ISO第3世代 76.田中動き出す

23.06.05

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

田中田中が本社に転勤して4日経つ。スタートが遅いと思われるかもしれないが、その間いろいろあった。
1日目は挨拶と本社見学ツアー、そして担当する仕事の説明なかばで終わり。2日目も昨日の続きで仕事の具体的な説明である。

なにしろ転勤してきた者4名の仕事がみな違い、ひとりひとりにそれぞれの業務内容を説明するのだが、説明者が一人しかいないのだから、説明がパラレルではなくシリーズに進む。
そして転勤者4名が他の人がどんな仕事をするのかを知りたいと、全員の説明を脇で聞いていたから時間がかかる。とはいえ、皆仕事が違うからそれを知るのは興味あるだけでなく、万一何事かあったときは手伝うとか代行することもあるだろう。そういう意味で同僚の仕事について傍聴することは無駄ではない。

それにしても転勤者の仕事がみな違うのに、転勤者4人に業務手順の詳細を説明している磯原は大したものだと田中は思う。環境管理課は彼一人でもっているようだ。


環境管理課の新しい座席配置図
石川リカルド
石川
廃棄物担当
増子
増子
廃棄物主担当
坂本勇人
坂本
緊急事態
公害防止
柳田ユミ
柳田
庶務担当
上西
上西
環境管理課長
課統括

複合機

地球儀🌏
岡山一成
岡山
環境監査
環境教育
田中幹也
田中
環境計画推進
日常管理推進
磯原
磯原
省エネ・ISO
その他

注:序列から言えば、田中が磯原より上だから彼の席は課長の傍になるだろう。まあその辺は影の環境部長である柳田が考慮して決めたのだろう。
誰だ上西を石川より下座に座らせろと言ったのは(笑)


3日目は柳田から、紙の書類や記録の置き場所、取り扱いについて、また電子データのありかとアクセスできる権限、セキュリティや消去防止など取り扱いの注意を受けた。

昔は日本法令のねずみ色の表紙でひもで綴じて、改正の際は該当ページを差し替える法律の本があったものだが、今は電子データのサービスになった。
全法令の最新版を見られる電子政府は無料であるが、民間の法令サービスは、法令の改正の際の新旧の差異が分かるなど、さまざまな工夫というかサービスが便利なので、お金を出して契約しているという。

本社のイントラネットの概要とマップを教えてもらう。また課のサーバーの場所と種々電子データの置き場所などを一通り教えてもらったが、とても覚えきれない。実際に使うとき改めて柳田に教えてもらわねばと思う。

4日目は自席のパソコンを立ち上げて、教えてもらった電子データのありかにアクセスして、自分の業務に関わる過去の報告書を眺めたり、課内の業務手順書を眺めたりしてオシマイ。


5日目の本日、やっと仕事のスタートである。ということで過去数日の田中の仕事は溜まりまくっている……わけではなく、昨日の夕方の分までは磯原が処理しているので、田中が相対するのは昨夜からのメールしかない。
さて磯原が始業前に処理していたという仕事を、自分は一日かけて処理できるのだろうか? 自信はない。
ともかく取り掛からねばならない。

田中はいささか及び腰でメールソフトを開く。昨夜から入っているのが45通だった。磯原から50通前後と言われていたがその通りだ。とはいえそれは工場や関連会社の人が、前日終業時から今朝の間に出したメールの数である。当然日中も送信されるわけで、一日分となるととんでもない数である。

田中の自宅のパソコンにだって毎日100通のメールは来ている。だがそのほとんどは、ダイレクトメールとか詐欺まがいのメールだ。詐欺メールなど不要メールの発信元をブロックしても 電子メール 、常に新しいメアドで来るから、詐欺メールが減ることはない。

ともかくタイトルと発信者を見て、9割はすぐにゴミ箱に放り込める。そして真に家族・友人とか取引銀行からの通知などは、その1割程度である。
しかもその1割だって、読んでもすぐさまアクションをとるものはなく、せいぜい返事を書くくらいだ。

だが会社の業務のメールは、イントラネット外からのものはチェックされリジェクトされるから、ダイレクトメールも詐欺メールもない。だからすべてのメールはアクションを必要とする。
単なる定期報告であっても内容を精査して問題の有無を確認し、問題があればアクションが必要であり、問題がないならないなりに、集計や報告などのアクションにつながる。
また発信者にはお礼と疑問点の問い合わせすることになる。相手にこちらがしっかり見たことが伝わらなければ、だんだんと報告は手抜きされ劣化する。

田中はまずタイトルを見て、定期報告を除き、問い合わせ、異常報告があれば内容を素早く読み対応の有無を確認する。なお、勤めている会社では電子メール規則というもので、発信するメールには内容が分かるようにタイトルを付けることと、緊急性と重大性の二つの視点から【 】で注記するのを義務付けている。だからタイトル行を見ただけでメールの内容と重大性、緊急性が分かる。本文を読まないと、内容や重大性が分からなければ処理時間は何倍にもなるだろう。

幸い本日は、事故が起きましたとか、近隣住民が乗り込んできたなんて、心臓に悪い報告はなかった。

MAIL SOFT
ファイル   編集   表示   移動   ヘルプ
📎 件名 発信者 発信日
【定常】【報告】人事異動報告福岡工場2018/10/05 22:35
📎【定常】【報告】定期環境報告(9月)宇都宮工場2018/10/05 21:25
【定常】【問合】ISO規格解釈宮城工場2018/10/05 20:47
📎【定常】【報告】定期環境報告(9月)新潟支社2018/10/05 20:45
📎【定常】【報告】定期環境報告(9月)北海道支社2018/10/05 19:22
📎【定常】【伺出】社長押印伺い出岡山工場2018/10/05 19:03
【定常】【問合】貴発10/2付公文について岩手工場2018/10/05 17:29
【定常】【報告】廃棄物処理法違反情報北陸支社2018/10/05 17:22
📎【定常】【報告】定期環境報告(9月)静岡工場2018/10/05 17:21

報告書の類は、9月の月次報告が工場・研究所・支社と関連会社から来ている。関連会社といっても環境負荷が大きなところ限定であるが、全体では100件近くなる。もちろんすべてが同日に来るのではなく月初めの数日間に来るわけだが、それでも日に20件前後になる。
1件A4で1ページというところが多いが、何かイベントがあると2ページ3ページということもあるし、本文だけでなく写真や参考資料添付ということもある。一応全部読まないとならない。


静岡工場の報告に今年の公害防止管理者試験についての記述がある。坂本坂本さんが抜けて資格者が減ったから、最低1名資格取得が必要になったとある。
問題は坂本さんが本社転勤になってもまだ有資格者は2名いるが、内1名が来年3月で嘱託をやめる予定なので不足するとある。

確かに坂本さんの異動が決まったのは9月中旬だし、彼はまだ58歳だから嘱託になって働くと考えれば十分余裕だったのだろう。それに対して試験は9月末か10月頭だが願書提出は7月だから、坂本さんと無関係に手は打っていたわけだ。それは良いが、合格するかどうか分からないのだから、不合格の時の対策はどうするんだ?

田中は静岡工場の過去の定期報告をサーバーから引っ張り出して見る。磯原のコメントがあちこち書き込まれている。磯原は受領した月次報告にコメントを書き込んで発信者に返していたようだ。
田中はPDFファイルにコメントを書くことができるとは知っていたが、どういう方法なのかは知らない。この方法は継続したほうが良さそうだ。磯原に聞いてpdfにコメント記入するようにしよう。報告書を見たという証拠にもなる。

ともかく過去の報告を見ると、「公害防止管理者の有資格者が高齢化していて若い者に取らせる計画が必要」と赤字で書いてある。 電話する なるほど、磯原も気づいていて過去に、静岡の課長にコメントしている。
万一不合格だと問題だ。ここは一言言っておかねばと田中は思う。

田中が磯原と違うのは、環境課長を何年もしているから、他工場の環境課長や主たるメンバーと面識があることだ。
田中は社内用スマホを手に取ると、静岡の環境課長に電話をする。

電話の人 「ハイ、静岡工場環境課です」

田中 「鮎川さん? 俺だよ俺、宇都宮工場にいた田中ですよ」

電話の人 「おお!田中さん?お久しぶりです。本社に転勤になったとか……ご栄転ですな、ヘヘヘ」

田中 「栄転なのか定年祝いなのか、ともかく青天の霹靂ってやつでね、アハハハ
おっと、個人的な話はおいといて、今、お宅の定期報告を見ているんだけど、お宅では水質の公害防止管理者が足りなくなるの?」

電話の人 「そうなのよ。坂本さんは惜しかったなあ〜、転勤しなければ安泰だったのに」

田中 「惜しいならそれなりに処遇すればよいのに。坂本さんは冷遇されていたって言ってたよ」

電話の人 「まあ、若手も伸びてきたからね。いつまでも坂本さんを中心には動いてはいなかったね。でもそうなるのが当然だろう」

田中 「ともかく公害防止管理者の合格率は25%くらいだろう。合格しない確率のほうが大きい。ダメだったら嘱託の人に延長してもらうの?」

電話の人 「そうもいかんのよ。嘱託って普通は3年マックスなんだ。でもその方は既に4年働いているから、人事から延長はできないといわれているし、本人ももう働きたくないって言ってる」

田中 「それじゃ講習会を受けても資格を取らないと」

電話の人 「講習会は中小が優先でさ、ウチみたいな大手企業は非優先なんだよね」

田中 「とりあえず当方としては、報告の返信として文書で資格者の確保を要請するレターは入れておくよ」

電話の人 「まあ、手を打たなくちゃならないのは分かるんだけど、どうしたもんかな〜」

田中は電話を切る。とりあえず言うだけは言った。あとは報告書のコメントを公文で出せばおしまいと。


静岡工場を片付けると田中は別の工場の報告書を見る。
省エネ計画と実績についての記述がある。予定では4月から一定電力量を削減することになっているが、9月末まで削減はゼロのままだ。それについてああだこうだと言い訳が書いてある。
ちょっと待てよ、発想がおかしいのではないのか?

投資して省エネを図る。そのとき投資計画としては年間いかほど低減になるから投資額に対して回収がいくらで投資効率が……となる。だけど省エネ設備を導入しても立ち上がるまでに時間が必要だ。
省エネ計画書を見ると、今年4月から削減した数字で線を引いていて、そこまで下げることになっている。でも設備を導入したのは夏季連休で、まだひと月半しか経っていない。

今見ているのが9月の報告なら過去の4月から8月までの報告はどうなっていて、磯原はどんなことを書いていたのか? 田中はその工場の過去の月次報告をサーバーから引っ張り出して読む。
なになに……
『省エネ計画書もそうですが、削減は予算が通った4月1日からできるわけではありません。業者の選定、工事の実施、運用開始となるわけで、経産局に出す省エネ計画書も社内の計画も実態に合わせて計画の見直しをしてください』
なるほど、当たり前だ。じゃあ、なぜ工場はそういう当たり前の計画を立てないのか?


田中はまたスマホを取って、ピッポッパッと電話をかける。

電話する

電話の人 「はい、環境課の藤井です」

田中 「藤井課長? 俺だよ俺、宇都宮工場にいた田中だよ」

電話の人 「あっ、田中さんでしたか。本社に行かれたとか聞きました。張り切って仕事されているのでしょう」

田中 「本社に来てまだ来たばかりで、右も左もわからんよ。ともかく、これからもよろしくお願いします。
それでさ、お宅からの月次報告だけど、省エネが進んでないことの言い訳があるよね」

電話の人 「そうなんです。元々今年は空調の効率向上を狙って建屋の断熱化とかコンプレッサーの更新を検討していますが、なかなか工事が進みませんので」

田中 「過去にも本社の磯原君がお宅の月次報告に『4月1日から削減できるという計画はおかしい』とコメントしていたよね。設備導入もしないうちから削減する計画になっているのはどうして?」

電話の人 「それはですね、ウチの工場長が投資したお金は4月から返さなくちゃならない。だから4月から削減したつもりで頑張れというのですよ。ということであの計画でないとハンコがもらえなかったのです」

田中 「そりゃ精神論はそうかもしれないけど、論理的ではないよね。設備の導入が8月の夏季連休でしょう。試行期間も考慮すれば、9月から削減する計画にしないと矛盾してるよ」

電話の人 「夏季連休中の工事で入れた分は既に稼働しておりまして、それなりに低減効果が出ています。とはいえそれでも今年の改善効果は計画の半年分にしかなりません」

田中 「法律は忘れたけど会計基準で建設期間を設定し、使用開始から償却するってあったよね」

電話の人 「それは分かるんだけど、工場長がお金は払ってしまったのだから、それを取り戻すつもりで計画しろというわけよ。頭が良いのか悪いのか……おっと誰もいないよな」

田中 「お宅の経理部長あたりから正論を言ってもらいなさいよ」

電話の人 「そういうことは万策尽きたよ」

田中 「分かった。俺のほうでは計画通りで問題ないと翻訳しておくよ」



次はと 手に取る モニターに目を向けると北海道支社からの報告で、近隣のオフィスビルに入っている企業が無許可業者に廃棄物処理を依頼して、市と警察の立ち入り調査を受けたとある。
今時、無許可業者に廃棄物を頼むようなところがあるのかよと思いながら、報告書のリンクをクリックする。 産業廃棄物

それは北海道の地方紙の記事であった。
それによると札幌の某商社に、廃棄物に出すのはもったいないからリサイクルしようという売込みがあった。担当者がトライアルとして売れ残りペレット約200キロの処理を頼んだところ、だいぶ日にちが経ってから、リサイクルできないと分かった。業者のほうで廃棄するから、その費用を出してほしいといわれた。
請求された金額を払ったところ、その会社ばかりでなく多数の会社から集めた廃棄物を残して夜逃げしたとある。警察が調べたところ計画的な詐欺だったらしい。
廃棄物処理を委託した会社は、詐欺の被害者であると共に廃棄物処理法違反である。

田中にとっては笑い話である。そんな手口は20世紀からよくあった。騙されたほうが悪いとは言わないが、騙されるのはバカとは言えるだろう。

我が社の北海道支社には売り込みがなかったようだ。報告書には、社内に周知を図ってくださいとある。わざわざ周知するほどのこともないだろうが、北海道支社としては「ご注進!」と意気込んでいるのだろう。
こういったものはどうするのか、磯原に相談だ。


いやはや、1件2件ならともかく、こんな報告書を毎日20件片づけるのを毎月1週間もするのか。
田中は椅子から立ち上がり背伸びをした。田中は設計にいた若いときから1時間に1度立ち上がり、精いっぱいの背伸びする習慣がある。肩こり予防だけでなく、気分一新、新しいアイデアが湧き出てくるように思っている。

大きく背伸びをしていると、オフィスの壁にかけられている時計が目に入った。今の時刻は10時少し前だ。メールの処理に取り掛かってから50分が経っている。そして処理したのは工場からの月次報告3件だ。月次報告だけでも今日20件あるから、
asel.gif../2012/aser.gif
asel.gif

asel.gif
田中幹也 aser.gif
aser.gif
こりゃ、間に合わないぞ
この調子では5時間かかることになる。昨夜からの着信メールは45件。報告書以外にも25件ある。25件を2時間半で処理する……定時までに終わるはずがない。
それに朝から今までに入っているメールもたくさんあるはずだ。数えたくもない。

磯原は朝の分は始業前の1時間で処理していたという。それが本当かどうかは定かでないが、奴はメールの処理だけでなく、それ以外の本来業務をしていて、かつ課長の仕事もほとんど処理していたのは事実だ。

となると今、田中がしている方法ではだめだということだ。まずわざわざ電話するというのは無駄ではないか。そもそも田中が工場の課長と面識がなければ電話していないはずだ。そして報告書を見ておかしな点や詳細を知りたいなら、電話よりも磯原がしていたように、現物(と言っても電子データだが)に赤字でコメントして、返事を求めたほうが気が利いている。
それは記録にもなるし、田中が過去に磯原がどんな問い合わせやコメントしていたかを見ることができたように、後任者のテキストにもなる。

となると今朝から自分がしてきた方法は、磯原よりベターどころかワース(worse)ではないか?
田中の脇の下に冷や汗が流れる。田中は1時間前の自分を殴りたくなった。

これからはまず工場からの月次報告をしっかりと読む、確認を要することや問題があれば受け取った報告書に赤字でコメントを記入して、見直しあるいは詳細の追記を求めて送り返し、修正されたものを正式として受け取る……そういう風にすべきだ。それを1件当たり数分で処理できるようにならねばならない。


20件の報告書を片付けると11時半になっていた。開始から2時間20分。これでまだ4割だ。今日は初日だが、慣れれば今の4倍の処理ができるようになるのだろうか、田中はいささか自信がない。

次は問い合わせ/相談だ。とはいえ「どうしましょう」というものは少ない。多くは行政報告・申請・届のための書類を用意する要請だ。
行政への報告とか届というものは、年度が明けた5〜6月頃が一番多い。また会社の株主総会も6月なので、それに伴う役員の交代や職制変更による工場や部門の変更や名称変更もその頃になり、また人事異動や定年退職も3月末が多く、それによる有資格者や責任者の届出者の変更は年度初めから4月末がピークとなる。
田中が異動したのが10月で暇な時期でよかった。半年いれば仕事に慣れるだろう。

とはいえ工場のレイアウト変えも生産品変更も退職者も人事異動も日常的に発生し、それに伴う届や手続きについての問い合わせは絶えることはない。
本来なら行政、県庁とか市役所あるいは消防署に聞きに行けば済むことなのだが、出かけるより本社にメールで問い合わせて教えてもらった方が楽だから、多くの人は本社に頼る。

注:工場建屋が変わらなくても、緑地のレイアウトや形を変えると、工場立地法で届が必要になる。


次は廃棄物処理装置を設置している工場から、一部改造したのでそれを申請する書類として以下が必要となる。ついてはその書類をそろえるには、どういう手続きをすればよいのか教えてくださいとある。
添付の記載を見ると、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、法人税の納税証明書、事業収支計画書、会社の登記事項証明書(履歴事項全部証明書)、土地及び施設の所有権(所有権を有しない場合、使用権原)を有することを証する書類云々と続いている。

頭の後ろで手を組む 田中は頭の後ろで手を組んで、俺も知らないなあ〜、果たしてどうしたものかとしばし考える。

斜め向かいに座っている柳田から声がかかった。

柳田ユミ 「田中さん、お疲れですか。昼休みはまもなくです。あと少し頑張りましょう」

田中は苦笑いする。

田中 「いやね、疲れる以前なのですよ。今、磯原君がいないので、ご存じなら教えてもらえますかね」

柳田ユミ 「どんなことでしょう?」

田中 「ええっと、届け出に必要な書類を……リストにあるものを入手する方法を教えてというメールが工場から来ましたんで、ご存じならと思いまして」

柳田は立ち上がり、田中の隣の空いている磯原の席に腰を下ろす。

田中 「ここにあるものが欲しいそうです」

柳田ユミ 「ああ、廃棄物処理施設ですか。それはね、規則を見てもよいのですが、たどり着くのが結構大変です。簡単にはイントラネットの環境管理課のウェブサイトを見るのが早いですね。Q&Aがあるのですが、見つかりますか?」

田中はパソコンのブラウザを開きイントラネットのトップページから環境管理課をたどり、Q&Aを見つけてクリックする。

柳田ユミ 「そうしましたら、検索窓に『廃棄物処理施設』と『変更』それに『手続き』とかキーワードを入れて検索ボタンを押してください
    ●
    ●
    ●
ああヒットしましたね。それを見てほしいのですよ」

リンクをクリックして開いたページを見ていくと工場から要求あった書類はすべて載っていて、それぞれの入手のための社内の申請書、宛先、必要日数などが載っている。

田中 「おお!依頼された資料すべてが載っている。そして『提出書類の入手方法』とありますね。
これはすばらしい。一体 誰が作ったの?」

柳田ユミ 「磯原さんに決まってるじゃない。もちろんウェブのソース、cssとかperlなどを書いたのは専門業者ですけど、Q&Aはもちろんキーワードは全部彼が作ったのよ。もちろん完成なんてあるわけなくて、磯原さんは新しい問い合わせを受ける度にQ&Aに追加しているわ」

田中には柳田の目にハートマークが見えた。まるで磯原教信者だ。

田中 「ごめん、今、柳田さんに教えてもらったから、ここにたどり着けたけど、教えてもらえなかったらたどり着けないの?」

柳田ユミ 「必要な部門がそれらの書類を入手する方法は、会社規則に『外部提出用文書手続規則』というのがありますから、それを読めばすべてわかります。とはいえ、それも大変なので磯原さんが過去からの問い合わせで必要になる環境関連の書類入手方法をQ&A形式にしてくれたのです」

田中 「となると問い合わせてきた工場の担当者には、まずは会社規則を読め。そしたらイントラネットの環境管理課のページのQ&Aを見ろと回答すればよいのだね。
しかしすごいもんだね。磯原君は口だけではないと認識したよ」

柳田ユミ 「田中さんが課長引退してから磯原さんはここに異動してきたから、田中さんは磯原さんと付き合いがなかったかもしれません。磯原さんは工場の人からの信頼はすごいですよ。
どうしてかというと簡単なことで、質問すれば必ず回答してくれるからです。これってすごいことですよ。会社のどんな仕事でも、困ったとき相談すれば教えてくれるって人いますか?

例えば廃棄物契約書ってどのひな型を見ても1年契約です。じゃあ期限なしではだめなのか、契約期間が2年ではどうかと疑問に思っても、誰も教えてくれません。聞かれたほうだって分からないでしょう。もちろん東京都環境局に問い合わせれば即答でしょうけど。
でも廃棄物契約書の収入印紙金額は環境局では教えてくれません。それは税務署とか税理士でしょう。あるいは届けに社長印が欲しいとき依頼をどうするか、会社で仕事していると知らないことってたくさんあります。
磯原さんは聞かれて分からないときは、わざわざ調べて回答するのです。便利ですね。ネコ型ロボットみたいでしょう。

そしてに2年前磯原さんは、自分が聞かれたことをまとめてQ&Aを作ったんです。すごく評判になりました。それで彼が信頼されただけでなく、環境管理課が信頼されるようになりました。
おとぎ話なら『みんな幸せに暮らしました』で終るんでしょうけど、現実はまだそうなっていませんね、アハハ」

田中は柳田の話を聞き流して、宇都宮工場にいたとき毎年役員交代の届の資料を集めるのに苦労していたのを思い出して、『役員変更』『届け出書類』『入手方法』をキーワードに検索ボタンを押す。
すると1件ヒットした。クリックすると様々な届け出名称が並んでおり、リンクの色がついている。

適当にクリックすると秘書課のウェブサイトに飛び、そこには
「役員変更時に届けが必要な場合には会社規則『外部提出用文書手続規則』の下位規定である『外部提出文書申請手続細則』の別紙【役員異動時の届出一覧への追記申請書】に記載して工場長の決裁印を受けて本社総務部秘書課に申請する。申請が受理されると、以降の役員変更時は自動的にその書類を秘書課が申請した部署に送付する」とある。

柳田ユミ それは昨年、磯原さんが工場から問い合わせを受けて、会社規則の細則に追加してもらったのですよ。工場の担当者も慣れていれば問題ないでしょうけど、担当者が初めてですと途方にくれますよね、アハハ

我が社で廃棄物処理施設を持っている工場は8つか9つあったはずです。従来は役員が変更になったと知ると、バラバラに秘書課に入手を依頼していたのですが、会社規則改定してから自動的に秘書課でその書類をそろえて必要な工場に送ってくれるようになりました。
田中さんがご存じないとか、今日も工場から問い合わせがあったというなら、田中さんから工場宛にもう一度お知らせしたほうが良いかもしれませんね」

秘書課にしてみれば役員変更時に届けるところはたくさんあり、必要書類もたくさんあり、それに一つ加わるだけで大した手間でないですからね。むしろバラバラに入手依頼されたら困りますよね」


注:役員交代による諸手続きなんて、慣れた人なら単純作業だろうが、初めての人にはものすごくハードルが高い。
委員会設置会社の場合、ほとんどの取締役は社外の方で、他社の役員とか弁護士とかになる。そういった人の住民票とか登記されていないことの証明書(成年被後見人でないこと)などを取り寄せなければならない。役員が外国に居住していたりすると、途方に暮れた人は多いだろう。


田中の向かい側に座っている坂本は、そんな田中を見てニヤニヤした。田中も新しい仕事で見るもの聞くもの知らないことばかりのようだ。
坂本勇人
田中さんも、
大変そうだね
坂本は今、過去2年分のの環境監査報告書を読んでいる。
坂本も工場にいたときに環境監査を行うようになった経緯を聞いていた。いろいろ問題が起きて検討した結果、監査部が業務監査から環境監査を別に行うこととし、監査員として各工場から環境担当者を派遣してもらい行っているのだ。
当初は環境監査と言ってもISO流のマネジメントシステムに拘るものや、書面だけ見る者もいたらしいが、2年経った今は環境監査の方法論はしっかりと確立され、その通り行わない監査員は二度と参加できないと聞く。

残念ながら坂本は参加したことがない。監査員の要件として40歳以下という制限がある。若手育成という趣旨なのだろう。それで定年間近な坂本に声はかからなかった。
本社に来て事故や違反の担当となった今は、職権で参加させてもらおうとニタニタするのであった。



うそ800  本日はロートルの話

どんな仕事でも経験者の価値はある。大勢が同じ仕事をしているなら年配者が去っていくとき特段引継ぎをしなくても、先輩に聞けば要領も分かるし、取引先のご芳名も分かる。
しかし一つの事業所でその仕事をしている人が一人しかいないというような職種では、引退間近な人を社内コンサルとか指導者として確保しておくことは有効だ。

一例としてはこのお話の環境管理とか公害防止だ。まず一人いれば間に合い、長年勤めてくれるから後輩育成など忘れてしまう。その他にも輸出管理とかセキュリティなどがある。某社では専門家を定年になっても手放さずに嘱託として70近くまで雇用していた。
そういう風になりたいものだ。おっと私は既に70歳を過ぎていた(笑)

年寄り 注:ご存じとは思いますが「ロートル」とは中国語で「老頭兒」と書き「年寄り」の意味です。発音は「ロートル」より「ロートア」に聞こえます。
私が子供の頃、中国や満州から引き揚げてきた人たちが使っていました。こればかりではなかったです。中国帰りは中国語、朝鮮帰りは朝鮮語(ハングル)。今より国際的だったかも?



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ふとし様からお便りを頂きました(23.06.05)
いつもお世話になっております。
ふとしです。

ISO第3世代毎度楽しく読ませていただいております。
私は中小勤めしかしたことがありませんので、とても勉強になります。上西みたいな人はどこにでも居ましたが。。。

上西を石川より下座に座らせろ!!

以上、よろしくお願いいたします。

ふとし様 毎度ありがとうございます。
私の長いサラリーマン時代には、勤めた会社ばかりでなく、よそ様をあちこち訪ねることも多かったです。
どこでも見かけたのは島型レイアウトですね。机を向かい合わせに10個くらい並べ、短辺にその部門の親分を置く。ボスは大体窓を背にしていました。
そして一番近くに庶務担当、その他のメンバーを序列順に並べるというのがほとんどでした。
ネットでオフィスのレイアウトなんかをみますと、いろいろありますが島型というのはマイナーに書かれています。現実はそうとは思えません。テレビで映る市役所なども島型のようです。

ところで今上西課長が上座で石川が下座かと言えば、考え方次第では課長から一番遠くメンドイことを言われない席が上座と考えることもできます。
気にしない気にしない(by 一休さん)。

話変わって、昔A社という有名なメーカーがありました。本社を訪ねたことがありますが、もう超過密、消防法違反かと思うような狭さでした。ああ、ここはもう長くないなと思いました。密度を高めてオフィスの家賃を安くしようというのが見え見えでしたから。倒産したのはその後すぐでした。
武士は食わねど高楊枝、会社が左前でもすし詰めはいけません。


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