ISO第3世代 15.適合検討3

22.09.08

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。


ISO 3Gとは

翌朝、磯原はいつも通り始業1時間前に出社して、千葉工場と同じく厚木工場の出張報告をまとめる。
厚木工場が現実と異なる仕組みを審査員に見せていること、ISO担当者が社外で活動しているがその知識は怪しいこと、今年のISO審査で見せた省エネ計画が従来のままであり、それを見た審査員が全く問題視していなかったなどなど……多少感情的になったことは否めない。
また環境設備の予算を目的外に使用したことを、工場では大問題と認識していないこと。
以上の問題に関して、本社が強制的に指導力を発揮して是正させる必要があるとコメントした。
当面やるべきこととして認証機関に対して抗議すること、省エネ計画が二本立ての工場については立ち入り検査をすべきである。しかしながら本社のISO認証についての方向性を決めアクションに移らないとならない時期であること。よって山内参与と優先順序を相談したいと締めた。


出張報告のメールを発信して終わりではない。磯原の仕事はISOばかりではない。昨日は昼前から会社にいなかったので、eメールは70件ほど溜まっていた。一読すれば捨ててよいものは少なく、検討して回答するとかメールの情報を処理しなければならないものであり、へたをすると1件のメールで一日つぶれることもある。

メール処理だけではない。まず磯原のメインの業務は省エネ推進である。各工場のエネルギー使用状況を見て、異常があれば問い合わせ、対策の確認、場合によっては現地に行って打ち合わせや指導をしなければならない。実際には磯原本人が指導できるようなことは多くはなく、設備メーカーを呼んだり、生産技術研究所に依頼したりする。

また工場や関連会社のISO審査後には所見報告書の写が送られてくるので、内容を確認し審査員の判断が適正なのか否か、問題とされたことの当面処置、恒久処置の評価もしなければならず、審査に問題があれば認証機関に問い合わせることになる。
アメリアの研修もある。昨日、一昨日に講師をした人からの報告もあるし、アメリアからの報告もある。少なくても一言コメントをつけて返信しなければならない。
磯原がノイローゼになるのも時間の問題だろう。


******

始業のチャイムが鳴ると同時に、山内参与から打合せしたいと電話が来るのもいつものことだ。

山内参与 「やあ、昨日は大変だったようだね」

磯原 「目的は本社のISO更新審査について情報を得ようとしたのですが、厚木工場は私のような初心者から見ても、形だけのISO認証でした。現状ではまったく認証の意味がありません。
すぐにも改善を図る必要があると思いますが、正直どこから手を付けたらよいのか見当つかず途方にくれます。まず話がかみ合わないのです。ISO認証の意味を理解しておらず価値観が違うといいましょうか……」

山内参与 「そう悲観的になるな。メールも読んだが、君は今ネガティブになって考えが堂々巡りしているようだ。考えすぎるとおかしくなるぞ。
まずは問題を分けねばならん。本社のISO審査対応、工場のISOのレベルアップ、認証機関の問題、それに省エネ計画の二重帳簿の問題、それらはみな別物だ」

磯原 「そうではありますが、いずれも早急な対策が必要です。私は優先を決めることさえ頭が回りません」

山内参与 「よその工場のISOなんて、初めて行った人が改善できるわけがない。
省エネ計画が二本立てだったことは氷山の一角ということで、もっとボロを出させて有無を言わせずに一挙に是正を図る方がいいかもしれない」

磯原 「そうした場合はとても今年の年末というわけにはいきませんね。来年の年末くらいなら……
それに費用の話は私ごときが対応できることではなく、監査部とか本社経理が乗り込まないと」

山内参与 「費用の問題は環境部門の仕事ではなさそうだが……そうでもないか。今年以降は、投資完了時に我々が確認しに行くというのもありだな…」

磯原 「それにしても今年度の環境関連の新規投資の実態調査をするにも、対象となる工場はいくつもありますから、一つの工場を二日間で点検してもひと月かかります」

山内参与 「磯原君、落ち着け。君も自分の手足を動かすのではなく、人を使って仕事をする年代なんだ。本社の仕事はルーチンではない。時々刻々と条件が変わっていく。当然最適解も変わる。しかもそもそも負荷に対して余裕がある人手が与えられているわけじゃない。それを冷静に処理していくことに慣れないといかん」

磯原 「山内さんが研究所長として指揮采配していたスパンから見たら、私の仕事は小さなことでしょうね」

山内参与 「小さいなんてことはない。すべての仕事は容易くはない。だが木下藤吉郎の話もあるように、仕事を小分けする、時間差をつける、外注するなどいろいろ考えなければならない。必ず道は開ける」

磯原 「分かりました。考えてみます。とりあえず本社のISO審査をどのような形で受けるかを決めることが最優先かと思います。なにしろこれを決めないと動きだせません」

山内参与 「そうだね。先日、君が千葉工場に行ったとき、ええと…佐久間だったかな、向こうの担当者に君の試案を検討してほしいと頼んできたよね。あれから進捗フォローはしたのか?」

磯原 「あの件は佐久間さんから向こうの上長に本社から依頼してほしいと言われましたので、本社の作業応援という形で費用…人件費ですが…それを支払うので早急に対応してほしいと工場の部長宛てに公文を出しています。名刺いただきましたので私が課長として発信しました。
その後、佐久間さんから4日間くらい必要というメールをいただいています」

山内参与 「4日ということは今日だ。電話をしてみろ。まずは経験者が見て問題がないのかどうか、現状で不足なものの作成がどのくらいあるのか早急な把握が必要だ」

磯原 「了解しました。まずは佐久間さんを確認します。もし現状を見せる方法が多少の追加作業で済むならば、まずは現在の品質環境センターと交渉したいと思います」

山内参与 「そうだね。まずすぐに千葉工場の佐久間氏に連絡を取って、明日にでも来てもらい、これからの負荷、作成時間などをはっきりさせてほしい。
それでありのまま見せるという方法を君自身が理解できたなら、認証機関に行って話し合いをしてほしい。千葉工場の佐久間が明日来れるかどうか確認して、もし明日中に方向を決められるなら、明後日に認証機関を訪問するアポイントをとっておけ。
それからジキルにも行くことだ。ただ鞍替えするか否かは常務とも相談したい。交渉が成立しないときは鞍替えする可能性があるとでも言っておけ」

磯原 「ご指導ありがとうございます。仕事がビジブルになりました」

山内参与 「おお、忘れていた。厚木工場のISO審査で品質環境センターが我々の要請を無視したことについては、苦情を言わねばならない。それを本社の審査の相談と合わせて話し合いしたほうが良いのか、別に行ったほうが良いのか……私も考えよう。それは佐久間氏の話を聞いてから決めよう。
ああ、佐久間氏が検討結果を説明しに来るなら、私も話を聞きたい」


******

翌日の10時、千葉工場の佐久間が本社に来た。
小会議室で山内、磯原、アメリアが対応する。

佐久間 「先日、磯原さんから依頼されたISO審査を受けるスタンス見直しについて相談を受けました。私への依頼事項は、2015年版の規格要求事項を、現在の本社規則と記録類で充足するかどうかの検証でして、本日はその結果報告です。
結論は、本社の規則と実施状況でほぼISO規格適合を説明できると思います。

打ち合わせ それとその後、磯原さんから2004年版の場合は、2015年版よりも不足が少ないならそちらで審査を受けたいという検討依頼がありました。しかしどうせ今までの考え方を全面的に変えるのです。2004年版での審査は2018年9月までOKとなっていますが、この際2015年版で審査を受けるべきと思います。
どちらにしてもあるものを規格に合わせて見せるわけですから、手間は変わりません」

山内参与 「なるほど、なるほど」

佐久間 「磯原さんから頂いた対照表は、文書のタイトルと文書番号と記録名称だけしかありません。本社規則は私も読みましたので適否は判断できますが、記録については様式を規則で定めているものの、実際の記載内容がどのようなものか分かりませんので、規格要求を満たすか満たさないか分かりません。そこは今後個々に検証が必要です。
それからもっと大きな問題ですが、明確にしておかねばならないことがあります。それは本社のマネジメントシステムとは、本社という組織なのか、全社の一部なのか、これがはっきりしません」

山内参与 「ええと、それはどういう……」

佐久間 「例えば環境方針があります。全社の環境方針は社長名で出されています。今までの本社環境方針は本社機能を含めた方針なのでしょうか。そうであればそのまま移行できるでしょうけど、建屋管理に限定とかであれば見直しが必要です。本来業務まで含むようにしたとき、社長の方針と同じになってしまうのかどうか」

磯原 「確かのその懸念はありますね。3年前に本社のISOのスコープは建屋管理から本社の本来業務を含めるようになりました。しかし現行の方針は建屋管理から脱却していません」

佐久間 「本社の環境側面を考えると、その特定/決定方法をスコアリング法ですることはそもそも意味のないことです。というのは、ええと、私の考えていることを申し上げると、本社の環境側面とは例えば本社の消費するエネルギーでも全社が消費するエネルギーでもなく、工場や関連会社のエネルギー管理を指導・監督するこでしょう。ええとアドミニストレーションというのですか。

緊急事態も本社や支社の施設内の緊急事態よりも、工場に震災や事故などが起きた時の対処、復旧などの指揮監督かなと考えます。
そういったことを点数でなんて意味がありません。いや本当を言えば、工場の環境側面だってスコアリング法で決められるはずがありませんがね」

注:マネジメントは組織の運用を指揮・推進することであり、アドミニストレーションとは組織の方針と目標を示し実行させること
Cf. Key difference:Difference Between Management and Administration

山内参与 「なるほど、よく分かります」

佐久間 「内部監査はどうしようかなと迷っているのです」

磯原 「監査のインターバルの問題ですか?」

佐久間 「それもありますが、監査部の業務監査報告書は環境に関して文字数が少ないです。環境監査のエビデンスとしては弱いかなと思いました」

磯原 「佐久間さん、品質環境センターの審査所見報告書なんて、文字数が1000文字もありませんよ。それはいいんじゃないですかね」

佐久間 「品質環境センターの所見報告書がプアなのは定評があります。あれで百数十万ですから、一文字1500円ですよ。ちなみにほかの認証機関はそんなことはありません。報告書がA4で数十ページもある認証機関もあります。まあ品質環境センターは自分の報告書を棚に上げて、審査を受ける会社の内部監査報告書が薄いと改善の機会なんて出しますからね。
それと業務監査をISO14001の内部監査に充てるとすると、秘密が多いから環境以外を隠さねばなりません。それはこちらの都合ですが、ともかくますます環境についての記述が小さく見えるのではないですかね」

山内参与 「内部監査については別途検討会を持ちましょう。まず一通り問題点を進めてください」


1時間くらい佐久間がISO14001規格要求と磯原が作った対照表を見ながら双方を比較した結果を報告した。8割方は問題ないが、不足かなと思われるものは2割くらいある。

アメリア 「質問ですが、磯原さんの対照表でも現在の手順書を総務の規則の細則に充てていますが、建屋内の紙ごみ電気についての手順書はなくしても良くないですか?」

佐久間 「何事も現実が優先します。現実が問題なければそれでよろしいです。それに本社も支社も店子ですから、大家さんとかビル管理会社に従うしかありません。店子がISO認証を受けるから大家さん対応してくださいという理屈が通用するとは思えません」

アメリア 「現在の分別手順書をなくして、その元ネタである『テナントへのお知らせ』というものを外部文書としたらどうかと思います」

山内参与 「ええと、テナント協議会規則とかいうのがあったな。ごみの分別とか空調の基準などはそこに入っていたはずだ。分別なども自治体が見直すとどんどん変わるから、細かいことを指定せずに外部文書であるテナント協議会規則を引用したらどうだろう。協議会といっても管理会社の独裁で、そこで決めたことに従うのが現実ではあるが」

佐久間 「実際問題としてはそうですよね。ともかくビル管理会社の指示に従うということを本社規則のどこかで記述していれば良いでしょう」

山内参与 「マネジメントレビューってのがあるが、実際どんなインプットでどんなアウトプットがあればいいんだろう。過去のものを見ると分別が悪いから各職制でしっかりと指導せよなんて、小学生の学級会のようなことが書いてあるのだが」

佐久間 「マネジメントレビューというとピンと来ないかもしれませんね。ええと、私はこのたびの環境部解体もマネジメントレビューのひとつかなと思っています。

1990年代まだ環境意識が共通認識でない時代に、すべての面で環境意識や環境対応策を向上させるため、環境にかかわる機能を集めて強化向上させるのは一つの方法だったでしょう。しかしそれから四半世紀経てば、設計部門に環境設計の技術が定着し規格や基準が整えば、設計の業務に溶け込んだでしょう。今更 環境部門が製品省エネとかリサイクル考慮の旗を振ることはありません。同様にグリーン調達も購買部門の本来業務に内部化された。またオフィスのごみ処理とか空調の基準などは総務のお仕事そのものです。

そうなれば環境部に残るものは、工場の公害防止とか省エネあるいは廃棄物程度になるでしょう。つまり今年行われた環境部の種々の機能を分散して本来の所管部門に移管したというのは、時代の変化に合わせた時宜を得たもの。それがマネジメントレビューの結果ではないのですか」

山内参与 「なるほど、目からうろこだよ。もっとも環境部解体を言い出したのは社長だから、そういう高みからの発想は我々のレベルでは出にくいな。やはり正しく言えば経営者が社長で環境担当役員が管理責任者なのだろうか?」

佐久間 「ええと、そこを考えるとそもそも論になりますが、話が長くなってよろしいですか? ではまずISO14001をなぜ認証するのかということをはっきりさせるべきです。
対外的に認証していないと恥ずかしいというなら、今の時代ISO認証がブランドになりません。
では売上増加に効果があるでしょうか? コストを考えてみましょう。当社全体ではISO14001認証で支払う審査料金は年間5000万は行くでしょうし、内部費用として認証に関わる人件費、雑費などこれも5000万くらいになるでしょう。合計1億の費用を賄うには売り上げ100憶は必要でしょう。ISO認証でそれくらい売り上げが伸びないとペイしません。各工場で認証したから売り上げが1%増えたはずはありません。

ISO認証によって当社の環境管理レベルを向上させるというなら、多くの工場でISO審査でバーチャルなマネジメントシステムを見せているようでは逆行です。
屋外タンク貯蔵所 ISO認証によって遵法を確実にするというなら、山内参与はご存じかどうか……法律を知らない審査員が審査で危険物倉庫が違法だと言って不適合を出し、そのあと工場が消防署に相談に行けば、消防署員から消防署が設計図書や完成検査で確認した適法なものであり、違法だとか改修など語るのを認めないなんて叱られている現実をどうみるかという大問題になります。
ISOは儲かるなんて騙っているISOコンサルもいますが、そりゃ儲かりますよISOコンサルは。

まず何のために認証するのか、そこは明確にしないとだめです。
私はISO認証の第一世代です。何もないところから手探りでやってきました。どんなご期待にでも応える力はあると思いますが、目標を提示してくれないとどうしようもないです」

山内参与 「第一世代とは?」

佐久間 「いや一般語ではありません。私が使っているだけです。第一世代は1990年代初頭ISO認証が始まったとき、手探りで認証しようとした人のこと。第二世代はその人たちに教えられてISO認証を維持しようとした人たち。第三世代とは……ここでは磯原さんになるのでしょうか、既にISO認証はアプリオリとして存在しているとみなしている世代といいましょう。

今工場でISO認証を担当している人たちは、ほとんどが第二世代と第三世代です。千葉工場も私が引退すれば第三世代に引き継がれます。
第一世代なら、この文書はどういういきさつで作られたか、認証機関のこの見解はどういう意味があったのか、ということを踏まえて考えます。例えばこの規則は当時いた管理者が自説にこだわったせいで面倒くさいものになったが、本来はもっとシンプルな仕組みにできたということを知っています。
第一世代がどんどん引退すると、先代が作った仕組みをありがたがる人たちばかりになって困るのではないかなと思います。

本社がISO審査で見せる仕組みを見直すと聞いて、あるがままを見せるというのは良いことだと思いました。しかしそれって疑問を持ちませんか? 元からある仕組みでISO規格要求を満たしているなら、わざわざ高い金を払ってなんのために認証するのでしょう? それは当社ばかりではありません。
最大の疑問ですが、ISO認証して20年も経ち21世紀になってまだISO認証を継続するのかと呆れます。もちろんビジネスのために認証が必要だというならやむをえません。しかし日本では、ISO認証を発注の要件とすることは独占禁止法違反になります。
先ほど環境部を廃止したことは時宜を得たと申しましたが、次はISO認証を返上することをマネジメントレビューで考えるべきではないでしょうか」

山内参与 「いやあ〜、佐久間先生の大講演を傾聴して感動しました。いや、冗談ではなく真面目な話です。そういうことを深く考えていらっしゃることに驚きました。我々もISO認証いらないんじゃないかという思いもありましたが、第一世代には別の視座から見えるものがあるのですね。
では佐久間さんは、認証返上を勧めるわけですか」

佐久間 「私は選択肢を述べるしかできません。みなさんこそ、本社がISO認証している意味、価値をわかっていらっしゃるわけですよ。認証返上した時のプラスマイナスは皆さんこそが判断できます。

認証有無のメリット・デメリット比較
認証するメリット認証するデメリット
認証しないデメリット認証しないメリット
こちらに傾け
ば認証する
こちらに傾け
ば認証しない
そういやあ昔、ロバーバル機構なんて習ったっけ

ちなみに千葉工場は、ISO認証を返上したほうがプラスと考えています。ISO認証についての客先要求はなし、工事はありませんから国交省の加点は無縁。B to Bの品物ですから一般市民はブランドイメージ以前にブランドもロゴも知りません。
それで工場長が変わるたびにマネジメントレビューで認証返上を提案していますが、なにごとでも職階も年齢も上になるほど保守的になります。今までの工場長は前例に従いとみなさん現状維持です」

山内参与 「なるほど……ならば本社が先陣を切るというのもありかな?」

佐久間 「簡単にはいかないでしょう。20年近く認証しているわけです。その間にできたしがらみは大変です。認証をやめるとなると、当社から認証機関に出向している人の引き取りとか問題はいろいろあるのではないですか?」

山内参与 「先ほど佐久間さんは、当社のISO認証費用を1億と見積もった。正確なところは知らないが、そんなことをいろいろ考えれば出向者を引き取るくらいどうということはないだろう。
まもなくお昼休みになるので、これで午前の部はおしまいにしよう。本日は佐久間さんにわざわざ報告に来ていただきありがとうございました。内容を理解するのが大変だから少しこちらで検討させていただきます。

ええと、磯原君はこれまでの報告だけでは細かいところがわからないだろうから、今日一杯佐久間さんと打ち合わせして疑問点のないように詰めておいてほしい。
佐久間さんへのお願いだが、正直言ってこれから成り行きでどうなるかまだ何とも言えないが、またご指導を仰ぐこともあると考えておいてほしい。千葉工場の工場長と部長にはこちらからお礼を申し上げておく」


とりあえず解散して、磯原と佐久間そしてアメリアは会議室で昼飯を取る。

佐久間 「本社のみなさんは、昼食は外で食べるのかと思ってましたよ。テレビドラマではそんな風景が定番ですから」

お弁当 磯原 「私も転勤して間がないのですが、会社が契約しているお弁当屋のものを頼むのが面倒くさくないようです。
お店に行っても行列ですし……。会社によっては昼休み時間を12前からと13時過ぎに分けていたりします」

アメリア 「私は表の通りに並んでいる移動販売車でお弁当とか買っています。中身は会社の給食と同じでも見た目がオシャレですから、あははは」

磯原 「でも表の移動販売車だって行列でしょう?」

アメリア 「そうですねえ〜、それに雨の日は外に出るのも億劫で、地下のコンビニのサンドイッチとかになります」

佐久間 「工場は毎日給食ですから、たまには外で変わったものを食べたくなりますね」

磯原は藤井も工場給食でない昼飯を食べたくて外に指導に行くのかなと、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


******

磯原と佐久間の打ち合わせは16時過ぎに終えた。磯原が佐久間に住まいがどこかと聞くと稲毛だという。磯原も稲毛にマンションを借りたというと、佐久間は何代も前の先祖から稲毛の漁師だったという。通勤は朝夕とも逆方向だから楽だと自慢する。
今から工場に戻っても定時までに帰りつかないと磯原がいうと、佐久間は磯原だって工場にいたときは定時なんて感覚はなかっただろう、本社に来てからだって磯原が出すメールの時間を見れば朝7時とか夜22時なんてザラじゃないかと笑う。
佐久間は工場に戻って今日一日の計器管理室の進捗を確認するのだという。
磯原は1階受付まで佐久間を見送った。

受付から事務所に戻ろうとすると社内専用のスマホが鳴る。山内からで打ち合わせするからすぐ来いという。

磯原 「お待たせしました」

山内参与 「早速だが、午後の話し合いで、新たな問題にはどんなものがあったのだろう?」

磯原 「まず佐久間さんは相当真剣に考えてくれたことを申し上げます。通り一遍ということでなく、会社規則を読み直したり彼の知っている他の工場にも問い合わせたりして調べたといいます。本当にお世話になりました。

項目ごとに申し上げますと、環境方針の話が出ましたが、常務を経営者として矛盾のないような言い回しにする案を作りました。それは解決しました。
環境側面と順守評価の項目は、元々千葉工場はISO14001を認証しようとした16年前に品質環境センターで初回審査を受けたものの、トラブルが多く見切りをつけてジキルにしたという経緯があります。正直なことを言って、あるがままを見せるという方法を品質環境センターに相談しても、否定されるのは間違いないと佐久間さんは考えています。
目的目標も品質環境センターはユニークな考え方でしたが、2015年の規格改定で文言が変わりましたので、今までのような論理は通らないだろう、つまり我々の考え方で問題ないだろうと考えます。

内部監査は……監査部監査を充てるだけでは不十分かなと考えます。対処としては監査部に本社部門の環境監査項目をもっと密にしてもらうか、あるいは我々が独自に内部監査をするかです。従来はISO事務局が会社規則にない環境内部監査をしていました。それを継承するなら監査規則にそれを盛り込むか、独自に環境内部監査という規則を作るかです。どちらにしてもあるがままとはかけ離れてしまいます。
マネジメントレビューは年に2回イベントをするのではなく、種々報告を随時というか発生したときに報告して常務の指示を受けるということでどうかと。これも認証機関によって見解が分かれます。だめなら従来を踏襲して従来からの報告事項をまとめて会議する形で議事録を作るしかないかもしれません。
今から決めつけるのもなんですが、品質環境センターでは難しいようです」

山内参与 「聞くと一番問題はやはり内部監査か……
俺もいろいろ考えた。まず磯原君だけでは手に負えないのはわかる。それと現時点、認証を継続すべきか否かはまだ決断が付かない。俺が裏付け資料を作って常務に説明すれば了解は得られると思うが……
認証を継続するなら裏表のない仕組みにしたいし、年末の更新審査までに仕上げたいとも思う」

磯原 「裏付け資料ですか?」

山内参与 「各部門での考えを知るためにアンケートでもするか?」

磯原 「アンケートといっても部署によって関心ごとが違いますね。例えば営業ならビジネス上の観点となるでしょうし、広報部や総務部では同業社とかマスコミの評判ということでしょうし、人事であれば出向者を戻す時の対応ですか。購買部門ではグリーン調達で取引先にISOやエコアクションの認証を要請していて自分は止めたというのはどうかとなりますか。経理、情報システムあるいは知的財産部などは無関心でしょう。
そうですねえ〜、今まで検討したようなメリット・デメリットを一覧したものと、各部門での関心ごとなどを特記して聞いてみましょうか」

山内参与 「本社に含まれるのは……事業本部が5つ、営業本部、生産技術本部、海外本部、部が10個か、都合……18部門、まあ大したことはないな。
それじゃこうしよう。その18部門に招集をかけよう。それで認証の意義を再確認するということでどうだ?」

磯原 「支社はどうなりますか?」

山内参与 「支社を統括するのは営業本部だ、営業本部にまとめてもらおう」

磯原 「了解しました。それでは私が今までの情報を整理して一般的なメリット・デメリットと、各部門で想定される問題点をまとめた資料を作るということでよろしいですか?」

山内参与 「それを頼む。すぐさまというのでなく10日後までにそれをまとめてほしい。それを私が見て考えたい。
それから話しておきたいことがいろいろある。
ええと、本日の打ち合わせたものを、認証機関に説明する資料としてまとめるとしてどれくらいかかる?」

磯原 「先ほど申し上げた通り、内部監査がまだ固まっていません」

山内参与 「いっそのことミニマムというか現状そのもので説明して、向こうの可否を問うほうが後々良いのではないか。品質環境センターには相談のアポイントは取ったか?」

磯原 「昨日、品質環境の鈴木取締役にこちらの希望を述べましたところ、明日は無理とのことで、来週火曜日夕方16時から時間をいただきました」

山内参与 「5日後か、それは上出来だ。そいじゃそのときあるがまま方式の説明と、先方の可否を問うということだな」

磯原 「分かりました。その場合は、説明資料は、月曜日でよろしいですか」

山内参与 「いろいろ考えたが、まったく新奇なことを品質環境センターに提示しても反発を食らうだけだろうと思った。それで磯原君と佐久間さんが自信があるなら、それをジキルQAに持っていってジキルで問題ないかどうか確認を取りたい」

磯原 「鞍替えしないにしても私たちの考えが妥当かどうかの確認ですか。それはぜひともしたいですね。
となると明日か明後日のアポイントをとるようにします」」

山内参与 「我々は手探りで進んでいるようなもので、一歩ごとに目標が変わるとか方法が変わることになるかもしれない。だがいろいろなケースがあっても、それぞれ方法の可否の確認はしておきたい」

磯原 「了解しました。ではジキル訪問を明後日くらいで話をしておきます。担当者レベルでは確約が取れませんから、先日お会いした橋野取締役と話をしておきましょう」

山内参与 「頼む。俺が行って話をした場合、向こうが受けると言えば、こちらが断るという選択肢がない。それで磯原君一人で行ってくれ。アメリアも連れて行ってよいけど」

磯原 「了解しました。まずは山内さんが本日のまとめを読んでいただいてからということにしましょう」

山内参与 「そうだね。俺も頑張らねばならない。
ところであの佐久間とは仲良く仕事ができそうか? 」

磯原 「ご本人も言ってましたがISO第一世代で、未踏の地を開拓してきたのは本当です。経験も知識もありますから、これからいろいろ教えていただけると思います」

山内参与 「今日の午後、千葉工場の生産管理部の部長に電話して、とりあえず彼を三月借りることにした」

磯原 「へえ

山内参与 「藤井、佐久間共に、それぞれの工場ではISO認証に詳しいとみなされているが、考え方が正反対のようだ。出張報告を読んだ感じでは、厚木の藤井氏は本社の方向とは合わないようだからね。

転勤してもらってもよいのだが、ご本人の意思確認もしていないことだし、とりあえず三ヶ月ということでお願いした。住まいは稲毛というから君と同じだ。通勤は佐倉と逆方向で混雑は天と地の違いはあるが、それは我慢してもらうしかない。
いつから来るかは向こうで仕事の状況を見て返事をもらうことになっている。庶務の柳田さんに事務机とパソコンやサーバーのアクセス権などの手続きを頼んでおいてくれ」

磯原 「了解しました」

磯原は山内の言葉を聞いて心底安心した。責任逃れするつもりはないが、負荷量が自分の能力をはるかに超えていると感じていた。部下の状況を見て手を打つ山内参与は案外、良い人かもしれない。


うそ800 本日の思い出

私の44年間の会社員時代に、私の直属上長といえる人は20人くらいいた。頭が切れると思った人もいたし、そうでない人もいた。成果を独り占めする人も、全体が良くなれば自分の名などどうでも良いという人もいた。

良き管理者となるには、どういう素質や経験が必要かとなると、まったく分からない。中卒から課長になった人でも人を育てる教師タイプもいたし、部下が自分より伸びないように抑える人もいた。ドクター持ちでも腰の低い方もいたし、怒鳴ることしかできない人もいた。
まあ私自身を評価すれば60点くらいだろう。人のことは言えない。


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