ISO第3世代 57.環境管理課始動

23.03.13

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

広い会議室だが、二人の男しかいない。

上西 「いいですか、以前より1名減り全員が新人なのに、山内さんが期待するような仕事ができるわけありませんよ」

山内参与 「全員が新人だと? 君は会社に入って20年以上だろう。ほかのメンバーだって15年は努めている。本社勤務の意味なら、柳田は20年選手だし、磯原だってここにもう2年もいる」

上西 「ですが、柳田さんは庶務ですし、磯原さんも知っているのは電気とISOだけです」

山内参与 「そうかな? 課内の仕事なら柳田が一番詳しいぞ。庶務だけじゃない、廃棄物でも公害でも何でも聞いてみろ。
磯原だってISO認証なんてここに来てから関わったが今は一人前だ。彼はそれだけじゃなく、廃棄物も公害も詳しくなった。君は環境課のメンバーの実力を知っているのか?

いいか、本社の課長は工場なら部長だぞ。そういう立場の人が、人がいないとか専門知識に欠けるなどと言ってはいかん。管理職の仕事の一つは部下を育てることだ。イギリス海軍の艦長は、何人艦長を育てたかで評価されるという。

わしが2年半前に生産技術本部室に来たときは、環境なんて何も知らなかった。更に環境部は無管理で野放しで、まじめに仕事している人がいないありさまだった。それを2年かけて組織を変え、無用な人を排除し仕事ができそうなのを3名集めた。わしが来たときから見れば月とスッポンだ。
ともかく環境課のメンバーとよく話し合って、自分たちのタスクは何か、何をすべきか、どのように運営するのか考えてくれ
誰だって知らないことがたくさんある。知らないなら知っている人に聞くもんだ」

上西 「知っている人って誰ですか?」

山内参与 「影の環境部長さ」



上西は途方に暮れた。山内が影の環境部長と言ったけど、そんな人がいるはずがない。冗談もひどすぎる。
自席に戻るとドカッと座る。山内さんと交渉して疲れ果てた。

柳田ユミ 「課長、どうかしましたか?」

上西 「課長と呼ばれるほどのことができなくてね、山内御大将から叱られたよ。彼は私の上長ではないのだが、当社の環境管理の統括だから指揮権があるという」

柳田ユミ 「山内さんに叱られたなら見込みのある人です。あの人は見込みのない人は、叱るのも無駄と考えていますから」

上西 「そういう人がいたの?」

柳田ユミ 「いたじゃないですか。上西さんの前任者とか増子さんの前任者とか」

上西 「そうか〜、そういえば柳田さん知っているかい? 影の環境部長って人」

柳田ユミ 「存じておりますが、私からは言いにくいですね」

上西 「柳田さんにも言えないことがあるんだ。山内さんからその人に相談しろと言われたんだ」

柳田ユミ 「そういうことですか。大きな声では言えないですがね、影の環境部長と陰口されていたのは私です」

上西 「ほう それは良かった。じゃあ、環境課をどう進めていくかってのを教えてほしいな」

柳田ユミ 「私がその任ではありませんがね、実を言って過去何年も毎年の年間計画とか部の方針とか目標は私が書いてましたよ」

上西 そりゃまたどうして?」

柳田ユミ 「部長がやるべきことをしないからです。大川専務が毎年生産技術本部全体の方針を出します。その中に生産技術本部の各部の実施事項がありますが、それを受けて何をどうするというのを環境部長がしないので、私は心配して下案を作って部長に出していたのです。部長はそれを見て多少は加除修整をしましたが、まあハンコを押しておしまいです。
ところがその下にいた環境管理課の課長、鈴木さんですが、これまた何も専務ではなく、何もしない課長でしたから、それも私が書いてました。正直言って私の思うところでしたけど、アハハ」

上西 「素晴らしいというべきか恐るべしというべきか。
あっ、いいこと思いついた。柳田さん、今年度の環境課の方針と年度計画を策定してよ」

柳田ユミ 「課長、それじゃまた1年後に環境課長が更迭で、柳田ユミに課長の辞令が出るんじゃないですか」

上西 「それもいいかも、そして私はまた工場の環境課長に戻ると」

柳田ユミ 「それは無理ですよ。鈴木課長は関連会社の環境管理をしろと言われて出向しました。実際のお仕事は部下もなく、工場の庭木のお世話だそうです」

上西 「へえ〜、柳田さんは情報通なんだね」

柳田ユミ 「情報は生存のための武器ですよ……真面目な話」

上西は柳田と話しているうちに、段々と今の悩みが小さく思えてきた。

上西 「参考にしたいので、まずは昨年の方針とか年間計画ってありますか?」

柳田ユミ 「もちろんです。資料を差し上げるだけではお判りいただけないと思いますし、この場でそういう話をするのもなんですから、会議室でいかがでしょう?」

上西 「願ったりです」

柳田ユミ 「それじゃ場所を確保します。ええと今2時半ですから、3時からということにしましょう」

上西 「何か持っていくものはありますか?」

柳田ユミ 「メモ帳と筆記具くらいでよろしいかと」




ペットボトルのお茶

柳田が確保したのは、生産技術本部の中の会議室ではなく、外来者との打ち合わせに使うロビーに面して並んでいる会議室である。
500mlのペットボトルの緑茶も2本用意している。
上西はあまりうれしくなさそうな顔で口を開く。

上西 「そのペットボトルも部門費かい?」

柳田ユミ 「もちろんですよ。
ここでコーヒー頼むと1杯500円かな、給茶機の無料のコーヒーよりはるかに美味いですけど、お値段ははりますね。それとも2時間口を潤すものがいりませんか」

上西 「社内の人だけの打ち合わせでは部門費の飲み物禁止といわれたんだが……」

柳田ユミ 「まあ気分転換でたまにはよろしいでしょう。どうせペットボトルのお茶は、ふた月前に工場の人を集めて研修を行った時の残りものです。部門費がかかっているのは同じと考えるか、残材活用と考えるか二通りあります。
この部屋だってただじゃありません。1時間500円です。一応定時までの2時間確保しましたので1000円部門費がかかります」

上西 「会議室は帳簿につけるだけなんでしょう。会議室なんて使っても使わなくても家賃は同じで固定費だ」

柳田ユミ 「そうではありません。会議室は足りないのです。それで会議が混んだときは近隣のビルの会議室を借ります。そうなると明白な社外流出です。ですから基本的に会議を減らせとか、ロビーや休憩室を活用せよと言われています。でも情報漏洩を懸念してオープンなところで会議をする人はいませんね。

今回の話は、山内さんが入ってこないところと考えて取りました。あの方は別部門の会議でも遠慮なしに入ってきて見学しますから。
おっと、ご心配なく、今現在は空いていたから借りることにしたんです。ですから今の部屋代1000円は帳簿上だけです」

* 無意味な応答のように見えるかもしれませんが、柳田さんが上西課長があまりお金のことを知らないようだと思って、教育的指導をしている情景を描いたつもりなんですけど……

上西 「それじゃまずは年間計画から教えてよ」

柳田ユミ 「1ページ目をご覧ください。4月から3月まで、各月の実施事項が書いてあります」

上西 「ええと4月は課の方針、工場や関連会社の環境担当者の一覧表見直し、年間予定表を関係部門へ通知……5月末は法定の報告が多々あるね…、6月は株主総会対策と……なるほど、これは分かりやすい」

柳田ユミ 「2ページ以降は各月の実施事項の概要が書いてあります」

上西 「いや〜、これはすごい、これを見れば課の業務は理解できる。
これに各作業の実施手順と工数計算があれば課長は務まるのか?」

柳田ユミ 「手順と所要工数は各担当の頭の中にあるだけで私は把握していません。というか人により全く異なるでしょう。その違いが力量の差なんでしょうね。環境担当者の知識や手順にも標準化が必要です。そういうことは磯原さんなら得意です。

実際にはこの年中行事とかルーチン業務だけでなく、突発的な問題が定常的というとおかしいですから、確率的に発生すると言いましょうか。その他に年度計画の実行がルーチン業務と同じ程度の負荷があります。

もっとも磯原さんが来るまでは、そういった改善の類はしていませんね。
磯原さんが異動してきたのがちょうど2年前。一昨年はISO認証の仕組みを大幅見直ししましたし、昨年から監査部が環境監査を行うように見直しをして、その実行のための支援業務を行いました。客観的に見てものすごい成果です」

上西 「それは昨年のスケジュールにありますか?」

柳田ユミ 「ございます。ただ流れとして、前年と比較しないと違いは理解できないでしょう。
一昨年にいろいろな問題が見つかり……というか、過去からいろいろと問題が起きてはいたのですが、発生した問題の対症療法だけで済ませて、再発防止とか水平展開などしてなかったのです。
一昨年に磯原さんが異動になってからですね。ですからその前に作られた一昨年の計画にはありません。

彼は問題が起きると不具合を解決するだけでなく、再発防止にも手を打ちました。磯原さんが動くのを、鈴木課長は好ましくなく思っていたようです。引け目を感じたんでしょうか。
山内さんは鈴木課長と逆に、磯原さんの動きを見てこれは使えると思ったのでしょう。ある時期を過ぎると山内さんが鈴木課長を飛ばして磯原さんを手足に使っていました。

そうそう当時はアメリカ法人から研修としてアメリアが来ていました。彼女が加わって実質3人で動いていましたね。そして去年は佐久間さんもチーム山内にいましたし、
是正処置をする過程で、ISO認証が全く役に立ってていないことがはっきりして、目先の問題対策の次は、ISO認証を見直そうとなったのです」

上西 「しかし柳田さんは詳しいですね。まるでチーム山内に参画していたようだ」

柳田ユミ 「アメリアとお昼を一緒に食べてましたから、いろいろ聞かせてもらいました。秘密じゃありませんしね」

上西 「なるほど、柳田さんは情報通なわけだ。
本社がISO認証のための書類や記録を廃止した話は聞いてます。すごいことだと思います。でもISO認証の方法を変えるにも手間はかかったでしょう。どうしてISO認証なんて放置して現実の問題対策に力を注がなかったのだろう?」

柳田ユミ 「アメリアの話では、ISO審査員が規格要求にない不適合を出すために、本社の指示が通らないとか、よけいな仕事をしているとか、いろいろ問題が散発していたそうです。だからそれを改革しないと改善できないと考えたそうです。それで認証機関に行って規格通りの審査をしないなら、認証機関を鞍替えすると言ったそうです。その結果、認証機関が折れたと聞きます。
もちろん当時は認証をやめようという話もあったのは私も知っています」

上西 「ほう、今も認証しているわけだから、ISO認証は有効だと判断したのかな?」

柳田ユミ 「認証の効果はないけれど、当社での審査ではおかしな考えを強制しなくなったので、社内の認証のための労力をミニマムにしたから当分は放置と決めたようです。
現在は以前していたばかばかしい環境教育とか不要な文書や内部監査を止めてしまいました。だから認証機関に払う費用は変わらずとも、書類を作ったり審査対応のための準備の人件費など内部費用は半分どころか非常に少なくなったはずです。
それと審査員がおかしな考えを強制することもなくなりました。細かいことでは審査でISO用語を使わないという変化もありました。
もちろん認証を止めるならそれに越したことはありませんけど」

上西 「コスト大幅減には興味がありますね。でも工場でも実行できるのかな? あとで調べないと」

柳田ユミ 「調べるまでなく、磯原さんとコーヒー飲みながらお話を聞けば十分ですよ」

上西 「昨年の計画では……上期は内部監査を行う前準備として研修会とか資料作成が入っているのか。監査対応でなく工場担当者への環境法説明会というのもある。なるほど、」

柳田ユミ 「となると今年度の方向はお分かりと思います。一昨年・昨年の計画を拡大・延長すればいいんです。もちろん過去2年間の動きが正しいという前提ですけど」

上西 「過去2年間、成果はあったわけかい?」

柳田ユミ 「それは指標を見ればよろしいのではないですか」

上西 「指標って?」

柳田ユミ 「ビジネスではなにごともQCD、つまり品質、コスト、納期で表します。
環境でそれに対応するものを類推すると、品質は違反や事故の発生数、コストは失敗コストと予防コストですし、納期は種々投資の導入立ち上がりとかになりますか」

注:コストにはいろいろ分け方があるが、品質コストという考えもある。品質を作り込むための費用と考えればよい。
この品質コストは更に、失敗コスト、予防コスト、評価コストなどに分けられる。いろいろ説があるし語る人のこだわりもあるからあまり分け方を真面目に考えることはない。
失敗コストとは不良が出て手直しとか廃棄したりあるいはリコールなどの費用を呼び、予防コストとは不良が出ないように加工や組み立てに手間をかけたり専用工具を準備する費用を呼ぶ。
品質コストは安ければ安いほうが良いが、失敗コストと予防コストはトレードオフの関係にあり、片方を下げると他方が増える。
環境でも考えは通用する。ただし違反とか事故が起きたら額が大きくなるから、予防コストに比重をかけることが多い。

上西 「具体的にそういった指標の統計を取っているの?」

柳田ユミ 「うーん、お気持ちは分かりますけど、環境課としての正式なまとめはありません。そこまで手が回らないというのが正直なところでしょう。
私は一般職の庶務担当なのでそこまではしてませんね。工場からの定期報告に裏表ないなら、事故件数などは簡単に集計できますよ。
ぴったりのデータがなくても、代用特性は考えられるでしょう」

上西 「いや、おっしゃる通りです。でも、あの…ご存じなら教えてほしいのですが」

柳田ユミ 「私がとっているデータでは、一昨年(2016)夏以降、品質つまり事故や近事故の件数は急速に悪化しました。それが昨年夏に下げ止まり、今年(2018)初めから向上に移りました。
理由はもちろんお判りでしょうけど、宮城工場に端を発したことから、各工場が嘘をつかず正直に実態を報告するようになったからで、それが上向いてきたのは是正処置が功を奏したからでしょうね」

注:近事故きんじことは、事故に至らない事象を呼ぶ。1950年代、アメリカで飛行機事故を防止するために、無事に飛行した時でも危ないと感じたことや異状に対応したことを集めて対策をした結果、事故を大きく下げたという。
ヒヤリハットと考えは同じだが、その何十年も前の話だ。

上西 「つまり一昨年からの是正処置と昨年からの監査が有効に機能しているということですか?」

柳田ユミ 「そう思います。その証拠に昨年下期の執行役会議で、生産技術部と監査部の対応を誉められたそうです」

上西 「当たり前のことといえば当たり前か……」

柳田ユミ 「それを言っちゃいけません。分かっていてもできなかったことを、愚直にしたことは高く評価されるべきです。
2年半前に赴任した山内さんも、頭では分かっていても半年間なにも手が打てなかった。そこに磯原さんが来た。彼はISOも公害も廃棄物も素人同然だったけど、問題を見つけたからには使命感とやる気で対応してきたのです。それを当たり前と言ってはバチが当たりますよ」

上西 「すみません、失言です。反省します。
しかし柳田さん、どうして私がここに異動して来たんですかね。お話を聞けば磯原さんが課長になってよかったように思えます」

柳田ユミ 「磯原さんはまだ工場で課長になっていません。そして本当のところ電力以外の知識がまだまだ不足している。
他方、上西さんは工場で環境課長をしていたのと、同期で部長はチラホラ出ています。上西さんは省エネとかは不得手かもしれませんが、公害防止は環境の王道ですからね。ただ工場で部長になるには環境管理だけではダメです」

上西 「どうしてダメなんですか?」

柳田ユミ 「お分かりにならない? 簡単でしょう。工場で部長といえば、総務、資材、設計、製造、製造管理、くらいしかいません。製品が複数あれば、それに見合って、設計と製造が複数になるかもしれないけど。
要するに上西さんが部長になるには唯一、製造管理部長の椅子しかない。製造管理部長になるには、施設管理から情報システム、倉庫システムなど生産支援すべてを担います。となると環境管理だけでは無理。そのためには環境課長だけでなくいくつかの部門で課長を務めてないとなれません」

上西 「なるほど、よくご存じで」

柳田ユミ 「上西さんが今年度中に最低でも新体制のレールをしっかりとしたならば、本社の環境課長は盤石ですね。次は本社の部長でしょう」

上西 「でも成果を出せなければ、鈴木課長の跡をたどるわけですね」

柳田ユミ 「当然です。管理職は権限を持ち、権限を裏付けるのは責任です。

話を戻します。2年前、ここが環境部だったとき、機能として現在の公害防止、廃棄物そしてエネルギー管理の他に、環境報告書、化学物質規制、環境設計、エコロジスなどがありました。
それらは対応手順が定まりルーチン化したということで、環境部門から本来それらを含む部門に移管したわけです。そういう流れは以前からあります。環境会計なんて21世紀初めには環境部で検討していましたが、当たり前になればそういう仕事はなくなりました。
ともかく環境報告書は広報部、欧州の化学物質規制対応は設計部門に……これは製造工程の薬品管理じゃなくて製品含有ですからね……とまあそういうわけで、現在は環境課という名前ながら、その機能は極めて限定され担当範囲は非常に狭くなった。

しかもここは管理部門ですから自ら何かをするというよりも、工場や関連会社が法を守ってアクションを取っているかを監視するのがお仕事です。ISO14001で順守評価という項番がありますが、あれも法を守ることじゃなくて、法を守っているかを確認することですね。
ところがPRTRは購買システムと連携して処理され、廃棄物は電子マニフェストに取り込んでしまったし、省エネ計画と報告はこれまた情報システムで処理される。
となると過去には手作業でしていた定期報告とか種々届け出などはほぼ自動化され、プリンターが吐き出した紙にハンコをもらって届けるだけになり、しかも本社はそれを工場がしたかをフォローするだけになりました。

そこで問題です。レーゾンデートルの危機です。環境課が存在意義を示すにはどうあるべきか、何をすべきかです。
治に居て乱を忘れずなんてパッシブでなく、積極的に環境コストを下げるとか環境先進企業であることを示すとか考えなければなりませんね。ただ以前と違い守備範囲が限定されているから、新しい環境ビジネス創出とか外販のようなことはできないでしょう。あくまでも社内と関連会社に対して遵法と汚染の予防の向上という範囲ですかね。

おっと、現実にはまだそこまで行っていません。目の前の仕事は遵法と汚染の予防を完璧にすることです。それから宮城工場で問題になった、環境関連予算の精査も必要ですし、完成状態の確認と効果の実態調査などもありますね」

上西 「環境課の存在意義ですか。過去からの流れを考えるとそこをはっきりさせないとなりませんね。
しかし柳田さんは広く深くお考えですね。とても参考になります。
ともかく何をするのも難しそうだ。おっしゃるように以前の環境部ならデパートのように品ぞろえがあっていろいろな活動が考えられただろうけど、今は機能が限定されている。
そればかりでなく山内さんが環境担当役員のスタッフとして、公害防止や環境監査をはじめグリーン調達や広報まで管理(management)というよりも統括(administration)しているわけだ。
我々も山内さんが統括する一部門に過ぎないわけで……その体制から、私は山内さんの命令を実行するだけとなる」

注:管理=managementと、統括=administrationと対応するわけではない。ここでは課や部の管理より上位あって全社の環境活動を采配している意味で統括という言葉を使った。
英語では『「administration」とは「目的を達成するための計画の立案」であり、「management」は「立てられた目標を達成するための計画を実行するプロセス」である。例えるならadministrationは立法であり、managementは行政である』と解説している。
cf. Difference Between Management and administration

柳田ユミ 「とはいえ、部下が上司に作戦を提案するのは、権利でもあり義務でもあります。
磯原さんがいつも山内さんに提言していると同じく、上西さんも山内さんに当社の環境活動について提案や助言をするのは当然です」


定時前に柳田との話は終わった。
上西は柳田と戻りながら、今日 柳田から教えられたことは、お茶と部屋代の10倍の価値があったと心底思う。
打ち合わせの前に無駄使いするなとはっきり言わなくてよかった。
まだ、課長として認められていないので親分風吹かそうとしたのはまずかったといささか反省。



三日後である。環境課の第1回ミーティングである。とはいえ全員集合しても4名しかいない。

上西 「新生、環境課の第一回のミーティングを始めたい。話を聞くと今まで課員が全員集まる打合せというのは月1回もなかったらしい。今年度から毎週火曜日の朝一に集まって前の週の報告、その週の予定を皆に話してほしい。月曜日でないのは休み明けにはいろいろあると予想しているからで、場合によっては開催の曜日は見直したい。
あ、もちろん週報を書いて月曜日の朝までに全員に送ること。火曜日のミーティングではそれを基に説明を頼む。

今回は環境課の今年の方針というほど大上段に構えたものではないけど、私が考えていることを説明したい。
それから課の担当する仕事はいくつかのカテゴリーに分けられるが、1項目1人という割り振りでは重い軽いがあって不適当だということ、また少人数だから出張のときとか業務の繁忙に備えて、お互いに助け合えるような体制を取りたいと考えている。それで力量向上作戦を進めたい。まあ勉強会だね。もちろん実地に同行して教えあうとかして、皆のレベルアップをしていきたい……」

環境課も何とかスタートしたようです。うまくいくのでしょうか?


科学的管理法とかISO9001の考え方は、職務ごとにその内容と手順が明確になっていなければ意味がないというか成り立つわけがない。そこをあいまいなままで取り入れたのはそもそもが間違いだ。

注:JIS訳の「明確」のISOの原語は「define」である。「define」は「定義」と訳されるが、英英辞典では「to describe something correctly and thoroughly, and to say what standards, limits, qualities etc it has that make it different from other things」つまり「対象を正確に徹底的に説明し、他との違いを、基準、限界、性質などを説明すること」です。
あなたの仕事はdefineされてますか? していますか?


うそ800  本日のつぶやき

ISO9001から教育訓練という項番がありました。実は誤訳で教育訓練ではなく訓練だとか説もありましたが、教育も訓練も大事です。日本も終身雇用制度がいよいよ老朽化してジョブ雇用制に変わりつつあるように思います。

従来の問題は、メンバーシップ雇用しても担当職務の教育をせず個人の努力にお任せで放置が多々あったことです。いや、その前に、その会社がその業務に必要なスキルとか資格さえ把握していなかったのかもしれません。困りましたね。

注:ジョブ雇用とは、採用するとき本人のスキルや能力を重視すること。具体例としては薬剤師の資格があるから採用するようなもの
メンバーシップ雇用とは一定レベル以上の人を採用して、入社後に部署や業務を割り振りその業務で経験を積み力量を向上させていくもの。具体例としては知財担当となった人に特許法を勉強させたり知的財産管理技能士を受けさせたりする方法。


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外資社員様からお便りを頂きました(2023.03.13)
おばQさま とても生々しく、日本企業アルアルなお話を有難うございます。
本旨と違う話で恐縮です。
本社に新生課長が着任、影の環境部長の力を借りて運営、これは旧軍で良く聞いた話です。
中隊司令部に、新任中尉が着任、実務については知らないし、部下の事も皆目わからない。
部隊には根を生やしたような古参の下士官(准尉か軍曹)がいて、規定も含め、上位司令部や横並びの中隊との関係、中隊内をどうするか全て把握している。
これこそ米軍が指揮官(将校)最低。下士官最高と言われた昭和陸軍の実態でもあり、戦後は老舗日本企業にも残った体制。
組織としての問題点を考えれば、能力がありながら下士官や影の部長に甘んじるハイスペックな人間の存在が前提。そうした人々は、能力でなく、学歴や性別によりハンディを負わされていました。
終身雇用の場合は、そうした兵隊元帥みたいな人により組織が回っていたが、グローバル化で海外と技術とビジネスが広がれば、こんな有難い人材を海外の企業を放置するはずがない。
キーパーソンを引き抜かれ海外の技術が底上げ、日本の物づくりが凋落した一因だと思っています。
今は幸か不幸か、影の部長が消えてきたと思いたい。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
視点は違いますが、私はISO9001に関わってきまして同じことを考えました。
ISO9001とはそもそも科学的管理法なんですね。私の大好きなテーラーさんです。1900年頃、欧州から夢のあるアメリカにどんどんと移住してきました。移民船から続々とエリス島に上陸するなんて映画はたくさんありました。
移民の数の推移は20世紀末ごろから中南米からが急速に増えてきましたが、それまでは1910〜1930年頃がピークだったのですね。
移民はゆくゆく農場を買い求め農場主になるのが夢でした。とはいえアメリカにたどり着いたときは文無しです。それでとりあえず東部の工業地帯で工員をしてお金を稼ぎ、ある程度蓄えると西部行き、開墾すれば私有化できるというホームステッド法ですよ。
ということで東部の工場では常に未熟練工が大勢いて、それをいかに有効に使うかが 重要 悩みの種だった。
科学的管理法とは工員に求める技能を明確にして、それを身につけさせ、いかにそれを効率的に働かせるかというためだったそうです。
そういう条件において、良いものを作らせるための仕組みがISO9001だったわけです。
ということで外資社員様と同じ結論になるわけですが、要するにアメリカと日本じゃ条件が違いすぎます。ISO9001も科学的管理法も、そして士官と下士官と兵士の関係も全く別物です。
現状を改善しようとしたとき、まったく条件の違うものを持ってきても有効ではありません。日本が置かれた環境でどういうものが最適なのかを考える必要があるでしょう。メリケンから来たとありがたがっているだけでは悪くなる一方です。

cf.「科学的管理法の日本的展開」佐々木 聡、有斐閣、1998

外資社員様からお便りを頂きました(2023.03.15)
>科学的管理法とは工員に求める技能を明確にして、それを身につけさせ、
>いかにそれを効率的に働かせるかというためだったそうです。
>そういう条件において、良いものを作らせるための仕組みがISO9001だったわけです。
ご教示有難うございます、この手法による大量生産による高品質安価というビジネスモデルが、20世紀アメリカの成功の根幹ですし、総力戦であった二次大戦で大勝利した原因でもありますね。
(以下 米国モデルと仮称)

そういう意味ではISO9000は、本来 工場が対象であって、ホワイトカラー中心の本社や、学校・公共機関がとるのは変では無いですか? 昔の会社の場合も、ISO認証は工場が対象で、本社はシックスシグマ運動が中心だった記憶があります。(目的はホワイトカラーによる品質管理手法の導入)
本社では環境とかCSRはやっていましたが、9001の記憶がありません。

中国、韓国、台湾などの新興国の工場で認証を取るのは、品質という事以上に、用語定義が共通化できるという実務面の利点があったのは確かですし、基本は米国モデルを導入しているからふさわしいのですよね。

米国モデルを突き詰めると、人が殆どいない自動化工場になると思います。
日本の認証機関に聞いてみたいのですが、自動化工場のISO認証が出来るのか興味深いです。

私はISO規格を具に理解していませんが、生産に関する手順を、システムとして具現化して実現出来ないと自動化工場は出来ません。という事は自動化工場が問題なく動いている事が確認出来て、規定の品質(歩留まり)を達成出来ていれば、その事実が何よりも目的達成の証拠と思います。
目的を達成しているから認証不要と良心的に言うのか、それともトンデモな要求を言い出すかで、認証機関のレベルが判りそうな気がしますが如何でしょうか?

取り留めのない話で済みません、コメントを書いて頂いて有難うございました。

外資社員様 毎度お便りありがとうございます。
一つお断りといいますか、言い訳をしておきます。
科学的管理法はテーラーが1910年代に提唱したもので、ISO9001は米軍やイギリス軍が第二次世界大戦時に軍事物資を調達する際の品質保証規格から始まり、その後国際規格を作ろうとなって、それらを参考に1987年に作られたという流れで直接的な関係はありません。
ただ余計なことを考えず言われたことをすることを目指したのは同じです。アメリカと日本の文化が違うという論において、米国モデルを表現するには科学的管理法もISO規格も一緒だという言い方をしました。

お便りにありました第一点
>ISO9001は本来は工場が対象であり、ホワイトカラー中心の本社や、学校・公共機関がとるのは変では無いですか?
おっしゃる通りです。ISO規格も何度も改定されておりますが、初版では誰が読んでも製造現場のこととしか読めません。
いろいろないきさつがあります。まずISO9001の元となったイギリスのBS5570(内容はほとんどISO9001)は製造業だけでなく、イギリスの官公庁と取引するには認証が必須となったのです。劇場とかレストランその他思いつくものすべてにおいてBS7750認証が必要というのです。
日本は国交省が調達する建設工事にISO9001または14001を認証していると、経営評価の際5点加点するというだけでした。でもそれだけで建設業界においてISO認証はうなぎ上りでした。もっともあれから15年経った今は建設業で認証した多くは認証を止めています。
まあイギリスはそういうことがありました。それを見たよその国の認証機関も真似をしたんですね。だって日本でなぜISO9001の認証が始まったかといえば、単純明瞭EU統合の際、域内の物資の移動を完全に自由化するのは製造者がISO9001認証していることという条件があったからです。当然日本のパソコンやOA機器(当時の日本からのメジャーな輸出品)もひっかかる。更にその下請けもひっかかる。という理由でした。
だから認証機関はウハウハでしたが、それもいっとき、必要な企業が認証してしまえば認証機関に閑古鳥が鳴いてます。
じゃあどうするか? 商品を売るのは必要な人へ、行き渡ったら必要ない人に売るしかない。だからオフィスの改善になります、学校の、病院の、市役所の……
商魂たくましい、そうしないと認証機関潰れます。
そもそも欧州でISO認証制度はホワイトカラーの失業対策と言われました。そんなものだったということでしょう。
ということで一番目は終わりです。

第二点
>米国モデルを突き詰めると、人が殆どいない自動化工場になると思います。
外資社員様、お目が高い。その通りです。そもそも科学的管理法は「技能の定着化」更には「技能の自動化」を目指しました。
要するに人間に仕事をさせるとばらつきが出る。疲れたり休憩前はぞんざいな仕事になる、さぼる、そういうことがない仕事をさせることが目的でした。ISO9001では誰がしても同じ仕事をするために標準化しろ、文書化しろ、検査しろ、そういうことの羅列です。
科学的管理法の時代は理念だけでしたけど、現代ではそれが現実化できます。米国モデルでは理想でしょうけど、働く人の創意工夫とかカイゼンの余地はなさそうです。

第三点
>自動化工場のISO認証が出来るのか
現代の工場はほぼすべて半自動化工場になっているでしょう。そしてそれらは審査を受けて認証しているわけです。
完全自動化になったとしても、何も変わらずISO審査が可能でしょう。もちろん機械設備に対して、訓練しているか、認識はあるのか、方針を理解しているか……なんてことをヒアリングすることはないでしょう。けれど、自動機だけでなく人は係るわけで、自動機械の点検、点検者の技量、実際の機械の状況、製造環境の管理などは人がいようといまいと同じでしょう。

第四点を加えますと
>ISO審査の自動化はできるのか?
今、ChatGTPというのに凝っています。ご存じと思いますがマイクロソフトのチャット形式で人とAIがやりとりするというソフトです。このところGoogleにやられっぱなしのマイクロソフトが仕掛けた起死回生のチャレンジなんだそうです。
ということで月2000円のサブスクでSiri、Google assistantとかCortanaなんかより進歩して、話し相手が人間だと思うという売り言葉です。残念ながら今まだ使い方を読んでいるところでして(恥ずかしい)
宣伝文句には小説も書きます、論文も書きます、すべての言語に対応しますとあります。
本当ならISO審査員のレベルを超えることは間違いありません。法規制を知らない心配もご無用。法令の文言だけでなく、関連する判例もすべて引用できる。きっとすばらしいISO審査をしてくれると思います。
でもそれはISO審査が創造的ではなく、基準との比較照合という仕事だからです。
経営とか開発というお仕事はAI(人工知能)ではなく、AC(人工創造性)が必要じゃないかなと思うのです。どういうものか想像もつきませんが、たぶん論理回路にランダムにエラーを起こすとかなんかするんじゃないですか?
とはいえ、そのときISO認証の意味があるのかとなると、ないように思います。だって今だって開発や経営などはISOMS規格の外です。なぜなら標準化できないものを要求事項で表せないとかISO9001の偉い人が語っていました。


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