ」と思われたかもしれない。
私は引退後、英会話も習ったしスイミングスクールにも老人大学にも、その他いくつかの習い事もした。しかし全体計画を示し、今までの進捗がその計画のどこにあたるのか、本日教えること、本日達成するレベル(何ができるようになるか)、次回までの復習事項、次回の予定と予習を明示されたことは、一度もない。
だから伸びなかったとは言わないが、そういう体系化された教育計画と手順があればより一層モチベーションアップしただろうと考えている。


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注1
「なんで英語やるの?」 中津燎子、午夢館、1974
私は初版の数年後に出た文春文庫(1978)を買った覚えがある。何度か読んで捨てた。21世紀になってまた読みたくなり、同じく文春文庫の中古本を買い読んで捨てた。
私は借家住まいで引っ越しばかりしていたので買って読んでは捨てた。今は図書館から借りて読むからサイフにも環境にも優しい?



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