名誉毀損(めいよきそん) 2009.01.30

私は毎朝、起きるとネットのニュースをみるのが日課です。新聞等読まなくてもだいたい間に合います。さて本日のヨミウリオンラインを眺めていると次のような記事が目に入りました。

ネット中傷「反論できると限らず」、会社員に逆転有罪判決
自分が開設したインターネットのホームページ(HP)で、外食店の経営会社を「カルト集団」などと中傷したとして、名誉棄損罪に問われた東京都大田区の会社員橋爪研吾被告(37)の控訴審判決が30日、東京高裁であった。
長岡哲次裁判長は、「インターネットの個人利用者が書き込んだ情報に限り、名誉棄損罪の適用を緩めるのは、被害者保護の点で相当ではない」と述べ、無罪とした1審・東京地裁判決を破棄し、検察側の求刑通り、罰金30万円を言い渡した。
1審判決は、個人がネット上に掲載した情報について、「信頼性は低いと受け止められており、被害者の反論も容易」として、〈1〉わざとウソの情報を発信した〈2〉個人でもできる調査も行わずにウソの情報を発信した――場合にのみ名誉棄損が成立するという新たな基準を提示。橋爪被告が書き込んだ内容について、「事実ではないが、ネットの個人利用者に要求される程度の調査は行っている」と述べ、名誉棄損には当たらないと認定した。
これに対し、控訴審判決は、「ネット上のすべての情報を知ることはできず、書かれた側が反論できるとは限らない。見る側も、個人の発信する情報が一律に信用性が低いという前提で閲覧するわけではない」と指摘。個人のネット利用者に限って名誉棄損罪が成立するハードルを高くすることは認められないとした。
(2009年1月30日 読売新聞)

こんな記事を読むと、いつか私も名誉棄損で訴えられないとも限らないと不安になった。
なにしろ毎度このウェブサイトにISO認証機関、そこで働くISO審査員、最近ではISO-TC委員批判までしているのでアブナイ。訴えられる前に、うそ800なんていうサイトをたたもうかしら? なんて思ってしまいました。
ところで、名誉棄損とはなんだろうか?

(名誉毀損)
刑法 第二百三十条  公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

これをそのまま読むと、対象者が明確に限定されていることが必要のようだ。なにしろ親告罪(被害者が告訴する必要がある)なので、ご本人が自分のことだと立証できないと告訴することができない。「間違った審査をしているISO審査員がいるぞ!」と書いても、日本にはISO審査員は何千人もいて特定できないので成立しないようだ。氏名を明確に挙示しなかったとしても、誰であるかを察知できれば成立するとある。
ところで、「間違った審査をしているISO審査員がいるぞ!」と書かれた審査員とは自分のことだと自覚したところで、訴えるかどうかはわからない。
上記刑法では事実の有無にかかわらずとあるが、裁判になればその事実関係は明らかになるだろう。そのとき、私が書いているわけだから、間違った審査であることが事実となる可能性はかなりというか非常に高い。その事実が明らかになることは、裁判に勝ってもうれしくはないだろう・・と思う。
仮にある審査員がうそ800を名誉棄損で訴えて、裁判になり私が有罪になったとしても、審査の状況や審査報告書が報道されてその内容が広く知れ渡ることは、審査員生命を絶たれることにつながることになるのではないだろうか?
それよりは黙っていて、今後はまっとうな審査をしようと考えるのではないかと期待する。
そんなふうに考えるのは楽観的すぎるだろうか?

不思議だが、事実であろうと嘘であろうと名誉を棄損したら罰があるということ。しかしこれもまた、名誉を棄損してはいけないが、事実を単に事実として述べれば該当しないように思う。誹謗中傷せずに、事実を事実として述べることが犯罪になるなら、言論の自由は侵されることになる。今回の裁判でも「カルト」といったからまずいのであって、それ以外の平穏な表現であればよかったのではないか。

さて、振り返って私が訴えられる可能性はあるだろうか?
いや思い当たる節は多々ある。
「審査は規格を教える場である」と語った認証機関の幹部を批判した。この場合、月刊誌に該当者が文章とともにご芳名、写真付きで掲載されているので、対象者は明確だ。
しかしその方が語っていることは、規格で定める事項と全く異なることもあきらかである。審査は規格適合を判定することであり、教育することではない。
次に、私は該当者をひどい言葉で形容しただろうか? 誹謗中傷しただろうか? 単に思い違いであると述べたのである。
まあ、問題にならないように思う。

「審査の際に企業の担当者が審査員の語ったことをメモしない」と嘆いた審査員を批判した。この場合も該当者は明白である。
私が「私に言わせると、まともな所見報告書さえ書けない審査員の話をありがたく聞くと思うのか不思議です。」と書いたことは名誉棄損になるだろうか?
侮辱的な言葉を使っていないことは間違いない。私の文章を読んだ人がその審査員の論に疑念を持ったとしたら困るのだろうか?しかし、それこそが議論すべき論点であり、私の説に異論があれば、名誉棄損で訴える前に論破すべきだろうと思う。
いやしくもISOの世界にいて、規格や審査基準の解釈で疑義を呈されたら、名誉棄損で訴える前に、反論し論駁しなければそれこそ信用を失い立つ瀬がないだろう。
とすると、私は、訴えられる前に、反論されることを心配せねばならない。もっとも私から批判論を語ったのだから、反論を恐れるのは筋違いである。カウンターが怖ければ批判をするべきではない。

規則通り運用していないケースを「環境方針の項番」で不適合とした者がいると書いたこともあった。
でもこの場合は、個人を特定していない。そして事実であると聞いてはいるが、審査員の名前を私は知らない。
この場合、名誉棄損が成立するのだろうか? その方が気がかりである。

いや、心配ごとはそれだけではない。
そういえばISOの大御所、飯塚先生も批判したことがあった。
いやあ、どうも私も言いたい放題、ひと様のご意見を批判ばかりしているようだ。
さて、その件について私はどう書いたかというと、「ところでこの先生、ISOの定義の理解など規格の専門家ではないということがミエミエです。」と書いた。
うーん、こりゃ確かに権威を否定していることは間違いない。だけどその論議の前に、まず飯塚先生が文字に書いたものがあり、私はその論理に疑義を呈した結果を述べているに過ぎない。まあ、大丈夫ということにしておこう。

なにしろインターネットには「論敵の本を読むことなく論駁してみせる」と書いている大学教授さえいるのだから
【論駁】(ろんばく)相手の意見や説の誤りを非難し、論ずること。
おっと、そんなことを書くと、今度はこの先生から名誉棄損で訴えられるかもしれない。

本日のおやすみなさい
まあ、ということで、本日は安心して眠るつもりです。

私が引用する場合の基準はここに記しております。
本日の駄文の文字数は2750字、ヨミウリオンラインからの引用は584字、刑法の引用は116字(もっとも法令の引用は自由である)、合わせて引用率は25%である。朝日新聞の天声人語の引用文字数の平均は20%でMAXは50%弱であるから、この観点からも大丈夫だろう。

あらま様からお便りを頂きました(09.01.31)
名誉毀損について
佐為さま あらまです
ひぇ〜ぇ。佐為さま、小生を訴えないでくださいよ。
かといって「数々の無礼をお許しください・・・」なんても言いませんよ。
今後も、言いたい放題しちゃいます。

何をおっしゃる、あらま様
名誉棄損とは、名誉があるとお考えの方が、それを汚されたと気分を悪くすることでしょう。
私は名誉なんてありませんので、そもそも・・・・


KY様からお便りを頂きました(09.02.06)
名誉毀損とブログ炎上
「名誉毀損」についてですが、某タレントのブログに脅迫同然の書き込みをした面々が書類送検されましたね。
マスゴミはこれを「過去に例を見ない取締り」と評してますが、名誉毀損の定義が拡大解釈されないか、かなり気になりますね。マスゴミは「ブログ炎上」の定義を勝手に解釈していますが、既得権益を奪いかねないネットを快く思わない彼らにしてみれば、人権擁護法案成立への布石にしたいのか、と勘繰りたくなります。
「炎上」と言えばかの「無防備マン」のブログがその論理矛盾ゆえに多数のツッコミが寄せられてまともに反論が出来ず、アイデンティティを守るために閉鎖と言う名目で「引きこもった」例が有名ですが、マスゴミは「炎上」をスパムコメントを多量に送りつける「嫌がらせ」という意味だけに誘導したいようです。それに便乗してサヨクが自分達への批判を名誉毀損に摩り替えて言論弾圧の口実にしたがっているかもしれません。かつて南京事件の「自称被害者」の証言の矛盾を突いた論調を名誉毀損のレッテルを貼って貶めようとし、半ば成功した例もありますから。
今後の警察の動向とマスゴミの論調には充分警戒が必要ですね。

KY様 毎度ありがとうございます。
おっしゃること、良く分かります。
朝日の敵は産経ではなく、読売のライバルは毎日ではない・・ですからね
活字メディアの敵はインターネット、憎きインターネット退治のためなら右も左も手に手を取って立ち向かう、ああ麗しい戦場愛
自動車の時代に蹄鉄を作ってもしょうがない、新聞というビジネスモデルが時代遅れになろうとしているとき、ジタバタするのはみっともない
といっても彼らは新聞しか手ゴマがないのでしょう。
成仏するのを見守りましょうか


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