ISO第3世代 51.環境監査その3

23.02.20

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

「遵法と汚染の予防」の確認一筋に舵を切った新しい環境監査を数回行った結果、不適合、それもISO規格に適合がどうこうということでなく、法に反しているとか、会社規則に反しているという重大な事例がザクザクと見つかった。
それは執行役会議で、監査部長から社長以下各執行役に伝えられた。

委員会設置会社において、取締役の役割は執行役(s)の舵取りが適正かを監視することであり、会社の事業を進め利益を出す役割は執行役にある。
余計なことだが執行役員とは役員ではなく従業員である。

執行役には人事や財務などの本社部門を預かる人もいるが、事業本部や営業本部のトップを担当している人もいる。当然その隷下には、工場があり研究所があり支社や営業所がある。いずれも環境法規制と関わる。
そういった執行役は監査部からの報告を聞いて、部下に「うちのところからは監査で問題を出すな」と語った……かと言えば、そうではなかった。彼らは「監査でしっかり見てもらい、問題を出し尽くせ」と語った。

そんなわけで報告された監査結果から、自分が管轄する事業所の実態を把握すべく、監査には事業本部からも参加することになった。
監査で問題を見つけなければ、潜在する問題がいつ発覚するかわからない、そう認識したのだ。


ここで話の理解を深めるため、話をそれて少しスラッシュ電機の組織を説明する。
スラッシュ電機は複数の事業を推進しているが、それぞれ市場も違い、製品も消耗品から耐久消費財あるいは生産財、社会インフラまである。それで製品をいくつかのグループにまとめ、それを独立採算の社内カンパニーとして事業本部と呼んでいる。
それぞれの事業本部は、いくつかの工場と製品対応の研究所やデザインセンターを持つ。国内外に製造や販売の関連会社を持っている事業本部もある。

事業本部長は本社にいて、工場などの事業所長を指揮監督する。もちろん事業本部長ひとりで切り盛りできるわけはない。
軍隊の司令部と同じく、事業本部長は複数のスタッフを持つ。スタッフは経理・財務、研究開発管理、製造技術など各種業務を担当し、情報を集め分析し本部長へ報告、提言し、本部長の決裁受けて、事業所に下達する。山内参与も生産技術本部長のスタッフである。

情報伝達が口頭あるいは文書による方法から、電話更には電子データよる情報コミュニケーションが発明されたことにより、管理の限界は人数的な規模でも物理的な距離においても大きくなってきた。
とはいえ、いくらコミュニケーション技術が進歩しても、事業本部長ひとりの頭では、複数の情報処理と判断をすることは難しい。コンピューターと同じく並行処理をするには、複数の頭脳スタッフを必要とするのは今後も変わらないだろう。

以上背景を説明した。
脇道から本論に戻る。



環境監査には各事業本部の環境担当者が参加する。担当者といっても元工場長、最低でも部長クラスであり、技術、財務、品質、環境、特許などの仕事を分担している。その中で環境担当が環境監査に参加する。


今回の環境監査は愛知工場である。
今回の監査メンバーは次のとおりである。
監査リーダーは監査部の島田である。
事業本部からは清野である。清野は肩書はないが社内の身分は山内と同じく参与である。工場長引退後、事業本部のスタッフを務めているのも山内と同じだ。
生産技術本部からは磯原、工場からの派遣者は岩手工場から上西、静岡工場から増子である。上西が公害担当で、増子は廃棄物担当と聞いている。今まで行った監査の情報は広まっているから素人を派遣することはないだろう。

l島田 清野 磯原 上西 増子 大槻部長 川島課長 吉井
監査部 事業本部
生産技術
本部
工場派遣者 受査側
島田 清野 磯原 上西 増子 大槻部長 川島課長 吉井

監査のオープニングである。今までは監査部の挨拶だけだったが、今回は事業本部の清野が事業本部の方針を伝える時間を取る。またそのために工場長と総務と製造部の部長に出席を求めた。清野は工場長より目上だから、欠席という選択肢はない。

清野 「新しい考え方での監査をすることになったのは、事業本部の了解なく工場独自で投資を行った問題があったこと、また法に関わる問題が発覚したことがある。そしてそれらを今まで行われていたISO審査でも内部監査でも検出できなかったことから発している。
実際に新しい方式の環境監査を行った結果、法違反とか事故のリスクが高い事例がザクザクと見つかっている。

だが問題が見つかることを責めているわけではない。事業本部長は、監査で不具合が出るのは当然と認識している。目的は違反や事故を起こさないことだ。監査で問題を見つけることは称賛されることはあっても咎められることはない。
だから欠点を暴かれるという発想でなく、自分たちのしていることを第三者にチェックしてもらうという発想で、問題点や不明点をどんどん見せて意見交換をしてほしいと指示している。

だから問題が見つからないことを目指すのはなしにしてほしい。もし監査で隠すとかごまかしたことで問題なしになって、後々問題が起きたなら監査の意味はない。そういう心構えで対応してほしい。
対策に金がかかるのであれば、事業本部も相談にのる。よろしく頼む」



工場巡回では案内役の川島課長が、積極的に問題点や疑問点を示して、対応状況の評価を聞いてくる。言い訳というより真にアドバイスを求めているようだ。
現場巡回 工場から派遣されてきた上西も増子も、今までの派遣者よりワンランク上のようで、質問を受けて途方に暮れる様子は見せない。もちろんオフハンドでは答えられないとか、調べましょうという回答は多々あるが、まったくの門外漢ではなさそうだ。
そんなことを思う磯原も、自分の専門である省エネとか電気安全しか分からないわけだ。

磯原が環境設備を見たところ特段大問題があるわけではないが、終戦後に工場が創立されてから、増築、改築が繰り替えされており、環境設備はかなり老朽化していると感じた。排水処理施設はもう寿命だろうと思える。
ただボイラーも小型化の検討中だし、製品仕様や製造工程を含めて大きく見直す計画があり、そうなると排水処理施設が不要になるかもしれない。事業計画が確定するまで投資をせずにあと2・3年を耐え忍ぶという状況である。
その間、事故や故障が起きないかが思案のしどころである。



初日は工場巡回を終えて、午後はその視察結果の討論である。
今は昼食タイムだが、いつもと違い監査側と受査側が一緒に工場給食を食べ、雑談をする。
昼飯 今までそういうことはなかったらしい。監査側は今まで見たことについて内輪で議論したり、受査側はどこでどんな質問があったとか、悪いところを見られたから午後に手を打っておこうなどと打ち合わせするのが普通だ。
この監査では裏表なしで行こうと宣言している。

清野 「上西さんも益子さんも、環境管理の専門家なのですね。現場で工場の人からいろいろ質問されても動じず的確に答えているのを見てました」

上西 「岩手工場はボイラーもありますし、排水処理施設もありますし、廃棄物も大量に出しています。普通の感覚では自慢にならないわけですが、そんな部門に配属されて10年以上になりますので、いろいろな知識も得ましたし、トラブルも経験してきました。
ですからこの工場のようにあまり環境負荷の大きくない工場を見ると楽だなと思います」

清野 「なるほど、増子さんは女性ですが今は環境管理の現場でも女性がいるのですか?」

増子 「意外かもしれませんが私は薬科大卒で薬剤師の資格を持っています」

島田 「へえ、じゃあ薬剤師したほうが、廃棄物や排水を扱う環境下よりきれいな仕事だし、給料も高いんじゃないですか?」

清野 「島田さん、そう言っては優秀な人を逃がしてしまいますよ」

増子 「就活のとき製薬会社、ドラッグストア、調剤薬局、いろいろ考えましたけど、結局一般企業の環境部門がいいかなって決めて当社を受けました。
薬剤師の初任給は一般の大卒より高いですが、中高年になっても高くなることはないのです。女性は出産などで退職すると、子育て終了後はパートですからね。一般企業のほうがドラッグストアなどより福利厚生とか産休とか手厚いです。

とはいえそういうことまで考えずに薬科に入ってしまいましたから、薬科卒が有利な職業を考えました。薬剤師になると環境や化学関係の資格が自動的に取得できたり、試験免除とか講習会で資格取れたり、試験で科目免除とかあるのです。

具体的には、環境計量士、作業環境測定士、衛生管理者、毒物劇物取扱責任者、公害防止管理者、危険物取扱者、廃棄物処理施設技術管理者などたくさんあります。
それで環境関係か化学物質を扱うところなら有利と思い、面接のときはそういうことを売り込みました。
もちろん卒業後、薬剤師試験は受けて合格しましたよ。そうしないと今言いました恩恵が受けられませんし、会社の扱いも違いますから」

上西 「すごいなあ、私が公害防止管理者を全種目制覇したなんて自慢になりませんね。
でも試験免除があるのはうらやましい」

増子 「なにをおっしゃいます、公害防止管理者の大気1種や水質1種の試験に合格するには3か月3時間勉強が必要と言われます。でもそれって、たった270時間でしょう。資格を10コもらっても、薬学部で4年間勉強した時間に足りませんよ」

島田 「4年間というと6年制になる前……増子さんはそんなお年ですか?」
(薬学部が6年制になったのは2006年から、新制度の卒業生は2012年からになる)

増子 「アハハハ、結婚して子供がいますよ」

大槻部長 「確かにそれだけ勉強しているのだから試験免除されても当然ですね。実を言って環境部門にいる人は、若い時からこの仕事をしてきた人は少ないのです。上西さんとか増子さんは例外でしょう。
この工場では課長は元設計、スタッフの吉井君は生産終了になった製品の技術者、現場の人はみな50歳以上で生産ラインを引退した人たちばかりです」

上西 「私のところも同じです。新人が配属されたのは私が最初といわれました。世の中でフロンとかPRTRとか環境対応が重要と言われてからのことです」

清野 「そういう話はあちこちでお聞きします。環境管理を社内で立派なキャリアパスと認識されるようにしなければいけませんね。
増子さんはそうお考えだったでしょうけど、上西さんは環境部門に配属されたとき、うれしかったのか残念だったのかどちらでしたか?」

上西 「生産技術を希望していたので少し残念でした。
そんなことを漏らしたら、人事の人に、この会社では環境部門は生産技術に入るから同じだろうといわれました。ちょっと違いますね」

吉井 「私は先ほど部長から話がありましたが、元は現場スタッフでした。ところが時代の流れで商品の市場がなくなってしまいました。環境管理に行けといわれて驚きました。まあ雇用は保証してくれるのですから仕方ありません。
それから勉強して公害防止管理者資格を取ったり、廃棄物の法律を勉強したりです。まだここに来て2年になりません」

川島課長 「私は以前は設計課長でしたが、吉井君と同じく仕事がなくなってしまい、環境課長になりました。仕事が180度変わりまして、まあ〜大変です。

技術的なこともありますが、緊急時対応の責任を感じますね。旅行なんて親父の葬式で田舎に帰ったときくらいです。夜も休日もいつでも会社に駆け付けられるように、また心構えもしています。晩酌もできません」

大槻部長 「オイオイ、そんなに頑張ることはないぞ」

川島課長 「部長、私がここに来て1年と8か月ですが、事故は何度も経験しました。夜間運転しているマシニングセンターの切削液の樋が切粉で詰まり、床にあふれ側溝からて構外に出てしまったことがありました」

大槻部長 「ああ、あったなあ〜。一番早く駆け付けたのが川島君だとガードマンから聞いた」

川島課長 「休日もはっと気が付くと会社の煙突を見ています」

清野 「煙突を? まさか風流に石川啄木ですか?(注1)

川島課長 煤煙 「異動してきたばかりのとき、型番を間違えてバグフィルターを購入して、ばいじんが素通りで近所からジャンジャン苦情電話が来ました」

大槻部長 「ああ、そんなこともあったな」

川島課長 「あれ以来、煙突が見えるところにいると、煙突を眺めるのが癖になりました」

大槻部長 「職業病だ、アハハハ
川島君が辛いのはよく分かる。だけど最終責任は俺だからそこまで気にするな。構外漏洩のとき俺は減俸だったぞ。川島君は戒告だったろ。煙突のときは口頭注意で済んだし」

上西 「良く分かります。営業とか設計なら成果を出せば褒められます。もちろんプロジェクト崩れなどすれば責任を問われるでしょう。
でも我々は、問題がなくて当たり前、問題あればマイナスですから、楽しみがありません」

島田 「若い人が環境部門を希望するように環境整備をしなければなりませんね」

大槻部長 「そう思います。それと精神的支援が欲しいです。20世紀、公害問題が騒がれた頃は、地域の環境担当者のネットワークがあったのですが、今はそんな集まりは聞いたことないですね。もう枯れた技術・枯れた部門となったのですかねえ〜」

上西 「ISO14001認証がブームになった20世紀末には、地域でISO認証情報交換会がありました」

大槻部長 「それはこの工業団地でもありましたね」

島田 「そういえば1980年代までは、現場の人が公害防止管理者の資格を取る人が多かった。理由を聞いたら、資格を取って転職を目指すと語っていました。現場の人の登竜門だったのですね。
いつしか上を目指すための手段は、公害防止管理者からコンピューターの資格とかに関心が移ったようです」

清野 「公害問題も終わったわけではないし、環境事故とか違反もたびたび報道されている。企業も温暖化とかISOとかに目を奪われず、しっかりと基本を行わなければなりませんね」

大槻部長 「そんなことを10年も前に経産省が通知を出しましたね」

上西 「『公害防止に関する環境管理の在り方に関する報告書(注2)を出したのは8年前ですね。その趣旨は一言でいえば、ISOなんてのにうつつを抜かすな。しっかりと公害防止と遵法に努めよでしょうね」

磯原 「我々は経産省の語ったことを8年遅れでしているわけか……」

島田 「そう卑下することもない。8年経っても気づいてない会社のほうが多いんだ」



三日目の午後である。いつも監査で見つかった不適合の説明をするわけだが、今回は受査側も何が見つかったのか・どこが悪いのか認識しているから、個々の問題についての対策を議論することになる。

増子 「まず産業廃棄物処理委託契約書に反社会云々と関わりある時は契約を解除できるという文言がありません(注3)

川島課長 「昨日、増子さんから指摘を受けましていきさつを調べました。私もそれについては本社の通知も見てましたし、産業廃棄物契約書締結規定にも記述していたのです。
見逃したのは私のミスなのですが、その原因を調べましたところ、この市のウェブサイトに掲載している契約書ひな型に、反社会勢力云々の記述がないことが分かりました。それをそのまま使ってしまったのです」

大槻部長 「市が怠慢なのか?」

川島課長 「市の作ったひな形だから完ぺきと思い込み、十分確認しなかったことが原因です。ひな形がどうあれ県条例、本社通知にあることが漏れてしまったのは、私の責任です」

注:このお話を書くにあたって暴排条項欠如という不適合を考えた。
正直言って今時そんなことはないだろう、不具合事例が起きるはずがないと思って確認のために「産業廃棄物+契約書+ひな形」でググったら、なんと4件目で暴排条項のない契約書ひな形が見つかった!
但し政令市でも中核市でもない小さな市だったから、暴排条項が漏れてしまったのかもしれない。しかし行政のひな型だからと安心はできないと再確認した。(まだ仕事しているつもりかよとつっ込んでほしい)
注の注であるが、政令市でも中核市でもない地域の産業廃棄物業者の許認可は県なので、無関係な市は暴排条項に気が回らなかったのかもしれない。



上西 「お昼に資格の話が出ましたが、必要な資格者が間もなく足りなくなる恐れがあります。
この工場では大気3種が正副2名必要です。現在有資格者は2名いますが、一人の方は現在60歳で定年後は嘱託になりますが2年の予定と聞きました。
試験は年1回ですが今年の受験予定者はいないということで、来年のワンチャンスしかありません。
工場だけで対応できなければ、事業本部として他の工場から有資格者を期限付きで転勤を考えるとか検討しなければなりません」

清野 「私も問題だと思った。何年も前から分かっていたことですね。大槻さんどうなのですか?」

大槻部長 「まことに申し訳ありません。原因は見込みが大きく狂ったことです。
ひとつは資格のいらない小型ボイラーを導入予定でしたが、この工場の将来計画がはっきりするまで投資は凍結となりました。
ひとつは技術部にほとんどの環境関連の資格を持っている資格マニアがいました。それで誰か合格するまで1・2年は名前を借りようと考えていました。ところが事業終息で転勤してしまったこと。
もうひとつは資格を取らせようとしていた若手が、三度目の昨年も不合格で本人が諦めてしまいました。悪いことが重なってしまいました」

上西 「認定講習会もありますが、そちらはどうなのでしょう?」

川島課長 「認定講習会も誰でも受講できるわけでなく、受講資格のハードルが高いのです。
定められた技術資格を保有していると受講資格があるのですが、それはハンパな資格ではありません。昼飯のとき増子さんが薬剤師を持っていると、いろいろな資格取得が有利になるとおっしゃいました。薬剤師だけでなく、技術士や計量士などを持っていると、講習会を受講することができます。しかしそういった資格は、公害防止管理者よりも難しいものばかりです。

もうひとつ業務経験があると受講資格を得ることができますが、それも大学で所定の学科を修めている必要があり、文系ですと講習会の参加資格がありません。
また実際に特定施設運転の経験を証明しなければならず、嘘も付けません」

清野 「それじゃ八方塞がりじゃないの?」

大槻部長 「とりあえずは今60歳の人に嘱託契約を延長するようお願いしております」

清野 「切羽詰まっているねえ〜。ここで議論してもどうにもならない。これは事業本部と工場で検討しよう」



増子 「廃棄物に戻りますが、診療所から排出する感染性廃棄物の担当が環境課でなく、 感染性廃棄物 診療所の看護師担当となっています。
それはいいのですが、廃棄物引き渡しというか引き取りに、誰も立ち会っていません。
前日 業者に引き取りを依頼して診療所の外に出して置くと、翌日朝 始業前に業者がガードマンに断って入場して持っていくそうです」

清野 「それは立ち会わないとならないのですか?」

増子 「法律とか施行令にはそこまでは書いてありません。しかし出したものが紛失したり盗まれたりする恐れもありますし、そもそも会社の人の立会いなく持っていくのはないでしょう」

清野 「それはそうですね。
ええと大槻さん、これはお宅が診療所の廃棄物も担当するということはできますか?」

大槻部長 「川島君に頼んだつもりだけど、聞いてくれた?」

川島課長 「工場巡回の後、診療所の看護師と話をしてきました。
感染性廃棄物は環境課が取引している業者と違い、感染性廃棄物専門の業者だそうです。そして一般の医院では営業中というか診察中に来るのを嫌がって、開院前に来てもらっているそうです。業者と話をすれば回収の最後に回ってもらうとか交渉の余地はありそうです。
看護師も、工場の勤務時間内の方が良いと言ってます」

大槻部長 「分かりました。それじゃ、業者と話し合って決めましょう。いずれにしても引き渡し時に立ち会わなければまずいです」



その他にも、廃棄物だけでも特管産廃の置き場がアルカリと酸が同じ場所になっていること、紙屑、スチロールの置き場が金網のフェンスで囲っただけで工場の外から見えること、風が強い時は紙くずやスチロールクッションなど舞い上がり工場の敷地境界の金網のフェンスに引っかかっていることなど問題提起された。



清野 「だいたい終わりかな?」

島田 「ええと環境問題ではありませんが、防災組織が実態に合わないように思います。職場防衛組織の第3工場の指揮者の席が現場から遠くの建屋にある。これって実際に役に立つ組織なのか?」

大槻部長 「基本、組織は会社の職制に合わせておりまして、第3工場は第2製造部が9割方使っておりますので、第2製造部長を隊長としております」

島田 「それは分かりますが、実際にそこにいる人が指揮するならそこの課長にするとか……」

清野 「法的な決まりはないのですか?」

大槻部長 「法で定めるものは自衛消防隊です。職場防衛なるものは当社独自に決めたものです。防衛というより、避難とか非常持ち出しとかを決めた、被害を少なくするための自主的組織です」

清野 「形だけで仏作って魂入れずでは仕方がない。大槻さん検討してください」



通常なら検出された不具合についての判定を監査側/受査側が納得すれば終わりである。ところが今回はそれで終わらなかった。

清野 「私は今回初めての参加なのですが、今まで出たお話をもう一歩進めてほしいと考えています。具体的問題が指摘されたのは……ええと14件でしたか。それについては原因究明と対策案を討議したわけですが、それらの根本原因は何でしょうか? それを考えてほしいと思います」

大槻部長 「根本原因といいますと?」

清野 「契約書の件、資格者の件、感染性廃棄物、防災組織などの、根本原因というのがあるのではないだろうか?
もしかするとそれは共通というか、同じ原因で発生しているのではないかと懸念している」

島田 「実を言って私も思った。まず法規制をしっかり把握することが大事と感じた。
それから常識というか、間違えが起きないか、有効なのかについて、考えが足りないのではないだろうか。曖昧な表現だけど感受性というか」

大槻部長 「うーん、確かに、暴排条項は契約書をチェックするとき、まず頭に浮かばなければなりませんね。それからリスクの予測ですか」

清野 「常識で考えるというとこれまた曖昧なんだけど、酸とアルカリ間違えないのか、同時に現場から出ることはないという説明だったけど、現場から出されたものを業者に引き渡す前に、次の薬品を現場が持ってくることはないのか、有資格者が事故や病気になることはないのか……疑心暗鬼になるのではなく、AプランがだめならBプラン、それがだめなら…といろいろ考えておく必要がある。
実際に公害防止管理者の資格者では、不景気で投資が抑えられた、有資格者が転勤した、資格を取らせようと思っていた者がギブアップしたと、予想外のことが重なったわけだ」

大槻部長 「清野さんがおっしゃるのは、根本原因は考えが甘いということでしょうか?」

清野 「いやいや、そう決めつけてはいない。それにAがだめならB、Bがだめならと無限に考えることもない。どれくらい安全を見るかということも考えなければならない。
ただ現実に起きた問題の直接原因を除去して、是正完了といえるような簡単ではないと認識してほしい。
ともかく転勤者とか退職者が1名出た程度で、工場運営に支障が出るようでは問題だ」


磯原は清野の意見をもっともだと聞いた。もちろん清野氏は事業本部長から十分な検討と再発防止を言い渡されてきているのだろうが、通り一般でなくいろいろ考えなけばならないと認識させられた。
自分の立場で考えるとどうなるのだろう? 管理部門として是正処置が深堀りされたかを見ることなのか? 絶対に再発しないかを確認することなのか?
とはいえ清野氏がいうように、なぜなぜを繰り返して曖昧にしてしまっては意味がない。
生産技術本部の立ち位置で何をするべきか、それが課題だな。

それに山内参与は徹底的に不具合をつぶすのでなく、見つけた不具合だけでも対策させようと語っている。完璧はあり得ないのだから、目標をどこに置くのかをはっきりさせないといけない。

それと増子さんの話を聞いて考えたこと。薬剤師はもちろん学校で化学とか薬品のことを習う。だが企業で働いている者は、仕事に必要なことを、独習にしろ講習会あるいは通信教育や夜学に行くとかして知識や技能を向上させないとならない。それをどう体系化して従事者の力量をアップさせるか、それを考えるのは生産技術本部だろう。人事部と協調して推進しなければならない。

新幹線 上西さんの話からは、環境部門で働く人の意識改革も必要だ。
磯原は東京に帰る新幹線の中でいろいろ考える。


うそ800 本日思うこと

企業で働くといろいろ問題がある。なぜ起こるのかと考えると、間違いなく教育だと思う。
教育といっても技術的なこと、応用力、また精神的なものと多面的だ。高校や大学を出てきて、さあ仕事をしろといってもできるわけはない。仕事に必要な力量を明確にして、それぞれについて現在はいかほどの力があるのか、その差分をどのように埋めていくのかということを、組織は方針、手順、計画を持たないと、新人は伸びず不満を持ち、上司は成果を出せず不満を持つ。

日本の競争力が落ちたなんて知ったかぶりに語る前に、どのように教育をするのか考えなければならない。
監査をしても何かが良くなるわけではない。だけど何が悪いかははっきりするだろう。


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注1
「雪の中 処々に屋根見えて 煙突の煙うすくも空にまよへり」(「一握の砂」より)

注2
注3
俗に暴排条項と呼ばれる。契約書を結ぶ場合、反社会的勢力かその関係者であることが判明した場合、相手方はいつでも一方的に契約を解除できるとする条項。
法律でなく都道府県条例で「暴力団排除条例」を定めており、反社会的勢力の排除の記載を義務付けている。努力義務のこともある。





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