マネジメントシステム物語62 座談会

14.06.23
マネジメントシステム物語とは
ご注意! 本日は長文です。お暇なときお読みください
始業のチャイムが鳴ってしばらくして、熊田部長が佐田を呼んだ。普通、部長が佐田を呼ぶときは塩川課長も一緒が普通だ。それが職制というものだ。しかし今回は佐田だけ呼ばれた。ちょっと変である。
塩川課長も気が付いたようだが、そこは狸、知らん振りをしている。
佐田
「ハイ、なんでしょうか?」
熊田部長
「お前、『月刊ISO』って雑誌を知っているか?」
佐田
「環境管理部で購読しているじゃありませんか」
熊田部長
「そうだっけか。まあその雑誌がさ、ISO14001に携わっている人たちの座談会をするんだと。俺に招待状が来た。お前が代わりに行ってこい」
熊田は封筒を佐田に渡す。
佐田は中から便せん1枚を取り出してながめる。なになに、2週間ほど後の日付で、某認証機関の会議室を借りて座談会を開くとある。

2003年○月○日

素戔嗚電子株式会社
 環境管理部 部長様
月刊ISO 編集長 本田 義彦

座談会への出席のお願い
時下、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、ISO14001の認証が始まり既に7年、来年には規格改定が行われる見込みです。
このたび弊誌におきましては、ISO14001に関わっていらっしゃる多方面の方にご参加いただき、認証の効果、不具合、改定への希望などをお聞かせ願いたく、下記にて座談会を予定しております。
つきましてはご出席くださいますようよろしくお願い申し上げます。
代理出席も含めて出席の可否並びにご芳名及び御役職名を○月○日までに、弊誌編集長お返事願います。
なお、詳細は未定ですが、認証機関3社、企業3社を予定しております。

日 時 2003年○月○日(金) 14:00〜17:00
場 所 (株)ナガスネ認証機構
テーマ 「7年めの環境ISO―これまでの成果とこれからの期待―」

 以上


佐田は頭の中の予定表をチェックした。特に予定はない。
佐田
「承知しました。発言内容について部長のご意向はありますか?」
熊田部長
「お前の言いたいことを言ってこい。どうせISO認証がすばらしいなんて結論を出したいのだろうから、冷や水をあびせてこい」
佐田
「承知しました」
佐田は部長席を離れ、3メートルほど離れている塩川課長の席に行って今の話を報告する。熊田部長の声は大きいから塩川課長にも聞こえていただろうけど、これも会社のオヤクソクだ。
塩川課長
「わかった。じゃあ佐田よ、頼むわ」
佐田
「課長からどういった方向で発言しろというご意向はありますか?」
塩川課長
「ある。あまり内情を明かすことはないが、認証しても遵法もパフォーマンス向上にも効果がないということは言ってこい。おっと当社で遵法の問題があると言ってほしくはないので、そのへんはまあうまく話せ」
佐田
「承知しました」
佐田は「月刊ISO」の編集長宛、佐田が出席する旨メールを送る。BCCを熊田部長と塩川課長に出すのはもちろんだ。
佐田は佐々木にも相談した。しかし佐々木は自分より佐田の方が知っているだろうし、佐々木としては特に意見はないという。そんなわけで佐田は過激にならないように注意して、自分が考えていることを話そうと思う。


当日である。資料が必要なわけでもない。気負いもなく上着を羽織って出かける。ナガスネなら地下鉄で10分もかからない。そう言えば数年前までは何度もナガスネを訪問したことを思いだす。当時はナガスネのトンデモ審査には困ったものだが、今では佐田たちもナガスネを軽くあしらうことができるようになった。その反面、ナガスネが進歩したようには思えない。
認証機関の場所を借りて座談会を開くというのはどういう意味なのだろうか。場所代を節約するためなのか、その認証機関がイニシャチィブをとりたいからだろうか。
受付で来意を告げ会議室に案内してもらう。
10人ほど入る会議室にはもう他のメンバーは集まっていた。室内をチラと見回すと、女性が1人、男性が4人。予定時間までまだ20分くらいあるのに、みんな早いものだと佐田は驚いた。時間まで会社で仕事をしていた佐田から見たらサボっているように思える。
打合せ 突然「佐田さん」と呼びかけられ、ギョッとして声がした方を振り向いた。
唯一の女性はなんと菅野であった。以前の菅野とは印象が大きく違った。といっても太ったわけでもない。今はとんでもなく自信にあふれオーラが発散している。だから気が付かなかったのだ。
菅野と会ったのはいつだっただろうと思い返し、審査員研修で会ったことを思い出し、あれから6年になることに気がついた。一緒にISO9001認証にチャレンジしたのはもう10年以上も昔のこと、時の経つのは早いものだ。
佐田
「ウワッ、菅野さんじゃありませんか! どうしたのですか?」
菅野
「もちろん座談会に来たのですよ」
菅野は名刺を差し出した。受け取ってながめると、肩書はBB社の審査部長となっている。へえ!偉くなったものだ。
佐田
「娘さんも大きくなったのでしょうねえ」
菅野
「高校生になりました。私は悪い母親だけど、親はなくても子は育つものよ、」
菅野が佐田に名刺を出したのがきっかけになって、他の出席者も名刺交換が始まった。今までお互いに話もせず、だまって座っていたようだ。

菅野 廣井 本田編集長 柴田審査員 山中 佐田
BB認証
審査部長
菅野
鷽八百工業
環境部長
廣井
「月刊ISO」
編集長
本田
ナガスネ認証
取締役
柴田
某社
ISO事務局長
山中
素戔嗚電子
環境管理部
佐田
佐田と柴田も名刺交換したが、柴田は何年も前に審査で会った佐田を覚えてはいないようだ。まあそれも当然か。
名刺交換が終わると佐田はテーブルの上に名刺を席順通りに並べて、顔と名刺を見比べた。菅野と柴田以外は面識もないし、名前を聞いたこともない。ともかく面白くなりそうだと期待した。
みなが落ち着くと本田編集長が立ち上がった。
本田編集長
「改めましてこんにちは。今名刺交換しましたが『月刊ISO』の編集長の本田です。ISO9001に続いてISO14001の認証も広まり、今年は認証件数も12,000件になろうかという状況です。登録件数はまだまだISO9001には及びませんが、ISO14001はISO9001と違い、学校、自治体、非製造業など認証する組織の範囲が広く、これからますます広まることが期待されます。
今日は早い時期からISO14001認証に関わってきた認証機関の方と、企業の方にご出席していただきました。現在までを振り返り、またまもなく規格改定が行われますのでその対応や期待などをお話しいただきたいと思います。
まず認証した結果、良かったこと、悪かったこと、効果があったこと、効果がなかったことなどについてお話しいただけますか」
柴田が手をあげた。
柴田審査員
「本来なら企業側の方から発言してもらった方が良いと思いますが、呼び水ということで話させてください。ISO14001認証した企業は遵法やパフォーマンスの向上が著しいと私は実感しています。それに環境保護意識が浸透していると思います。これからはISO14001認証は企業の必要条件となるでしょう」
山中
「私は会社のISO事務局を担当しております。柴田取締役は一般論をおっしゃったと思いますが、企業においてやはり環境側面の把握ということは重大です。認証にあたって環境側面を特定し、著しいものを決定するという作業は大変手間がかかりましたが、その結果、改めて自社の環境影響を認識しまして、不足のあるところを対策するなど、ISO認証によって未然防止が図られたと思います」
柴田審査員
「山中さんのご意見を伺って意を強くしました。山中さん、環境側面を決定するプロセスが難しいとかいう声が多いですが、それについてはいかがでしょう」
山中
「当社の方法は、とにかく多数の環境側面を抽出しまして、重大性や事故の発生などを点数で評価して、それらを掛け算して点数を求めます。その結果、点数が大きいのを著しいとしています。この環境側面評価の結果、今まで気が付かなかった著しい環境側面も見えてきまして環境管理のレベル向上が図れたと感じています」
廣井がッと吹き出した。
柴田は怪訝そうに廣井を見た。
廣井
「あ、失礼しました。山中さん、ちょっと質問です。環境側面評価の結果気がついた著しい環境側面とはどんなものだったのでしょうか?」
山中
「まずPPCの使用があります。今まで金額などからはとても重要とは思えませんでしたが、点数で評価した結果、著しい環境側面であることが分りました。
また、私どもでは1年ほど前になりますが、講演会で有益な環境側面という概念をお聞きしまして、すぐに検討を始めて今年から有益な環境側面も抽出するようにしました。現在では有益な環境側面としてグリーン購入を取り上げております。先日の審査では審査員の先生方からお褒めを頂きました」

PPCとはplain paper copierの略で元々コピー機用の紙を意味したが、手書きがなくなりプリンタで書類を作る現在では、事務用の紙全般を意味するようになった。

柴田審査員
「ほう!御社ではもう有益な環境側面に取り込んでおられますか。すばらしいですね。環境側面と言いますと、どうも廃棄物とかエネルギー使用など後ろ向きのものばかりでいけません。前向きで環境改善を図るものも取り上げてもらいたいと考えておりました。さすが御社は環境先進企業だ」
山中
「お褒めいただき恐縮です。有害な側面だけでは行き詰まってしまうと思います。やはり改善そのものを取り上げないと・・」
廣井
「話の途中で恐縮だが、ちょっとおかしいと思いますね」
それを聞いて、柴田と山中が廣井の顔を見つめる。
廣井
「著しい環境側面とはISO規格によると『著しい環境影響をもつか又は持ちうる環境側面』(ISO14001:1996 3.3)となっています。
まずPPCから行きましょうか。PPCの環境影響が山中さんの会社において、著しいものであるということが理解できませんね。電気とか廃棄物に比較すればその環境影響は微々たるものじゃないのですか?」
山中
「そんなこともあろうかと当社の環境側面登録表を持ってきました。私どもが評価した結果、電気が35点、PPCが32点になりました。当社では25点以上を著しいと登録することにしています」
柴田審査員
「どれどれ・・・おお、これは立派なものですね」
廣井は柴田や山中の言葉を気にしたふうもない。また山中が取り出した資料を見もしない。
廣井
「まず、山中さんの会社では電気代は年間1憶や2億行くでしょう?」
山中
「そうですね〜、2億弱というところでしょうか」
廣井
「点数からPPC紙代を推察すると、御社では2億弱で35点ですから、32点ということは年間1億7千万くらい使っているということでしょうか?」
山中
「まさか、そんな大金にはなりません。そうですね・・・山中はしばし考えて・・・800万というところでしょうか」
廣井
「なるほど、どうも理解できませんが2億の電気代と800万のPPC、つまり25倍も差があるのに、評価点数が1割も違わないのはおかしくないですか?」
柴田審査員
「廣井さんでしたね、環境を良くしようという考えが大事なんです。金額が大きい小さいではありません」
廣井
「先ほども言いましたが、著しい環境側面とは著しい環境影響をもつか又は持ちうる環境側面ですから、PPCは著しい環境影響を持つか持ちうるのでしょうか?」
山中
「PPCは木を伐採して作りますから、著しい環境影響を持つのは当然です」
廣井
「もちろん環境影響がないものはないでしょう。しかし紙を作るために伐採する環境影響は電気の9割もの環境影響があるわけですね?」
山中
「9割と言いますと?」
廣井
「だって御社の環境側面評価結果、電気が35点、PPCが32点ですから、暗算ですが9割以上になります」
山中
「電気の配点とPPCの配点の重みが同一というわけではないでしょう」
柴田審査員
「そうです。電気は電気同士の比較、PPCはPPC同士の比較です」
廣井
「でも御社ではどの環境側面でも点数が25点以上を登録しているのでしょう。であれば電気の25点とPPCの25点の環境影響は同一という前提でなければおかしいよね」
柴田と山中は顔を見合わせた。
廣井は言葉を継いだ。
廣井
「私は以前から不思議に思っているのですがね・・・環境側面を点数で表す方法ならば、その環境影響は点数に比例するか、最悪でも大小関係は担保されなければ論理的じゃありません。しかし山中さんのところではそういう関係にないようです。側面が異なると点数の比較ができないのでは、もはや致命的な欠陥と言って良いでしょうね。
確か柴田さんの認証機関ではこの方法が必須だったように思いますが」
柴田の顔色が変わった。
柴田審査員
「ううん、いや必須とは言っていません。多くの会社さんが自主的に採用しているということです。
しかし・・・点数なら比較できなければならないのは当然かなあ〜」
廣井
「するとPPCが32点、電気が35点ですから、やはりPPCの環境影響は電気の9割になるわけですね?」
佐田はこれは見ものだとながめていた。廣井とは何者なのだろうか。改めて名刺を見直すと鷽八百という機械部品メーカーの環境部長らしい。佐田は会社名は知っていたが、それ以上のことは何も知らない。
廣井
「私は点数を付ける方法が悪いとは思いません。ただ点数を付けるなら点数の比較ができないとおかしいですよね」
山中
「うーん、正直言いまして環境側面評価の講習会では、評価した点数が常識的であることを確認すると教えられました。いくつかの側面があったとき、それらの評価結果、点数が常識的であれば配点が適切で、納得できないような結果であれば配点を見直すように習いました」
廣井
「なるほど、そうしますと点数は予定調和というか、あらかじめ想定した点数になるようにするわけですね。それじゃ点数を付けるという意味はどういうことになるのでしょうか?」
本田編集長は始まってすぐに大議論になったのでいささか困惑の表情である。
本田編集長
「あのう、本日はISO認証の成果などについて討論しようと考えておりましたので、細かい手順についての議論は・・・」
廣井
「ISO14001において一番重要なのは環境側面です。著しい環境側面については運用手順を決めて、教育し、手順に従って管理しなければならない。また著しい環境側面の環境影響を低減することが環境目的だろうと思います。規格を読むとそうですよね、柴田さん?」
柴田は困った顔をしてうなずく。
廣井
「ですから環境側面についてお互いの認識が一致しなければISO14001の議論は始まりません」
本田編集長
「柴田取締役、そういうことでよろしいのでしょうか?」
柴田審査員
「廣井さんがおっしゃることはその通りです。しかし点数で著しい環境側面を決定する方法において、完璧に点数と環境影響の比例関係とか大小関係を維持することは難しい。ですから各社いろいろと工夫しているわけです・・・
佐田さんのところは点数方式でされていると思いますが、この議論についていかがでしょうか?」
佐田は柴田が話を振ってくれたので渡りに船と・・・
佐田
「私どもでは点数方法はまったく無意味というか、間違いだと考えています。それで当社では著しい環境側面を決めるには点数法を使っておりません」
柴田審査員
「間違いだって!」
山中
「はあ! それはいったいどんな方法ですか? 点数法以外の方法ってあるのですか!」
佐田
「私どもでは非常に単純明快な方法で行っています。判断は三つの観点で行います。環境法規制に関わるもの、事故が起きる恐れのあるもの、トップ方針で管理すると決めたもの、この三つのいずれかに該当するものを著しい環境側面としています。
といっても環境法規制に関わるものといっても、アルコールが1リットルあれば該当するのか、電気を少しでも使うと該当するのかと判断に迷います。それで当社の場合、届出や規制を受ける場合に著しい環境側面にするとしております。つまり什器類の汚れを落とすために保有している500ミリリットル瓶のアルコールは指定数量の5分の1ありませんから著しい側面ではない。オフィスで使っている電気は省エネ規制を受けないから著しい側面ではないというふうにしています」
柴田審査員
「なんと! そんな安易な方法で・・そんな方法なら私はISO審査では不適合にするが」
佐田
「私どもグループ企業においては1997年からその方法で認証を受けております。認証機関は複数ですが、柴田さんのナガスネ認証からもその方法で認証を受けております。そういえば、だいぶ前ですが柴田様とは審査の場であいまみえて、この問題も議論したように覚えております。今更、不適合と言われても困りますね」
柴田は顔をぬうっと突き出して本当かというような顔をした。そして一瞬後、アッという顔をした。そしてテーブルの上の佐田の名刺を取り上げてしげしげと眺めた。佐田は覚えていてほしいなと願った。
菅野が口を挟んだ。
菅野
「私どもでは企業さんがどのような方法で著しい環境側面を決めようと、とやかくは言いません。だってガイド66では著しい環境側面を決定する方法を決めるのは企業の責任、決めた側面が適正か否かを判断するのは認証機関の責任と書いてありますからね。規格や基準に基づかなければISO審査じゃありませんわよ。あら皮肉じゃありませんよ。
まあ常識的に考えて2億円の電気代は、著しい環境側面になるのは間違いないでしょう。800万のPPCが著しいか否かは、その組織の業種業態、規模などによって判断されるでしょう。山中さんのお勤め先のような大きな会社さんでしたら、著しいとは言えないでしょうねえ」
注:ガイド66ではそのことをしっかりと書いてあった。もっともガイド66を読みこんでいた審査員は少なかったようだ。少なくても私は会ったことがない。
後にガイド66はガイド62と合わせてISO17021になる。ISO17021になったとき、この文言はなくなってしまった。ISO9001その他の規格に使うために個々の規格の特有な事情について記述するのを避けたのかもしれない。
山中
「私はガイド66というものを知りませんが、それは・・・・それはどういうものなのでしょう?」
菅野
「ガイド66とはISO審査手順を決めたガイドラインですが、第三者認証においては強制力がありますね」
廣井
「そうですねえ、端的なことを言って、山中さんの会社ではPPCを著しい環境側面にしているならば、無駄なことをしていると言えるのではないでしょうか」
廣井という男はかなりきついことをしらっと言うものだと佐田は見ていた。
菅野
「私も同感です」
山中
「無駄なことですって?」
廣井
「ISO規格はなんでもかんでも管理しろとか、細かいことをしろといっているのではありません。大事なもの、危険なものをよく把握して、それをしっかり管理しろといっています。
それから全員の参画が必要とありますが、それは全員参加で活動しろと言ってるのとは違うと考えています。オママゴトの活動になってしまってはいけませんし、そもそも活動と言えるものなのかも疑問です。私は規則に従って業務をすることにすぎないと考えてますがね。
先ほど佐田さんですか、おっしゃったように、法に関わるもの、事故の恐れがあるものだけをしっかり管理するということが必要十分条件でしょうね」
菅野
「私どもも全く同じ考えで、その判断基準で審査を行っております。
話は変わりますが、有益な環境側面という発想は不思議な考えです。弊社は外資系の認証機関で、英国やその他の地域の認証機関と判断基準や運用の刷りあわせや情報交換を行っています。英国を始め他の国では有益な側面という発想はありません。これは日本独自のガラパゴス的発想ではないかと思いますが」
本田編集長
、そうなんですか。有名な認証機関の社長さんや審査員研修機関の社長さんも有益な側面とかプラスの側面というものを打ち出しているのですが」
菅野
「ISOとは誰が言ったから、こうあるべきだということはまったくありません。聖書ではありませが、ISO規格に書いてあることがすべてです。そして有益な側面なんて言葉はISO14001の1996年版にはありませんね。その意味で私たちはカソリックではなくプロテスタントの生き方をしなければなりません。つまり審査員や指導的な立場にある人も、企業の人も、ただ規格を読んでそれを基にシステムを作り、審査するだけだということです。
まあ百歩譲ってそういう意見を語ることは罪ではないとしても、審査の場に持ち出すのはガイド66違反でしょう」
佐田
「いや、私も不思議に思っていました。有益な側面と称しているのを見ると、環境負荷の改善活動とかCSRのようなものを取り上げています。有益な環境側面を唱える人によって、その定義が違うのですからおかしなことです。これは有益な側面が必要かという議論以前に、その定義を徹底的に議論しなければならないことです。まあ、もっとも菅野さんのおっしゃるように有益な側面という発想を止めてしまえば一番よいですが」
柴田は頭から湯気が出るような塩梅である。
山中
「すみません、私は審査員の先生から良い環境影響が悪い環境影響よりも大きなものが有益な側面だと教えられましたが」
廣井
「世の中に存在しているものは、すべからくトータルとして人類にとって有益だから作られ使われているわけです。電気を消費することが全体的にみて有害な環境影響が大きいなら、人間は電気の使用を止めるでしょう。廃棄物が有害なら廃棄物になる製品を使うのを止めるでしょう」
柴田審査員
「そんな、有害であっても人間は使用するのを止めたりせんだろう。使うのを止めた事例をわしは知らんよ」
廣井
「そんなことはありませんよ。過去にもそういったものはたくさんありました。PCBとかフロンとか、昔はカドミメッキなんてのもあったなあ。カドミは錆びに強く私は好きだったんですがね、まあサビに強くても生物への毒性、廃棄物の処理などを考えると使わないほうが良いという総合判断なのでしょう。もっともPCBは軍用や航空機についてはいまだにOKのようです。
話がそれました。そんなことを考えると有益な側面を持たない製品もサービスも存在しません。いや有益の方が有害よりも大きいものばかりです。総合的に評価して有益でないものは存在できないのです。
一体全体、有益な側面なんていうおかしな考えがどうして広まったのか・・」
菅野
「廣井部長さん、それをいうなら誰が何のためにおかしな考えを広めたのかではないですか?」
廣井
「菅野さん、おっしゃる通りですね。柴田取締役、そういった間違った考えを正すのは御社のような大手認証機関の責務であると考えますがね」
柴田審査員
「ちょっと待ってください。有益な側面という考えは間違っていないと思います」
菅野
「でもさっき佐田さんがおっしゃったように、有益な側面なんて人によって定義も考えも違います。いったい誰の主張を基に正しいか間違っているのかを論じるかも定かではありませんわ
それにそれは日本国内でのみ通用する考えですよ。外国に行って審査するときそんなことを言っても通用しないというか恥をかいてしまいますわ」
柴田は絶句した。
本田編集長
「まあまあ、従来多くの企業は、環境負荷とかネガティブなものに注目していて製品配慮とか自然保護という観点が抜けていたのでそういうものを有益な側面という表現で漏らさないようにという意図だったということでしょう、柴田取締役?」
柴田は本田編集長の救いに助かったという風情で
柴田審査員
「そうですよ、従来はネガティブな環境側面だけを取り上げていて、ポジティブなものを見逃していたのでそれを漏らさないための観点で・・」
廣井
「ちょっと待ってください。ISO14001では『有害か有益かを問わず』(ISO14001:1996 3.4)とありますよ。もし過去多くの企業が有益な環境影響のものを見逃していたなら、それは立派な不適合であったということじゃないのかな? そして見逃していたということは、組織側の不適合ではなく審査側の不適合じゃないですか」
菅野
「私どもではそういうものは、即不適合にしていましたね。規格に沿った審査を行えば、そのような、ええと有益な側面などというISO規格にない概念を持ち込む必要はありません」
本田編集長の救いの手は役に立たなかった。
本田編集長
「まあISO14001の活動といっても多様でしょうから、そういう発想もあっても良いかと思います」
廣井
「いや、ISO14001の意図は『遵法と汚染の予防』なんだから、その基本を外れちゃいけないよ。
そういう本質から外れた結果が、ISO14001が役に立たないとか認証しても効果がないと言われる元になるんだ」
佐田
「私はグループ企業200社近くの環境管理を指導監督している立場ですが、やはり一番重要なことは違反をしないこと、事故を起こさないことですよね。そういう根本をしっかりしていないと、ISO14001が単なる流行というかファッションに堕ちてしまいます。そしてそれは環境負荷が少なければ自由に活動して良いというわけではありません。環境法規制に関わらないなら、その事業所はわざわざISO14001認証する必要がなかったということでしょう」
菅野
「大学や自治体のISO14001なんて紹介したものを読むと、ほとんどがファッションとか気分というもので、読んでいて恥ずかしくなります。いったどんな認証機関があんなものをOKしたんでしょう!」
山中
「佐田さんでしたね。あなたのお考えでは、私どもの環境活動は不適切だということですか?」
おお、だんだんと議論が過熱してきたぞと佐田は内心ほくそ笑んだ。
佐田
「そうは言っていません。現実はそうかもしれませんが、現時点、情報不足ですから断定できません。
ただどうでしょうかねえ〜、真の環境側面は点数法では把握できないでしょう。
御社の場合、実際には真の環境側面はしっかりと把握して管理しているが、ISO14001認証するためと全員参加にするためにPPCも入れているという状況なのか、そこんとこはわかりません。でもそうであれば、それは小集団活動とかカイゼン運動であってISO14001でいう著しい環境側面ではないだろうと思いますね」
廣井
「俺もそう思うね。遵法と汚染の予防、まあ事故の予防と同義だろうけど、それをしっかりとすることが重要であり、それ以外は重要ではないというのがISO14001だと考えるのが正しいと思う」
菅野
「でも佐田さん、小集団活動だって金額の小さなものをわざわざテーマにすることはないと思いますがね」
柴田審査員
「環境負荷の大きなもの以外は重要ではないとおっしゃるのか? それはおかしいだろう。PPCであろうと削減することは環境負荷を低減することになる」
廣井
「あのですね、すべてのものは相対化して考えなければなりません。プライオリティを付けると言ってもよい。ABC管理ともいえるな。
今のところISOというと、品質とか環境ですが、類似の事例で・・・昔からあるもので、そうだ例えば消防を取り上げましょうか。火災予防は家庭でも会社でも重要なことはご同意いただけると思います。じゃあ火災予防のために全員参加とかしてますか? 普通火災予防というなら、火事の原因になる職務の人、消火担当とかそういう人への教育訓練とか手順、設備などの管理をするでしょう。でも多くの人は万が一の場合にそなえて避難訓練などの協力を求められるだけです。
品質も環境も全員参加とか、全員に教育が必要だと考えることがそもそもおかしいのですよ。
ISOが日本に入った途端、精神主義とか全員参加になってしまった、それが間違いだったのではないかな」
山中
「ということは?」
廣井
「ということは、ISO14001規格は、環境に関する業務にはちゃんとした組織を決めて手順を決めて教育して運用しろというだけのことです。100人従業員がいればそのうち20人だけが関係するかもしれない。残り80人はごみの分別、消灯基準、空調の基準遵守をすればオッケーというだけじゃないのかな」
菅野
「私もそう思いますね。著しい環境側面とはしっかり管理しなければならない項目という意味であって、なんでもかんでもというはずではありません」
佐田
「私はむしろ限定することに意味があると思います。よく『全部重要だということは全部重要ではない』なんて言いますよね。それと同じく、全部管理しようとするとアブハチ取らずになってしまいます。ですから遵法と事故防止のためにこれだけはせんといかんというのが著しい環境側面だと思いますよ」
廣井
「同感だ。そのとき仲間外れになった人をどうするかということなんだろうけど、消防と同じで、無関係の人に無用な仕事をしてもらうことはない。あなたはISO14001には関係ないですと言えば良いのではないのかな。
おっともちろん人だけでなく、重要ではないとなった項目は管理しなくてもよいということだ」
菅野
「多くの審査員やコンサルはリソースを確保せよと語ります。でも、それって企業にとっては無理な注文ですよね。
一般の企業は必要なリソースを確保するのではなく、保有するリソースでできることをしなければなりません。
もちろん法規制対応などは対応が必須でしょうけど、できないものはできません。著しい環境側面を決めるとはそういうイメージだと思いますね」
柴田と山中は反論の糸口がみつからず赤い顔をしている。
本田はいかんと考えたようで話を変えようとした。
本田編集長
「そういえばこのたび工業標準調査会から『管理システム規格適合性評価専門委員会報告書』というのが出ましたね。基本ISO9001についてですが、審査する側、審査を受ける側、コンサルタントの思惑によって、第3者認証が本来の目的を達成せずに負のスパイラルに陥る恐れがあるという報告でした。これに付いてみなさんのご意見をお聞きしたいですが」
注1:『管理システム規格適合性評価専門委員会報告書』をインターネットで探そうとしたが2014年6月時点検索エンジンでは見つからなかった。10年前の報告はもうお蔵入りか?
ひょっとして間違った報告書は隠そうとでも・・・
注2:6/22(日)にグーグルで『管理システム規格適合性評価専門委員会報告書』をキーワードにして調べたが、上位100位までには報告書本文が見つからなかった。それで注1を書いてこの文をアップしたのが6/23(月)である。ところが、6/24(火)18時に再確認したら、なんとグーグルで検索してトップ1位で見つかった。
これはこれは!
日本規格協会あるいは標準調査会がこんなウェブサイトをみて急遽アップしたのだろうか?
まさかね??

柴田審査員
「正直言って、どうなんだろうなあ〜、ああいった報告が出されると一般社会から誤解されると思う」
本田編集長
「誤解とおっしゃいますと?」
柴田審査員
「審査がいいかげんにしていると思われるだろう。報告書では『信頼性低下につながりかねない』とあるが、具体的数字もなくて、因果関係はあいまいなまま結論を出している」
廣井
「私も柴田取締役と同意見です。あの報告書はいかんですねえ〜。調査というかヒアリングした結果をつなぎ合わせただけで、それらが真に因果でつながっているかどうかの事実関係はまったく証明も説明もない。あれはいかん」
菅野
「あの報告書の目的は、最近連続している企業不祥事に対する世の中の批判をかわすためのように思えますね」
本田編集長
「この報告書には柴田取締役も参画していたと思いますが」
柴田審査員
「うーん、まあいろいろあってだね」
菅野
「ところで日本ではあまり話題になりませんでしたが、欧州ではREMASの中間報告がありましたね」
廣井
「レマス? なんですかそれは?」
菅野
「イギリス環境保護局などの支援を受けて、欧州の500社以上を対象に、EMAS認証、ISO14001認証、未認証などによって法遵守やその他の環境パフォーマンスに違いがあるかどうかを調査しているのです。昨年から始まって中間報告らしきものがでたのですよ」
廣井
「ほう、興味深い研究ですね。その結果はどうなりました?」
菅野
「まだ中間報告ですが、現時点まででは認証の有無による差は見られなかったそうです」
廣井
「そんな調査があったのか。それで差がなかったと・・・」
菅野
「まだ中間報告ですから。最終結論までは数年かかるようです」
山中
「するとISO14001は遵法と汚染の予防に有効ではないということですか?」
柴田審査員
「いやそうは言えない。仮にISO認証と未認証に遵法と汚染の予防において差がないとしても、ISO規格の問題なのか、認証制度の問題なのか、審査の問題なのか、企業の努力の問題なのか、いろいろ考えられる。そもそも差があるのかないのかもまだはっきりしていない」
佐田
「柴田取締役がどこが問題か分らないとおっしゃいましたが、それはそうなんでしょうけど、現在の審査は問題だらけですよね」
柴田審査員
「ほう! 審査にどんな問題があるのだろう?」
佐田
「まず審査員の力量が低いです。環境法規制を理解している人なんて半分もいないでしょう」
柴田審査員
「なんという言い草だ。審査員になるためには審査員研修を受けて、登録し、審査員補、審査員とステップアップしていかないとだな・・・」
佐田
「柴田取締役、私は弊社のグループ企業約100組織の毎年の審査報告書すべてに目を通していますが、トンデモ審査というものをいくつも見ていますよ。御社の審査においてだって法規制について誤った判断というものは多々あるのではないですか」
廣井
「佐田さんのおっしゃったことには私も同意だ。私も鷽八百グループ企業のISO審査報告書を毎年100件以上見ているが法の理解だけでなく、ISO規格の理解がおかしいとおもえるものが相当数あるね。
そうそう、そもそも不適合の根拠と証拠を記載しているものは半分どころか四半分もない。せいぜいが1割くらいじゃないのか」
菅野
「うーん、廣井部長に言われるといささか自信がありませんが、弊社においては根拠と証拠を書くように指導しておりますが」
廣井
「菅野部長さんはBB社でしたね。弊社グル-プではBB社で認証している会社は2つあったはずだが記憶にありません。記憶にないということは問題がなかったのだろう。柴田取締役のナガスネさんの報告書にはけっこう問題がありますね。ナガスネさんでも判定委員会があるだろうと思いますが、ああいった証拠も根拠もない報告書がOKとされるものなのですか?」
柴田取締役は顔を一層赤くした。
柴田審査員
「そんなことはない。審査員は個人的にも研鑚しているだろうし、認証機関も定期的に教育している」
佐田
「私自身の経験ですが、ナガスネの審査を受けたときのこと、危険物貯蔵所の構造が不適切だと改造を指示されちゃいましたねえ〜、あれには参った、アハハハハ」
危険物貯蔵所
廣井
「アハハハハ、そりゃいい。まさか改造はしなかったんだろうな」
山中
「すみません、ISO審査で危険物貯蔵所の改造を指示したら笑うほどのことなのですか?」
菅野
「危険物貯蔵所を設置するには、事前に消防署の設計図などの書類を出して許可を受けて、それに基づいて建築して完成した後に検査を受けて初めて使えるようになります。ですから、もし現在使っている貯蔵所の構造に問題があると言ったら、それは日本の消防署が問題だということになるでしょう」
山中
「ああ、そうなんですか。当社の審査のときも審査員から改造を指示されまして、私のところでは改造工事を行いましたが、あれって問題だったのですか?」
廣井
「オイオイ、もしそんなことが消防署に見つかったら大問題だぞ。おれはなんとも言えんが、すぐに対策せんといかんな」
山中
「うあー、どうしよう」
佐田
「それほど大問題じゃないですが、マニフェストに記載ミスがあったら訂正印を押せと語った審査員がいましてね、それを真に受けて一生懸命ハンコを押していたところがありました」
廣井
「まあ、それくらいなら許容範囲かな。少なくても違法じゃない アハハハ」
佐田
「冗談じゃありません。企業の業務を阻害し損益を悪化させる悪行でしょう」
柴田は苦虫をかみつぶしたような顔をして黙っていた。
本田はイカンと思ったのか、また話題を変えようとした。
本田編集長
「ISO認証が始まった頃は対外的な品質保証体制の証明という意味合いが強かったと思いますが、現在は企業そのものを向上させるためと認識されてきたようですね」
柴田は渡りに船とその話題に乗った。
柴田審査員
「そうです。日本の経営というのは小集団とか改善とか底辺というか担当者レベルでは頑張っているしそれなりの成果を出してきたと思います。しかし経営レベルとなるとあまり思い浮かぶものがありません。ISO規格のマネジメントシステムはそこが包括的であり、企業経営の質向上が期待できます」
廣井
「ISO規格が経営レベルに寄与するとお考えになる根拠はなんですか?」
柴田審査員
「それはだな、やはり企業活動全般においてPDCAを基にした運営を決めたものは過去になかったし、そういう発想で仕事をしていけば自然と経営や管理の質向上が図れると思う」
本田編集長
「私もそう思います」
廣井
「とはいえ、その結果がどうかということになりますよね。先ほどの『管理システム規格適合性評価専門委員会報告書』にしてもその事実関係はどうあれ、行政からも社会からもISO認証が価値あるものと認識されていないことは間違いない。ISO規格あるいはISO認証が経営に寄与するだろうという考えはあっても良いけれど、現時点それを裏付けるものはないように思います」
本田はまた困った顔をした。せっかくいい雰囲気になったのにこの廣井という男はなんでもぶち壊してしまう。嫌な奴だ。次回は絶対に声をかけないぞ。
佐田
「経営に寄与すると語る人がいますが、私はそれを疑問に思っているのです」
佐田が口を開いたので、本田、柴田、廣井は佐田を見つめた。
佐田
「真に経営を考えるならば、過去から経営学というものがありました。そしてテーラーやファヨールに始まる経営層の人、経営学の先生、またマッキンゼーやボストンコンサルティングなどの経営コンサルが、組織論、経営論、改善手法を語ってきました。時代と共にそういった手法や理論の移り変わりはあります。そういったレベルの考え、思想と言っていいですが、そういった経営手法とISO規格が同列とは思えません。ISO規格に書いてあるのは、経営レベルというよりも現場レベルの基本というか常識的なことだけだと思います。それで経営改革なんてできませんよ。
ISO規格が示すところは、経営者が考えることをいかに有効に効率的に現場に展開するかということに限定されているでしょう。経営の手法といっても、経営者が経営を考えるためのツールではなく、経営者が決めたことを現場に展開する手法にすぎないですよ」
柴田はまた新たな敵が現れたと嫌な顔をした。
柴田審査員
「そうかもしれんが、今までそういうことができなかった企業も多いのだから、それを否定することはないだろう」
佐田
「否定する気はありませんよ。ただ柴田取締役が小集団活動よりもレベルが高いとおっしゃったので、私は同じレベルだと言いたいだけです。
それと柴田取締役も経営に寄与する審査と言いましたが、そういう言い回しを止めてほしいですね。経営に寄与するというなら、どういうものが経営に寄与するのかはっきりさせて、それを実証したことを示さなくちゃいけません」
本田は参ったなあと心中思った。予定した方向に議論が進んでいかない。あるいは、自分が今まで考えていたものと認証の実態はまったく異なるものなのだろうか?
廣井
「佐田さん、君の考えはよく分る。良く審査で審査員が経営に寄与する審査をすると語っているが、あれは一体なんだろうねえ〜?」
菅野
「私どもでは経営に寄与する審査をするなんていうのは、高慢というか不遜な発言と考えています」
本田編集長
「はあ!不遜とは?」
菅野
「だってそうでしょう。まず経営に寄与するなんて、自分から言うのは恥ずかしくありません? それほど審査員は経営とか管理に詳しいのでしょうか? 実際に企業を経営している人に対して、そんなことを語るのは失礼だと思います。
まして審査員が品質とか環境の専門家だとしても、資金繰りとか人事管理とか、地域や業界との付き合いとか身を切られるような日々を過ごしている企業の経営者にそう言うのはいかがなものかと思いますね。
それにもうひとつ、どんな審査をしようと、それをどう受け止めるか、どう活用しようかは企業の自由です。認証機関としては、せめて企業が参考になるような審査をしようと頑張るだけでしょう。
それを!経営に寄与するなんて、失礼極まりない」
菅野は金切り声でそう言い切った。
柴田と本田は白けた顔をしている。
廣井
「菅野部長のおっしゃるお気持ちはよく分りますよ。私も環境管理部にもう10年近くおりますが、ISO審査で審査員が自信たっぷりに語るアドバイスはとうに検討してダメだったとか、そもそも審査員が知らない事情で実行できないものばかりです。
どんな従業員でも、特に日本では社員でもパートの人でも企業に貢献しようと賃金以上に責任を感じ頑張っていると思います。私もそのつもりですがね。そういう人たちを前にして、半可通の甘っちょろい考えを語ってもバカにされるだけですよ。実際、みんな陰で笑っています」
佐田が笑い出した。
佐田
「アハハハハ、廣井部長は思ったことをそのまま口にする方ですね。いや、私も同感です。
私はグループ企業の環境監査を仕事にしております。ですから一年中工場や関連会社におじゃまして環境監査、私の場合は遵法がメインですが、まあそんなことをしているわけです。そんな仕事をしていて感じますが、ISO審査で一日二日審査員が訪問したとして、どうすればその会社が良くなるかなんて分るはずがありません。どの企業にも文化があり歴史があります。それは長い間に築かれてきたものであり、それなりに形成された理由があります。突然訪問した人がそんなことを分るわけありません。
あ、もちろん遵法は確認できますよ。ただ遵法を確保するためにもさまざまな方法があり、現行を変えた方が良いとか変えるべきなどということを軽々しく語ってはいけないと常に自分を諌めております」
廣井
「いや佐田さん、立派だよ。おれも佐田さんの同業者だと思うが、あんたの言ってることはよく分る」
佐田
「もっと笑ってしまうことがありますね、
企業がいろいろと改善していると、審査員がそれをほめるのですよ。あれってどういうことなんでしょうかね? 生徒が頑張ったので先生がほめるということなのでしょうか?
私はほめるという行為が理解できませんね」
山中
「私もそれは感じています。特に前回の審査で審査員がアドバイスしたことを実施していると、次回の審査で心証を良くして、非常にほめますね。あれには違和感がありますね」
廣井
「ISO審査員の大多数が認識しなければならないことは、企業の人のほうがその会社を良く知っていることだ。不思議なことだが、一般的な審査員は企業の人よりもその会社を知っていると思い込んでいるようだ」
菅野
「あら、廣井部長さん、LMJってご存知?、私は会ったことありませんが、そのリンドン・マービン・ジョンソンさんは『会社を一番知っている人はその会社の人だ』と語っていますよ。もちろんジョンソンさんの薫陶を受けた人はそう認識しているのでしょうけど」
廣井
「私が環境監査に行ったときにも、監査側の方がその事業所を良く知っているということを忘れてはいけないな。自戒しなければ」
佐田
「同感です。私はLMJという方を存じ上げませんが、その言葉を自今以降、座右の銘とします」
廣井
「ところでさ、さっき佐田さんは経営に寄与する審査なんてありえないと言ったね」
佐田
「ありえないとは言ってませんよ。私は『経営を考えるためではなく、考えたことを現場レベルに展開することにすぎない』と申したのです。例えばISO規格が、4Pとかライフサイクルあるいはポートフォリオ分析などのアイデアというか手法レベルでないことは明白です。単に決めたことを間違いのないように実施させるという手法にすぎません」
廣井
「なるほど、よって経営に寄与する審査などと大口を語るなというわけだな」
佐田
「要旨はその通りですが、もう少し上品に言った気がします」
廣井
「アハハハハ、おれもさ、全くそう考えている。企業側も礼儀というか社交辞令を止めて、もっとましな審査をしろとか、経営に寄与するなどと大げさなことを語るなとはっきり言う必要がある」
柴田は顔を赤くして口を開いた。
柴田審査員
「そんなことはない。我々は審査において企業の参考になるアイデアや情報を提供しているつもりだ」
廣井
「我々はそのようなものを必要としていないと申してもそうなのでしょうか?」
柴田審査員
「えっ! 審査において助言は要らないということか?」
廣井
「そもそも審査とは審査基準との適合判定であってコンサルタントじゃありませんからね。それと・・・言いにくいことだが、私の今までの経験で審査員のアドバイスがためになった記憶はない」
柴田審査員
「他の審査員はどうか知らないが、私の場合は省エネの方法や廃棄物削減のアイデアなどを語っている」
廣井
「柴田取締役が教示されていることが、企業側から見たら陳腐なことだとお考えになったことはありませんか?」
柴田審査員
「いや私がそういったことを発言するといつも感謝されている」
廣井
「それはよかったですね。でも義理でお礼を言っていたのかもしれません。私の場合、省エネは仕事ですから、省エネについては、基準の見直し、新設備の検討、就業形態の検討、各種補助金、その他死に物狂いで考えて試行しています。それでも毎年1%削減するなんてのはとてつもなく高いハードルですね」
佐田
「廣井部長さん、分りますよ。それと頑張れば頑張るほどハードルがきつくなります。よくISOの環境目的などで見かけますが、2%達成できるのが確実でも今年は1%にしていて残りを来年に回すなんてのがありますね。あんなことは本当にエネルギー管理をしている人は思いつきませんよ。
仕事というものは最大限頑張らなくてはならないし、頑張れば翌年は更に要求水準が高くなります」
菅野
「営業マンだって同じですよ。売り上げをあげればなお一層高い数字を期待され・・・最後にはつぶれてしまいそうです」
廣井
「アハハハハ、わかりますよ。ともかくそういう厳しい現実の最前線にいる人はちょっと立ち寄った人の考えるようなことはとうの昔にトライしているでしょう。少なくても私は自分が知らなかったアイデアを審査員が語るのを聞いたことがないね」
佐田
「廣井さんと同じ考えかどうかわかりませんが、私はISO審査は適合性審査に徹してほしいです。改善の機会というものはなくしてほしいですね。雑音に過ぎませんから」
菅野
「佐田さん、ガイド66ではアドバイスしても良いとありますよ」
佐田
「菅野さん、ガイド66が正しいとか絶対というわけでもないでしょう。あるいはそのセンテンスを審査員ではなく、企業が選択できるとみなしても良いかと思います。ぜひともアドバイスしてほしいという会社もあるかもしれませんから」
廣井
「ともかく笑いをこらえるのに苦労するようなアドバイスは、止めた方が審査員のためでもあると思うね。ガイド66に、組織側は審査員にアドバイスしても良いと追加すべきか分らんな」
佐田と菅野が大笑いした。
本田と柴田それに山中は、三人の議論を黙って聞いていた。
廣井たちの大声の議論が下火になるのを見て、本田編集長が口をはさんだ。
本田編集長
「来年2004年にはISO14001規格改定があるわけですが、みなさんのところではどのように対応する予定でしょうか?」
山中
「私どもでは既にコンサルさんを頼んでおり、規格対応の改定作業を進めております。今までに公表された改定要旨については社内規則の見直しを進めています」
柴田審査員
「山中さんのところは準備がよろしいですね。規格改定に合わせて社内の仕組みの見直しを進めていけば、ますますシステムが良くなるはずです」
山中
「そのように考えています」
廣井
「あのさ、ISO規格が改定になっても当社は何も変えなくて良いと考えております。そもそも私はISO規格あるいはISO認証とは会社を良くするものではなく、会社の仕組みが一定水準にあることの確認と考えております。ですから規格が変わっても、変わった規格で社内の仕組みを見てもらい、不足がないことを確認してもらうつもりです」
柴田審査員
「なんですと! そんな・・・だいぶ自信がおありのようですね」
廣井
「自信があるなしではなく、当社の仕組みは当社の事業推進においては、当社の置かれた条件と当社の過去からの文化を反映して最適なものだと考えておりますので、規格が変わろうと社内の手順を変えるわけにはいかないですよ」
柴田審査員
「イヤハヤ、廣井部長さんのお言葉を聞いて呆れましたよ。天上天下唯我独尊ですな アハハハ」
柴田は廣井と佐田に何度も笑われたので、皮肉を込めた笑った。
佐田
「私も廣井部長さんと同じ考えです。もし規格改定によって当社に必要でないことを要求されたり、むやみに要求水準が高くなるのであれば認証返上することも考えなければと思います」
本田編集長
「規格改定によって、今までよりも会社の仕事の仕方や水準が改善されるという発想はないのですか?」
佐田
「さっきの話にも出ましたが、そもそもISO審査に会社を良くする効果があるのかという議論になりますよね。名のある経営コンサルよりもISO規格が立派とは思えないのですよ。もしISO規格がそういうものだというなら、規格を作るのにドラッカーなどに参加してもらわなければならないでしょう」
柴田審査員
「佐田さんは、ISO規格は大したものじゃないと考えているということかね?」
佐田
「そうじゃありません。前にも申しましたが、ISO規格とは経営レベルのものじゃなくて、現場作業者を管理するための方法だと考えているということです。そして1996年型も2004年型も変わるはずがないと思うのです」
廣井
「実際にドラフトを見たけど言い回しとか変わっただけで、読む人の誤解を招かないためだけのものじゃないのかい」
菅野
「今までの1996年版に適合であった組織は、何もせずに2004年版に適合になると思いますが」
本田編集長と柴田取締役は脱力したように、山中は何を語っているのかという顔をして、廣井を見ていた。


座談会は収拾がつかないままに5時過ぎには解散になった。本田編集長が適当に脚本を書くのか、あるいはありのままでまとめるのか、それともボツにするのか、佐田はどうでもよかった。
一番の収穫は廣井部長という人に会ったこと、そして佐田の考えが間違っていないようだと確認できたことだった。
おっと、菅野に会えたことも収穫だ。
佐田がトイレに行ってからクシナダ認証が入っているビルを出ると、歩道で廣井部長と菅野が待っていた。
佐田
「あれ、お二人どうしたのですか?」
廣井
「俺と同じ考えをしている人に会ったなんて珍しいからさ、その辺で飲もう」
菅野
「私も佐田さんと旧交を温めないと」
廣井
「菅野さんは佐田さんとお知り合いだったのですか?」
菅野
「佐田さんは私のISOの先生ですわ」
廣井
「認証機関の審査部長の先生とは、それはすごい!」
三人は外堀通りを新橋駅に向かって歩いて行った。
佐田は先ほどの座談会より話が弾むだろうと期待した。

うそ800 本日のコメント
私がいつも思っていることを、廣井と佐田そして菅野に話してもらいました。それで少し長文になったようです。
2万字以上あって少し長文かという声があるかもしれないが、無視
なお、10万字あれば文庫本1冊になるそうです
なお、廣井部長は前作ケーススタディの廣井さんの友情出演です。



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