「あいまいな日本の問題がスッキリわかる本」 辛坊 治郎 goodbetter

出版社ISBN初版定価(入手時)巻数
幻冬舎978-4-344-01334-62007/06/101300円全1巻

私はダジャレを語るだけでなく、おしゃべりである。キーボードを叩くのも早いが、話すのも早口。そのうえ口を閉じていることができないという子供のようなというか、子供のまんまの性分である。
それはどういうことかというと、仕事中も仕事でないときも、おしゃべりし続けているということになる。
そういう私がなぜ首にならないのかというと、それ以上に仕事をしているからに違いない。エッヘン
本当かどうか? それは定かではない 

ともかく、おしゃべりで、ダジャレばかりの、オヤジギャク男で、いいところはひとつとしてない。
困ったもんだ
でもおしゃべりするときは、自分だけではなく、相手に半分はしゃべらせている。そりゃ礼儀っていうもんだ。神様は口をひとつ耳をふたつ人間に与えたのだから、自分が話すことの倍は相手の話を聞かないといけないと、アダムのときから決まっているのだ。

futari.gif ところでいったい何をしゃべっているのか? というと、なんでもありである。
経済問題、外交政策、交通事故、政治家のスキャンダル、年金がなくなるぞとか、そしてもちろん商売である公害や環境問題、田舎のねずみと都会のねずみ、いや田舎暮らしと都会生活の比較とか、まあそういった世の中の話題全般である。ただ私はスポーツとか芸能関係が弱いのでそういった分野の話は聞くほうに回る。
あるときおしゃべりをしていて、「モー娘」という言葉が出てきたが意味がわからなかった。
「モー困った娘」なのか、「モーレツ娘」(これがわかればオジイサン)なのかと聞いたら、若い者が「そんなの常識ですよ」という。
なるほど、そういうことを知っていることは常識なのかと私は納得してしまったのだが・・・
そのとき、一緒にダジャレを語っていた私より少し若い者が「常識ってそういう意味じゃないよ」という。
常識とは古来の日本語ではない。Common sense の翻訳であるそうだ。Common sense を英和辞典で引くと常識、こりゃ不定だ。
安い英英辞典でみると、The ability to make good sensible decision or to behave in a sensible way とある。やわらかく言えば「すばらしい判断ができるとか、すばらしいふるまいができること」といったところか?
たくさんの知識を持っていることとか、世間話についていけることというニュアンスとは大幅に違うようである。日本語でも常識とは本来そういう意味だったのだと私より若干若い者は語る。
ちなみに国語辞典では
 (1)社会人として当然もっているべきの知識や判断力
 (2)共通感覚

とあって、彼の語る通りで共通知識とか基本的な知識という意味ではなかった。
なるほどと、私は感じ入ってしまった。モー娘などモーどうでもよく、常識の本来に意味を知らずに半世紀も馬齢を重ねてきたことを多いに恥じたのである。・・・非常に怪しい 
「そんなの常識ですよ」と語った若者が恥じたのかは・・・不明である。
いやあ、おしゃべりも大変勉強になるのであった。

私たちが生きていくに重要なのは、知識ではなく知恵であることは間違いないだろう。
仕事を変わったり、付き合う人が代わったり、住む所が異なれば、知っておかなければならないことが異なるのは当然である。
エスカレーターの乗るのでさえ、関東と関西では立つ人と歩く人の位置が逆である。
バスに乗るにもバス会社によって、前払いなのか後払いなのか、それ以前に前のドアから乗るのか後ろのドアから乗るのかが違う、そんなことを知らないとバスに乗れないのである。
しかしそのとき、バスの乗り方を知らないとは常識のない奴だとは言わないだろう。もし言う人がいればその人こそ常識のない人に違いない。だって、言ったように日本全国津々浦々、バスの乗り方が違うのだから当然である。それどころか羽田空港のリムジンバスなど同じ乗り場でも行き先によって前払いとか後払いがあるのだからそれを知らないからと責められたり、からかわれることはない。
常識とはそういうときに、ちゃんと運転手に聞いて対応することだろうと思う。その意味で常識とは知識ではなく知恵である。

バスに乗るくらいなら簡単だが、人生いろいろな問題にぶつかる。
koizumi.gif「人生いろいろ」といって、その発言を責められた首相がいたが、「人生いろいろ」といって何が間違いなのかいまだに私はわからない。
人生、個人的にも、会社でも、あるいは世の中を生きていくにもいろいろな問題に出会い、判断・決断しなければならないことがある。そういったときすべてを知っている人はいないのだから、どのように情報を収集してどのように判断するかということが求められることであり、そしてそれが常識ということになる。
まさに、
The ability to make good sensible decision or to behave in a sensible way「すばらしい判断ができるとか、すばらしいふるまいができること」ではないか。
しかし、このような能力を身につけている人は非常とまではいかないけれど少ないに違いない。だってうそ800マスコミの偏向報道や芸能人のお話を聞いてそのまま信じ込んでしまう人が多いってことはそれを裏付けている。
私のうそ800にはウソがないことを信じてほしい 
本来なら家庭や学校でそういう常識を教えなければならないのだが、親が常識を教えていないし、学校の先生は常識を教える以前に常識を持っていないようである。

そりゃすべての先生が常識を持っていないといえばウソになるが、日教組の先生方は The ability to make good sensible decision or to behave in a sensible way を持っているという証拠を私はまだ見出していないことを申し上げる。

「学校に裁量権を与えて国は財政負担しっかりして口出ししない教育行政が大事である。免許更新制、授業時数増など世界の非常識を日本はどんどんやっている。」日教組森越委員長(07/6/14)
ちょっと、スミマセン!
国民は学校が国民の要求に従った教育をする教育行政を求めます。学校に裁量権はありません。それも知らずに先生をしては困ります。そしてこれほどゆとり教育がダメだったというのに、改善するために授業時間数を増やさないでは、森越委員長あなたの年金を払う日本人さえ育たなくなりますよ。世界の非常識を語っているのはあなたの方ではないでしょうか。

さて、常識とは非常に重要なことであるとご理解いただけた。ところで、この常識を簡単に身につける方法はないのだろうか?
ジャスコやイトーヨーカドーに行ったら手ごろな値段で常識を売っていないのだろうか? 駅前のドラッグストアでは売っていないのだろうか?
ご安心ください。
ここに1300円で常識をご用意しました。
辛坊治郎の「あいまいな日本の問題点がスッキリわかる本」でございます。

この本を読むと常識がわかるかというと、もちろん現在報道されている国内国外の事件の見方というのはわかります。しかし一歩引いてみると、辛坊治郎の見方考え方が非常に常識的であるということに気がつきます。
そうか!常識的とはこういうことか・・・とひざを打つに違いありません。
いくら日教組の声明を読んでも、決して常識的にはなれません。
あるいは、朝日新聞を読んでいては、決して常識的にはなれません。

「早い安いうまい」というのは食い物の宣伝でございますが、この本も、「読みやすい安い面白い」と三拍子そろっております。
ぜひとも本屋でお手に取り読んでみてください。

なにしろ読みやすい本ですので、買わずに立ち読みですますって方法もありそうです。



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