ISO第3世代 82.試練

23.06.26

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

上西はスマホの電話を切ると、さかんに頬をこする。困ったときの上西の癖である。
電話をした相手は、上西の後任の岩手工場の環境課長であった。先ほどまで磯原と打ち合わせをしていて、
こする指
これはまずい
そのとき磯原は発生が懸念されることは"改ざん"だと言った。上西は工場で何年も環境課長をしていたが、改ざんなど聞いたこともない。後任の課長にそんなことしてないよなと、確認の電話をしたのだ。
上西の問いに後任は、何でもないことのように半年前に排水測定したとき、排水処理施設の調子が悪くて、測定値が規制値をオーバーした。しょうがないから基準以下に数字を変えたという。

それを聞いて上西は驚愕した。当社でも改ざんがあったどころでなく、後任の課長がなんでもないことのように言ったからだ。自分が知る限り岩手工場は社内で模範とみなされており、改ざんなど縁がないと思っていたのに。

気を取り直して、それは上西が転勤する前か後かを聞く。上西が転勤した翌月だったという。
もちろん改ざんが行われたのが転勤前でも転勤後でも、自分にも責任があるのは変わらない。自分が岩手工場在任中であれば当然自分に監督責任がある。そうでなく本社に来てからなら、工場を監督する立場として責任がある。あるいは岩手工場在任中に適切なメンテをしていなかった責任もある。どちらにしても逃げようはない。
ただ一つ得られた情報は、後任の課長は法律を守るという意識が欠落していることだ。それはやるせない。

排水の測定は岩手工場ではできない。環境計量証明事業所に頼んでいたのを、上西も知っている。
どのように数字を書き換えたのかを聞く。

排水を採取していった計量事業所から測定値の異常が告げられて、後任の課長は数字を書き直してくれと頼んだとのこと。強制したにしろそうでないにしろ、頼んだほうも書き直したほうも両方とも罪になる(注1)
よく環境計量士が納得したものだと思ったが、後任の課長はよくあることだと平然としている。なんと上西が在任中にも測定値がオーバーした時には、上西に内緒でそういった処理をしていたとのこと。はっきり言わなかったが一度や二度ではないようだ。

上西は天を仰いだ。もし岩手工場の環境課の誰かが、あるいは環境管理の構内外注の誰かが、いや計量事業所の誰かが……市役所とかマスコミに駆け込んだらと思うと、冷汗が背中を垂れる。
ネット社会の今は、駆け込むこともなくSNSに書き込まれたらおしまいだ。もちろん言葉だけでなく証拠は必要だろうけど。

臨時ニュース スラッシュ電機岩手工場が、水質汚濁防止法の基準値を上回る排水を放出していた上に、測定結果を偽ってその事実を隠ぺいしていた
女 男
🕚
老人
● ● ● ●
明日のモーニングショーで「スラッシュ電機岩手工場が、水質汚濁防止法の基準値を上回る排水を放出していた上に、測定結果を偽ってその事実を隠ぺいしていた」とテロップが流れるのが目に浮かぶ。


上西は頬をなでるのから、頭の後ろで手を組んで貧乏ゆすりに変化した。それに気づいた岡山と増子そして石川は、いよいよ爆発寸前と思ったようで席を外してしまった。
残るは柳田のみ。柳田は空気が読めないわけではない。迷える羊の世話をするのも、影の環境部長の仕事なのだろう。

柳田は数分経っても上西の様子がおさまらないので、上西のマグカップにコーヒーを注いできた。

柳田ユミ 「課長、コーヒーでもいかがですか? お口が寂しければ甘いものもありますよ。
お困りごとを話していただければお手伝いできるかもしれません」

上西 「ありがとう。磯原君はどこに行ったのかな?」

柳田ユミ 「柳田課長との打ち合わせが終わってから、ISO認証機関が売り込みに来たとかでロビーに行きました。アポイントはなかったようです」

上西 「ISO認証機関の売り込み? しかも飛び込み営業? 今はそういう時代か」

柳田ユミ 「ISO認証ってどこの認証機関でも価値が同じと聞きます。同じなら、価格競争しかありません。うま味のないビジネスですね」

上西 「20年前は審査をお願いしに行ったものだけど、今は審査する方が足を運ぶか。時代が変わったねえ。
ええと、磯原君はだいぶかかるのだろうか?」

柳田ユミ 「もう40分くらいになりますから、そろそろ帰ってくるかと思います」

上西 「坂本さんと田中さんはどこだろう?」

柳田ユミ 「お二人はここ数日、一緒に各事業本部のヒアリングをしています。今日は……鉄道事業本部ですね。こちらももう帰ってくる頃かと思います」

上西 「申し訳ないが、三人に大至急打合せしたいから、30分以内に切り上げて事務所に戻ってほしいと伝えてくれませんか」

柳田ユミ 「承知しました。会議室もお取りしておきますね」

上西 「ああ、頼みます」


マグカップ

上西は柳田が持ってきてくれたコーヒーを飲む。柳田は皆の好みをしっかり把握していて、上西には常にホットのブラックコーヒーを持ってきてくれる。

さて、どういうふうに話をしたら良いものか。坂本さんと田中さんは経験が長いから、こういったことに関わったこともあるだろう。まずは彼らの意見を聞いてからだ。
しかし当社でもデータ改ざんがあったとは、しかも自分がいた工場だ。更に言えば自分が工場の課長時代にもしていたとは、しかも管理者の自分が知らなかったとは……もう一体全体どうしたものか、


*****

30分経たずに磯原、坂本、田中が戻ってきた。

上西 「ちょっと相談があるんだ。会議室に集まってほしい。メモ帳くらいあればいい」

4人が座ると、上西が話を始める。

上西 「実は岩手工場で、排水の測定値を改ざんしていたのが分かった。
それでどう対応すべきかを相談したい」

磯原 「どのようにして発覚したのですか? マスコミが報道したとか、行政の立ち入り、それとも工場が自主的に本社に申告してきたとか?」

上西 「いや……実は私が電話したんだ。他社でマスコミ報道があったけど、岩手工場は大丈夫かと……
磯原君のアドバイスを無視してしまって申し訳ない」

田中 「あちゃ〜、そういうことは深く静かに潜行して調査しないと、調査に行く頃には証拠は隠滅されてますよ。電話の話は間違いだといわれておしまいでしょう」

坂本 「懸念があったなら、事前通告なく調査に行くべきだろうねえ〜」

大御所の話を聞くにつれて上西の顔色が悪くなる。

磯原 「まあまあ、課長のお話を聞きしましょう。
まず経過をお聞きして、これからの対応策を考えないと」

田中 「そうだね。課長、まずは顛末をお話しください」

上西 「ええと今朝、磯原君と打合せをしていて、私が当社で発生リスクの高いものは何かと聞くと、磯原君が改ざんだという。
それが気になり打合わせを終えてから、岩手工場の後任の課長に電話をした。岩手工場では改ざんしてないねと聞くと、しれっと『している』と言うじゃないか。
後任の話では、私が向こうにいたときから、規制値を超えたときは数字をいじっていたという。
それを聞いて、なにもいじらないで次の指示あるまで待てと言っておいた。
田中さん、坂本さん、どういう風に進めたらよいでしょうかね?」

坂本 「まず我々が扱えるレベルじゃありません。状況を把握したら、山内さんへ報告することでしょう」

田中 「とはいえ、することは大体が決まっていますね。

そんなところか?」

上西 「基準オーバーが小さければ公表しなくても良いとはなりませんか?」

坂本 「それは悪手でしょうね。後でバレたら悪いことが2乗となります。
いや3乗か、基準オーバーがあって、改ざんして、それを隠ぺいしたと、
その意味で全社を徹底的に調査した後に公表したほうが良いですね。発覚したことを小出しにするのは悪手でしょう」

上西 「社外広報は公害測定だけでなく、その他も含むのでしょうか?」

田中 「その他というと他にも問題があるのですか?」

上西 「廃棄物契約の不備とか……」

磯原 「確かに一昨年に契約書の不備とか収入印紙金額不足などがありました。しかしそれらについては発覚時に、市役所や税務署と相談して了解を得て処置しています。捏造や隠ぺいをしたわけではありません。報道されても行政の了解を得ているといえます。
一事不再理です(注2)今回対象となるのは新しく見つかったものだけです」

坂本 「とりあえず岩手工場の経緯を簡単にまとめて、山内さんに報告して判断してもらおう。全社の調査をするかしないかも、我々が決められることじゃない。
今すぐ山内さんに報告し、早急に動くべきでしょう」

磯原 「いや課長権限で調査することを決定し、結果を山内さんに報告するべきではないのでしょうか」

上西 「いや、山内さんに来てもらおう」

上西はスマホを取り出して山内に電話をかける。


*****

数分後、山内登場。
上西が岩手工場の改ざんの概要を説明する。

山内 「話は分かった。早急に岩手工場の調査をせんといかんな。今から行けるか?」

磯原 「乗り換えサイトで調べましたところ、今12時10分前ですから13時半頃の新幹線に乗ると盛岡着15時半、駅から工場まで1時間弱。書類を用意させておけば、残業であらかた状況は把握できると思います。
明日朝から不明点の確認と現場の視察をして、昼過ぎの新幹線で戻れば東京着が同じく15時半頃。
定時前に会議は開けますね。そこで岩手工場の処置と、状況次第では全社の調査をするかしないかを判断することになると思います」

山内 「全社の調査をするのは決まりだな。でもまずは岩手工場の調査だ。岩手工場の調査結果をもって行政に処置対策を相談することになる。そこで社外公表を判断することになる。行政の意向に従うしかあるまい。
田中さん、坂本さん、どうだろう?」

坂本 「改ざんしてから年月が経っているならともかく、今年の話ですからね。岩手工場は行政に申し出ることは必然ですね。公表をどうするかは行政の判断次第でしょう」

山内 「分かった、幸い今日は専務が席にいる。少し私が考えをまとめてから専務に話をする。
田中さんと坂本さんに盛岡まで行ってもらえるかな?」

坂本 「こういうこともあろうかと、転勤した時からロッカーに着替えや洗面具の出張セットを用意してます」

田中 「さすがですね。私はそこまでは……、でも今はパンツもコンビニで買えますから、大丈夫です」

上西 「私も行ってよろしいですか?」

山内は一目でわかるほど驚いたというか呆れた顔をする。

山内 「君は本社でコントロールセンターにならんといかんだろう。
とりあえずこの話は岩手工場所管の通信事業本部にだけ伝えておいてくれ。他の事業本部には内緒だ。
それから時刻は未定だが、明日夕刻に会議すると連絡してほしい。事業本部、広報部、法務部も呼んだほうがいいかな。
全社の調査はお二人が戻ってから……明日考えよう。
田中さんと坂本さんは今晩調査を終えた時点でメモ程度でよいから簡単にメールで報告を入れてほしい。それじゃすぐ出張してくれ、頼むぞ」


*****

坂本、田中と磯原はすぐさま会議室を出ていく。坂本と田中の目の色が、いつもと違って生き生きしている。磯原はそれを見て、この二人にとってはトラブルシューティングが生きがいなのだと思うと同時に、ちょっと付いていけないと感じる。
磯原は問題解決より問題予防に生きたいと思う。磯原は、追い詰められたり、悩んで胃が痛くなる状況は耐えられない。


会議室には山内と上西が残った。

上西 「大先輩がいると頼りになりますね。お二人が行けば安心です」

山内 「上西君だって公害防止の担当をしていたよね」

上西 「いや、正直言ってハンコを押していただけです」

山内 「わしは全く知らないのだ。まず排水の測定とはどのように決まっていて、会社の手順はどうなっているのだ。全体の流れを教えてくれ」

上西 「まず法律で定める施設を保有している事業所は、排水の測定義務があります。施設の種類や扱う化学物質によって、測定する項目が決まっています。
測定頻度は排水量によって決まります。測定記録の保管期間などは法律で決まっています(注3)実際には県条例でより細かに決められています。

会社の手順では、測定が必要なとき計量事業所に依頼します。彼らが排水口で採水して、それを持ち帰って測定して書式に仕上げます。測定には1週間くらい時間を要するものもあり、提出を受けるのは2週間後くらいですか」

山内 「社内では測定できないのか?」

上西 「法的な制約はありませんが、分析者の技量も要りますし、測定の器具とか薬品とかいろいろ必要ですので、計量事業所に頼んだほうが安くつきます。測定頻度が多くなれば違うでしょうけど」

山内 「改ざんというと、意味的には測定値を書き直すことなのだろうが、計量事業所から提出された書類を社内で修正したわけか?
具体的にどういうことをするのかね?」

上西 「ええとですね、岩手工場では計量事業所からきた測定記録に、カバーレターを乗せて、そこに測定目的、測定値、測定結果の判断を記載して上長決裁をして、そのままファイルしています。提出を受けたものをそのまま記録としているので、転記はしていません。

電話で聞いたところでは、測定が完了した時点で基準内かアウトか分かります。基準内なら報告書様式にまとめて終わりですが、基準を外れている場合はその時点で計量事業所から基準を外れていると連絡が来るそうです。

そんな連絡があると、社内でどうするか打合せして再度採水して測定するとか、数字を書き直してもらうとか回答するそうです。ですから改ざんとは計量事業所で測定値と違う数字を書いてもらうことで、当社が受け取ったものを書き換えることではありません」

山内 「君は測定値が異常だったときの打ち合わせに加わったことはないのか?」

上西 「ありません。係長以下の担当レベルでどう対処するかを決めていたそうです」

山内 「君が課長のときは耳に入らず、課長が変われば課長も参画しているとはどういうことだろうね?」

上西 「私が短期間でまた異動していくと知っていて、信用されなかったのでしょう。今の課長は叩き上げで、定年までいるのは間違いありません」

山内 「計量事業所といえば国から免状か何かを受けているはずだよな(注4)そういうところが客というか依頼者から、数字を書き直してくれと言われたら修正するものなのか? そんなことをしたら罰則があると思うが」

上西 「そうでしょうね。私はよく知りません」

山内 「今まで報道された改ざんも、皆そのような流れだったのか?」

上西 「他社のことは知りませんが、過去に報道された煤煙や排水では、製鉄会社と製紙会社が多かったですね。そういうところは製造条件の管理に種々測定しているので、排水やばい煙も自社で測定していたのではないでしょうか」

山内 「なるほど、公害とは関係なく化学分析や定量する機能を持つ会社もあるのか。
ところで測定結果を行政に提出することはないのか?」

上西 「提出義務はありません。3年間の保管義務があるだけです。
市の環境課が会社に来ると毎回チェックはされます。とはいえ工場に来るのはめったにないですね。2・3年に1度くらいですか」

山内 「騒音や振動の測定などはどうしているんだ?」

上西 「騒音は簡単に測定できるので、測定が必要になると自分たちで測定しています。しかし保有している騒音計を校正してませんので、参考です。記録に残すものはすべて業者に依頼しています。
バイク 振動は規制値よりはるかに小さいので規制をオーバーすることはありません。
騒音も問題になるのは規制値が低い夜間だけです。普通は問題ないですが、暴走族とか救急車両が走ると規制を超えます。しかしそういうものは、除外してよいことになっています。私の記憶する限り、規制値よりはるかに低かったと思います」

山内 「それも改ざんしていたかもしれないのだろう?」

上西 「今まで苦情もなく、過去より測定記録が規制値スレスレだったことはありませんので、それはないと思います」

山内 「細かいことは明日、お二人が帰ってきてからになるが、当社が計量事業所に改ざんするように指示したとなるとウチだけの問題ではない。強制かそうでないかもあろうが、依頼者が直してくれと言えば向こうは弱い立場だろう。話の筋道をしっかり考えておかないと、よそ様に迷惑をかけることになるな」

上西 「どちらが言い出したかという問題になるかもしれません」

山内 「しかしお前さんは改ざんにタッチしなくて良かったなあ〜」

上西 「すみません。私がいかに実務に携わっていなかったかという証左ですね」

山内 「工場の人たちが、お前に累が及ばないよう気を使っていたのかも知れんぞ」

  ・
  ・
  ・
  ・

しばし沈黙ののち、山内は口を開く。

山内 「それからなあ〜、言いたくないが少し小言を言わせてほしい。
出張するとは、成果を出すことと同義だ。ヒラが販売店に行けば○万円の注文を取ってくる、部長が代理店に顔を出せば懸案事項を解決するとか、成果がなければならない。成果を出せなければ出張した面目が立たない。出張は物見遊山ではない。
管理部門である我々なら、自分でなければできないことをするためだ。さっき君が岩手工場に行きたいと言ったが、君がいなければできないことがあるのか。はっきり言って、お二人が行けば君が行く必要はない。
熊本工場のとき、磯原が二人は多い、三人なんてありえない(第65話)と語ったのを覚えているか? 奴の発言は企業の論理で考えれば当然のことだ。

君は自分の職責として、何をすべきかを考えなければならない。君は本社の環境管理課の長なのだ。
例えば岩手工場は通信事業本部だから、そこの環境担当や法務担当と善後策の打ち合わせもある。法務部と法的な検討もあるだろう。広報部とは岩手工場が地域マスコミに広報するときの注意事項をまとめて支援もしなければならない。もっといろいろあるはずだ。
そういったことを仕切っていくのが環境課長じゃないのか?
そういう仕事は磯原や田中さんにはできない。能力的にできないのでなく、権限がないからな。君が病気で代行を任じられたならともかく。
君はやるべきことを認識し、実施しなければならない。岩手工場に行く暇などないぞ。

それとさ、わしは工場長レベルなわけよ。そういう人を呼んで、改ざんがありました、どうしましょうってのは、どうなんだ?
工場で改ざんが見つかったとき、工場長を呼んで対策検討するのか?
そうじゃないだろう、工場長には概要を報告して、具体的なことは部長が中心となって状況の把握と、善後策を検討するんじゃないのか。

火の用心という例えがある。役員が火の用心と言ったら、部長が課長に火の用心といい、課長が係長に火の用心と言い、係長が部下に火の用心と言って全員で唱和したなんて寓話がある。それじゃ職制の意味がない。
社長が火の用心と言えば、部長は防火月間行事計画を立て、課長はその実行スケジュールを作り、係長は点検をする、一般社員は、避難訓練、非常持ち出しなど自分の担当することを再確認をするわけだ。
逆もまた真なりで、担当者が改ざんがありましたといえば、課長がそのまま上司に報告したら課長はいらんな。

君には優秀な部下、本来なら君の上司になるような人たちがいるわけだ。そういった人たちと検討し、対策を決めて実行する権限がある。
権限は受令者にとって力であるが、同時に命令者の義務でもある。君が権限を持つのに決定を躊躇するのは、職務怠慢で懲戒にあたる。
田中さんと坂本さんに出張に行けと命じるのは、わしではなく君の仕事だ。
そして決定したこと、実施したことを、わしに報告すれば良い。もちろん持ってくる報告はわしを満足させるものでなくてはいかん。

こんなこと、今までに3度くらい君に言った記憶がある。
しっかし、わしを呼んで打合せしようとした君を止める人間もいないとなると、それも問題だな。止めない人間がダメなんじゃない、君が信頼されていないということだ」

上西は頭を下げて山内の話を聞いていた。
上西
どうすれば…
そういえば何度も言われたなと自分でも思う。
そして磯原が上西が決定し、それを山内に報告したほうが良いと語ったことを思い出す。その前に、あいつのアドバイスに従わず、岩手工場に電話したのが間違いだった。

なぜあいつの話を聞かなかったのだろう? いつもあいつの向こうを張って、賭けに負けている。運が悪いのか、自分が悪いのか……


*****

同じ頃、東北新幹線車内である。
東北新幹線が大宮から盛岡まで開業したのは1982年だった。東北新幹線が開通して田中は大いに感動した。それには理由がある。
東北新幹線が開通したとき、田中は入社2年目24歳だった。配属が設計部門というと聞こえがいいが、実際は客先で不具合が出れば代替品を持って行って原因を調査して修理できなければ交換してくるのが仕事だった。製品は精密機器で重さ7キロくらいある。それをキャリーカートに載せて日本中の客先に行った。2社回ってこいなんて言われて、製品を2台も運ぶと足腰に来た。東北新幹線が開通して宇都宮工場は交通便利となり、仕事は大いに楽になったのだ。

今なら不具合覚悟、交換当たり前というビジネスはありえない。40年前は技術が高くなかったが、特に信頼性とか冗長性の考え方や検証方法が遅れていたのではなかろうか。田中はそんなことを考えていた。

東北新幹線
東北新幹線
東北新幹線

坂本は趣味の雑誌を眺めている。彼は鉄道が大好きで、趣味は鉄道旅行だ。定年退職したら全国の鉄道を乗りつぶすのが夢だ。今回の出張で東北新幹線に初めて乗った。
この仕事は出張が多い。うまくすると会社の仕事で定年前に相当の路線を乗れるのではないかとニヤニヤするのであった。



うそ800  本日の試練

試練とはなんだ?
そんなこと言われそうです。課長上西に神が与えたもう試練です。
これを上手に捌ききれれば、課長としての面目が立ち若手からばかりではなく、田中・坂本という大御所からも尊敬されるでしょう。
いや山内さんから見直されること請け合いです。
っ、逆に深みに溺れたらって?……考えるのは止めておきましょう。

この文章、ジャスト1万字です。文章を読み返すだけで20分くらいかかります。文章を書くのは簡単ですが、チェックが大変です。次回から6,000字くらいにしないと、チェックが間に合いません。
それが私にとっての試練でしょうか?



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注1
どんな罰則があるのか考えてみた。
■計量法
計量法第123条で罰則として計量士の取り消しが定めてある。
計量証明事業者への罰則はないようだ。
■水質汚濁防止法
第33条第3項で「記録をせず、虚偽の記録をし、又は記録を保存しなかつた者」は罰金30万となっている。
■有印私文書偽造/同行使
「他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造」とあるが、自分の作成した文書が事実と異なるわけだから、偽造ではない?どうなんだろう?
■詐欺罪
どこかのISOコンサルのブログに「公害測定記録改ざんは詐欺罪に該当する」と書いていた。そういえるだろうか?牽強付会こじつけか?

環境省のウェブサイトはそんなに広く考えていないようで「本条の規定による記録をせず、又は虚偽の記録をした者は、第35条の規定により3万円以下の罰金に処せられる」とだけある。
いくらなんでも罰金3万円では安すぎる。
廃棄物の不適切な処置には、いまどき略式起訴でも罰金100万円の命令がバンバン出ている。
厳しく取り締まろうとするなら適用できる既存の法はいくつもある。環境省のウェブサイトに書いてあるだけなら、環境省はあまり重大な罪と考えていないのかもしれない。それはそれで問題である。

注2
憲法39条「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」
ある刑事事件の裁判について判決が確定している場合には、その事件を再度審理することを許さない」ことを「一事不再」の原則という。
似たようなものに一字違いの「一事不再」の原則がある。これは「一度議決した議案は、同じ会期中には審議・審査しない」という決まりをいう。

注3
水質汚濁防止法 施行規則 第9条9号・9条の2第2項

注4
正しくは計量証明事業の「登録」である。(計量法第107条)



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