*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
前回のあらすじ
スラッシュ電機本社の環境管理課が弱体だということで、一度に4人も補強した。
みな力量があるとみなされた者ばかりで、かつ性格もおかしな者もいない。懸案事項が山盛りだったが一挙に改善が進むと期待されたが、なかなか立ち上がりが悪い。
そんなとき、岩手工場で排水の測定値を改ざんしたという情報が入った。
電話だけでは分からない。調査に田中と坂本が出張した。
重大問題じゃないと良いけれど……
田中と坂本は、16時過ぎに岩手工場に着いた。
そして今、環境管理課の塚本課長と話し合っているところだが……
机です…![]() |
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全く話がかみ合わない。
工場の課長は改ざんなどない、上西課長には冗談を言ったのだという。
「上西課長が問い合わせたら測定値を改ざんしていると答えたとかで、慌ててやってきました」
「アハハハハ、上西課長に冗談を言ったのですよ。岩手工場で排水が規制値オーバーとなったことはありません。
正直言って、上西課長は現場のことをよく知らないので、ちょっと脅かしただけですよ」
「お宅の排水とはどんなものなのでしょう?」
「まず当工場では排水処理施設からの排出はすべて下水道です。有毒物質はありません。pHとBODだけですね。pHは社内で測定してますが、BODは計量事業所へ依頼しています」
「とりあえず過去のデータを見せていただけますか」
「
課長の後ろに控えていた大越と呼ばれた若手が、パイプファイルを開いて後ろから差し出す。
「ハイ、これが定期的な測定記録です。法でなく市条例によっています
これは計量事業所からの測定結果でして、それをグラフにしたものがこちらです」
「なるほど、ほとんど数値が動いていませんね」
「生物処理ですから、汚泥を引き抜いたり気温が変わったりして、多少は変動しますけどね。あと、冬季はかなり寒くなりますので、水温は一定にするようにはしてますが反応は遅くなりますね」
「記録はおかしくありませんね」
「ではつぎは支払い記録を見せてもらいますか」
「大越君、ええと愛ちゃんに課の出納関係一式もってきてもらって」
数分後、坂野愛ちゃん登場。
「ええと、課の出納はこのファイルですべてです」
「ありがとうございます。拝見します」
・
・
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「ええと弊方の上西課長の話では、今年5月に発生したと聞いたとのことでした。ファイルのトップにある毎月の支出金額の集計と……5月分のところにファイルされている領収書を集計すると……概算ですが100万ほど違いますね。ちょっと違いが大きいように思えますが、どうしたのでしょう?」
「あれっ、そうですか。誰か個別の記録を抜いたのかしら?
100万ですか、ちょっとパソコン見てきますね。というか5月分の明細をプリントしましょう」
「愛ちゃん、6月7月もプリントお願いします」
坂野が出ていくと、塚本が苦笑いする。
「どうかしましたか?」
「いやね、ふたつあります。ひとつは、測定値だけでなく、支払いのほうからも攻めることに感心しました。
もうひとつは愛ちゃん呼びが定着したようで。都会じゃセクハラと言われるんじゃないですか」
愛ちゃんが、A4サイズで10ページくらいプリントしてものを持って戻ってくる。
坂本が受け取りパラパラめくる。
依頼した品目の4月5月6月を照らし合わせる。
「塚本課長さん、5月だけ廃棄物業者に汚水処理を依頼してますね。支払いは6月になってますが、明細に5月実施分とあります。他の月にはその項目がありません。
金額からして30トンくらい依頼したんじゃないですか」
「それが、どういうことでしょう」
「5月は排水処理にトラブルが発生して、急遽 廃棄物処理業者に処理を委託したと思えますね」
「あっ、課長、5月でしたよね。排水処理施設がトラブって、費用がかかるっておっしゃってたの。
翌月の支払いが予算オーバーしたので記憶にあります」
「愛ちゃんが余計なことを言っちゃうから困るよ、アハハ」
「ええと、それだけでなく今いただいた6月の一覧を見ると、廃棄物処理のメーカーに修理費用を払っています」
「それじゃ、排水処理施設に異常が起きて修理と、その間の排水処理を業者に委託したということでよいのですか?」
「それから計量事業所への支払いが、他の月より多いですね。測定回数が多かったのか…」
「排水処理施設の故障がおきて修理するまでの間、排水処理を外部に委託したのはその通りです。ええと発生したのはいつだったかな?」
「5月15日朝に異常を見つけて、即運転を停止しました。排水は異常にそなえて20トンのコンクリートの槽がありますので、2日分は貯留できます。
業者が引き取りに来たのは翌16日から19日までだったはずです」
「メーカーが来たのはいつだったかな?」
「5月16日に来て様子を見て、週末の19日から20日に修理を行っています」
「そのように対処しています。排水が基準オーバーしたことはありません」
「となると、排水処理施設の異常が分かって、運転を止めて排水処理を業者に委託し、同時にメーカーに修理依頼したということでしょうか」
「そうそう、そういうことです。ともかく公共水域に、基準オーバーの排水を出してはいないことに間違いないです」
「異常が分かったということですが、どのような状況だったのでしょう?」
「水の状況を見れば分かりますよ、なあ、大越」
「毎朝一番に環境施設全般を巡回しています。そのとき機械の異音とか振動、煤煙や排水の色などを見ています。もちろん数値の表示があるものは数字が正常かどうかを見てます。規制はBODなのですが、時間がかかりますからUVで見ています
「廃液を処理委託した電子マニフェストをその期間プリントしてもらえますか。
それからメーカーの見積もりと請求書を見せてください」
「確認しなくても大丈夫ですよ」
「いえいえ、別に塚本課長さんが嘘をついているとは思ってません。あなたの潔白を立証する証拠を確認しようと思っただけです」
「大越君、愛ちゃんを呼んで」
机の上には
・廃液の電子マニフェストのプリント
・排水処理施設メーカーの見積書と請求書
・計量事業所からの請求書
・環境課業務日報
・外注業者出入記録
が並んでいる。
「塚本課長さん、これは矛盾がありありですね」
「どこがですか」
「上西課長が聞いたのが15日発生ということでした。電子マニフェストとメーカーの記録はおっしゃる通りですが、守衛所の記録では計量事業所は5月10日に入所していて、その後は21日になっていますね。
どう考えても10日に採水して、分析結果15日に異常が判明して、その日から排水を停止し中に貯水、16日から業者に排水処理を委託、メーカーが週末に修理をしか思えませんね。そして計量事業所が21日に確認のために採水した。
ところで10日の測定結果は………先ほどのファイルにありました?」
「ないようだね」
「でも大越さんは2週間ごとに測定しているといった。ということは10日採水分は報告が来ていない、いや存在していないことになるのかな」
「21日採水の記録はありましたね」
坂本は経過をホワイトボードに書き出す
日 | 曜日 | 実施事項 |
10 | 木 | 計量事業所入所記録あり、採水 |
11 | 金 | |
12 | 土 | |
13 | 日 | |
14 | 月 | |
15 | 火 | 巡回で異常発見、 |
16 | 水 | 排水処理を外部委託、 |
17 | 木 | 排水処理を外部委託 |
18 | 金 | 排水処理を外部委託 |
19 | 土 | メーカー修理作業 |
20 | 日 | メーカー修理完了、 |
21 | 月 | 計量事業所入所記録あり、採水 |
22 | 火 | |
23 | 水 |
「ええと私は今から計量事業所に行ってきますわ。
塚本課長さん、大越さん、ここから動かないこと、電話したり電話に出たりしないこと、お願いします。
坂本さん、お二人を監視していてくださいね」
「承知しました」
「計量事業所の行き方が分かるのですか?」
「測定報告書に住所がありました。Google Mapで見ると、数キロしかありません」
「あのう〜、トイレに行きたいのですが」
「先ほどの愛ちゃんを呼んでください。
愛ちゃんにこの部屋で塚本さんに立ち会ってもらいます。
大越さんには私が同行しましょう」
「イヤハヤ、スパイ映画のようで本格的だなあ〜」
「いかに重大なことかをご理解いただきたいと思います」
計量事業所である。
今、田中は責任者の人見所長と面談中だ。
「スラッシュ電機本社の田中と申します。弊社の岩手工場で排水基準オーバーの排水を出したという情報がありまして、調査中です。
これは本社では極めて重大なことと認識しておりまして、御社に聞き取りに伺いました。ご協力願います」
「はあ〜」
「これからの質問には正直に話してくださいね。もしかすると大問題になるかもしれず、事実と相違したことを話されると大変なことになります」
「はい」
「今年の5月10日にスラッシュ電機で排水を採取したことに間違いないですか?」
「だいぶ前ですね。業務日報を確認します」
所長は書架から紙ファイルを取り出してくる。それを開いてパラパラとめくる。
「ええとその日採水したのは間違いありません。担当は石原です。彼は10日午前中に外出して採水してきています」
「ええと、証拠は業務日報を確認と……ここコピー頂けますか
それからご本人を呼んでください」
人見所長が30くらいの作業服を着た男を連れてくる。
田中がヒアリングした結果、以下のことが確認された。
計量事業所でのヒアリングの結果、石原がBODを測定していて結果がでたのは15日であった。
規制値が600mg/Lであるが測定結果は700程度であった。但しスラッシュ電機の工場の排水量は50m3/日以下であり、そもそも測定義務がない。
とりあえず規制値オーバーだったのでスラッシュ電機に電話をした。
電話を取った塚本課長から、計量結果を了解したこと、とりあえず報告書作成は待ってほしいことを言われ石原は了解したという。
そのようなことは度々ではないが、過去にも数回あったという。
21日になって、設備補修が休日に完了したので、再度採水測定をしてくれと言われて実行した。
測定値が規制以下となっていたら、測定報告書を作るように言われた。
計量結果、規制値以下であったので報告書を作成納入した。測定費用は当然定期測定にプラス1回分請求し支払いしてもらった。
なぜ問題が起きたと思うかと石原に聞くと、根本的に排水処理設備が老朽化していて、配管が錆で詰まっていたりピンホールが開いているからではないかという。そのため攪拌とか流れが正常でなくなることが発生しているという。更に劣化して穴が開いたりすれば、未処理水がショートカットしてしまう。
田中は石原の発言を記述してもらい、日付と署名をもらう。内緒で録音もしている。本人の同意を得ない場合、証拠にならないというが、社内の人に聞かせる分には良かろう。
田中は、1時間後 岩手工場に戻ってきた。既に定時を過ぎていたが、塚本課長も大越も会議室で待っていた。大越に出てもらい塚本課長だけと話をする。
「当初、測定値を改ざんしたというので重大事だと思ってしまいました。
しかし対象がBODであったこと、法規制の枠外であること、計量事業所に事実と異なる記載を求めていないこと、
ありゃ、塚本さんのお芝居でしたか」
「お芝居ではないですよ。すべては皆が一生懸命仕事をした事実です」
「しかし気になることが一つ。排出水が基準を超えた場合の行政への報告義務は、測定義務のない小排出量でもあったはずです」
「あります。ただ過去にこのようなことが起きたときに報告しましたが、行政はBODであることと小排出量であることから、以降の報告は不要であると回答してきました。
正直言って、ラーメン屋からのラードなどの排出のほうが、BODもノルヘキもはるかに多いですからね。現実に住宅地にあるラーメン屋のせいで、下水管が詰まることが多々発生しています。
そんなことを思えば、BODが一日に1キロ2キロでは相手する気にならないでしょう」
「そういうことはすべて裏取りしているわけですか。
まあ大騒ぎしたのは我々ですから、文句の言いようありませんね。
でも塚本さんの意図というか目的は何だったのですか?」
「もう10年くらい前からですが、環境課は毎年老朽化に伴う排水処理施設の更新を申請していました。残念ながら、そのたびに面倒を見て使えと毎年予算申請を蹴られていました。
5年前に上西課長が課長になったとき、彼は設備投資を抑えるという方針を出しました。そして今後は排水処理施設の更新申請を出すなと言われました。
既に老朽化に伴いときどき問題が起きていたのです。異常が起きたとき報告すると、報告するなという訳の分からないことを言われ、どうしようもない状況になりました。
それ以降、我々としては予防保全どころか、異常が起きたら対症療法でごまかすしかありません。そういうことをしてきました」
「でも上西課長が本社転勤になり課長も代わったわけで、今年は設備の更新計画を出せたんじゃないですか?」
「いや、上西課長の転勤は今年4月です。今年度の予算は昨年末に申請して、今年3月に決定です。ですから予算を申請するのは、今年末となります。期中申請は大事故でも起きなければまず無理でしょう」
「ああ〜」
「通常は水処理設備の耐用年数は20年だと思います。この工場の設備は設置後30年経過している……ちょっと考えられませんね」
「実物をご覧になったでしょうけど、穴だらけ、錆びだらけですよ。
上西課長になった5年前も今と大して変わりませんでしたが」
「ここだけの話、上西課長は設備の現実を理解してなかったのですか?」
「まあ、お客さん扱いでしたね。本人は机に座ってハンコ押しだけで、現場を歩くってことがなかったです。
ああいったキャリア組は、次の職務に行くことだけ考えているようです。自分のときに費用削減を図って成果を出そうとするけど、金はかけず事故を起こすなと言うばかり。
本社に行って偉くなったと聞きますが、向こうではどうなんですか?」
「私も田中さんも下期に転勤したばかりで、まだ付き合いが短くよく分かりません」
「今回は私どもが慌てたと言われればその通りなのですが、上西課長から電話があったとき、塚本課長さんは、なぜ改ざんがあったと言ったのですか。どうしたかったのですか?」
「うーん、上西課長が驚いて動けばそれもよし、気にもせずならそれもよし、どうでもいいんですよ。
少しは危機感を感じれば嫌がらせができたということですかね。そう、嫌がらせですよ」
「塚本さんが余計なことを言わなければ……こんな大騒ぎにならなかったのに」
「少し彼を不安にさせてやろうと思ったのでしょうかねえ〜、自分でもよく分かりません」
「聞きたいことは承りました。今は18時半か、
お宅の部長に話をしたいのですが、面会の話をつけてもらえませんか」
田中が製造管理部長に、排水が規制値をオーバーしたという情報があり、調査に来たこと、そして調査した結果を話して、問題はなかったことを報告する。但し、明日本社の上の方から何か言われるかもしれないと伝えた。
部長は塚本課長の話からとんでもないことになったと聞いて、排水処理施設の更新を約束した。とはいえ別に部長が状況を懸念したわけでもなく当たり前の判断だろう。
田中、坂本は、盛岡発の最終の新幹線に乗る。
盛岡発20時半、東京着23時45分だ。
へたすると終電に間に合わないかなと心配する。
翌朝一番に関係者が集まって、打ち合わせである。
山内、上西、磯原、田中、坂本が集まる。
田中は該当した問題の発生の原因、処置対策を時系列に説明した。上西課長時代に設備投資をしなかったことを上西課長の名前を挙げて説明した。
排水処理施設のような水処理関係の設備を30年も更新しないなど通常はないことを明言した。田中も歳も歳だし、身分もまもなく嘱託になると思えば怖いものなしだ。上司が上西としても今更退職金など査定できまい。
「ご説明した通り、問題のいきさつというか、問題でなかったいきさつはご理解されたと思います。
我々としては、問題発生時の対応と判断について、考え方と行動について改める必要があると考えます。
以上で報告を終わります」
「田中さん、調査と報告ありがとうございました。坂本さんからの補足とかありませんか?
そいじゃ、話を進めよう。
まず原因についてだが、上西君どうかね?」
「5年前は東日本大震災後の復興中でして、当時は生産体制がなんとか回復した状況であります。保守関係の予算を絞っていたのは確かです。ただ排水処理施設の更新をしないと語った記憶はありません」
「ここでは投資しなかったことの是非を考えることはない。
さて、大騒ぎであったが、違反したわけでもなく良かった。田中さん、坂本さんに行ってもらって良かったと考えている。
田中さんのお話の最後にあったが、対応の仕方について反省しなければならない。
皆さんの意見を聞きたい。今回の問題についての対応の良かった点、悪かった点などあれば、発言してほしい」
「まず上西課長が岩手工場に電話したのが、良かったのかどうかということを考えないといかんです。
自分の出身工場だからという理由なら間違っている。また調査をするなら課内で議論してから進めてほしい。
更に口頭での話だけでは情報不足です。しっかりと概要を把握して動かないと時間もお金もロスするばかりです」
「いや、岩手工場に電話したのはそういう意味ではなかった……」
「それは後にしよう。ともかく問題点を挙げてみたい」
「私も坂本さんと同じですが、規制値オーバーと言っても、シアンとか亜鉛とかとBODではリスクが違います。出かける前に確認用チェックリストを作るとかしたいですね」
「今回の対応ということではありませんが、環境施設のリストは整備していますが、設置年とか状況についてまでは把握していません。更新予定とかも把握しておいて、時期が来たらこちらから工場に対して更新するように指導することが必要です」
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30分ほどで意見も出尽くしたようだ。顛末をまとめて報告しろと、山内から磯原が言われて解散した。
解散してから山内は磯原を呼び止めた。
皆が会議室を出てから山内は話を始める。
「昨日改ざんがあったようだとなったとき、皆で話し合いをしたのだろう。わしを呼ぶ前に、なぜ上西に決定しろと言わなかったのだ?」
「私は上西課長が決定すべきだと申し上げました」
「そうか、上西が言うことを聞かなかったわけか?」
「記憶があいまいですが、私の発言の後に、坂本さんが山内さんに決定してもらうべきだと発言したと記憶しています。それを上西課長が受けて山内さんに電話したはずです」
「なるほど、もし磯原君が課長ならどういう決定をしたのか?」
「まず話の流れから申し上げます。
そもそもは昨日の朝のこと、上西課長から課の運営について相談を受けました。まず週報のルートが私から課長と山内さんに並行して出すのはまずいと言われました。確かに私もまずいと思います。
それで課長宛てにして、課長が決裁して山内さんに送ることにしました。
そんなことをいくつか取り決めました。
その後、雑談となり今リスクを考えなければならないのは何かと問われましたので、公害関係の種々測定値の改ざんではないかと申し上げました。確固たる根拠はありませんが、他社でも多々見つかって謝罪広告とかマスコミ報道はたくさんありますから、当社にはないとは言えないと考えます。
直後、私は来客がありロビーに行ってしまいました。後で柳田さんに聞いたことですが、その後すぐ上西課長が岩手工場の後任課長に電話をしたとのことです。
実はリスクの話のとき上西課長が岩手工場に電話して聞くと言うので、絶対に電話しないように申し上げたのですが、私の意見は無視されたようです」
「電話してはいけない理由があるのか?」
「彼が工場の人に改ざんはないだろうと言えば、もしあったならすぐさま証拠隠滅をしたでしょう。本社の立場をご理解されてないと困ります。
そして昨日の夕方、私と同じ理由で田中さんや坂本さんから、工場に電話したことをだいぶ責められました。情報漏洩でもありますね。
やっと山内さんの問いへの回答にたどり着きましたが、私が課長ならどうしたかとなりますが、まずそもそもは不用意な発言をしないことでしょう。
改ざんがあるかどうかを問うなら、その前に十分考えます。質問をする相手側にどんな設備があるのか。偽るとか事故を隠すなら何が想定されるか、可能なら質問する前に、過去の測定値とか設備の稼働年数、事故の状況、投資状況、そういうことを踏まえてリスクを考えます。
私がリスクの大きなものは改ざんでしょうと言ったところで、それは一般論です。わが社には30も工場があり、みな製品も製造設備も違うのですから、自分が知っている工場に改ざんしてないかと聞くのは、短慮としか言いようがありません。
それに彼は半年前までいた工場なのですから、どんな施設があるのか、排水に何が含まれているのか、何年使っているのか、調子はどうだったのか、そんなことを思い浮かべれば聞くまでもないと思います。彼は公害防止担当だと語っているわけですから。
今となっては彼が大気汚染とか水質汚濁に詳しくないというのは分かってきました。でも気になったらすぐに電話するというのも困ります」
「猪突としか言いようがないか……」
「もうひとつの問題ですが、上西課長は人の話を聞きませんね。
田中さんも坂本さんも、多面的な見方を語りましたが、彼は大先輩の意見にも耳を傾けません。昨日、坂本さんの山内さんに決定してもらおうという意見に賛成しましたが、たぶん上西課長は山内さんに決めてもらおうと思っていたのでしょう。
自分で決定しろと私が申しあげても聞く耳を持ちませんから、山内さんが指導されるようお願いするしかありません」
「確かに先日の岡山君の報告会のとき、だいぶ批判的なことを語っていたな。視野が狭いというのか、人の成果を認めたくないのかなあ〜。
お前の気持ちもわかるが、わしの気持ちもわかってほしいよ。
ともかくなんとかせにゃならん」
本日 予想するご質問
お前は測定値の修整とかしたことがあるのか、計量事業所に数字書き換えを頼んだことがあるのか、そういう疑問をお持ちでしょう。
ノーコメント
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注1 | ||
注2 |
BODを測定するには、実際に試験管に採水した水と微生物を入れて水中の有機物を分解させて、5日間で消費される酸素量を測定する。 工場管理の現場ではそのような悠長なことはできないから、代わりにCOD(化学的酸素要求量)といって、過マンガン酸カリウムなどで有機物を酸化させて消費された酸素量で代用することが多い。 ところがこれも簡単ではない。ということで更に代用特性として対象液体にUV(紫外線)を透過させて吸光度(光が弱くなる程度)を測定してCODの代用とすることが多い。簡単に言えば濁った水は光を通しにくいから、透過した紫外線の量で含有量を推定するということだ。 ![]() |
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注3 |
おばQさま その後の展開をUp頂き有難うございます。 ここまで読んで、以前 上西氏が組織のあるべき報告説明を磯原に任せて平気な理由が判りました。(74.助っ人来る1) そもそも、組織の在り方や、権限と役割を理解していない人だったのですね。 セクハラ、パワハラは言うまでもなく、会社の中でのコンプライアンス問題。 原因の典型的なものは、社内規定、組織の在り方、権限と責任の範囲を理解していない人にあります。 私が会社の中で働いていて、違和感を感じた個人的な感想ですが、そうしたものを理解できない、または「無視を出来る偉い俺様」のような考えの人々がいたように思います。この手の人は、独断専行で国を滅ぼした陸大出の参謀達もいたから学歴や年齢は関係ないから、別の素質なのでしょう。 これが部下ならば頭が痛い存在ですが指導が出来ます。しかし上司なら困りもの。 今回も岩手工場の課長が「改竄はある」と言った気持ちが判るような気がします。 この手のイン・コンプライアントな上司に対しては、言っても聞かないから叛乱するしかない。 それは弱者の悲しい抵抗でもあります。 上西はコンプライアンスの意識は希薄でありながら、決断は逃げるという困った上司。 幸い、磯原には山内という問題を理解している存在がおります。 磯原の上司は上西ではありますが、上西より上位の存在が問題を理解しているというのは個人的には良い事でもあり、組織としては是正すべき歪んだ状態。 さて、上西氏の今後は如何に? |
外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。 正直言いまして、メールを頂くたびに血圧が上がります。 40年以上サラリーマンしてきますと、いろいろな人に会います。それをそのままだしちゃいけないと数人をマージしたり、小分けしたりするのですが、こんな人いるの!という人もいまして、描きようがないというのが本音です。 事実は小説より奇なりで、こんな人でも生きていけるのだなと感心するばかりです。割れ鍋に綴じ蓋といいまして、それに見合った配偶者もいて、すべて世はこともなく動いているのですね。 ところで上西さんですが、このまま辞表でも書いてもらえば楽ですが、それはやはり産みの親としてはまずいでしょうから、なんとかしようというのが次回でございます。ご期待に応えられるかどうか? |
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