ケーススタディ 岡田新人教育をする

13.05.26
ISOケーススタディシリーズとは
岡田
このケーススタディシリーズは山田太郎が主人公であるが、毎回、山田だけではつまらないだろう。ということで今回は岡田が主人公である。

岡田は人事から依頼されて、新入社員の環境教育をすることになった。新入社員といっても全員ではなく総合職が対象だ。鷽八百社は大きな会社なので、東日本に配属する人は東京大手町の本社で、西日本に配属する人は大阪堂島にある支社の二か所で行っている。
総合職の新入社員教育は、最初は座学で社長の講話や社内組織などを学ぶのが1週間、引き続いて各職種に分かれて関係する法規制や業務のルールなどを学ぶのが1週間、その後生産現場において実習を2週間ほどした後、再び座学を1週間行い、その後仮配属となる。今回岡田が行う講義は現場実習を終えて後の段階の座学の一部である。
今年関西支社で研修を受けている新入社員は100名くらい。今日の午前中は輸出管理、情報セキュリティ、午後は品質保証と環境管理である。岡田は新大阪に昼前に着いて昼食をとってきた。
新大阪駅の新幹線改札の中にあるカレー屋が私は好きだった。いつも昼頃新大阪に着くと、ここでカレーを食べたものだ。
私の一番の好みは茄子カレーである。
午後一の品質保証の話を聞いたのち、自分の講義をする予定だ。
通路で新入社員が三々五々と集まってガヤガヤ雑談している。岡田は準備作業をしている人たちを誰一人として知らず、ちょっと心細く会場の講師の椅子のそばに立って時間が来るのを待っていた。
ほどなく人事の湯川 が現れた。岡田が知っているのは湯川だけだ。岡田は湯川を見て正直ほっとした。
「あら岡田さん、早かったのね。今日はよろしくお願いします」
岡田
「よろしくお願いします。とても緊張しています」
「アハハハハ、新入社員を見てごらんなさい。みんな講義なんて息抜きだと思っていてよ。真面目に聞くかどうか怪しいもので、それどころか半分は居眠りしているんじゃないかなあ〜。就職冬の時代なんていっても、就職するまでは真面目で熱心でも入社してしまえばバブルのときと変わらないよ」
岡田
「山田課長をご存知かと思いますが、山田さんから決して眠らせないようにと言われてきました」
「山田課長にはいつもお世話になっています。山田さんは講義の名人で決して眠らせないという伝説もありますが・・・本当でしょうかねえ。こんな人たちを相手にしたらお釈迦様でも無理でしょうねえ〜」
岡田
「山田さんにはそんな伝説まであるのですか。では私も頑張らないといけませんね」
「もし岡田さんが居眠りをさせなかったら・・・・といってもゼロというのは無理だから、居眠りが一桁以下だったら夕飯をごちそうしますよ」
岡田
「湯川さん、じゃあごちそうになりますよ」
湯川は無理、無理と言って笑った。

午後最初の講義の品質保証は、本社の品質保証部から来た年配の人が講師であった。 プレゼンテーション 品質とは何かから始まって検査の意味、品質管理の意味、そして品質保証の意味を説明した。話の内容は岡田が聞いてもためになった。
しかし話し方がボソボソと単調で、パワーポイントも文字ばかりで使い方も地味で、眠気をこらえるのが岡田にとってもつらかった。会場を見回すと案の定20人以上は舟をこいでいる。確かに昼飯の後だから条件は悪いが、この講師の話では眠くなるのも無理はないと岡田は思う。そしてこの講師の後なら、ミスしても目立たないだろうと少し言い訳がましいことが思い浮かんだ。いやいや、山田さんや湯川さんを見返すにも、絶対に眠らせないようにやるぞと負けず嫌いの岡田は思う。

品質保証の話が終わってから15分の休憩がある。岡田は演台に行ってパワーポイントの状況を確認した。パワーポイントってバージョンが変わると文字の表示がテキストボックスからはみ出たり、予期せぬところで改行したりするので、必ず実際の場で最終確認をしないとならない。マイクロソフトもロクなものを作らない。

鷽八百社シンボルマーク
20XX年新入社員教育
当社の環境活動ついて




20XX年XX月XX日
環境保護部 岡田 マリ

いよいよ岡田の講義である。
岡田
「こんにちは、環境のお話させていただく岡田です。私は2年前に入社したのでみなさんより2年先輩です」
岡田が2年先輩というのを聞いてみなは驚きでドッとざわめいた。
もっとも岡田は浪人2年の上にマスターだから入社時に既に27歳だった。でも2年先輩というのはウソではないだろう。そして入社2年目の社員に新入社員教育の先輩として体験談などを話させることはあっても、講師をさせるところはあまりないだろう。

岡田
「私のような若輩者が講師では、私の話を聞く気にならないでしょうか。私自身、入社したときは環境のことも仕事の意味も何も知らなかったのですが、一番の問題は会社の価値観とか考え方を知らなかったことだと思います。でも今はそういったことを理解していると思います。まだ皆さんはまだこの会社の文化を理解していません。それは、ちょっとした差かもしれませんが、今の皆さんはその差を乗り越えることはできないと思います。
今日は環境だけでなく、そんなことを話したいと思います。気を楽にして聞いてください」

岡田はリモコンが一体になったレーザーポインターを持って演台から降りた。マイクはヘッドセットになっている。
岡田は一番前の席の男性に声をかけた。
岡田
「会社の目的はなんでしょうか?」
男子
「そう言われると、エート、社会に貢献することでしょうか」
岡田は隣の男性に声をかけた。
岡田
「お隣の人は社会に貢献することだそうです。あなたはどう考えてますか?」
男子
「最終的には社会に貢献することだと思います。でもとりあえずは利益を出さないと会社が存続できません。ですから当面の目標としては利益を上げることです」
岡田は隣の女性の前に立つとその女性は問われる前に答えた。
女子
「会社の目的は社会に貢献することで、そのためには永続しなければならず、そのためには利益を出すことということではないでしょうか」
岡田
「ありがとうございます。おっしゃるとおりですね。そういうことを50年も前にドラッカーが語っていました。
ではそう考えると会社と環境とはどういう関係があるのでしょうか?」

岡田は二列目の女性に声をかけた。
岡田
「あなたは環境経営って言葉を聞いたことがありますか?」
女子
「はい。環境経営とは会社の意思決定において環境を配慮して行うことです」
岡田
「なるほどと言いたいのですが、会社で意思決定をするとき考慮することってたくさんありますよね。会社の理念はもちろんですが、財務、他社の動向、技術、法規制、たーくさんあるわけですが、あなたのおっしゃる環境を考慮するとはどういうことでしょうか?」
女子
「環境を第一に考えることでしょうか?」
岡田
「環境を第一に優先するのでしょうか? でも品質は第一ではないのでしょうか? あるいは安全は第一ではないのでしょうか?」
女子
「うーん、そう言われると答えに詰まります。すみません、わかりません」
岡田は3列目の女性に声をかける。その女性は3列目だからまだだろうと思っていたようでギョットしたようだ。
岡田
「あなたは環境経営ってどんなものだと思ってらっしゃいますか?」
女子
「うーん、環境に配慮した経営というのはダメだったようですから・・・環境をビジネスに活用する・・というのはおかしいですよね。お手上げです」
隣の男性が手手をあげた。
岡田
「はい、なんでしょうか?」
男子
「私が発言してよろしいでしょうか?」
岡田
「もちろんです。あなたは環境経営とはどんなものとお考えでしょうか?」
男子
「環境経営とは、企業と社会が持続可能な発展をしていくために、地球環境と調和した企業経営のことです」
まわりから、おおっと感心したような声が上がる。
だが岡田は感心しなかったようだ。
岡田
「まあ、教科書的な発言ですね。それでは持続可能な発展というのはどんなものでしょうか?」
男子
「持続可能な発展ですか? うーん」
岡田
「あれえ、あなたが使った言葉ですよ。自分が知らないことを発言するなんて不思議ですね」
まわりがどっと笑う。
男子
「ええと、地球上の自然を保全しながら経済成長をすることです」
岡田
「地球の自然を保全するということは、企業においては具体的に何をどうするのでしょう?」
男子
「マングローブの植林をしたり、砂漠化を防止したりすることじゃないですか」
岡田
「すると当社の場合は、機械部品製造や販売を止めて社員がそういった活動をすることなのかしら?」
男子
「うーん、そうとは思えませんね。そういった活動を支援したり参加することですかね・・・」
岡田
「それが会社が設立された目的であり、社会に貢献することなのでしょうか?」
男子
「すみません、ちょっとわかりません」
岡田は演台に戻った。
岡田
「大学では環境を配慮した環境経営をしなければならないって教えているのでしょうか?」
新入社員から同意の声が上がる。
岡田
「私も大学でそう教えられてきましたので、入社したとき、上司に当社の環境経営はどうなっているのかと質問しました。
私は大学で環境経営とは100%再生可能エネルギーの使用、ゼロエミッション、製品の完全リサイクルなどを推進することだと教えられてきました。しかし当社は、そういうことにあまり熱心ではないように思えたのです。
そのとき上司から環境経営というものはないと言われたのです。かなり驚きました。
現在、どんな企業でも事業を進めていくに当たり環境は重要な項目ですから当然配慮します。ですから言い換えれば環境経営をしていない企業は存在しません。
環境経営をすれば利益が増えるという表現も間違いです。環境経営をしなければ事業は破綻するというのが実際です。
じゃあ、環境経営とは100%再生可能エネルギーの使用、ゼロエミッション、製品の完全リサイクルなのでしょうか? といえばそうではありません」

岡田は演台を降りてまた歩き出した。
今度は中ほどのところに座っている男性に話しかけた。
岡田
「あなたは再生可能エネルギーというのをご存じでしょうか?」
男子
「再生可能エネルギーですか、ええと風力とか太陽光とか」
岡田
「そうですね、石油や天然ガスと違い使っても減らないから再生可能エネルギーです。そういうものだけで会社はやって行けますか?」
男子
「そうですねえ、よく工場やビルで太陽光パネルをつけていますが、あれは工場の何パーセントくらいを賄っているのでしょうか? わかりません」
岡田は隣の女性に話しかける。
岡田
「ゼロエミッションとは何でしょうか?」
女子
「廃棄物を出さないことです。環境報告書をみると多くの企業でゼロエミッションを達成しているそうです」
岡田
「するとそういった会社では廃棄物を出さないのかしら?」
女子
「そう思います」
岡田
「日本の産業廃棄物発生量は不景気の時は少し減りますが、過去20年間4億トンくらいで推移しており、 廃棄物運搬車 ゼロエミッションを達成したという会社が増えているのに対応して減ってはいませんねえ〜
どうしてでしょうか?」
女子
「はあ! そうなんですか?」
岡田は隣の女性に話しかける。
岡田
「どうして減っていないのかわかりますか?」
女子
「まだゼロエミッションを実現した企業が少ないのではないでしょうか?」
岡田
「なるほど、そういう発想もあります。でもゼロエミッションを達成したという会社が実際に産業廃棄物を出していないかどうかを調べることも必要ですね。そういう情報は公開されています。
答はご自分で調べていただくとして、ゼロエミッションを達成したという会社のほとんどすべては産業廃棄物を出しています。なぜか皆さんが考えてください。
そして環境経営ってそういうことをすることだとは私には思えません。
私は環境経営という言葉はいらないと思っています」

一同から異議ありという雰囲気。

真面目な話であるが・・
ゼロエミッションなどと語っている会社はすべて正しくない。そもそもゼロエミッションを語る人の発想は、廃棄物だけしか眼中になく、それ以外の放出物(エミッション)を無視している。
具体的に何かと言われればたくさんある。排水にはH2O以外に栄養分、リン、その他の各種物質が溶け込みあるいは浮遊しているが、それらを考慮したゼロエミッションというものを見たことがない。それに大気放出もある。いまどき粉じんやSOx・NOxをバンバンだすようなところはないだろうが、年間を考えればものすごい量になる。
もちろんそういったものは法規制値以下だというだろうが、廃棄物だって法に則り処理しているわけだ。
真にゼロエミッションというならば、排熱とCO2以外はゼロと考えるべきだろう。もっとも現在ではCO2もカウント対象かもしれない。


岡田は演台に戻った。
岡田
「あるものに名前が付けられるということは、他と区別するためですよね。男と女、右と左、明るい暗い、そういったものを区別するために名前が付けられるというか名前が必要になる。
環境経営という言葉は、環境配慮している会社としていない会社があるから、あるいはあると考えられたからでしょう。すべての会社で環境に配慮したら環境経営という言葉は不要です。
企業が行動するに当たって世の中の規制はどんどんと増えてきました。言い換えると企業の力というか周りへの影響が大きくなって自分勝手ができなくなってきたということです。
かっては廃棄物でもなんでも費用を外部化することができましたが、今はどんどん内部化していかなければならない時代です。二酸化炭素を内部化しろ、製造物責任だ、拡大生産者責任だ、これからもどんどんと増えていくでしょう。
環境経営という語はたまたま環境に配慮することに先行した企業が、他と比較して使ったに過ぎないと思います。今ではどの会社でもそういったことすべてに対応しなければなりませんから、どこも環境経営をするようになり環境経営という言葉を使う余地がなくなったのだと思います」



岡田
「仕事をするときは何に基づいてするのでしょうか?」
男子
「先日の講習で、上長の命令に従ってすると習いました」
岡田
「もちろんそうですね。では上長の命令に従うのはなぜですか?」
男子
「はあ? そうなっているとしか・・・」
岡田は隣の男子を指した。
岡田
「なぜ上長の命令に従わなければならないのでしょうか?」
男子
「うーん、当たり前のことではないでしょうか」
岡田
「会社というところはすべて規則に決まっています。当たり前だとか世の中はそうなっているということではありません。
当社の会社規則では『当社社員は法規制及び会社規則に基づき直属上長の命令に従って業務を行う』と決めてあります。そして『法規制及び会社規則に反したときは懲戒に処される』とあります。
ですからみなさんは上長命令に従って仕事をするのです。そうでなければ懲戒処分になります。懲戒を受けたくないからといえばいやみな表現かもしれませんが、義務論からいえばその通りです」
男子
「うわあ、義務論なんて言葉を聞いたのは久しぶりだなあ」
岡田
社長 社長
役員環境担当役員
廣井部長
中野課長
岡田平社員
「それから上長といってもたくさんいます。私は平社員ですが、私の上には課長、部長、担当役員と階層があります。
みなさんは今入社したところで社長になろうと考えているかもしれませんが、これはかなりきついですね。社長は1期2年で普通は2期勤めます。すると4年間に入社した中から一人なれるだけですから・・・毎年採用する総合職が200人として800分の1ですか、そんなに低くもないですね。ジャンボ宝くじで1万円が当たるのが1000分の1だそうですから、それよりは見込みがあります。
モードつまり最頻値は課長でしょうか。でも課長にならないで定年を迎える人も多いのですよ。
まあ、それはさておき、私が部長の言うことを聞いたり、他の部門の課長の命令を聞いて仕事をしてはいけません。直属上長の命令のみが有効です」
男子
「じゃあ、課長を飛び越して部長から直接命令されたことには従う必要はないのですか?」
岡田
「当然です。もし部長の命令に従ったら課長の存在意義がありません。もちろん人間社会ですから多少の逸脱とかゆらぎはあるでしょう。仮に私が部長から命令されたら、課長は承知しているのかを確認します。課長に話を通していなければ部長の話を伺ってから課長にどうすべきか相談するでしょう」
男子
「わかりました。会社の規則を知らないと仕事はできないのですね」
岡田
「そうです。みなさんはまず会社規則を全部、全部が無理なら自分が関わる業務について丸暗記するくらい読んでおかないといけません。会社員は大学生と違うことは多々ありますが、賞罰もそうです。大学生ならディズニーランドで羽目を外して騒いでもよいかもしれませんが、社会人となると周りの見る目が違います。一線を越えるとクビになります。場合によっては単なる解雇ではすまず、背任とか善管注意義務違反などになります。
体調が悪くても無断欠勤しないで必ず報告するということ、規則に従って行動していれば問題はありません。
私はちょっと嫌いな言い回しですが、『ルールに従うことは身を守る』と言われます」
女子
「すみません。岡田さん、それが環境とどう関係するのですか?」

岡田
岡田は苦笑いをした。
「すみません、頭の中ではいろいろ考えているのですがなかなかそこまで話が進んでいません。
先ほど環境配慮することが話題になりましたが、当社の場合環境配慮ということはすべて会社規則に盛り込まれています。ですから会社規則に基づいて仕事をしていればよいということになります」
女子
「仕事で環境配慮とはどういうことでしょうか? 裏紙を使うとかですか?」
岡田
「裏紙ですか、アハハハハ
あ、ごめんなさいね。裏紙を使うことは環境配慮かと言えば、どうなんでしょうねえ〜
そういうことではなく、例えばあなたが購買部門ならグリーン購入やグリーン調達が会社規則に盛り込まれているということです。新しい取引先の調査項目には調達品の含有化学物質、使用や廃棄するときの安全衛生や環境上の配慮事項、先方の環境負荷やその改善活動、過去の環境汚染や環境事故などが盛り込まれています。そういった項目を評価して取引するかしないかを判断するということそのものが環境配慮ですね」
女子
「はあ、大学で習った環境配慮とは違いますね。環境科学という科目があったのですが、そこではオフィスの環境配慮としてクールビズとかコピー用紙とかごみの分別なんかがありましたが・・」
岡田
「まあいろいろな考えがあっても良いと思いますし、そういったものも害はないと思います。でも私が考えるオフィスでの環境配慮とはそれとはちょっと違います」
男子
「ぜひお聞きしたいですね」
岡田
「そんなたいそうなことではなく、簡単というか当たり前のことですが、仕事の品質と生産性を上げることですね」
男子
「オフィスワークの品質と生産性ってなんですか?」
岡田
「どんな仕事にも品質という考えはあります。報告書を依頼されたら、求められたことにマッチした情報を、精度良く、わかりやすく、簡潔に報告すること、それが品質でしょう。納期を守ることもありますね。
生産性というのは納期とは違いますが、同じ仕事を短時間で成し遂げることです。
そういうことによって残業だってしなくて済むでしょうし、余計な紙も使わないかもしれない、電気も空調も減りますよね。そういうことが環境配慮でしょう」
男子
「私は生産技術に配属予定なのですが、私の場合どんなことが考えられるのでしょうか?」
岡田
「生産技術とは新設備導入や新しい加工方法を考えたりするのですが、そうですねえ〜
例えばですが、新規設備では使用材質や副資材の有毒性や処理困難性の評価、騒音・振動、省エネ、製造品質、そういったことを評価して導入を考えることもあるでしょうね」
男子
「おっしゃったことは通常の品質や生産性の検討で、環境配慮がどこにもないように思いますが」
岡田
「環境配慮というのは環境に配慮しなければならないということでなく、仕事をする上ではさまざまなことに配慮しなければならないのですが、その一項目に環境があると理解すべきでしょう。
仕事をするとき、環境について吟味したら次に安全について評価して、その次はコストについてという考え方では実際に仕事にならないのではないかしら・・
まあ、それも考え方次第でしょうけどねえ」
女子
「私は営業配属なのですが、営業も環境に関係するのですか?」
岡田
「今の時代、環境に関係ないお仕事はありません。まず製品に環境配慮が望まれていますから製品に関する知識、そしてそれをお客様に伝えることが必要です。
またお客様によって特有の環境配慮、つまり含有してはいけない物質とか廃棄方法ですね、そういったことを求めていることがありますから、そういう情報を吸い上げて工場に伝えること。今環境性能という言葉もありますが、そういう切り口の競争が激しいのです」



岡田と聞く方の年齢が近いこともあり、また話そのものが具体的で平易であるためか、居眠りはほとんどいなかった。
岡田
「せっかく環境のお話を聞こうとしていた人には期待を裏切ってしまいましたが、会社のお仕事は環境のためではありません。提供する製品やサービスで世の中に貢献するために企業は存在します。
しかしそのとき企業は好き勝手な行動をとることはできません。法律や社会規範や利害関係者の期待に応えて、お行儀よく事業を推進しなければならないということです。午前中の講義では、輸出管理とか情報セキュリティについて学んだと思います。お客さんがほしいと言っても何でも売るということは社会が許しません。高度な機器などは特定の国には輸出できないものがあります。万が一、そういう規制を破った場合は、法律による処罰もありますし、会社の評価を大きく下げてしまい、社会的責任投資(SRI)において忌避されたり購買の際に非優先となったりして、最悪の場合は倒産です。
環境も輸出管理と同様に社会的規制の一要素であり、私たちは環境法規制を守り、環境事故を起こさないように行動する義務があります。特に現在は環境事故といっても爆発や汚水の排出だけでなく、製品に有毒な物質を含んでいて廃棄処理が困難なものを作ってはいけませんし、過剰な包装などもいけません。梱包箱が立派だと、企業の環境配慮精神が乏しいとみなされる時代です。
岡田 忘れてはいけませんが一番初めにお話したように、当社は当社設立の目的を実現するために存在します。そして永続してその理念を実現していくには、社会的規範を守り利益を出し続けなければなりません。
そのとき環境も考慮しなければならない要因の一つなのです。決して最優先ではありません。輸出管理も大事、情報セキュリティも大事、環境も大事なんです。企業経営においてはすべてを考慮してすべてを満たすようにしなければなりません。
会社で働いていくには社会人、企業人の常識を持つことが必要です。大学やクラブの価値感、考え方は世の中一般の考えと違うことが多い。おっと突っ込みがある前に言っておきますが、別に社畜になるとか長いものに巻かれろということではありません。大学や仲間同士の価値感は普遍的ではないのです。それは仲間内だけで通用するものなのです。
みなさんが社会で働いていくには世の中の約束事を理解して、その中で成果を出すように行動していくことが必要で、そうなってほしいと思います。
私ばかり話してしまってごめんなさい。ご質問を承りましょう」

ほとんどの講演会では質問などない。それであらかじめサクラを用意しておくのが普通だ。
今回は10人ばかりが手をあげた。これは異常に多い。
岡田が一番手前の男子を指名した。
男子
男子 「岡田さんのお話を伺いまして、本当に勉強になりました。正直言って今日のお話では環境のことよりも、会社とか仕事に対する考え方を教えていただいたと思います。
岡田さんが私より2年先輩とは信じられません。私が2年後に今日の岡田さんのような話ができるようになれるかと思うと難しいです。でも岡田さんを目指して頑張ります」

岡田は他に二名ほど指名したが同様な発言があった。
岡田はおわりの挨拶をして、やれやれなんとか終わったかとみなの拍手を受けながら演台を降り講師の席に戻った。
拍手 拍手 拍手
岡田が席に着くと、湯川が岡田の耳元に口を寄せて言った。
「夕ご飯はおごるわよ」

うそ800 本日考えたこと
ケーススタディを書くのは簡単で、今回はさってばさの1時間ちょっとでした。前回のシンポジウムの話は、過去のJAB報告書などを引っ張り出したりして数時間かかりました。
でもご訪問者はケーススタディのときの方が多いんですよね。それがちょっと残念です。




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