マネジメントシステム物語63 オロチ訪問

14.06.26
マネジメントシステム物語とは
佐田がメールチェックをしていると、大蛇おろち機工の星山顧問星山社長からメールが来ている。もっとも社長だったのはたぶん5年ほど前までで、それから浅川社長になったはず。そのとき星山は、社長には親会社からの転籍者がなることに決まっていてプロパーの俺は例外だった。これで大政奉還だよと言っていた。
今回のメールは今まで顧問という名目になっていたが、いよいよ完全に引退することになったという挨拶であった。星山はお客様や地域に顔が広く、商売や地域と難しい話し合いをするときには欠かせないキーマンであったのだ。そんなわけで顧問という名で会社の交渉窓口を務めていた。
メールによると会社に来るのは今月一杯と書いてある。今日は10日、あと20日か・・・
佐田はすぐに星山に電話した。星山は直通電話を持っている。
星山顧問
「ハイ、大蛇機工の星山ですが」
佐田
「星山さん、佐田です。覚えてらっしゃいます?」
星山顧問
「おお!忘れるものか、元気にやっているか?」
佐田
「おかげさまでなんとか仕事をしております。今朝、星山さんからのメールを拝見しまして、驚きました」
星山顧問
「驚くことはないさ、こればっかりは順繰りだからしょうがない。わしもこれからはゆっくりと盆栽と囲碁を楽しめるわけだ」
佐田
「退職されるまであまり時間がないようですが、お忙しいですか?」
星山顧問
「お前、何を冗談言っている。ヒマを持て余して、あと半月何をしようかと悩んでいるよ」
佐田
「そいじゃ来週でもお邪魔してよろしいですか。星山さんと昔話でもしようと思いましてね」
星山顧問
「おお、大歓迎だ。とはいえわしだけではしょうがないだろう。浅川社長もいた方がいいだろう。彼の予定を見てみるからな・・・火曜日の午後なら空いているようだ。それでいいかな?」
佐田
「了解です。そいじゃ来週の火曜日の午後お邪魔しますわ」
どこにいつ出張しようと、それくらいは佐田の裁量範囲だ。もっとも相手が来るなという会社には行くわけにはいかない。佐々木には断らなくてもいいだろうと思いつつ予定を見ると、佐々木は監査に出張予定だった。


佐田は10年前に住んでいた街にやって来た。前回来たのはISO14001認証の時だからもう6年くらいになる。ここに住んでいたのは2年くらいだったが思い出は多い。福島工場で出世の見込みがなく、ここに出向してきたものの、会社は長年赤字で、品質は悪い、能率は低い、お客様が逃げていくという状態だった。家庭的にも初めは単身赴任していたが妻の直美が育児に音をあげて、引っ越してきた。その子供たちも今では高校生と中学生だ。今一家は千葉県市川に住んでいるが、もう田舎に帰る気はないだろう。いろいろあったと佐田は思いかえす。
駅前に二台タクシーが客待ちしていたので乗る。昔は歩いて工場まで行ったものだが、今の自分ならタクシーを使ってもばちが当たらないだろうと自分に言い訳した。
タクシーを降りてすぐに事務所に入らず工場敷地の外を歩き回る。周囲を塀や生垣で囲わず、芝生が工場を囲んでいるのは以前と変わらない。大蛇を描いた看板は今もあった。もちろんあの時のものではなく、最近作り直したように見える。
事務所の建物は昔のままだが、工場の建物は建て直している。以前よりも小さいが立派になった。
工場の外を歩いている人もフォークリフトが走るのも見えない。それは良いことだ。フォークリフトが走り回ったり人が歩き回るということは良いことではない。外ではプレスの音も聞こえない。近隣から苦情はないだろうと思う。
佐田は事務所に入った。
カウンターの向こうの見知らぬ女子社員が「いらっしゃいませ」と立ち上がった。部屋の奥に座っていた男性が立ち上がって、いいからいいからというふうに手を振って女子社員を座らせた。
おお、総務課長だ。総務部長彼も少ししわが増えている。自分にいろいろあったように、彼にもいろいろあったのだろうなあと佐田は思った。
佐田
「やあ、お久しぶりです」
総務部長
「佐田さんがいらっしゃると聞いてましたので楽しみにしていましたよ」
佐田はお土産を手渡した。なるべく数が多い方がいいだろうと、東京駅で東京バナナの12個入りを5箱買ってきたのだ。
総務部長
「うわー、重かったでしょう」
佐田
「我が家に帰るのに重いなんて感じませんよ」
総務部長
「ここを我が家と思っていただけるなんて光栄です。星山顧問がお待ちかねですよ」
総務課長はお菓子をそばの女子社員に渡してなにやら話す。
佐田を役員室に案内する。内装は張り替えたようだが、レイアウトと用途は変わらないようだ。星山は座っていたが、佐田を見ると立ち上がり隣の会議室に入る。
総務課長がすぐに浅川社長社長を連れて部屋に入ってきた。
浅川社長
「やあ佐田さん、お久しぶりです。今日は星山さんへのご挨拶と聞いてますが、実は私も今度の株主総会で社長を引退することになっています」
佐田
「ええ、そうなんですか!、浅川さんが社長になって5年ですか?」
浅川社長
「そうです。まあこれも順繰りですからね。次期社長には佐田さんは面識ないと思いますが、昨年出向してきた方の予定です」
佐田
「時代はどんどん変わっていますね」
星山顧問
「人が歳をとっていくだけでなく、会社もどんどん変わってきているよ。佐田さんがここにいたのは10年前だろう。あの頃の会社なんて思い出せないな。品質は悪い、納期は遅れる、従業員の定着率も悪い」
総務部長
「私は覚えてますよ。あのとき10年後がこんなになるなんて想像もできなかったですね。今ではタイ工場も含めれば従業員500人、大会社ですからね」
星山顧問
「オイオイ、大会社なんて言ったら恥ずかしいよ」
浅川社長
「素戔嗚グループでは星山さんは『大蛇おろち中興の祖』って呼ばれていますよ」


星山顧問
「冗談じゃないよ、中興の祖といえばわしの前の池村社長池村社長だろう。彼の時代に損益改善と品質改善が進んだのだから。おお、当社グループでいち早くISO9001認証したのも池村さんの時代だ」
浅川社長
「でも実際に取り仕切ったのは星山さんでしょう。そしてその後にタイへの進出、従業員の定着率向上など基礎を作ったのは星山さんでした」
星山顧問
「浅川さんだって組織改編とか会社の仕組みを大幅に見直して会社の効率化、海外対応などしてきた功績は大ですよ」
佐田
「ちょっと教えてほしいのですが、会社の組織は昔と変わったのですか?」
総務課長が立ち上がり、壁の組織表を示した。
総務部長
「現在の組織はこれです」
浅川社長
「おい、パワーポイントで新旧の組織を比較したらよく分るよ」
浅川社長が言うと総務課長はそうですねと言って、プロジェクタのスイッチを入れて壁に組織表を映した。
そのとき先ほどの女子社員がコーヒーと佐田が持ってきた菓子をお盆に載せて持ってきた。
佐田
「ほう、今ではプロジェクタで会議などするのですか?」
浅川社長
「紙に書くよりも早いだろう。みなが同じものを見ることができるしね」
旧組織図
星山顧問
「佐田さんが来る前の組織図とISO9001認証時の組織図だ。違いは品質保証課が追加になっただけだ。 そしてこれが今の組織図」
現行組織図
佐田
「ええっと、どこが違うのですか?」
総務部長
「総務部と製造管理部ができたことが大きいです」
浅川社長
「とはいえ、単に部を二つ作っただけではない。仕事は関連性を考えて組織を組みなおした。部と課の組み合わせが以前と違うだろう。組織と業務がかい離していては仕事にならない。業務と組織は表裏だからね」
佐田
「なるほど、総務部長さんはどなたですか?」
浅川社長
「オイオイ、目の前にいるだろう。佐田さんを案内してきたじゃないか」
佐田は驚いた。総務課長と思っていたら今は総務部長か。
佐田
「失礼しました。すると業務部長は宇都宮さんですか?」
浅川社長
「そう、彼は今営業だけでなく資材調達や、タイ工場も含めた生産計画全般を見ているんだ」
佐田
「武田君は今何をしているのでしょうか?」
浅川社長
「そこがちょっと問題なんだよね。いや彼が悪いわけではないのだが・・・今武田君は製造部と製造管理部の部長を兼務しているんだ。適任者がいなくてね」
星山顧問
「わしはそれでもいいんじゃないかと思っているがね。よく人に会わせて組織を作ったりするケースがあるが、あれはいかん。ものごとには順序がある。仕事があって組織が決まる。そしてそれに人を割り当てるという順序がまっとうだろう。ゆくゆく下が育てばいいわけだし、その見通しもついている」
浅川社長
「少し前のこと、福島工場から武田君を返してくれなんて話があってね」
佐田
「ほう、彼も45くらいになりますか。帰って来いというなら課長の椅子くらいは用意するって言ってたのでしょう?」
浅川社長
「いくらうちが中小企業でも部長をしている人を課長にするでは失礼だろう。それどころか実を言って先方はポストを用意するとは言わなかったね。
武田本人は元の会社にはもう未練がないから、こちらに転籍したいと言っている。奥さんも子供さんもすっかりこっちの人間になってしまったしね。でも親会社の方が首を縦に振らないんだよね」
星山顧問
「伊東ももうすぐ60になるので、定年になったら仕事を辞めて日本に帰ると言っていたね。その後釜に武田が行くんじゃなかったのか?」
浅川社長
「向こうに工場を作って早10年ですから、今後はアドバイザーというか目付役を置くにしても、ダイレクタとして日本人を置くのはもうやめるべきでしょう。向こうの生え抜きがダイレクタにならなくては現地の若手もやる気をなくしますよ」

佐田は話を聞いていて、大蛇機工は安泰のようだと安心した。それよりも先ほど聞いた組織の見直しが気になった。システムが組織、機能、手順であるなら、組織の改編は最大級のシステムの見直しになる。
佐田
「教えてほしいのですが、組織の見直しによってどのような効果があり、また問題があったのでしょうか? いや、そもそもどういうお考えで行ったのか・・・」
浅川社長
「以前から生産計画というものを誰が立てるのかはっきりしていなかった。まあ中小企業ならなあなあでもいいのだろうが・・・
当時は工程管理課が大まかな日程を決めて、製造課がどの機械でどの部品をいつ加工するかを決めていた。だけど規模が大きくなれば製造係長が頭の中で考えるのには限度があり、仕掛を少なく回転数を上げるにはそんなどんぶり勘定ではだめなことは明白だ。それにこちらだけでなくタイ工場の生産や出荷なども調整するには以前のような責任が不明確ではだめだということがある」
佐田
「なるほど、私がいた頃は正確なというか詳細の日程などなきがごとしでしたからね」
浅川社長
「それから品質保証、計測器管理、環境管理など生産支援業務を、まとめて担当する部門が必要だと認識するようになった。製造部門は生産をあげることに専念してもらうということだ。
経理はやはり海外生産も始めたし規模が大きくなれば、総務の範疇ではないだろうということになった。本当なら経理と財務を分けるべきかもしれないが、今はまだそこまで大きくする必要がないと考えている。
基本的にはそんなことかな」
佐田
「なるほど、それで組織改編後の結果はいかがだったのでしょうか?」
浅川社長
「ひとことで言えば良くなったということだろう。業務を進めるには関連部門のコミュニケーションが重要だ。しかし一つの業務をわざわざいくつもの部門に分けてコミュニケーションをとるのは考えがおかしい。だから密接な関わりがある業務なら同じ課にするべきだろうし、その次に関わりが強ければ同じ部内に置かないとおかしいはずだ」
佐田
「なるほど、それで業務の中に生産計画をまとめてしまったのですね」
浅川社長
「一般的には営業と資材と生産計画は別のカテゴリーかも知れない。しかし当社はBtoBが100%で、注文を受けて仕入れて作るという流れだからおかしくない」
佐田
「ということは業務が変化すれば組織も変わるわけですか?」
浅川社長
「そりゃそうだろう。組織ありきではなく、仕事ありきだからね」
星山顧問
「まず仕事というか発注から出荷までのプロセスがある。もちろん日常している仕事でも、製品や客先によっていくつかのプロセスが考えられる。ひとつのプロセスを一人が管理するのが理想なのだろう。しかし一人あるいは一つの組織が管理するには規模が大きく複雑すぎる。だから、そのプロセスをいくつかに区切って、それぞれを管理することになる。そこでどのようにまとめるか、くくるかということが問題になる。」
佐田
「ちょっと待ってください。ISO9001ではプロセスアプローチを採用することを勧めていますね。顧客満足を向上させるために品質マネジメントシステムを構築するさいには、プロセスアプローチを採用することが良いとあります。(ISO9001:2008序文)
しかし、あれっておかしいですよね。だって現実を考えると、星山さんがおっしゃるように、ISO規格に書いてあるのとは逆にまず仕事があるわけですよね、だから組織を作るときには仕事から考えるわけで、そもそもプロセスからスタートするのが当たり前ですよね」
星山顧問
「ISO9001の2000年改定だっけか? ウチはBB社だったから規格改定があっても、審査で変なことでもめなかったが、よその会社ではプロセスアプローチであることを説明するために、各セクションのつながりを絵を描いたり言葉で説明しようとしてさんざん苦労したらしいね」
佐田
「初めからプロセスアプローチで考えていますと言えば、いやそういう発想で考えるのが当然という認識で説明しなければならないということですよね?」
星山顧問
「審査する方もそういう発想でなければね」
浅川社長
「まあ、当社の場合はそうだけれど、すべての会社がそうだとは言えないだろうね。
人に合わせて組織を作るところもあるだろうし、過去の仕事に合わせて組織があって、製品やプロセスが変わっても、後生大事に従来の仕組みで動いているというところもあるだろうねえ〜」
星山顧問
「そういや佐田さんも対外的には部長を名乗らせたりしたが、まあそういうことは多々あるのだろうな」
佐田
「なるほど、」
星山顧問
「ともかくウチでは製品やプロセス、あるいは顧客が変われば組織を見直すという考えであるのは確かだ。
ダーウィンの言った適者生存とは環境にみあったものが生き残るということのようだけど、実際は環境に積極的に適応したものが生き残るんじゃないかな、特に企業においては自然の生き物と違って、我々が組織を自由にいじることができるのだから」
生物学では特定の種類の細胞が集まったものが組織で、組織が組み合わさって一つの働きをするものを器官という。企業においては包括的なものを組織と言うのだろうか?
佐田
「ISO規格に継続的改善というのがありますが、組織も継続的に改善していかなくてはならないということですか?」
浅川社長
「継続的改善もいささか誤訳というか誤解されているよね。原語がcontinuousではなくcontinualだから、絶え間なくではなく、必要なときというニュアンスだろうと思う」

オオカミ ちなみにネットの英英辞典に次のようにあった。
continual
The adjective continual describes something that's recurring, that happens again and again. If your pet wolf keeps up his continual howling all night, your neighbors will let you know about it.
継続的あるいは定期的に何度も発生すること。オオカミが一晩中吠えているような状況。
CPUファン
continuous
The adjective continuous describes something that occurs over space or time without interruption. Some computer fans make a continuous noise ? a constant buzz ? that can drive you to distraction.
時間が経過しても中断せずに継続すること。コンピュータのファンがずっと音をだしているような状況。
別にオオカミなどの絵がなくても関係ないんだけど、まあヒマだから

佐田
「なるほど毎年組織改定をするのではなく、必要になったとき実施すれば継続的改善といえるわけか・・」
星山顧問
「言い換えると、そんなこと日本じゃ昔からしていたことなんだ。今更ISO審査員風情に継続的改善とかシステムの見直しなんて言われたくないね」
佐田
「ISOといえば、この会社ではISO認証とかISO規格というものは役に立ったのでしょうか?」
星山顧問
「はっきり言って、非常に役に立ったと言える。もしウチがISO9001を認証していなかったなら今はなかっただろうね。とうに会社は清算していたと思う」
浅川社長
「ISO9001認証は私が来る前のことですが、認証によってそんなに会社が良くなったのですか?」
星山顧問
「ちょっと意味合いが違うが・・・・まず10年前、この会社がダメだったのは事実だ。当社の改革のために佐田さんや武田が来てくれてどんどん改善が進んだ。だけど品質が良くなりました納期もご安心くださいと言っても、お客さんは戻ってこない。
そんなときにISO9001の話を聞いて、認証すれば品質がいいですよとアッピールできると考えた。そしてそうなったということだ」
総務部長
「私も覚えていますよ。あのときの熱気はすごかったですね。ウチにも菅野さんというスーパーウーマンがいましたし。
実は今懸念しているのですが、現在この会社は明日がどうなるか分らないという危機感を失ってしまい、ぬるま湯につかっているように思えます。大企業病なのでしょうか」
星山顧問
「確かにな、今のような状況ならわざとボートを揺らして、乗客に危機意識を持たせなければならないのかもしれない」
浅川社長
「初代家康が盤石な基礎を作っても孫子がそれを食いつぶし、中興の祖吉宗が盛り返してもまたそれを食いつぶし、ウチも徳川幕府と同じですか」
佐田
「話を戻します。ISO認証の企業の改善についての効果はどう思われますか?」
星山顧問
「企業の改善にISOが有効かどうかは私は分らない。なにせISOによって会社が良くなったわけではないからな。ISO認証は宣伝効果があったというだけだ。
佐田さんが良く言っていたが、会社を良くするには固有技術と管理と士気だ。ISO認証が提供するのは管理だけだ。もっともそれもほんとかどうか怪しいものだがね。
そしてISO規格そのものがあまりにも形式化しすぎている。例えば手順といっても普通の会社ではすべての手順や基準が文書化されているわけではない。それでも従業員の認識が一致していればトラブルなく動いていく。まあタイ工場などでは暗黙知のレベルが日本と違うことは多いけどね」
成  果
固有技術管理技術士 気
矢印
ISO規格の守備範囲
浅川社長
「すると星山さん、ここはISO認証そのものの効果はなかったということですか?」
星山顧問
「まずISO認証とISO規格を分けて考えよう。
ISO規格に書いてあること全部すればよいかといえば、そんなことはない。ああもちろん文書化の程度は企業によって異なるとISO規格に書いてあるけれど文書化だけではない。会社によっていろいろな文化や条件、制約がある。だからISO規格にあっても不要なもの、できないものもある。
自治体がISO14001認証するのが流行っているけれど、自治体は条例や要綱で規制されているからISOのためのルールを認証組織内部で変更することが難しい。議会の機能までもISOの組織に含めたら、地方自治法まで関係することになり、そんなものをISO審査できる認証機関も権限も存在しないだろう。
そもそも自治体が認証を受けるのはありえないというか、そんなことを考えてこと自体支離滅裂なんだだろうねえ」

 注:自治体のISO離れが起きたのはこの直後である。

一同は黙って星山を見つめている。
星山顧問
「反対にISO14001あるいはISO9001に書いてあることだけをしていれば会社は良くなるかといえばそんなことじゃどうにもならん。会社は品質と環境だけで成り立っているわけではない。資金繰りもあるし、仕事が増えれば人を採用しなければならないし、仕事が減れば辞めてもらわなくてはならない。地方祭のときは忙しくても地域の行事に人を出さなくてはならないし、目の前で交通事故が起きれば仕事を止めても事故現場に助けに行くのは当たり前だし、近隣に火事があれば自衛消防隊が出て行かなくてはならない。こんな田舎町では行政機能が弱いからな。
そんなことを思うと、会社の中でISO9001とかISO14001の占める部分なんてほんの少し、数パーセントもないだろう」
浅川社長
「星山さん、品質と環境に限定すればISOの占める割合は大きいのではないですか?」
星山顧問
「社長、そうでもないんだよ。佐田さんが我々に、つまり伊東と私にだが最初に指導したのは何だと思う。建物をきれいにしろと言ったんだ」
浅川社長
「建物をきれいに?」
星山顧問
「従業員にやる気を出させるには会社は変わるということを認識させることだという。床を塗り壁を塗り、落ちているプレスの抜きカスを拾い、工場をきれいにすれば従業員がやる気が出るといったんだ」
浅川社長
「効果はあったのですか?」
星山顧問
「もちろん、あっという間に出勤率が上がり残業拒否もなくなった。もちろんそれで不良が減ったとか生産能率が上がるわけではない。しかし決められたことに従うようになったし、きびきびと動くようになった。そして我々がいろいろな改革を実施することに協力してくれるようになり、やがて不良が減り、能率は向上した。数か月で生産能率が2割も上がったんだ」
浅川社長
「信じられませんね」
総務部長
「嘘じゃありませんよ。我々事務所のものは奇跡が起きたと思いました」
星山顧問
「奇跡は起きたのではなく、奇跡を起こしたのだろうな。奇跡を起こしたのは佐田さんだよ」
佐田
「お世辞をおっしゃっても何も出ませんよ。
確かに昔からいろいろ経営の流行がありましたね。ゼットディー運動、小集団活動、提案制度、ISOもありましたし、それ以前にも以後にも多様多種の企業改革の手法やアイデアが提案されましたが、結局当たり前のことを愚直にすることがすべてなんでしょうかねえ」
星山顧問
「今めづらかに新しき まつりごと にはあらず、もとより行ひ来し 迹事あとごと ぞと みことの りたまふ」(続日本紀)
佐田
「星山さん、そりゃなんですか? どういう意味ですか?」
星山顧問
聖武しょうむ天皇のお言葉で、『私がしようとしていることは前例のない新しいことではなく、昔からしていることにならっておこなうだけですよ』ということかな・・・最近、歳をとったせいか古事記とか日本書紀などを読んでいるんだ」
浅川社長
「聖武天皇というと平城京遷都ですか・・・こんないい都ないわなんて習いましたね」
佐田
「なるほど、いろいろな方にお話をお聞きしているのですが皆さん同じことを言いますね。ISOなんて気にすることない。我々は以前から創意工夫をしてきているのだから、それを継続していけばいいのだと」
総務部長
「それって単に古いものを守り、改善をしないということではないのですか?」
星山顧問
「革新ではないという意味では保守だろうけど・・・保守とは古いものを後生大事にすることではない。現状を打破して改善しようというのが革新であり、現状を改良していこうというのが保守だ。改善するということでは保守も革新も違いはない」
最近、私は気がついたことだが、同じ文章を読んでもその人の考え方、思想などによって文章の理解が異なるのではないかということだ。
革新思想の人が「環境側面を把握せよ」「法規制を把握せよ」という文章を読むと、よし環境側面を調べよう、法規制を調べようという発想になるような気がする。
他方、保守的(旧守ではない)な人が同じ文章を読めば、今までこれにみあったこととして、どんなことをしていただろうかと考えるのではないかということである。
あるいは今まで会社で仕事をしたことがないなら、前者の理解になり、本当の仕事をしてきた人なら後者の理解になるだろう。
聞いてください とすると、会社でまっとうな仕事をしていなかった全共闘世代は間違いなく前者の理解となり、サヨク思想に冒されず真面目に仕事をしてきた人は後者の理解になることは間違いない。
例を挙げる。ISO9001認証前にUL対応とか、顧客対応の品質保証協定などのとりまとめ、ULの工場審査や品質監査に立ち会ってきた人には、ISOのために仕事を追加したという人を私は知らない。そういった人は、ISO規格要求を読んで、従来からしていたことをそれに当てはめ、足りないところをしょうがないなあと言ってちょっと追加したものだ。私もその一人である。
反面、ULにも顧客対応の品質保証にも携わったことのない人がISO認証の仕事に就くと、規格から出発した考えでドンドンと無駄を追加したのではないだろうか?
そう考えている。
浅川社長
「とはいえそれは至難のわざですよ。何もしないことなかれもいますしね」
突然、佐田は立ち上がった。
佐田
「じゃあ、懐かしいお顔も拝見しましたし、もう帰りますか」
総務部長
、もうお帰りですか?」
浅川社長
「武田部長に会っていかないのか? ここに呼ぼうか?」
佐田
「いえ彼も忙しいでしょう。帰りがけ現場に寄っていきますよ」
星山顧問
「ところで何を相談に来たんだ?」
佐田
「え、分っちゃいましたか?」
星山顧問
「お前がわざわざ来るなんて、何か迷っていたんじゃないかと思ってさ」
佐田
「いや、実はそうだったのですが、みなさんと話しているうちに、もうその問題は解決しましたよ」

うそ800 本日の思い出
私が社会人になってから、1970年前後ですが産業能率短期大学の通信教育を受けました。申し込んだもののすぐにファイトをなくし、送られてきたテキストも読まずレポートも出さずにいました。しばらくして面識のない自衛隊のナントカ曹長からしっかり勉強しろと手紙が来ました。その曹長は東北地方の産能短大通信教育学生の世話役をされている方で、ドロップアウトを防ぐために私のような怠け者に手紙を出して叱咤激励していたのです。私はそれを読んで心を入れ替えて、レポートを出し試験を受けるようになりました。おかげさまで卒業できたとき、その曹長に礼状を出しました。
通信教育では、生産管理とか原価計算などの基本的な知識を学びました。それは会社で仕事をする上で有用でしたし、ドラッカーなどの経営についての本も理解できるようになりました。まあそんなことがあって今の私があるわけです。
もうお名前も忘れてしまいましたが、曹長さんありがとうございました。ご存命ならもう90くらいだろうと思います。なお、自衛隊は自己啓発とか資格取得などにものすごく力を入れており、通信教育を受ける人も多いのです。
私がこんなウェブサイトを作っているのもその恩返しということで・・・



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