ISO第3世代 17.認証機関訪問2

22.09.15

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。


ISO 3Gとは

ジキルQAを訪問した翌日、磯原とアメリアは山内参与に首尾を報告する。

山内参与 「まあ、予想通りか……、我々が想定していたことの確認はとれたわけだが、前進はなしか。
さて、次は品質環境センターだな。さてと、どういうストーリーで進めるか?」

磯原 「ストーリーの前に、どのような結論にしたいのでしょうか?
私の考える選択肢としては、
ひとつ、品質環境センターにまっとうな審査を約束させる、
ふたつ、品質環境センターから他に鞍替えする、
みっつ、前と類似ですが…本社のみとか問題があった工場のみの選択もあります」

アメリア 「認証を止めるという選択もありますね」

山内参与 「まあ、いずれかの処置をとらないとならないな。向こうが是正処置をとれないならこちらが是正処置をとらなければならない。
罰という考えではなく、我々が望むものが得られないときは我々が行動しなければならないし、我々が取れる手段は転注しかない。方法は未定としても現状維持はない。
あるいは品質環境センターに乗り込んで大改革させるというのもありかな?」

磯原 「関連会社でもありませんし、当社以外からの出身者が9割を占めるわけで、簡単にはいきませんよ。それをするくらいなら出向者を引き上げて、全面的に他の認証機関に鞍替えするほうが楽ですね。
そもそも私たちが品質環境センターを良くする義務はありません」

アメリア 「結論は交渉結果で流動的でしょう。それを考えるより、まずは交渉をどうするか考えないと、何も進みません」

磯原 「まあ〜そうですね。
山内さん、品質環境センターにはふたつ交渉することがあります。ひとつは工場の環境目的に関する打ち合わせ結果を守らなかったことです。もうひとつは本社のマネジメントシステムの考え方を変えることの確認です。
まずは工場の審査で、打合で決めたことを履行しないことを追求すべきと思います」

山内参与 「それは本社の変更を飲ませるためか? 最初の問題で相手の有責をはっきりさせれば、次の問題で相手を譲歩させられるとか?」

磯原 「いえいえ、そういう小細工は考えていません。工場の件は、明白に向こうの責任であり、その落とし前をつけてもらわなければなりません。
本社のISO見直しは責任どうこうではないわけですし」

山内参与 「それはそうだ。ふたつとも問題ではあるが、本社の件は課題でありトラブルではない。工場の件はトラブルだ。それも過去の審査が問題だったこともあるが、約束したことをしていないのは品質環境センターの瑕疵だ。
ええと、品質環境センター訪問のアポイントはいつだったか?」

磯原 「明日の10時です」

山内参与 「よし、こうしよう。今まで工場の審査で調べたことを述べて、向こうの考えを問う。納得がいかない場合は、我が社として品質環境センターへの審査依頼を変えることも含めて検討するという回答をしてくれ」

磯原 「了解しました。確認します。私の調査した結果は次の通りでした。
品質環境センターから認証を受けている16工場の内、公表しているスラッシュ電機グループの環境行動計画と工場の目標が異なっていたのが15工場あった。4月の打合せ以降、その内の3工場に対して審査を行っている。1工場のみ計画を見直し、2工場は昨年のままの目標を提示した。
審査では、計画を見直した1工場に対して計画の変更理由が不適切であると所見報告書に記載している、2つの工場では何もコメントなく審査を終えている。
我が社としては3つの工場に対する品質環境センターの対応はおかしいと考えるので説明を求める。
これでどうでしょう?」

山内参与 「結構、前回も言ったが君に交渉権はあるが決定権はないからな。興奮して鞍替えするなんて言うなよ」

磯原 「心得ております」

アメリア 「私が目付としてガンバリマス」

山内参与 「目付? ああ、頼むよ(ナンノコッチャ?)」


******

翌日の午前、磯原とアメリアが品質環境センターを訪問した。会社から地下鉄で10分、歩いて数分だ。
打ち合わせ 4・5人入れば一杯になる応接室だろう小部屋に案内された。ジキルQAの打ち合わせ場よりかなり狭い。東京は横浜より家賃が高いからかと、磯原はどうでもいいことが頭に浮かんだ。
約束の時間ピタリに前回の打ち合わせに来た鈴木取締役ともう一人が現れた。

名刺交換する。前回の打ち合わせの時は名刺交換しなかったのだ。鈴木取締役は審査部長で、朱鷺取締役は技術部長となっている。

磯原 「技術部というのはどのようなお仕事をされているのですか? 認証機関のお仕事は製造業と違い技術部といってもイメージが湧きません」

朱鷺取締役 「審査方法の検討とか規格改定への対応などを担当する部門です。規格解釈なども担当です」

磯原 「なるほど。お顔を出されたのは本日の打ち合わせは、規格解釈に関するということでしょうか?」

朱鷺取締役 「いや、そういうわけではない。取締役は会社全般を担当するわけで、社内のすべての問題を知る必要があるからね」

鈴木取締役 「では始めましょう。どうぞ」

磯原 「本日はご対応ありがとうございます。早速ですが今から4か月前の4月下旬、弊社におきましてISO審査で見せている環境実施計画が当社グループの公開している環境行動計画と異なることが問題であること、ついてはISO審査において認証組織が所属するより大きな組織の計画を反映しているかの観点で審査をしてもらいたいと、弊社工場を認証している複数の認証機関にお願いしました。

我が社で御社から認証を受けている工場は16あり、全社計画と工場の計画に齟齬があるところが15工場ありました。打ち合わせ以降不整合のあった3工場に対して審査が行われました。
1工場のみ計画を全社計画に合わせて見直しており、2工場は昨年のままの目標を提示した。
その結果ISO審査では、計画を見直した1工場に対して審査員が計画の変更理由が不適切であると所見報告書に記載している、また修整しなかった2工場では何もコメントなく審査を終えている。
まず以上が事実ですのでご確認願います」

鈴木取締役 「今までの説明に同意します」

磯原 「私どもとしては、弊社の3つの工場に対する審査において、御社が打ち合わせを反映しなかったことのご説明をいただきたい」

朱鷺取締役 「御社の要請は不要と判断したということだ。我々は弊社の判断が適切と考えている」

磯原 「すみません、私が聞き間違えたのかと思いますので、再確認させていただきます。4月に弊社がお願いしたことは聞き捨てたということでしょうか?」

朱鷺取締役 「そもそも我々は工場と審査契約を結んでいる。おたくは工場の上位組織である本社であるが、我々とは契約関係にない。よって審査において工場が策定した計画を見て、判断するのは当たり前のことだ」

磯原 「それについては4月の打ち合わせで鈴木取締役に説明してご同意を得たと考えています。つまりISO14001:2004において……現時点2004年版で審査をしていますね……アネックスにて『上位組織を有するか、あるいは大きな組織の一部である場合は、組織全体の方針を反映すべき』とあること。それを考慮してほしいということがひとつ。
それからその打ち合わせにおいて、鈴木取締役にも可及的速やかに実施してほしいということの同意を得ています」

朱鷺取締役 「規格解釈は技術部の職掌である」

磯原 「それはおたく内部の問題ですね。
先ほど朱鷺取締役は取締役になれば会社全般を担当するとおっしゃいました。ということは鈴木取締役が社外の打ち合わせにおいて規格解釈について発言したことは御社としての回答であるとみなします」

朱鷺取締役 「そもそもアネックスは要求事項ではない」

磯原 「4月の打ち合わせには御社以外の3社の認証機関にも参加していただいており、3社からの出席者にはアネックスの記述が必須とは断定しませんでしたが、審査において考慮しなければならないことに同意を得ております」

朱鷺取締役 「他の認証機関? 鈴木さん知っている人かい?」

鈴木取締役 「ジキルの橋野さん、真実の原田さん、大日本の吉野さんだ」

朱鷺取締役 「いやはや大物がそろい踏みか……まあ見解は自由ですが、要求事項ではないのは確かだね」

磯原 「上位組織の方針を反映することは要求事項ではないというのが御社のお考えということですね」

朱鷺取締役 「そうです」

磯原 「ご回答ありがとうございます。
では次の問題ですが、打ち合わせで第三者の前で今後の審査において弊社の要望を入れるというお約束を履行されなかったことはどうなのでしょうか?
私がお邪魔したのは責任問題ということではなく、約束したことを履行していただけないのでは打ち合わせた意味がなかったことの経緯を問うためです」

朱鷺取締役 「何度も言うが、私どもとお宅の本社とは契約関係にない」

磯原 「確認させていただきます。4か月前に弊社にて他の認証機関を含めた会議において、鈴木取締役が発言されたことは品質環境センターの見解ではないということでしょうか。
朱鷺取締役が、社外における鈴木取締役の発言を否定されるなら、朱鷺取締役のご意見が御社の公式な見解であるという確証が持てません」

朱鷺取締役 「何を言っているんだ、失礼極まりない。私は当認証機関の取締役だ」

鈴木取締役 「ちょっと朱鷺さん、我々内部で協議しましょう。会社の信用問題ですから」

朱鷺取締役 「鈴木さん、なにを……」

鈴木取締役 「磯原さん、大変申し訳ないが、弊社内において意思統一が不十分でした。数日内部で協議する時間をいただきたい」

磯原 「鈴木取締役、ご提案を了解します。私どもではこの件は非常に重要と認識しております。御社の見解次第では認証機関を変えることもあるとご認識ください」

朱鷺取締役 「ちょっと待て、先ほども言ったが、お宅の本社とこの認証機関は契約関係にない。だから本社が工場の審査契約を破棄することは理屈から言ってできない」

磯原 「ISOの審査契約とはサービス提供の契約であると認識しています。製品であろうとサービスであろうと、客が期待するものを提供しない業者であれば、本社が工場に対して発注先を変えるよう指示するのは、上位組織として当然の役割です。
それこそまさにISO9001でいう『外部から提供されるプロセス、製品及びサービスの管理』で要求していること。それができなければ不適合です」

朱鷺取締役 「それは脅迫か?」

磯原 「冗談を言わないでください。私の話したことが脅迫罪の成立要件になりますか。
商取引において、注文したものと違う品物を納入する業者があるとき、本社が工場に対して別の業者からの購入を指示することは当たり前です。
指定した仕様でないのを知りつつ取り引きを継続すれば背任、気付かず見逃したなら職務怠慢で罰を受けます」

朱鷺取締役 「当社の見解が間違っているわけではない。当社の審査の質は不適合ではない」

磯原 「弊社の解釈は他の認証機関から正当であるとお墨付きを頂きました。お宅の解釈が間違っていないとしても、それでは困るとお願いして、御社の代表者が了解しています。
ともかく商取引において、条件が折り合わなければ取引終了は当然です。
それから勘違いがあるようですが、ISO審査契約は自動延長ではありますが、次回審査予定日の3か月前までに解除する通知をすれば解除できます。わざわざ御社から契約終了の了解を得ることは不要です」

注:複数の認証機関と付き合いがあったが、そのすべてで「審査登録契約書」または同等の契約書において、「(契約した被認証組織が)契約解除日及び契約解除理由を記載した契約を解除する旨と、契約解除日以降に登録者の権利を行使しない誓約が記載された文書」を送付することによって契約を解除できるとある。
今はどうか知らないけど、20世紀はeメール1本で終わりだった。

鈴木取締役 「磯原さん、大変申し訳ない。とりあえず本日はこれまでとさせていただきます」

磯原 「鈴木取締役、了解しました。
御社内の検討において私どもの論理とずれた議論をされると困りますので、私どもの要求事項を再確認させてもらいます。
ひとつ、認証を受ける組織がその上位組織または被認証組織を含む組織の方針を考慮に入れていることを、確認する審査をしていただくこと。
ひとつ、4月の打ち合わせにおいて同意されたことを実際の審査に展開してほしいこと。
ひとつ、打ち合わせ以降の審査において、打ち合わせ事項が展開されていなかったことの原因と対策を明らかにしてほしいこと。
上記について御社の公式見解が欲しいこと。
以上です」

鈴木取締役 「ええと吉本さんでしたね、今の磯原さんの話に限らず今までのやり取りを記録されていたようですね。それを見せていただけますか」

アメリアはA4で3ページほどの速記録を鈴木取締役に渡す。鈴木はそれをじっくりと読む。

鈴木取締役 「承知しました。ええと磯原さん、悪いですが上のスペースに日付とサインしていただけますか。私も日付とサインをします。このコピーを双方が保管することにしましょう」

鈴木は部屋を出てコピーしに行った。

朱鷺取締役 「磯原君はISOに関わってから長いのかね?」

磯原 「一般社員としては関わってきましたが、事務局をしたことはありません。認証機関と交渉するのは、本社に異動してからですからここ数か月というところです」

朱鷺取締役 「規格を理解するのは難しいんだ。ぜひ当社の講習会を受けることをお勧めする。環境側面を決定するのは規格を読んだだけでは分からない。方針ひとつとってもいろいろな要求事項があるのだ」

磯原 「ありがとうございます。JISQ14001は原文本来の意味が伝わらないと聞きますので、常に英語原文をあたるようにしております。ここにいる吉本はもちろんネイティブのアメリカ人ですからISO規格を読むのはお手の物です。
また不明点があれば、いくつかの認証機関のトップからご教授を頂いておりますので大丈夫かと思います」

朱鷺取締役 「『学問なき経験は、経験なき学問に勝る』という。頭でっかちだと大火傷おおやけどをするぞ」

磯原 「おおそれは小野田寛郎さんの言葉ですね。私は彼を尊敬しておりまして、彼の著作はほとんど読みました。残念なことに一昨年お亡くなりになりましたね」

ご老公 朱鷺取締役は磯原の返す言葉にいたく機嫌を悪くしたようだった。もちろん磯原はわざと煽ったのだ。そもそも他社の人間を、いくら年下とはいえ「君付け」で呼ぶなどビジネスマナーに反する。それだけで客が去ってもおかしくない。

もちろんここではわざとそういう言葉使いに書いたのだが、現実でも審査員は偉い人らしく、企業の若手(と言っても30代)なら「小僧」とか「坊や」と呼ぶのはよく見聞きした。
ならば審査員を「ご老体」とか「ご老公」と呼ぶべきだったのだろうか?

朱鷺取締役はもっと言いたい風だったが、そのとき鈴木取締役がコピーしたものをもって部屋に入ってきた。

鈴木取締役 「遅くなりました。では吉本さん、これがお借りした原本です。
磯原さん、こちらを保管してください」


******

認証機関を出て腕時計を見ると11時40分だ。堂々巡りというか埒が明かない話を1時間半もしていたのかと思うと呆れた。
どうも鈴木取締役と朱鷺取締役のコミュニケーションが悪そうだ。いや権力争いがあるのか、仲が悪いのか。そして規格解釈については朱鷺取締役が仕切っているようだ。まあスコアリング法を唱えるようじゃ、あの朱鷺の爺さんは本物じゃない。

品質環境センターが所在するのも雑居ビルだが、通り沿いには雑居ビルが建ち並んでいて、そこから早めのお昼を食べる人がどんどん出てきて、飲食店の店先に並んでいる。

アメリア 「うわー、みなさんお昼ご飯を食べるのに行列ですか、大変ですねえ〜」

磯原 「まだお昼休みには早いけど、時間をずらして食べているんだろうなあ〜
アメリアさんは向こうでお昼はどのようにしていたの?」

アメリア 「うーん、まあ、お昼になったらビルから出て、移動販売車からテイクアウトを買って入口の階段とか噴水の周りのベンチとか、雨の日はパソコンの前とか……
アメリカのGoogleで『sad desk lunch』とか『office worker lunch』でググると、実物がみられるわ。
日本のサラリーマンがレストランで座って食べるのを見たら、皆うらやましがるわ」

磯原 「行列を見なければだろう? 15分待ちか、20分待ちか、」



人 人 人 人 人 人 人 スマホ 人

アメリア 「磯原さん、私たちもここで食べていきませんか?」

磯原 「今から帰っても中途半端だからそうしようか。アメリアさんは蕎麦アレルギーは大丈夫かい?」

アメリア 「問題ありません。私は蕎麦大好きです」

ということで品質環境センターから200mほど離れたところのそばチェーン店に入る。
磯原はざるそば、アメリアは季節の天ざるにした。磯原は、これが5時過ぎならビールを頼みたいところだと内心思う。

天ぷら蕎麦

待つほどのこともなく出てくるのをすぐに食べ始めた。
隣の席に客が入ったようだ。衝立があるので向こうからもこちらからも姿は見えない。

A 「オイ、聞いたかよ、今日の昼前にスラッシュ電機が殴り込んで来たってさ」

B 「殴り込みとは大げさな、苦情を言いに来たんだろう」

アメリアと磯原はぎょっとして顔を見合わせた。

A 「結構深刻みたいだ。鈴木取締役と朱鷺取締役が事務所に戻ってきたときは、二人とも顔が真っ青だった」

C 「それは傑作だ。鈴木取締役はともかく朱鷺取締役は陰で天皇と呼ばれるほど傲慢不遜だからね、ハハハ。少し身のほどを知るべきだ」

B 「問題は何だろう?」

A 「また聞きだが、規格解釈が間違っていると逆ねじ食らったらしい。それを論破できず、検討するのに時間をくれと帰ってもらったようだ」

C 「どんなことだ?」

A 「スラッシュ電機の工場の環境目的が、スラッシュ電機グループの公表している環境目的と差異があることを、不適合にしなかったということらしい」

B 「不適合にしなかったことに文句をつけるとは……普通と逆だね。スラッシュ電機は真面目なのか、あるいは深い考えがあるのだろう」

C 「上位組織云々は本文じゃなくてアネックスだ。審査でアネックスを無視しているか……論理としては正しいが、審査するほうは大変だな」

B 「というのは?」

C 「我々が審査するとき、その組織の上位組織や本社あるいは業界団体などの方針を調べていかないとならないということだ」

A 「私は一応ウェブサイトなどを覗いて、親会社の方針とか環境報告書などは読んでいきますよ」

B 「そこまでしなくてもその組織の上位組織の方針や計画がその他の要求事項なら、該当法規制一覧表に盛り込んであるかを調べればいいんだよ。なければなぜないのか、あれば最新化されているかをヒアリングすればいい」

A 「ああ、そうか。わざわざ調べることはないのか」

C 「だがないと言われても、本当はあるかもしれないぞ」

A 「でもさ、今まで法規制一覧表にない法律を、規制を受けるかもしれないと心配していたか?」

B 「まあ環境法は大体頭に入っているから、不足していれば自然と気が付くなあ〜」

C 「その方法でも9割は問題ないかもしれないが、正しくは自分が該当するだろうと考えた法規制が一覧表にあるかを確認するんじゃないか」

A 「そりゃ理屈はそうかもしれないけど、私は現場を見てもそれに関わる法規制なんて分からないよ。現場を見て該当する法律が頭に浮かぶ審査員なんているのか」

C 「おい、あまりゆっくりしているとまずい。帰って仕事せにゃならん」

磯原とアメリアは隣席の人たちの気配が消えるまで待ってから店を出た。

アメリア 「仕事の話を外でしてはいけないわね。人の振り見て我が振り直せだわ」

磯原 「こんなところで仕事の話をするのが非常識だね。今日だけじゃないんだろうね。上が上なら下も下か」

アメリア 「磯原さん、上も下も下じゃないの」
 笑いを取ろうとしたのですが、不発ですか?


******

地下鉄の中で磯原は考える。そもそも品質環境センターには標準がないのではなかろうか?
吊り輪吊り輪
ここでいう標準とは、審査の手順書、方法、考え方、判断基準といったものだ。
標準がなくて仕事ができるのかといえば、それはできる。有能な……いや有能でなくてもすべてを決定する独裁者がいればそれで組織は進んでいく。あるいは組織に属する人すべてが優秀な場合だ。だがその方法は継続性がない。
ISO9001は序文で、人が変わっても同じルールで進めるには、明文化した手順と基準を決めなければならないとある。
(ISO9001:2015 序文0.1一般の要旨)

品質環境センターはISO認証機関であるにも関わらず、文書化ができていないのか、いやそんなことはない。そうであれば認定審査を通るはずがない。
ということは、形上のマネジメントシステムと実際のマネジメントシステムが違う、二重帳簿なのだろう。更に指揮命令系統、決裁権限があいまいだから、鈴木取締役と朱鷺取締役の意見の相違などが発生するのだろう。
ということは、そもそも我が社がそんな低レベルの認証機関に依頼したのが間違いなのだ。


******

会社に戻ると山内はいたが何か忙しそうにしているので、口頭で報告するよりも簡単でも文書のほうがいいだろう。
磯原は地下鉄の中で考えたことと、アメリアの速記録をまとめてメールを送った。

アメリア 「磯原さんはお仕事が早いですね」

磯原 「なぜか私には仕事がたくさん来るので、片っ端から片付けないと間に合わないのです。日本では急ぐ仕事は忙しい人に頼めというんです」

アメリア 「あら、日本でも仕事は忙しい人に頼めっていうの? 英語でもAsk busy people to do the workっていうのよ。どこでも仕事が早い人は頼もしい」

磯原 「冗談は止めてよ、アメリカと違って日本は働いても働かなくても賃金は変わらないよ」

山内参与 「磯原君は十分評価されているぞ」

磯原 「あっ、山内さん、メールはご覧になりましたか?」

山内参与 「だから来た。うーん……品質環境センターはどうしようもない状態のようだな」

磯原 「打ち合わせのときお見えになった鈴木取締役だけでなく朱鷺取締役という方が出てきたのですが、まあ話になりません。朱鷺取締役は天上天下唯我独尊ですよ。
打ち合わせを終えてからその近くで昼飯を食べたのですが、品質環境センターの人たちが隣の席で食べていて、いろいろ会社の内輪話をしていました。社外での話から重要機密が漏れるというのを実感しました。躾も悪いですね。モラルが低いというのか」

山内参与 「どんな話だったのかな?」

磯原 「実はまさに我々が訪問したことが社内に広まり、いろいろ憶測を話していました。
露骨に言いますと、我々は殴り込みをかけたらしいです。そして鈴木取締役と朱鷺取締役が青くなったという噂でした。
細かいことはともかく、取締役二人とも下から信頼されている様子はなかったですね。特に朱鷺取締役は天皇と陰口されているようです」

山内参与 「大昔の天皇ならいざ知らず、今の時代、一番へりくだっているのが天皇陛下でないのかね。
ともかく、それじゃ当分というか向こうから接触があるまで待つしかないな」

磯原 「そう思います。そして私もあそこを訪問したのは初めてですが、まっとうなというか一人前の会社ではありませんよ、あれは。あそこと認証の契約をすること自体間違いではないかと思いました。
取締役なんていっても、商法、会社法なんて教えられなかったのでしょうね。大きな会社で部長級なら、小さな会社に出向すれば取締役に就くのかどうかはともかく、取締役が社外で発言すればいかほどの責任を負うのか全然ご存じないようです。商道徳というか信義則も知らないようでは取引できません」

山内参与 「うちの品質保証部の猪狩部長が、品質環境センターの非常勤取締役をしている。明日でも話をしてみよう。同席してくれ」

磯原 「承知しました」

山内参与 「QMSの方もあるし、今後の方向性を考えるに情報を入れておかないと」


うそ800 本日の怒り

認証機関の内幕なんて私は知りません。でもいろいろと面白い経験はしました。
審査を受ける前に要求された資料を送りますが、審査員から早く送ってくれなんて言われるわけですよ。ィー、もう2週間も前に送っていますが、それがなにか?
翌日、紛失したようなので再送をお願いしますなんてメールが来たり……
さらに不思議なことは、先様に不都合な資料ほど紛失しやすいような気がいたしました。いえ、きっと私の気のせいです。

審査前に向こうが書いた審査スケジュールが送られてきます。見るとどうも変です。
よくよく見るとタイトルに自分の勤め先ではなく、聞いたことのない会社名が書いてあります。宛先を間違えたのでしょう。
でもちょっと待ってください。すると当社のスケジュール表は別の会社に送ったのでしょうか? これは苦情を言わねばなりません。認証機関より審査員登録機関に申し立てるべきなんでしょうか?

以前も書いたことがありますが、工場長にため口を聞いたとか、若手を小僧と呼んだとかいうのは文書ではいかんと思いまして、認証機関の取締役に電話をしました。何もアクション取らなかったみたいです。
いやあ〜、そういう体験は豊富であります。


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