ISO第3世代 45.反省会3

23.01.19

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

物語の回は変わりましたが、山内一派の打ち合わせは前回の44話から続いています。
更新審査の反省会が、いつしかスラッシュ電機の環境マネジメントシステムの見直しに、更にスラッシュ電機のマネジメントシステムの見直しとなってしまったよう。
いや、それが悪いというわけではない。発展だといえるだろう。

山内参与 「更新審査対応の過程で見つかった問題についての認識は、一致したとしてよいだろう。
では今後の対策として、それらが問題になる前に見つけて是正するにはどうするかについて考えたい」

磯原 「改善策となりますと、一般論では話が進まないと思います。実際の問題を考えれば、思考の生産性は上がるでしょう。例えば契約書不備の事例を取り上げて、どうすれば検出できたか、あるいは防止できるかを考えてみませんか?」

山内参与 「なるほど。だが実際の問題といえば契約書だけではないだろう?」

佐久間 「その通りです。いろいろ問題がありましたし、契約書だけでもいくつもの問題がありました。
契約書以外の事例としては、ええと……本社の指示が徹底していないこと、それからその逆で本社の監視監督が行き届いていないこともありました」

アメリア 「ISO認証の仕組みが会社に貢献していないというのが根本かと思います」

佐久間 「うん、それもあるが、それは更にいくつかの問題に分けられそうだ。
本社・支社の事例だけでなく、工場や関連会社まで考えるとものすごいことになる」

アメリア 「まず思いつくのは、会社の仕組みから規格要求を満たしているかどうかを考えずに、ISO要求をそのまま受け入れてわざわざそれを満たしたように説明したことですかね」

佐久間 「そうだな、そしてその仕組みと本来の仕組みの乖離がある」

磯原 打ち合わせ 「監査部監査はもちろん抜き取りですが、関連会社とのやりとりとか環境管理の細かいこと、といっても軽いことでなく法に関わることですが、そういうことは本社でも支社でも点検していないというのは重大な漏れだと思います」

アメリア 「ちょっと違うのですが、山内さんをトップとしたこのプロジェクトなのかセクションなのか、位置づけがあいまいです。更新審査対応限定のテンポラリーならともかく、今検討していることを実行するメンバーであるなら、位置づけを明確にしないとおかしいです」

山内参与 「確かに……それもひとつのテーマであるな」

磯原 「アメリアの尻馬に乗って、会社の組織を考える部門、いやマネジメントシステムを考える部門があってもよいように思います」

佐久間 「うーん、組織変更は常にあるものではないだろうが、マネジメントシステムを考える部門はあってもおかしくないね。そもそも品質の管理責任者とか環境の管理責任者というと、どこでも品証部長とか環境部長を引っ張り出しているけど、そういった職が規格に書いてある仕事をしているかというとちょっと違うよね。
規格でいう管理責任者は品質や環境を管理する人でなく、マネジメントシステムを管理する人だからね」

山内参与 「いやはや、考えてみると結構な問題点というか要対策項目があるものだ。アメリアは今出されたことをメモったか?
それじゃ、まずは磯原君が言い出した、ええと契約書の不備をどうすれば検出あるいは防止できるかという事例について討論しよう。
まず磯原君、その問題の概要を話してくれ」

磯原 「問題となった契約書は、本社ビル内で発生した産業廃棄物の処理委託についての契約書です。通常の商取引において契約書の作成締結が義務付けられている行為はそう多くありません。ほとんどの商取引や賃借では口頭で契約は成立します。
しかし不動産取引では宅地建物取引業法で、また産業廃棄物については廃棄物処理法で契約書を取り交わすことが義務付けられています。そして契約書を取り交わすだけでなく、契約書に記載しなければならない事柄も法律で定められています。

本社ビルの管理部門は当然ですが総務部です。しかし総務所属の人が廃棄物の管理をしているわけではなく、子会社であるスラッシュビル管理に丸投げしています。
監査部の行う業務監査は2年ないし3年のインターバルで事業所は工場や支社単位、本社部門は部単位で行います。総務部も今まで2から3年間隔で監査を受けていました。
しかし総務部の監査項目も多岐にわたるために、監査ではほとんどの時間は総務部員がしている仕事の点検だけしかしていません。
そのため契約書だけでなく、ビル管理会社へ委託している業務についての監査は、過去から行っていなかったことが判明しました」

佐久間 「そして現実に業務委託するときに、仕事の範囲や手順などをしっかりと指示していなかったということだね。その結果、いろいろ不具合が生じたと…」

アメリア 「はっきりしていない仕事を受けるほうも受けるほうですけど……」

佐久間 「まあ、そこは親会社と子会社の力関係というか上下関係だなあ〜。日本的というと日本的だけど、非常にまずいよね」

山内参与 「では本論だ。磯原君のいう、これを例として定常の管理状態において検出するにはどうしたらよいのか、予防するにはどうしたらよいのか、討論してくれ」

磯原 「私が言いだしっぺですからまずは私から、監査部監査の監査計画を遺漏なくしっかりと立てること、監査漏れの部署や業務がないようにすることがあるでしょう」

佐久間 「そのためには監査計画の検証とか監査員の力量の見定め、それを監査の規則に盛り込む」

アメリア 「でも不具合を監査で見つけようという発想もおかしいですよね。管理者が管理しないでなんで管理者ですか。総務課の課長、総務部長、そういった人たちが、部下が真面目に仕事をしているか、ルールを守っているかを日常管理していないことが第一の問題です。
それにキヨちゃん キヨちゃんが担当の山本 山本さんのミスを見つけて、本人と課長に注意していたそうです。そもそも不手際ふてぎわした山本さんの力量不足、仕事に対する責任感の欠如が原因です。そして上長の監督不行き届き、それに尽きます」

佐久間 「アメリアの言うとおりだ。まずは当事者であり、次が管理者だ。監査部どうこういうのはその次だよね。
しかしそう考えると山本氏の責任よりも、無能なものに任せた管理者が最優先の問題じゃないか」

山内参与 「オイオイ、危ないことを言っているぞ。その課長を任じた部長、部長を任じた執行役、執行役を選んだ社長、すべては社長が悪いことになってしまう。
まあ能がある者が管理者になるとは限らないのも真実なのだが」

アメリア 「みなさん言いたい放題言ったでしょうからまとめますよ、

佐久間 「力量だけじゃ足りないぞ、担当者も管理者も仕事の重要性の自覚、意欲と責任感が必要だ」

磯原 「ISO的には認識でしょうか」

山内参与 「磯原君、総務部はこの問題の是正計画はどうなっている?」

磯原 「すみません。更新審査に関わる問題ではなかったので、まだ是正のフォローをしておりません。是正計画を出してもらうことにはなっています」

山内参与 「磯原君からフォローしておいてくれ。話が通じなければ、わしから総務部長に言うことにしよう。もし総務部長が知らなかったなんてことなら面白いことになる。
おっと、総務部の廃棄物契約書ひとつをとっても、総務部の是正もあるし、我々がマネジメントシステムのどう見直すかという検討もある。そして他部門へのあるいは他の契約書の点検などの水平展開も考えなければならない。
それにしても磯原君が言ったように、具体例を基に話をすると話が弾むというか問題も対策もビジブルだ。やはり概念だけでは改善は進まんな」

佐久間 「山内さん、先ほど申しましたように、更新審査の事前点検から、更新審査で検出されたものまで合わせると問題はたくさんです。分け方次第では10にも20にもなります。
そういうのをひとつひとつ対策していかないと、遵法と汚染の予防は進みませんね」

山内参与 「佐久間さんの言うとおりだ。そのための工数は、ISO認証のための工数の何倍にもなりそうだね」

佐久間 「そうではありますが、ISO認証のため、そして維持のための活動からは企業のマネジメントシステムの改善に結びつかないのが現実です。無駄のために少々の費用と手間をかけるより、金も手間もかかっても効果があるなら実行する意味はあります。
顕在化した問題に、愚直に再発防止を積み重ねていけば、マネジメントシステムの改善が図れるでしょう」

山内参与 「わしが今のところに異動してから環境の本をけっこう読んだ。その中に「IBMの環境経営(注1)というのがあった。ちょっと古い本だったが、それを読んで感動したことがある。それによるとIBMは、長期的なビジョンとかあるべき姿を目指して環境活動を進めてきたわけではない。土壌汚染の問題を起こせば二度と起きないようにしっかりと是正処置をする、業務に無駄が見つかればそれを排除する、決めたことはルールにしてそれを遵守する、そういった積み重ねで世界から環境優良企業に認められるようになったと書いてある。だからこそすごいと思った。
改善とは理想を求めることでなく、現状の改良にある。そもそも初めから正しい道が分かっていたなら、改善する余地があるわけがない」

佐久間 「なるほど……泥臭い努力あるのみですか」

山内参与 「同じ努力をするなら、泥臭くでなくエレガントにやろうや」

佐久間 「おっしゃる通りで…」

山内参与 「わしの思いついたことを忘れないうちに言っておくからアメリアホワイトボードに書いてくれ」

アメリア 「かしこまりました」

山内参与 「管理者が管理をしっかりすること、これは業務上問題が起きて判明したこともあるし、内部監査で判明したもの、税務署などの外部監査によって判明したものもある。
それらについては生産技術本部長に管理者教育などを見直すことと、業務監査での点検方法を検討するように提言書を出そうと思う。
磯原君、ドラフトを作ってくれ」

磯原 「はっ、私がですか? それは人事部か社長室とかのお仕事ではないですかね?」

山内参与 「まあ、いい。君にできるかどうかの試験でもある。
それから監査部監査の精度向上がある。思うに、今の監査部のメンバーは引退したラインの部長級が行くところになっている。監査業務で関連会社を歩いて、良いところに出向するというのが今の監査部員の狙いのようだ。
そんな心構えではまともな監査をしているとは思えん。それに営業部の部長が分かるのは、下請け法と商法くらいだろう。工場の環境事故のリスクとか遵法を確認できまい。

とはいえ人を大きく変えるのも難しい。だから実際に監査する人は工場や支社の課長級かその一歩前くらいで構成し、部長上がりには計画ととりまとめをしてもらおう。
例えば工場の省エネとか廃棄物をしている若手に監査をしてもらうような運用を思い浮かべている。
本音を言えば、すべての業務監査をそうしたいところだが、まずは環境からだ」

佐久間 「そうすると工場の担当者も現状のままでは力量不足ですから、そのレベルアップもしなければなりませんね」

山内参与 「そうだ。ここ数か月いろいろ話を聞いてきたが、担当者の法律の理解も微妙なところが多い。調べようにもその方法がないという。

だから年に一度くらい環境法規制の講習会を開催したい。工場の担当者が迷っていることを事前に挙げてもらう。そしてわが社と契約している弁護士事務所に回答をまとめってもらい、講習会で解説してもらう。そういうことを積み重ねれば担当者のレベルアップになるだろう」

佐久間 「そりゃなるでしょうけど、お金もかかりますね」

山内参与 「どうせ弁護士の顧問料は払っているわけだ。それに工場のメンバーは必ずしも出席しなければならないこともない。最低限、面談で相談したいというところが来てくれればよい」

磯原 「それをすれば悩み事はなくなりますね」

アメリア 「あのう〜、環境だけでなく業務全般に広めるべきではないのですか?」

山内参与 「もちろんそれは理想だ。だが着眼大局着手小局というように、全部門、全職種なんて一挙にいかない。だからまずは環境部門だけでも試行してみたいね。人を動かすには成果を見せる、メリットを感じさせる、それが必要だ。

またわしが読んだ本の話だが、ISO26000(注2)という規格がある。ISO26000は社会的責任に関するものだが、認証規格ではなくガイダンスとなっている。まあ、社会的責任なんて要求事項に書き表せないだろうから認証に使えなくて当然だな」

参考までに: ISO26000の表題は「手引き(Guidance)」、ISO14001は「基準(Standard)」、ISO14004は「指針(Guideline)」である。その違いはなにか?
ガイダンスとは何事かについての助言や指導であり、述部はshould(すべき)とかdesirable(望ましい)である。
ガイダンスが体系化してある程度の指導力を持つとガイドライン……つまり、ものごとや人が並ぶ基準線(ガイドライン)となる。述部はshould(すべき)。
ガイドラインが強制力を持つと逸脱を許さない基準(standard)になる。述部はshall(せねばならない)である。なお認証に使える規格は基準に限られる。

山内参与 「わしの話は前置きが長いが、前提を理解してほしいから勘弁してくれ。
人事とか経理は、職制上で所属している工場長とか支社長の指揮下でなく、本社の人事部とか経理部の指揮下にある。ある意味本社から工場や支社に目付として来ているわけだ(注3)まあその良し悪しはともかく、人事や経理の仕事で困ったことがあれば、本社を頼ることができるわけだ。また工場の設計や製造で問題が起きたら研究所を頼ることができる。

しかし環境部門となると頼るところがない。法律に関わることは行政に指導を仰ぐとか、省エネするにも本社の生産技術部は指導できるほどの力はない。彼らにできるのはテクノロジートランスファーだけだ。すぐに思いつくのは省エネセンターに省エネ診断を頼むくらいだ。
そこでわしが考えているのは、各工場の環境担当者の知恵、知識を活用するような仕組みを作りたい」

佐久間 「例の環境担当者のネットワークを公式というかプロジェクトのようなものにするわけですか?」

山内参与 「うーん、位置づけ以前に、どのような方法が良いのか分からない。単なる情報交換だけでなく、皆の知識や成功事例や事故事例をデータベースにしてアクセスできるようにとか、さまざまな補助金の申請など共有すべき情報はたくさんあるだろう。わしは方向だけ示す。細かいことは佐久間さんが考えてくれ」

佐久間 「分かりました。現在はわが社では環境担当者教育の制度もカリキュラム(教育課程)もなく、業務上必要な資格取得と先輩の仕事を盗むくらいしか学ぶ手がありません。集合知を体系化して誰でもプロに育てるような仕組みがあればよいですね」

山内参与 「ひとごとのようなことを言うな、佐久間さんが考えるんだ。
各工場の環境担当者全体がレベルアップすれば入社から定年までひとっ所で働くという現状を改めて、定期的に転勤させるようにしたい。どこでも通用する力があれば転職だってできる」

佐久間 「それは私のような生まれたところで一生を終える土着民には、ありがたくないですね」

山内参与 「そうかね、それによって視野も広がり知識も身に付き、更なる改善につながると思うぞ。今回だって、佐久間さんはラッシュアワーの通勤という得難い経験が付いたじゃないか。

それからマネジメントシステムの改善だが、すぐさまそういう部門を作るなんてことは超難関だ。だからまず環境での仕組み改善、環境監査の充実、そういうことを積み重ねて最終的にはそこまでもっていきたいね。

工場の横通しネットワークも環境だけでなく、ゆくゆくは福利厚生とか保安とか一つの事業所では小人数しかいない職種でも、いろいろな地域での活動を知ることによって改善はどんどん進むだろう」

佐久間 「福利厚生でとは、どういうことでしょうか?」

山内参与 「健保会館なんてのはどの工場にもある。そして多くのところで健保会館は赤字経営になっている。だが中には子会社化して、従業員だけでなく飲食店を一般営業しているところもある。
それが良いのか悪いのかは分からないが、そういう情報を集め共有することは決して悪いことではない。知は力だ。知といっても、知識だけでなく知恵も必要だ」

アメリア 「山内さんはアイデアマンですね」

山内参与 「アイデアだけではだめだ。成果を出さないと。
桃園の誓いではないが、我々も一時でも一緒に仕事をすることになったからには、皆で力を合わせてぜひとも成果を出したいものだ」

アメリア 「山内さんが考えていることから見ると、ISO認証などどうでも良いことですね」

山内参与 「初めに言ったように着眼大局着手小局だよ。視野を広くいろいろ考えなければならないが、実行するのは身近な手頃なことから始めないとね。
ともかく我々は理想の形まで持っていけないし、その必要もない。今問題になったことを今の段階でどのようにするのがベターなのかを考え実行することで十分だ。どうせベストなどわからんからな。
ISO認証の意義がどうあれ、我々が考えるのは我々にとっての意義だ」


うそ800 本日のご報告

とりあえずの反省会はおしまい。次に話題となったことの施策ですが、個々に達成まで書くと皆さん興味半減して石が飛んでくるような気がするので、ときどき活動している風景(とそこで起きるトラブル)でも書こうかなと思ってます。

アメリアは帰国するのですが、どうなるのでしょう?
ご存じでしょうけど2016年頃のアメリカは、リーマンショックを抜け出てものすごい好景気でしたよね。私がアメリアだったならけち臭い日系の会社を飛び出して、GAFAの環境マネジャーにでも転身したいところです。アメリアに能があればですけど。


<<前の話 次の話>>目次



注1
「IBMの環境経営」、山本 和夫/国部 克彦、東洋経済新報社、2001

注2
ISO26000「社会的責任に関する手引き」
翻訳されてJISZ26000として制定されている。
社会的責任といっても個人とか町内会も対象ではない。「責任、権威及び関係の取り決め、並びに明確な目的をもった人々の事業体又はグループ、および機関」と定義されており、その条件を満たす組織である。具体例として営利企業、非営利団体、行政機関などが該当する。

注3
「目付」とはルールを守っているかを監視する役目。監視対象により、戦において軍紀違反、命令違反を監視する軍目付(軍監)とか、主君から任務を命じられた武士に同行して務めを果たしたかどうかを確認、平常時に旗本を監視するなど。
洋の東西を問わず昔からあり、西洋では古代ペルシアで民の声を聴く役目から始まり、配下のお金の管理から会計監査が起きた。
日本では「目」に例えられたが、西洋では「耳」に例えられ「聞くこと(audit)」が監査の意味になった。




うそ800の目次に戻る
ISO 3G目次に戻る

アクセスカウンター