ISO第3世代 70.環境からSDGs2

23.05.08

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

本日のお話は、まったく私の想像で書いております。なにしろ私は偉くなったことがありません。偉大なる野村克也は生涯一捕手と自称しましたが、私には生涯一書生も生涯一捕手もはるか遠く、生涯一平社員であります。
そんなモブの私には、重役と呼ばれる人たちが、どんな思考過程なのか、その前に何を考えているのかさえ想像もつきません。

葉巻はマフィアの暗喩

私の思い浮かぶ企業幹部というと、マフィアのアル・カポネとかゴッドファーザーのイメージですね。顔はゴルフ焼け、若干太り気味、葉巻をふかし悪だくみをする……
島 耕作を見ても、彼を含めて登場する役員は、ビジョンとか経営戦略を考えている情景は記憶になく、不倫と社内政治しか覚えていません。島 耕作の不倫相手は9人いたそうです。離婚してからは不倫じゃないにしても、もうカウント不可能だそうな。おサルさんというか、節操がないとしか…
もし島 耕作が実在の人物なら会社つぶしてますよ。彼はサラリーマンのかがみではなく、サラリーマンの願望の体現でしょう。

不倫しようがまともな経営をしていれば、会社をつぶすはずはないとは言わないでください。今の世の中、経営者であろうと、芸能人であろうと、文士であろうと清廉潔白を要求します。
自由奔放な芸能人でさえ、不倫が見つかると「ごめんなさい、もうしません」とカメラの前で謝らないとならんのです。大手企業、特にコンシューマー向け製品のメーカーであれば、不倫も隠し子もマスコミにはおいしいネタです。

ともかくここは架空のお話ですから、適当にいってみましょう。東証一部(今は東証プライム)の役員が考えることは、もっとレベルが高いはずとは言わないでください。


松崎はスラッシュ電機の人事部長である。同じ部長という名称でも上中下がある。工場の部長は課長の上で工場長の下だが、本社の部長は工場長と同格である。

私が人事部長である
私は偉いのだ
反論してはいかん

松崎人事部長
人事部だけでなく、経理部や法務部などの部長は、工場長より上の事業本部長クラスとなる。当然 従業員ではなく役員であり、つまり社長の次の階層にあたる。

もちろん取締役でも執行役でも、専務・常務・平とランクはあるが、社長の直下であることは間違いない。(商法では取締役とか執行役は定義されているが、専務・常務・平の定めはない。権限も責任も会社が決めたものに過ぎない。)
スラッシュ電機は委員会設置会社であり、人事部長は執行役であるだけでなく、取締役でもある。要するに偉いのである。

注:委員会設置会社にも取締役がいる。ただその役目は株主の代理として指名委員会、報酬委員会、監査委員会を構成して、執行役がしっかりと仕事をしているかを監視し評価するのが役目である。事業の企画と推進は執行役の役目である。
ちなみに役目とは仕事の目的であり、役割は役目を果たすための具体的な仕事である。

人事部は、今、流行であるサスティナビリティ部を作ることを計画しており、関係部門と調整中だ。今日は生産技術本部の大川専務にネゴする予定だ。
人事部長はネゴとか根回しくらい下の者がして欲しいとは思うが、こちらが目上の大川専務を呼ぶからには、人事部長である自分がいなくては失礼なのは分かる。

山口桃田
山口参与桃田参与
同席するのは人事部の山口と桃田だ。二人とも役職はついてないが、年齢は50代前半で前職は工場の総務部長と人事部長であり、今の身分というか処遇は山内と同じ参与で工場長級なのである。
人事部にはそのレベルの人が何人もいて、次期人事部長を争っているわけだ。
松崎が引退して次期人事部長が決まれば、他の者はこの会社を去り関連会社とか業界団体に出向するのは上級公務員と同じだ。
そんなことはルールにはない。松崎もどうしてそういう慣習ができたのか知らない。

松崎人事部長 「ええと、打ち合わせの相手は大川専務だけってことはないよな?」

山口 「山内参与が同席すると聞いています」

松崎人事部長 「山内……元研究所長のドクター・サイニーか」

山口 「ドクター・サイニーってなんですか?」

松崎人事部長 「日本の学術論文のデータベースの一つにCINIIサイニーというのがあって、そこに収録されている論文数が当社社員では一番多いそうだ。そこから付いたふたつ名だ」

山口 「そんなに論文を書いているのですか。じゃあゆくゆくはどこかの特任教授にでもなるつもりですかな?」

桃田 「そういう話は聞きませんね。彼は大学院のときからいくつも特許をとってましたし、入社してからも特許を多数取り、生きている特許のライセンス料が年1000万以上と言われています。
著作も両手はあるでしょう。まあ印税はそんなにはならないでしょうけど。なにもせずとも悠々自適ですよ」

松崎人事部長 「それだけじゃない、青色LEDLEDの中村修二氏が訴訟を起こしたとき、当社はトラブル防止にストックオプションをかなり渡したはずだ。
役員になった私でも、収入は太刀打ちできないね」

桃田 「特許料なら退職してからも入りますしね」

松崎人事部長 「うらやましい話だ、とはいえそれだけ会社にも社会にも貢献したということだ」

山口のスマホに電話が入り、山口が一言二言話す。

山口 「大川専務がゲートを通過したそうです」

社長室、財務、知財、人事などの区域は、一般社員が入れないようにゲートがあり、そこにガードマンがいて入場者の社員証のチェックとアポイントの確認を受けて通過できるのだ。確かにおかしな人が入られては困るだろう。過去にはそういうこともあったのだ。

大川専務と山内参与が部屋に入ってきた。
座るとすぐに本題に入る。皆忙しい人間ばかりだから、挨拶も雑談もない。

松崎人事部長 「じゃあ、組織変更計画の説明頼むよ」

山口 「早速ですが、国連の提唱するSDGsエスディージーズ実現に向けて、日本政府もいろいろと計画を出しています。
SDGsマーク 大手企業においては既にそれを担当する部署を設けるところが多くなっています。名称はCSR部とかサスティナビリティ部という呼称が多く、ズバリSDGs部というのはまだないようです。
当社においてもSDGs専門部署を作ることを検討中です。社長直下の、人事部や監査部と同じ位置づけですね……基本として従来からのCSR部にジェンダーフリーとか人権などの部署、そしてメセナ事業などを集めてサスティナビリティ部とする予定です。
環境に関しては、生産技術本部の環境管理課は名称と職掌ともに、現行通りで変更ない予定です」

注:CSRは企業の社会的責任(corporate social responsibility)の略で、法の遵守、従業員に対しては職場環境、種々支援、社会に対しては情報開示、社会通念を尊重した企業統治、顧客に対しては消費者の権利の保護、製品安全、誠実な取引の実施などの意味である。
サスティナビリティ(sustainability)とは持続可能性で、人間活動が自然環境を損なわず、人間社会が継続していくよう活動することである。
SDGs(Sustainable Development Goals)とは持続可能な開発目標であり、環境保護だけでなく、飢餓をなくすとか、健康な生活環境の実現など多岐にわたる。
いずれも関連しまた重なるものであるが、発祥が違うから一本化も難しそうだ。

松崎人事部長 「事前資料を配布しておりますので、既にご検討されたと思います。ご意見をいただきたい」

大川専務 「山内君、弊方の考えを説明してくれ」

山内 「まず現在の当社の環境に関わる実情をご説明します。環境管理の目的は遵法と汚染の予防と言われます。汚染の予防とは早い話、事故を起こさないことです。
当たり前といえば当たり前のことですが、現実は当社本体でも事故も起きておりますし、違法も多々見つかっております」

松崎人事部長 「ちょっと待ってくれ、ウチの会社で違法があるということか?」

山内 「さようです。つい最近も熊本工場で重油タンク破損から漏洩した重油が公共水域に漏れまして、河川の除染を行いました。また行政や消防署の手を煩わせています」

松崎人事部長 「そんなことがあったのか。山口君、知ってた?」

山口 「はい、あの熊本工場の岡田部長が依願退職した件ですね」

松崎人事部長 「依願退職と違法がどう関係するの? いや重油漏洩と違法が関係あるのですか? 事故そのものは違法ではないですよね」

山内 「漏洩事故そのものは重過失がなければ刑法犯ではないと思います。
ただ公共河川への漏洩したとき、自治体に報告しないのは違法です。液体が消防法に関わるときは、消防署にも報告しなければなりません」

松崎人事部長 「ほう、熊本工場は漏洩事故を行政に報告しなかったというわけか。山口君、その辺のいきさつは知っているか?」

山口 「はあ、事業本部から事故の顛末書が来ております」

松崎人事部長 「岡田って幹部候補生だろう。奴が依願退職したとは、上司として責任を取ったの? それとも奴が事故に関わっていたの?」

山口 「かなり深く関わっていました」

松崎人事部長 「ちょっとその顛末書を持ってきて」


山口は部屋から出るとすぐにパイプファイルを持って戻ってきた。そこからA4で10枚ほどの資料を抜き取り、人事部長に渡す。大川専務も山内も読んだものだ。
人事部長がザーっと斜め読みすると、ため息をついて机に放りだす。


松崎人事部長 「うーん、よくこれで依願退職としたものだ。山口君、このレベルの問題は君が処理するのでなく、
💢
私まで回してほしいね。せめて相談して欲しかった。
依願退職は覆せないとしても、依願退職を許した人には処分が必要じゃないか、山口君も含めて」

山口 「行政への報告は遅れましたが、その後の対応が良く幸いにも大ごとになりませんでした。マスコミ報道もありませんでしたし」

人事部長は資料を再度手に取ってパタパタと振る。神経質ではないのだろうが、かなりイラついているようだ。

山内 「発言してよろしいでしょうか。
熊本工場とは別の話です。ご存じと思いますが、一昨年、昨年と複数の工場で廃棄物関係に違法が見つかりまして、監査部が緊急に全工場に廃棄物業務の一斉点検、名称は臨時監査ですね、それを行いました。
その結果、かなりの工場で同じ問題あるいは別の問題が発見されています。それについては昨年一年かけて是正を図っております」

松崎人事部長 「ええっと、初耳だが……どんな方法で点検を行ったのですか?」

山内 「監査部も環境法令については不得手ということで、臨時監査の実施に当たり、生産技術本部の環境管理課が全社から廃棄物のベテランを集めて研修を行い適正な者を監査部に派遣するなど協力しています」

松崎人事部長 「なるほど、そういうことがあったのか。その報告書は出ているのですね」

山内 「監査部から監査報告書が出ております」

松崎人事部長 「その監査報告書は見ている? 桃田君」

桃田 「はい、拝見しております」

松崎人事部長 「私は見た記憶がないな。桃田君のところで処理したの?」

桃田 「はい、原因は工場における担当者教育が不十分だったとのことです。
監査部から該当工場のみでなく、社内のすべての工場及び全関連会社に対して廃棄物マニュアルの作成、及び作業者へ指導するよう指示がありましたので、是正処置は行われたと考えております」

人事部長が資料をパタパタする動きがまた早まった。

松崎人事部長 「山内さん、そういう問題の再発防止として、マニュアル作成とか工場にしっかりしろと言えば、対策は十分なのですか?」

山内 「十分じゃないですね。現実に一昨年に全工場へ臨時監査を行いましたが、昨年も今年の監査部監査でも、廃棄物に関して類似の違法状態は複数件見つかっています。その監査報告書も人事部に行っているはずです」

松崎人事部長 「桃田君、見ている?」

桃田 「はい、今年度は今までに監査部監査は8事業所に対して行われましたが、その内5工場で廃棄物に問題がありました。それ以外の公害関係や塗料や燃料の管理で4工場に指摘がありました

松崎人事部長 「ほとんどの工場で問題があるということか。
山内さんが十分じゃないと言うからには、監査部の指示だけでなく、生産技術本部としても更なる手を打っているわけですか?」

山内 「廃棄物だけでなく、漏洩時の本社報告などは会社規則に定めてあるわけですが、工場では十分に周知徹底されていないようです。会社規則では、工場の環境管理は工場主体で教育なり有資格者育成を行うことになっています。
今回のことから、それでは制度的に不十分と考えまして、環境担当者や管理者の教育を本社がする仕組み、また工場での事故や違反の情報共有の仕組みを作ろうと考えております。
既に共通的な業務については、本社の環境管理課がマニュアルや事故事例をまとめて配布しております。

しかしながら環境部門はどの工場にもありますが、人事や資材と違い本社環境部は工場の環境管理を指導はしても指揮権も人事権もありません。
指揮系統にありませんので、工場や関連会社の環境担当の管理者を集めての会議開催とか、担当者の研修を行うには関係部門の協力が必要です。
更にもう一つ理由があり、それは4年前の環境部解体で、現在の環境管理課はほんの一部を担当しているのみなのです。環境部門の強化をするには分散したところの協力が必要なのですが、なかなかそうもいかず難儀しています」

松崎人事部長 「見通しが暗そうだけど、具体的に何が問題なの?」

山内 「生産技術本部長から説明いただいた方がよろしいかと思います」

大川専務 「端的に言えば、環境管理部門は21世紀になってから、どんどん人員削減してきました。まあISO認証も一巡したとか、 会議室机 もう公害の時代じゃないという風潮もあったと思います。
その結果、本社の環境担当メンバーも早い話が二線級になって、本社の指導力も統制も弱体しています。また同様に工場においても環境担当者の育成などに力を抜いてきたことは否めません。
また工場においても、新卒を環境部門には配属しません。どこでも定年間近の人環境部門に回しているのが現実です。

また2年前の環境部解体で、広報や化学物質などの分野が分散してしまい、現状の環境管理課の職掌である廃棄物と公害関係だけでは工場の環境管理を包含しておりません。発覚した問題についての研修を行うにも、現在の環境管理課の担当者だけではすべてを網羅できず、分散した分野の担当者の協力が欲しいところです。
2年前から環境管理課の強化に努めてきたところですが、現状の2名の担当者ではやれることには限界があります。
山内参与が話したことだけでなく、体制や人員の補強が必要と考えています」

松崎人事部長 「SDGsとかサスティナビリティと、浮かれているどころではないということか」

山内 「もちろんSDGsもサスティナビリティも重要です。それだけでなく、事故を起こさない、違反しないことも重要だということです」

松崎人事部長 「熊本工場の事故のときには生産技術本部も行ったの?」

大川専務 「私のところからは、山内参与と環境管理課から出張して、現地で状況把握や対策の指示をしております」

山口 「事業本部の顛末書にも、生産技術本部の支援・指導が大きかったとの記述があります」

松崎人事部長 「ああ、そんなことが書いてあったな。当然といえば当然だが、人がいないところでそういう対応するのも大変だろう。
ところで本題の、サスティナビリティ部門の新設は、現状の改善、特に遵法にはつながらないということか……」

大川専務 「サスティナビリティというのは一部門を成すような内容ではなく、働く人がその意義を理解して、日常業務においてそれを反映するものではないですか。
人事部とサスティナビリティ部を比べれば、人事部の機能は他部門が代行できないですけれど、サスティナビリティ部に予定している業務は、そもそも各部門の業務の中で行うべきことではないですか」

松崎人事部長 「おっしゃる通りです。人事もだけど営業とか製造は、どう見てもひとつの機能だ。だけどサスティナビリティというのは、他から独立した一つの機能とは思えない。CSRだって同じだ」

山内 「営業や製造が会社のプロセス、つまり業務の流れとすると、CSRとかコンプライアンスなどは、そのプロセスに織り込むべき要素なのです。
本来は主たる機能、例に上がった営業や設計や製造といったプロセスの中に、CSRとかサスティナビリティは内部化されるべきものです。
どう考えても、SDGs部なんてのはありえないでしょう。

環境もそうです。ではなぜ1990年代から環境管理を一部門としてきたのかは、まだその仕事が本来の機能に内部化されていないという状況だったからと考えます。
同じく今SDGsをサスティナビリティ部で推進するということは、まだSDGsが本来業務に内部化するほどには、当社が成熟していないということです」

松崎人事部長 「まさしくその通りだと思う。10年位前のことだけど、CSR先進企業にはCSR部がないと言われたよ。同様に環境先進企業には環境部がなく、SDGs先進企業にはその担当部門はないのだろうね。
今当社がサスティナビリティ部を作ろうというのは、周回遅れということか」

山口 「部長、周回遅れかもしれないからこそ、二周遅れにならないようにしなければなりません」

松崎人事部長 「山口君、聞こえはいいけどね、君や桃田君が監査報告書や顛末書を読んで、今何をしなければならないかを考えてほしいね。サスティナビリティ部がなくても大問題にはならないだろうけど、漏洩事故を隠そうとするとか、廃棄物の違法が多数の工場で見つかるのでは重大問題だぞ。

それは人事部の問題ではないと言うかもしれないが、さっき教育が不十分と言ってたね、環境担当者を教育するのは環境部門かもしれないが、現状の教育の仕組みが問題なら対策を考えるのは人事の仕事だ。
なぜ一昨年より昨年が改善されていないのか、調べなければいかん。他人事ではない」

山口 「畏まりました」

松崎人事部長 「大川さん、本題についての話は進まなかったけど、本日の話し合いは大変有効だったと思います。
生産技術本部の活動は良く分かりました。ついては環境管理課の役割と体制、補強策について、具体的な案をまとめてほしい」

大川専務 「承知しました」





大川専務と山内が部屋を出た後、山口と桃田が書類をまとめて部屋を出ようとするのを、人事部長が止めた。

松崎人事部長 「山口君と百田君、座ってくれ。今日生産技術本部の話を聞いて驚いたよ。
まず熊本工場の事故は放っておけるものではない。顛末書が真実なら、岡田は依願退職ではなく懲戒解雇だろう。最低でも諭旨解雇だ。どうして依願退職を認めたんだ?
事業本部が決定できることではないから、人事部に伺いが来たのだろう?」

注:問題があって会社が従業員を解雇するときの重さ(制裁の厳しさ)は

懲戒解雇 > 諭旨解雇 > 諭旨退職 ≧ 依願退職

という順番になる。ちなみに依願退職は通常の自己都合退職のこと。
懲戒解雇なら退職金はなく、履歴書にも記載が必要だが、諭旨解雇なら退職金は少し出て、履歴書に記載が不要、諭旨退職なら通常の退職とほぼ同じだ。もちろん自分が辞めたくて辞めるのと、嫌々ながら辞めるのは違うが、悪いことをしたなら、それはやむを得ない。

山口 「岡田部長の最初の判断はうかつで問題だと思いますが、その程度の失策には過去の事例を参考にすれば依願退職で妥当かなと思いました」

松崎人事部長 「彼のエラーはひとつでない。いろいろ問題があるから、挙げてみようか、
まず工事業者のトラックが重油タンクにぶつけて破損させたときの考えなしの独断、君が挙げたのはこれだけだ。しかし他にもある。
漏洩したとき本社報告をしないでOKして欲しいという要請、市へ漏洩を報告しなかった、漏洩の責任が自分にあることを関係者に明らかにしていないこと、もうね、話にならん。
山口君はこれでも彼に罪はないというのか?」

山口 「いや、そういうわけではありません。幸いマスコミも報道しませんでしたし、近隣住民も騒がず問題になりませんでした」

松崎人事部長 「そうそう、マスコミから問い合わせがあったが、結果として報道されなかったとある。だがマスコミが報道するかしないで、岡田の責任が変わるわけはないだろう。
今からだってネットに熊本工場が事故発生時にすぐに行政に報告しなかったとか書かれてみろ、大炎上になるかもしれない。あるいはテレビ局に垂れ込めば、ワイドショーで報道され大騒ぎになるかもしれない。広報する/しないの判断には、広報部も入っていたのだろうけど、そこまで考えていたのか。山口君、確認しておいてほしい」

山口は首を縦に振ったが、口を結んで黙ってしまった。

松崎人事部長 「桃田君も監査部から違法状態だという報告書が来たときに、工場の人事に環境部門への人的な補強を検討するように指示したのか?」

桃田 「いや、監査部の報告書に是正処置の記載がありましたので、人事が動くことはないと考えました」

松崎人事部長 「監査部の報告書には、是正されたという記述はなく、是正せよとあるだけじゃないの?
少なくても問題が発覚した工場の人事に、どんな対策をしたのかと問い合わせ、完全な対策をするよう指示を出さねばならんだろう。当然フォローもしなければならない」

桃田 「判断が甘かったと思います」

松崎人事部長 「会社組織において工場の各部署は工場長の指揮下にある。それは工場の損益や法的な責任が工場長にあるから当然だ。
だが工場の人事は工場長の指揮下というよりも、本社人事部の指揮下にある。往々にして、工場の人事は本社の目付、監視役として嫌われているが、確かにそういう性格を持っている。
だから工場に不具合があれば本社人事部に報告することが義務だ。それによって工場の暴走を防ぐことができる。

それだけでない。熊本工場の件なら、工場の人事が工場長の指示に従ったとしても、事業本部からの顛末書を受けた君たちがその判断に疑義を持たないとおかしいだろう。既に依願退職を認めた岡田には手が打てないにしても、そういう判断をしたことについて吟味せんといかん。

正直言ってこの件の山口君と桃田君の説明を聞いて、私は非常に不満だ。
君たちはドクター・サイニーの話を聞いて何を語っているのかと思ったかもしれないが、私にはサスティナビリティなど止めて、そのリソースを遵法と汚染の予防に注げとしか聞こえなかった。正直言って現状はサスティナビリティどころではないようだな」

桃田 「部長、世の中SDGs一色ですから、早めに対応しないと遅れてしまいます」

松崎人事部長 「プライオリティを間違えてはいけない。環境事故とか違反で捜査を受けたと報道されたら、当社のイメージダウン、株価下落、ビジネスへの影響など予測不可能だ。
遵法は最低の防衛線だ。夢物語より、問題を起こさないことが優先する。
人事部の使命は人ではない。会社を守ることだ。社長を人身御供にしても会社を存続させることが人事の使命だぞ。

今日話題になったことについて、現状を把握して、処置を考えてほしい。もちろん人事部の範囲内でだ。少なくても違法状態であった工場の環境管理課長とか担当者を、工場の人事に聴取させて実態を解明してほしい。人がいないのか、力量がないのか、遵法意識がないのか、管理が悪いのか、原因が分かれば打つ手はあるだろう。
是正が進んでいない工場があれば、環境課長と担当者の総入れ替えくらいしなければならない。頼むぞ」

人事部長から言われて、山口と桃田は頭を下げるばかりだ。
人事部長はそんな二人を見て考える。人間はミスするのはやむを得ない。しかしミスを隠すとか合理化するのは許されない。この二人は岡田と同じだ。自分たちの判断ミスを合理化しようとしている。これでは次期人事部長候補から外すしかない。
会社が危機的とまでは思わないが、違法状態が散発しているなら、まずは現状把握が重要だ。全社の人事部門が自分の工場の実態を認識しているのかどうか、心配だ。



うそ800  本日の驚き

社長室とか秘書室は、社長の言行をウォッチするのが仕事という。それを聞いて私は驚いた。秘書課は社長の下ではなく社長の上なのか、支援でなく監視なのか?
実はそれには理由がある。

もう20年も前になるが、クレームを出した某食品会社の社長が、記者会見終了後に更に記者に詰め寄られて「私は寝ていない」と語ったことが、猛烈に批判された。
「私は寝てない」というのは傲慢な意味ではないだろう。「私は問題対策のために何日も寝ておらず疲れている、もう会見を終了したい」という意味だろうと解する。その発言を批判したのは、被害者が出ているから、加害者側の責任者は寝てはいけない/眠ってはいけないということなのか?
それも被害者ではなく、マスコミが寝るなというのはいかがなものだろう?
刑事事件の容疑者だって眠る権利はある。取り調べは1日8時間以内と決まっている。

社長だけでなく政治家の言葉も、記者が発言者を悪者にできそうなところをちょん切って使うのはよくあることだ。

故石原慎太郎都知事の言葉として2003年に「私は日韓併合の歴史を100%正当化するつもり」と報じられたが、元の言葉は私は日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」だったのは有名な話だ。

故安倍晋三総理が2017年の演説で「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と語ったとされる全文は
「皆さん、あのように、人の主張の、訴える場所に来て、演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません!私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです!憎悪からは、何も生まれない。相手を誹謗中傷したって、皆さん、何も生まれないんです。こんな人たちに、皆さん、私たちは負けるわけにはいかない!都政を任せるわけにはいかないじゃありませんか!」
であった。
発言の一部を切り取っての偏向報道は、揚げ足取り、いじめ、犯罪ではないだろうか?
私たちは「こんなマスコミに負けるわけにはいかない」のだ。

マスコミは正義の味方なのか? とてもそうは思えない。マスコミは誰の味方かと言えば、スポンサーの味方なのは明白だ。
テレビ朝日の玉川 徹は、偏向報道と失言で有名である。彼が失言を重ね、迷文句を垂れ流ししても、今だテレビに登場しているという事実は、テレビの信頼性のなさ、良識のなさの象徴である。

それが現実であるから、秘書室は社長の言葉が、誤解されないようにだけでなく、悪意で切り取られないように注意しないとならないという。
生きづらい世の中というが、悪意ある人たちが生きづらくしているんじゃないか。世も末である。


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