*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
管理責任者のインタビューを終えて、次の審査部門は総務部である。
これは客観的に見て重要だと思われる順序だろう。本社機能を考慮していないならオフィスの環境影響は、照明やOA機器に使用する電気や空調用の燃料であり、そこから出る廃棄物である。特殊なものとして外壁にあるデジタルサイネージや、最近はやりの屋根や壁面の太陽光パネルからの反射光被害などである。いずれの担当も普通は総務部だ。もちろんスラッシュ電機でも総務部が担っている。
本日のお勉強
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もし本社機能を重視するなら、審査は事業本部から始めるのだろうか? それとも順序など関係ないのか?
私の師であった某認証機関のえらいさんは、重要な部門とか人から始めるのが鉄則と語っていた。師曰く、だんだんと疲れてくるから、元気なうちに重要なところを審査するそうだ。
佐久間が三木を総務部へ案内する。磯原は問題が起きたときの対応に慣れているのは佐久間だからと、三木のアテンドに佐久間をあてた。
アメリアは各支社からヘルプコールが来るのに備えて事務所で電話番である。
磯原も事務所にいて、審査を受ける部門からの事前問い合わせ対応である。
インタビューを終えた山内は、今頃新聞を読んでいるだろう。彼は問題をつぶすために全力を尽くし、問題が起きた時の対策をし、後はうまくいく確信をもってのんびりするのだ。
総務部では吉田課長と猪越である。少し前から休みを取っていた山本が会社に出てきたが、総務部では山本はいないもの扱いとなったようで、審査には出てこない。山本が休暇中、吉田課長が暗躍していたようで、一段落したら
佐久間が総務のドアを開けると入り口近くに猪越がいて、入り口近くの会議室に案内する。中に吉田課長が待っていた。
三木が吉田課長と猪越と名刺交換して着席する。ちなみに審査員が名刺をもらうのは、後で報告書を書くときインタビューした人の名前を書くためである。決して挨拶とか連絡先を知るためではない。
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吉田課長 | 猪越きよこ | 三木 | 佐久間 | ||
総務のメンバー | ISO審査員 | アテンド |
「総務部のお仕事はビル管理ですか?」
「極論すればそうなります。本社で働く人に快適な職場を提供することですね」
「ええと電気の管理、廃棄物の処理などは総務部のご担当ですね?」
「そうです、職場の清掃、オフィス什器の手配、照明や空調などの環境管理、その他、郵便、小荷物、廃棄物などの取り扱い、それとオフィス町内会や行政との付き合い、そういうインフラ全般です。
但しネットワーク機器は総務ではなく、情報システム部になります。OA機器は長らく私どもの担当でしたが、今はコピー機もFAXもネットワークとつながっていますので、数年前に情報システム部に移管になりました」
「社宅とか通勤なども担当されているのですか?」
「当社は社宅を保有していません。借上げ社宅はありますが、人事担当です。同じく旅費関係や通勤手当なども人事です」
「好奇心からお聞きしますが、人事と総務の区分けは何でしょう?」
「当社では、部門に関わることは総務、個人に関わることは人事です。例えば、健康保険、住宅手当、扶養関係、通勤、旅費などは人事です」
「なるほど勉強になりました。
ええとそれでは総務のお仕事についてお聞きしていきたいと思います。ビルの省エネが目標にありますが、具体的な削減計画はどのようになっていますか?」
「弊社はこのビルの一部を賃貸しているわけで、照明や空調などは大家である不動産会社の所有です。それで我々は照明器具とか空調関係の交換などはできません。
また安衛法で室温とか明るさとか決まっていますから、無暗に節約できるわけもありません。
できるのはせいぜい不要なところの消灯とか空調の管理くらいです
釈迦に説法とは思いますが、省エネ法で一定規模以上のビルのテナント専有部以外は、所有者がエネルギー使用の管理と省エネ活動をしなければならないと決めてあります。ここではビルの持ち主の不動産会社の子会社のビル管理会社が、省エネ計画を策定しています。
それで毎年度、ビル管理会社が店子を集めて削減目標や改善計画などの説明があり、その協力を求められています。
ビル管理会社にはエネルギー管理士もいますが、彼らだって画期的なアイデアがあるわけではありません。ビル管理会社が計画的に行っていることとして、設備更新の際に省エネ機器に交換することです。最近ではシーリングライトのLED化とかエアコンの更新などでした」
「お宅の省エネ計画を事前提出してもらっております。これはビル管理会社策定の計画そのものですか?」
「同じではありません。弊社はビルの一部を賃貸していますから、その部分の過去の実績から割り当てられた数値目標が
注:指値とは売買するとき、交渉ではなく一方的に値段を示すこと。もちろん相手方が同意しなければ取引は成立しない。
「この計画で御社が行うことはどんなことですか?」
「空調の設定温度を大家の指示に従うことくらいですね。それだけをとらえれば前年より電気使用量が減るとは思えません」
「御社がビル管理会社から割り当てられた計画を実行すれば、御社の目標は達成できるのですか?」
「数字を見ればお分かりのように、実際は改善というより過去の実績から推定したものですから、ほぼ達成は確実です」
「すると計画ではほぼ昨年並みだから、このビルは省エネ法で要求する削減ができないことですか?」
「猪越さん、そこはどうなんだろう?」
「省エネ法は対象となる建屋を毎年削減することを要求していません。
対象となる企業をひとくくりにしても良いとしています。
ここのビルを保有している不動産会社は数十棟のオフィスビルを保有しています。それを一挙にではなく、省エネだけではありませんが長期計画で少しずつリニューアル工事や機器更新をしているわけです。そして全体として毎年1%くらいの削減をしているわけですね。
先ほど課長が申しましたように、このビルも数年おきに設備更新やビルの断熱改善などを行っています。それでそういう工事をしたときに階段状に下がります。ですから長期で見れば少しずつ改善されているわけです。
このビルも、10年くらいのスパンで見れば年率1%強の省エネになっているはずです。正直言って全体がどうかは店子である私たちは知りません。このビルに入ってまだ数年ですがLED化したときは照明の電気は減っています」
「なるほど、確かに毎年すべてのビルで1%ずつ削減するのではなく、全体を見据えて計画しているのは当然ですよね。
ところで多くの工場では設備投資以外でも、働く人たちの改善提案で省エネを図っていますが、オフィスではそういう改善提案などはないのですか?
例えば使用時以外のパソコンをオフするとか?」
「パソコンは外出時や会議などの際は電源オフすることに決めています。でもスリープ時は1W程度、モニターは今は液晶ですからスリープになるとほとんどゼロですね。OA機器の省エネは進んでいますから、少しくらい工夫しても改善の余地はあまり……
当社では省エネに限りませんが従業員からの提案制度はあります……省エネに関する提案はあったかね、猪越さん?」
「本社には3,000人くらいいますが、いろいろなテーマをひっくるめて提案するのは派遣やパートの人だけですね」
「ほう、社員は提案を出さないのですか、なぜでしょうか?」
「管理職はもちろんすべての社員は、自分の仕事を常に改善することを要求されているからでしょう。例えば帳票の様式やルートを変えたほうが良いと考えたなら、改善提案するのではなく自らが変更するよう動くべきと考えています。
他方、派遣やパートの人はその裁量がないから提案するのですよ」
「なるほど、アイデアがあれば提案をするのではなく、それを実行するのが当たり前ですか、それは立派なことです」
「一般の改善ならそれで良いのですが……省エネに限らずビルの維持管理に関わることは、ビル管理会社の専決事項でして、我々の思い付きなど採用されることはありません。LED化もはたから見ても改善効果と償却費用とかを天秤にかけていると分かりますから、素人が言うことじゃないと認識してました」
「設備レベルでなく、細かいアイデアで省エネができることはありませんか?」
「私も仕事柄オフィス省エネに関心がありますから、他社とか他のビルでの活動などに興味を持って見ています。でも基本的に設備と運用基準で決まります。要するにちょっとした工夫ではどうにもならないです。
少し前、フリーアドレスオフィスが省エネになるとか言われました。でもほんとに省エネになるかといえばそうでもない。また管理職でなくても機密情報は扱っているわけで、後ろを見知らぬ人が通るような席では仕事に没頭できません。
省エネを図るには仕事のシステムを見直さないとだめですね。帳票全廃とか、決裁方法をペーパーレス化とか」
注:フリーアドレスオフィスとは、固定した席を持たずに、ノートパソコンなどを活用して自分の好きな席で働くオフィスの形態。
少し前に流行したが、今はどうなんだろう?
「ペーパーレス化すると省エネになるのですか?」
「文書や帳票を電子化してペーパーレス化するだけなら省エネにはならないでしょう。逆にその情報処理に使われる電気が増え、最終的に熱になりエアコンが余分に動くわけです。
でも総合的に効率化が進めば、時間短縮となり人も減るのが期待できるでしょう」
「今年のエネルギー削減計画の進捗状況はどうですか?」
「今までのところほぼ計画通りです」
「省エネはわかりました。次に総務で環境法に関わるとなると廃棄物ですが、廃棄物はどのような状況でしょう?」
「まず総務部は、このビルで発生する廃棄物のみを担当しております。各事業本部が行う展示会などビルの外で発生したものは、発生させた部門が処理することになっています。晴海や幕張で出た廃棄物に総務部はタッチしていません」
「するとそういう廃棄物の処理は、各事業本部でヒアリングしなければならないわけですね?」
「そうなります。聞くところでは、イベントの多くは一括して広告代理店に委託して、すべてそこが処理するそうです。
使い回すものがあれば保管したり、最終的に当社が廃棄することになるでしょうけど、まずそういうものはないようです」
三木はうなずいたが、これから行く事業本部のいくつかで裏を取ることとメモする。
「それではこのビルから出る廃棄物についてお聞きします。産業廃棄物はどれくらい出ていますか?」
「全く出ていません、と言ったら信じないでしょうけど、本当です」
「ちょっと信じられませんね。オフィス什器など廃棄しないのですか?
パソコンは産廃ではなくリサイクルルートで処理しているのでしょうか?」
「パソコンやネットワーク関係は情報システム部管轄でして、実際のハードウェアの選定・修理や廃棄まで関連会社に委託しています。それは品川工場の中に所在してまして、修理不可とか旧型で廃棄するときは品川工場にて廃棄します」
「観葉植物とか置物などもあるでしょう」
「今はみなレンタルというか定期的に交換してもらう契約なのですよ。高価なものを十年一日同じものを飾ってあるより、社員も雰囲気が変わって喜んでます。
今はとにかく資産になるものを持たないという流れですね」
「なるほど。ホワイトボードとかデスク、椅子などの廃棄はいかがですか?」
「ホワイトボードは以前はリースでしたが今は安くなったので買取ですね。基本的に資産は廃棄せず、新品を買うとき下取りしてもらうことにしています」
「産業廃棄物が出ていないとは信じられませんね」
猪越は脇の下に汗をかいているのがわかる。考えればおかしいのは当然だ。とはいえ今まで山本がごまかして廃棄していたことは確認済だ。それを言ったらおしまいだ。
「実を言いまして、不要となった机や椅子は保管して、部品取りにしています」
「産業廃棄物といっても机や椅子だけでなく、厳密にいえばホチキスとかマウスやキーボードだって産廃でしょう」
「まあホチキスなどは一廃に混ざることもあるかもしれませんね。マウスやキーボードは会社が用意したもの以外、私物の使用は禁止しています。今の時代ですから盗聴器とかいろいろ懸念しての予防処置です。
寿命が来たり不具合あった場合、先ほどの情報システム部の下請けの関連会社がすべて処理しています。廃棄物は同じ事業者ならどこで廃棄しても問題ありません」
「このビルから別の場所に運ぶなら、運搬車両に『産業廃棄物運搬車』と表示しなければなりませんよ」
「あまり大袈裟なこと言わないでくださいな。あくまでも修理品を工場へ運び、そこで修理不可なら廃棄するだけです」
「なるほど。ところで部品取りのために保管している椅子・机はどれほどありますか? 適切な管理状態でなければ不法投棄とみなされるかもしれませんよ」
「私も見てはいないのですが、20個や30個はあると思います。保管場所はこのビルではありません」
「昨年の審査報告には廃棄物処理に言及されていませんが、昨年来た審査員はヒアリングしなかったのですか?」
「昨年私は担当ではありませんでした。課長はご存じですか?」
「審査員の方は産業廃棄物を出しているかとお聞きになりましたので、排出していないと答えましたらそれで終わりでした」
「ああ、そうですか。
ええと、事前提出された内部監査の記録を見ますと、今年の春に監査部の定期監査を受けていて、秋に臨時監査を受けています。このいきさつを教えてください」
「実はISO審査前に私どもで事前点検をしておりまして、廃棄物処理契約書をみたら収入印紙の金額不足を見つけました。また契約書の文面は都のひな型をそのまま使っていたのですが、支払いなどの期日とかが記載されておらず、当社としては契約書が不備であると判断しまして、改めて作成し契約をし直しました。
その旨を監査部に報告したところ、実施状況の点検として本社総務部に対して臨時監査を行い、更に水平展開として支社に対しては臨時監査の実施、また関連会社に対しては書面にて点検するよう通知を出したわけです」
注:民民の契約は口頭でも成立する(民法522条)。しかし廃棄物処理法では廃棄物処理委託の契約は書面で行うことが要件とされており、そこに記載すべき事項が法で定められている。だからひな形に廃棄物処理法で定める事項のみしか記載されていなくても、法律上問題はない。
ここで問題にしているのは、この会社として継続して仕事を依頼する契約書に、どの期間で締めてどのように支払うのかを記載しておかなければ、トラブルが起きるかもしれないということを懸念しているわけだ。
ひな形を作った人が実務経験がなかったのか、廃棄物処理法で決めたこと以外を書くのを憚ったのかは分からないが、ひな形がダメということではない。
「あれっ、本社ビルから産業廃棄物は出ていないというお話でしたが?」
「ここ二三年は出しておりません。それ以前に廃棄物処理委託をしておりまして、契約書は5年保管ですから存在しています。もちろん今現在も契約書は生きておりました。それを見直して新たに契約しなおしたということです」
「収入印紙金額の不足はどうしたのですか? 新たに契約したとしても、従来のものは脱税になってしまいますね?」
「税務署に相談しましたところ、過怠税を払うよう指導を受けまして、それに従い処理しました」
「なるほど、それでは万全ですね。
では新規の契約書を拝見させてください。おっと過怠税を処理した書類も拝見したい。環境関連法規だけ見て、税法を見なかったではいけませんからね」
猪越が差し出した契約書のファイルを三木は眺める。廃棄物処理法で定める要件は以前のものにも記載されているが、確かに締め日とか支払い日は記載されていない。実を言えば、三木もISO審査員になった当時、それらが記載されていないのはおかしいと思ったが、いつしか当たり前と思うようになっていた。
過怠税の処理は初めて知った。いくつになっても勉強だなと三木は思う。
「お宅の自主点検で契約書の不具合を見つけたとおっしゃいましたが、それ以前は気づかなかったのでしょうか?」
「前任者が異動したので分かりません。担当が変わって気づいたのです。収入印紙金額なんて日常扱っていないと気が付かないでしょう」
「以前の審査の時には同じ契約書をお見せしましたが、審査員の方も収入印紙金額不足を指摘されなかったですね。それは法違反……といっても環境法ではなく、印紙税法ですが。
ところで一般的な契約書の記載事項がないことは、ISO審査ではどうなんでしょうか?」
「廃棄物処理法の要件しか見なかったのでしょうね。ひな形ではまずいことをどう考えるか……いや、これは私どもでも考えなければなりませんね。
私も昔営業の仕事をしていた時は、契約書の記載事項には気を使っていましたが、支払日がないなんて契約書にはサインしませんね」
「監査部は、行政の作ったひな形を見て、それだけでなく別に廃棄物処理業者と取引基本契約書を取り交わしているのではと言っていました」
「なるほど、そういうことかもしれませんね。通常の取引なら個々の注文書だけでなく、取引基本契約書を取り交わしますからね。
ところで、お宅では再発防止のためには収入印紙や契約書文面の金額間違いと、ひな形では要件不足であることが再発しないようにルールを直したのでしょうか?」
「廃棄物処理の規則に、収入印紙金額表を追記しました。また支払いについては一項追加しました。
ええと、会社規則では……ここですね」
「ありがとうございます。是正処置を確認しました。
では、これで総務部の審査を終わります。
総務部の審査結果、特段問題はありませんでした。自主的な点検において契約書の不備を発見し対策するだけでなく、監査部に報告したこと、監査部がその水平展開を図ったことを良い点といたします」
三木は吉田課長と猪越にお礼を述べて、アテンドの佐久間と共に部屋を出た。
三木が部屋を出てドアが閉まった瞬間に、吉田課長と猪越はハイタッチをした。二人がそんなことをしたのは初めてだ。
トラブルも不適合もなく、二人とも満面の笑顔である。
とはいえ吉田課長の心中は穏やかではない。昨年まで山本が、ISO審査を受けるのは大変だと常々語っていたのはなんだったのだろうと、山本への不信・不満を募らせた。
本日の解説
ISO審査になるとISOのプロとか事務局を自称する人が登場することが多い。
だが審査に対応する人は仕事のプロであるべきだ。審査員がどんな質問をしてもすぐに打ち返せる人が最強だ。
究極の選択で、ISO規格は知らないが仕事なら何でも知っている人と、仕事は知らないがISO規格と審査のベテランのどっちが良いかは一目瞭然だ。
審査員から見ても同様だろう。
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