ISO第3世代 18.取締役会

22.09.19

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。


ISO 3Gとは

今日からアメリアは名古屋工場に出張だ。出張といっても研修である。なぜ名古屋工場かというと理由がある。
昔、工場といえば高い煙突があり、そこから黙々と煙が空に昇ってた。1950年代、手塚治虫は発展の象徴として工場と煙突と煙を書いていた。後に煙突や煙をネガティブに描いたのはご都合主義としか言えない。
ともかく時代とともに工場で蒸気を使うことは減ってきた。ボイラーを焚いて蒸気を作り、それで機械を動かしたり乾燥炉を温めたりというのは、手間もかかるし効率も悪い。そして排ガスなどの公害防止対策が大変だ。もうひとつ大きなこととして終戦直後は産業化、文明化のシンボルだった煙突が60年代の公害のイメージ、そして21世紀はCO2排出のイメージが悪く、震災があってからは倒壊の危険性から煙突の存在さえ許されなくなったこともある。それと煙突の建設費そして解体費用は目の玉が飛び出るほど高い。
そんなわけで蒸気の用途の多くが電気に取って代わられた。

CO2は見えないよ 注:CO2が嫌いな団体は煙突から出る煙の絵を描いて、CO2が出るぞと叫ぶ。残念ながら煙突から出る白煙はほとんど水滴である。今時煙が出るような煙突は許されない。またCO2が目に見えるわけはない。もちろんCO2が見える超能力者グレタ・トゥーンベリには見えるらしい。
電気自動車はCO2を出さないというけれど、電気を作るところではたぶん、いやきっとCO2が出ているに違いない。早い話が臭いものには蓋をするというその場しのぎの方法なんだろう。

だが既にボイラーや公害防止設備に投資をしてしまったところは、設備の寿命が来るまでは……と使い続けているわけで、スラッシュ電機の場合は名古屋工場がそれに当たる。
ボイラーがあれば、燃料の重油タンクがあり消防法でそれなりの設備が必要で、ボイラー運転の有資格者も必要だし、定期検査も必要で、煤塵や排出ガスの処理設備を備え、そこからでる汚泥等の処理もある。手のかかることこの上ないが、公害防止設備を勉強するには、一粒で何度もおいしいというか、一か所でいろいろ学べるから便利この上ない。

ということで施設管理課の山下がアメリアを連れて名古屋工場に行き、初日は彼がボイラー設備について案内と説明をして、その後数日アメリアが運転状況見学や諸手続きのことを工場の人から教えてもらう。
またボイラーが研修が終わってからは二日間ほど、奥井が名古屋工場に行って廃棄物処理について現場で説明をする予定である。


******

そんなわけで磯原は今日から1週間、アメリアの相手をすることなく本来の仕事に没頭する予定である。
今日は朝一から山内参与が品証部長とISO認証のことでの話し合いがあり、そこに磯原も参加する。

始業後、朝礼が終わると会議室に集合である。
品質保証部からは足立部長と40過ぎの矢矧が出席する。矢矧はISO9001やULの認証/認定や、顧客対応の品質保証の窓口を務めていて、品質保証のベテランである。
環境側の出席は、山内参与と磯原である。

品質保証部環境担当
足立部長足立部長 山内参与山内参与
矢矧さん矢矧さん 磯原磯原

足立部長 「山内さん、ISO認証の件と聞きましたが、どんなことですか?」

山内参与 「だいぶ前、4月でしたが、工場がISO14001審査のとき当社グループの環境行動計画と異なる計画を見せていることが発覚しました。それで足立部長にご協力をお願いしたことがありましたね」

足立部長 「ああ、あれね。生産技術部長と私の連名で通知を出しましたね(第5話参照)。 環境だけでなく、品質でも本社に出している計画と、ISO審査で見せている計画が違うなんてのがありまして、是正させようとしているのですが、工場が反発して困っています」

山内参与 「社内の事業所に二重帳簿をするなと言うだけでなく、監視をしなければなりません。そのチェックのため認証機関にISO審査で当社グループが社外広報している環境行動計画と整合しているかどうかを見てほしいと要請したのです」

足立部長 「おい矢矧君、品質でも環境と同じようにISO審査でチェックさせたらどうだ?」

矢矧さん 「社内の問題をわざわざ外部の、まして認証機関にチェックさせるのは恥じゃないですか」

山内参与 「いや、わざわざではなく、ISO規格からすれば上位組織である本社の指示が工場に徹底しているかを見るのは当然と思う。それを見つけないISO審査なら無用ではないかね」

足立部長 「なるほど、さすが山内さんですね。不具合を見つけないISO審査など無駄というのは同意です」

矢矧さん 「本当に認証機関に環境行動計画と工場が提示する計画書が、整合しているかどうか点検しろといったのですか?」

磯原 「そうです。そのために今年4月、当社の30工場の環境ISOの認証をしている認証機関4社を呼んで、それを確認するよう要請しました」

矢矧さん 「へえ〜、そりゃすごいことですね」

足立部長 「それで認証機関4社は、やると言ったのですか?」

磯原 「3社は整合を見るのは当然であって、見逃していたのは審査員のミスである、今後はしっかり見るという回答でした。
1社、品質環境センターなのですが、弊方の要求にだいぶ難色を示しましたが、最終的には同意を得ました」

矢矧さん 「すごい実行力ですね。環境の皆さんの熱意に感心します」

磯原 「ところが品質環境センターはそうは言ったものの、今年度に既に3つの工場を審査しているのですが、3か所すべてに我々の要請を実行しなかったのです」

足立部長 「約束したことをしないとはどういうこと?」

山内参与 「やろうとしなかった、怠けたとしか思えませんね」

矢矧さん 「以前から品質環境センターは評判よくないですね。ISO9001は認証機関によって規格解釈が異なるのはあまりないですが、ISO14001の方は認証機関によって差異があるのですが、突出してユニークなのは品質環境センターですね」

足立部長 「品質環境センターの評判は良くないのか?」

矢矧さん 「悪いですね。他の認証機関から『認証機関の恥部』なんて言われてます。 申しましたようにISO9001の方はあまり認証機関によるバラツキはないのですが、環境のISO14001はもう……」

足立部長 「そうなのか。知っているように私は品質環境センターの非常勤取締役になっていて、3月に一度取締役会があるのだが、いつも社長は品質環境センターの審査は日本一と言っている。私は社長の言うのは話半分としても評判が悪いとは思わなかった」

矢矧さん 「部長、それは悪い冗談ですよ」

足立部長 「それで品質環境センターに苦情を申し入れたのですか?」

磯原 「はい数日前にお邪魔しまして、足立部長はご存じと思いますが朱鷺取締役と鈴木取締役にお会いして、約束を守らなかった理由を問いただしました」

矢矧さん 「うわー、磯原さん、やりますね。それはすごい」

足立部長 「認証機関なんて小企業だし、そこの取締役に苦情を言うのがすごいとは思わんが……それで彼らの回答はどうだったのでしょう」

磯原 「まず4月の打ち合わせに見えたのは鈴木取締役で、彼が了解したのです。
ところが今回は朱鷺取締役が品質環境センターの規格解釈は正しく、当社が要請したのはおかしいからという理由で、実行しなかったと言うのです。
鈴木取締役はそれに反論して、グダグダになりました。結果として向こうの内部で検討するから少し時間をいただくということになりました」

足立部長 「オイオイ、恥さらしもいいところじゃないか。何がそんなにもめたんだろう?」

磯原 「朱鷺取締役はISO規格の解釈が世間一般と相当違うようです。4月の打ち合わせには、品質環境センター以外に、ジキルQA、真実QA、大日本認証の3社が出席しましたが、みな上位組織の方針を考量するのは規格から言って当然であるという見解でした」

矢矧さん 「部長、ジキル、真実は外資系の老舗で評判は大変良いです。大日本は日系では最大手で、まともです」

足立部長 「言いたいことは品質環境センターの見解はまっとうではないということか?」

磯原 「そうは言いませんが、他の認証機関とは違っています。しかしもうひとつの問題は、取締役が約束したことを実行しないことです。しかも昨日質問するまで先方は実行しないとの連絡もしてません。
更に言えば面会した時点で、鈴木取締役と朱鷺取締役の意思統一もされていません」

足立部長 「それは問題だな。山内さんの言いたいことは?」

山内参与 「次回の取締役会で聞いてほしいのですが、ひとつは規格解釈のこと、もうひとつは当方の要請をなぜ実施しないのか」

足立部長 「そりゃ当然だ。うーん、職制上、私は認証機関の取締役に就いたものの、いやはや、そんなとんでもないところとは思いもしなかったよ」

山内参与 「もし品質環境センターが我が社の要請を受けられないというなら、環境については工場の認証機関を変えようと考えています」

足立部長 「おいおい、それは大ごとだよ。出資している会社で、あそこに審査を依頼していない会社はあるのかな?」

矢矧さん 「まず出資会社ですべての事業所、工場や本社をあそこに依頼している会社はないようです。といいますのは多くは複数の認証機関に審査員を出向させているので、それぞれに分けて認証を依頼しているのが実態です。
但し、秋津洲電気は当初は品質環境センターに審査を依頼していましたが、数年後にQMSもEMSもすべてを大日本認証に鞍替えしました。そのとき出向者をすべて引き上げました。まあ、当然でしょう。もっとも資本金の1割出資は引き上げていないので、社外取締役は今も1名出しています」

足立部長 「ああ、そういうことか。私もどういういきさつなのかと不審に思っていた。
おっと、環境で品質環境センターを止めるとなると、ISO9001もすべて切り替えになるのか?」

矢矧さん 「ISO9001は元々がEUへの輸出のために認証を受けたのは始まりでして、品質環境センターが事業始める以前に認証しています。ですから当社の工場であそこでISO9001を認証しているところはありません。
但し、関連会社ではISO9001認証が遅かったですから、そうですねえ〜20社くらいはあると思います」

足立部長 「磯原君、先ほどの話からISO14001も、全部が品質環境センターではないのだね?」

磯原 「はい、ISO14001認証するときには既にすべての工場はISO9001認証済でしたので、そのつながりでISO9001の認証を受けていた認証機関にISO14001も審査を依頼したところが14工場あります。つまりISO9001とISO14001を合わせた4半分が品質環境センターに依頼している。4分の3はそれ以外となります」

足立部長 「そういう状況なら品質環境センターの社長から見れば、当社のISO認証をみな品質環境センターに鞍替えしろと言いそうだ」

矢矧さん 「品質環境センターは原子力とか航空宇宙などの認定を受けていませんので、そういう製品の工場は鞍替えできないのです」

足立部長 「なるほど……そうすると我が社の工場すべてが品質環境センターから鞍替えしても16件ということか。関連会社には強制的に指示もできないし」

矢矧さん 「とはいえ当社が1件も認証を受けてないとなると問題ですね」

足立部長 「うちからの出向者は審査員が10名か……それが返されるか。10名ならば返されても関連会社で吸収はできるか?」

矢矧さん 「10名ならどうにでもなるでしょう。ただ出向した人たちは審査員になりたい人たちですから、母体に戻って別の仕事をするより、早期退職して他の認証機関の戸を叩く人が多いと思いますね」

足立部長 「改めて別の認証機関に出向させることになるのか? 当然うちが認証を依頼しているところでなければ……」

矢矧さん 「いやすっぱり早期退職する人が多いでしょう。部長が心配することはないですよ」

足立部長 「それはわかった。
ところでええとISO9001でも本社が公表している計画と工場が見せている計画が違うということは、品質環境センター以外の認証機関もしっかり審査していないということになる。品質の場合はどうすれば良いのか?」

矢矧さん 「そういうことですね。品質も認証機関を集めて、しっかり審査をしろという場を作りましょうか。
ただですねえ〜、ISO9001では2008年版も2015年版でも、上位組織とか認証組織を包含する組織という記述がないのですよ。
せいぜいが2015年版の『4.2利害関係者のニーズ及び期待の理解』にある、『品質マネジメントシステムに密接に関連する利害関係者』を本社とみなしてとなりますか」

足立部長 「EMSではチェックすべきことをしていないと言えるが、QMSでは明確な要求がないということか。そこは考えるところだ。矢矧さん、ひとつふたつ認証機関にあたってみてくれ。
ともかく環境については4月の約束を履行せよということでよいね」

山内参与 「そうです。あげくに今になって、それは必要ないから当社の要請は受けないと言っている。これは瑕疵担保責任ですよ」

磯原 「今までこちらに連絡なしに約束不履行だったわけですから、今となって約束を守るといわれただけでは納得できません」

足立部長 「じゃあ、山内さんのおっしゃったことに加えて、までの向こうの内部の検討経過を説明することを要求しよう。 決裂した場合は鞍替する可能性があるとして持ち帰るとしよう」

山内参与 「取締役会でそんな話をしても良いのですか?」

足立部長 「取締役会といってもほんの30分で終わりだ。毎回、認証件数が減った、売り上げが減った、苦情がどうこうと同じ報告だ。
そのあとに昼食までは、雑談交じりの情報交換会だからそのときとき発言しよう」

山内参与 「では、よろしくお願いします」


******

10日後、品質環境センターの取締役会である。既に予定されていた議題は終わり、昼飯は何だろうというような話に移っている。
足立は今なら例の件を話してもよいだろうと考えた。

足立部長 「鈴木さん、少しよろしいでしょうか?」

鈴木取締役 「はい、なんでしょう?」

足立部長 「弊社の環境部門から依頼されたことですが、ISO審査で規格にある上位組織の方針を反映しているかをチェックしてほしいと要請をしたが、進展がないのでフォローしてくれと言われた」

鈴木取締役は朱鷺取締役のほうをチラと見てから小さな声で話し始める。

鈴木取締役 「あの件は、朱鷺さんが納得されませんので、動きようがないのですよ」

足立部長 会議室机 「朱鷺さん、ちょっとお話があるのですが、」

鈴木取締役は足立の顔の前で手を振って、止めてほしいとゼスチャーをするのだが、足立は気にせず朱鷺取締役を呼ぶ。

朱鷺取締役 「なんでしょう?」

足立部長 「弊社の環境部門から依頼を受けたのですが、ISO審査で工場の方針が本社の方針や計画が整合しているか見てほしいという要請をしたが、こちらで受け入れられないという。どうしてでしょう?」

社長が三人のほうを向いて耳を傾ける。

朱鷺取締役 「そりゃあなた、そうする必要がないからです」

足立部長 「必要がないとは?」

朱鷺取締役 「当社の審査員はISO規格に基づきしっかり審査を行っております。変な要求に耳を貸すことはありません」

足立部長 「朱鷺さん、話は論理的にしてほしい。他の認証機関は我が社の要請を妥当なものだと答えたというじゃないですか。そこにはジキルの橋野さんとか真実の原田さんとか、業界の重鎮と見なされている方々がいたそうです。そういうメンバーの見解を否定するわけですか?」

社長 「おいおい、どんな話なのかな?」

朱鷺取締役 「社長が気にするようなことではありません」

足立部長 「ぜひとも社長はじめ皆さんにも聞いてほしいですね」





足立が山内から聞いた経緯を語ると、鈴木取締役が補足するが二人の話に相違はない。

社長 「朱鷺さん、当社の、いや君の規格の解釈は間違いないんだな?」

朱鷺取締役 「ほかの認証機関の考え方も一理あると思いますよ。しかし規格解釈は幅が狭いものではなく範囲があるわけです。だから他社がスラッシュ電機の要望を受けても、我々は受けないとしてもおかしくないです」

社長 「それは技術部長としての規格の解釈だな?」

朱鷺取締役 「もちろんです」

社長 「それなら足立さん、スラッシュ電機さんもその解釈で了解してほしい」

足立部長 「弊社の者も素人ではありません。ましてや他の認証機関の重鎮がそれを妥当だと答えていることは、この認証機関の解釈が世間一般と異なる。これは重大問題です」

朱鷺取締役 「あのね、最近は工場のISO事務局が、知ったかぶりをしておかしな解釈をするのが跋扈しているのですよ。先日来た御社の磯原とかいったな、あの男も自信過剰で困りました」

足立部長 「だがジキルとか真実がその解釈が適切だというなら、弊社の磯原は変な解釈とは言えないのではないのですか?
以前、規格解釈委員会というところから通知があったはずです。ああいったところに問い合わせをして白黒をはっきりしてください」

鈴木取締役 「ああ、あれは2006年だった。もう9年前になりますね」

朱鷺取締役 「外資系の認証機関は、規格を杓子定規に解釈してしまい、改善しようとか、会社のためになるようにしようという発想がないのです」

足立部長 「今回の件は、弊社から審査で適合になったものを不適合にしてほしいということだったと聞く。となると、弊社の申し入れは一層会社を良くしたいという観点であり、朱鷺さんの話とは違う。
なによりも非常識なのは、当社の依頼に一旦了解しておいて、それをしないことを連絡しないのは契約違反で訴えられるおそれがある。
私は二足の草鞋だが、顧客の立場で約束不履行の品質環境センターを訴えたい。また取締役として朱鷺審査員の任務懈怠責任を追求したい」

社長 「足立さん、ちょっと冷静になって。それからそういことは事前に協議したい。
鈴木さん 鈴木さんもおかしいんじゃない。なんで審査員にそのことを伝えなかったの?
あるいは朱鷺さんからする必要がないといわれたなら、スラッシュ電機にその旨伝えておかないとならんでしょう」

鈴木取締役 「スラッシュ電機での話し合いの結果は、審査部の全審査員に伝えました。指示した通りしていなかったと知ったのは、スラッシュの磯原氏からの訪問のアポイントメントのときです。
それで審査員に聞くと、今までと違う判断なので疑問に思い朱鷺さんに尋ねると、そのようなことは無視してよいと指示していたのです。
組織上の上長の指示に従わず、非公式な情報に基づいて動くとは、指示した人もそれに従った審査員も懲戒ものではないですか」

社長 「なぜ朱鷺さんはそんな指示をしたの?」

朱鷺取締役 「私は話を聞いて、それは間違いだから聞くことはないと答えました。規格解釈は当社では私が一番だと自負しています」

足立部長 「それはジキルQAとか真実QAと異なっても、朱鷺さんが正しいということですか?」

朱鷺取締役 「そう考えている」

鈴木取締役 「数年前になるけど、CEAR誌に朱鷺さんが環境実施計画は二つほしいと書いたことがあったでしょう。あの後、認定機関とか他の認証機関から書いた記事を修正するよう言われたじゃないですか。あまり自分の見解に拘ると困るんですよ。あなた一人の問題じゃなくて当社の信用問題ですから」

朱鷺取締役 「あれだって私が間違いというわけじゃない。会社を良くしようと思って読めば、計画をしっかり作ることが大事なんです」

足立部長 「はっきり言っておきますが、今回の問題について、この認証機関が論理立てた説明をしなければ、環境部門は鞍替えするといってます。もちろん責任問題とは別です」

社長 「それは足立さん止めてくださいよ。あなたは当社の取締役なんだから」

足立部長 「社長、それっておかしくないですか? 良い製品やサービスを提供するのが自由主義の根本原則です。それを怠りネゴとしがらみで商売をするなんて価値観が間違ってます。
旗幟鮮明にしますが、私はこの会社の取締役を務めておりますが、顧客でもあるのです。顧客は自分の価値観で品質の良いものを買います。供給者が良い品だといっても意味はありません」

朱鷺取締役 「当社が提供するサービスが悪いというのか?」

足立部長 「品物やサービスの品質が良い悪いかは供給者が決めるものではない。顧客が決めるのです。なことISO規格に書いてあるでしょう。
はっきり言って、あなたの考える品質は顧客が望むものではない、そして他の認証機関と価値観が違うのは間違いない。それが通用するか否かですよ。
正直言ってジキルとか真実QAはこの業界では一目置かれている。それと違うことを主張するなら、顧客に別のところから買うと言われても納得するしかないでしょう」

注:「品質マネジメント-基本及び用語(ISO9000:2015)」
3.6.2 品質:対象に本来備わっている特性の集まりが、要求事項を満たす程度
3.6.4 要求事項:明示/暗黙のうちに了解されている又は義務として要求されているニーズ(要約)

潮田営業部長 「朱鷺さんねえ〜、営業の立場で言いますが、あまり当社は独自性を出さないで、他の認証機関と同じ考えをしてほしいのですよ。
実を言って毎月のように、他の認証機関ではOKなのに当社ではなぜNGなのかとか、他の認証機関と解釈が違うという苦情や問い合わせがあるのですよ。環境側面とか計画とか。
本当のことを言って、朱鷺さんの意固地なところを改めてほしいよ」

朱鷺取締役 「ですから、会社を良くしようと思っているからこそそうしているわけですよ」

足立部長 「社長、これは内部で……内部というのは技術部もあるだろうし、我々ボードのメンバーも考えなければならないことです。早急に結論を出してほしい。私も参加させてもらいたい」

社長 「う、うん、そうだね。朱鷺さん、これが終わったら少し話をしたい」

その後の昼食会はお通夜みたいであった。


******

足立は事前に、出向している人たちと懇談会をすることを通知していた。出向者は10人いるが、本日在社しているのは3名だった。
昼食会が終わってから、小さな応接室に三人を集めて近況を聞く。出向者の面倒を見るのも取締役のお仕事だ。

足立部長 「今日は三月に一度の取締役会だったが、ちともめたよ」

A 「どんなことですか?」

足立部長 「我が社の工場が、スラッシュ電機グループの行動計画と異なる計画をISO審査で見せているのが発覚して、環境担当がISO14001を認証しているここを含めた認証機関4社を呼んで、とんでもない話だ、真面目に審査をしろと言ったそうだ。
他の3社は了解したのだが、ここは了解したものの実行していないと苦情が来た。最悪は認証機関を鞍替えするという。
うちから見ればクレームだが、顧客から見ればうちは約束をたがえるとんでもない業者だよ」

B 「我々は業者ですか?」

足立部長 「業者とは蔑称ではない。事業者の略だ。事業者とは法律で『同種の行為を反復、継続、独立して行うもの』と定義されている。3兆円企業だって官公庁にいけば業者と呼ばれる」

C 「足立取締役、その話はその日のうちに社内を駆け巡りました」

足立部長 「ほう! 反響を知りたいね」

C 「噂を聞い他人の概ねは、朱鷺さんの考えがおかしいという雰囲気でした。しかしここでは朱鷺さんがISO規格の権威とみなされています。
私もここに来るまでは環境担当といっても公害防止一筋でしたので、規格解釈は先生である朱鷺取締役から聞いたことしか知らないのです。本当に彼が言うのが正しいのかは分かりません」

B 「実を言いまして私もCさんと同じです。ただ審査であちこち行くと、当社の規格解釈は独特だと笑われます」

足立部長 「笑われる? どういう意味?」

B 「当社の規格解釈はよく言えばメジャーではない、あからさまに言えばエキセントリックでしょうね。
だから本当は当社に依頼したくない。でも業界設立だから義理で依頼しているわけです」

C 「私は出向して5年近くなります。講演会などで会う他の認証機関の人と話をすると、ここの規格解釈が独特なのを感じます。環境側面、計画、管理責任者、有益な側面、いろんな項番で他社と大きく違います」

足立部長 「私はそう言われても分からないが、その違いは重大なのですか?」

C 「重大ですね。不適合になるかならないかのレベルですから」

B 「レベルというと、ベテランといわれるような人でも審査で何を見ているかというと、手順書に規格の言葉が書いてあるかどうかなんですよね。考えもしていることも初心者と変わらないです」

A 「いるねえ〜。まあ、そういった人たちが早いところ消えてくれるよう祈るしかない」

C 「スラッシュの担当者が変わったから問題になったのだろうけど、正直言って知っている人なら諦めていますよ。
審査というサービスを売っているという立場からすれば品質を上げないとまずい……いや淘汰されてしまいます。業界設立という立ち位置で客が去らないのがありがたい」

足立部長 「その朱鷺取締役の考えが違うとか審査員のレベル向上が必要とかいう意見だが、そういうことは社内で何かしているのかい?」

B 「特にないですね。なにしろ朱鷺さんの考えはここでは絶対で、彼に規格論議をする人はいません」

足立部長 「社内では朱鷺さんは信頼が厚いのか?」

B 「そういうわけではなく彼の論理に勝てないという感じですかね」

足立部長 「ジキルQAとか真実QAの規格解釈と違うと聞くが、他社の解釈との差異について質問してもか?」

A 「朱鷺さんは人の話を聞きませんよ」

C 「朱鷺さんも悪者じゃないんですよ。聞いた話ですがこの会社を創立した時、出資会社のすべてから役員とか社員が出向してきたわけではなく、当初は朱鷺さんたち数人がいろいろな面で苦労されたそうです。規格解釈にしても会社の仕組みを作るにもいろいろと、
そんなわけで朱鷺さんと苦労を共にした人たちは彼を支えようという同志的なつながりがあるのです」

B 「それとこの会社は10社の出資でできてます。今も足立部長がここで私たちの困りごとなどを吸い上げてくれているわけですが、他社も同じです。そして重大なことですが、我々の給料を査定しているのはこの会社の上司ではなく母体の上司です。だから命令が伝わらないというか上が命じても下は動きません。
そして新人といっても出資会社から年配者がくる。当然その会社のつながりは強く、同じ会社から来た先輩に染まります。ここは創立してから20年になるけど今も10個師団というくらいです」

足立部長 「意味するところは分かる。君たちも大変だね」

A 「足立部長も非常勤でなく常勤でここにいたら、まあ〜大変ですよ。売上とか他社との競争の前に、他社出身者をいかに動かすか、他社とバランスをいかにとるかという…」


******

足立は帰ってきて山内と雑談する。

足立部長 「どうもあそこは利益を追求するというよりも、利権を維持するための存在のようだ」

山内参与 打合せ 「利権といってもいろいろありますが、そもそもの目的が業界からISO認証によるお金が流出しないように回収するためのものじゃないのですか。それは出向者を出していることもある」

足立部長 「でもさ、業界系認証機関とは十指に余るほどある。皆同じようなんだろうか? どうもあそこは今だ出向者は出資会社のひも付きだし、ビジネスで負けないぞという意気込みもないようだし。
朱鷺取締役は会社創立時に苦労したということで支持者が多いらしい。それゆえに彼の規格解釈も支持されているようだ」

山内参与 「なるほど朱鷺取締役は第一世代ではなく、その前のゼロ世代なのだな」

足立部長 「第一世代とはなんですか?」


山内は以前、千葉工場の佐久間から聞いたことを説明する。
第一世代は1990年代初頭ISO認証が始まったとき、手探りで認証しようとした人のこと。第二世代はその人たちに教えられてISO認証を維持しようとした人たち。第三世代とはISO認証をアプリオリとする世代。


足立部長 「なるほど朱鷺さんも苦労されたから仕方がないというわけか」

山内参与 「いえ、仕方がないなんてことはありません。時代は変わるのですから、昔はこうだったなんて言っていては置いて行かれるのは当然です。
足立さんは取締役なのですから現状を改革し、より良い品質環境センターにして次代に引き継がないといけません」

足立部長 「来年は山内さんが取締役になってよ。常勤になりたければ推薦するよ。
2年後に社長はどうですか?」

山内参与 「冗談はやめてよ。我々にそれほどする義理はないでしょう」


うそ800 本日の思い出

指導した会社で審査で不適合を出されたので、その認証機関に修整を求めてお邪魔したら審査員が言いました。
「少しかじった程度で審査員に抗議しても通用しませんよ」
言いたかったですよ「お前の登録番号は、俺の10倍くらい大きいぞ」って、
言わなかったけど。
マニフェストを書いたこともない審査員がハンコが押してないというから、その場で都庁の廃棄物課に電話して審査員に渡した。都庁職員の説明を聞いて、おとなしく不適合を消したけど。
そういうことは何度もありました。疲れましたね。

私が引退して10年になる。最初の数年は仲間たちはまだ働いていて「飲みませんか」とか「こんなことありましたよ(笑)」なんて連絡があったが、ここ2・3年はもうほとんど引退したようで、そういうことはめったにない。
せめて今は私の時代のようなバカバカしい規格解釈とか強弁が、なくなっているだろうと期待します。
もしそうであれば良いことですが、すでに手遅れということも間違いないでしょう。20世紀に私が不満に思ったことが是正されていれば今頃はだいぶ違っただろうけど。


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外資社員様からお便りを頂きました(2022.09.20)
いつも興味深いお話をありがとうございます。
私は大手の現状に疎いのですが、今でも出向先の会社って残っているのでしょうか。
お役人の天下り先は今でもあるのでしょうが、民間は厳しいから状況がどうなのか不明です。
多くの企業が正社員を減らし非正規社員が増えているなか、原籍を保証しながら出向はさすがに減っている気がします。
むしろ社員の転職先という位置づけになっているような気もします。
とは言え、お話は時間をさかのぼるし、その時点は私にも記憶があります。

複数の会社が出資して、社員を出向させる会社ってありましたね。
そういう会社の問題点は、社長から社員まで、出向組はどこか本気でなく、プロパーは頑張っても落下傘で親会社から偉い人がくるからモチベーションが上がらないのが多かった気がします。 そういう点では朱鷺氏が妙に頑固なのもプロパーの誇りがあるのかなぁと思いました。
お話を読んで、経営の観点で一番駄目なのが社長。
これだけ大きな顧客問題と、社内の不統一を見ながら即断が出来ない、まだ朱鷺氏と話し合ってからとか言ってる時点で駄目。
ビジネスは速度ですし、社長の役割って決断する事ですから、まだ調整しようなんて考えている時点で駄目。
出向している社長という設定だから、腰掛の駄目社長というのがリアルな気がします。
きっと大過なく勤めて、もっと良いところへ天下りか、高額な退職金貰う事しか考えていなさそう。
 朱鷺氏はお話でも独自解釈になるまでの背景も判って、これもリアル きっとモデルがいるのでしょう。

認証契約は子会社と結んでいるから「親会社だろうが契約当事者でない」は法的には正しい。
でもそれを押し通すのは、社会人としては駄目。
もし反論するなら「お手数ですが子会社の委任状を取って頂けませんか」というのが、まともな対応でしょうね。
これならば相手も受け入れやすし、守秘制約無く親会社、子会社間での情報共有も出来ます。
そういう当たり前の社会常識が無いので、この人が次に駄目ですね。
後の人々も、守秘問題とか、優柔不断とか、色々あるけれど、一番 問題なのは上記の二人と感じました。

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
正直言いまして、私は取締役とか執行役という立場になったことはなく、会議の発言は想像です。小さな会社であろうと社長は経営を背負っているだろうと思っておりました。(過去形です)でもニュースなど見ると、我々下々と同じくつまらないことをして、逮捕なんてされているので変わりないのかなと思うようになりました。
子会社にもいろいろあって、親から行った社長はせいぜい63歳までというのが多かったですが、中には余人をもってという理由で70歳前半まで頑張っていた方もいます。とはいえ陰で後任を育てられないのだという人もいましたが。
出向は今でもそうみたいです。といいますのは、認証機関の決算を見ると(売上などはわかりませんが、株式会社なら決算が公開されていますから、社名でググると流動資産・固定資産/流動負債・固定負債・資本金・資本剰余金・利益剰余金などはすぐに知ることができます)。どこも利益を出しているし、利益剰余金などうらやましいほどです。
賃金の高い人を受け入れれば、賃金をそれなりに払わなければならず、審査で回収できる金額は賃金分にならないでしょう。まして人権副費を考慮したらとても無理です。出した会社が人件費だけでなく副費分まで負担するには出向扱いしかないように思います。
55歳で出向して一人前になるのに4年、少し働いて引退ではモチベーションあがりませんね。幹部にしても2年交代とかではやる気が起きないでしょう。
本社の関係ですが、認証機関は審査する組織以外の人がいるのを嫌いました。審査に本社の人が立ち会うというと認証機関はいい顔しませんでした。私も図々しいですから、しっかり審査をしているか視察するためと言ってましたけど。


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