天狗退治 その2

12.11.27
ISOケーススタディシリーズとは

内山
内山です
前回のあらすじ
甲府工場の環境管理課に内山という若者がいました。ちょっと有能で天狗になり上司の命令には従わず、まわりの鼻つまみ者です。
甲府工場の島田部長は本社に預けて鍛えてもらおうとしました。
当然、本社の山田課長にその仕事が回ってきます。山田さんはいつもそんなお仕事をしているのです。かわいそうですね。
ということで今回は、内山さんが本社に来たところからです。


当初はこれを2回連続で終わらせようと考えていたのですが、名古屋鶏様からルーキー内山に期待すると言われましたんで、若干水増しして4回連続にする予定です。
テレビドラマもおかゆも、水増しするとだめということになっていますが、はたしてこれは?



内山が本社にやって来た。例によって廣井は部員を集めて内山を紹介した。そこで、内山は1年間の期間限定の環境管理研修であり、山田が指導すると説明した。
森本のときは、本社転勤であると説明していたが、内山の場合は期間限定の研修とはっきり言ったのは、本社に恒久的でなく甲府工場に戻ることを明確にしたかったのだろう。
中野と山田はもちろん、横山も内山のいきさつを知っているのであまり親しみのない雰囲気だったが、岡田だけは自分より後に異動してきた人ができたと喜んでいるようだ。先輩風を吹かせられるということだろう。
環境保護部のオールスターキャスト
廣井
廣井部長
中野
中野課長
山田
山田課長
岡田
岡田
横山
横山
内山
内山

解散した後、山田と横山は内山と打ち合わせコーナーで話をした。
山田
「いや、内山さんが本社に来るなんて予想もしてなかったよ」
内山
「私もです。どういうわけかわからないのですが、突然、島田部長に呼ばれて本社で工場の担当者を教育する研修制度ができたので、その第一号として1年間行ってこいと言われたのです。橋本課長も前もって知らなかったようで、どうなっているのでしょうか?」
山田
「さあ良く知らないな。私も突然のことで驚いているよ。
ところで、内山さんは本社転勤でなく研修ということなので、本社の業務の一部を担当してもらうのではなく、改善テーマを持って活動してもらおうと考えている。いずれにしてもみんなの仕事をながめていると、本社の仕事とはどういうものか理解できるだろう。本社というところは我々は環境行政と呼んでいるのだけど、工場や関連会社を指導監督するところで、私たちがなにか直接命令したりできるわけではなく、私たちが成果を出すということはない。工場や関連会社の人が成果を出せるように支援するというイメージだろうか」
内山
「私は廃棄物の削減や、効率的な処理システム構築を提案したいと考えています」
山田
「先日、岩手工場で言っていたことだね。いいとも、それを実現する方策を考えてくれてもいい。ただ時間はたっぷりあるから、取りかかる前に、当社の環境管理の実態を良く理解把握するべきだ。今会社で何を必要としているのかを理解せずに、改善提案もないからね。
そのためには横山さんの指示で工場の監査にも参加してもらいたいし、環境事故などの問題が起きたら、一緒に対策に参加してもらうことも考えている。それが君の勉強になるだろう。
本社の仕事はここに座っているだけでは遂行することができないことが多く、打ち合わせや指導のために出張することになる。出張に当たっては当面の上長である私に事前伺いして了解を取ること。交通機関やホテルの手配は自分がすることになるが、費用節約は考えてくれよ。
日帰りというか外出程度であれば事後報告でも良い。
本社はフレックスタイムだけど、事前に出社時刻と退社時刻を申告しておくこと。工場からの問い合わせや相談などに対応するために、そういうことはしっかりしておきたい。
お互いの情報交換はメールが多いが、週に1度は全員が集まって会議をするので、その時間帯は会社にいること。部内の会議を開催する曜日は決まっておらず、廣井部長からのメールに注意しておくこと。
まあ、そんなことだな。
当面の仕事だが、横山さん、なるべく早い時期に監査があれば1・2回参加するよう段どってくれないか。ただ位置づけは監査員ではなく、オブザーバーとすること」
横山
「今月ですと、小規模な非製造業の関連会社の監査しかありません。ひと月くらい後でもいいですか?」
山田
「いいだろう。
ええと、内山さんがやりたいことについて、先ほどは廃棄物削減と言ったけど、単に口頭ではどうにもならないから、その目標や改善効果などの計画書にまとめてほしい。頭の中で考えてもできないから、当社グループの廃棄物について過去の実績データを調べて考えること。その他、過去の施策や検討状況について良く調べてほしい。
データのありかは横山さんが教えてほしい。
では今日は横山さん、環境保護部の書類や主要な他部門の場所などを説明しておいてほしい」

それから数日、内山は朝から晩まで机に座って、過去のデータなどを眺めているようである。監査のオブザーバー参加は、翌月の九州工場の監査に参加することになった。



10日ほどして、内山はA3にまとめた企画書を山田のところに持ってきた。
内山
「工場にいた時からやりたいことがありました。それは当社グループの環境担当者の連絡会を行うことです。それについて企画をまとめました。ぜひともこれをやりたいと思います」

山田
山田は立ち上がり、
「話を聞くなら今がちょうどいい、あちらで説明してもらおうか」
と言って打ち合わせコーナーに連れて行く。
内山
「まず、当社の各工場と関連会社の主なところに声をかけまして、参加者を募ります。そこでお互いの活動発表や問題について意見交換したいと思います。それによって環境担当者のレベル向上が図れます」
山田
「なるほど、それで費用対効果はどうなんだろう?」
内山
「効果は環境担当者のレベル向上です。費用は参加するための交通費だけですね」
山田
「環境担当者のレベル向上と簡単に言われても困るね。金額換算してどのような効果がどれくらい期待できるのかを明確にしてほしい。
それから費用は交通費だけじゃない。参加することによって工場の仕事が止まるわけだから、その分の人件費も費用として見込まなければならないよ」
内山
「費用はわかりました。ところで改善効果というのはどうやって見積もるのですか?」
山田
「レベルアップというけれど、それによって何がいかほど改善されるのだろうか。例えば、廃棄物が5%削減できるとか、廃棄物処理費用がいくら減ると期待できるとか、具体的でないと話にならないよ」
内山
「そんなことは無理だと思いますよ。でも意見交換すれば、今起きている法に関わる問題が減るということもあるでしょう」
山田
「それでもいい。法に関わる問題が過去1年間に何件起きているが、この連絡会によって、それが何件程度になるという指標でも良い。もちろんあてずっぽでは困るから、どういう情報が共有化されるから、こういう不具合は防止できるだろうとか、論理的な説明は欲しいね」
内山
「えー、そんなことを考えるのですか」
山田
「当然だよ、なにをするにもお金がかかる。その費用を回収できることを示すことが最低条件だ」
内山
「最低条件と言いますと?」
山田
「例えば内山さんが環境担当者のレベルアップとして連絡会を企画したとする。そのプランの年間費用が200万としよう。そして改善効果が250万とする。
一方、横山さんが、別の企画を立てて、その年間費用が200万で改善効果が300万ならば、そちらを採用するということだ。会社には無尽蔵にお金があるわけじゃない」
内山
「連絡会を開くのに200万もかかりませんよ」
山田
「そうかなあ、岩手工場から新幹線で往復すると3万円かかるよ。福岡から飛行機で来れば往復4万はいく。参加者を何名と考えているかわからないけど、10名呼べば交通費だけで30万、中には日帰りできない人もいるだろうからホテルに泊まる人もいるだろう。東京ではビジネスホテルでも一泊9千円はいくだろう。
人件費は1時間1万として1日で70万かかる。本社の会議室もただじゃない。20名入れる部屋なら、1時間1万やそこら取られる。半日使えば4万円だ。高いと思うかもしれないが大手町で同等の貸し会議室を借りたらそんなもんじゃない。飯も出さなくてはならないし、お茶も出す。懇親会は形式的に会費を徴収するにしても、会社が金を出さないとならないだろう。そんなこんなで年に2回も開催すれば230万はいくだろう。となれば改善効果が230万ではゴーサインはでない。かかった費用の倍の成果はほしい。
ところで法に関わる問題といったけど、内山さん、ここ1週間事故や違反のデータをながめていたよね。過去の金額はどれくらいだったかい?」
内山
「法違反として罰金を払った事件はないようでした。事故も大きなものはありません」
山田
「とすると法違反や事故で低減できる金額は元々微々たるものということになる」
内山は苦り切った顔をした。
山田
「もちろん罰金というようなものでなくても良い。当社が行っている監査で検出される不適合を半減できるというような効果でも良い。それは期待できるだろうか?」
内山
「そういうことを改善しようとすると担当者対象の連絡会ではなく、管理者に対する不具合説明会とか点検の指示、あるいは資格者の育成ということになるかもしれませんね」
山田
「そうだねえ、まあ、今日ははじめてのことだから今回のプランは練習として・・
あのね、我々のしている仕事はまず目的があるわけだ。内山さんは担当者連絡会というアイデアを出したが、すべての企画は何か目的を達成する手段だよね。
今、当社の問題あるいは優先して改善する課題は何かというのがまずあって、それをどのように改善すべきかを検討し、対策案をいくつも考える、そして一番費用対効果があるものをやろうということになるんじゃないのか?」
内山
「初めから担当者の連絡会というものがあるわけではないということですね」
山田
「そのとおりだ。岩手工場の監査の時、会社ではやりたいことをするのが仕事ではないと言ったよね。やらなければならないことをするのが仕事だ」
内山
「もう少し考えてみます」
山田
「次回は検討に値するものを頼むよ」



また10日ほどして内山が山田に話しかけてきた。
内山
「山田さん、今度の企画は費用対効果はバッチリです。お話する時間は取れませんか?」
山田
「いいとも、すばらしい話だと期待するよ」

パッカー車 内山が今度持ってきた企画は、廃棄物業者の現地調査を鷽八百グループ企業がそれぞれ行うのではなく、同じ業者に委託している工場がいくつかあれば、その代表が調査を行うことによって費用削減するというアイデアであった。
それだけならどこでも見かける方法であるが、鷽グループ全体の現地調査を本社がまとめて計画を立てて、実施担当を関係する工場に割り振り現地調査を行い、その調査結果を共有しようとするアイデアである。
内山
「こうすることによって現地調査費用を大幅に減少することができます。実を言いまして、甲府工場では、近隣の関連会社や下請を合わせて代表者が現地調査を行うことで費用を半分くらいにすることができたのです。それを考えたのは私です」
山田
「いや、大変結構な話だが、具体的に費用や手間を見積もってみたかい?」
内山
「いえ、しかし甲府工場のデータから類推すれば費用半減は間違いありません」
山田
「内山さん、三現主義って知っているだろう。現実を知るということは力になるし、現実を知らないと無力なんだよ。費用が半減するというデータを示してほしいと言いたいところだけど、それも大変だろう。費用が半減しないわけを、私が簡単に説明しよう。
鷽八百グループには社内の工場が9つ、関連会社の製造業が30社ある。非製造はちょっと省いておく。この約40拠点が契約している廃棄物業者は何社あるだろうか?」

以前の鷽八百グループの工場と会社の数と違いますが、話のつじつまの関係で変えました。ごめんなさい。
まあ、物語の本質とは関係ありません。
内山
「えー、わかりません」
山田
「何百万も金をかけるような企画であれば、そういうことをしっかり調べるべきだね。答えを言ってしまうと約700社ある。じゃあ、700社もある廃棄物業者で鷽八百グループの工場や関連会社二つ以上が委託している業者は何社あるだろうか?」
内山
「わかりません」
山田
「横山さんに聞けば、そういうデータのありかはすぐに教えてもらえたはずだ。なぜそういうことを調べなかったのかということは君の怠慢だよ。もっと仕事には真剣に取り組まなければならない。
本題に戻るが、まあその実態は驚くなかれというのだろうか・・・・700社中約580社の廃棄物業者は一つの工場あるいはひとつの関連会社としか契約していない。反対に一番多いのは13社と契約している野村興産とJESCOだ。まあ、この2社は別格というか例外だろうけど。その次はDOWAだったと思う。
内山さん、このような実態を調べて改善計画を企画しなければならない」
内山
「でも甲府工場ではほとんどの廃棄物業者は複数の関連会社と契約していましたよ」
山田
「そりゃそうさ、甲府工場と構内の関連会社や下請会社なら同じ廃棄物業者に委託しているのは当然だろう。だが鷽八百グループの企業は北海道から九州まで所在しているんだ。だから全体的に見れば複数の鷽八百グループの会社と契約している廃棄物業者なんて微々たる数であるのは当然だよ」
内山
「ということは、この現地調査を本社がとりまとめて計画するという案は、あまりメリットがないということですか?」
山田
「あまりないというよりも、ほとんどないね。申し訳ないがそれが事実だ。
このような共同で現地調査をしようという改善は、近隣工場などが話し合って決めればいいことで、本社が音頭を取ってグループ全体でシステム的に行うようなものではない。
本社というところはもっとグループ全体に関わることで、ひとつの工場ではできないことをするんだ」
内山
「考え直します」
山田
「内山さん、ひとつ、いやふたつ注意事項がある」
内山
「はあ、なんでしょうか?」
山田
「まずひとつは、前回、私は現状をみて、その問題あるいは改善効果の大きなプライオリティの高いものの改善を考えるべきだと言ったはずだ。しかし内山さんは、廃棄物業者の現地調査が重大な問題とか費用がかかっているという前提を説明していないよ。
二点目は、今までどのような改善策が考えられたかを調べることが必要だ。学問なら先行研究調査というのだろうか。先日、過去の改善施策を調べるようにと言ったはずだ。
横山さんにデータのありかを聞いたのか?」
内山
「いや、まだしていません」
山田
「今度持ってくるときは、しっかり裏付けをとり、なるほどと思わせるものでないといけないよ。我々は給料をもらっているんだからね」
山田はこれで内山は少しは考えるかと期待したのだが、それは間違いだった。



数日後、内山は廣井の席で話をしていた。
内山
「廣井部長、少しお話しできないでしょうか」
廣井
「いいよ、あっち行くか」
廣井は打ち合わせコーナーに内山を連れて行く。
内山
「山田さんは私に好意を持っていないようです。私がいろいろ改善のための企画を考えて提案するのですが、すべてにケチをつけて却下するんです」
廣井
「ほう、どんなアイデアなんだろう?」
内山は環境担当者連絡会と廃棄物業者の現地調査のことを説明した。
廣井
「うーん、おれは山田の判断が正しいと思うよ。会社は効果があればお金を投資して改善をするのは当然だ。だが効果が期待できないことはしないのも当然だ。
内山君がやりたいというなら、改善効果があることを説明できなくちゃならないよ」

内山は恨めしそうな顔で廣井を見ている。
廣井
「あのな、内山君、君は自分が得意なことや、やりたいことの計画を立てているんじゃないのか。そうじゃなくて、今会社は何が困っているのか、何が問題なのかを出発点にしないと誰も受け入れてくれない。
君は廃棄物を担当してきたようだが、廃棄物が会社の環境管理で最重要だと思っているだろう。考えてみろよ。どの工場でも電気代と廃棄物処理費用を比較すれば一桁違う。ABC管理って言葉を知っているだろう。改善でも不良対策でも値引き交渉でも、一番金額が大きいとか重要なものからとりかかるのが常識だ。それで一番大きな電気代をまず減らすように頑張るわけだ。
他方、廃棄物の問題は費用ではなく不法投棄が多く、それに巻き込まれないかということが心配だ、だから廃棄物の費用を減らさなくても良いというわけではないが、管理者としては費用削減より遵法を確実にすることが優先する。
ついでに言えば、化学物質は欧州の規制や中国の規制対応が課題だろう。そのときの最優先事項は何かと言えば、かの国の情報入手だよ。欧州は決まるのが施行直前だし、中国は規制内容を公開しないからね。
そういう会社における重要性というものを考えてというか、問題を認識しないとどうにもならんよ。現実の悩みや問題ではなく、自分のやりたいことをしようと言っても他の人の賛同は得られない。みんなに理解してもらうには、他の人と価値観というと大げさだけど、重要性の認識があってないとだめだ。ひとりよがりでは他の人に支持してもらえない」
内山
「考えてみます」
廣井
「よく考えてくれ。
それからおれはあまり気にはしないが、一応おれは甲府工場長と同格なんだ。だからあまり細かいことをおれに持ってきてほしくない。他の人の目もあるだろう。
それと山田君は課長といっても、本社の課長は工場の島田部長と同格だ。まさか内山君はちょっとしたことを、島田部長とか甲府工場長に相談しにいくってことはないだろう。
だから相談事や企画の案があれば、まず横山とよく話し合ってくれ。彼女の同意が得られたら、山田に提案するなどしてほしいね」
そう言って廣井は自席に戻ってしまった。
後で廣井が山田に小言を言ったのはいうまでもない。部長は文句を言うのが仕事、課長は文句を言われるのが仕事なのである。
廣井部長矢印山田
おまえしっかり教育しろよハイ、申し訳ありません




それから数日、内山は何を考えているのか考えていないのか、机にジッと座っていた。
横山が脇から声をかけた。
横山
「内山さん、なにかお困りのこととか、当面のお仕事がないなら私に相談してください。もし気分転換になにかしてみたいなら、お手伝いしてもらいたいものはありますよ」
内山
「いや、困っているわけではありません。ちょっと企画を考えているのです」
横山
「余計な口出しかもしれないけど、企画というのは現実を把握するところから始まることはご存じでしょう。その基礎的な情報として、過去の監査結果とか環境管理の指標つまり電力量とか廃棄物の状況などを調べたらどうかしら」
内山
「廃棄物に関する情報ってどんなものがあるのですか?」
はじめは心理的な壁があった内山も、横山の提案に心惹かれたようだ。
横山
「パソコンのエクスプローラーを開いてちょうだい。環境保護部のサーバーにhaikibutsuというホルダーが見つかるかしら?
あった、よかった、それを開くjissekiというホルダーがあるでしょう。そこに過去7年間の各工場と関連会社のデータがあるの。
それから元に戻って環境保護部のルートにkaizenというホルダーがあるでしょう。そこには環境管理の改善提案とか見積もりなどが入っているわ。だから内山さんが廃棄物の改善をしようと思ったら、まず過去の廃棄物に関する改善計画案をみて、それがどれくらいの効果があるのか、なぜ実施されたか、なぜ実施されなかったのかを見るだけでそうとうの勉強になるわ。そしてそこにあるポシャッたものを再検討するとかすれば面白いと思うわよ。もちろん結果がだめだったというものは状況が変わっているとか、そうとうアイデアをひねらないと見込みはないでしょうけどね」
内山
「横山さん、ありがとうございます。これはためになりますね。
ところで7年より前はないんですか?」
横山
「山田さんがここに異動してきたのが8年前で、山田さんがデータの整理をしてまとめたんですって。だからそれ以前は散逸して分らないのよ。山田さんてアイデアマンというだけでなく、そういう力仕事もしっかりやっているのよ。すごい人でしょう」
内山はあいまいな返事をした。



内山はその日は一日、過去の改善計画をながめた。毎年10件くらい改善テーマが検討されており、7年間だから数十件ある。そのうち毎年2・3件が実施され、あとは不採用というか実施しないという結論になっている。
見ていくと、「拠点環境担当者の教育」という案があった。作成者をみると山田となっていた。そこでは事業所長クラス、部長クラス、課長クラス、担当者クラス、新人のレベルに分けて、それぞれのレベルでどのような力量が必要で、どのような方策でそれを満たすべきかという案が検討されている。
そしてその結果、事業所長クラスには就任時の環境教育と4半期毎に経営者向け環境情報の発信と毎年の事業所長会議で当社を取り巻く環境問題を周知するとなっていた。部長クラスは就任時の環境教育と毎年2回、拠点環境管理責任者会議を行うとあり、課長は・・と細かく策定されている。
内山は担当者クラスのところを見た。そこには業種別に分けて基礎教育から、法改正時の通知方法などが細かく検討されていた。そして各項目についてさまざまな方法が羅列されていて、どのような問題に対してどのような改善効果が期待できるとか、それは詳細に数字と共に述べられている。
ながめていくと、内山が山田に持って行った工場や関連会社の環境情報交換会のアイデアもある。そこでは単なる悩み事などの情報共有では費用対効果がないとして、実施しないという結論になっていた。
では環境担当者にはどのような施策を行うと決めたのかとみると、新人というか環境部門に異動した者に対しては、その部門で環境全般の教育、担当業務ごとの教育を行うこととしており、環境保護部はそのカリキュラムとテキストを提供することとなっている。
内山はハタと気が付いた。内山は入社したときは設備の保守を担当していた。5年前に環境管理課に異動したとき、当時の課長から教育を受けたしテキストの配布も受けた。それはなかなか良くできたテキストだった。もちろん毎年法改正があり、何度もバージョンアップされている。あれは環境保護部が作っていたのか。

内山はハットした。廃棄物業者の現地確認を全社まとめて行うアイデアも検討されていたのだろうかと頭に浮かんだのだ。
目次を眺めていくと、それらしいものが2件みつかった。6年くらい前のものと、廃棄物処理法が改正されて現地確認が努力義務となった2011年のものである。
内山は結論を見たくてそれを探した。そこには複数の工場が委託している廃棄物業者が少なくて本社がとりまとめることはあまり意味がないと書いてある。そして廃棄物業者に委託している事業所の分布のグラフがあった。6年前と2011年の分布を見比べるとほとんど変わっていない。こういうことを既に検討していたから山田は頭にその数字が入っていたのだろう。

廃棄物業者と契約している鷽グループ事業所分布状況
契約しているグループ企業数対象となる廃棄物業者数グラフ
1社580
2社80
3社16
4社9
5社6
6社2
7社1
8社0 
9社0 
10社1
11社0 
12社0 
13社2

この表は私が現役時代に調べた実際のデータの記憶を元に作成した。過去何度か調べたことがあるが、ほとんどこのようなカーブになる。複数の事業所の環境管理をされていた方なら、ご同意いただけると思います。
ポアソン分布かどうかはわかりません。


内山が読んでいくと、結論は「各拠点(工場や支社)にこの状況を通知し、地区毎に廃棄物業者の集約を図り、現地調査を地域の代表が行うよう指示する」とある。そして発信文を出した日付が書いてある。それを見て内山はアレっと思った。それはもう5年も前の日付だ。すると甲府工場はその本社通知に従わずそういう改善をしなかったのか。そして2年前に内山が同じアイデアを考えつき、行ったということになるのか・・
いや、内山は思い出した。環境管理課に異動した直後に、当時の土門課長から周辺にある関連会社と共同で廃棄物業者の現地調査をするようにと言われたことがある。そのとき内山はそんなことをしてもたいして効果がありませんよと、土門の指示に反対した記憶がある。だんだんと内山は当時を思い出してきた。それは効果がないのではなく、内山がまだ右も左もわからなかったので、面識のない関連会社に連絡したりする面倒なことをしたくない言い訳だったのも苦い思い出として浮き上がってきた。
つまり甲府工場は内山の気分で本社の指示を3年間無視していて、費用改善をしなかったということなのか。そして今になって自分が思いついたことのように実施して有頂天になっていたのか。内山はいささか自己嫌悪した。
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内山
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「えー、おれが考えたと思っていたけど、本社ではそんなこと全部考えていたのか」

内山は会社の環境管理の動きというか仕組みを初めて知ったように思った。
内山が持って行った企画などは企画といえるものではなかったのだ。本社がしているのはもっと包括的で一工場では手に負えないようなものを企画し工場にそのサービスを提供することなのだ。それが本社の機能だ。工場でできることを本社がするのでは本社の意味がない。

これで内山さんが心を入れ替えて仕事に励むのかということになりますが、気分だけでは仕事はできません。必要なのは仕事を遂行できる力量です。
お、なにかISOのようですね。
では内山さんは力量があるのでしょうか?

次回に続きます


あっという間に名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/11/27)
好き勝手にやっているひとに限って「オレは仕事をしている」と・・・
いや、どう考えても自分のこととしかwww

鶏様 誰だって自分の仕事に誇りを持っています。
ですから「俺は仕事をしている」と思うのは当然です。
一部の人が勘違いしているだけです。
鶏様はもちろん勘違いではありません。


外資社員様からご指導を頂きました(2012.11.28)
おばQさま いつも有難うございます。
今回のお話は、日本と海外の企業の比較の点で面白いと思いました。
米国企業で働いた経験から言いますと、内山氏の考え方:「上司の指示に従わず自己の価値観で仕事をし続ける」のは、かなりの非常識であり、最悪 解雇の対象になります。
日本企業ですと、反抗的な態度が問題になるかもしれませんが、米国企業では態度は無関係で、雇用契約違反とみられます。
もちろん上司との相性や、上司側の問題もあるので、それを防ぐ為に他部門への転換希望が可能ですし、他の上司による客観的な判断や仲裁も制度化されています。
この事例では、内山氏の自己判断は、問題となっているので、企業運営が正しく行われているのだと思います

もう一つの違いは、このような人に対して、本社へ研修に出し矯正しようという温情と懐の深さです。
米国企業では契約違反は、重大な違反ですから、温情処理は期待できません。(マイノリティなど保護された人は別)
これは日本企業の特徴でもあり、良い面でもあると思います。

過去の歴史を振り返ってみれば、昭和の青年将校も自己基準で反乱を起こし、自分は正しいと信じたままで死刑になりました。
組織論で言えば、大元帥閣下が「朕が股肱を殺害」と怒っても、青年将校は別基準で「君側の姦」とみていました。
軍法会議でも同情論が出ており、世論でも助命嘆願所が山ほど出ていたように、「私心なき熱情」が日本では受けが良いと思われます。
その一方で、契約違反や、規則違反(統帥権の干犯)に対しては、主たる問題にならなかったように思います。

このケーススタディでは、山田氏が重要な言葉として、「上司が指示に従った部下に責任を求めない」ことを言っています。
これは組織と契約の基本ですね。 部下は指示に従う義務を負いますが結果に対しては責任を負いません。
だからこそ、部下は上司に従う義務があります。
この事例では、内山氏の考え方が問題になっているので、契約や組織については正常な状態なのだと思います。
またケーススタディ2では、費用対効果が明確に問題になっています。
但し、米国型労働契約に比べると、根本的な間違いに対して 譴責ではなく、矯正しようという寛容さがあります。
これは日本型組織の良い点でもあり、一方で天狗や青年将校:「動機が純粋ならば正しい」を生みやすいのではないかと感じました。
前回の川端氏の例でも、「自己利益ではなく会社の為だと誤解していた」という動機の純粋さで免罪された青年将校のようにも見えました。
組織としては、発生した天狗を退治するより、天狗が出ない組織や管理が望ましいと思うのですが、如何でしょうか?
もちろん、天狗は日本の風土だから発生するし、悪いことだけではなく、時には超人的な力を発揮して人を助ける事もあります。
ですから、天狗を矯正して、人の役に立てるというのも凄い事とは思いますが、その為の高僧(山田や廣井)が常にいるかが心配になります。
どちらが良いかという意見ではなく、契約や規則に対する考え方の違いが背景にあるのだと思いました。

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
日本人は忠臣蔵とか判官びいきという、正義よりも人情とか心意気に価値を見出すというところがあり、それが山本七平のいう空気を醸し出すのでしょうか。
しかし心情か論理かとでなく、判断はどうあるべきかというのは、ある程度試行錯誤を積み重ねてルールが作られていくと思います。外資社員様に勧められた本の中に、イギリス海軍の見敵必殺ということも失敗を積み重ねて作られてきたというのがありました。日本の場合、石原莞爾の独断専行があり、その次にまた独断専行があって、それらを反省して軍隊におけるそして国家における判断基準が進歩していけばよかったのですが、戦争に負けて過去一切がリセットされてしまいました。
戦争はとりあえずおいておくとして、日本の場合、上司は部下を解雇することができません。それで使えない部下は体よく他の部署、多くの場合それは閑職であり重要でない部門となりますが、それはまさしく環境部門が該当します。
多くの会社で環境管理とは管理者も担当者も、他の部門でお役御免となったり、使えないと判定された者がたどり着く掃き溜めでしょう。環境経営とか製品の環境配慮などは華々しいかもしれませんが、公害防止とかごみ処理なんて最低最悪の部門というのが本当のところです。お疑いになるかもしれませんが、私は成績トップで採用した人を環境管理部門に配属したという事例を知りません。つまりそういうことで、環境部門にはロートル、仕事でミスをした人、嫌われ者、不満分子、休んでばかりいる人が多いという事実があります。
ただ、その基をさかのぼると、元の職場で上司、先輩がしっかりと教育しなければならないのにしなかったということがあると思います。そこを追求すれば、教えなくても覚えてバリバリ働く人がいれば、そうでない人もいて、結局は落ちこぼれは発生するのではないでしょうか。
私もウソを書いているつもりはありませんが、単に現実の事例を挙げて対策するだけでなく、理想を示せと言われると、大変難しいということを申し上げます。いやはや、私がいい加減なことを書くわけにはいきませんね。


外資社員様からお便りを頂きました(2012.11.29)
私は環境部門に居なかったので、自分の体験からは何ともいえません。
とは言え、帝国海軍では戦艦と航空が大人気で優秀な将兵をとり、駆逐艦は車引き、潜水艦はドン亀と呼ばれ不人気でした。
航空は人気と活躍はバランスしていますが、駆逐艦も潜水艦も 不人気なのに実際には一番過酷な戦場で貢献し続けました。
何となく、環境部門に関しても、似たようなものではと怪しんでおります。
結局は、職場や仕事が人を成長させますので、周囲との調整が必要で、法規から社内規格まで精通しなければ仕事が出来ない部門の人が、無能な事はないのだと思います。 一方で、会社の花形、製品開発、企画部門などで、いくら優秀な人ばかり集めたつもりでも、その中では駄目な人が出てしまいます。 前にも仰いましたが、優秀な人を使って結果を出せる人と、普通の人を使ってもそこそこの結果を出せる人ならば、私は後者の方が優秀な管理者なのだと思います。
補足ですが、米国企業でも、さすがに上司が いきなり部下を首にはできません。 しかし日本以上には権限があると思いますし、だからこそ労働者側にも選択権利があり、社内の他部門への移動や、他社への転職が当たり前なのですね。
天狗な人は、そんなに自信があるならば、他社の採用を受けて、自身の評価を知るべきと思います。
それが高ければ、転職すれば良いのです。低いならば、今の会社は温情の中にいるのです。
会社の外を覗きもせずに、社内や上司が悪いと思うのは、社内引きこもりなだけで、誇り高き天狗にも失礼かもしれません。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。真に自分に自信があるなら、腐っていないでチャレンジすればよいのです。
現状に不満があるなら、現状を改革するか、職場を変わるしかないように思います。まあ、それもできないので不満が積もるということでしょう。
私も現職時代は上司にいろいろといちゃもんをつけましたが、不満と言うよりも改善提案だったと思っています。しかしながら改善提案をする人もうるさがられるようで・・
ともかく内山さんの不満解消と周りの人の満足も得られるように、なんとかまとめるように考えます。



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