ISO第3世代 24.認証機関への説明2

22.10.13

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

ISO 3Gとは

打ち合わせ 前回の続きである。
磯原、佐久間、アメリアは更新審査を受ける際に、従来のバーチャルに近い姿で説明するのを止め、あるがままを見てもらうために、変更点や要望をもって品質環境センターに説明に来ている。


*****

磯原 「環境方針の要求は各員に周知して、各員に理解させ、仕事をさせよというのが要求です。
だが会社によっては環境方針と呼んでいないかもしれない。あるいは環境方針は複数の文書から成るかもしれない。環境以外も書かれているかもしれない。環境方針に多数の項目があれば、社員は自分が該当する箇所のみ読んで、その他を知らないかもしれない。もちろんそういうことでも不適合ではありません」

朱鷺取締役 「そんな状況で環境方針を知っているかを聞くのもどう言えば良いのだろう?
ましてやISOの用語も使えないとすると、」

潮田営業部長 「環境方針カードを持っているかと聞くにも、環境方針という名前でなければ通じませんな」

鈴木取締役 「磯原さん、質問ですが社員に環境方針が周知されているかを確認するとき、あなたならどのように聞くのですか?」

磯原 「手がかりがないように思えるかもしれません。でも実は簡単です」

鈴木取締役 「簡単ですと?」

磯原 「審査員は提出書類から環境方針を既にご存じのはずです。いや知らなくても既に経営者インタビューはしています。そこで経営者あるいは代理者から、その組織の方針……方針という名前でなくもよいのですよ……その会社はどこを目指しているかを聞いているはずです。
ですから相手にあなたの仕事は何か、お仕事の課題は何か、あなたはそれをどのように考えているのか聞けば良いのです。もちろん聞き方話し方はその場の状況に合わせます」

朱鷺取締役 「それがどんな意味を持つのか?」

アメリア 「磯原さん、私に答えさせて」

磯原 「どうぞ」

アメリア 「環境方針が周知されているかを確認するとは、その人が方針の中で自分に関わることを知っているか、自分の仕事を理解しているか、その仕事において方針を展開して行動しているかを確認するわけですね。
当然、職務により職階により認識は異なます。だから人によって回答が異なることは必然です」

朱鷺取締役 「人によって環境方針の理解が違ったらだめだろう」

アメリア 「例えば弊社の家電品事業本部では、今年環境性能の広報の強化をあげています。
審査では、社員をランダムに捕まえて、あなたが今やっていることはどんなことかと聞いたとしましょう。営業の平社員なら製品カタログに環境性能をどう表示するかを考えているかもしれません。その上司であれば営業戦略で環境情報をどう取り扱うかを考えているかもしれない。宣伝部門では研究所と、どの環境性能をどんな指標で表すべきか打ち合わせているかもしれない。

ヒアリングするといろいろな回答があるでしょう。もし皆の回答が同じなら、その組織は重大な問題があるはずです。火の用心というたとえ話もあります。役員が火の用心と言ったら、部長が課長に火の用心といい、課長が係長に火の用心と言い、係長が部下に火の用心と言って全員で唱和したなんてお話がありますよね。
それでは困ります。方針は展開されなければなりません。
人それぞれの回答を聞いて、審査員はその人の立場において適切であるかを考えることになるでしょう」

磯原 「そうです。審査員が知っているその組織の方針と回答を比較して見合っているかを判断すればよい。
それは環境方針を暗唱させたり、方針カードを携帯しているかを聞いたりするより、はるかに意味のある質問です。
良くいるんですよね、ISO審査で『環境方針カードを持っているか』なんて聞く審査員が。審査料金を返してほしいですよ」

佐久間 「ISOの要求は環境方針カードを持っていることじゃないからね」

佐久間は朱鷺取締役の顔をじっと見つめる。
朱鷺氏は、はっと気が付いて答える。

朱鷺取締役 「いや、もちろん弊社の審査員はみなそれくらいのことはできますよ。もちろん環境方針カードを見せてほしいなどとは決して口にしないと思います」

アメリア 「そう願いたいですわ。年末の審査で拝見させていただきます」

アメリアは惚れ惚れするような笑顔でそう返した。でもこれって、審査員を審査するよという意味でしかないだろう。

朱鷺取締役 「ええと、この説明書を拝見すると『方針は経営者の専決事項ですから、審査でのコメントはご遠慮申し上げます』とありますが、これは審査の対象外ということでしょうか。これは受け入れられません」

磯原 「まず私どもでは環境方針というものはありません」

朱鷺取締役 「ない !?

磯原 「そうです。本社・支社のトップマネジメントは生産技術本部長で執行役です。彼は環境担当役員であると同時に品質担当役員であり、その他いくつかの任を負っています。当然彼の出す方針は、品質用とか環境用とかあるわけでなく、己の仕事全体についての一般方向をしめすものとなります。
また彼の指示を受ける者にとって、品質と環境が別々でもありません。誰もが品質に関わり、環境に関わっているわけです。故に常務が管掌することを合わせた方針を発することはおかしくありません。

みなさんも同業他社さんの上級管理職だったはずで、企業の仕組みと流れをご存じと思います。
方針といっても一枚の紙に書かれたものばかりでなく、元々会社規則に定められているものもあります。
例えば順守義務(注1)などわざわざ方針に挙げるものではなく、弊社ですと『遵法に関わる規則』でこの会社で働く者に遵法が最優先であることを示しているわけです。ですから方針という名称のものに遵法が書いてないのは瑕疵ではありません」

朱鷺取締役 「ちょっと待てよ、すると環境方針というものは一つの書き物ではないということか?」

磯原 「さようです。遵法だけでなく、目標設定とか枠組みとかわざわざ示すまでもありません。基本は会社規則でしっかりと定めており、弊社社員は会社規則を守らねばならないのです。そういうことは朱鷺取締役ご出身の会社でも、同じように定めていただろうと思います。
もちろん環境マニュアルの環境方針の項番では、年度方針の他に会社規則『遵法に関わる規則』を引用しております」

朱鷺取締役 「環境方針が複数の文書から構成されていても適合なのか?
遵法などは会社規則でも良いのか? 他社でもそういう形式はあるのだろうか?」

朱鷺氏は首をかしげる。

磯原 「会社規則とは法律でいう手順書でしょうけど、業務の手順や基準ばかりでなく、会社の組織を決めた規則もあり、長期間変わらない方針であれば会社規則という形式で社員に示すことも一般的です」

アメリア 「朱鷺様はIBM社をもちろんご存じですよね、20世紀から環境企業のトップと言われています。あの会社の環境方針をご存じと思います」

朱鷺取締役 「ああ、立派なものだと思いますよ」

誰が朱鷺氏の様子を見ても、朱鷺氏がIBMの環境方針を知っていてそう答えたようには見えない。

アメリア 「あの環境方針もISO規格の環境方針の要求事項を、1対1で埋めているようには見えません。現実には別の文書で補完しているはずです。
もちろんIBM社もISO認証を受けています。ですから方針に関する要求事項とは、ひとつの文書に全部入れろということではなく、会社のいろいろな文書の組み合わせで要求事項を満たしていれば良いと考えております。
仮に御社がIBM社を審査して不適合にするとは思えませんし」

朱鷺取締役 「まあ〜そうでしょうな」
トランプ

ひょっとして、アメリアはIBM社の環境方針を読んだことがなく、ブラフハッタリかもしれない。
環境方針カードの件にしろアメリアはポーカーが強そうだ。


*****

磯原 「経営者インタビューは短時間でお願いしたいのです。30分が上限です。
前回の審査は維持審査でしたが、1時間以上かけています。予定オーバーで弊社は非常に困りました」

鈴木取締役 「経営者インタビューは極めて重要ですから、それなりの時間を取っていただかないと」

磯原 「御社の社長をはじめ皆さん取締役の方々も多忙だと推察いたします。
他社を訪問するにも、私でしたら成果……つまり売り上げにつながらなくても仕方がないとみなされるでしょう。しかし社長なら1回訪問すれば何億注文を取ってきたか、執行役なら何億と……大変な責任を負っているわけです。
弊社の本社・支社のトップマネジメントは大川常務ですが、非常に多忙で在席しているより不在が多いのです。
パスポート 海外出張も月二三度ありまして、2年目でパスポートの査証欄増補をして、3年目はパスポートを新しくするそうです。
それで日程を立てるにも数か月前に秘書室に情報を入れなければなりませんし、種々状況が変われば事業優先となるのはやむをえません。更新審査でも最大で30分とお考えいただきたく」

潮田営業部長 「まあ数兆円企業となればそうでしょうなあ〜」

朱鷺取締役 「代理者なら対応できるのか?」

磯原 「常務のスタッフは複数おります。環境の管理責任者として山内参与、参与とは役職ではありませんが弊社では執行役の次の位置づけです。彼は元研究所長でしたが、役職定年で常務のスタッフとしてISO認証だけでなく、環境全般の担当で、エネルギー管理企画推進者もしております。
実質上、常務の環境担当役員の業務をしていると言えます。私は山内の部下になります」

鈴木取締役 「ならその山内参与さんを経営者の代理としてインタビューさせていただければよろしいかと」

磯原 「ありがとうございます。ではそのように取り計らいます」


*****

朱鷺取締役 「環境側面が自動的に決まるように書いてあるが、ISO規格では設定した基準を用いてとあるから、まず基準があって評価して決めるという手順でないと不適合だ」

磯原 「先ほど(前話参照)も説明しましたが、著しい環境側面とは、法に関わるもの、取り組まなければならないもの、取り扱う人には教育・訓練が必要なもの、その環境影響を理解させなければならない、問題があればトップマネジメントに報告しなければならないものです。

実はそれはISO規格に特有なことではありません。新設備、新工法、新物質などを導入する際に、それらに該当するか否かは様々な観点から評価しなければなりません。だって安衛法、消防法、工場立地法あるいは公害防止関連法などに、新設備や物質を採用するとき実施すべきことが定めてありますから、導入する時に審査するのは企業の義務です。

その結果、法による届け出や許可申請、防災設備の設置、教育や資格の要否、特殊健康診断、規制基準などが明確になります。それはつまり著しい環境側面であるかないかを判断することと同値です。この過程において個人あるいは組織が恣意的、にあるいは著しい環境側面への該否の基準を定めるなどは無用です。
つまり……」

朱鷺取締役 「分かった、分かった。すると著しい環境側面とはわざわざスコアリング法などをするまでもなく、既に決まっているのか?」

佐久間 「スコアリング法と言われるものも、実際に計算した数字で決めているわけではありません」

朱鷺取締役 「えっ! それはどういう……」

佐久間 「どの会社でも初めから何が著しい環境側面かを知っています。評価点や計算式は予め決めていた項目になるように調整していることはみなさんご存じでしょう」

鈴木取締役 「それは暗黙の了解だな……言わない約束というか」

佐久間 「私の工場の認証機関はジキルですが、スコアリング法ではありません」

朱鷺取締役 「ではどのような方法ですかな?」

佐久間 「単純なのですよ。法規制に関わるか、事故が起きる恐れがあるか、不具合があれば大金がかかるかです。もちろんそれぞれに判断基準というか閾値は決めてあります。その三つのうちひとつでも該当すれば著しい環境側面です。
想像がつくでしょうけど、スコアリング法でするのと同じ結果になります。当たり前ですよね、そんなことをする前から何が該当するか知っているわけですから」

環境側面評価表
環境側面法規制事 故被害額著しい
該否
備考
電気×第2種指定
××××
重油×指定数量以下
アクリル塗料×指定数量以下
切削油××水性
廃油特管産廃
PPC××××
板金素材××××
*チャチャと5分で書いたから、細かく見ないで ><

注:この方法はBV社の公式ガイドと銘打たれた本に書いてあった方式である。
「国際認証機関BVQI公式ガイド ― ISO14001環境マネジメントシステムの構築と認証の手引き」原田伸夫・土屋通世、システム規格社、2000
この本は本物だ。なぜこの方法が広まらなかったのか残念だ。著者の原田さんとは面識があった。土屋さんには会ったことがないが、別の認証機関ともめたときにメールで何度か相談したことがある。
なお2004年改定後に2004版対応も発行されている。

磯原 「今 佐久間が申したのは著しい環境側面を決める方法論です。建前の方法はいろいろあろうと、本音では既に誰もが著しい環境側面は認識し、会社はその運用の手順書を設けているのです。
いずれにしても鈴木取締役がおっしゃった言わない約束という枠組みから出てはいません。
それに対しまして、我々は著しい環境側面が決定される手順を、バーチャルなしの真剣勝負で行くことにしました」

注:私は某ISOTC委員の指導を受けて改めて環境側面を決定するのでなく、過去から管理していたものを環境側面とする方法をとったのは2005年頃だったと思う。その頃になって私もやっと環境側面とはなにかを理解したともいえる。
スコアリング法はどうしようもないが、よく考えれば環境側面を決めるという発想そのものがおかしいのだ。

朱鷺取締役 「というと?」

磯原 「会社の事業はISO規格と同時にスタートしたわけではありません。ISO規格のできるはるか前から法的な届け出、安全衛生、火災や爆発の危険あるいは環境への害などを調べて対応してきているわけです。

ええと、ISO14001ができたとき、多くの日本の環境担当者はそんなものがなくても公害防止や安全衛生は法律で決まっている、不要であるという意見が多々ありました。そのときISO TC委員たちは、日本は1960年代の公害列島時代から環境法規制が整備されてきた。しかし環境法規制が整っていない国もある。また日本もこれからは規制で行う時代から自主的に改善を進める時代になるのだと語りました。
ともかく企業はそう言った法規制に対応して今があるわけです。

ですから現時点、ISO規格が要求する法による届け出や許可、防災設備、教育や資格、特殊健康診断などは対応しているわけです。
改めて調べなおすのも結構ですが、そうまでしなくても過去の導入には法に基づいて検討され対策を決めた記録があるはずです。それはすなわち既に著しい環境側面は明白であったということです」

朱鷺取締役 「なるほど、導入するときに種々の法規制に基づいてなすべき対策を調べて、必要なら手を打っている、手を打ったものが著しい環境側面であるということか……理屈は通っている。
しかり法に該当するか否かとなると大小すべてを該当とするのか?
例えばアルコールなどは危険物倉庫も卓上のハンドラップも該当するのか?」

磯原 「ハンドラップを倒しても火災になる恐れはあります。著しい環境側面になるのか緊急事態に該当するか否かではなく、直ちに対応しなければならないなら、その方法を決めておくということでしょう。
まずはハンドラップ使用時の手順を決めておく必要があるでしょう。具体的には平坦で周囲に余裕がある所に置く、近傍で火気を使わないこと、換気すること、消火器が近くにあること、などですかね。更に安全を期すなら、使用場所に旗印でも立てるというのもありでしょう。

注:ハンドラップとは、液体で拭き取り作業を行う際に使用する、右図に示すようなプッシュ式の液体保管容器のこと。

そしてハンドラップが倒れたあるいは壊れた時、こぼれたアルコールをなんで拭くのか拭いたものをどうするのか、目に入ったとき・口に入ったとき、 ハンドラップ そういうことを決めておくことが大事であって、それを著しい環境側面とか緊急事態と呼ぼうと呼ぶまいとどうでも良いのではないでしょうか。
規格文言を読めば、緊急に手を打たなければならないものが緊急事態ですが、ハンドラップ作業など個々の作業をそう定めるのではなく、消防法の危険物取り扱いといった手順書の中で一括して要領を定め、教育し訓練することで必要十分でしょう。

電気の使用量などは法的な規制は第1種エネルギー指定事業場と第2種です。しかし今の時代、法規制を受けるものだけ省エネするでは済まないでしょう。それ以下の電力量しか使っていなくても、自主的に省エネ活動をしているでしょうし、そのとき著しい環境側面にする基準はその会社が決めることにでしょう。
逆に雑居ビルにいる店子ができるのは照明くらいなら、わざわざ著しい環境側面にしなくても妥当かもしれません」

朱鷺取締役 「なるほど、なるほど、」

磯原 「同様に規制対象でない物質であっても、芳しくないものだってあります。そういうものを自主的に著しい環境側面として改善を図ることもあるでしょう。
要は著しい環境側面の該否が重要であるわけではなく、手を打つ必要があるなら手を打たねばならないということなのです。
我々はママゴトで著しい環境側面とか考えるわけではありません。ISO14001の意図である遵法と汚染の予防のために何をなすべきかということが第一義なのです」

佐久間 「著しい環境側面の決定について、スコアリング法で上位から何個とか、何点以上なんて語る人がいますね。あれもおかしな話です。
管理しなければならないものが多数あるなら、それを全部管理しなければならないのは当たり前です。そしてまた著しい環境側面が少ないから管理をしなくてもよいものを著しい環境側面にしようというのも大きな間違いでしょう。
そんなことでは違反や事故が多発しますよ」

アメリア 「それはあれでしょう、真に管理しているのはスコアリング法で決めたものでなく、過去から導入時に種々調査をして対応しているからでしょう。
著しい環境側面としているものは、審査員に見せるための食品サンプルだからじゃない」

鈴木取締役 「なるほどなあ〜、皆さんはISOの免許皆伝ですな」

潮田営業部長 「皆さん、辛口というか辛辣ですね」

朱鷺取締役 「しかし待ってくれよ。そうすると著しい環境側面は過去から決めていたとすると、規格でいう環境側面の決定をしないことになってしまう。それは規格からしてどうなるのだ?」

磯原 「ISO規格は、まず一般論を語っています。それに続いて『計画した又は新規の開発、並びに新規の又は変更された活動、製品及びサービス(ISO14001:2015 6.1.2 a)』とあり、新たに発生した時に、追加されるものを評価すると理解できます」

朱鷺取締役 「なるほど、そうか。現時点では既に評価して著しい環境側面とされたものは管理しているわけだ。追加される都度、あるいは法改正時に再検討するということか……理路整然だ。
スコアリング法が良い悪いという以前に、改めて環境側面を把握するまでないということか」

磯原 「朱鷺さん、そう決めつけてははいけません。現実には特に中小企業においては、自社が関わる法規制をしっかりと把握していないことはままあります。
ですから審査では現場で現物を見て現実を認識し、それに関わる法規制を推察し、それが法規制一覧表にリストアップされているかを確認しなければなりません。それが法規制一覧表の存在意義かもしれませんよ。
往々にして、法規制一覧表をみて、それを遵守しているかという審査を見受けますが、それではまったく意味がありません。法規制一覧表に漏れがないかを調べなければ」

朱鷺取締役 「審査員が法規制を知らないと審査できないのか?」

磯原 「当り前じゃないですか。ISO審査は遵法審査ではありませんが、法律を知らなくてはシステムが機能しているかどうか判断できません。
『塗装ブースの排気ダクトを屋根より高く改善したことは良いことです』なんて書いてあるお宅の所見報告書を見たことがあります。監督署などに見られたらまずいんじゃないですか(有規則15条の2)。
設備や機械そして使用している物質を見て、それらに関わる法規制を推察し、その法規制が要求している届け、保護、資格などに対応しているかをチェックしなければ、審査の価値がないでしょう」

鈴木取締役 「あいすみません。審査員に一層の教育を……」

朱鷺取締役 「そう考えると審査員に要求される力量は大変だな」

潮田営業部長 「なるほどなあ〜、磯原さんは審査員研修の講師になるべきだ」

磯原 「ご冗談を、私は元々電気主任技術者とエネルギー管理士でして、メインは省エネです。ISOは片手間でして、ましてやISOに関わったのは今年4月からですよ」

鈴木取締役 「4月から……たった半年」

磯原 「本題に戻りますが、当社では有益な環境側面はないと考えています。いや理屈で考えても、そういうものは存在しません。これは寺田さんが有益な環境側面はないと語っていますから議論の余地はありません。
審査で、有益な環境側面がありますかとか、有益な環境側面が必要などと言わないでください」

朱鷺取締役 「寺田さんはともかく、ないという理屈を知りたいね」

磯原 「まずは規格に書いてないからです。冒頭に申しましたが(参照:第23話)私どもはISO14001の英語原文を基に文字解釈で考えています。有益な環境影響は1回(6.1.2)だけ出てきますが、有益な環境側面は出てきません。

もちろんそれだけでなく有益な環境側面がないというには、しっかりした理屈があります。規格に書いてあるように環境影響には良いものと悪いものがあります。しかし良い環境影響は、良い環境側面からしか出ないのかといえばそんなことはありません。ひとつの環境側面から良い環境影響も悪い環境影響も出るわけです。ですから良い環境側面という語句は矛盾しています。

そして現実に有益な環境側面と言われているものを見れば、実はそれは環境側面ではなく環境影響や環境改善活動を誤って有益な環境側面と呼んでいるのです。
中には『有益な環境影響を有益な環境側面という』なんて訳のわからないことを書いている本もあります(注2)

間違いの具体的を上げれば、白熱電球から蛍光灯電球に切り替えが進んでいた洞爺湖サミットの頃、蛍光灯電球は有益な環境側面と騙っていました。10年も経たない今、蛍光灯電球は悪い環境側面でLEDは有益な環境側面と騙る審査員がいます。
それから太陽光発電パネルをつけることを有益な環境側面と書いてある本もありました。どういう考えなんでしょうかねえ〜。そしてその工事から出る廃棄物は有害な環境側面ではないとありました。笑うしかありません。
ISO規格って、そんな低レベルのものじゃありません。ISO規格を貶めるようなことは言わないでほしいですね」

白熱電球
矢印電球型蛍光灯矢印LED電球
俺は最初から、
最後まで悪者か
以前は褒められたけど
今は悪者、悲しい
俺もすぐに悪者さ
「蛍光灯電球は有益な側面」と語った審査員(s)、反省しなさい !

磯原 「また有害な環境影響より有益な環境影響が大きなものを有益な環境側面と呼ぶなどと語っている人もいますが、その理屈はインチキとしか言いようがありません。
そもそも今人間が使っているものはすべて有用だからです。毒物を使うのはメッキに必要とか、電気を使うのは他のエネルギーより効用が大きいから、廃棄物が出るのはリサイクルするよりトータルとしてコストがかからないことと、リサイクルするより環境負荷が小さいからです。人間は経済性や安全性などを考慮して、最善の選択をした結果、今があるわけです。
もちろんPCBとか水銀などのように、技術が進み代替品が登場したことや、あるいはまたその害が認識されたことにより、よりトータルとしての効用が大きいものに代替えされていきます。それが進歩ですね」

佐久間 「ある会社でのこと、休憩所のエアコンを止めて窓を開け扇風機にしたそうです。それを審査員が見て扇風機は有益な環境側面だと誉めたそうです(実話です)。バカじゃないですか。
うちわが一番なのか? エアコンより扇風機が素晴らしいなら、扇風機も止めて団扇うちわであおいだ方がもっと良いはずです。
陰で休憩所の人たちは会社が電気代をケチってエアコンを止めたと非難ブーブーでしたね」

鈴木取締役 「なるほど……労働環境は確実に悪化していますね」

アメリア 「有益な環境側面と語る人は、自分が不勉強だと宣伝しているようですね」

佐久間 「外資系の認証機関はどこも、有益な環境側面なんて言いませんね。彼らの本社は欧州だから、変なことは言わせないのでしょうか」

朱鷺取締役 「外国では有益な環境側面というのはないのか?」

アメリア 「Beneficial aspectもplus aspectもeffective aspectも聞いたことないですね。日本に来てそういう言葉を聞きまして、アメリカとイギリスのネットをだいぶ見ましたが1件もありません。英文で有益な環境側面を語っているのは、すべて国名コード(注3)はjpでした(注4)

朱鷺取締役 「うーん」


*****

潮田営業部長 「磯原さん、お聞きしたいのだが、経営に寄与する審査とはなんでしょうか?」

磯原 「それこそ私がお聞きしたいですよ。というと『ない』と答えてしまったようですね。私は経営に寄与するという意味が理解できません。『会社を良くする審査をする』と語る認証機関もあります。これもまた理解できません。

会社を良くするとはどんなことでしょう? ブランドイメージを上げる、利益を上げる、品質を上げる、労働環境をよくする、給与を上げる、株価を上げる、その他いろいろあるでしょう。

いや待ってください。従業員から見た良い会社、経営者から見た良い会社、顧客から見た良い会社、株主から見た良い会社、地域社会から見た会社、みな違うのではないでしょうか。ですから一つの観点で良くすることは他の観点では悪化することもあるでしょう。となると会社を良くするなんて簡単には言えません。
それに品質を上げるにしても、株価を上げるにしても、ブランドイメージを上げるにしても、ISO9001やISO14001にそんなことできるわけがありません」

鈴木取締役 「ISO規格ではできないのですか?」

磯原 「バランススコアカードという考えがあります。1990年頃流行したそうです。会社のビジョンを複数の視点から見て伸ばしていく考えらしいですが、その中でISOがどれくらいの位置づけにあるかご存じでしょうか? 社内における一手法とみなされています。その程度のものなんです。

とはいえISOは無力とか無用だというつもりはありません。それが受け持つ守備範囲においては有力なのです。ISO9001なら品質保証、ISO14001なら環境管理の仕組みでしょう。
ISO9001が減らせる不良は管理に起因することだけです。技術的に解決できない不良は手に負えません。それができるのは管理技術ではなく固有技術です。
ましてや経営に寄与するとか会社を良くすると語るのは大言壮語でしょう」

bsc.gifISOで会社を良くするのは無理みたいよ
矢印
右の列、下から二番
目にISO9000がある

潮田営業部長 「おっしゃること良く分かりました。となると……会社を良くするなんてキャッチフレーズはだめだな」(営業部長的視点)

鈴木取締役 「まずはしっかりした審査をするように努めるしかないね」(審査部長的視点)

朱鷺取締役 「その前に、規格をしっかり理解することか」(技術部長的視点)

あと一人、総務部長的視点がそろえばバランススコアカードになるか?


*****

最後は磯原の独演会となったきらいがあるが、まあ終わり良ければすべて良しだ。
佐久間とアメリアの発言は少なかったが、要所・要所でのバックアップに磯原は感謝した。同行してもらった甲斐は十分あった。
これで山内参与に堂々と報告できる。

帰りの道々、訪問した三人は同じ事を考えていた。
それはISO認証する意味は何かということだ。
ISO規格そのものは発明されたものではなく、過去からの企業の管理とか不具合の是正処置の集大成だ。だから過去の実績はあり、裏付けはある。
考え中
だがそれを外部の者が規格と比較して、合っている/合っていないとすることにどんな意味があるのだろうか?

ましてや1987年版においては、くどいほどテーラリング(修整)して適用せよと語っていた。品質保証の要求事項は、組織に合わせて調整しなければその機能をしっかり果たすことはできないのだ。それを無視して画一的に要求してもろくなことはない。
すべての組織がフィックスされた規格要求を満たすことは、無駄な手間暇をかけるだけではないのだろうか?


うそ800 本日の願い

現実に会社側の発言を聞いてくれる審査員や認証機関の幹部がいるのか? と問われれば、いないと断言できます。過去に幾たびも審査の苦情や異議を申し立てても、拒否されたのは当然で、対等な対応をしてもらったことさえございません。

現役時代のこと、関連会社から審査で廃棄物処理が違法だと言われ不適合になったと相談に来た。私が見て全く問題がなく、認証機関に行ってその審査員と上司に面会し、説明したがなかなか納得してくれない。しかたがなくその場で東京都の産業廃棄物対策課に電話して問題ないことを説明してもらったことがある。
それでは所見報告書を修整して不適合を消してほしいというと、認定機関に報告済なのでできないという。今ならああすればよかった、こうもできたのではと思いつくが、そのときは茫然自失でした。

そして何と言われたか ?
「次回審査で不適合の是正フォローはしませんから」とさ

それって、不良品を納入して顧客から苦情があると、黙って引き取れ、お金は払え、評判が落ちたらお前が悪者になれってことですよね。無免許の酔っ払い運転にひき逃げされて、ひかれたほうが悪いと言われるようなものじゃないですか! 驚き!
怒りしかありません。
顧客満足からほど遠いことこの上ない。
認証機関は外資系で審査員の名前は今でも覚えているがIさんと言った。

注:気になったのでIさんの名刺を探し出して、IRCAとJRCAに登録されているか検索したが、ヒットしなかった。
まだ60くらいのはずだ。引退するには早すぎる。あるいはいまどきは登録料節約のために審査員登録機関に登録しないのだろうか?

通常の会社対会社のトラブルであれば、えらいさんが菓子折りもって謝りに来るレベルの問題ですよ。これだけでなく、似たようなことは何度も体験しました。ですから私は認証機関に期待はしておりません。
池乃めだかの「今日はこれぐらいにしといたるわ」の真逆で、シャレになりません。
それにしても認証機関とは非常に偉いんですね。金を払う客より上らしい。
今の私は、せいぜいフィクションの中でまっとうな審査員を描いて、皆がそうなってほしいと願うだけです。


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注1
国語的には「遵法」が正しいが、JIS規格では「順法」としている。
それでこの文においては、JIS規格からの引用部分は「順法」と記し、一般語の場合は「遵法」と記す。

注2
「有益な環境影響を有益な環境側面という」と書かれた本が存在するのは事実である。書名を書くと名誉棄損と訴えられるかもしれないから具体名は上げない。
いつから環境影響と環境側面の意味が同じになったのか知りたいものだ。

注3
URLの末尾の識別記号

注4
私自身、数日かけて英文で「有益な環境側面」がないかを探したことがある。いくつも見つかったが、それらすべてURLの末尾は「jp」であった。日本の恥を世界に広めないでほしい。




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