白龍亭・伏姫が道節を見捨てた日

目次 >> 考察 >> 八犬伝邪読/伏姫が道節を見捨てた日(1998年〜)

[ 八犬伝邪読 - 10 ]

 また道節ネタである。

● 火遁の術
 忠玉の犬士・犬山道節は、火遁の術を使う怪しい道士・寂寞道人肩柳として八犬伝世界に登場する。正か邪か、というその異様な姿は強烈である。

 そんな道節が自らが使う「火遁の術」について語るのは、瀕死の浜路に対してである。
 死の苦しみを味わっている人間を相手に、祖先から伝わる火遁の書の暗号を解いたと自慢し、火遁と木遁の術に関する蘊蓄をたれる。そんなこと言っている場合じゃないだろ、という場面だ。
 問題はこの蘊蓄にある。
 まず、火遁の術が隠行五遁のひとつであり、火遁の他に、木遁、土遁、金遁、水遁があると言う。その上で歴史上の実例として、源頼朝が石橋山の戦い(平家打倒に立ち上がって最初の本格的戦闘)に破れて安房に逃れる時、木遁の術を使って敵の追撃から逃れたと語る。さらに源義経が、戦死したとされる衣川の戦いにおいて、実は火遁の術を使って逃れて蝦夷で生き延びたとも言う。源氏の本家兄弟が揃いも揃って怪しい術を使うのである。「源氏+超自然的パワー」というこの図式を記憶の隅に留めておいてもらいたい。

● 邪法?
 道節は荒芽山で八犬士の仲間に入った時に、火遁の書を邪法だとして捨ててしまう。
 犬山家の祖先が子孫のためを思って残しておいた書を、いとも簡単に捨ててしまうので驚くのだが、道節のいう「邪法」は少しおかしい。道節は、民衆を騙して金を巻き上げるために火遁の術を使った。この使い方が邪道なのではないのか。それを火遁の術そのものが邪道だと言い換えるのは、はっきり言ってごまかしの類だ。

 道節の言う邪法とは「まともな武士の使うものではない」という意味である。
 この論理からすると、武家の頭領たる源頼朝も、軍事の天才たる源義経も、まともな武士じゃないわけだ。平氏の血筋(豊島練馬一族は平氏である)たる道節の源氏批判なのか否か。いずれにせよ、超自然的パワーに頼るのを武士としてあるまじきことといって非難しているのは事実だ。これは問題である。
 道節は火遁の書を捨てた日に、名刀村雨を犬塚信乃に返却している。これも超自然的パワーを持つ代物だ。これも道節は捨てたわけだが、以後この刀を持つ信乃は武士としてあるまじき者になってしまう。さらに言えば、この刀の本来の持ち主は源氏の嫡流足利家であり、前述の「源氏+超自然的パワー」という図式がここに見える。

 この図式に当てはまるものがもうひとつある。
 里見家だ。里見も源氏の本流に限りなく近い名家。しかも、伏姫神女の加護という超自然的パワーに守られている。道節の批判の刃は、無意識のうちに里見家にも向けられてしまったことになる。

● 伏姫神女の怒り!?
 文明十年七月七日。
 火遁の書を邪法だといって捨てたこの日を境に、実は、道節の運命は大きく変わっているのである。

 邪読-01「毛野と道節は仲が悪い」にも書いたが、犬阪毛野による謎かけを解けなかった道節。はっきり言って「頭が悪い」という扱いである。その他にも粗忽な行動の多い道節だが、この日以前は違う。先祖代々誰も解けなかった火遁の書の暗号を解読している道節は「頭が良い」のである。道節がバカになったのはこの日以後なのだ。

 道節は扇谷定正を主君と父の仇と狙う。
 この日以前の仇討ちでは、定正こそ外したが、主君煉馬倍盛を討ち取った越杉駄一郎遠安と、父犬山道策を倒した竈門三寶平五行の首を取っている。ところが、この日以後の仇討ちはまったく収穫なし。

 道節は一度土中に埋められて殺されている。そんな状態から蘇生した奇跡の人間なのだが、この日以後、他犬士に見られるような「伏姫神女の加護」という名の奇跡はまるで見られなくなる。

 ……つまり、この日、道節は霊的な母たる伏姫に見捨てられたのだ。
 そんなわけで、それまで道節の家臣だった姨雪世四郎とか音音とかいう人々も伏姫最愛の息子・犬江親兵衛の下に行ってしまう。さらに、道節の子供たちは他犬士の子供たちとの婚姻も出来ない。まったく口は災いのもとである。ま、そんな道節も道節だが、伏姫も伏姫。自分が生み出した八犬士を露骨に差別してしまう。母親失格かも。


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