ISO第3世代 19.それぞれの後日

22.09.22

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

ISO 3Gとは

品質環境センターの取締役会から1週間、磯原とアメリアが品質環境センターを訪問してから20日が経った。

品質環境センター
品質環境センターの社長室である。社長と審査部長である鈴木取締役、技術部長である朱鷺取締役、営業部長である潮田取締役の4人が鳩首会談中だ。
常勤の幹部としてはこの他に取締役総務部長がいるが、審査に関わらからこの場にはいない。

社長 「朱鷺さん、もう結論は出ただろう。聞かせてほしい」

朱鷺取締役 「技術部内で検討しましたが、従来からの当社の考えが規格に反していないと考えます」

潮田営業部長 「ちょっとよろしいですか、私が親しくしている数人の他の認証機関の幹部に内々で相談してみたのですよ」

社長 「ほう、どうでした?」

潮田営業部長 「アネックスなので必須とは言えないという方もいましたが、多くは上位組織といっても親会社ではなく本社なのだから必須要件ではないかという意見でした」

朱鷺取締役 「そうそう、必須ではないのです」

潮田営業部長 「いや、必須ではないとした方も、本社の意思は要求事項とみるべきだという見解でした。
また規格解釈ではないですが、審査契約した相手側が工場であっても、本社から認証機関が要請を受けたなら、契約関係にないと無視はできないという見解でした」

鈴木取締役 「当社の顧問弁護士に相談したのですが、本社が口をはさむのは当然だろうという意見でした。そもそも工場は独立した法人ではありません。工場が認証単位ではありますが、それは限定されていても権限・責任を持つからであり、独立した組織だからというわけではありません。
それと弁護士の先生は、一度約束したことを反故にして通知もせずに、約束をたがえたのではダメでしょうとのこと。まさか裁判にはならないでしょうけど、議事録とか残っていますから訴えられたら負けでしょうって。もちろん実害が発生していればの場合です。今回の場合、経済的な損害は発生したとは言えないでしょう」

社長 「よし、それじゃスラッシュ電機宛てに、当社の規格解釈でアネックスを考慮していなかったこと、打ち合わせ事項を無視したことの謝罪を記して回答としよう」

朱鷺取締役 「ちょっと待ってください。それじゃ完全に当社が悪者になってしまいます。解釈には幅があり、相手の要望によりそれに変更するくらいは記述してほしいです」

社長 「いやどうせ謝るなら一度は一度だ。傷が深くならないうちにちゃんとしたほうが良い。朱鷺さんは約束をたがえて向こうに通知した責任を感じていないのか。それは完璧に当方の瑕疵だ」

朱鷺取締役 「ちょっと待ってください。そうですね1週間いただけますか、私も知己をあたりますから、検討させてください」

社長 「じゃあ1週間だ。それ以上返事を遅らせたらいよいよこじれてしまう」


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大日本認証

吉野部長
吉野部長
大日本認証と品質環境センターの両方で契約審査員をしている人から、品質環境センターの情報が入ってきた。
品質環境センターでは全審査員に対して、スラッシュ電機で起こした問題を通知したという。そして審査の際には上位組織、つまり本社や親会社の方針や計画があれば、それを考慮しているかを確認するようにと指示されたという。

スラッシュ電機での打ち合わせに出た吉野部長は、既に大日本の内部にその件を周知していたものの、問題はそれだけではないと懸念していた。
我々は品質保証、品質管理の指導的立場なのだ。不具合を直してオワリなんてことは許されない。最低限、水平展開をしなければなるまい。

大日本だけのユニーク解釈はないだろうか? 他の認証機関も同じ考えであっても規格から逸脱したものはないだろうか。いろいろ考えると心配は募る。
一人で悩んでも仕方ないと、ベテラン審査員数名を集めて意見聴取を持った。

大日本認証吉野部長 「実はみなさんご存じと思うが、だいぶ前にスラッシュ電機から苦情があった」

A 「ああ、上位組織の方針云々でしたね。あれは全審査員に通知しておりますし、あれ以降は審査報告書にも確認したことを明記していますから大丈夫ですよ」

大日本認証吉野部長 「その件はよろしくお願いします。しかし今私が懸念しているのは、問題になったことは氷山の一角にすぎないのではないかということです。他にも規格解釈に自信がないとか心配なことはないですかね?」

B 「部長、私は以前から気にしていることがあります。環境側面をスコアリング法で決めるというのはおかしいと考えているのですよ。特に一定点数以上とか上位から一定件数が著しいという決め方が正しいとは思えないのです。
多くの審査員がスコアリング法を当たり前と思っているようですが、あの方法には理論的根拠がありません」

D 「スコアリング法ねえ〜、Bさんの気持ちもわかるけど、どうなんでしょう。スコアリング法以外に客観的な決め方がありますか?
審査に行けばほとんどというか、スコアリング法以外はまずありません」

C 「規格では特定せよ、決定せよとあるだけです。だからスコアリング法でなくても、不適合とする理屈はないですよね。
私が懸念しているのは当社の審査員がスコアリング法以外に対して、理屈が通っているかとか、客観性があるのかとか理由をつけて、スコアリング法に誘導していることです」

B 「そこは難しいのですよ。実際 私はスコアリング法以外であれば、客観性がないとして再考を求めています。その結果、スコアリング法以外はなくなるのが現状です。
スコアリング法の理論などわかりませんが、あの方法なら結果の良し悪しに関わらず、どういう考え方で決めたのかという考え方は記録に残ります。単に法規制を受けるとか、過去に事故が起きたという理由よりは科学的だと思います」

D 「実を言って私もBさんと同じ方法なのです。ただCさんの懸念は私も感じています。もし苦情があれば説得なんてできません。そもそもスコアリング法が論理的だと説明できる人がいるのでしょうか?」

大日本認証吉野部長 「私もそれは感じている。ISO14001認証が始まったとき品質環境センターの認証件数がTOPであり、彼らが規格解説書などであの方法を広めた。その結果、うちに依頼した企業もほとんどがスコアリング法であり、うちの審査員もそれが正しい、いやそれしかないと考えてしまったというのがいきさつのようだ。
スコアリング法は理屈の裏付けはないけど説得力はあるね」

D 「吉野部長、数年前に環境目的と環境目標の実施計画が必要だというのが問題になりましたよね。あのときうやむやになってしまいましたが……、そういう明確でないものってけっこうありまして、審査員によって判断にばらつきがあります」

C 「そういうのを上げるとたくさんありますね。管理責任者が社長でよいのか、内部監査を環境事務局がしてよいのか、有益な環境側面が必要なのか、審査の現場では困っている審査員も多いと思います」

B 「我々が無意識に規格解釈に疑義がないと考えているものでも、規格を読むとそんなこと書いてないってことは、たくさんありますね」

A 「どんなものでしょう?」

B 「例えば内部監査です。多くの企業はISO9001のために内部品質監査を行い、ISO14001のために内部環境監査をしています」

A 「当然でしょう」

B 「いやいや、今は内部監査といえば会計監査だけでなく古くは品質、今は環境や輸出管理とかセクハラなどが厳しくなり法令全般について行っているのが普通です。
なぜ業務監査と別に、わざわざISOのために品質監査とか環境監査をしなければならないのでしょう」

A 「普通の業務監査は規格要求をチェックしていないからでしょうね」

C 「私も従来からの内部監査を充てるのが正統な方法だと思う。だって2004年版の序文の後ろのほうに『既存のマネジメントシステムの要素を適用させることも可能である』とあります。ズバリ従来からしていることを活用しろとあるのです。
(2015年版ではこの文言が見つからなかった。わかる人教えてください
でも私が一番気にしているのは環境側面なのですよ。今はほとんどの審査員も企業も、ISOのために環境側面を調べなければならないと考えている」

B 「えっ、だってISO14001ができてから環境側面という言葉ができたのですよ」

C 「そうです。しかし事故や違反をしないために……それはISO14001の意図そのものですが……そのためにしなければならないと法律などで決められてものは昔からたくさんあります。
例えば新設備、新物質、新工法を採用するときには、消防法や安衛法その他の法律で、設置すべき消火設備、有資格者、教育、避難訓練、健康診断などを要求しています」

大日本認証吉野部長 「Cさんの言うのはわかる。安衛法のたくさんある規則がそのものずばりだな」

C 「おっしゃる通り」

B 「お二人は理解しても、私には……」

大日本認証吉野部長 「安衛法の下位規則である省令では、新物質を採用するときはどんなことを調べなければならないとか、安全対策をしろとか有資格者とかそういうことを決めているんだ」

B 「それがどのように環境側面とつながるのですか?」

C 「環境側面を決定せよとは、法規制を受けるもの、管理しなければならないもの、教育訓練しなければならないもの、日常管理をしなければならないものを把握しろという意味です。
勘違いしている人が多いのですが、ここでいう決定とは誰かが決めるということではありません。調査した結果、これに決まったということです。だから環境側面を点数で決めると考えている人はおかしいといっても過言ではない」

B 「ええ〜、じゃ環境側面って決めるものじゃなくて、既に決まっているじゃないですか」

C 「英語原文ではrecognizeで、decideじゃないんですよ。『見分ける』とか『決定される』ということなんですね(ちなみにrecognizeは高校必修単語である)。
話を戻しますと、環境側面とは単にenvironmental aspectの訳にすぎません。環境側面を国語辞典で引いても意味ありません。英英辞典を使わないといけませんね。
毒物は環境側面である
我は環境側面也
ともあれ環境側面と訳された『もの』は過去から存在し、それをいかに管理すべきかも以前から決まっていた。つまり環境側面となるものには、まっとうな会社なら元々法規制に従って対策をしていたはずだということです」

大日本認証吉野部長 「その通り、昔から管理しなければならないものを把握しろということは、法律で強制されていたわけです」

B 「はあ?」

A 「そういう見方をすると、ISO規格の読み方は180度変えないとなりませんね」

C 「法規制だって法規制一覧表を作れなんていう要求は元々ありません。ですから審査に行って法規制一覧表を見せてくださいと言ってもいいでしょうけど、出てこなくても文句を言ってはいけない」

B 「じゃあ、我々が審査で当たり前に言ってたのは規格にないことでしたか」

C 「審査でどんな環境法規制が関わるかを知るには、一覧表などに頼らず、その会社が保有している施設や機械を見て、どんな法規制を受けるのかを推察し、それに対応しているかを調べるんです」

B 「Cさん、そんなことできるわけないでしょう。私はそんなことできる知識も経験もありません」

C 「ならば向こうが出した法規制一覧表に載っている法律に、対応しているかどうかを見るの? それって意味がないよ。式の左右が同じならチェックする意味がない」

A 「確かにそうですが、そうするには環境の専門家でなければなりません。施設も法律も環境配慮設計、廃棄物、何でも知っている、そんな人いるでしょうか? 私には無理です」

大日本認証吉野部長 「うーん、問題山積だなあ〜」


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スラッシュ電機本社

数日前にISO認証の雑誌「ISO第三者認証」というところから取材の申し込みがあり、テーマが環境というので、山内参与、磯原そして広報部の広瀬課長が対応することにした。
広報部が関与したのは、社外に広報するからではなく、環境報告書を担当しているからだ。ちなみに広瀬課長は女性である。

これは架空の雑誌である。
現実の日本ではISO雑誌といえるものは2016年時点では、現在もある「アイソス誌」しかない。
過去にあった「アイソムズ誌」は2006年に休刊、「ISOマネジメント誌」2013年に休刊している。
なお休刊とは廃刊と実質同じだが、婉曲的で上品な表現である。きっと俺たちの戦いはこれからだと言いたいのだろう。

やってきたのは岡田という40半ばの小柄な方である。

岡田 「御社はISO規格より厳しくマネジメントシステムを運用しているという噂を聞きました。ぜひその辺をお聞かせ願いたいと思います」

山内参与 「ハテ? おっしゃる意味が分かりません」

岡田 「噂では品質環境センターに適合になった審査で不適合を出してほしいという要請をしたと聞きます」

山内参与 「それなら思い当たることはあります。でもISO規格より厳しくではなく、規格通り審査してほしいということです」

岡田 「ええと…ということは、審査でISO規格より甘かったとか見逃しがあったということですか?」

山内参与 「見逃しではあるけれど、審査で不適合を見逃したのではなく、ISO規格の要求事項を見落としていたということになりますか」

岡田 「まさかShallを見落とすとはないように思いますが」

磯原 「要求事項とはShallの後に続く動詞だけではありません。噂の元となったものはアネックスにあります」

岡田 「アネックスですか……要求事項とは言えないですね」

磯原 「私はISO規格より厳しいとか甘いという発想は意味がないと思います。もちろんISO審査では要求事項以上を求めるのは困りますし、有益な環境側面なんていうトンデモ理論を言われるのも困ります。
ただ審査の原点はISO規格の意図である、QMSなら『顧客満足』、EMSなら『遵法と汚染の予防』でなければなりません。アネックスであろうと必要であることなら見ていただく、そういうスタンスが弊社の姿勢です」

岡田 「なんだかとんでもないお話を聞いたように思います。更には『有益な環境側面』ですか……今は大流行ですね。御社は有益な環境側面をどうお考えですか」

磯原 「かようなものはないと考えています」

広瀬課長 「磯原さん、その発言は公になってまずいことはないですか?」

磯原 「広瀬さん、問題ありません。確固たる根拠がありますから。
岡田さん、日本でISO14001の権威といえば寺田博さんでしょうけど、彼は2010年頃から講演会で『環境側面には有害も有益もない』と語っています。また弊社の海外の工場に問い合わせましたが、英国、タイなどでは有益な環境側面なんて言葉はありません。Googleで検索しても、有益とかプラスの環境側面なるものは、日本語でしかヒットしません。
というかISO規格に『有益な環境側面』と書いてありませんから、有益な環境側面があると語ることが既に規格と違う、間違っていることになります」

岡田 「あっ、寺田先生がそうおっしゃってましたか。それじゃ疑問の余地がないですね。
有益な環境側面を唱えている人には、認証機関の社長もいますね、それなら寺田さんもそういった人たちに異議を唱えればいいのに」

磯原 「私もそう思います。まあ同業者のビジネスに配慮しているのかもしれません。有益な環境側面で本を書き、講演をして、コンサルしてお金を稼いでいるわけですから」

注:寺田さんは講演会でも私が直接お尋ねしたときも「環境側面には有害も有益もない」と語っていた。なぜ有益な環境側面で出版されている多数の書籍や講釈を語っている人たちに「ちょっと待て」と言わなかったのかは謎だ。まあ、大人の事情があったのだろう。
『有益な環境側面』も講釈を語るだけなら害はないが、『有益な環境側面を把握していないから不適合』とか、認定審査で『有益な環境側面に言及していないから審査員がNG』などと語る認定審査員もいたことは重大問題である。

岡田 「磯原さんは企業側のISO認証の第一線にいるわけでしょうけど、今お話があったような審査の問題にどんなものがありますか?」

磯原 「正直言ってISOにタッチしてまだ半年ですが、規格に書いてない要求事項を語る認証機関や審査員がいて戸惑いますね」

岡田 「ほう、どんなことでしょうか?」

磯原 「今話題になった有益な環境側面もありますし、大きなものとしてはスコアリング法も大問題です。それと法規制については審査員の不勉強が大きな問題です」

岡田 「あのう、磯原さんの発言は正直なお気持ちでしょうけど、まさに爆弾発言ですね」

磯原 「我々にとって認証機関は、審査というサービスを提供する業者です。そして審査というサービスは通常の製品と違いしっかりとした基準があるわけです。
ベアリング 審査のサービスはJIS規格で定めれている機械要素、つまりねじやベアリングのように、メーカーがどこであろうと仕様も品質も同等であることを要求されます。

審査というサービスは納期とコストは異なっても仕様は変わっては困る。認証サービスは、その基準通りで余計なものを足したり引いたりしない、規格通りのものを提供してほしいですね。
規格にない『有益な環境側面』など求めていない。また法律を知らずに遵法を見られるのかということです。私たちは審査に高いお金を払っています。それに見合ったサービスを要求します」

岡田 「ISO審査は遵法監査ではありませんよね」

磯原 「もちろんです。しかしシステム設計が適正か、インプットを受けてアウトプットは正常かを確認するにはシステム設計だけ見ても判定できません。現実のインプットとアウトプットを見なければならない。
例えば法改正があれば、それを手順に基づき検出して手順書に反映されているか、それが運用されているかを見なければシステムが良好か否かは判断できません。ISO審査は遵法監査ではないが、遵法を見なければ仕組みの良し悪しは判断できないのです。もちろんすべての法規制をチェックしろという意味ではありません。
そして更なる問題は、法律に半可通のくせに、審査員は法違反などと言うべきではないですね。
現実には弊社の審査において、過去数年間に10件以上法違反の恐れありと指摘されています。それらすべてを行政機関に相談した結果、合法であるとの回答を得ております」

岡田 「磯原さんは審査員に対して敵愾心があるのではないですか?」

磯原 「ご冗談を。審査員に敵愾心を持つ理由がありません。でも会社を悪くしようとする人には敵愾心を持ちます。合法な仕事を違法だという人とか、環境側面をしっかり把握している人に有益な環境側面が漏れていると語る人は、会社の事業を阻害しています」

岡田 「ええと、御社は審査で問題があれば対策……認証機関に是正を求めるわけですね」

磯原 「当然ではないのですか? まさか岡田さんが購入したカメラとか家電品に不具合があったとき、泣き寝入りはしないでしょう。メーカー責ならば現品交換とか無償修理はもちろん、使えなかったことによる機会損失の補償を求めると思います」

岡田 「おっしゃる通りです」

磯原 「顧客満足を審査する認証機関なら、自分自身が顧客満足に努めなくてはならんでしょう」

岡田 「おっしゃる通りです」

磯原 「岡田さんが私の発言をどのように編集するのか分かりませんが、私は認証機関に審査を依頼することはサービスを購入することと理解しています。
美容師だって歯科医だって、期待したサービスを提供してくれなくちゃ二度と使いません。ISO審査は美容師や歯科医よりサービス内容が標準化されている。だからそれらに比べれば困難さは低く、かつ達成すべきことは明確だ。だから審査員なんて、美容師や歯科医に比べてはるかに容易です。
ついでに言えば美容師の平均年収は330万、歯科医は562万円、ISO審査員はこれより高いでしょう。それだけのサービスを提供しなくちゃお天道様に顔向けできないと思いませんか?」

注:歯科医と美容師は令和元年 賃金構造基本統計調査による。
ISO審査員の年収統計はないが、求人などを見ると社員採用の場合は主任審査員資格保有で概ね500万かららしい。

山内はニヤニヤしていたが、岡田と広瀬課長はあっけにとられていた。😮


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品質環境センター

あれから数日に一回は社長と常勤役員が集まり、スラッシュ電機への回答を考えている。
いくら考えてもスパッと謝るか、言い訳を連ねるかしかないのだが……決定する人が決定しなければいつまでも決まらない。

潮田営業部長 「スラッシュ電機への回答はこれでいきましょう。時が経てば経つほど心証を悪くします。拙速を尊びましょう」

朱鷺取締役 「うちが悪者にならないようにしてほしい」

社長 「うちは業界出資の会社なんだ。我々の任務は事業拡大、増収増益じゃない。問題を起こさず堅実に事業をすることだ。ここでトラブルを納められないととんでもないことになる。
スラッシュ電機が引き上げてみろ、まずここにいる常任取締役は総入れ替えだ。非を認めるとかじゃなくて火を消せ
さっきの潮田さんの文案でいい。これで決着させろ。
鈴木さん、大至急スラッシュ電機に行って了解を取ってほしい。発信はそれからだ」

鈴木取締役 「承知しました」


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大日本認証

吉野はあのあとも集める審査員を変えて何度もヒアリングした。不明点とか我が社の判断基準もあやふやなところ、確証のないものもけっこうあることが分かった。
吉野部長
吉野部長
今まで気づかなかったが、問題はあるものだ。審査員が規格解釈で迷うというか確固たる考えを持っていないということに驚いた。そして自分自身も審査員であるが、微妙なところを問われると、一刀両断とか快刀乱麻とはいかないことも多々あることに気づく。
曖昧のままにしてはおけない。内部でベテランを集めて統一見解なりを定めて周知徹底しないとまずい。
案ができたらISOTC委員などに確認をとらないとまずいな。

吉野が考えたリスクというのはこうだ。
今までもスコアリング法への疑問、目的目標への疑問、有益な環境側面への疑問などは、ネットでも提起されていたし、企業のISO事務局が個人の立場で認証機関に問い合わせてきたこともあった。
しかし大日本認証を含めて、公式な問い合わせ以外はほとんど無視というのが実際だった。 だが今年4月のスラッシュ電機の行動から見れば、規格解釈でトラブルが起きた時、最悪の場合認証を返上してしまうかもしれない。21世紀の現在はビジネス上ISO認証は必須ではない。そしてまた企業も経験から認証にパワーを注ぐなら、それ以外の活動にそのリソースを投入したほうがアウトプットが期待できると知っているはずだ。
経営に寄与する審査なんてキャッチフレーズを掲げる認証機関もあるが、果たして彼らは何を提供できるのか? 苦し紛れのお題目としか思えない。

もし認証審査における規格解釈の差異がトラブルになれば……最悪の場合、公開質問状を出されるかもしれない。
スラッシュ電機の例を見れば、やるときは国内の認定機関とかTC委員へ規格解釈の依頼などでなく、外国を含めてあるいはIAFなどに話を持ち込むかもしれない。
いずれにしてもおかしな解釈が骨のある企業のISO担当者の逆鱗に触れたなら、最悪を想定する必要があるだろう。そして吉野自身、そういうことが起きる可能性は十分あると認識した。


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スラッシュ電機本社

突然であるが、品質環境センターの鈴木取締役が面談したいと連絡してきた。
山内参与と磯原が対応した。
鈴木取締役は回答が遅くなったことをだいぶ低姿勢で詫びた。そして回答文案なるものを持ってきて内容の確認をお願いした。

眺めるとこちらの要求は記載されている。

とある。すべて一般論だが、次はないということは理解しているだろう。また、鈴木取締役から口頭で、スラッシュ電機の工場で品質環境センターの認証を受けているところの鞍替えをしないでほしいということを要請された。
山内は今日一杯検討させていただくということで受け取った。

山内参与 「向こうも混乱の極みだったのだろうな」

磯原 「それにしても足立部長の話から2週間ですか、少しもたもたしすぎですよね」

山内参与 「これで手打ちするしかないだろう。明日、朝一に是正内容を了解したと回答してくれ」

磯原 「承知しました。
次は本社のISO更新審査対応ですが、こちらの考えをまとめて了解を取りに行くつもりです」

山内参与 「考え方をA4で1枚、説明書を4・5枚にまとめてくれ。俺も見て中身を理解したい。先方に話をつけるのはそれからだ。過去の事例を見ると審査の3週間前くらいに書面を出せばよいようだ。時間的にはまだ十分だろう。
待てよ、千葉工場の佐久間が来てから案作成を進めてくれ」


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大日本認証

吉野である。規格解釈の揺らぎ対策と称して打ち合わせを重ねたが、どうにかまとまった。複数のISOTC委員にも見てもらったが、異議はないというコメントを頂いた。
吉野部長
吉野部長
内部的には審査員や営業に周知徹底することがあるが、認証を受けている企業に対して変更という言葉を一切使わずに大日本認証の統一見解として配布することとした。配布といっても印刷物ではなく、pdfファイルを添付するだけだ。

『有益な環境側面』については、審査の場で審査員が語ることはあったが、当社のウェブサイトや公式な配布物には明記していなかったことは幸いだった。
いずれにしても規格本文とアネックスに書いてあることと矛盾のないことは何度も確認した。


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スラッシュ電機 千葉工場

佐久間は名古屋工場の同業者から、大日本認証から統一見解というのが送られてきたよというメールをもらった。メールにpdfが添付してある。
佐久間
佐久間
pdfファイルを一瞥すると、これは面白い。
従来より解釈が明確でなかったこと、審査員や認証機関によって語ることが異なったものなどが約30項目並んでいて、それらについての大日本認証の考えが記載されていた。
管理責任者についてもあったが、これは2015年版でなくなったから今更だ。(この物語は今2016年だ)
環境側面の決定についてはスコアリング法以外でも良いではなく、スコアリング法以外で遵法と汚染の予防に結び付いた理屈の通った方法が好ましいとある。そう言われても、どんなものかは頭に浮かばない。

佐久間は30分ほど眺めた後、本社の磯原に転送した。彼なら興味があるだろう。


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スラッシュ電機 本社

翌朝 磯原は始業前に溜まっているメールを片付けていると、千葉工場の佐久間からのメールに気が付いた。一読しただけでこれによって認証業界が大きく動くだろうと感じた。
磯原
磯原
そして自分が認証機関4社を呼んだことが、そのトリガになったのだろうと確信した。まあ裸の王様をいつか誰かが「裸だ」と叫ばなければならなかったなら、それが自分であっても良いのだと思う。反省はまったくない。

もっとも千葉工場の佐久間とか厚木工場の藤井なら、感慨もいろいろなんだろうなと思う。
いずれにしてもこれは始まりだ。審査員の判断基準は、知らしむべからず由らしむべしなんてことではいけないのだ。それこそIS(国際標準)に反する。
公明正大にして、異論ある人は立場がどうあれ堂々と議論できるものであるはずだ。

磯原は自分が思ったことを付記して山内参与に転送した。


******

品質環境センター

鈴木取締役はこのところ安穏としていた。1週間ほど前にスラッシュ電機の問題は一件落着してほっとした。それまでの過去3週間、キリキリと胃が痛く胃薬は必須だった。
そんな鈴木取締役のところに、品質環境センターと大日本認証の契約審査員をしている人からメールが来た。
鈴木取締役
鈴木取締役
彼は月に数日しか仕事がなく、自宅にいることが多いのだ。
メールを読んで鈴木取締役はギョッとした。大日本認証は社員審査員と契約審査員に統一見解を周知したこと。そして同時にそれを大日本認証が認証している企業に配布したという。統一見解のpdfも添付されていた。

A4で数ページのものだが、鈴木取締役はそれがすごい価値があると理解した。
中にはスラッシュ電機が指摘したアネックスの上位組織の方針についてもあるし、有益な環境側面についてもある。
ちなみに『大日本認証では有益な環境側面はないと考えている』とある。そして『今までの審査で審査員が口頭で有益な環境側面と語ったものは、話のはずみで有益な環境影響を言い違えたもの』だと注記がある。

基本的というか初歩的なものには「legibility」もあり、そこでは「文字が明瞭で読みやすい」意味であり「文章が分かりやすい」ことではないことに注意とある。
明瞭な
legibleとillegibleの意味
は上図を見れば一目瞭然
鈴木は数年前に某認証機関の社長が『ISOマネジメントシステム論』という題名の本を書いて、その中で「legible」を「文章は分かりやすく、誤解のないように書くべし」と講釈を語っていたのを思い出した。
今度は彼が青くなる番だなと同情する。いや中学用の英和辞典を引いても分かるレベルだ。辞書を引かずに思い込みで書いた彼の不注意というか、手抜きによるものだ。どう始末をつけるのだろう。

注:2015年版の場合は「legibility(名詞)」であり、以前の版では文章が違い「legible(形容詞)」である。
品詞が違うぞと言われるかもしれないので書いておく。

これは大至急に品質環境センター内で情報を共有しなければならない。単にこれが大日本認証の資料に過ぎないとしても、うちもこの統一見解に合わせないと問題になるだろう。
すぐに社長と朱鷺さんに知らせなければ


うそ800 本日の夢

本日のお話は事実ではありません。
すべて妄想です、妄想。
こうあったらいいなあ〜という夢物語

えっ、初めから審査員は規格の理解にまちがいなく、タカリをしないことが夢じゃないかって?
そうであったら良いですが、それじゃこの「うそ800」そのものが存在しませんよ。
私もアホ審査員と戦って成長してきたと実感しております。私が出会ったおかしな審査員たちは、私を育てるためにISOの神が私に与えた試練、いや私に遣わした指導者だったに違いありません。
感謝🙏


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