ISO第3世代 23.認証機関への説明1

22.10.10

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

ISO 3Gとは

山内参与の承認を得て、磯原は品質環境センターへ下記要旨を送った。eメールだけでなく書面も郵送した。なにしろ品質環境センターは意図的か過失か郵便物の紛失が多い。


さて、説明の際の一戦が楽しみだと、打ち合わせ場で磯原と佐久間がコーヒーを飲んでそんなことを語っていると、このところ長期間出張していたアメリアが磯原の顔を見て声をかけた。

アメリア 「磯原さん、お久しぶりです。あっ、失礼しました、お客様でしたか」

磯原 「お客さんじゃないよ。佐久間さんはご存じですね。
コーヒーコーヒー
ひと月ほど前にあなたと千葉工場を訪問したときお会いしました。
年末のISO審査の準備のために、今応援に来てもらっているのです」

佐久間はニコニコして手を振る。

アメリア 「まあ、そうでしたか、よろしくお願いします」

佐久間 「本社のISOをバーチャルからリアルに変える話は知ってるよね。方向がまとまったので、日時は未定ですが近々認証機関に説明に行く予定です」

磯原 「アメリアさんは先週までは出張だったけど、どんなことをしてきました?」

アメリア 「最初は名古屋工場に行きまして、ボイラーなどの大気汚染防止措置の見学や、廃棄物処理の実務をさせてもらうなど2週間いました。途中、山下さんと奥井さんが現地で教えてくれました。
それから先週は大宮にある材料研究所に行き、昨今の化学物質規制の状況のお話と、具体的なヨーロッパの化学物質規制対応の施策と作業の見学をしてきました」

磯原 「工場や研究所を見てどうです、参考になりましたか?」

アメリア 「ハイ、EUの化学物質規制対策はとても参考になりました。けれどね、みなさんから見て西洋人は、日本人と考えが違います。新たな規制が出ると聞くと、日本は慌てて走り出しますけど、現地の人も会社もそれほど慌てていませんよ。規制内容が決まったら動こうとか、規制までに間に合えばよいと構えています。実際REACHの検討中は、情報が出るたびに中身が変わりましたしね。
まあ日本はなにごともトップランナーを目指しているのでしょうけど」

佐久間 「アメリアの言うのは、遅れずについていけばよいということかい?」

アメリア 「それで十分かなと。REACHの施行は2007年でしたっけ? 実際には物質により使用量により、規制されたのは2010年とか2018年とかいろいろでした。
今になれば(このお話は今2016年)他社より何か月早く対応したと自慢してもあまり関係ないです」

佐久間 「まあ、なにごとでも無駄に頑張るのが日本人の良いところです、ハハハ」

アメリア 「疲れるだけですよ。みなさんが今なされているISO更新審査対応も、真理を追究するより、少しずつ良くしようと考えてのんびりしたほうがいいです。
ところで認証機関に説明に行くって面白そう。私もご一緒してよろしいですか?」

磯原 「アメリアさんの今後の研修計画はどうなってましたっけ?」

アメリア 「今週いっぱいは、製品リサイクルのお勉強とリサイクル工場に行ってきます。来週は、磯原さんによる環境法規制のお勉強です」

磯原 「ああ、そうだっね。それじゃ来週なら半日くらい外に出ても問題ないか。
あとで説明書を渡たすから、事前勉強というほどじゃないけど一応読んでおいてくれるかな」


*****

数日後、品質環境センターから返事が来た。来週〇日午後一においでいただきたい。品質環境センター側として審査部長と技術部長が対応しますとある。
取締役二人が対応すると聞くとものすごいと感じるが、あの鈴木取締役と朱鷺取締役では大物とは言えないだろう。
磯原は、磯原以下3名がお伺いするとメールを打った。


*****

当日である。約束の午後一ピタリに品質環境センターの入り口のドアホンを押す。
鈴木取締役が表れて7・8人入れば一杯という打ち合わせ場に案内される。
待つほどもなく、二人の人が入ってきた。一人がコーヒーの紙コップを人数分載せたお盆を持っている。
全員立ち上がって名刺交換をする。
対応するのは鈴木取締役(審査部長)と朱鷺取締役(技術部長)そしてコーヒーを持ってきたのは潮田取締役(営業部長)であった。

鈴木取締役 「本日は御社からの申し出ですからそちらからご説明をお願いします」

磯原 「ありがとうございます。今年末の更新審査では2015年版への切り替えを予定しております。それと同時に、今までは会社の実態をそのままではなく、ISO審査で見せるためのバーチャルまシステムでありましたので、それをあるがままお見せして判断してもらおうということに考えを変えました。
それにより御社が行っている通常の審査と異なるかと思いまして、トラブル防止のために事前説明をしたいと考えました。
では資料をお配りしますのでご覧ください」

潮田営業部長 「いやはやすごいボリュームだね。説明資料というより書籍並みだ」

磯原 「では表紙をめくっていただき、まずマニュアルの位置づけをご説明します。
弊社において環境マニュアルは認証機関への提出文書という位置づけであり、社内の文書体系にはありません。当然ながら最高位の文書でもなく、従業員に対する強制力のある文書でもありません。
といいますか一般社員は環境マニュアルというものが存在することも知りません」

そこまで磯原が語ると、朱鷺取締役が手を挙げて発言の意思表示をした。

磯原 「どうぞ」

朱鷺取締役 「環境マニュアルとは環境に関する認証組織の原則を定めたものでなければならない。それを社員が読まないどころか存在も知らないとはISO規格そのものからかけ離れている。それでは規格適合以前じゃないか」

磯原 「まずISO14001では、過去より環境マニュアルの作成と提出を求めていません」

朱鷺取締役 「だが当社が審査契約の際には環境マニュアルを要求している」

磯原 「おっしゃる通り、御社は審査登録ガイドというもので、審査を希望するものに環境マニュアルの作成と提出を求めています」

朱鷺取締役 「だろう、こちらの要求を満たしていなければ審査はできない」

磯原 「しかし……ここに御社の審査登録ガイドの最新版がございます。確かに提出文書の中に「環境マニュアル」があります。
そしてその内容として、以下のものが記載されていることとなっています。
環境方針、組織の役割、責任及び権限(環境マネジメント組織図)、リスク及び機会(例えばリスク及び機会一覧表)、著しい環境側面の特定結果(例えば著しい環境側面登録表)、順守義務の決定結果(例えば法規制及びその他の要求事項一覧表)、環境目標及び取組計画となっています」

朱鷺取締役 「そうだろう」

磯原 「しかし御社のガイドを読めば、マニュアルは御社への提出文書であり、弊社において強制力のある文書でなければならないと書いてありません。ご確認ください」

朱鷺取締役 「はあ! となると御社では社内で有効ではない文書を審査資料として提出するというわけか?」

磯原 「その通りです。弊社においては過去より会社規則に基づいて業務が遂行されており、それ以外の文書によって仕事をすることはありません。そして津城の企業においては、会社の業務手順や基準を定めた会社規則、法律などでは手順書と呼びますが、それらは企業秘密で外部に出すことはありません。
そういう企業の事情を知っているからこそ、御社のガイドでは会社規則を出せと要求しても無理だから審査に関わる部分のみを抜き書きしたものを作成して提出することを求めていると理解します」

朱鷺取締役 「言っている意味が分からないが」

潮田営業部長 「私も過去に品質保証とかISO9001認証も担当していました。磯原さんのおっしゃることはよくわかります。顧客から要求されたことでも、社員は会社規則に基づいて仕事をしているわけですね。
すなわち顧客から要求されることは会社規則に織り込まないと社内では有効ではない。当然ながらそうするわけですが、織り込んだことを立証するために会社規則を提出することは社外秘だからできない。それで要求事項はしっかりと反映してますということを抽出したのがマニュアルですね」

磯原 「潮田取締役がおっしゃる通りです。マニュアルには顧客……以前 認証機関は顧客の代理人と自称してました……に提出するものであり、従業員はその基となる会社規則に基づいて仕事をするわけです」

朱鷺取締役 「それで齟齬はないのか? 潮田さん、それでいいの?」

潮田営業部長 「問題ありません」

磯原 「よろしいでしょうか。ということで弊社において社員にヒアリングするとき環境マニュアルに書いてあるでしょうという言い方をしても環境マニュアルなど知らない、読んだことがないという回答であっても良しとしていただきます。

では次に移ります。 弊社はISO規格が作られるはるか前から事業をしておりまして、社内においてはさまざまな専門用語や社内用語が使われています。またISO規格には定義された用語や定義せずに使っている用語がありますが、弊社においてはそれらを使うことはありません。
よってヒアリングの際は、弊社の言葉で聞かれるか、社会一般で使われている言葉を用いて行うようお願いします」

朱鷺取締役 「ちょっと待ってくれ、ISOの審査ならISOの用語を使うのは当たり前だ。企業側もそれに合わせてくれないと困る」

磯原 「2015年版のアネックスA.2をご覧いただきたいのですが、そこに『この規格では、組織のマネジメントシステムの文書にこの規格の箇条の構造又は用語を適用することは要求していない。組織が用いる用語をこの規格で用いている用語に置き換えることも要求していない』と明記してあります」

朱鷺取締役 「審査ではISO規格の用語を使ってはいけないということか?」

磯原 「使ってはいけないのではなく、審査員が用語で質問しても弊社社員は理解できないということです」

朱鷺取締役 「例えば『著しい環境側面』と聞いてもだめということか?」

磯原 「ダメです」

朱鷺取締役 「だが『著しい環境側面』という語句は、ISO規格ができる前はなかったぞ。御社では以前から著しい環境側面に対する認識がありそれ用の社内用語があったのか?」

磯原 「著しい環境側面とはなんでしょうか?」

朱鷺取締役 「そりゃ規格の定義に書いてある。環境側面とは環境と相互に作用する、又は相互に作用する可能性のある、組織の活動又は製品又はサービスの要素だ。そして著しい環境側面とは有害な環境影響又は有益な環境影響に関連するリスク及び機会をもたらし得るものだ」

磯原 「定義はそうですが、運用上から見れば、関係する法を守らねばならない、取り組まなければならない(注1)取り扱う人には教育・訓練をしなければならない、その環境影響を理解させなければならない、変化があればトップマネジメントに報告しなければならないということです。
ならばヒアリングするとき法に関わる運用に該当法規制が取り込まれているか、計画に反映されているか、取り扱う人の教育・訓練を見て盛り込まれているかを質問したら良いでしょう」

朱鷺取締役 「そりゃ……手間が大変だ」

磯原 「審査とか監査というものはそもそも簡単ではありません。つまり弊社の審査では監査性つまりオーデタビリティ(注2)が非常に低いことを覚悟してください」

朱鷺取締役 「監査性が低いことは問題ではないか。通常より時間もかかる」

磯原 「監査性が低いのは当たり前なのです。現実にはISO審査を受ける会社が審査員に気を使って、ISOの用語で通用するよう社員を教育しているから審査員の質問がスイスイと通じているわけです」

朱鷺取締役 「それなら御社もそうすれば良い」

磯原 「それは審査を受ける会社が無駄に費用や工数を使っているということなのです。我々はそれは審査側が努力すべきだと考えます」

鈴木取締役 「それは……例えばジキルなら問題ないということですか?」

磯原 「はい、正直申し上げますとジキルにはヒアリングに行きました。ISO用語を一切使わずに審査すると回答がありました」

潮田営業部長 「うーん、それは我が社が客先に負担をかけているというとになるのですか?」

磯原 「正直言って日系のというか外資系以外は似たようなものですね。お断りしておきますが御社の競争相手は日系の認証機関だけではありません」

潮田営業部長 「要はプロセスアプローチをしろということだな」

鈴木取締役 「プロセスアプローチができる者でチームを作らせよう。スラッシュ電機さんを審査できるほどのメンバーが揃うかどうかが問題だな」

磯原 「ええと、よろしいでしょうか。
該当するものは、もちろん環境側面だけではありません。ヒアリングする際には平易な日本語でお願いしますね。環境方針、目標、認識、コミュケーションすべてが当てはまります。弊社に環境方針と呼ぶものは存在しませんから」

鈴木取締役 「コミュケーションはすっかり日本語になっているでしょう」

磯原 「日本語となったコミュケーションの意味は英語の意味と違います。コミュニケーションの本来の意味は『考えや思いを他の人に伝え理解させること』です。相手が理解しなければコミュニケーションではありません。
ああ、ひとつ申し忘れました。当然ですが弊社では英語原文を基に文字解釈するのを原則とします。日本語訳されたJIS規格におけるあいまいさ、ニュアンスの相違などないように常に英語原文を参照してます。
一例ですが『determine』を『決定する』としたのは誤訳と言うべき問題です。日本語の『決定する』とは意味が違います。JIS規格で『決定する』とあるところを、『どのようにして決定したのか?』とヒアリングする審査は願い下げです」

朱鷺取締役 「ちょっと待て、『determine』の意味は『決定する』ではないのか?」

潮田営業部長 「朱鷺さん、『determine』は『判断として決定する』というより『事実を知る』とか『何かが何かの状況を決定する』という意味合いなのです。日本語の『決定する』は、誰かの『意思で決める』というニュアンスでしょう。『determine』はそうじゃない。検討や調査した結果、『正解が分かる』ことです(注3)
私も磯原さんに賛成です。私は数年間アメリカの工場に駐在していて学校英語でなく普通の人の英語を聞いてそう思います」

佐久間 「潮田さん、ここにいるアメリアさんはネイティブのアメリカ人ですよ」

潮田営業部長 「おお、これは失礼。すると磯原さんは英文の意味合いはアメリアさんに確認しているわけですね」

アメリア 「もちろんです。ISO規格の和訳を読んで誤解している人は多いですよ。
例えば環境実施計画がひとつでよいか、複数必要かなんて議論もありました。規格原文では単語の後ろにかっこで囲った (s) がありましたね。あの表現はプログラムが一つのことも複数のこともあるという意味を示すものです。原文を正しく読めば議論になるはずがありません」

これは多分にというより、完全に朱鷺への皮肉イヤミである。
一瞬、朱鷺は目を丸くした。

朱鷺取締役 「えっ、(s)はそういう意味なのですか?」

アメリア 「勘違いされてましたか。
似たような話ですが、お宅ではありませんが某認証機関の社長さんが書いた『ISOマネジメントシステム論』という本の中で『legible』を『文章は分かりやすく、誤解のないように書くこと』なんて解説していましたが、あれは全くの間違いですね」

鈴木取締役 「私もあの本を読んでいて気が付きました。
手順書が分かりにくいからと不適合にしては、恥さらしもいいところでしょうね」

朱鷺取締役 「そうなのか?」

潮田営業部長 「それは初歩的なことで英和辞典を引けばわかります。そもそもその要求が『7.5.3 文書管理』の項番にあるのですから気付かなくてはいけません。
明瞭な
legibleとillegibleの意味
は上図を見れば一目瞭然
もし文章に対する要求なら『7.5.1 一般』か『7.5.2 作成及び更新』にあるはずです。
なによりも和訳は『文書が読みやすく』であり『文章が分かりやすく』ではありません。うっかりではすみません。
コンテキストから考えれば、文書は複写を繰り返して判別困難ではダメ、記録は読み間違いが起きないようにきれいに書けということでしょう」


本日はここまでとさせていただきます。
文章はまだまだ書いているのですが、htmlにするのが間に合いません。
ということで次回に続く


うそ800 本日の裏話

だいぶ前(もう7年になる)審査員物語(34回)で審査員を教育する話があったが、あの議論の中身を補強し要求事項項目を体系化して分かりやすくしたものである。
誰にわかりやすくって? 審査員教育用にだよ、

朱鷺さんが大人だって? まあ悪人を作らないのがここの良いところ。


<<前の話 次の話>>目次



注1
ISO14001:2015 6.1.4でいう「取り組みの計画」は環境目標達成のための計画ではない。
これは取り組まなければならないものであり、その取り組みには、6.2 環境目標に設定して改善するもの、7.2/7.3 力量や認識を向上させる、8.1 運用計画や管理の対象とする、8.2 緊急事態への準備対応に反映する、9.1 監視及び測定の対象とする、などの方法をとるということである。
出典:「ISO14001:2015 要求事項の解説」吉田敬史、奥野麻衣子、日本規格協会、2015、pp238〜239

注2
監査性(auditability)とは、監査のしやすさを意味する言葉。監査性が悪いとは監査しにくいこと。
具体的には、監査を受けたことのない人を相手にヒアリングすると問いに対応した回答が返ってこないとか、審査員の言葉が理解されないなどがある。
審査員たるものは、監査性が悪いなどと愚痴をこぼしてはならない。

注3
オンライン・ロングマン英英辞典
1. to find out the facts about something
2. if something determines something else, it directly influences or decides it




うそ800の目次に戻る
ISO 3G目次に戻る

アクセスカウンター