ISO第3世代 56.人事異動

23.03.09

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

桜 2018年も3月になった。前年暮れから寒波が厳しくて桜の開花はだいぶ遅れるだろうという予想だったが、3月から一気に気温が上がり平年並みに花見ができた。
磯原は千葉に住んで2年目の桜を、家族と千葉公園に行って楽しんだ。


家庭内は平穏無事な磯原だが、仕事のほうは天変地異といえるほど大きな変革があった。4月からの職制改正と人事異動の発表である。

まず生産技術本部の環境担当(山内参与)の下に環境管理室が新たに作られ、そこに環境に関わる部署からそれぞれ1名が生産技術本部兼務として属する形になった。監査部、資材部、広報部、開発本部、各事業本部、生産技術部などで8名である。
兼務者はすべて課長級で生産技術部の兼務者は生産技術部の次長で、生産技術部に関わる環境マターがあれば山内参与と生産技術部のつなぎをすることになる。

磯原も生産技術部兼務となったが、その職務はそもそも本来の仕事だった省エネ法に基づくグループ企業の使用電力のとりまとめと、その他ISO認証、環境教育など、どの部門も担当しない環境関連の総務的は仕事である。
大変動の割には広義の環境管理と実際の職掌を矛盾なくすために、パッチを当てたように思える。

注:総務を訓読みすれば「すべてをつとめる」であり、どの部門にも該当しない仕事すべてをする部門である。「総務部総務課山口六平太」をみれば総務の仕事が分かる。


そして施設管理課が大きく変わった。
まず名称が環境管理課になった。以前、佐久間が環境部門の名前の変化を話したことがあるが、今回の変更は深い意味はなく単なるゆらぎだろうと磯原は決めつけた。

それから職掌であるが、公害防止、エネルギー管理、廃棄物管理に明確に限定された。ISO認証と監査部の行う環境監査への支援は、生産技術本部長室に移された。磯原が担当することは変わらないが、環境管理課が担うのでなく、環境担当役員のお仕事ということが明確になったということだ。とはいえ山内あるいは磯原がいなくなったら、また変わるのかどうか、それも分からない。基本、環境という業際の扱いをどう考えるかにかかっているのだろう。

人事であるが、鈴木課長鈴木正信が環境管理課長と横滑りにはならず、彼は関連会社に出向になった。山内さんとあわなかったからだろうと皆の噂である。
課長には岩手工場の上西上西が転勤してきた。上西は愛知工場の監査(第51話)に参加しており、そのとき知識や判断が的確だったと磯原の記憶にある。

公害担当だった山下さん山下一郎は、出身工場に戻り環境課長になった。10年本社にいたので定年までの残りは地元で勤務という流れは順当なところだろう。
そして山下の後任は、上西課長が兼務するという。

廃棄物担当であった奥井奥井正和は、岡山工場に転勤となったう。彼は大学を出てから10数年、業界団体の研究会活動がメインで、会社の仕事はしたことがないと言う。
本人はひどい人事だと誰彼となく愚痴っているが、皆は彼の行状を知っているから真面目に取り合ってくれない。岡山工場には以前環境監査に参加した福田が廃棄物担当でいるから、彼に厳しく鍛えてほしいと磯原は心の中で思う。

廃棄物担当の奥井の後任には、やはり愛知工場の監査で参加した増子増子が転勤になった。増子は女性で既婚者だが、夫の両親と同居していて子供の面倒を見てもらえるので、静岡から通勤するという。本社では静岡から新幹線通勤は珍しくないそうだ。3ヵ月の定期代が40万弱とは驚く。

それから佐久間佐久間のことだ。山内が千葉工場の工場長と話をしてくれて、佐久間は千葉工場で嘱託になった。佐久間は喜んでいたが、磯原は大いに残念だ。磯原はもう少し佐久間と一緒に仕事をして、いろいろと教えてもらいたかった。まあ、佐久間個人の幸せを思えばしかたがない。相談は電話でもメールでもできるだろう。

全体的に職制と職務の隙間や重なりの矛盾をなくし、能力のある人に入れ替えたということが一目瞭然だ。悪いことではない。 磯原の本務は環境管理課でエネルギー管理担当であることは変わりない。以前と違い指揮系統を明確になり、磯原も上西も仕事がしやすくなったはずだ。
今までのねじれは解消されたが、負荷的には上西課長次第だろう。工場や関連会社からの問い合わせや相談事を上西課長が対応してくれれば磯原は相当楽になる。



3月末、上西と増子が本社に挨拶に来た。偶然かと思ったら、柳田が本社のメンバーの雁首をそろえておくからこの日に来てほしいと連絡していたそうだ。確かにお互いの調整をするのは良いが、柳田もやりたい放題である。
だが、ちょっと待て、本社のメンバー言っても、ユミちゃんと磯原の二人だけじゃないか!

4人で顔合わせした後、上西は所属の一人一人と面接をするといい、序列から磯原が一番目になる。

上西 「磯原さんとは愛知工場の環境監査でご一緒になりましたね」

磯原 「あのときはお世話になりました。とても環境管理に詳しい方だと感じ入りました」

上西 「アハハ、会社に入ってから排水処理と廃棄物をずっと担当してきました。磯原さんは電気主任技術者だそうですね」

磯原 「そうです。電気が環境に入るかどうかは微妙ですね。オイルショック以降は省エネが重大になって、環境問題が騒がれる前から省エネは費用の関連からうるさく言われてきました。そして改善も直接的な省エネだけでなく、鉄損を減らすとか力率改善とか夜間電力の活用とか行われています。

元々私は本社で省エネ法対応の全社のとりまとめという話でした。ところが省エネ推進そのものは生産技術のほうが取り仕切っているし、集計はシステムで行っており、コンピューターが吐き出したものに目を通してエネルギー管理企画推進者(山内参与)に提出するだけです。

そんなわけで私が本社に転勤してきてからの2年前、実際は生産技術本部の山内さんのアシスタントとして使われてきました。環境トラブルの調査や対応、環境監査の幹事、ISO認証の効果の評価、環境教育の仕組み検討など。
というのは施設管理課がそういった工場や関連会社のトラブルや遵法を取り扱わなかったのです。それで山内さんが見ておれずに取り掛かり、手足が必要ということでエネルギーつながりから私を使っていたという流れです。

今までは指揮系統のねじれもあってやりにくかったです。今回の職制改正でどうなるのか、形上は兼務ですから山内さんの命令も上西課長の命令も聞かないとならないのですが、負荷が気になります」

上西 「公害関係にはタッチしてなかったのですか?」

磯原 「敬語を使わないでいいですよ、上西さんは私より三つか四つ上でしょう?」

上西 「本社は専務とか常務だけでなく、参与・参事とかゴロゴロクいるから、誰にでも敬語を使ったほうが間違いないと言われてきました」

磯原 「アハハ、確かにトイレやエレベーターで社長に会ったりしますね。私が出勤初日に入口で大川専務に会いました。監査部とか関連会社部とか付き合うことになるでしょうけど、あそこは部長は執行役だし全員が参与か参事ですからね。

おっと、公害はすべて鈴木課長と山下さんが取り仕切っていたようです。私は山下さんの業務週報など見たこともありませんし、鈴木課長も山下さんも毎週のミーティングでも仕事の内容など語ったことがありません」

上西 「それもどうなのかなあ〜、同じ課内で情報を共有していないとは」

磯原 「ここは、まさしく隣は何をする人ぞという感じですね。もっとコミュニケーションを良くして、忙しいときは助け合いする、そういう雰囲気にしたいですね」

上西 「公害でも事故や違反もあったのだろうなあ〜、当社の事故や違反は新聞報道で見たことはないけど」

磯原 「昨年私たちが編纂した環境不具合事例集はご覧になりましたか?、あの内容は嘘偽りありませんし、隠したりもしてませんよ」

上西 「いや、そういうものを聞いたことがない」

磯原 「それは困りましたね。昨年から新しく行っている監査部主催の環境監査で見つかった問題や、工場や関連会社の事故や違反をまとめて問題点、発生原因とか対策をまとめた冊子です。多くの工場から、参考になると好評をいただいています」

上西 「岩手工場では見たことがないなあ〜」

磯原 「本社から冊子だけでなく電子データも各工場の環境管理責任者宛てに送付/送信しています。もしかして岩手工場のどこかで消えてしまったのではないですか? お宅の部長とか?
内容が内容ですから、社外持ち出し禁止にしていたのですが、誰かが持ち帰ったとか紛失したなら問題です」

上西 「それは問題だな……調べてみます。
ともかく当社グループの環境不具合をまとめて、スラッシュ電機グループ内には周知しているということですね」

磯原 「そうです。ぜひとも同じ轍を踏まないように活用してほしいです」

上西 「磯原さんから、課の運営方針に提案とか希望とかありますか?」

磯原 「正直言って私の仕事は、山内さんからの指示が満腹状態です。彼は自分が指示していることは把握しているでしょうけど、環境管理課での私の仕事を把握していません。省エネは生産技術のお仕事と申しましたが、当然ですが私もそれに関わります。
ですから上西さんには、私が何をしているかとその負荷状況について週報を出しますから、負荷調整をお願いしたいです」

上西 「佐久間さんがいなくなったことで、負荷的に無理ということですか?」

磯原 「佐久間さんは実際の仕事というより、課員の指導をされていたというニュアンスです。
そして私の負荷がオーバーしているというより、そもそも鈴木課長は課員の仕事に無関心で無管理だったということです。
これからは適正というか時間外30時間くらいで収まるよう、また山谷があるときの調整とかをしてほしい。担当者の裁量を超えてます」

上西 「磯原さんは管理職扱いだから、あなたの裁量で対応できませんか?」

磯原 「私も仕事が好きだから、多少オーバーとか休日・時間外というのは厭いませんし、実際にしています。ただ野放しはないですよね。
忙しい忙しい 私がここに転勤してきて、工場や関連会社からの問い合わせメールアドレスに入ったメールは誰も見ていないことが分かりました。実はそれで問題が起きたことがありました。

それ以降、私は毎朝8時半前にはパソコンを立ち上げて、前日退社後に課のアドレスに来たメールを始業前に片付けています。
工場と違い、時間外の出入りは規制されているのでそれが限界です。もちろん日中来たものは、昼休みと退社前にチェックして対応しています。それを評価してほしいとは言いませんが、処理できない負荷では困ります」

上西 「磯原さんの話を聞くと、どうもつじつまが合わないように思う。佐久間さんがいなくなったからできないわけではないが、山谷があれば対応できないと……」

磯原 「課に来た問い合わせとか報告事項を、課長がしないで誰がするんですか?
それと当たり前ですが、公害ばかりでなく工場や関連会社では日々いろいろな問題が起きているわけです。当然本社報告事項もありまた相談事もあるわけです。
そういったものの第一次処理は私がしていました。本来なら公害なら山下さん、あるいは全体を課長が見て割り振ることでしょう。それを私がすべてしています。これから上西課長がしていただけるならありがたいですね」

上西 「課長や山下さんの仕事量はどうだったのでしょう?」

磯原 「正直言って上西さんの前任者山下さんが、いかほどの負荷を抱えていたかわかりません。ただ二人とも時間外はしていません。
また増子さんの前任者奥井さんは、時間外どころか社内の仕事をしていません」

上西 「奥井さんが仕事をしていなかったとはどういうこと?」

磯原 「彼は業界団体の廃棄物研究会とかいう会合に行っていて、会社の仕事は実質していませんでした。
だからそういうことを踏まえれば、上西さんと益子さんのパワーは過剰だと思えます。つまりこれからの環境管理課の3名のパワーは、以前の山下、奥井、佐久間それに私を合わせた工数より多いはずです。

ただお二人が前任者と同じことをするだけなら、私は楽になりません。そのためには3人ですべての仕事を三等分しなければならない。そして誰でも他を支援できるような体制を作れば、残業をせずに処理できると考えます」

上西 「うーん、奥井さんが何もしていなかったとはどういうことでしょう?」

磯原 「まず、ほとんど会社にいませんでした」

上西 「はあ?」

磯原 「柳田さんにご確認してください。出勤すると業界団体に行く、あるいは直行する、そういうことをずっとしていました」

上西 「ちょっと想像できないですね」



上西と増子の交代というか、磯原と柳田の交代である。

増子 「磯原さんと私は、仕事ではあまり関りはないですよね?」

磯原 「私は課の職掌では廃棄物と関わりはありませんが、兼務している生産技術本部では監査や環境管理全般を担当していますので廃棄物も守備範囲です。
以前監査でお会いしましたが、あんなことを月に二度くらいのペースで行っています」

増子 「なるほど、そういう観点では、磯原さんは環境に関するすべてを把握しているわけですか?」

磯原 「ご冗談を、担当ではありますが知識があるわけではありません。私の専門は電気関係だけです。ですから監査には工場から増子さんのようなプロに参加していただいております」

増子 「ちょっとこの職場での仕事のやり方を知らないのですが、お互いの助け合いとかないのですか?」

磯原 「増子さんと話す前に上西さんと話をしたのですが、課員のコミュニケーションを良くして、忙しいときはお互いに助け合うようにしてほしいとお願いしました。
今までは他人の仕事を助ける以前に、隣の席の人が何をしているのか、繁忙がどうなのかも分かりません」

増子 「まあ、それはおかしいわね。工場なら連休中に設備の設置工事をするなんてときは、自分が担当の仕事でなくても交代で出勤して立ち会うとか普通ですよね」

磯原 「私もここに来る前は工場の電気担当でしたから、そういうことは当たり前にしていました。どうも本社はお互いの境界が明確で、侵すべからずのようです」

増子 「何か私にアドバイスするようなことありません?」

磯原 「増子さんの前任者、奥井さんは業界団体の廃棄物研究会が主たる仕事のようでした。ほぼ毎日、業界団体に行っていました。直行直帰というときもありました。
正直言って周りからよく思われていませんでした。
増子さんもその集まりに一度は顔を出さないといけないのかもしれませんが、そっちばかりに時間を取って、会社の仕事をないがしろにしてはいけないと思います」

増子 「まあ!それはまた……
ところで本来の仕事をしなかったなら、こちらで問題はなかったのかしら?」

磯原 「あまり言いたくはないのですが……昨年、社内で破棄物契約書の問題がありました。お聞き及びでしょう?
それの対策で彼も加わったのですが、その問題をはるか以前から知っていたというのです。そして放置していたと」

増子 「はあ

磯原 「呆れましたね。そういうことを口に出したら自分も共犯ですよ。知っていても知らなかったと言わなくちゃ……あっ、今のは独り言です。
まっ、そんなことばかりでした」

増子 「なるほどねえ〜、よく懲戒とかにならなかったものですね」

磯原 「この度は課長も変わって、信賞必罰ということで異動になったのかと勘ぐっています。悔い改めるラストチャンスかもしれませんね」

増子 「本社って優秀な人たちが、競い合い協働しながら成果を出しているのかと思っていましたが、なかなか楽しそうな職場ですね」

磯原 「私も2年前ここに来るまでは、そう思っていました。今は真面目な話、理不尽な職場だと思います」

増子 「ところで私が着任したらすぐに何をしなければならないというのはあるのかしら?」

磯原 「他人の仕事は知らないと申しましたが、いつも人の仕事を眺めていましたから大体はわかります。はっきりいって増子さんなら半日もかからず1日分の仕事を片付けるでしょう。だって今までは8時間不在でもなんとかなっていたのですから。
まあ、真剣であってほしいですが、深刻になることはありませんよ」



上西と柳田ユミの面接である。

上西 「今までいた遠藤課長、磯原さん、山下さんや奥井さんのお仕事について教えてください。まず皆さん、時間外とか大分していたのでしょうか? もちろん正規に時間外を付けているのは調べればわかるでしょうけど、管理職待遇とかサービスとかあったでしょうから」

柳田ユミ 「遠藤課長は定時出勤、定時退社でしたね。何をしていたのか……正直言って分かりません。彼は純粋に管理業務だけで……と言いたいですが、そういったこともしてませんでした。部長のスタッフというわけでもなく、とはいえ課内の雰囲気作りということもせず……何だったんでしょうね、アハハ」

上西 「部長とか上から特命事項とかあったのでしょうか?」

柳田ユミ 「そんな気配はありませんでした。特段出張もなく、私の把握していない会議もなかったようです」

上西 「そうですか。山下さんはどうでしたか?」

柳田ユミ 「彼は公害防止全般ということでした。ご存じと思いますが、ここ数年よそ様の会社では測定データの改ざんとか基準値を超えたとか報道されていますが、当社では公害を発生させたとか、データ改ざんということはありません、私の知る限りですが。
特に従来ボイラーを利用していたものがどんどん電化されましたから、大気汚染の問題発生のリスクも減りましたし、排ガス処理もなくなりました。その分電力削減が課題になりましたけど、それは山下さんのお仕事ではありません。
騒音や振動となると地域的な問題で、本社が技術的とか費用的に手を出すよりも、近隣住民と自治体との話し合い的なことになりますから、山下さんはほとんど手を出していません」

上西 「というとあまり仕事がなかったようですね」

柳田ユミ 「というか仕事をしていませんでした。彼はこの職場が会社スゴロクの上りと思っていたようで、定年までのんびり過ごすつもりだったのかしら。
やろうと思えばいくらでも仕事はありましたね。廃棄物削減が厳しく言われている時代ですから排水処理からの汚泥を減らすこと、昨年の監査では公害防止管理者の不足が問題になりましたからその育成策、田舎の工場でも宅地化が進んで騒音振動など苦情は増えています。私なら放っておけませんけどね。

ともかく公害防止は環境管理の基本ですから、全社というかグループ全体の特定施設の状況把握と、リスクを認識しておいてください。特に排水処理とかボイラーは定期的に設備更新がありますから、設備を持つ工場の予算のウォッチも必要です。
あっ、私が上西さんの上司になったようですね、アハハ」

上西 「いえいえ、大変参考になります。柳田さんは課内の状況をしっかり把握しているのですね。
奥井さんはどうでしたか?」

柳田ユミ 「あの人はねえ〜、私たち庶務の人が集まると、どうして首にならないのかと話題になっていました。まさか役員のご落胤とか、アハハ」

上西 「当社はみな雇われ社長、雇われ役員ですから、それはないでしょう」

柳田ユミ 「冗談よ、冗談。とにかく会社にいるのは珍しい。ほとんど業界団体にお出かけで、何をしてたんでしょうか? 私も知りたいわ」

上西 「彼の仕事を増子さんが引き継ぐわけですが、いかほどの負荷になりますか?」

柳田ユミ 「いかに仕事をまじめにするかですね。奥井さんが手を付けてない問題ってたくさんあります。
庶務をしていると耳学問でいろいろ情報が入ります。廃棄物はマニフェストが全面的に採用されたのが1998年、その年に電子マニフェストも使われるようになったと思います。私の入社した頃ですね。
ああ、前置きが長くなりました。彼の入社は2003年だったはず。だからマニフェストの導入どころか電子マニフェストシステムが完成してからの入社ですから、そういったことに対応するためのシステム作りとか工場への指導にはタッチしていません。
またPCB処理は2010年前にはほとんど仕組みはできて処理も稼働していました。2010年頃までは古屋さんという廃棄物のベテランがいて、奥井さんはその下で手伝いをしていたように思います。

もし増子さんが、工場の廃棄物削減とかリサイクルの見直しをやろうとすれば、一人では手が足りないでしょうし、奥井さんと同じく何もしないなら廃棄物担当なんていらないですわ。
それからは大きな変革もなく、世間的には廃棄物削減とかゼロエミとか……ゼロエミはどの会社もクリアしたようですが、単に定義の見直しだったりして、アハハ

それと業界団体でなにかするのかどうかですね。
ご本人の話では、廃棄物についての書籍を編纂しているということでしたけど、もう5・6年経ちましたが成果物を見たことはありません。

実は私の甥が大学の環境関係の学生なのですが、そこに奥井さんが企業の環境活動とかの講演に来たそうです。資料を見せてもらいましたが、まあ月並みの良い話でした。素敵な話ではなく、聞かなくても良い話のことですよ。
リクルート関係で行ったのかと人事の人に聞いたら、全く知らない関係ないと言ってました。
私個人としては、あまり業界団体に入り浸ってほしくないです。会社で働かず、あんなことしてるなら業界団体の仕事は止めるべきですね。他社はお荷物を派遣しているのでしょうかね」

上西 「なるほど……そうだったのですか。
でも廃棄物の集計とか削減とかの仕事は、奥井さんがしてたんでしょう」

柳田ユミ 「何年か前のこと、奥井さんが私のところに来て、環境報告書に廃棄物の数字を載せるので見繕ってよって言ってきたのです。奥井さんの話は要領を得ません。
それで、今はこの課から分離して広報部に行きましたが、当時は課内に環境報告書の編集担当がいたので、私が担当者に具体的にどんな数字なのかをお聞きして、それを各事業本部に公文を出して数字の提出を依頼しました。
各事業本部からのものを集計して奥井さんに報告すると、彼は環境報告書担当にメールを転送して終わりでした」

上西 「えええっ、それって……」

柳田ユミ 「2年ほどそんなことをしていたら、それ以降は季節になると事業本部の方が気をきかせて、何もせずとも傘下の工場や関連会社の数字を集めて私に送ってくれるようになりました。
奥井さんがしたのは、最初の年に私に口頭で依頼しただけですね」

上西はとんでもないことだと呆れた。担当者も悪いが管理者が無能だ。ついでにいえば柳田も甘い。それとも部門としてやらざるを得ず、彼女が内助の功を発揮したのか? 柳田を責めるのは筋違いだろう。

上西 「磯原さんはどうですか?」

柳田ユミ 「彼はここに来て2年経ちましたが、まだ工場にいた習慣が抜けないせいか、働きますね。本社では珍しい人種です。
出社も毎日、大川専務と入室の一番二番を競っています。もちろん出勤するだけでなく、前日定時後以降に課のメールアドレスに来たメールを片付けて、トラブルなどあれば手を打つ……定時後には、その日に来たメールをすべて処理してから退社する。いくら管理職待遇っていっても、残業にもならないって、理不尽ですよね。脇で見ていてなんでそこまでするのって言いたくなるわ。
それにそれって課長の仕事ですね。上西さんに期待しますよ、磯原さんも少しは楽になるわ。

元々は省エネ法対応の節電とか報告のとりまとめの担当だったと聞いてます。ところが彼は問題に気づくと、放置せずにしっかりと対処していくのが山内参与の目にとまり、山下さんが以前から対策しなければならないと考えていたものを、彼にやらせるようになりました。磯原さんも真面目というか言われたことはしなければならないという考えなので、ひたすら頑張ってきたという感じですね。
とはいえ、別に磯原さんが評価されたわけでもなく、忙しくしていても誰も手伝わず、人ももらえない。それを脇から見ていると、正直にバカが付くように思えます。

私の知る限りでも、本社・支社のISO認証の見直しとか、環境監査の仕組みつくりとその実施とか、成果を出しています。邪心なくよく働く人です。山内さんが磯原さんに仕事を指示するので、いっときは山内さんと鈴木課長がもめました。板挟みになったのが磯原さんで、彼には疫病神が憑いているようです、アハハ

彼だけでは負荷が重いということで、昨年1年間、千葉工場の佐久間さんという方が応援に来ていました。佐久間さんは何でも知っている人でしたね。佐久間さんは、磯原さんの手伝いというよりも磯原さんの先生役でしょうか。磯原さんはISOとか公害関係をあまりご存じなかったから、山内さんが家庭教師をつけたように見えました」

上西 「佐久間さんには何度か会ったことがある。社内でも有名な方です。
じゃあ、磯原さんと増子さんの二人もいれば、この課の仕事は間に合いますか?」

柳田ユミ 「そう簡単ではないと思います。単純に前任者を踏襲するなら、廃棄物の増子さんは暇でしょうし、磯原さんの愚痴は止まりません。
そもそも本社とは工場や関連会社へのサービスと統制です。なにもせずに、問題が起きたときチョチョッとごまかすだけならともかく、日々監視して問題が起きないように指導するのがお仕事でしょう。それをやりきるには、磯原さんのようにまともな働き者が4人は必要でしょうね」

上西 「なるほど、しかし柳田さんは仕事とか同僚の動きを良く観察していますね。柳田さんは課長が務まりますよ。
でも磯原さんと大川専務が、朝入室の一番を争っているなんてどうしてご存じなのですか?」

モーニングセット

柳田ユミ 「アハハ、私は毎朝早く来て1階のコーヒーショップで朝ご飯を食べてるの。
だからみなさんが出社するのを毎日見てるわよ」

上西は柳田ユミに恐れ入った。彼女がこの課のキーパーソンであることは間違いない。課員の働き具合も仕事の負荷も問題点もしっかり把握している。一般職だからという屈折もあるのだろうか。彼女に大きな裁量を与えて仕事させたらどうだろう? 案外脇から茶々を入れるのが楽しくて、実際に自分が采配を振るのは向いてないのかもしれない。
ともかくこの職場の問題を認識していることは間違いない。



本日最後の面接である。上西と増子が話をしている。

上西 「増子さん、柳田さんと磯原さんとお話しされたと思いますが、いかがでしたか?」

増子 「いやはや、おもしろい職場だと思いましたね。みなさん遊ぶために会社に来ているようです」

上西 「確かに遊びに来ている人もいたようですが、遊ぶ暇なく必死に働いている人もいるようですよ」

増子 「それは見方の問題です。奥井さんは遊びに来ていたようですが、磯原さんは仕事が遊びのようだし、柳田さんは噂話をしに来ているようですよ」

上西 「なるほど……」

上西は増子も会社に遊びに来る人なのかなと思う。仕事が遊びなのか、噂話が遊びなのか、大学で講演するのが遊びなのか」


うそ800 本日の閑話

会社の仕事は緊急事態もあるし、さまざまなイベントもある。しかし何事もない平穏(退屈)な日々も多い。いや9割方は何事も起きないから、わざわざ緊急事態なんて考えなければならないのだろう。
ともかく売り上げとか品質とか業務本来の話題より、人事異動とか役員のスキャンダルの噂のほうが数多くつぶやかれるのである。

どうでも良いことであるが、最近はご芳名も品切れで引退後に趣味やジムで出会った人の姓名をお借りしている。そういえば上西さん、増子さんには古事記勉強会で知り合ったが、コロナ流行してから3年も会っていない。お元気ですか?


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