ケーススタディ 内部監査報告書 10.02.07
先日、内部監査のレベルという駄文を書いたら、どこぞのお方が私の力量を疑う書き込みをされた。疑われても困らないが、おかげでテーマがひとつ浮かんだので本日は私の考える監査報告書を書く。

鷽八百社の今年度の内部監査も計画とおり終わり、監査報告書を書かねばならない。昨年までは平目が書いていたが、今回は山田が書くことになる。
山田は監査報告書がどうあるべきかと思いめぐらした。監査終了後に報告書をどう書くべきかと考えるのは筋違いなのだが、担当者の引き継ぎがあったのだからやむを得ない。
ひとつの監査報告書を見てもそれは1点測定であり、得られる情報は非常に限られている。血圧だって体重だって、継続して測定してはじめて平常値が分かって異常か正常かを判断でき、また時間的なトレンドを把握すれば予防処置もできるというわけだ。
監査報告書も同じだ。監査で把握したシステムの運用状況や不適合の移り変わりを見ればマネジメントシステムがどのように変化しているのか、変化していないのかが分かる。それによってフィードバックが可能になる。山田は過去の監査報告書を見て考えようと思った。それは単なる過去の踏襲とは違う。
鷽八百社がISO14001を認証して数年になる。定期環境監査は毎年1回、そして事故や不具合が起きた時は臨時環境監査を行うことにしている。実際には過去に臨時環境監査を行ったことはない。だから報告書は保管期間である5年分、5回分がある。
山田は過去のものを机上に並べて、いかなる変化があったのかを眺めた。しかし過去5回分の監査報告書を見ても、山田はマネジメントシステムの進化というか変化についての情報は得られなかった。というのは、平目の書いている報告書は単に実施時期、対象部門、そして発見された不適合の羅列なのだ。このような監査報告書では経営に寄与するとも思えず、それ以前に規格適合とも思えない。過去何年もISO審査で適合と判定されていたのは事実であるが。


取締役社長殿
○年度内部環境監査報告書

○年○月○日
環境監査責任者
(担当 平目)
  1. 監査重点項目
    1. 有意な設備の運用状況確認
    2. 廃棄物管理状況の確認

  2. 監査結果の不適合事項及び是正処置
    1. 不適合件数
      重大 0件、軽微 4件、観察 8件
    2. 主たる不適合
      No.ISO項番不適合内容部門是正状況
      4.5.2廃棄物のマニフェストの順守を怠っていた。総務部教育を行った。
      4.4.66月度教育記録に検認印がない。営業1部課長が確認後検認した。
      4.4.7緊急事態訓練報告書に管理番号がない。設備管理課番号をとった。
      4.5.4規定では行政からの指導記録を総務部で保管すると定めているが、設備管理部で保管している。設備管理部規定を現状に合わせた。

    3. 監査責任者コメント
      不適合はいずれも些細なことであるが、問題はルールを守るという意識が低く、日常管理が徹底していないことである。
      まずルールの重要性の意識付けと、ルールを遵守するしつけが必要である。
      また日常の管理方法としてビジブルにして不具合が目で見てすぐわかるように改善が必要。
      今回発見された問題については横展開を図り、類似不適合の防止を図ること。

    4. 経営者コメント
      おまえたち、高給をとっているのだからこんなアホな報告書を持ってこないでくれ。監査に何時間かかって、人件費、その間の機会損失を考えてみたまえ。ワシは社長として悲しいぞよ。


とはいえ、以前大学院生の藤田から聞いたことがあるが、彼の調査では経営者への報告をまとめず、各部門の監査報告をそのままたばねている会社もあるとのこと。経営者がそのような細かなものを読む暇があるとは思えず、事実の羅列では活用しようにもどうしようもないのではないかと藤田は語っていた。
部門ごとというとこんなものになるのだろうか?

○○部長殿
○年度内部環境監査報告書

○年○月○日
環境監査責任者
  1. 貴部に対して○年度内部環境監査を行いましたので、結果を報告します。
    マネジメントシステムはISO14001:2004に適合し、実施、維持されていることを確認しました。
  2. 今回の監査で発見された不適合は次の通りです。
    早急に是正処置を行い是正完了報告をしてください。

     重大な不適合証拠
    なし 

     軽微な不適合証拠
    組織変更があったが、環境マネジメント文書、EMPに関してそれに伴う見直しを行っていない。(4.5.5)組織表
    資材部EMP
    現場管理において下記の不具合がある。(4.4.6)
    ・省エネ基準を守らず、空調温度を設定していた。
    ・オフィスの廃棄物が分別基準を守っていない。
    資材部応接室
    新入社員に対する教育記録を作成していない。(4.4.2)資材第1課

山田は過去の報告書を何度も何度もめくったっていたが、実際にはそれを見ていたのではなく、どのような形にまとめたらよいだろうかと考えていた。
過去の監査報告書を書いていた平目に聞くのは嫌だったし、聞いても平目が過去に書いている以上のアイデアがあるとは思えない。工場の監査は廣井が監査責任者として監査報告書を書いていた。しかし山田は廣井にも教えを乞う気はなかった。どうあるべきかを自分が考えて作り上げたかった。
一般に文書は読む人の身になって書けという。また読む人が知りたいことを書くのも鉄則だ。知りたいことと言っても、耳触りの良いことという意味ではない。その人が必要な情報である。
環境担当役員が見て社長に出して問題ないと判断されるもの、社長が読んでためになったと思うものとはどんなものだろうか?

ISO規格では
1)この規格の要求事項を含めて、組織の環境マネジメントのために計画された取決め事項に適合しているかどうか。
2)適切に実施されており、維持されているかどうか。
を報告せよとなっている。
じゃあ、監査報告書の結論とは
「当社の仕組みがISO規格と社長方針と当社の業務に適合しており、その通り仕事が行われていることを確認した。」と書けばよいのだろうか? あるいは「適合していない」とか「ルールを守っていない人を発見した」と書けばよいのだろうか?
山田は、社長がそんな文章を読んでもあまり役に立たないように思う。山田は環境方針の時に社長からしっかりしろと言われているので、二度と自分が納得できない仕事をしたくなかった。
廣井が指揮して行う工場の環境監査はISO規格対応ではない。あれは遵法監査だ。法律及び条例その他の公的な規制と協定を守っているか否かを調査し報告するものだ。
しかしISOマネジメントシステムの内部監査と言ったところで、考えてみればISOもへったくれもない。会社には経営上の観点しかなく、環境とか品質とかと、あるいは遵法とかシステムとか、限定して論じる意味はない。
経営上、社長が知りたいことは何だろうか?

しかし、と山田は考えた。そうなると環境内部監査は業務監査のテリトリーを侵してしまうのではないだろうか?
と思った瞬間、それを否定した。
ISOだとかEMSの監査だといっても、それは業務監査の一部分である。業務監査をすべてまとめて行わなければならないということもないだろう。内部牽制機能は必要だし、その切り口は多様であってもいいはずだ。
廣井が担当している工場に対する遵法監査も山田が担当することになった本社のISOに基づく内部監査も種類が異なるわけではない。内部監査とは、内部牽制であり、実態調査であり、改善のための活動であることは同じだ。

山田は監査報告書を書き始めた。
まず、冒頭に500字くらいのエグゼブティブサマリーを置く。もちろん時間的には他のページがまとまってから最後に書くのであるが・・
それから監査の総括がある。そして問題分析と改善提案を述べる。
次は個別編だが、単なる不適合の羅列ではなく、現状のシステムが当社に見合っているのか、効率的なのか、改善を要するのかという観点で評価し問題を提起した。

山田が書いた監査報告書は、上司ではないがチューター的な立場にいる平目が見て、それを環境保護部の実質的管理者である廣井が見てから、役員である環境保護部長経由社長に提出される。
平目は「現象だけでなく、多面的に見ているし問題を深堀りしているね。僕は監査報告書というものがこういうものとは知らなかったよ。内部監査研修とか審査員研修でもこのような形式と内容については習わなかった。」と尊敬の目で山田を見て言った。
廣井は「俺のところに聞きに来るかと思ったが、自分で考えたか。しかし、初心者の山田君がこれだけ書くのだから、今度からおれも今まで以上に問題の検出、不具合の根拠の検討、そして改善まで盛り込まなくては負けてしまうな。」と言った。
部長は「分析まであって良く書けている。しかしちょっと踏み込み過ぎかなあ。まあ今年はこれで行ってみよう。」といって簡単にハンコを押した。
山田は部長決裁を受けた報告書をA4の封筒に入れて、社内郵便の箱に放り込んだ。

数日後、社内の郵便受けに山田宛のものがあった。
山田は差出人を見ると、なんと社長室からだった。山田は大慌てで封を切った。
それは山田が提出した監査報告書で左上に社長印が押してあり、そのわきに赤いボールペンでコメントがあった。
「今回の監査報告書はためになった。私からの指示として環境保護部は社内の環境遵法点検の方法を見直すこと。2か月中に計画を立てて報告するように」
そして社長の名前を丸く囲んだサインがあった。

本日の言い訳
実を言って監査報告書をいつも私が書いている具体的なものにしようかと思いましたが、私も勤め人。コンフィデンシャルは門外不出ですわ。



外資社員様からお便りを頂きました(10.02.09)
佐為さま
山田君の話は、読んでて判りやすくて、何かすっきりとした気分ですね。
社長の反応を読むにつけ、ちょっと予定調和すぎるとも思えますが、本当に会社に役に立つ監査はこうしたものだと思います。
一方で、笑ってしまったのは、以前の報告書の経営者コメントですが
「これだけコストをかけて、この程度の報告とは情けない」というのは、本音だと思います。

環境マニュアルはISO規格と社内の文書の対照表であり、社内の規則を守っているならばISO規格適合であることは自明なことだ。
まさにその通りなのですが、ISO対応で二重ルールになった会社ならば無理な話ですね。
もう一方の読み物、「ISO9001認証の社会的意義と責任」では、二重ルールのことは書いていませんが、良く聞く話です。
審査機関には、見えないものは存在しないのか、知っていてしらないふりをしているのか興味深いです。

p11 「仕組みが整っているのだから、きちんとしているだろう、願わくば」 なんて逃げ口上を考える前に、
「二重ルールは駄目」「二重ルールを発生させるような無茶な指導を根絶し、顧客の状況を理解した上で役に立つことをご提案する」なんて方向は駄目でしょうか。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
不義理をしておりまして申し訳ありません。
予定調和と言われますとアイデアの枯渇としかいいようがありません。もっとひねって外資社員様をうならせるようにしなければ・・
現実には「この程度の報告とはなさけない」などと書かれる社長は存在しないでしょう。おっと、監査報告書の質が高いのではありません。どこの会社でもISOの内部監査など重要視していません。いえ、監査部の行う内部監査であっても経営者の信頼を得ると言いますか、重要視されている会社はあまりないのではないでしょうか。私はISOの内部監査の本はここ5年以上読んでいません。しかし企業の内部監査の本は結構読んでいます。そこではいかに経営者の信頼を得る監査をするかが重点であるところを見るとそう感じます。
二重ルールは結構あります。コンサルのほとんどはそういう仕組みを指導します。それしか知らないからだと思います。企業において本社機能の中枢にいた人でなければ会社の仕組みというものを理解していないというのが実際だと思います。
会社とはどういうものか、どういう仕組みで動いているのか、を知らなければ品質マネジメントシステムも環境マネジメントシステムも分かるはずがありません。
もちろん審査員の多くも会社の定款など読んだこともないでしょう。私は審査とは会社の仕組みをみて、その会社に見合っているのか、不足はないのかを点検することだと思います。
でも多くの審査員もコンサルも、そして企業の担当者も、会社というものを理解していないのですから、審査はバーチャルの言葉の応酬に過ぎないのでしょう。
「このマニュアルがあればISO認証はバッチリです。」「すぐに使えるチェックリスト」なんて広告はインターネットにたくさんありますが、読む前にそのキャッチフレーズで笑ってしまいます。
だから良い審査をするには、会社の仕組みを知っている人でないとだめです。しかし元会社の経営者とか上級管理職の審査員ですと経営とか管理について一席ぶつのが多い。これも困ります。
そうじゃなくて、会社の仕組みというかオヤクソクを良く知っていて、それを踏まえて品質管理や環境管理の仕組みが良いか不備がないかを判定してほしいのです。
どっちにしても会社の善し悪しなんて外部の人に分かるはずはありません。


うそ800の目次にもどる