マネジメントシステム物語59 システムのヒアリング

14.06.12
マネジメントシステム物語とは
佐田と佐々木の二人は、週の半分以上は出張である。佐田が月曜日から3日間出張していて今週はじめて会社に顔を出すと、佐々木も会社にいた。二人が会社にいるなんて珍しいことだ。
佐田が会社にいるのは今日と明日だけ。まず今回の出張の旅費精算と監査報告書を作成して、次の出張の切符とホテル手配をする。それから配下のメンバーが行った監査報告書をチェックして、問題なければ塩川課長に提出し、問題あれば朱を入れて差し戻しする。その他することはたくさんある。明日と明後日に机上整理が終わらなければ土曜日は出勤になる。月曜日の早朝からまた出張だ。前泊しなくてよいので日曜日に出かけないだけありがたい。
溜まりに溜まったメールをバタバタ片付けていると、隣から佐々木が話しかけてきた。
佐々木
「佐田さん、忙しそうだねえ〜」
佐田
「このところ青森岩手不法投棄対策とか、ISO認証の効果を出せとか、そうそう今回の特命はシステムの見直しでしたよね、余計なと言っちゃ語弊がありますが、突発的な仕事が重なって、ちょっとオーバー気味です」
佐田はそう言いながらもキーボードをカチャカチャと打ち続ける。
佐々木
「先日、人事、総務それに技術管理部にヒアリングに行っただろう。私も佐田さんに触発されて、明日の午後に情報システムにヒアリングの約束をとったんだ」
佐田はキーを叩く手を止めて佐々木を見た。
佐田
「それは面白そうですね。そうなると私は仕事を明日の午前中に片付けないといけない。今回はどんな切り口でヒアリングするつもりですか」
佐々木
「私が以前情報システム部の部長をしてたってご存知でしょう。実を言ってね、当社の情報システム部なんて名目だけでさ、実際の作業をしているのは子会社とか派遣社員なんだ。そういった奴らのほうが実力がある。だからウチのプロパー社員なんて他部門との折衝とか管理業務くらいしかしていないよ。
とまあ、それはともかく、古い付き合いで子会社からの逆出向の身でありながら当社の課長をしている都築つづきという奴に、当社の環境管理システムについて聞こうと思っている」
佐田
「環境情報システムの見直しの観点ですか?」
佐々木
「いやそれに限定していない。環境管理のための伝達経路について何か得るところがないかなと思ってさ」
佐田
「環境管理のための伝達経路といいますと?」
佐々木
「通知、指示、報告といった情報ルートについてイメージしているんだ」
佐田
「なるほど・・・」


佐田は昨夜遅くまで必死に頑張って、メールボックスを片付け、出張報告書と清算を終えた。今日の午前中は机上に溜まった書類を片付けた。とはいえ、月曜日からの出張のチケット手配とホテルの予約はまだだ。それに、これから来週監査に行くところの資料をコピーして予習をしなければならない。
昼過ぎに佐々木が「情報システム部に行くよ」と声をかけてきた。まあ気分転換に2・3時間ヒアリングに行くのもいいだろうと佐田は立ち上がった。
情報システム部に行くと都築課長都築が待っていた。三人は都築が用意していた20人も入れるような大きな会議室に座った。彼の部下がコーヒーを出してくれた。
都築課長
「佐々木部長、お久しぶりです。なんですか? 話を聞きたいなんて」
佐々木
「実は今、環境管理部にいてね、環境管理のシステム見直しを考えているんだ。それでいろいろとお話を聞かせてもらおうと思ってね」
都築課長
「環境管理部の情報システムなら、ここ数年毎年のように依頼されてますよ。
ええと・・・最近のものでは、なんでも工場で使っている化学物質の行政報告が義務になったので、化学物質の使用量とその排出割合を計算して行政報告の書式をまとめるというのがありましたね。
それから廃棄物のマニフェストとかいう帳票を、プリンタで打ち出して誤記や記載漏れをなくすなんてのもやりました。
今は廃棄物業者のデータベースを作りたいという相談を受けています。環境管理も情報化を促進しているようですね。お宅は我々のお得意様です、こちらは売上が上がってウハウハですよ、アハハハハ」

注:2003年当時でも電子マニフェストという制度はあったが、誰も相手にしておらず、紙マニフェストが全盛だった。

佐々木
「でもさ情報システムを組めばいいってもんじゃなくてさ、本当はその前にその情報にどんな意味があるのか、自動化することによるメリットはなにかを考えなくちゃね」
都築課長
「その通りです。環境に限らず現在の業務を改善したいなんて相談を受けることは多いのですが、単に現行の省力化をしたいという発想の方が大半ですね」
佐田
「え? 省力化が目的じゃないのですか?」
都築課長
「そりゃ省力化が目的なのは当然です。しかし、本質的なことを考えなければいけません。従来からの業務手順とか業務フローというのは情報伝達する手段が乏しい時代に、そのときのインフラなりツールを用いて作ったものであるということです。そしてその時代の人たちはそのときの最善を考えていたことは違いありません。
しかし現在は状況が変わってきてその仕事の意味も違うでしょうし、インフラも整備されてきました。だから従来の仕事そのままに省力化するのではなく、その仕事あるいは情報処理の意味を考え直して、現時点の最善策を考えなければなりません」
佐田
「なるほどと話を聞くと感心してしまいますが、具体的にはどんなことでしょうか?」
都築課長
「先ほど申しました、化学物質のPRTRシステムというんですが、実を言って国レベルの法規制ができる前に1道6県で条例が制定されていたと聞きました。条例のある自治体に所在する工場ではどこでもエクセルを使って計算していました」
佐田
「私も環境担当ですからPRTRについては知っています」
都築課長
「その後全国的に法規制ができましたので、環境管理部が全社的なシステムを我々に発注したわけです。当初我々もエクセルでしていた手順そのままシステムにしようかと考えました。それは化学物質ごと工程ごとの放散割合を登録しておいて、また製品ごとにどんな工程で何をどれだけ使うかを設定して、それらと生産台数を掛け算して、大気放散、水系への放散、廃棄物になる量目を計算していました」
佐田
「それは一般的な方法だと思います。どこもおかしくはないと思いますが」
都築課長
「しかしそれは手間がかかるばかりですし、その方法では実際の排出時と計算結果が一致しているわけでもない」
佐田
「というと?」
都築課長
「例えば塗装してもすぐに製品にならず仕掛状態で長期保管されているかもしれない。そういったものは倉入れされたときに排出移動したように計上される。実際過去のデータをみると期末の放出量が他の月の倍以上になっている。これはおかしいですよね」
佐田
「なるほど」
都築課長
「最近当社の倉庫管理が進んできまして、倉庫から材料や部品を払い出すのがリアルタイムで把握できるようになりました。POSと同じですよ。それで払い出し情報から排出移動を算出するようにしたんです。
エクセルを使っている多くは、倉入れされた製品からそれに使われる化学物質を探し出して計算するわけですが、それですと使用量のバラツキの影響を受ける。設定した製品の使用量に台数をかけても、実際の使用量にはならないでしょう。とはいえエクセルベースでは払い出し情報を受けてもワークシートでは処理しようがありません。ひとつの品目について払出ごとに計算するなんて、そもそもエクセルじゃできないなあ〜
それに対して、原材料の払い出しから計算すればそのバラツキは避けることができるし、タイムラグも少なくなります」
佐田
「でも材料倉庫から払出したときが消費時というわけでもないでしょう。現場で塗料を保管していることもある」
都築課長
「それはあるでしょう。完璧を期すなら加工工程ごとの進捗を把握する必要があります。だけど、今のところ工程ごとの出来高を把握するまではなっていない。それに常識的に考えて、倉庫在庫よりも現場在庫が少ないことは明らかです。これはあまり適切な例ではなかったかもしれませんね。 おお、そうだ。今環境管理部から依頼されている廃棄物業者のデータベースですが、初めは既に動いているマニフェストシステムと別に作るような話でした。でもマニフェストシステムに情報を追加することで簡単に対応できることがわかり、わざわざ別のシステムを作ることなく、調査結果とか業界の評判とか事故情報などを盛り込むことを考えています」
佐々木
「都築君も商売繁盛のようだが、他の会社でも同様のシステムを作っているんだろう?」
都築課長
「エコプロ展っていいましたっけ、数年前から環境をテーマにした大展示会が晴海で開かれていますね。私も見学に行っているんです。他社が環境情報ソフトを展示しているので気になっていますから」
佐田
「どこも社内のシステムを作ると、それを外販することを考えるようですね」
都築課長
「笑っちゃいますよ」
佐々木
「え、笑っちゃうって、どういうこと?」
都築課長
「先ほど私が目的にあった情報処理システムを作らなくてはならないと言ったでしょう。それと同じく、いかなるシステムもその会社にあったものでないと効果がありません。しかしエコプロ展で展示している環境情報システムのほとんどは、大会社が自社用に作ったものをせっかくだからと外販しようとしているのです。
スーツなんて今どき仕立て屋で作る人はいませんが、その代わり吊るしであっても体型やサイズが多様にそろえてあります。同じように見える情報システムだって、会社によって目的が違い、インフラが違い、ユーザーも違うのです。まあ普通は合わないものを無理やり売り込み、無理やり使っているようです。服と違って自分にあわないのに気付かないのかなあ〜、アハハハハ」
佐々木
「都築君は昔から変わっていないね」
都築課長
「だって当たり前のことでしょう。先ほどのマニフェストのシステムは市販されているものだけで片手どころか両手以上あります。私もいくつか見ましたが優劣はありませんね」
佐田
「優劣がないとは、すべて同じということですか?」
都築課長
「いやその逆で、それぞれ目的とかその会社のインフラに合わせたものだから、作られた条件下においてはそれが最善だろうという意味で優劣がないのですよ。例えば当社の場合、NTTから光ケーブルを借りきって全国の事業拠点をつないでいます。自前のトランスポンダを持っていて衛星通信を使っている企業もあります。だけどそんな会社は多くありません。多くは電話回線でつなぐとかインターネットを使って情報をやり取りしているわけです」
 注:この物語は今2003年頃の設定です。
佐々木
「わかる、わかる。大会社用のシステムをそのまま、そういうインフラのない企業に持ち込んでも動かないわけだ」
都築課長
「それもありますが、できあいのシステムを買うような企業はそもそも拠点数が少ないですし、もし1拠点ならシステムなんてものじゃなく、エクセルにVBAを組んだ程度で間にあいます。実際にそういうソフトも売られています。もっともそうなるとお金を取るほどのものじゃありません。何時間かかければできちゃいますよ」
佐々木
「お前にとっては片手間仕事かもしれないが、価値というのは相対的なものだから、買ってくれる人がいるなら売ればいいのさ」
都築課長
「ともかく出来あいを売るにしても使うにしても、用途に見合っているか考えなくちゃいけません」
佐々木
「なるほどなあ〜、お前は大した奴だよ」
都築課長
「ところで佐々木部長、茶飲み話じゃないんでしょう。本能寺はなんですか?」
佐々木
「本能寺なんてものはないんだけどさ、今こちらの佐田さんと私が環境管理システムの見直しを命じられているんだ。ここでいうシステムとは情報システムじゃない。会社の組織とか仕組みとか仕事の進め方とかそういう意味なんだけどね。
そんなことをここ半月ほど考えているんだけど、都築君の顔が浮かんでさ、君と話すとアイデアが浮かぶんじゃないかとね」
都築課長
「なるほど、思いつくままにいえばですね、情報システムというとフローチャートを書いたりコード化したりというイメージが強いでしょうけど、本当はその目的を明確にしてそれを達成する方法を考えなければなりません。先ほど言いましたが、今の仕事を電子化あるいは自動化するのではなく、その仕事の目的を実現することを考えなければなりません。
ところが現実問題として、お客さんの多くはその要求仕様を明確にしていないのですよ。要求仕様書の書き方じゃないですよ、自分の望んでいることをですよ。相談に来た人に何をしたいのかと聞くと何をしたいのかわからないってことも珍しくありません。ただ情報化社会だ、IT化だという風潮に惑わされて、何かしないといけないと思っているだけです。この仕事をどんなふうにしたい、この情報をこんなふうに料理したいのだけどそれがコンピュータでできないかと言える人は少ないですね。とにかく何をしたいのかをはっきりさせないとね」
佐々木
「俺たちが今考えているのは、電子情報システムじゃなくてさ、職制とか伝達ルートといったことなんだよ」
都築課長
「同じことですよ。環境管理では、緊急事態というか事故や災害と密接な関係があると思います。そうすると、従来の1本の線でつながった連絡網ではいけません。単に冗長度を高めるだけでなく、インターネットのような蜘蛛の巣状の連絡網がまず考えられますね。そうすれば接続が何か所か切れても回りまわって情報を伝えることができる」
佐田
「でもそれじゃあ指揮系統がはっきりしなくなる」
都築課長
「おっしゃる通り。だけど情報伝達系統と指揮系統が、完全一致しなければならないということはないですよね。
元をたどれば昔々、戦争で大人数を動かすためには組織化が必要で指揮系統が必要になった。そしてそれを持たないものは組織化された軍隊に敗れ去った。時代と共に組織の研究が進み指揮系統も変化した。中国共産党が一時階級を廃止したけど運用において支障があり復活した。
だけど今のように情報化が進み、また組織の参画者のレベルが高いとき階級は必要なのか改めて考えることが必要だね。ホーガンの『断絶への航海』では組織化されない国家というものが書かれていた」
佐々木
「『断絶への航海』か、なつかしいなあ。だけどあんな組織が機能するとは思えない。それに緊急事態に自発的組織化なんて悠長なことは言ってられないだろう」
都築課長
「そもそも非常事態にはだれが指揮するのかということも要検討です。軍隊では指揮官が戦死したとき、指揮継承権というのは明確に決まっている。だけどそれはコミュニケーション手段がプアなとき考えられたことです。情報化が進んだ時はまた別の方法というか考えがあってもよい。平常時は独裁的上意下達だけれど、ある場合においては民主制とか寡頭制をとるという発想もある。逆に平常時は稟議制だけど、緊急時は独裁制をとることもあるだろう。あるいは『エンダーのゲーム』のように指揮を階級の上位者ではなく、天才に任せるという選択もある。
それに組織というものは上下関係だけではなく、横の関係も重要でしょう。仕事を進めるには会社でも根回しとかが必要です。それが進み過ぎて、本来の仕事ではなく人間関係というかコミュニケーションで生きている人もいますが」
佐々木
「そういえば今の情報システム部長の日田君は、管理能力ではなくコミュニケーション力、早い話ネゴとコネで部長になったというじゃないか」
都築課長
「ちょっと、ちょっと、佐々木部長、この会議室の壁は薄いですからあまり大きな声では・・・アハハハハ」
佐田
「なるほど、命令や報告以外については日常からネットワークの情報伝達ルートを設け、緊急時はそれによって指揮系統の断絶を防ぐということですか」
都築課長
「別に新しい発想じゃありません。昔ロバート・ハインラインという人が『月は無慈悲な夜の女王』という小説で、そのアイデアを提示したのです。あの本では地下運動の仲間が捉えられても細胞間の連絡を絶やさないために考えたのですね」
佐々木
「おれはそれも読んだよ、都築君もSFが好きだね」
佐田
「そういうものはインターネットとか電子情報システムとは関係ないことですね?」
都築課長
「そうです。電子メールもインターネットもなくても、いや電話がなくても、そういう仕組みを作ることはできます。いや逆か、必要とする仕組みを使えるツールで作りあげるということでしょう」
佐田
「もちろんインターネットをはじめとするツールが豊富になれば選択肢が増える」
都築課長
「その通り、だから時代と共に目的を達成する方法はスマートになる。スマートってスリムなことじゃなくて賢いとかずるいとか、まあ、そんな意味ですよ」
佐々木
「昔のこと、1970年代のことだと思う。将来情報化が進めば組織の階層は少なくなって会社組織は三角形のピラミッドから非常に平たいものになるだろうと言われたものだ」
都築課長
「確かにコミュニケーション手段が発達すれば、伝達することだけが役割の中間管理職はいらなくなります。電子メールがあれば下々の意見を聞くのに目安箱はいりません。しかし管理の限界は変わりません。高度な指揮が必要とかあるいは困難な仕事であれば数名、単純な指揮で動く場合は50名ってのは今も昔も変わらないでしょう。それが戦闘機の編隊の大きさ、戦闘集団の大きさを決定する」
佐々木
「とはいえ、昔よりは部隊の階層は少なくなっている。陸上自衛隊なら師団、連隊、大隊、中隊、小隊、帝国陸軍の時代は、師団、旅団、連隊、戦隊、大隊、中隊、小隊、まあ時代と平時か戦時によってさまざまだったけど概ねどの国でも階層は減っている。これはやはり通信手段の進歩なんだろうねえ〜」
都築課長
「それは単に通信手段が進化しただけでなく、戦闘教義が進歩したことが大きいですよ。それに基本的に自衛隊が海外展開するはずがありません。ともかく指揮は科学になったわけです。もちろん会社経営も経験と勘ではなく科学になりました。国家の統治体制も多々ありますが、情報化とか交通手段などによって変わりますよね」
佐々木
「交通手段によって変わるとは?」
都築課長
「他国を支配して植民地にするという時代がありました。しかし植民地から略奪したものを母国に持ち帰ることができなければ支配するという発想が起きるはずがありません」
佐々木
「そうなのか? 単に若者の活躍する場を確保するためということもありそうだが・・・」
都築課長
「まあアレキサンダー大王のインド遠征なんてちょっと違うかもしれませんが、カルタゴがエチオピアとかサハラ以南にあったらローマは滅ぼそうとは考えなかったでしょう」
佐々木
「確かにハンニバルが象に乗ってこれない距離なら、そもそも戦争にならないな」
佐田
「では全体主義、権威主義あるいは民主主義というのは、情報化とか交通機関などの影響を受けたのでしょうか?」
都築課長
「そりゃ当然ですよ。ジャスミン革命なんて世界の情報が入ってこなかったら起こらなかったわけでしょう。そして中国はそれが波及してくるのを恐れて規制した。まあ独裁の程度とその国が報道管制できるかどうかということでしょうねえ。中国はネットの規制、人の移動の規制、そして住所の規制、そういうことが徹底できるから独裁が維持できるのでしょう。
それと民主主義になるには、戦争が大きな影響を与えたよね」
佐田
「へぇ、戦争が民主主義をもたらしたということですか?」
都築課長
「昔、中世いやナポレオンが現れる前まで、ヨーロッパの戦争は要するに王様の戦争だったわけだ。王様が傭兵を雇って、戦争して勝てば領地を広げ、負ければ領地を取られ、一種のスポーツというか賭け事みたいなものだったのでしょう。国民・・・当時は国民という概念はなかっただろうけど、その土地に住んでいる人たちは国家という認識はなかったと思う。どちらが勝っても負けても、税金を納める相手が変わるだけで自分は関係ない。そんな状態は日本の戦国時代も同じです。当時は江戸時代ほど武士と百姓の区別はなかっただろうけど、百姓にとって戦国大名の戦争は他人事でしょう。
ところがナポレオンは国民を作りだし、戦争を王様だけのものからすべての国民のものにした。となると従軍する人は政治に参画するのは当然と考えるだろう。更に第一次大戦以降は国家の総力戦になった。そうすると前線に出ない人だって戦争するかしないかの決定に関与する資格はあるでしょう。
話は飛ぶけど、1960年のアメリカの公民権運動は、ベトナムで多くの黒人が戦死したからだ。国家のために命を捧げるなら、白人と同等の権利それには参政権も含まれるけど、それを求めるのは当然だ。
そして一緒に戦った白人は戦友の黒人を頼りにしただろう」
佐々木
「なるほど、確かにそう言える。ハワイの二世が442部隊で頑張ったから戦後ハワイでは日系人が大きな政治勢力となった。韓国がベトナムに参戦したから、その後韓国人はアメリカに移住することも国籍を取ることも容易だった」
都築課長
「ソ連崩壊というのは、アフガンで多くの若者が戦死したことが民主化の引き金になったと思うよ」
佐田
「でも共産中国はなんども対外戦争をしてきましたが、民主化されていません。イラクもイランと10年も戦争してきたし、湾岸戦争、イラク戦争もしましたが、内部からは変わりませんでしたね」
都築課長
「うーん、中国の場合、国家総力戦というものをまだ経験していないんじゃないかなあ。あるいは情報統制が徹底した独裁国家においては近代的な国民が存在しないからかもしれない。イラクの場合は・・・宗教もあるし国民の民度というのもあるんだろうなあ。一般化はできないかもしれないね、」
佐々木
「その議論にも興味があるが、ちょっと話を戻そう。
我々は当社と当社グループの環境管理レベルを上げるために、環境管理の組織を見直そうと考えているんだ。そのときどうすべきかということなんだ。それが都築君が言った本能寺かな?」
都築課長
「ええとお話を聞くと、ちょっと気になることがあります。
佐々木部長がおっしゃったように管理レベルをあげようと考えるのはわかります。けど、だからといって即組織体制を見直すことになるわけじゃありませんよね。現在なにか問題があるとか、一層の改善が必要だとして、その原因を調べて、対策として組織体制を見直すことが必要かどうかじゃないですか?」
佐田
「おっしゃるとおりですね。組織の見直しありきではありません。目的と手段の取り違えどころではなく、目的を忘れてはいけません」
都築課長
「ということは、現在は情報化が進んだとか、いろいろな手段が使えるからと組織体制を考えるのはおかしいですね。現在何が問題で、何をどうしなければならないかというのが初めにあって、それをどう実現するかということが課題でしょう」
佐田
「今の環境管理部とその仕事を決めた会社規則は、過去10年間何度も見直しされ改定されてきています。規則の多くは改定が5回とか6回行われています。つまり状況に合わせ、より良くするために改定されてきたわけです。そんなことを思うと現在の規則は常に最適化されてきたと思えます」
都築課長
「話が飛ぶけど、情報システムを更新したいなんて注文は日常受けているわけですが、現状の問題点を改善した場合と、リセットをかけてあるべき姿を目指した場合でも、結果は大して違わないことが多いのです。というのは現状の仕組みや手順というのは、改善の積み重ねで相当改良が進んでいるということです。だから何事でも今ちゃんと動いているものは結構しっかりしていると思いますよ。
おっと誤解のないように、表面上のインプット、プロセス、アウトプットは変わらないという意味です。その後ろにあるハードやソフトはその時代に手に入る最新のものになっているわけですが」
佐田
「あれ都築さん、さきほどは今までの方式をそのまま電子化してはいけないとおっしゃって、今度は新規に作ってもあまり変わらないとは矛盾していませんか?」
都築課長
「アハハハ、ツッコミが厳しいね。世の中はいろいろさ」
佐々木
「しかしものごとは問題ないからといって現状維持ではなく、常に改善が必要だよね」
都築課長
「うーん、現状維持というのは何もしないことじゃないです。そして何事でも現状を保っているということは何もしていないことじゃなく、常に改善しているということです。それは実は非常に大変な仕事なんですよ。現実をあまり卑下するというか矮小化しないことです」
佐々木
「そんなものかね?」
都築課長
「ものごとには動的なつり合いと静的なつり合いがあります。天秤の両方に重りを載せてバランスするのが静的なつり合いでしょう。そうじゃなくて化学反応なんかで反応が止まったように見える状態ってありますけど、あれってAからBへの変化と、BからAへの変化が釣り合っていて変化がないように見えるってことですよね。それを動的なつり合いっていいますよね。
私は当社の情報システムも動的なつり合い状態だと思うんです」
佐々木
「情報システムが動的なつり合いって、一体どういうこと?」
都築課長
何かの本で読んだのですが、ガンの人とガンでない人というふうに二分されるのではないそうです。誰でも毎日たくさんのがん細胞が発生していているそうです。しかし幸いなことにリンパ球が発生したがん細胞を退治してくれているそうです。だからガンにならない。しかし歳をとったりストレスで体力が弱まるとがん細胞を見逃したり退治できなくなって発病する。そんなことが書いてありました。
それを読んで情報システムも同じだなと思ったんですよ。バグがないとか、つながっている機器に問題がないシステムなんてありません。それに毎日毎日外部からはウイルスや攻撃がジャンジャン来るし、ユーザーはいかがわしいソフトをインストールしてくれるし、機器だって確率的に故障する。外乱も内乱もなくても、時間と共に負荷は増加していく。だから大きな事故が起きないように我々は常に監視してハード的にもソフト的にもメンテも補強もしている。だからなんとかシステムは動的なつり合いを保ってクラッシュしないわけです。ちょっと目を離せば、あっというまにウイルス感染とかオーバーロードでシャットダウン・・・」
佐々木
「なるほど、情報システムをお守りしているから動的なつり合いを保っているということか。それは情報システムに限らずすべての機械にもいえることだな」
都築課長
「私は会社規則なんてわかりませんが、システムの維持ということでは同じでしょう。つまり現実はこまめな組織とか規則の見直しによって、動的なつり合いを保っているということじゃないのですか」
佐々木
「つまり過去からしてきたことが、ISO規格にあるマネジメントシステムの継続的改善ということか」
佐田
「佐々木さん、佐々木さん、そんなこというとまた都築さんに笑われますよ、見直しありきじゃなくて現実ありきでしょうって。
思い出したんですが環境側面を特定しろとか、法規制を特定しろって規格に書いてありますね。あれっておかしいでしょう。企業が事業を進めていくには、あたりまえですが過去から環境側面を特定し法規制を把握してきたはずです。環境側面を特定する方法を議論する以前に、過去より特定していたという事実を認識しなくちゃおかしいでしょう。環境側面を点数法でするのがおかしいという議論以前に、何を今さら環境側面を特定しなければならないのかという問題提起をする必要があるでしょう。
そんな感じがしますね」
佐々木
「アハハハ、どうも考えが後ろ向きというか、弱気というか・・イカンイカン」
都築課長
「それからですね・・」
佐田は素早く両手を広げてストップというしぐさをした。
手佐田手
佐田
「都築課長さん、とてもためになるお話をありがとうございました。でも今日はここまでにしましょう。今までの都築さんのお話だけでももう消化不良になりそうです。ちょっと考えさせていただいて改めてまたお伺いします」

佐田も佐々木も、都築と話して得るところは多かったと感じた。
環境管理部に戻りながら話しをする。
佐田
「いや、ためになりましたよ。しかしどんなお仕事をされている方でも、本質をつかんでいるのですね」
佐々木
「まったくだ。でもISO担当者の中には『規格では』なんて言い方をする人が多い。あれはどうしてなんだろうねえ〜、ISO規格ありきという発想なんだよね。今までヒアリングした中ではそんな主客転倒の論理を語る人はいなかったね」
佐田
「実際に損益とか売上とか遵法とか事故防止といった真剣な仕事をしていないからではないのでしょうか?」
佐々木
「真剣な仕事? するとISOは真剣な仕事じゃないというのか」
佐田
「総務か人事で言われましたよね。環境は営業や設計のような事業の本質的な仕事ではないって、
環境とは本来業務のインフラというか支援業務なのでしょう。そしてISOとは支援業務でもさえないのでしょう」
佐々木
「ISOとはラインで不要な人が、捨扶持すてぶちをもらってする仕事ということか」
佐田
「あるいは仕事をしたつもりになっているだけかもしれませんね」

うそ800 本日の蛇足
私はいろいろな環境情報システムを使ったり見たりしてきたけど、開発者の自己満足に陥ったものも多かった。使う人の希望やそもそもの目的を、理解していないんじゃないかと思うものが多い。
最近のエコプロ展では環境情報システムの展示は下火である。しかしもし展示されていれば、そのシステムの目的は何なのか、どんな要求仕様と環境条件で開発したのか、それはユーザーの意向をよく把握したのかを質問すると面白い。システムがいかに素晴らしいかを説明してくれる人は多いけど、システムの目的をしっかり説明できる人はめったにいない。



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