ISO第3世代 79.石川よ動け

23.06.15

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

石川は、田中や坂本とは、立場というか立ち位置が違う。二人は会社に入って長く、しっかりと専門技術を持っているし、仕事で成果を積み重ねている。
他方、石川は高卒で入社して10年働いてきたとはいえ、指示された仕事をしていたのが実態だ。

だから石川への指示は田中や坂本と違う。坂本と田中への期待は、現在の仕事を標準化しそれを体系だった文書にして教育体制を整えることだ。つまり二人が経験と成果を言語化して、それを使う教育体制を構築してくれれば、その仕事には後継者は不要である。二人は環境管理のベテランとして、引退前に最後のご奉公を期待されている。

石川リカルド 石川に期待していることは、まずは仕事の方法を勉強してもらい、これから本社で廃棄物行政を行う担当者となってもらうことだ。
もちろん何年か経って石川が一人前になりベテランになれば、新たに工場から人を呼び、その人に業務を引き継ぎ、石川は工場に戻って環境管理の仕事をしていく、というキャリアパスのすごろくを上がっていくのを想定している。

それを考えた磯原自身も、その大きな流れの中にいるわけだ。それこそが長期的な企業の環境管理体制の維持であり、技術の伝承の仕組みだろう。
だから石川の課題は、田中たちのように持っている技量を後輩に伝えることでなく、自分自身の技量向上である。


磯原と増子が話し合って決めたことは、当分の間 増子の下で本社の廃棄物行政を学んでほしいということで、転勤してきたときにその旨を石川本人に話している。
本社の廃棄物行政とは、工場や支社あるいは工事現場での廃棄物処理が、法を守り適正な処理をするよう指導監督すること、また廃棄物管理に関する情報収集とそれを工場へ提供することや、工場の悩み事相談などである。
ともかく石川にはまず本社の業務を理解してもらって、その上で廃棄物削減と、リサイクルの推進である。


話は変わるが、21世紀ともなると、環境法規制もいわゆる公害防止から、環境保全へと広がり、それに伴い企業の管理レベルも向上している。

例えば1990年代半ばに、各社は環境報告書を発行するようになった。だが最初の数年はイメージだけの報告書もどきであり、企業が使用している水の量、廃棄物量、化学物質使用状況などは数字が記載されていないものがほとんどだった。当時は全社の廃棄物量とか内訳など把握していない。

唯一例外だったのは電気使用量で、オイルショック以降、省エネ法によって全社の使用量を把握していた。それでも工場以外のオフィスや倉庫などの電気使用量は把握していないのが実態だった。なぜなら法規制がなかったから。

廃棄物量の数字が掲載されるようになったのは1998年以降だろう。というのは産業廃棄物に義務化されたのは1998年だからだ。もう一つの要因として、1997年からISO認証がブームになった。ISO14001では環境改善計画を策定しなければならず、「紙・ごみ・電気」と言われたように、廃棄物が定番になったからだ。

化学物質使用量(塗料や燃料など)を把握するようになったのは、PRTR法(化管法)で報告が義務付けられた1999年以降だろう。そして含有化学物質は21世紀の欧州のRoHSやREACH規制以降だ。いずれも長い歴史があるわけではない。

注:PRTR(Pollutant Release and Transfer Register:汚染物質の放出および移動登録簿)とは、工場で、放出、化学変化、あるいは排出する収支を把握することである。だから危険物質を含有していてもPRTRでは表に現れない。
REACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals:化学物質の登録、評価、認可及び制限)とは、製品に含有される物質を把握し表示すること。

上記二つの規制は重なるところもあるし、重ならないところもある。
RoHS(Restriction of Hazardous Substances:有害物質規制)は上記2つと性格が違い、指定された物質の使用禁止である。


ともかく行政も企業もさまざまなカットアンドトライをしながら、環境規制も厳しくなり、それに対応して環境管理のレベルが上がってきた。
21世紀では廃棄物削減が義務となり、当然自社の廃棄物の実態を把握するのは必須となった。流れは省エネ法で省エネが要求されたと同じことだ。

そういった規制に対応して廃棄物削減の規制を受ける企業は、廃棄物の排出量の情報システムを構築し、マニフェストが電子化されれば全社のマニフェストの遵守状況を把握するシステムを作るのは自然な流れである。

注:ここでいう情報システムとは、電子化されたとかオンラインという意味ではない。情報収集し集計する仕組みという意味だ。「システム」に対応する日本語は「制度」とか「体制」である。
手作業であっても、そういうルールがあればシステム化されていると言える。

そういう変遷により企業の廃棄物行政は20世紀から大きく変わった。20年前なら、本社が必要とするときは工場に「法規制を守っているか報告せよ」とか、「先月の廃棄物発生量は何トンだった?」問わねばならなかった。まさに隔靴掻痒、暗中模索、手探りであったわけだ。
しかし情報システムが整備された21世紀では数値情報は共有される。本社が工場に指示することは、「中間処理業者の○○社は処理完了まで長いから転注を検討しろ」とか、「先月の廃棄物が前年比6%増加している。原因と対策を報告せよ」と具体的になった。


増子が今進めている活動テーマは

いずれも違反をしない、事故を起こさないという遵法と汚染の予防を目的としているが、廃棄物を減らす、リサイクルを進めるという積極的活動まで至っていない状況である。
とはいえ増子の前任者 奥井の時代と比べれば、ドラスティックと言えるくらいは進化しているのだ。

磯原も増子も、石川が来たことによる余力で廃棄物削減とリサイクル推進をしたい……というかそのために1名増やしたのである。


****

増子、石川、磯原で打ち合わせをする。

磯原 「石川さんは工場で廃棄物管理をしていたので、廃棄物処理に関する法律とか工場の手順は大体理解していると思う。本社の仕事をするには、それ以上の知識はいらないと思う。しかし立場が変わり、法律を守って仕事をするということでなく、法律をいかに守らせるか、事故を起こさないように指導するという観点での仕事になる。

増子さんとも話をして、まずは本社の観点での仕事を理解してほしい。ある程度実務をしてから、廃棄物削減とリサイクル推進という、今まであまり力を入れていなかった方面の活動をしてほしいと君が転勤してきたとき伝えている。
岡山さんは報告会をしているが、石川さんはそこまですることはないが、今までの進捗を確認したい」

石川 「増子さんから指示されたことをしています。今までしたことは、電子マニフェストのチェックで、工場や支社発行の電子マニフェストのアラームを見て、異常と思えるものがあれば状況の問い合わせをしています。ひと月弱ですが、法で定める報告義務を超えたものはありません。こちらで気が付く前に工場がフォローしていました。

それから報道されたものや業界団体からの通知されたものなどで、廃棄物処理法違反の事例をイントラネットへの掲載と工場への定期通信で周知しました。
それから過去の廃棄物削減事例とかリサイクル事例などを見ています。正直言って大いに広めるような、素晴らしい事例はありません」

磯原 「石川さんがやってみたい、廃棄物削減とかリサイクルのアイデアはありませんか?」

石川 「廃棄物削減とリサイクル推進というのは、よく世間で言われてますし大きなテーマでしょうけど、私はあまり重要とは考えていません。

打ち合わせ だってどこの工場だって廃棄物処理費用って電気代の数パーセントにしかなりません。その数パーセントの数パーセント削減するために労力を投入するなら、何もしないほうが費用対効果は大きいと思います。
極論すれば、廃棄物処理費用をゼロにしても、電気代に比べればたかが知れています」

増子 「でもそれは石川さんのいた工場ではでしょう。我が社の製品にはいろいろあるから、工場によっては大量に廃棄物を出しているところもあるし、削減余地の大きなところもあるでしょう」

石川 「いや、マクロで電気と廃棄物を比較しても、日本全体でも業界全体でも、桁違いなわけですよ。
省エネ投資をして1%改善すれば、ひとつの工場で千万とか大きなところなら1億とかの成果がでるでしょう。でも廃棄物は元々金額が小さいから、いくら頑張っても10万とか大きくても数十万にしかなりません」

注:日本の総電気使用量は10,000億kWhで、内産業用は37%であるから産業用電力は3,700億kWh。産業用電力料金は平均23円/kWhである。つまり産業用電力料金は8.5兆円となる。(2020)
他方、廃棄物処理業界の市場規模は5.3兆円であるが、製造業からの排出は25%(1.3兆円)で、電気使用金額の15%となる。(2018)
製造業の範囲の取り方でかなり違うが、フェルミ推定として電気代10兆円、廃棄物1.5兆円とみてよいだろう。

増子 「そう言われると反論しようないわね。でも私たちは廃棄物を担当しているのだから、仕事と思ってやってもらうしかないわ」

磯原 「理屈から言えば石川さんを説得する必要はなく、業務命令だからやってもらうしかない。だがそう言われても面白くないだろうから、廃棄物削減の必要性を説明するとね……
まず当社は省エネ活動をしていないわけではない。省エネは環境保護というだけでなく君が言ったように費用的な意味で極めて重大だ。だから毎年多額の投資をして省エネを図っている。

だから石川さんが心配するまでもなく、当社は過去50年も省エネを推進してきた。
上西課長が監査の品質向上よりも、監査での問題対策が重要だと言っていたけど(第78話)、現実には監査で見つかった問題対策も監査の品質向上も両方しているように、廃棄物削減も電気使用量削減も両方しているわけだ。

なぜ廃棄物削減をしなければならないかだが、まず法規制で廃棄物削減も義務になっている。だから廃棄物削減の費用対効果より省エネの方が投資対効果の割合が大きいから、省エネに注力すべきという論は成り立たない。
君も法規制は守らなければならないと言っていたよね。したいしたくないでなく、法律で廃棄物削減はしなければならないのだ」

石川 「そう言われるとその通りですね。大量排出事業者限定ですが、廃棄物削減も法律の義務ですから」

磯原 「それ以外にも理由はある。
いかに微々たるものであっても、無駄排除はすべきだということ。このオフィスを見回してごらん、座っていなくてもモニターが点いているものもある。外出してもパソコンをONしたままって人もいるんだろうね。大した金額じゃないかもしれないが、LED照明だって時間当たり1円はするだろう。50人点けたままなら、半日で200円だ。それを微々たるものだからしなくて良いという理屈もないだろう。
また技術や労力は転用できないものも多い。入社以来廃棄物を担当してきた石川さんに、省エネをしろと言ってもすぐには成果を出せないだろう」


注:液晶でLED照明のモニターの消費電力は微々たるものだ。
モニター8hの電気代
27インチ5.4円
18.5インチ2円
こういう数字を見ると、点けっぱなしでも良いように思える。とはいえ塵も積もれば山となる。
人間の発熱は100Wと言われるが、オフィスで一人当たり電気使用量はパソコンやネットワークその他の電気製品で一人当たり600Wくらいという。最終的にはすべて熱になるわけで、その分エアコンが働かねばならない。

引用元
暮らしとお水
オフィスに必要な電気容量


増子 「廃棄物は当面、石川君と私がやっていくわけで、削減とかリサイクルが好きじゃないというなら、私がそちらをして、石川君が遵法とか工場や関連会社からの問い合わせ対応をしてもかまわないわよ」

石川 「いえ、今まで私が疑問に思っていたことを語っただけです。おっしゃることは良く分かりました。
まずは増子さんの下でここの仕事を覚えて改めて考えます」

磯原 「そう聞いて安心したよ。せっかく本社に来て仕事が面白くなかったら、誰にとっても良いことではないからね」

石川 「磯原さんは本社に来て、仕事が楽しいですか?」

磯原 「私は元々電気技術者で、本社に来るときは省エネ対応の取りまとめをすると言われた。ところが私が着任すると同時に本社の組織が大幅に改定されて、電気の仕事とはほぼ無縁、廃棄物の遵法、ISO認証、環境監査、最近では公害対策とか……いやはやまったく電気とは無縁ですよ」

石川 「予想外の仕事をされているのですね。今の仕事は面白いですか?」

磯原 「面白いかどうかはともかく、やりがいのある仕事だと思う。まず工場で我々がしている仕事の影響は非常に限定的です。素晴らしい仕事をしても、成果も誉れも工場の中どころか職場の中でしか知られることはない。事故を起こしても、まあ塀の外までとかね、全国的ではない。

本社では素晴らしいアイデアを実行したら、全社あるいはスラッシュ電機グループ全体に適用されるだろう。成果は多くの人に評価される。その反面、本社の指示が誤りだったら、とんでもない被害を出すとか違反をしてしまうかもしれない。だから仕事をするにも工場とは真剣さが違う。それはそのままやりがいと言えるよね。
増子さんも半年前まで工場でお仕事していたわけだけど、どうでしょう?」

増子 「磯原さんのおっしゃることに同感ですね。
私の場合、異動するとき言われたことと、実際の仕事が違うことはなかったですけど、工場と本社では視点が違うから別物って感じですね。年度初めの報告とかは集計も報告書も自動化されましたから手間はかかりません。
でも調査したり何かトライするとき、工場なら自分がすればおしまいだけど、本社の場合は工場の人に動いてもらわねばなりません。でも多くの人は頼まれても動きません。そんな人のお尻を叩くことは心理的に苦痛ですね。自分が手を出したくなってしまいます」

磯原 「分かります。立場上、そうもいきませんしね」

増子 「それとやはり責任ですね。やってしまった責任というより、しなくちゃならない責任です。
工場ですと手に負えないことがあれば、本社にお願いするってこともあります。だけど本社では頼む人がいません。自分自身、工場にいたときは分からなかったら本社に聞こうとか、書類提出が遅れたから本社にとりなしてもらおうって気持ちがありました。ここにいると逃げようがありません」

磯原 「アハハ、それは人によるでしょう。責任を感じなければそれまでですよ。言い方悪いけど、もし増子さんが仕事をしたくないなら、一日中 業界団体の廃棄物研究会に行ってるっていう手もある」

増子 「そして自分の評価を落とし、どこかに飛ばされると……
石川さんを脅かすつもりはないけど、工場の人たちは本社の人は優秀というか何でも知っている、何でもできるとおもっているの。だから期待に応えないとね」

石川 「ハイ、頼よれる人になるよう頑張ります」

増子 「そうなるのも簡単ではないし、ステップをふまなくちゃならないの。
まずは会社規則の環境の章を暗記するくらい何度も読んで理解することね。工場からの問い合わせの9割は、法律と会社規則を知っていれば即答できるわよ。自分で調べてする人は1割2割で、8割は本社に聞いた方が楽だと知ってるわ」

磯原 「だから本社の人は大変なんだよね」


****

翌日である。
石川は周りの人を見て、実際どんな動きをしているのか観察しようと思う。
田中は、石川の机の斜め向かいだ。田中は毎日始業時より30分以上前には出社して、パソコンを立ち上げて何かしている。
何をしているのかと、そばに言って話しかける。

石川 「田中さん、毎朝早くからお仕事されていますが、何をされているのですか?」

田中 「磯原大先生から引き継いだ仕事でね、工場や関連会社から来たメールのチェックだよ」

石川 「朝から片付けなければならないのですか?」

田中 「もちろん日中入ってくるメールもあるし、それは着信するたびに中身を見て急ぐものは即処理するし、そうでないものも夕方退社するまでに片づけることにしている。
始業前にしているのは、前日 退社してから今朝までに、工場から来たメールの処理だ。毎朝パソコンを立ち上げると50件くらい溜まっている。中身は報告や問い合わせその他いろいろだ。
私が引き継いでからまだ事故報告はないけど、もし事故が起きたという報告なら、即関係者を集めて対策会議を開くことになる」

石川 「事故の場合は、いつ読んでもらえるか分からないメールなんて悠長なことをしないで、電話なのでしょう?」

田中 「基本はそうだね。とはいえ中には、目立たぬようにそっと出しという人もいるから、メールを放っておくわけにはいかない。
こちらがメールに気づくのが遅いと、『本社は問題ないと判断した』なんて言い出す輩がいるからね。だから着信があればできるだけ早く内容を確認する」

石川 「毎朝50件というと、全部見ると昼までかかりますか?」

田中 「磯原君は朝1時間で処理していたと言っていたが、私は最初の1週間はお昼までに終わらなかった。だから磯原君が言うのは、大げさというか法螺だろうと思っていた。
私が引き継いで20日くらいになるが、最近はだいぶ慣れてきて処理が早くなった。50件を1時間半で処理している。もう少しで磯原君に追いつく」

石川 「へえ! 1件2分かからない?」

田中 「クリエティブな仕事ではない。報告された事象が、どの会社規則に該当するのかを考え、定められた手順で処理するだけだ。だから最初は途方もないと感じるが、会社規則と主な環境法令を頭に入れれば、9割方は自動的に処理できる。メールを読んで対応を考えて返事を返す、必要な部門に転送する、それだけだ。人間である必要はない。
今はなんとか2分弱で処理できるようになった。我ながら進歩著しいと思っている、ハハハ」

石川は田中がものすごい努力をしていると思う。


****

坂本の机は石川と同じ並びで、二人の間に増子の席があるから、普通仕事をしているとしげしげと坂本の姿を見ることはない。今日は増子が会議とかで席にいなかったので、坂本が暇になった時を見計らって話をしようと思って様子を窺っていた。
お昼休み少し前に坂本が背伸びしたので、坂本に声をかけた。

石川 「坂本さんは、いつも何か読んでますね。何を読んでいるのですか?」

坂本 「わしは環境管理の共通要領書の作成、環境管理担当者の教育をしてくれと言われている。
わしは環境管理の現場は長いし、後輩の指導もやってきた。しかし体系的にと言われると、そんなことを考えたことはなかったもんでね、どうしようかと考え込んでしまったよ、アハハハ

とりあえず今は、監査報告書や事故報告書をひたすら読んでいる。というのは小集団活動でも品質改善でも論文でも、真っ先にすることは何だか分かるか?」

石川 「現状把握ですか?」

坂本 「そうだ、品質とか小集団のときはそういう。論文では先行研究調査と言うらしい。敵を知り己を知れば……というように、状況をしっかり把握しないと何事もうまくいかない。

というわけで過去の問題を調べることになるわけだが、顕在化したものは環境事故報告書というものがある。潜在的なものは監査報告書くらいしかない。なにしろ潜在だから存在に気付きにくい」

注:潜在している問題を把握できるかは、寺田 博さんをはじめ多くの人は疑問だと語っている。
「IBMの環境経営」を読むと、IBMは起きた事故・違反の再発防止を徹底的に対策したとあるが、潜在的な問題をどうこうとしたとは書いてない。神ならぬ人の身では、起きてしまった不具合の再発防止をするのが限界なのではないか。

石川 「事故報告書というものがあるとは聞いてましたが、実物を見たことはありません」

坂本 「『発生工場の環境担当者と他の工場の環境部門の管理職以上のみ閲覧可』となっているそうだ。だからわしもほかの工場の事故報告書を見たのは、ここに来てからだ。わしの知らない事故とか違反がザクザクあって驚いたよ。
しかしなんだね、こういう情報は秘密にしないで、環境担当者なら誰でも閲覧できるようにせんといかん。知られると恥かもしれないが、同じ失敗を繰り返してはいかん」

石川 「それは私も見ることができるのでしょうか?」

坂本 「環境管理課のサーバーにアクセスできるなら見られる。公害ホルダーの下の環境事故からたどっていけば分かるよ」

石川 「じゃあ私もそれを読んで勉強します」

坂本 「そうしたまえ。おっと監査報告書や事故報告書はぜひ読むべきだが、それだけ読んでも理解できないことがある。というのは会社の仕組みを知らないとだめなんだ。
例えば事故が起きたとき、どういうルートで報告するとか、会議にはどこを呼ぶのか、事故発生時の指揮権は誰なのかとか知らないと、そういった報告書を読んでも、なぜそうするのか理解できない。あるいは多々あることだが、会社のルール通りにしていないことに気づかないこともある。

工場にいると、工場長が全権者のように思える。しかし事業本部がビジネスを仕切っているわけで、会社規則を読むと、工場の事故や違反の対処の指揮は事業本部長となる。
とはいえ事業本部長は執行役だから、そんなことまで手が回らない。実際には事業本部長室の環境担当者が全権を負う……いや指揮するのは工場長なんだな。事業本部はそのケツ持ちするわけだ。あと広報などとの交渉窓口だ。

実を言って、まだわしもはっきりと分かっていない。
本社の環境管理課、つまりわしたちのいるこの部門は、工場の事故や違反が起きても、指揮権もなければ責任もない」

石川 「えっ、熊本工場の事故では磯原さんが采配を振ったと聞きましたが…」

坂本 「環境管理課は支援や助言をするけど、決定権も指揮権もない。ラインじゃなくてスタッフだからね。想像だけど、その場にいた皆が対応に困り果て、磯原君に頼ったんじゃないかな。

話は違うが権限というのは職制表とか職務分掌なんかで決められているわけだが、現実の権限……というか決定は能力のある人にゆだねられることが多い。特に平時に強い人でも異常時には判断も対応もできなくなることも多い。だからその場を仕切れる人が指揮することは多いが、緊急時に指揮する人がいかなる根拠で権限を持つのかは問題でもある。
そんなことが起きないようにするために、名目上の権限を持つ人は、普段から部下の信頼を得てかつ自分自身の力量を高めて、実際の権限を使えるように努めなければならない。そうしないと上も下も不幸になる」

注:異常時に適切に指揮をとれずに……というお話は、古くは「ケイン号の反乱」とか「ポセイドン・アドベンチャー」などの映画もある。映画でなくリアルでも「セウォル号事故」があるし。
もちろんその逆もある。私自身、工場が火事になりいつもは穏やかな課長が鬼のように指揮を取って対応したのを見たことがある。
他方、トラブルが起きて病院に入院する社長や政治家も多い。
なにしろ異常時はめったに起きないから、そういう心構えのある人、ストレス耐性のある人でないと対応が難しい。とはいえ、平常時にテンションの高い指揮者もつらい。
平時に優秀な指揮者と緊急時に優秀な指揮者は違うのかもしれない。

石川 「課長のことですね……」

坂本 「そんなことは言っておらん。気を回しすぎだ、
ところでこのところずっと事故報告書と監査報告書を読んでいて、いろいろと見えてきた。
報告書はすべて過ぎてしまったこと、いわば死亡診断書だが、たくさん読めば過去の健康状態が想像つく。そこから演繹されるのは、普段から各工場の環境管理の健康診断をして、病気があればそれを治さなければならないが、まだ発症していない病気予備軍を見つけたら健康体になるように努めなければならない。それがわしの使命だな」


石川は田中も坂本もすごい努力家だと認識した。それは彼らが過去に努力したということでなく、今努力しているということだ。自分も彼らを見習って日々精進しなければならない。
asel.gif../2012/aser.gif
asel.gif

asel.gif
石川 aser.gif
aser.gif
勉強しなくちゃならない

そういえば高校のとき先生が、『勉強したという奴は恐るるに足らず、恐れるべきは今勉強している奴だ』と語っていた。男子三日会わざれば刮目してみよという言葉もある。
自分は本社に転勤してひと月になるが、進歩していない。反省しなければならない。

自分の課題は廃棄物削減だ。社内外の削減事例を調べよう。リサイクル推進も同じくまずは情報収集だ。必要なら現地にも行かねばならない。
とはいえ良く見かけるのは形だけの削減とかリサイクルだ。本当に費用削減とか環境負荷が減るものでなければ、意味はない。岡本が2週間で立派な報告書を作るのだから、自分も形ある成果を出したい。



うそ800  本日の愚考

廃棄物削減とかリサイクル推進といっても、真に意味があるかを考えないといけません。往々にしてなにごとにも、見た目だけ・形だけで、まったく本来の目的に貢献しないってのがあるのですよ。

日本で廃棄物とは「不要物(誰も欲しがらないもの・値段が付かないもの)」です(「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」第2条第1項)。法の定義ですから、アプリオリです。
ハイ大事なことですからもう一度確認します。
 有価物とは、ものとお金が逆方向に動くもの
 廃棄物とは、ものとお金が同方向に動くもの
これを踏まえて廃棄物をなくす方法を考えればよい。

例えば工場で不要になったものに、売れる部分と売れない部分があるとします。工場でそれを分解して、売れないものを廃棄物に出し、売れる部分を売却する。そうすることに、おかしいことはありません。会社は費用削減できました。メデタシ・メデタシ
でも廃棄物を減らすために工場で分別しているのをやめて、業者に売却するとしましょう。リサイクルできる部分の売値が、リサイクルできない廃棄物となる部分の処理費用より少しでも大きければ、それは廃棄物ではありません。
〜ら、不思議、廃棄物は消えてなくなりました。

魔女異世界に行かなくても魔法は使えるのよ(注1)

うそ800 余談です。

10年くらい前に読んだ話です。
東南アジアに進出した日系の某工場では、廃棄物を分別せずに出しているそうです。
それは環境なんてどうでもいいとか、面倒だからではないのです。
ゴミの山から金目の物を選別して暮らしている人たちがいるから、その人たちが収入を得られるようにわざわざ分別しないのだそうです。
それを読んで私は鼻水が止まりませんでした。決して花粉症のせいではありません。


タイヤタイヤ

やはり10年位前ですが、某大手企業が廃棄物を減らそうと、タイヤを雑木林に不法投棄したり河原で燃やしたと報道されました。
理由は、ISOの環境目的の廃棄物削減が、未達になりそうだったとか。
ちょっとその考えが理解できません。借金を返すために強盗するようなものでしょうか。借金は犯罪ではありません。他方、強盗は凶悪犯罪(注2)です。良い子はそういうことをしてはいけません。



<<前の話 次の話>>目次



注1
実を言って魔法でも何でもない。廃棄物業者は引き取った廃棄物を分別して有価物を売るのは当たり前である。ただ普通は売れる金額が処理にかかる費用より安いから、排出者から有価で引き取るほどでない。 金の延べ棒
売却益が処理費用より高いなら、お金を出しても企業から買うのは当然だ。十分な金や銀が含まれていれば、廃棄物でなく商品である。
だけど分別をする場所を変えて、会社と廃棄物業者の取り分を移動しただけで、廃棄物は消えたとして、環境は良くなったのか?
そんなことをしても、法で定める廃棄物が減っただけで何も変わらない。

廃棄物を出さないことをゼロエミッションという。10年位前、多くの企業がゼロエミッションを達成したと語っていたが、廃棄物が出ないのではなく、それぞれの企業が定義したゼロエミッションであったことはいうまでもない。法律の定義は無視かよ?
それら都合のいい定義には「リサイクルするより廃棄物としたほうが環境負荷が低い」とか、「埋め立てするものが全排出量の○パーセント以下」とか、「直接最終処分ゼロ」とかいろいろだった。
なんでそれがゼロエミッションなのかと突っ込みたくなる(笑)
それを見て「おお!ゼロエミ達成か、すごいものだ」と感心した人も多かったのだ。
実情は「直接最終処分ゼロ」なら、工場から出たものをすぐさま埋め立て地に運ぶのではなく中間処理として何かをするという意味である。「何か」はいろいろだが、破砕つまり砕くというのもあった。実際に砕いたのかどうかは定かではない。ともあれゼロエミッションは達成された……なことねーだろう!

注2
凶悪犯罪とは、殺人・強盗・放火・強姦(強制性交等)をいいます。



うそ800の目次に戻る
ISO 3G目次に戻る

アクセスカウンター