ケーススタディ 力量2

12.05.27
環境保護部もメンバーが増えた。三人なら情報共有は容易だが、人数が多くなれば言った言わないということは発生しやすい。そんなわけで、廣井は毎週水曜日に全員でミーティングをすることにした。今日は水曜日だ。
なんで俺は横なんだ ミーティング
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僕たちなんてさかさまです

廣井
「じゃ、今週のミーティングを始める。初めにぼくから、 今年の環境報告書発行したことを、環境担当役員に先週の役員会議で報告していただいた。震災復興特集が好評だったという。ただ、インターネットの時代にまだ紙の報告書を出しているのかという声があったとのこと。これについて今後は紙の報告書をどうするかを検討して環境担当役員に報告しなければならない」
中野
「わかりました。取りまとめて報告しますと言いたいところですが、難しいですね。そりゃどんな方向でも結論をまとめるのは簡単ですが、これについては現在はどの会社も試行錯誤状態でして、正解はわかりません」
廣井
「気にするなよ、その試行錯誤状態をそのまま報告しようじゃないか。ところで今年は何部刷ったんだ?」
中野
「3000部だと思います」
廣井
「部数を少なくするか」
横山
「少しぐらい部数を減らしても印刷費用はあまり変わりません。まったく変わらないかもしれません」
廣井
「それはわかっているが、正直なところ金額の多寡ではなく、部数が少なければ目立たないかという気もするのだよ。どうしても紙のものがほしいというケースはあるからね」
中野
「紙かウェブかという前に、環境報告書の意味というか、目的をはっきりする必要がありますね」
森本
「実を言って、僕は今まで当社の環境報告書というものを見たことがないのです。なんのために発行しているのですか?」
中野
「オイオイ、悲しいこと言ってくれるじゃないか。まあ確かに今まで各工場に数部ずつしか配っていないからなあ。社員それも環境担当さえ知らない読まないってのが現実なんだろうな」
横山
「一般に環境報告書とは『事業活動における環境配慮の取り組み状況に関する説明責任を果たすとともに、利害関係者の意思決定に有用な情報を提供するためのもの』と言われています。舌をかんじゃいそうですね。簡単に言えば、環境格付けや投資家の評価を上げるためということじゃないんですか?」
中野
「現実的には二つの目的というか用途がある。対外部と対内部だ。
外部に対しては今横山さんが言ったように、株主いや投資家に配って当社を評価してもらう、あるいは日経環境経営度対応という意味だ。それに毎年たくさんくる大学生からのアンケートなどに一々答えるのは大変だし、答えないと評判が落ちる。環境報告書・・別に冊子でなくても良いが・・を編集しておいて、それを提供する方がトータルの手間暇は少ないだろう。
内部つまり当社グループの従業員に対しては、自分が働いている会社の情報を伝える、露骨に言えば素晴らしさを伝え、愛社精神をかもしだし士気を上げるという意味だろう」
森本
「今までマスコミや株主に配っていたならば、外部への目的は果たしていても、内部への目的は果たしていないということですね」
中野
「いや、マスコミは一応のところには送っているからともかく、株主全員には配っていないのよ。株主総会に来た方にのみ配布しているだけだ」
森本
「じゃあ外部への目的も一部しか果たしていないということですか・・・」
廣井
「ともかく中野君頼むわ。
次に報告書の末尾に掲載されている環境会計だが、同業他社に比べて水の使用量が多いのではないかとのご下問があったそうだ」
森本
「環境会計ってお金だけじゃないんですか?」
中野
「会計というとお金と思うけど、原語はアカウント、会計とも訳せるけど数えるとか報告するという意味もあり、環境に関するいろいろな指標や情報を載せている。エネルギーや廃棄物の量も環境会計の中に入れている。環境意識なんてのは評価しようがないだろうけど」
廣井
「えーと次の件、今年4月に森本君と横山さんの二人が異動してきたが、今まで特段教育をしてこなかった。環境保護部という部署はそれなりに専門知識が必要なところだ。それで二人の教育係に、かっこよく言うとチューターというのか、山田君を任命する。詳細は山田君に任せるが、来年春までに環境担当者として基本的な知識、技能を教えるよう頼むよ。
次、中野君、山田君から連絡事項があれば」
中野
「環境報告書が一段落しました。今までの皆さんのご協力に感謝です。6月には事業者としてまとめて報告するものが本社とりまとめがある。省エネ法などだな。まあ、それは負荷はないと思います。これからもエコプロ展、日経の環境経営度調査など目白押しですので、今後ともご協力をお願いします」
山田
「先ほど廣井部長からお話ありましたが、このミーティングが終わっても横山さんと森本さんはここに残ってください」
廣井
「そうだ、環境報告書が完成したから打ち上げをしよう。今まで幹事は山田君がしてきたが、今後は横山さんと森本君が交代でしてくれ。2週間後くらいに計画してくれんか。では解散」

実を言って森本との一件があったので数日前に、廣井、中野、山田で二人の教育について打ち合わせていた。基本的にカリキュラムを作って教えて学んでもらうのではなく、課題を示してそれを達成してもらうことにした。自発的に勉強してもらうのである。いや勉強法を勉強してもらうことが狙いである。
もちろん、細かいことは山田に丸投げである。山田は、自分がどのような方法で二人を育成するか考えることが、廣井からの山田への教育なんだろうと思った。山田は、自分には知識はないが、どうするか考える知恵はあるだろうと楽観している。

山田
「環境保護部に限らないが、どんな部門でもその仕事や分野の基本的な知識が必要だ。環境保護部員として自立的に仕事していくための基本的なことを身に付けてほしい。
私たち仲良し
僕は違います
マアマア 環境というのは一つの学問ではなく、いろいろな分野から成り立っている。以前教えた環境監査はそのほんの一部だ。今回はそういった多様な分野について、総花的というか、すべてを網羅するのではなく、いくつかの分野を選んだ。その分野について調査研究してもらう。その分野についての知識習得すること、そしてその過程で学び方を身に付けてほしいと考えた。
ここで取り上げなかった分野に関しては、これで身に付けたアプローチで継続的にチャレンジしていってほしいと考えている。もちろんここにあげた課題についてのみなさんの成果は、即会社に役立つだろうし、皆さん個人のスキルアップにもなると考えている」
山田は二人に紙を配った。


山田
「先ほど言ったように、ここにあげたのは課題であって、それを実現するためのスケジュールとか実施事項は書いてない。みなさんがこの課題を達成するために、自ら考えて計画を立て実行することを期待する。もちろんそのための方法がわからないとか、壁にぶつかったときは僕が支援指導する。会社の通常業務に影響ない限り、これらの勉強や調査などを勤務時間内に行うことは当然許される。
またみなさんがまとめたレポート、例えば環境報告書のウェブと紙の比較検討や次年度活動への改善提案などは、そのまま環境保護部の次年度の計画策定の際に参考にされる」
横山
「えー、教育というより研究ですね。私は廣井さんの話を聞いたときはてっきり座学かと思ってました」
森本
「環境というと公害の歴史から始まるんじゃないですか、僕が大学の時ミナマタを知らずに環境を語るなと教授が言ってました。ここではそれが欠落しています。それから全分野を網羅せずに、いくつかのカテゴリーを抜き取っても環境という学際的なものは理解できないと思います」
山田
「ミナマタを知ることは市民運動とか環境NPOにとっては重要なことかもしれない。しかし我々は鷽八百という企業グループにおける環境行政を行う上で必要な知識を考えた。もし森本さんが環境課長になって仕事をするとき、ミナマタの歴史は参考になるだろうけど必須ではない。森本課長にとっては環境法規制の調べ方、環境施設の運転方法、部下の教育方法がより重要だろうと思う」
横山
「ISO審査員とありますが、エコ検定とか環境プランナーではだめですか?」
山田
「エコ検定とか環境プランナーですか・・我々はプロ野球をしているので、草野球ではないからね」
森本
「先ほどのことですが、環境の全分野を網羅していませんが」
山田
「公害防止管理者の水質の受験勉強として、排水規制や設備管理について一生懸命勉強すれば、それ以外、例えば廃棄物についても法律や管理方法の勉強方法が身に付くと考えている。この教育では、学び方を覚えることであって、すべての分野を学ぶことは考慮していない。というか仕事に関してすべてを学ぶということはありえない。僕も、いや廣井さんでも、日々勉強しているわけだから。先ほどのミーティングでも、中野さんが環境報告書がウェブサイトが良いのか、紙が良いのか定かでないと語った。中野さんは今、それについてどうあるべきかを考えているわけだ」
森本
「僕は公害防止管理者の資格を持っていませんが、資格を取っても活用する機会はないと思います」
山田
「資格を持っていなければ活用する機会が与えられないでしょう。資格があればその立場になることができます」
横山
「公害防止管理者ってどのくらいハードルが高いのですか?」
山田
「公害防止管理者といっても種類がたくさんある。水質1種は難しい方だ。といっても俗に3月3時間と言われている。これは3か月毎日3時間まじめに勉強すれば合格するということです。今6月だからあと4か月ある、ちょうどじゃないか。エネルギー管理士や環境計量士に比べれば、ずっと易しい。ああいったものは2年がかりだからね。騒音・振動はもっと易しく、ひと月1時間くらいで合格すると思う」
森本
「山田さんはこの課題を達成しているのですか? 一方的に指値(さしね)が与えられても、我々ができるものなのかどうか・・
例えば公害防止管理者を取り上げても山田さんは受験したことはないでしょう」
山田
「残念ながら昨年、力試しに水質1種を受けてみたよ。おかげ様で一発合格した。
森本さんは、どうも弱気というか逃げ腰ですね。それほど難しいと思っているのですか。チャレンジを楽しむべきでしょう。
会社では毎日試験を受けているのと同じです。そしてその試験は職階が高いほど厳しくなります。更に学校の試験と違うのは正解があるかどうかわからないということですね」


森本
山田が公害防止管理者の試験を受けたと聞いて、森本は驚いた。だが、森本はこの課題がとてつもなく難しいものに思えた。だから駄々をこねる。
「会社では毎日試験を受けているといっても、このような具体的な課題が与えられているわけでもなく、成果物もまとめる必要もないわけでしょう」
山田はがっくりきた。こいつにやる気を持たせることは無理なんじゃないか。当社グループの環境行政の司令塔となれる見込みはあるのだろうか?
アントニオ猪木に闘魂を注入してもらわねば・・
山田
「森本さん、環境報告書の問題については中野さんが今相当考えているはずだ。そしてその成果物は役員を納得させるだけでなく、現実に有効であることが要求されている。見た目が良くてそのときは説得できても、結果が出なければ中野さんの評価はそれまでになってしまう。そこが修士論文やドクター論文との違いだ。
工場からの定期環境報告の活用については私が考えている。情報の種類、重大性などによってどのようなデータベース化をしたら有効に活用できるのだろう。その課題を達成できなければ評価が下がり、ボーナスが減るということだ」
森本
「この課題が通常の努力で達成できるという裏付けがあるのでしょうか。僕は非常に疑問があります」
山田
「つまり森本さんはこの課題ははじめから無理だということでよいのだね。そう言うなら、君は環境保護部での仕事は無理だと判断するしかない。それでいいのかい?」
横山
「森本さん、弱気じゃダメでしょう、私はこのチャレンジ面白いと思うわ。負けないわよ」
森本
「課題について数日考えさせてください。その後に相談させていただきます」
横山
「山田さん、私も計画を考えます。数日後に相談させてください」
山田
「期待しています」

本日のお断り
もし、あなたが新人教育に、ここに書いたような方法をとることを考える場合のご注意
ここでは森本と横山は10年近く会社勤めをしていたことになっているから、このような課題にしてみた。大学を出てきたばかりの人にはちょっと不向きだろう。もちろんレポートを書くことには会社員より長けているかもしれないが、その中身が仕事に活用できるレベルであるはずがない。ISOに20年関わってきた私が、ISOに関わる修士論文などを読むとそのレベルがよくわかる。論文の9割は書かれた紙の値打ちほどもない。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012.05.31)
今回の「課題」はとんでもなくレベルが高いですねw
おばQ様が所属していたであろう企業レベルならいざ知らず、鶏が如き田舎工場で、この課題を卒なくこなせるだけの力量を持っている社員は10年どころか20年でも無理でしょう。
いやいや、あるいは「10年目」ともなると逆にコリ固まって・・・w

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
イエイエ、あっしが教えていた連中もそんな高いレベルじゃござんせんでした。
ただ、個人的にはこのくらいのレベルを軽くクリアしてほしいですね。
だって名古屋鶏様にしても、あっしにしても、こんなことをやれと言われたのではなく、自分で考えて試行錯誤して達成してきたのですから
座ってお話を聞いて、それを理解したか試験を受けるようなことって、そもそも人権無視じゃございませんか?
そんなことよりも課題を与えられて解を見つけろと言われた方が、その人の能力を認め、人権を尊重していると思いますよ。
そして現実の省エネでも廃棄物削減でも、課題さえ与えられないで自ら問題を見つけ課題を設定し解決しなければならないのですからね
おっと、問題に気が付かず昼寝をしている者も・・・ORZ


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