ケーススタディ 力量7
 藤本部長 子会社の監査に参加する

12.06.12
今日は藤本部長が子会社の監査にはじめて参加する。山田はいろいろ考えて、森本と山田の3人で行くことにした。最近は関連会社の監査は森本に任せているので、せっかくの機会だから森本の様子というか力量を見たいと思った。それで監査リーダーは森本で、監査員は藤本と山田とした。といっても山田は口を出す気はない。
監査する会社は、茨城にある従業員50人くらいのパイプ加工をしている会社である。常磐線の小さな駅で降りると工場から迎えのワゴンが来ていた。車で十数分のところにその工場はあった。街の郊外というより田舎という感じのところで、周囲は畑であちこちに郊外型パチンコ店やラブホテルなどがある。

会議室に入ると2人の人がいて、車を運転してきた人も入って3人が対応するらしい。
双方が名刺交換する
会社側監査側
取締役社長 浅川浅川社長森本監査リーダー 森本
製造部長 蛭川蛭川部長藤本監査員 藤本部長
総務部長 余川
(車で迎えに来た人)

朝昼夜にかけたつもりですが・・
余川部長山田監査員 山田課長

森本
「本日は弊方の環境監査にご対応いただきましてありがとうございます。私が監査リーダーを務めます森本です。実を言いましてこちらの二人は私の上役なのですが、今日は私がまじめに仕事をしているかの監視役です」
山田は森本が冗談も言えるようになったかと感心した。
浅川社長
「私どもの会社は2年前に鷽八百社の資本が入りまして鷽八百グループとなり、今回が初めて環境監査を受けることになりました。よろしくお願いします。まず総務部長の余川から会社概況を説明します」
余川部長
「当社は社員20人、パート約30名でパイプの加工をしています。ほとんどが空調機や自販機の冷媒用です。数年前鷽八百社でアクチュエーター類をヒートパイプで冷却するものを始めた時にお付き合いが始まりまして、2年前資本参加を受けたというわけです。そのとき、土壌汚染やPCBなど、環境負債というのですか、そういったものについておたくの廣井さんという方がお見えになられて調べていきました。当社は設立が1980年代でして、PCB類はありません。脱脂には有機塩素系は使っていませんので土壌汚染はありませんでした。
敷地は約800坪ありますが、従業員の駐車場が必要です。通勤はほとんどが車でスクーターが少しいるくらいですね。歩いて来てる人はいません。建物は200坪の工場とこの事務所兼食堂です。」
蛭川部長
「工場の状況ですが、機械といってもパイプの切断や折り曲げ、ろう付けなどで、大きな機械はありません。製品も大きなものではなく、通常4トントラックが出入りするくらいで、付近の状況がご覧のとおりですから、今まで問題はありません。ただ設立時はそれこそ周りに何もありませんでしたが、今ではだいぶいろいろできてきましたので、これからどうなりますか。住宅ができたりすると気を付けないとならないでしょうね」

それから全員で工場視察となった。
敷地は建屋と駐車場以外は緑地にしていて外から見ても内側から見ても良く整備されている。片側2車線の道路の向かい側はパチンコ屋、左右は数十メートル離れてラブホテルがある。住宅であれば環境は悪いが工場としては悪くはない。工場の周囲は高さ2メートルくらいのメッシュの塀で囲んでいる。道路を走る車も多いし、パチンコ屋への車の出入りはかなり多い。工場敷地境界でもコンプレッサーや工場騒音がわずかに聞こえる。しかしこの状況では周囲から騒音苦情はないだろう。
工場内は、所狭しといろいろな機械が置いてある。基本的にパイプを曲げる作業であり、設備はプレスやロールの類である。化学物質と言えるものは「ろう」とプレスのオイルだ。工場の床は乾いているし、過去に油漏れがあった様子もない。
暖房は各所においてある石油ヒーター、冷房はエアコンがついている。設備は脱脂槽保温のためのボイラーと、機械作動用のコンプレッサーがある程度だ。屋外に400リットルの石油タンクがある。ここからパイプでヒーターに供給している。太さ1センチもない配管が床のピットに這わせてある。
事務所の壁の外に家庭用の小さなプロパンのボンベがある。食堂のお湯を沸かすためという。昼飯は近くの弁当屋から取っているという。
排水は生活排水だけで下水に出している。つい最近まで浄化槽だったという。

書面審査である。
森本
「お宅の会社で法律の届出をしているものとしてはどんなものがありますか?」
蛭川部長
「まず石油タンクです。400リットルですが、家庭の場合は届け出不要で、会社の場合は届出が必要なんておかしいですよね。これが届出です」
森本
「そうですよねえ、まあ、それが法律ですから」
森本は一瞥しただけだが、藤本はそれを手に取りしげしげと見ている。

蛭川部長
コンプレッサー
「コンプレッサーは10馬力あるので騒音と振動の届をしています」
蛭川が書類を出し、また藤本はそれをしげしげと見る。
森本
「敷地境界での騒音を調べたことがありますか?」
余川部長
「コンプレッサーを設置したあとで市の職員が来て測定していきました。規制基準を超えていると言ってましたが、どうしろとも言われていません。これがその数値です」
蛭川部長
「ここは第2種とかに指定されているとかで、55デシ以下となっているそうです。測定した結果この工場の敷地境界で58デシだったといいます」
藤本
「森本さん、そういうのは問題ないのですか?」
森本
「事業者は騒音の測定義務はありません。また規制基準を超えたからダメということもなく、近隣から苦情がある場合行政が指導することになっています。
もっとも規制基準を越えなくても近隣から苦情があれば行政が指導しますから、つまり規制基準とは何だろうということになりますか」
藤本
「そういうことになっているのですか」
藤本はメモをとっている。
森本
「エネルギー使用量はどうでしょうか?」
蛭川部長
「もう微々たるもので、第2種の1割もありません」
森本
「そうでしょうねえ、
プレスにオイルを使っていると思いますが、危険物保管庫はないのですか?」
蛭川部長
「ありません。量的に少なく、1斗缶を工場の数か所に置いているだけです」
森本
「洗浄用の洗剤のMSDSはありますか?」
蛭川部長
「はい、当社ではMSDSは洗剤、オイル、ときどき床を塗りなおすので床塗料だけです」
蛭川は薄い紙ファイルを出す。
森本はパラパラとめくり、藤本はしげしげとながめる。
森本
「すみませんが、MSDSの日付が古いですね。環境というより労働安全衛生の規制もありますので、最新のものを入手してください。法改正が多いので最新状態にする方法が必要ですね」
蛭川部長
「法改正というのはどうして調べるのですか?」
森本
「我々の場合、官報を見たりして社内に通知しているのですが、うーん、お宅のような会社では難しいですね。こうしたらどうでしょうか。多くの法改正は決まってから施行まで1年以上ありますから、MSDSを毎年入手するということにした方が手っ取り早いかもしれません」
蛭川がメモしたのをみて、藤本もシコシコとメモをする。
森本
「PRTRの報告は該当しませんね」
蛭川部長
「それはなんですか?」
森本
「法で定められた化学物質を使っている事業者は、毎年使用量や排出移動量を届けなければならないのです。お宅の場合、洗浄剤が一番多いですが、該当物質はないようですし、床塗料の溶剤はトルエンですが、年に1トンは使っていないでしょう」
浅川社長
「おい、蛭川部長、そういうのはちゃんと調べておけよ。森本さんがないとおっしゃったけど、もし該当していたらまずかったろう」
森本
「未届は罰金があります。もっとも知る限り罰金が課せられたケースはないと思います」
森本
「産業廃棄物は出していますか?」
蛭川部長
「はい、これが昨年出したマニフェストです。全部で20枚くらいです」
森本が見るとすべて業者がプリントしてきたものだ。サインは大丈夫かとみると、全部ボールペンで蛭川と書いてある。
パラパラとマニフェストをめくると最終処分地の記載漏れが目立つ。
森本
「藤本さん、すみませんがチェックしてくれませんか」
監査に来る前に、森本が藤本にマニフェストの書き方を教えていた。
藤本
「ハイハイ」
森本は契約書のチェックをする。
そんな調子で書面のチェックを終えた。


クロージングミーティング
クロージング前に監査側が打ち合わせるわけだが、監査を受けた浅川社長の要望で監査側の打ち合わせと会社側への説明を合わせて行うことにした。

森本
「それじゃ、私どもが見つけた問題点を個々に説明します。ご異議やご質問ある場合は、都度話し合っていきたいと思います。
MSDSが最新化されていないものがあります。これについては古いMSDSは最新化してもらうことと、今後常に最新化する仕組みを作ってもらうことが必要です」
蛭川部長
「新しいものを入手するのはわかりました。仕組みとおっしゃいますが先ほど森本さんがおっしゃった毎年入手することで良いでしょうか? 法律改正を調べるよりそのほうが簡単ですね」
森本
「結構だと思います。ちょっとお断りしておきますが、監査とは良否を判断することで、指示や指導をすることは逸脱行為になるのです。どのような対策をするかはみなさんがお決めになることです。
もちろん環境保護部はグループ企業の指導も仕事ですが、それについては監査の場とは別に行うこととしています。そしてそのときは監査に来た者とは別の者が行うことにしています。それは客観性を保つために必要と考えています。ご了解ください」
蛭川部長
「わかりました」
森本
「廃棄物のマニフェストの記載というか業者の記載漏れに対応していないことが問題です。
法律で業者が記載しなければならないところがちゃんと記載してあるかをチェックして、もし記載漏れがあれば業者に返して記入してもらわなければなりません」
蛭川部長
「うーん、うちは発行枚数も少ないし、力関係から言ってこちらが弱いですので難しいですね」
森本
「これはやっていただかないと困りますね。そもそも業者も違反ですから見つかれば指導を受けることになりますし、排出者も不記載を受け取ってそのままにしておくことはこれも違反で罰則の対象になります。
廃棄物関係でもう一つ、廃棄物処理委託契約に暴力団排除条項がありませんが、茨城県暴力団排除条例は具体的でないので、いいのでしょうか?」
蛭川部長
「正直言いまして当社は小企業ですから、業者の持ってくる契約書にサインするだけというのが実態です。あまり完璧なことを言われても現実には難しいですね」
森本
「廃棄物の契約書には記載することが法や条例で決まっていて、その要件がないと罰金などがあるのです」
藤本
「地区の商工会議所とか市役所などで契約書のひな型をつくっていませんか? そういったものを使用していれば、あとで要件不足とかの問題が起きても、言い訳がたつと思いますが」
余川部長
「そういえば商工会議所で契約書のひな型を配っていました。それを使うことにしましょう。それならば廃棄物業者も納得するでしょうし」
森本
「それとお宅では産廃業者の現地調査をしていません。法律が改正されて半分義務になったのです。ただ、これも規模を考えるとどーなんでしょうねえ」
蛭川部長
「実はそれは存じておりまして、近隣の工場と話し合って、共同でというか代表が調査をすることを計画しています。なにしろこのあたりの工場はみな同じ廃棄物業者に委託していますから」
森本
「その場合、同業者でないとまずいはずだなあ。委託している廃棄物の種類が全然違うなら、代表が調べてきても他の会社の廃棄物処理を適正にできるかを判断できないから」
蛭川部長
「それについては行政と話し合って進めているので大丈夫と思います」
森本
「わかりました。打ち合わせの議事録を残しておくことを推奨します。後々問題が起きると困りますから」
蛭川部長
「わかりました」
森本
「それとお宅は製品出荷の際に、車の手配をして1都3県に出荷していますが、排気ガスの規制適合車を使うことを運送会社に通知してません」
蛭川部長
「それはなんですか?」
森本
「1都3県では車の排ガス規制が道交法できめているものより厳しいのです。それで1都3県へ、その外部から輸送を委託している会社は、運び込む地域の規制に適合した車を使うことを要請しなければならないのです」
蛭川部長
「輸送を頼む方がなぜそんなことをしなければならないんですか?」
森本
「法律で違反者が見つかると、輸送を頼んだ会社名を公表するように定めているのですよ。運送会社だけを責めてもだめだからと依頼者にも責任を負わせているんですね。罰金はありませんが、不名誉だということで」
蛭川部長
「やれやれですね。実際につかまっている車はあるのですか?」
森本
「排ガスの不適合車は毎年80件位摘発されています
浅川社長
「しょうがないよ、どうせ当社が依頼している運送会社は1社だけだ。次回出荷依頼の時お願いすることにしよう。
どうも森本さん、今日は大変勉強になりました。ご指摘いただいたことは、内容をよく理解したつもりです。おって正式報告があると思いますので、それに応えるよう是正計画を考えておきます」


監査を終えて駅まで送ってもらうと次の快速まで20分くらいある。駅前のマックに入って、コーヒーを飲みながら雑談をする。
山田
「こんなことを言っては失礼だが、もう森本さんは一人前だね」
森本
「山田さん、佐倉の工場に監査に行った帰りに、ファミレスに寄ってコーヒーを飲んだことを覚えてますか?」
山田
「覚えているよ、もう2年くらいになるね」
森本
「あのときですね、僕がISO天動説は誤っていると気が付いたのは」
藤本
「なんですか、ISO天動説とは?」
森本
「ガリレオ以前は、地球は動かず太陽が動いていると信じられていたでしょう。 天動説 それが天動説で、それに対して地球が動いているという説が地動説です。
ISO認証においても、以前はISO規格にあるからしなければいけないと語る審査員や会社側の人たちが多かった、いやほとんどでした。それに対して、会社のためにISO規格はあるのだと発言する人たちもわずかでしたがいました。インターネットでISOの論客として有名なぶらっくたいがぁという方が、そのことに、天動説、地動説という言葉を使い始めたのです」
藤本
「ぶらっくたいがぁとはおいしそうな名前だ。それで今では天動説は一掃されたのですか?」
森本
「不思議なことに、今でも天動説は通説というか大勢なのです。なぜ天動説がすたれないのかということは研究に値すると思います。教条が単純明快なのが受けるのでしょうか?
先ほど言いましたが、ぼくも山田さんに会うまでは天動説でした。それが山田さんと会った最初の日にバッサリと天動説を否定されてしまったのです。ショックでしたねえ」
藤本
「ぜひともその話を聞かせてほしいものですね」
森本
「喜んで、でももう電車の時刻ですから乗ってからにしましょう」


電車の中で座ると藤本が森本に話しかけてきた。
藤本
「森本さん、さっきの天動説の話の続きを教えてくださいよ」
森本
「よろしいですよ、しかし人生ってすごく変わるものだと思いますね」
藤本
「何がですか?」
森本
「藤本さんは私のいた千葉工場ならば工場長です。千葉工場の工場長が役職に就いていない一般社員、例えば私の顔と名前を知っているとは思えません。そんな私が工場長と同格の藤本さんと、このようにお話しできる立場になるなんて2年前までは想像もつきませんでした」

山田は脇で聞いていて、森本がそう思うのがよく分った。会社人生でコーポレートラダーを登るのは大変だ。山田も途中で挫折した。そして山田は、森本の話が現在の職についてよかったと続いていくのだろうと思ったが、その予想ははずれた。

森本
「部長・課長でない普通の社員が、工場長と話す機会などまずありません。ISO事務局は、経営者・・工場で言えば工場長ですが・・と話をする機会があります。ISO審査前になると工場長に何を話してほしいかと依頼したり、ときによっては対応を指導したりもします。そういうことをしていると担当者は自分が偉いと勘違いをしてしまうのです。そして自分が会社を動かしているように思い込むのではないでしょうか。やがて自分の仕事を手離さないために、他の人に理解されないように難しいものにしてしまうということはあるんじゃないかと思います。環境側面が難しいと言いますが、自分の仕事を難しく見せるためにそうしているのではないかという感じがありますね。
想像ですがそれは当社だけでなく、どの会社でもそういう傾向になるのではないかと思うのです。ISO関係の本で読んだことがありますが、会社を動かすとか、経営者を動かすと豪語しているISO事務局の人がいました。その言葉を素直に聞けばすごい人だと思うかもしれませんが、客観的に見ればお笑いです。自分が道化であることに気が付いていないのです。あるいはそれに気が付いていて偽っているのかもしれません。ともかく一旦その立場に就いたなら、手放そうとはしないのは人情です。ISO事務局から異動しろと言われて困ったとか、リストラで事務局が縮小されて大変だという声はネットでよく見かけます。良く考えてみれば元々無用な仕事だったのかもしれません。
彼らはISO事務局というのは特別な仕事、重要な仕事と考えているようなのです。いや楽だからかもしれません。なにしろ売り上げを上げろとか、生産性を上げろとか、不良を減らせなんてこととは無縁の世界ですからね。
先ほど言いましたが、私自身がISOにのめりこんでいたのは、そういう背景があったからだと思います。
もう一つ考えられるのは、ISO事務局となる人は、他の仕事をバリバリしているようなエリートというかエースは絶対にいません。私自身のことを言いますが、公害防止関係のことはわからない、省エネできません、化学物質わかりませんという人間でした。今もですけど。しかもそういったことを勉強しようという意欲もなかったのです。だから上長がISOを担当させたのだと思います。
暴力は愚か者の最後のよりどころとか言いますが、ISOはダメ社員の最後のよりどころではないのかと思います。そして、そういう人は教条的で、考えることより信じることを好み、行きつくところは天動説なのです」

藤本もうなったが、山田もうなった。
藤本
「恐れ入ったね、いや話の内容よりも、森本さんがいろいろ考えていることに驚いた」
森本
「たいそうなことではありませんよ。ちょっと類似のことを考えれば簡単にわかります。消防を例に考えてみましょう。消防法では会社に、自衛消防隊を作れ、消火訓練、避難訓練をしろと定めています。もちろん定期的に消防署の係員が来て設備はどうか、訓練しているかと点検します。それは法律ですからISO以上の規制力があります。
でもどの会社に行っても消防事務局とか消防担当者なんていませんよ。千葉工場ではガードマンが片手間というか、仕事の一部として消火訓練や消防署の対応をしていました。まして消防署立ち入り前に経営者に対応をレクチャーしたなんて聞いたことがありません。消防といいますか防災はISO以上にまじめに対応していると思いますが、それは会社の仕組みに溶け込んで粛々と実施されており、誰もわざわざ意識することがないのです。
ISOの繁文縟礼は審査員が求めたということはあると思いますが、企業側の担当者がそれに悪乗りして仕組みを作ってきたということは否定できないでしょう。そして企業の経営者も管理者もそういういきさつをある程度知ってはいても、企業内失業者の使い道とか、認証は税金という認識から放置してきたのだと私は考えています。
話が直接的ではありませんが、以上が天動説がすたれない理由でしょう」
藤本
「森本さん、大変勉強になりました。昔からラインで使い物にならない人を、名前だけは立派な閑職に異動させるということはありましたね。それで、ご本人は自分は偉いんだと思って満足、周りもうるさい人を座敷牢に押し込んで満足と・・
しかしISO審査費用や内部費用を負担できる状況なら良かったでしょうけど、現在のように厳しい経営状況になるとそのような無駄なことはしていられなくなる・・」
森本
「だから現実にISOは役に立たないとか、信頼性がどうとか言われています。その結果かどうかはわかりませんが、ISO認証件数も減ってきています」
藤本
「ISO認証によって真に経営改善が行われ、会社に貢献している場合はどうでしょうか?」
森本
「その場合、二つのケースが考えられます。
ひとつはISO事務局ではなく指示も活動も職制において展開されているのではないかということです。それはまさしくあるべき姿だろうと思います。そういう会社はISOを認証せずとも、まっとうにPDCAが回って成果を出していくと思います。
もうひとつは、ISO事務局担当者が特に優秀で、ISO規格が定める仕組みだけでなく、それ以外の手法による改善を行っているのではないかと思います。それはそれで良いことですが、ISOというより、過去からの改善活動の延長ではないかという気がします。
つまり、どちらにしてもISO認証しなくても・・」

藤本
藤本はますますうなってしまった。
「森本さんのお話を聞くとなるほどと思います。しかし疑問がふたつあります。
ひとつはなぜ藤本さんが天動説を捨てたのかということ、もうひとつは天動説は悪いことなのかということです」
森本
「今日の監査をみて藤本さんはどう思いましたか?」
藤本
「どうと言うと? 実を言って私は今日が初めてで・・・」
森本
「私は関連会社の監査をもう何年もしています。しかし山田さんに会うまではISO規格に基づいてYESかNOかを聞いてました。それはまったく無意味だということを山田さんに言われました。まさしくその通りです。いや、今だからそう思うのですけど。
監査に行った会社が違反をしていないか、事故を起こさないかを調べるには、会社がISO規格に合っているか、いないかを調べても意味がありません。その会社が違反していないか、事故を起こさないかの証拠を調べなければならないのは自明です。要するに自分のしていることに意味があるのか、価値があるのかを問われて、冷水をかけられたということです。だから天動説を捨てました」
藤本
「なるほどねえ〜、では天動説は悪いことなのかどうかですが?」
森本
「善悪というのは価値観ですから何とも言えません。しかし企業においてはISO規格で定めているからやるというのは、目的論から言っても義務論から言ってもありえません。
企業を良くするためにISO規格で定めていることが有効なら採用するというのは理屈でしょう」
藤本
「なるほど、なるほど・・」
森本
「実はこんなことを話すのは恥ずかしいことです。というのは私が考えたことではなく、山田さんから教えられたことがほとんどですから」
藤本
「山田さんが教えたと・・・山田さん、なにかご意見はありますか?」
山田
「いや、森本さんが語ったことに私自身感心して聞いていました。
ただ、私は天動説と言う言葉はあまり好きじゃないんです。といいますのは、天動説と言われるものは一つの教義ではなく、ISO規格の環境側面や方針などのいろいろな項番において、たくさんの人がさまざまな間違いを主張しているものを総称したものなのです。言うならば天動説ではなく天動派とでもいうのでしょうか? だから天動説というなにかひとつのものを一刀両断すれば解決するわけではないのですよ。我々は、方針に関する迷信を打破し、環境側面に関する間違いを正し、順守評価についての無知を啓蒙しと、戦いは大変です」

正直言って、私はぶらっくたいがぁ様と天動説の定義を議論したことはない。だからたいがぁさんがお考えの天動説と私が考えているものが同じか違うかはわからない。ISOが目的か手段かというところが天動説と地動説の境目であろうとは思う。

藤本
「山田さんがおっしゃる戦う相手とは、社内のISO担当者のことですか?」
山田
「基本的に私ども環境保護部はひとさまが何を考えようと関知しません。工場が天動説であっても、子会社が天動説であっても取り締まるという立場ではありません。中世ではありませんから、天動説が犯罪なわけではありません。
しかし当社グループが環境法違反をしないこと、事故を起こさないことは最重要課題です。そのために本社が当社グループに対して指導監督すること・・環境行政と呼んでいますが・・それに抵抗することは決して認めません。独裁的と思われるかもしれませんが、企業とはある意味上意下達の専制組織です。社長が省エネ2%を達成しろと命じた時、工場においてそれを目標に掲げてもらわなければ、社長のコミットメントがうそになります。
ところがISO審査において2%達成は難しいから1.5%にしなさいという審査員はいますし、それを受けて工場の目標を下げてしまうところもあるのです。そういうことは許容できません。

なぜ目標を下げろというのかと言えば、目標未達を不適合と考えている審査員が多く、そして不適合になると是正確認がめんどくさいと考えているようだ。そして企業が審査員のアドバイス(?)に従うのは、目標未達を出したくないのではなく、審査員のコメントに従わないと後が怖いと考えていることが多い。私のヒアリング結果である。

また徹底して遵法確認してほしいのは我々の要求ですが、そこまですることはないという審査員の言葉を聞いて、いい加減な遵法確認・・ISO規格では順守評価といいますが・・を行っている工場があるのです。そういったところに対しては強権を発動して是正させます。それは当社の遵法を確実に、事故を起こさないためです。私は天動説かどうかはともかく、まっとうな環境管理をしない、あるいは考え違いの人たちを懲らしめるのは本社の役目と考えています」
藤本
「そのお考えはわかります。しかし、それは現実のISO審査、あるいは認証の意味がないということと同義ですね」
山田
「審査員や認証機関には何の恨みもござんせんが、まっとうな考えでなければ止めてもらいますとしか言いようがありません。我々は自社の遵法と事故防止のためには、なりふり構ってはいられません」
藤本
「ISO任侠伝ですか。認証機関は山田さんの天敵ですか?」
山田
「おっと、お間違えないように。私が問題視しているのはおかしな考えの審査員と認証機関であって、まっとうな審査員と認証機関を敵視しているわけではありません。
それと私は、間違えたISO解釈を許さないなんては言いません。ただISO審査で当社の環境管理に悪影響を及ぼさないでほしいと思っているだけです」
藤本
「山田さんはだいぶそういった経験があるのですか?」
山田
「ありますね。日々戦っているといっても過言ではありません。
更に困るのがISO審査員が法律を理解していないことです。法違反でないものに、法違反だと不適合を出されると憤ります。遵法に関しては妥協はありません。
いずれにしても、ISO審査のミスに認証機関あるいは認定機関のフィードバックがかかっていないことが根本原因かという気がします」
藤本
「みなさんのお話を聞くほどに、ISO審査員の魅力がなくなってきましたよ」
森本
「いやいや、山田さんがお話したような審査員もいることはいますが少数です。大多数はしっかりした審査をしていると思います。藤本さんはぜひ審査員になられて良い審査をしてほしいですね」

山田は、森本がとりなすのを聞いて、森本も成長したものだと感心した。

本日の言い訳
現実に天動説を信じている審査員はザクザクいるし、ISO事務局も掃いて捨てるほどいる。
私自身、なぜそれほど天動説が信奉されているのか、その理由は分らない。
しかし現実の環境管理、つまり公害防止や化学物質管理あるいは省エネなど、アウトプットを求められる仕事をしていれば天動説ではたちいかないのは明白だ。ということは天動説信者は真の環境管理をしていないのだろうと思う。つまり、社内失業者なのだ。

本日の反省
またまた長文を書いてしまった。これは11,000字ある。



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/6/12)
インターネットでISOの論客として有名なぶらっくたいがぁという方が、そのことに、天動説、地動説という言葉を使い始めたのです

ちょ、おま。^^;

ISOが目的か手段かというところが天動説と地動説の境目であろうとは思う。

大筋で賛同いたします。
強いて言うなら、規格を「正」として実務に適用しようと考えるのが天動説で、実務を「正」として規格を適用しようと考えるのが地動説と考えております。

ぶらっくたいがぁ様 コメントありがとうございます。
ネットでISOの有名人と言えばぶらっくたいがぁ様をおいてはありませぬ。
ご同意いただき、安心いたしました。


ケーススタディの目次にもどる