ケーススタディ 法規制の把握 09.12.20

山田は岩手工場の環境遵法監査に参加して考えがだいぶ変わった。ISOの認証などよりも重大なものがあるということだ。それは「法違反をしないこと」だ。法違反というと聞こえが悪ければ、上品というか積極的に言えば「法を守る」ということだ。
もちろんISO14001はそれとは矛盾しない。ISO14001規格の序文では「法を守り、パフォーマンスを継続して向上していくためには、マネジメントシステムが必要である、そのマネジメントシステムの要求事項を定めたものである」と述べている。それを言い換えれば確固としたマネジメントシステムがなくても、ISO14001規格に適合していなくても、法を守るということは重要で、優先的に確実にしなければならないのだ。
だが、ISO認証している企業の多くはオママゴトのシステムで、法を守るということを確実にする仕組みではないように思える。紙ごみ電気なんて活動テーマは、ISO規格の目指すところでもないようだし、遵法を確実にするために少しも寄与しないように思う。パフォーマンス向上も華やかなコミュニケーションも確実な遵法があってこそなのだ。

岩手工場の監査から戻ってきてから、山田はできる限り公害防止とか公害に関わる法規制などをインターネットなどで調べるようになった。そして2007年に環境省と経済産業省が共同で出した「環境管理ガイドライン」というものがあることを知った。
世の中で環境に関わる測定データのかいざんをしている会社が多くあるとは思えないが、現在では環境事故防止や遵法のためよりも、多くの企業は環境配慮製品や環境イメージという方面に金も人も投入しているのは事実であるように思う。
社会的な評価、例えば日経新聞が毎年行っている環境経営度調査でも、環境事故防止とか環境違反防止のための行動よりも、見た目とか、華やかなことに配点が置かれていると思う。しかし素晴らしい省エネ製品を出すことも重要だが、事故を起こさないこと、違反をしないことがその100倍も大切というと変だが、基礎としてあるのではないか。いくら良い製品を出そうと、環境で企業イメージをアップしようと、ひとたび事故を起こしたり、あるいは違反をしたら、いや自身でなくても委託した廃棄物業者が違反をしても、すべてがパーになってしまう。
「環境管理ガイドライン」は「環境管理の原点に帰れ」というメッセージあろう。

ではそのためにはどうすべきなのだろうか?
山田は結果オーライとか知らぬが仏状態ではなく、法規制やリスクをしっかり把握することが環境管理の原点だと思う。
しかし待てよ、それはISO14001の4.3.1と4.3.2そのものではないか?
わざわざ環境省や経産省がガイドラインを出すまでもないことではないか?
それともISO認証している企業のほとんどは環境方針の次に出てくる重要なこの2項目をないがしろにしているのだろうか?
点数方式で著しい環境側面を決定しなさいということは、とりもなおさずいいかげんでバーチャルな環境側面を把握しなさいということと同義ではないか? だからそういう方法で著しいものを決めている企業では、真の環境側面を把握することができず、リスク管理ができないということではないのだろうか?
そう考えると山田は審査員の5日間コースを思い出した。講師は著しい環境側面を決定する方法として点数方式を薦め、法規制の把握方法もたくさんの法律の名前がリストされた表を渡して、各社が該当すると思われるものに○×をつければいいのですと語った。それを思い返すと、山田は講師の顔が思い浮かび、怒りが込み上げてきた。
あんな講習会を受けただけの人は環境法規制をしっかりと把握せず、法律の名前のリストに○×を付けておしまいというのも多いことだろうとため息をついた。山田自身が廣井などと環境監査に行かなければ、そしてISO審査しか見ていなければ環境管理とはどんなものかを知らなかったに違いない。
本当を言えば、山田は環境管理の実際などを知らないのだ。工場内の廃棄物を集めて業者に引き渡したり、排水処理施設が故障すれば、寒風吹きすさぶ、手が凍りそうな水に手を入れて分解修理をしなければならない。環境管理とはそういうものだ。

山田は鷽八百本社の環境マニュアルを広げた。いったい4.3.2では法規制を調べるのにどのような手順を定めているのだろうか?

鷽八百本社環境マニュアル第○版

4.3.2 法的及びその他の要求事項

  1. 環境保護部は、毎年4月に本社の活動に関わる環境法規制及びその他の要求事項について、次の情報源を調査する。
     ア,インターネット(電子政府他)
     イ,関係書籍(環境六法等)
     ウ,その他関係機関等
    また、新たな事業活動が追加された場合はその事業を行う部門は環境保護部にその事業内容を報告し、環境保護部はその新規事業に関わる法的要求事項を調査する。
  2. 環境保護部は、前項の調査の結果を「法的及びその他要求事項一覧表」にまとめて、本社のイントラネットに掲載する。
  3. 環境保護部は全社に関わる法的及びその他の要求事項に関しての運用手順を定める。
    但し特定の部門のみ関わる法的及びその他の要求事項に関しては該当部門が運用手順を定める。



まっさきに山田が感じたのは、毎年1回というインターバルで良いのだろうか?ということだ。法改正は国会の会期中のみある。しかし施行令や省規則はいつでもある。それらに改正があれば速やかにそれを把握し対応しなければならない。そのためには1年に1回という頻度では不十分だなと思う。そのタイムラグで法違反が起きたらどうするのだろうか?
それに、法改正といっても突然降ってきたり湧いてくるものではない。業界からの情報もあるだろうし、パブリックコメントもあるだろう。そういう情報に基づいて事前に対応まではしなくても対応策は検討しているはずだ。そういう現実の運用が抜けているように思える。
だが待てよ、そもそも法規制を調べるのは環境保護部なのだろうか? 事業を行っている部門がすべきではないのだろうか? いや事業を行っている部門のみがその業務の実態を知っているのだから、関係する法規制を把握できるのではないだろうか?
ところで、このマニュアルでは本社が関わる法規制と言っているが、例えば岩手工場の排水処理施設や千葉工場の脱水装置に関わる法規制は無縁だと言えるのだろうか? ほとんどの届は社長名であり、事故や違反が起きればトカゲのしっぽ切りなどできるはずがなく、すべて鷽八百社としての問題であることに間違いない。とすれば、鷽八百本社の関わる法規制とは、各工場が関わる、いや全国に所在する支社や倉庫などの事業拠点すべてが規制を受ける法律、条例などを包含しなければならないはずだ。
山田はボールペンを鼻と上唇ではさんでじっと空中をにらんで考えた。
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廣井がコーヒーカップを持って山田の傍を通りかかった。
「オイオイ、何か難しいことを考えているのか? 知恵熱でも出たのか?」
山田は返事をしようとして口を開けボールペンは床に落ちた。
「いや、毎度つまらないことですよ。法規制をどのように把握するのかと考えていたのです。」
「つまらないことではないと思うけどね・・」
「廣井さん、話のあやですよ」
「話のあやという用法もどうかと思うが・・法規制の何を考えていたんだい?」
「つまりですね、本社というか我々環境保護部が把握し対応しなければならない法規制ってどうやって把握し、対応するかを決めるのかということです。」
「なるほど、それで環境マニュアルを眺めていたのか?」
廣井は山田の机から環境マニュアルを取り上げてパラパラとページをめくった。といっても読むでもなくどこかを探すのでもなさそうである。
「本社がISO認証しようという時、いろいろと考えたということを以前言ったね。」
山田は岩手工場の不法投棄事件の時に廣井から認証範囲を決めたいきさつを聞いたことを思い出した。
「まあ、このマニュアルに書いてある法規制の把握は嘘とも言えないが、実態をすべて記述しているとは言えないね。ISO審査で適合判定を受けるために書いていると言っても良い。」
「廣井さん、考えたのですが、本社が関わる法規制という範囲は、当社の全拠点が関わる法規制を取り上げるべきではないですか?」
「いや、それだけでは済まないよ、全世界の拠点を含めるべきだろうね。」
山田は廣井が簡単に山田の意見に同意したので驚いた。
「それではマニュアルとは違うのですね。実際にはどのような仕組みなのですか?」
「おいおい、山田君だってこの会社に入って20年選手じゃないか。君のいた営業部門では事業に関わる法規制をどうして調べていたのかね?」
山田は営業の仕事ではどのように法規制を学び、対応していたのかを思い返した。
「入社して営業に配属された時、座学でやらなければならないこと、してはいけないこと、注意すべきことを習いましたね。それと契約書などは自分で一から書くのではなく、会社の共通ひな型を使うように指導されました。そこには守秘義務とか網羅されていますから書き漏れが起きないためですね。
それからケーススタディで下請法や建設業法などについても要点を習いました。そして毎年コンプライアンス教育といって数日の缶詰教育がありました。一度は大学の商法の講座に派遣されたこともあります。でもそれらはすべて受け身の立場で受講したので、そのような法規制を誰が調べていたのでしょうか?」
「当社では遵法規則というのがあって、会社は事業活動に置いて規制を受ける法律を守ることを明言している。そしてその会社規則の中で、法律の担当部門に割り振っているんだ。君は営業のラインにいたから知らないかもしれないが、営業の企画部門が営業に関わる法律を調べることになっている。そこで担当する法規制の制定や改正を常時調べて、社内の営業マンの教育資料や契約書などのひな型をメンテナンスしているんだ。」
「なるほど、そうだったのですか!」
そのようなことを山田は初めて知った。
「しかし廣井さん、じゃあ同じく考えると環境法規制は環境保護部が担当ですよね?」
「そうだよ、環境マニュアルに書いてあるとおりじゃないか?」
廣井は笑っている。
「でも廣井さん、マニュアルに書いてあるように毎年4月だけ法律を調べているわけじゃありませんよね? 例えば廣井さんは業界団体の法律の分科会に入っていて、新しい法規制などの情報収集や対応方法を検討しているじゃないですか? そういう現実はマニュアルに書いてありませんね?」
「まあ、そのへんになると微妙というかバーチャルというか・・
本社がISO審査を受けるに当たって、内部でいろいろと議論したことは前にも話したよね。そのときあるがままの会社の仕組みを見せて審査を受けようという考えと、認証を得るのに必要なだけ当社の仕組みを小出しするという考えがあった。お断りしておくが、まったく架空の仕組みを見せようという邪道ではないよ。世の中には審査に合格するためのバーチャルな仕組みが多いのは事実だがね・・当社はウソとか架空のシステムを説明しているわけじゃない。」
「それで会社の仕組みを全部ではなく、審査員が納得するだけ見せるという仕組みになったのですか?」
「まあ、そういうことかね。法規制なんて官報に載ってから対応するなんてことじゃ出遅れてしまうことはいうまでもない。だから法律が制定あるいは改正される前に、業界団体としてその情報を把握し、可能ならロビイ活動もするし、事前に社内にも周知して対応策をとっておくのはビジネスの基本だ。だがそういう活動をマニュアルに載せるのは手間暇だけの問題ではない。その記録も見せなくてはならない。君も知っているだろうが、当社に来る審査員は認証機関に所属している人ばかりではない。」
「と言いますと?」
「契約審査員といって、認証機関以外の会社に働いていたり、コンサルタントなどの独立事業者が認証機関と契約して審査員をしている人が多いのさ。認証機関によってはプロパーの審査員より契約審査員が多く過半数というところもある。我々が忙しいとき外注を使うのと同じことだ。」
「つまり、廣井さん、会社の秘密をばらすことはないということですか?」
「まあ、秘密というほどではないが、わざわざ我々の手の内を見せることはないだろう。」
「審査員と守秘契約はしていますよね?」
「守秘といっても当社で見たことを審査員が外で講習会のネタや、あるいは手順や規則の参考情報にされることは間違いない。
それとちょっと違うが、先日行った岩手工場も本社と同じ認証機関が審査している。でも山田君も分かったろうが、ISO審査が岩手工場の遵法とリスク管理に貢献しているとは思えないだろう。我々が岩手工場の環境監査をしてたくさんの不適合を検出し、是正させていることを知ったら、審査員はいい感じをしないだろうね。」
「廣井さん、ISO審査では岩手工場がどのような方法で法規制を把握し、それを社内展開しているか、順守評価しているかをチェックしているはずですよね? それがまったくというかほとんどというか、役に立っていないというわけですか?」
「他に考えられるかね?」

本日の願い
いくら私がキーボードを叩くのが早いと言っても、この5000字を叩くには1時間半かかりました。だからせめてこの駄文をお読みになられた方の数人でも遵法を確実にするためには法規制の把握が重要であると再認識され、そのために4.3.2項の手順の見直しをされることを期待したい。
おおっと、認証機関におかれましては審査で4.3.1項も4.3.2項もしっかりと見てほしいところです。



本日の課題
・あなたの会社のマニュアルでは法規制の把握方法をどのように書いてありますか?
・それは実態ですか?
・それは有効ですか?



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