Keisuke Hara - [Diary]
2003/12版 その3

[前日へ続く]

2003/12/21 (Sun.) 数学との遭遇

金土と週末は中央大學での「数学との遭遇 〜確率解析」 に参加。他分野の人を対象に話題の分野を易しいところから、 最先端のところまで紹介すると言ふ長年続いてゐる企画で、 ついに今回が確率解析。 私は一応、確率解析の専門家なのでそんなに感心するのもマズいのだが、 正直に言つてもの凄く勉強になつてしまつた。 うーむ、自分の教養と理解の不足を反省。

金曜の夜は確率関係の出席者たちと食事のあと、 渋谷に移動し、「黒い月」で N 井氏と会見。 最近、NTT AT から渋谷の小さな会社に転職して、 ネットワーク関係の開発などをしてゐるらしい。 医者に止められてゐるのか、 余程の理由があるらしく禁酒中ださうだ。 それではせめて心尽しの慰労をしなければと思ひ、 デュジャックのマール・ド・ブルゴーニュの逸品や、 直筆のタグとラベルのついた超熟成カルバドスなどの、 香りだけを味はつてもらふ。 もちろん勿体ないので、その後、私が中身を飲みました。 それでも N 井氏は私に深く感謝をしつつ、 バカラのグラスでジンジャーエールを飲んでゐました。 名酒の香りだけを味はひ、ジンジャーエールを飲む、さすが通人は違ふ。 飲みつつお互ひの現職引退後の計画について語り合ふ。

他には、初日に会場に行く前に猿楽町の「メーヤウ」でカレーを食べ、 土曜日の昼休憩には、 神保町の「崇文荘」に本を買ひに行つた帰り「松翁」で蕎麦を食べました。

出張中の読書。 「ナイロビの蜂(上、下)」(ル・カレ著、加賀山卓朗訳)。 ル・カレの中では最も読み易くサスペンスフルな部類であるが、 単なるページターナーではないし、けして軽くもない。 いつもの深く渋いル・カレ節である。 礼儀正しく、園芸だけが趣味の、 上流階級出だが出世コースから外れてしまつた地味な中年外交官、 と言ふ主人公の造形が、これまたいかにもル・カレ。 唯一残念なのは翻訳のタイトルで、 これは原題の "The Constant Gardener" を生かして欲しかつた。


2003/12/22 (Mon.) 自然的・和声的・旋律的

九時起床。少し講義の準備をして出勤。 12 時半から教室会議。 短時間で終了して、 午後は定期試験の問題を作つて提出したり、 書類を作成したり。 早目に帰宅して、自宅でまた講義の準備。 夕食に回鍋肉と豚汁を作つて食す。 夜はいつものチェロの練習。 メカニカルなところを少しと、スケール。 短調つてどうして色々な音階があるのだらう… エチュードは新しい課題のフランショームの曲をやつてみるが、 これは難曲。と言ふより、 フラットが三つもあるし、臨時の記号が山ほどあつて、 楽譜が読み難くて困る。ショパンの伴奏者だかださうで、 エチュードなのにロマンティックな良い曲ではあるが。


2003/12/23 (Tues.) ローピン

世間は休日かも知れないのだが、 R 大學では平日(それどころか月曜日)。 去年、ジョークとしてこの話は聞いたのだが、 本当だつた。事実は小説より奇なり。

遅めの起床。 午前中は講義の準備。大偏差原理について。 岩波数学辞典の確率論関係の項目は古い (と言ふのも、 第三版が書かれた頃から大進歩したからだが)、 とは良く聞いてゐたのだが、 「大偏差原理 (large deviation principle)」さへ、 項目になくて驚いた。 「大変動の問題」と言ふ同じやうなものを指す短かい項目はあるのだが、 今のプロバビリストが思ふ感じではない。 この問題自体は古いものだが、 今では確率論の中で持つその意味と重要さが一転してしまつてゐる。 今なら数学辞典の中で数ページくらひ割いても不思議はない。 確かに第四版の出版が待たれるところですね?K 岡先生。

昼食は、久しぶりに小麦粉をうつて、肉餅(ローピン)を作る。 薄力粉に小分けにぬるま湯を入れつつ練り、 少し柔らかめにまとめて、しばらく寝かせる。 その間に豚挽肉と葱で餡を作る。生姜と胡麻油を効かせるとよろしいかと。 実際、中身は何でもよいみたいです。 寝かせておいた小麦粉を麺棒で円形に伸ばし、 中央を原点として x 軸の正の部分に切り込みを入れ (平方根のリーマン面を作るときに同じ)、 第二、第三、第四象限に、 つまり第一象限を除いた四分の三円の上に餡を置き、 y 軸の正のところで折つて第一象限を第二象限に重ねる。 さらに x 軸の負の部分のところで折つて第二象限を第三象限に重ねる。 さらに y 軸の負の部分のところで折つて第三象限を第四象限に重ねる。 結局、四枚の四分の一円の間の三個所に餡がサンドウィッチされる。 これを大体、円形に整形して麺棒で伸ばして適当に薄くする。 表面が少し破れて餡がはみ出してきたりするが、それもまた良し。 油を引いたフライパンで片面に軽く焼き目をつけ、 裏返して蓋をして二分蒸し焼き、また裏返して蒸し焼き、 と数度繰り返し、最後に蓋をとつて強火で焼き目をつけ完成。 四つに切つていただきませう。


2003/12/24 (Wed.) Magic

世間はクリスマス・イヴかも知れないが、普通に出勤。 午後は「プログラミング演習」。 他、雑務など。

通信チェスで日本人初の SIM (Senior International Master) 誕生のニュース。GM も近いか。 インタヴューによれば本職は NTT 関連のネットワークエンジニアだとか。 このリストの酒井氏ですが(2003 年 12 月現在)、 同リストの下の方に引つかかつてゐる K. Hara が私です(笑) (来月は多分、ランク外)。 かう言ふ素晴しいニュースを聞くと、 段違ひに弱い私でも、 一度チェスでどこまで出来るか本格的にやつてみたい、 と思ふ気持ちがしないでもないのだが、 なかなか時間とエネルギーをさけずにゐる。 最近初めて、友好戦ではあるが ICCF 国際戦に参加したことでもあるし、 まずは ICCF でレイティング 2000 が目標かな…

クリスマス・イヴ企画として、 ブラウン神父ものでお馴染の G.K.チェスタトンの戯曲 "Magic" の序幕を翻訳してみました。 1923 年前後に出版された 150 部限定本から、訳を起こしました。 前後、と言ふのは、限定本自体には出版年が書かれておらず、 挟まれてゐるチェスタトン自身の自筆献呈文の日付が 1923 年となつてゐるからです。 おそらく、本邦初訳なのではないかと。 全三幕なので、序幕ではまだ事件らしい事件も起こつてゐないのですが、 チェスタトンらしい雰囲気を味はつて下されば上々。 第二幕、第三幕については、気分が乗つたらまたいつか。

それでは、 開幕…


2003/12/25 (Thurs.) 十日間の不思議

世間はクリスマスとかなのかも知れないが、 朝も早く出動。 いつものやうに遅れた電車に乗り大学へ。 午前は「確率論」。大偏差原理の入門。 生協食堂で昼食をとつて、 午後は「積分論 II」。 続いて、夕方から物理の Y 地君の Dym-McKean 自主ゼミ。 エルミート多項式の色々な計算。 帰りの電車もいつものやうに遅れてゐた。

大学業務上は、今日で仕事納め。 仕事始めは五日からで、丁度、十日間の冬休み。 今年は特に何のイヴェントもないせゐか、 歳の暮れと言ふ気分がまるでしない。 これが正しいのかも知れないが、 全く季節らしさがないのも寂しい。 せめて、おせち料理でも作りながら、 一人で今年の反省会でもするかな…


2003/12/26 (Fri.) 猫と菫の関係

午前八時起床。午前中は講義の準備。 昼食は小麦粉をうつて生地を作り、 作りおきのトマトソースを使つてピザを焼く。 午後から休暇に入る。 珈琲豆が切れたので買ひ出し。 序でに本屋で、 単に装丁がお洒落だからと言ふ理由で 「現代思想」臨時増刊の「フーコー」、 「彷書月刊」の一月号等を買ひ、 帰りに近所のワイン屋に寄つて帰宅。 夕食は根菜の味噌汁、納豆、海苔など粗食。

「歴史の方程式」(M.ブキャナン/水谷淳訳/早川書房)、読了。 トンデモ系の装丁がひどいが、 中身はかなり誠実に書かれてゐる。 最近、流行のスケール不変性やベキ乗法則の解説本で、 随所に散りばめられたエピソードも楽しい。 文献表の中の註釈に書かれてゐたのだが、 ダーウィンは「ある地方に猫が多いと、花が増える」 と主張してゐたらしい。 猫が増えると鼠が減り、鼠が減ると蜜蜂が増え(?)、 蜜蜂が増えた結果、 ムラサキツメクサとパンジーが増えるんださうだ。 これが猫好きの人が多いイギリスで綺麗な庭が多い原因らしい。 正気か、ダーウィン… 植物にトランペットだかを聞かせる実験をしてゐたと言ふし、 ダーウィンつてかなりの奇人だつたのでは。


2003/12/27 (Sat.) 虚体

寒い。今日の京都南部の最高気温は 5 度。 久しぶりに京都らしい底冷えのする一日。 昼食はいつものやうに粗食。午後は読書など。 埴谷雄高の「死霊 I」(講談社文芸文庫、全三巻)。 随分前から、確か二十年くらい前から、 いつか読まねばと思つてゐたのだが、 今年文庫版が出たこともあり、ようやく今にして。 冬休み中の課題図書。夕食はベンガルカレー。 食後も読書。少しチェロを弾いたり。 夜にまたお腹が空いてきたので、 小麦粉でフォカッチャらしきものを作成して食べる。


2003/12/28 (Sun.) 断章

十時起床。 食事がてら外出して、 近所の本屋で「ユリイカ」の12月臨時増刊号「ロラン・バルト」 を買ふ。 みすず書房から全集が出るので、その宣伝も兼ねてだらう。 今の日本の粗雑で鈍感で傲慢な、 つまり一言で言へば、田舎者天下の、雰囲気に反対置するやうに、 この上なく繊細で優雅で穏かなバルトに注目が集まるのは分からないでもない。 とは言へ、 私自身は単純に、記号論やら構造主義やらはさておき、 バルトのいかにも良家の子女的な、 はつきり言つてしまへば、お嬢さん的な、性質が好きだ。 少し驚いたのは、バルトが交通事故で亡くなつたのは 1980 年のことで、 もう二十年以上にもなるのか、と言ふことである。 思へば、当時のスターたちはほとんど死んでゐるのだなあ。

さらに、買ひ出しのため河原町方面へ。序でに、 ロラン・バルトにちなんでシューマンのピアノ曲の CD を買ひ、 また、荒俣宏「本読みまぼろし堂目録」(工作舎)を買ふ。 夕食はいつもの粗食。 TV「劇場への招待」で玉三郎の七役でお染久松を観る。


2003/12/29 (Mon.) 堅気

午前十時起床。 目覚しに少しチェロを弾いて、 昼食にオムライスを作つて食す。 午後はさらにチェロをさらつてから、 膳所にレッスンに行く。 夕方帰宅して、夜は梅田で忘年会。 A 君の堅気な人生に驚く。 京都方面行きの終電に乗つて帰宅。


2003/12/30 (Tues.) 煮染め

正午近く起床。 面倒なので、カルボナーラの昼食。 歳の瀬で懐に寒さを抱へつつ、 スーパーに食材の買ひ出しに行く。 古畑任三郎の再放送を観つつ、 実家にお土産に持つていくための煮染めを作り始める。 今年も昆布だけのだしで精進風に仕上げることにする。 煮染めは単に野菜の皮を剥いて煮るだけの料理だが、 実際は、水にさらしたり、あく抜きをしたり、 素茹でをしたり、ざるにあげたり、 そしてやうやく、煮染めに入る。 と、いくらでも手間がかかる料理である。


2003/12/31 (Wed.) 創造的無能

また正午近く起床。 昼食に温麺を食べて、煮染めを重箱に詰める。 絹莢を塩茹でして飾りつけ、風呂敷に包む。 TV で南座の顔見世を観てから、 夕方、実家に向かふ。次回更新は二日の夜。

今年一年を振り返つてみるに、 特に取り挙げて何もなかつた年と言ふか、 地味な一年だつたなあ… 今年は勉強の年と位置づけてゐたのだが、 やはりサボり気味であつた。 反省してもしやうがないが、反省。 昨年まで書いてゐた本二冊が出版されたのは良かつたが、 でも、それは昨年やつたことなので、今年のこととは言へない。 論文は二つ書いたのだが、音沙汰なし。 でも、これらの内容は昨年以前に考へたことなので、 これまた今年のこととは言ひ難い。 結局、淡々と無能に暮らした一年だつた。 「ピーターの法則」で言ふところの、 無能レヴェルに到達したのかも知れないし、 あるいは、「創造的無能」戦略が成功してゐるのかも知れない(笑)

*1: ピーターの法則: ある社会階層で有能な人間には昇進圧力がかかり、 その次の階層に昇進して行くため、 いずれ、全ての人間が、 その階層で無能であるレヴェル(「無能レヴェル」)に到達して停止する。 その結果として、 社会の全ての階層は無能者によつて占められることになる。 つまり、生産的なのは階層を上昇中の過程においてだけであり、 本質的には、常に社会全体は無能状態にある。 これを回避して、自分が有能でゐられる階層に留まるには、 無能を演じる必要がある(「創造的無能」)。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
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