出版社 | ISBN | 初版 | 定価(入手時) | 巻数 |
PHP研究所 | 4-569-63168-1 | 2003/11/10 | 1100 | 全1巻 |
まもなく終戦記念日、正しくは敗戦記念日を迎えるに当たり、平和について書いたこのすばらしい本を推薦する。
誰でも平和を望む。お金が欲しいとかすこし頭がおかしくなければ、誰もが命を落とすような戦場に行きたいとは思わないし、人を殺したいとも思わない。
しかし、平和というのは「平和が好きだ!」とか「戦争反対!」と叫べば実現するかと言えば、絶対そんなことはない。
どうしてそんなことがいえるのか? 人類の歴史がそれを証明している。
平和を実現するためには、戦争について学ばねばならない。この「平和のための戦争学」はまさしく平和を実現するために読むべき本である。戦争学という響きが悪いなら、「平和のための平和学」思えばよい。
「戦争反対」と叫ぶ人に反対することは、道義的に悪いことのような気がする。しかし現実の街頭で「戦争反対」と叫んでいる人の主張を良く聞くと、平和をもたらすとはとても思えない。
「イラクに自衛隊は行くな」と叫ぶ人たちは、ではいったいどのようにしてイラクに治安と平和を確立しようとしているのだろうか?
「戦争反対」を叫ぶ人たちに「どのようにして平和を勝ち取るのか?」説明してもらおう。
もし心情的に戦争が嫌いだからとか、「戦争反対」と叫ぶことで己の魂のカタルシスを得ているのだったらそれは非常に危険なことではないか。
それは「私は強盗が嫌いだ、だから強盗の姿を見たら目を閉じる」というようなものだ。

こんな機関砲を積んだ北朝鮮の工作船が日本海にはウヨウヨしているのです。
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戦争反対を唱えることは良い。しかし、戦争を止めるには叫ぶだけでは不十分なのである。
「日本は武装を捨てよ!」と叫ぶのもいい。しかしそのとき日本の安全をいかにして確保するかを提示すべきである。北朝鮮の高速工作船が日本海を横行するので、自衛隊は高速ミサイル艇を作り、海上保安庁も大型巡視船を整備した。そういう施策が北朝鮮の動きを封じたのである。
「話し合いで解決を!」とか「日本は反省しなければならない」と叫んでいても北朝鮮は痛くも痒くもなく、日本の平和ボケをありがたく思うだけである。
戦争反対を唱える人は「話し合いで解決すべきだ」という。
けっこうなことだ。
じゃあ、議会で話し合いが通用するところを見せてください。現実には話し合いを語る政党は、対立党と意見が合わないと話し合いで打開を図ることは決してなく、牛歩や審議拒否という戦法を選択している。
もちろん、話し合いでなにごとも解決しないなどと、乱暴なことは言わない。
話し合いで解決できる場合もあるし、話し合いで解決しない場合もある。
戦争を話し合いで解決しようという発想が既に間違いである。
なぜなら、
戦争とは話し合いで解決しなかった結果なのである。それを話し合いで解決しようという発想が、間違いというか幼児的である。
911テロ犯に対して話し合いが通用したと思う方は手を上げて欲しい。
もし事前にテロ犯を見つけることができたなら、すべきことは拘束することであって話し合いではなかろう。
日本のもっとも基本的な間違いは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」ことであったのだ。
「我々は自分たちの血と命をあがない、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とするのが当然というか、この世にはそれ以外の解はない。
現実から逃避しても戦争からは逃れられない。
中国には核兵器、原子力潜水艦をはじめとした大量の武器弾薬と勇猛な戦士がいる。
北朝鮮は国民の5%以上が軍人である。これだけ国民を軍人にしていては農業も工業も成り立たないのは当然である。この国は食べることよりも戦うことを優先しているのだ。
韓国にも徴兵制があり、冬のソナタならぬ、軍服のそなたなのである。
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左の絵は陸海空の三軍の兵士総数です。
平和主義者が称える国ほど軍人が多いことにお気づきでしょうか?
北朝鮮では国民の5%が軍人です。これは日本が第二次大戦のときの軍人の割合をわずかに下回るという驚くべき数字です。
平和主義者が好む国になるためには日本は自衛隊を補強しなければならないようです。
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今、日本で戦争反対を叫んで者は絶対に平和主義者ではない。
彼らは意気地なしか、中国、韓国、北朝鮮のシンパであることは間違いない。
真の平和主義者ならいかにして平和を構築するかを論じるはずであって、念仏のようにただひたすら「戦争反対」と唱えていることは決してないだろう。
本日のまとめ
戦争を根絶したい。我々は戦争を望まない。しかし、戦争は戦争によってのみ廃絶することができる。
だから砲火から免れるために、我々は第一に武器を手にしなければならない。
世の平和主義者たちはとんでもない軍国主義者の言葉だと憤るに違いない。
しかしこれは毛沢東の言葉である。
中国陸軍もこのような戦車を装備するまでになりました。
もちろん使命感に燃えて、戦場の真実を伝えようと自ら志願するジャーナリストもいる。