審査員研修 その2 研修制度

2012.01.01
前回は、審査員研修の効果を論じる前に、受講目的をはっきりしなければならないということを書いた。受講する目的によって、期待するものが異なるし、成果が同じであっても、期待していたものが異なれば評価は異なる。それは当たり前であるが、中には当たり前ではない人もいる。
実話であるが、審査員研修コースを受講してから、「審査員研修を修了したけど、これで何ができるの?」と私に聞いてきた人がいる。オイオイ、そんなこと受講する前に調べておけと言いたい。実際そう言ったけどね。
「審査員研修コースなんて、審査員にならなけばまったく意味がないよ」というと、「時間とお金を無駄にした」と地団太踏んでいた。それ、おかしいと違うか?

では、本日は審査員研修の仕組みを考えよう。
まず予備知識であるが、ISO規格と第三者認証制度は一体のものではない。というより別物である。
ISOとは国際標準化機構(International Organization for Standardization)の略称で、前身である万国規格統一協会(ISA)を基に1947年に設立された。
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ちなみに、ISOという略称はInternational Organization for Standardizationの頭文字をとったものではなく、ギリシア語のisos(均等、均質)からつけられた。
機械製図をした人なら、アイソメトリックなんて言葉を知っているだろう。あれだ
ISOはスイスに本部をおく非営利の民間団体で、ねじなどの機械要素をはじめ、寸法公差、表示標準、材質表示などの標準化を進めてきた。ISOは認証制度と無関係ではないが、直接運営とかに関わりがあるわけではない。そもそもISOにとって、マネジメントシステム規格などワンノブゼムで、枝葉末節、微々たるものであろう。そしてまた世界の工業界にとって、マネジメントシステム規格より、寸法公差の規格やねじの標準寸法のほうが影響というか貢献が大きいことは間違いない。なにせ私は機械製図工として世に出たのだから。
IT公差とは、ズバリ ISO Tolerance(ISO公差)の略である。

そして他方、第三者認証制度というものはISOと無関係に発祥した。品質保証規格のISO規格ができるはるか以前に、イギリスでBS5750に基づく第三者認証制度が作られてNACCBが認証機関の認定を始めたことがその起源のようだ。BSIなどはその頃からの老舗認証機関である。当時認証機関が15社あったというが、私も15社全部の名前は知らない。なにせ1980年代のことである。
軍事品の品質保証という考えはもちろんアメリカにもあった。しかし戦後民間に品質保証が広まったとき、アメリカではそのようなものは二者間の協定で十分だと考えていたようだ。私たちから見れば欧米とひとくくりにしてしまうが、自由であるべきというアメリカと、なにごとにも制度を作るというイギリスでは、風土が異なるのでしょう。法律の考えも違うように・・
その後、BS5750がISO規格となり、認証制度が国際化されて、認定認証制度を考え出した。その認証の仕組みは、各国の認定機関が集まったIAF(国際認定機関フォーラム)を頂点とした認定認証制度となった。つまるところ早い話が、ISO認証とはISO規格を利用したビジネスモデルである。

話はそれていくが、WTOというのをご存知だろうか? WTOとは国際貿易機関の略で、GATTの後身である。そしてTBT協定というがあり、その中で「加盟国は、強制規格を必要とする場合において、関連する国際規格が存在するとき又はその仕上がりが目前であるときは、当該国際規格又はその関連部分を強制規格の基礎として用いる」と定めている。これはどういうことかというと、ISOとIECが策定した規格がある場合、それと同じ項目について、独自の国内規格を作ってはいけないということ。ISO規格を翻訳した国家規格を作りなさいということである。
ISOは電気関係を除いた分野の標準化を進める国際的な活動をしている。電気関係については国際電気標準会議(IEC)が担当しており、現在はIECとISOが連携して工業標準化を進めている。

1960年前のことである。私の父は、戦争中に自動車部隊にいたので休日は、自動車の修理屋でアルバイトしていた。私が小学校に入る前に数キロ離れた修理屋まで歩いていって、父親がしている仕事を脇で見ていた。そのとき、父が同じ太さのねじでもトヨタと日産ではピッチが違うので困るといった記憶がある。例えば太さ3mmのねじでも、車メーカーによってねじピッチが異なっていた。古い話である。
ピッチとはねじ山とねじ山の間隔をいう。ねじの太さが同じでも細かいねじとか、粗いねじがあったということだ。 もちろん、ねじのピッチは、ねじの材質によって粗いほうが強いとか細かいほうが強いということがある。それでISO規格でも一種類ではなく、並目ねじと細目ねじが規定されている。こんなことを話し出すと、元機械製図工の私はいくらでも語れる。
1965年頃だろうか、二系統あったねじの寸法を統一した大変革があった。もちろんISO規格に合わせたのである。そのとき新しい規格のねじを「いそねじ」と呼んだ。そして現物には、間違えないように、ねじ頭に点がついていた。当然だが、現在はいそねじ以外使われていない。
ともかく、標準化とは決して悪いことではない。今の修理屋でメーカーによってねじのピッチが異なるというような問題があるわけがない。もっとも、今では車が故障しなくなって、修理屋として食べていくこと自体が困難だろう。

大幅に話がそれたが、ISOに加盟している国家はISO規格が存在するカテゴリーにおいて独自の規格を制定してはならないこととなった。これにより「ねじ」だけでなく、品質保証でも環境マネジメントでもISO規格が制定されていれば、そのカテゴリーにおいてISO規格と異なる国家規格(つまりJISだ)を制定してはならない。言い換えるとISO9001やISO14001を国内でも使わなければならないということになる。

話がそれるが(私の話はそれっぱなしである)エクセレントEMSなどと語る人は、まずWTO-TBT協定との関係を解決することが先決だ。それを知らずにエクセレントEMSでもあるまい。
エコアクション21やエコステージその他の認証制度は、ISO規格を借用せずに、自分で規格を作り認証制度を作っている。これはどうかというと、エコアクション21やエコステージは国家規格(JIS)ではないからよいのだろう。ということは、もし国内でエコアクション21が勢力を伸ばし、ISO14001を駆逐しても、国境を越えて認証活動をすることはできないという、ドメスティックオンリーなのだ。もちろん外国で生産している製品を日本に輸出しているのであれば、そういったドメスティック規格で認証する意味はあるだろうが、相手国内ではその認証は意味を持たないだろう。
反対の例であるが、アメリカのUL認定はアメリカ国内の保険業者の基準として作られた。このため、アメリカに輸出する企業は、日本の工場もUL認定を受けないとならない。しかし国内市場に対してはUL認定といってもまったく意味を持たないのと同じである。
言い換えれば、ISO認証ビジネスは、審査基準として国際規格を利用したからこそ他国の認証機関の認証でも外国で通用するというパスポートを手に入れたわけだ。よく考えると、ISO認証を受けると国際的に通用するのではなく、ISO認証という仕組みが国際的に通用するのである。

さて、ISO9001やISO14001は国際規格だといっても、そもそも二者間の取引用として発祥したので、第三者認証の仕組みはISO規格で細かく定めていなかった。1990年頃の審査の規格はISO10011-1から3までに規定されていたが、第三者審査というより二者監査に重きを置いた規格だった。それで、IAFは認証制度の仕組みとして、ガイド62とかガイド66などを自身が作り出していく。
ISO9001規格は、組織・会社に対する要求事項(これが正しい訳かはまた別)ではあるが、認証機関に対する要求事項ではない。審査するに当たっての5W1Hを決めてない。
具体的には、どんな人であれば審査員になれるのか、どのような状態であれば審査しても良いのか、どれくらい審査に時間をかけるべきか、どこで審査をすべきなのか(ありえない質問のようだが、現在はIT化によって遠隔審査が当たり前になった)ということはISO9001にも、ISO14001にも書いてない。そして私の大好きな、異議申し立てとか、それを説明しなければならないことなども、もちろん決めている。
始めてISO認証を受けようとした企業の方は、そういったことがどこに決めてあるのか分からないに違いない。
IAFは、そういうことを、一つずつルールに決めてきた。すごいことだと、私は正直思う。
よくISO事務局と名乗る人が、私が会社のシステムを作ったなどと豪語している。しかしそんなことは、IAFのように無から精緻な制度を作ってきてはじめていえる言葉である。
現在マイクロソフトとインテルがパソコンの王者となったことは間違いないが、その興隆の元となったのは、IBMが作り上げたIBM-PCと言われる標準化である。多くの、いやアップルを除いたすべての会社はこのIBMの敷いてくれたレールの上でハード、ソフトを作り、商売し、そして同じレールの上の商売敵と勝負しているにすぎない。
標準化とはかくもものすごい威力を持っている。
話がそれにそれて、私のボケが一段と進んだことが明らかだ・・・

そしてISO審査員の資格要件とか、そのための教育研修の仕組みもIAFが作ってきた。
はじめは各国の認定機関が審査員研修機関を認定し、そこで研修を受けた人がやはり認定機関から認定を受けた審査員登録機関に登録申請をして審査員登録するという仕組みだった。
その後、2005年に認定機関は審査員評価登録機関(JRCA、CEAR)を認定し、そこが審査員研修機関を承認するというふうに制度が変わり、以降現在に至る。
ルール上、審査員評価登録機関は国にひとつと限られず、いくつ設立しても良いようだが、現時点日本では、品質がJRCA、環境がCEARのひとつずつしかない。正直言って、審査員登録数が数千人では、複数の登録機関があってはペイするはずがない。
環境の場合で考えてみよう。

2011年12月15日現在
年間維持費登録者数新規登録費用申請者数小計(百万)
主任審査員23100円1581人  36.5
審査員17850円633人  11.3
審査員補12810円4942人  63.3
主任審査員  10500円(200人)2.1
審査員  10500円(200人)2.1
審査員補  12600円(500人)6.3
合計
121.6
 *( )内の数字はおばQ推定
上表からわかるように総売り上げは、たった1億2千万にしかならない。これでは審査員登録機関が雇用できる人数は7人程度だろうから、ビジネスにはならない。このような機関はスケールが大きく、業界などからの出向者を数多く受け入れることができないと大きな顔ができない。本来なら品質も環境もみんないっしょにしないと、スケールメリットがでないのは明白だ。
しかしISO50001審査員は省エネセンターが行うので、審査員評価登録事業はますます細分化される。もっとも、ひょっとするとISO50001はビッグビジネスになって、審査員数は9000や14000を超えることも予想される。そうなれば省エネセンターはウハウハだろう。
ISO審査員であるために登録費用を払うのはおかしいということはない。一般に業務独占資格であれば、維持費用がかかるのは普通である。弁護士も行政書士も司法書士も公認会計士も。だからISO審査員の資格を維持するのに費用がかかるのはおかしいということはない。
私の知っている限り国家資格で維持費用がかからないのは、作業環境測定士と公害防止管理者くらいではないだろうか? 危険物取扱者だって10年ごとに書き換えがある。
技能検定は普通はお金がかからない。1級技能士はお金を払わなくても死ぬまで大丈夫。TOEICは2年間の期限付きだ。
ところが民間資格である環境プランナーなどは、なんの特典もメリットが何もないにもかかわらず、ギョットするような大金をとる。ありゃあいったいなんだ?

ともかく、審査員を登録する制度は、JABを頂点にして、審査員評価登録機関があり、それに承認された審査員研修機関がある。審査員になりたいと考えた人は、JRCAあるいはCEARに承認された審査員研修機関の講習を受けて、晴れて試験に合格したならば審査員登録を申請することになる。
申請すれば全員が登録できるわけではない。審査を受けてOKにならないとだめだ。
簡単な例だが、大学生でも高校生でも研修を受けて試験合格することはあるだろうが、CEARに申請してもペケである。
なぜなら、
技術的、管理的又は専門的立場での業務経験を5年以上有すること。ただし、大学・短大・高等専門学校以上の学歴を有するものにおいては4年以上とする。
前項の業務経験のうち、2年以上は環境マネジメント分野の知識及び技能に係る業務経験であること。

となっているから、これを満たさないと門前払いである。もちろん、大学生で審査員登録している人もいるが、社会人大学生であることが多い。
儲からなくても、審査員評価登録機関は独占企業だ。権威があるのだ。審査員になりたかったらここに来るしかないのだ、と言っていられたのは、ISO17021が制定された2006年までであった。
ところがガイド62やガイド66を統合してISO規格に格上げされたISO17021では、審査員に求めるものを資格ではなく力量であると、一般企業においても悩んでいる表現に変えたのである。平たく言えば、審査員登録をしていなくても、認証機関がお前は立派な審査員だ、トラになれと言えば審査員をしても良いことになった。
これでは、業務独占資格どころではない。まったく無意味な資格になってしまったではないか。
無意味な資格というのは、語義矛盾ではないか?
そうだ、それでは資格とは言えない!

審査員登録機関に登録していないで審査員をしている人がいるのか? という疑問を持つかもしれないが、たくさんいる。私はお会いした審査員と名刺交換して「○○認証機関主任審査員、CEAR登録審査員補」なんて書かれたものを何度も見ている。CEARつまりJABに認定された審査員評価登録機関には審査員補としてしか登録していないが、勤めている認証機関では主任審査員として働いていますよということである。
もっとも認証機関の中には、CEARでは主任審査員として登録していても、社内では主任にしていないところもある。IAFやJABの基準よりレベルが高いといいたいのかもしれないが、そういう認証機関ほど、ろくな審査をしていない。先ほどのCEARでは審査員補だが、認証機関では主任審査員をさせている某外資系認証機関のほうが良い審査をしているのを私は見ている。

経産省が2008年に出した「マネジメントシステム規格認証制度の信頼性確保のためのガイドライン」では、「審査員評価登録制度の活用」とあり、JABが2009年に出した「MS信頼性ガイドラインに対するアクションプラン」でもそれを受けて類似のことを記載している。
だが現実にはなにも変わっていない。正確に言えば変えることはできないのだろう。なぜなら、ISO第三者認証制度は完全に民間の制度であり、経産省が指揮権をとれば国際ルールとは異なる日本ローカルルールとなり、その瞬間に日本のISOはJSOに落ちてしまうだろう。
中国は、ISO認証にあたって中国のルールで行うことを表明している。だから誰も中国のISO認証は相手にしない。

ところで、ノンジャブと言われる認証機関、あるいはJAB認定の認証機関において、審査員登録していない審査員は拡大傾向にあるのだろうか?
実は、そうでもないようだ。
聞くと審査員にしようとイチから教育するよりは、ある程度教育された人を雇ったほうが早いということらしい。それでノンジャブでも審査員募集の条件として主任審査員とか言うのは多い。

さて、審査員になるためには審査員研修コースを受講し、最終試験に合格することが条件であるように思えたが、実は必須要件ではないことがわかった。
では、いよいよもって、ISO審査員研修を受けるのはいったい何のためなのだろうか?

審査員研修の効果を考えようとすると、審査員研修のことを説明しなければならず、審査員研修の仕組みを語ろうとすると、第三者認証制度の仕組みから始めないとならないことが分かりました。なかなか複雑なものですね、

本日の不安
私は認証制度には関わっておりません。20年前に読んだ本の記憶で書いておりますので、間違いも多々あると思います。もしJABの方がお読みになられていましたら、ご教示をお願いします。




続きを読みたい方は → 審査員研修 その3
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